チェルシーにあるPrinted Matter, Inc.[プリンテッドマター]

Posted on 08 6月 2013 by

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YOKOです。今、旅をしています。

先週はニューヨークにいました。ニューヨークは2年ぶりで、マンハッタンにあるグランドセントラル駅が100周年記念を迎えているところでした。その日は例年にない暑い日で、焼けるようなマンハッタンのコンクリートと日差しが反射する摩天楼に挟まれて、埃の巻き上がる街はまるで砂漠のよう。

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ニューヨークに来ると必ず、Katz’s Delicatessen(カッツデリカテッセン)かCarnegie Deli(カーネギーデリ)で、名物のパストラミサンドイッチとピクルスの古漬け&浅漬けを食べにでかけることにしています。完食できたことなどないのですが、そのサイズにアメリカを感じ、そのシンプルさにアメリカを感じ、あぁ、アメリカにやってきたなぁと実感できるのです。125年間、ニューヨーカーたちの胃袋を支えてきた味は体験する価値ありです。

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さて、今日ノートブッカーズで書きたかったのは巨大のパストラミサンドのことではなく、マンハッタンのチェルシー近くにあるPrinted Matter, Inc.(プリンテッド・マター)というショップのことなのです。プリンテッド・マターは、アーティストの出版物をプロモーションしている世界最大のNPOで、彼らのミッションは、アーティストの出版物への感謝と普及と理解です。ブックアートやブックオブジェの類は取り扱わず、アーティストにより編集された、大きくて高価ではない本や出版物の数々を取り扱っています。現在では、世界各国6,000人のアーティストによる15,000タイトルがショップを埋め尽くしています。

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季節で変わるショップのウィンドー。チラシが隙間無く貼られた店頭。わくわくしましす。お店に入ると見たこともないレイアウトの本の山!そして、ジーンの山!読んでくれる人を待ちわびているかのように、店の中にはエネルギーに溢れたクリエーションでごった返しています。どの本から手にしたらいいでしょう!?掘り出しても掘り出しても、アーティストのフレッシュな表現、意見に出会える。クリエーションスピリットが集うこの店はインスピレーションの宝庫でした。アートが好きな人、手作りのプロダクションを大切に思っている人、新しい感覚に触れたい人、紙やジーンを愛する人には、たまらないスペースだと思いましたので、みなさんにぜひ紹介したかったのです!

さて、私の旅ですが、今はヨーロッパを旅しています。今回の旅の目的は、コンテンポラリーアートに浸り漬けになることなので、夜ベッドに倒れるまで歩き続けて、新しい感性や価値観の全てを吸収してきたいと思います!旅のつづきはまたノートブッカーズで書かせて下さい。それでは。

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ロンドンと春の黄色

Posted on 20 5月 2013 by

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ロンドンは今、1年で最も美しい季節を迎えています。ロンドンは1年中しとしとと冷たい雨が降る陰鬱な天気で世界的に有名ですが、5月、6月の美しさを感じることができるなら、残り10ヶ月は我慢してもいいかな、と思えるほど街中に草花が溢れます。

この季節にイギリスでは、グラストンベリーといった巨大ロックフェスも多くあります。どうしてこの季節に開催されるか知っていますか?噂ですが、UKロックシーンに認めてもらいたい世界中のロックミュージシャンたちが、批判屋で皮肉屋のイギリス人の心がもっともほだされるこの時期を戦略的に狙っているのだとか・・・けっこう成功しているのではないかと、思います(笑)ロックファンも穏やかになる、そんなイギリスの春を、いつか旅行でいらっしゃる際にはぜひ経験してみて下さいね。

日本の春は桜のピンクのイメージが強いですが、イギリスの春はフリージア、スイセンから始まるので、春のイメージは黄色なのだそうです。そこで、今日は最近iPhoneで撮った草花の中から黄色い花をピックアップしました。以前、izupapaが日本の桜をシェアして下さったので、ロンドンの春も贈ります・・・:)

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ロンドン日記2:ハムステッドの住人

Posted on 23 2月 2013 by

(モレスキンノートブックのページを読み返しながら、ロンドンでの思い出を書いていきたいと思います。書いているとつい長くなってしまって・・・お時間ある時にさらり読んで頂けると嬉しいです☆)

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マーゴとゲイリーが暮らすケンティッシュタウンで家庭を堪能させてもらった後、ハムステッドという町でフラットを見つけて引っ越すことになった。

ハムステッドは、ロンドン市内から地下鉄で北東に10分程度行ったところにある古い町だ。何でも20世紀初頭の「田園都市運動」により生まれた町だそうで、ハムステッドヒース(という巨大な自然公園)の緑と、ロンドンらしい赤いレンガと木の生垣で作られた街並が100年以上も維持されている。建物の外観など法律で厳しく規制されているため、駅のすぐ隣りにあるマクドナルドでさえ、入り口辺りに吊り鉢で花を飾っているから可笑しい。初めてこの町を訪ねた時、そのあまりの可愛らしさにいっぺんに恋に落ちたのだった。

私が見つけたフラットDは、コンバージョンタイプのフラットー昔の邸宅を改造していくつかのフラットに分けた家ーで、同じ建物には他にフラットA、B、Cが入っていた。内覧をした際、とても良いフラットだったので「どうしてこんな安い値段で借りられるんだろう?」と不思議に思ったけれども、入居日になってその理由を察することができた。私が引越の荷物を抱えてハムステッドのフラットに到着した時、大家さんは部下と2人がかりで、前の住人が置き去りにした荷物を片っ端から運び出しているところだった。

大家さんは片手にウィスキーの瓶を持っている。「あの、今日、入居するんですけど・・・」私は尋ねる。「前住んでたギリシャ野郎は本当に狂っているぜ!見ろよ、この荷物。全部あいつが置いていきやがったんだ・・・」。だから俺は悪くねぇ、とさも言いたげな様子だ。私は英語は上手くなかったが、合掌しながら「A RI GA TO」と媚を売ってくるこの酔っぱらいが、不真面目な人であることはよく分かった。結局、入居できたのは夕方で、真っ白のバンに全ての荷物を詰め込んで、大家さんは言った。「だから俺はドイツ製のデッカいバンが好きなんだ。何でも全部詰め込めるからな」。大量のゴミを置き去りにし、白いバンで颯爽と帰っていった大家さんは、後から分かったことだが、若い頃は有名なロックバンドでドラムを叩いていたそうだ。ドイツ製の白いバンも、本当は楽器の運搬車ではなかっただろうか。

数日して、新しい隣人の顔見たさに私を訪ねてきたのは、フラットCの住人エドワード。彼はフレディー・マーキュリーによく似た中年のおじさんで、イングランドの田舎出身のためか、英語を伝統的な方法でとても回りくどく話した。教会の布教活動に熱心で、私もよく教会で開かれるコンサートに誘ってもらったけれど、コンサート以外の何かが待っている気がして、いつも丁重にお断りした。モダンな思想が似合うハムステッドにありながら、エドワードの間合いに入ると時代が半世紀ほど古くなったように感じられた。

フラットAの住人ピーターは、倹約家で宗教家のエドワードとあまり気が合わない様子だった。ピーターはこの建物のオーナーでもあって、最上階の一番チャーミングなフラットにもう十年以上暮らしているとのこと。「うちでワインでも飲まないか」と誘ってもらった際にピーターの家を訪ねたが、室内はアンティーク調の家具で統一されていて、朝日が差し込む大きな天窓とロンドンの夜景が一望できるテラスがついていた。ピーターは昔、放送作家で一儲けしたお金でこの建物を買ったのだと教えてくれた。話題は趣味が良く、会話にはユーモアが尽きず、女性にはジェントルマン。エドワードとは気が合うはずもなかった。

そんな二人と程よい距離で付き合っていたのが、フラットCに住むダイアンだった。細身で長身、ベリーショートの黒髪が似合う彼女は、仕事は心理学者だと言っていたが、本人はいつもちょっとだけイライラしていた。ダイアンはいつも観察するように私の話を聞いてくれたが、その客観的な視線は私をよく緊張させた。その一方で、愛犬のジョディーいつも鼻をふごふご鳴らしながら歩くフレンチブルドックーの話になるとダイアンの瞳は潤ったし、離婚した弁護士の旦那さんの話になると少女のようにわがままに悪口を言った。

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ダイアンのフラットには、大きなお庭がついていて、そこにマグノリアの木が1本立っていた。「YOKO、日本は桜が美しいと聞くけれど、イギリスの春はマグノリアなのよ。私の家の庭にあるマグノリアが咲いたら、うちでアフタヌーンティーでもしましょうね。」残念ながら、その日が来る前にダイアンはもっと大きなお庭が付いているという家に、ジョディと一緒に引っ越してしまった。

ダイアンの後にフラットCに越して来たのは、アメリカ帰りのフランス人とベネズエラ人の夫婦で、フランス語しか話せない両親に、英語とスペイン語とフランス語が分かる子どもの面倒を見させており、隣人とは無関係でありたい様子だった。その後、私も大家さんの待遇の悪さに引っ越しを決めて、フラットDに新たな住人がやってきたことはエドワードがメールで教えてくれた。「YOKO、今度の住人はゲイのカップルでね、ロンドンオリンピックの開会式の振付師らしいわよ!」

ダイアンの庭のマグノリアを見ることはできなかったけれど、春にロンドンの街で咲き誇るマグノリアを見かけると、今でもハムステッドの住人たちを思い出す。もう少し一緒に暮らせると良かったけれど・・・

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ロンドン日記:バックパッカーホステルからケンティッシュタウンへ

Posted on 24 1月 2013 by

ロンドンに暮らし始めて3度目の冬を過ごしている。「ロンドンの暮らしはどうですか?」と聞かれることがよくあるが、はて、私のロンドン暮らしはどうだっただろうか。ロンドンに暮らし始めた1年目のことを振り返ってみる。

1年目はとにかく家のトラブルがつづき、確か4回引越した。短い期間ではあったけれど、バックパッカーホステルの24人部屋の二段ベッドの1階に仮暮らししていたこともあった。朝起きると必ず右腕か左腕がはみ出してしまう幅の狭いベッドは四方を白いカーテンで覆い隠すことができるようになっており、枕元の蛍光灯をつけた時にだけ、どうにか私の空間を確認することができた。子どもの頃、お布団の中で懐中電灯をつけて秘密を作っていたことが思い出される。「家は見つかるのだろうか?」カーテンのすぐ隣りでこそこそお喋りを続けるロシア人や、いびきのうるさいナニ人かに耳を傾けながら、心細く眠る日々だった。

バックパッカーホステルでの生活の後、私はケンティッシュタウンに暮らすロックミュージシャンの夫婦の家に下宿させてもらうようになった。奥さんのマーゴは、ロックバンドのコンポーザーをしながら大学院で建築の勉強もしているパワフルな人だったけれど、眼鏡をかけて勉強する姿は少し魔女のようだった。旦那さんのゲイリーは、初めての挨拶で「分かってる、僕の名前は日本語で下痢って意味なんだろ?」と飛ばしてくるこれまたロックな人だったが、その一方で、私が朝食の時間に部屋から出てこないと「僕のコーヒーは最高なんだ」と言って、クロワッサンと温かい飲み物を運んでくれる優しい人だった。この家には2匹の猫がいて、1匹は滅多に姿を見せなかったが、もう1匹ー名前をルーピーと言ったが、ルーピーとは英語で「きちがい」の意味ーは毎晩私のベッドにやってきたので、一緒に眠った。バックパッカーホステル暮らしのストレスでカリカリに痩せていた私は、このちょっとヘンテコな家庭に心から癒されていた。

ある日マーゴが、「YOKO、あなた確かブログをしてるって言ってたわね?」と聞いてきたので、モレスキナリーやモレ本のことを話した。「ねぇ、実は私もモレスキンを使っているのよ。ほら」と、マーゴの狂ったようなスケジュールが書き込んであるダイアリーを見せてくれた。私が興奮すると、マーゴは「YOKOに私の宝物を見せてあげる」と言って、レコード盤や機材がぎっしり詰まった本棚の、さらに天井に近いあたりから分厚い本を引っ張りだしてきた。「これはね、デジタル時代が来る前のものよ。私が1970年代に南米を旅した時の記録なの・・・」

そこには、ベネズエラから始まり、コロンビア、ペルーと南米を回っていったマーゴの膨大な旅の記録が残されていた。その頃にも建築の勉強をしていたマーゴは、調査したことの全てを書き込んでいた。その他にも、チョコレートの包み紙や、読書リスト、(ゲイリーではない)恋人と一緒に写った若いマーゴの写真。「このページはね、夜、テントの中で、恋人に私の家系図について説明した時のものよ。」マーゴはどこまでさかのぼったのだろう、見開きいっぱいに広がるファミリーツリーは、その夜、2人がこの話でどれだけ盛り上がったのかを想像させた。私がマーゴに、この素晴らしい旅の記録をモレスキナリーに載せていいかと尋ねると、「もちろん!」と言って、にっかり笑ってくれたのだった。(それが2010年9月28日の記事です)

マーゴとゲイリーの家から引越して一人暮らしを始めるようになってからも家の問題はつづいたけれど、以前のようにストレスに感じたり、痩せてしまったりするようなことはなくなった。家探しを通して土地勘も養われたし、家の契約の云々はとても詳しくなった。1年目に経験した4回の引越は、ロンドンで暮らす ための心身の土台を築き上げてくれたのだった。

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