Tags: , , , ,

ゾウがいる海を手で漕いで進む。検索せずに。

Posted on 02 7月 2016 by

今、わたし、短篇エッセイの『トリエステの坂道』(須賀敦子)を読んでいるのですが。
1編読んでは2編戻って読み直す、というくらい素晴らしいです。
なんて言うのだろう、著者の須賀さんは、60年代からヨーロッパへ留学して、本を読んで、ひとと出会って、結婚をして、そして別れがあってーー とあるのですが。
複数の居場所、複数の言葉、その間にあって、揺れたり、迷ったりしていて。そして、歩いてーー

街にただようフレンチ・フライの匂いは、もうひとつ、私がトリエステに惹かれる理由に気づかせてくれた。サバのなかにも綿々と流れている異国性、あるいは異文化の重層性。ユダヤ人を母として生まれただけでなくて、サバはこのトリエステという、ウィーンとフィレンツェの文化が合流し、せめぎあう街に生きたのだった。サバが書店につけた名、ふたつの世界、にはそんな意味も含まれていたのではないか。そして詩人は痛みとともにそれを知っていた。ふたつの世界に生きようとするものは、たえず居心地のわるい思いにさいなまれる運命を逃れられないことを。

読み終わったら、レビュー書きます。

というわけで、エッセイのレビューではありません。
7月にもなりまして。夏の自由研究ノートブックを作ろうと思います。
同じくNotebookers.jpライターのKyrieさんが2016年の夏ノートの準備を始めるという記事を書かれています。
こちらとはちょっとまた趣が違うものとなる夏のノートブックです。
ちょうどいいカンジの、気にかかること、ひっかかること、課題が3件ありましたので、その3つを、お約束『検索せずに』調べよう、夏の自由研究としよう、と思います。

わたしは以前、こういう記事を書いていて。>>知のイルカと制する錨
こいうカンジで、検索せずに、ネットに頼らずに、図書館へ通う、本屋さんでそれらしい本をあたってみる、そして、ひとに聞いてみる、その三本柱が本当に楽しいのです。
わたしの合い言葉というと『検索しないで』というくらい(にしたい)。

そのひとつめ。
4月の終わりに、みんぱくの『夷酋列像展』を見てきまして。
(あ、こちらも記事を書こうと思います。面白かったー!)
その時に見た祭器で『ヒケアケ』とカタカナで書かれたものを見まして。
「なんだこれは」と思いました。
以下、ツイートからの引用です。

最初のツイート

こういうものです。

わたし、これ、アイヌの民話か何かで、ヒゲを棒でかかげるそういう風習というか、そういうものを読んだ覚えがあるんですが、さて、何で読んだのだったか。
読んだ民話の本とか、みんぱく関係の本とか、読み直して、ヒケアケとは何かを見つけようと思っています。
ちなみにみなとさんが読まれている本は、みんぱくの書籍閲覧のコーナーにあったものだそうです(書籍閲覧のコーナーがあるのです)。
これがまずひとつめ。

ふたつめ。
以前、ツイッターで  #本の断片 というハッシュタグが流れてきました。
本の題名は書かずに、その本のページの画像だけをタグと一緒にアップする、そして、その本のタイトルも作者も訊ねてはいけない、というルールでした。
そして、ものすごく惹かれたツイート、言葉がありました。コチラです。

何かに気づくためには一度見失う必要がある

わたしは本を読んでいても、得るものがものすごく少なく、失ってばかり、なにかをこそげ取られているような、篩いにかけられて、どんどん濾過されているような、そんなキモチなのですが。
それを代償に、何かに気付けているならいいなあ、と。
そんなことを思いながら、 #本の断片 のタグのついたツイートを見ていたんですが。
胸をつかれるようなひとつを見つけまして。


人は孤りを生きて漂ふ夢の岸いくたりにすれ違ひすれ違ひ

短歌だということはわかります、そして『詩の翼』というタイトル? 章の名前? そして左にもう一首の短歌があり。手がかりはこれだけ。
これを検索せず、ただ、ひたすら、じみちに発行されている短歌の本を見ていこうと思います。
あんまりにも相手が膨大すぎて、本当に大西洋をゴムボートで横断するくらいのキモチ。
乗り出すぞ!冒険!みたいな。わくわくする♪

みっつめ。
Notebookers.jp 管理人たかやさんのつぶやき。

わたし、これ、すごく読んだ覚えがあるんですが(もしたかやさんの創作だったらどこで読んだんだろう)。
(まだ読み返してはいないんですが)ココロ当たりとしては『ケルト幻想民話集』かなあ、とか…)
(あと、Gマルケスの地の文…?)
これも、また検索せずに、それっぽい本をあたってみて、探します。

そして。
どのノートブックを使おうかと考えて。
先日、モレスキンチャプターズジャーナルを手に入れたので、これを書いていこう。
7つに区切られているので、1件につき2章あてて、7章めは、まとめ、総括のスペースにしよう。
ちょっとだけコラージュしました。わたしの好きなグレゴリーコルベールの写真を裏表紙に一枚。

夏の自由研究ノート裏表紙

夏の自由研究ノート裏表紙

表紙にはNotebookersのステッカーを。

夏の自由研究ノート表紙

やっぱり横仕様の表紙

表紙の裏にも一枚。

夏の自由研究ノート表紙裏

コレもグレゴリー コルベール

ルネサンス期のイタリアでは、海を自由に泳ぎ回るイルカ(知性、知識の象徴)が暴走しないように、制するための錨を組み合わせて意匠としたそうです。
わたしの場合、暴走するほどの知性はないので、そういった心配はないのですが、逆に海が大き過ぎて、それでも怯まないように、少しずつでも、手で漕いででも前へ進めるように。
この一枚を選びました。
ちょっとずつ、書いていこうと思います。

Comments (0)

Tags: ,

『カップ焼きそばの作り方』せら @Treasure_Table版

Posted on 01 6月 2016 by

今、『シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々』という本を読んでいるのですが。
この書店がなんとも魅力的で、えー、この書店名だとイギリスっぽいのですが、フランス、パリにありまして。
今のお店は二代目なんですが、『書店に見せかけた社会主義者のユートピア』だそうです。
本棚の間にベッドがあり、その辺でごはんの準備をしたりできる、いわゆる懐具合のさびしい作家たち、ツーリストの無料宿泊所を兼業していた本屋さんだそうです。
二代目店主ジョージ ホイットマンは『見知らぬ人に冷たくするな、変装した天使かもしれないから』をモットーに、そういったひとたちを受けれいていたんだそうです。
そこへ、カナダの新聞記者が訪れて(トラブルから逃げてきて)…という、ドキュメンタリーです。面白いー♪

毎度、こういう書き出しですが、この本のレビューではなく。
えー、今、流行りの『カップ焼きそばの作り方』をわたし風に説明しようか、と。
Continue Reading

Comments (2)

Tags: , ,

己を疑え(エピメニデス)〜バンクシー ダズ ニューヨーク 見てきました〜

Posted on 16 5月 2016 by

日、キジ ジョンスンの『霧に橋を架ける』という短篇集を読んだのですが。
なんだろう、この人間の底なしの想像力。
その世界は、霧が川のようになっていて、魚もいるし、渡し守もいる。《でかいの》と呼ばれる正体不明の怪物もいる。
その未知の空間に橋を架ける物語です。
そして同じ短篇集収録の『蜜蜂の川の流れる先で』
ある日、ある川に、水の代わりに蜜蜂が流れてくる。
主人公は、その川をたどり、源流をさぐるのですが…

あと、わたしの好きなジョナサン キャロルの作品に『木でできた海』があります。

「木でできた海にどうやって、船を漕ぎ出す?」

人間の想像力、そして幻想ブンガク万歳。

☆ ☆ ☆ ☆

毎度のことながら、幻想ブンガクについての記事ではないです。

えー。先日、BANKSY DOES NY 見てきました。初日、そして1回目上映という本気で見てきました。
>>公式サイト
やー、ものすっごく楽しみにしてまして、ものすっごく楽しかったー! 席で、もう膝ばんばん叩きたかったくらい楽しかったー!(ラストは、ホントに拍手しそうになりましたよ!)

BANKSY、バンクシー、ご存知でしょうか。
wikiではこんなカンジで↓

バンクシー(Banksy, 生年月日未公表)は、イギリスのロンドンを中心に活動する覆面芸術家。社会風刺的グラフィティアート、ストリートアートを世界各地にゲリラ的に描くという手法を取る。バンクシー本人は自分のプロフィールを隠そうとしており、本名をはじめとして不明な点が多い。2005年、自作を世界各国の有名美術館の人気のない部屋に無断で展示し、しばらくの間誰にも気づかれないまま展示され続けたことが話題となった。

上記にもあるように、美術館で、作品を盗むのでは【なく】、【置いて】くる、CD屋さんでCDを買い込んで、バンクシーオリジナルのジャケットを【勝手につけて】、また、お店に【置いて】くる、そういうことをする別名アートテロリストです。
2015年の8月から9月頃には、期間限定で、イギリスにて『デズマランド』という遊園地を作りました。
某超有名テーマパークを、えー、なんていうんだろう、もじった、皮肉った、えー、そういう遊園地です。
舗装されていない道(つまり土が剥き出しになっていて、泥っぽい)、やる気のないスタッフ、造形に失敗してるような人魚姫、かぼちゃの馬車が事故を起こし、シンデレラの死体の写真を撮るパパラッチ、園を出るためには必ずお土産屋さんを通らないと出られない、とか、そういう遊園地だったそうです。
こんなの。

わたしは、この御仁がとても好きで、えー、そのバンクシーがNYで何をやらかしてくれるのかと、ずっとこの映画を楽しみにしていまして。はい、楽しかったですー!

映画の内容としては。
バンクシーNY出張編です。
2013年10月、この1か月間、NYにて、毎日、どこかに作品をひとつ作って、バンクシーアカウントのインスタグラムにフォトアップする、NYのファンたちがそれを追い掛ける、『宝物があるうちに』『消されないうちに』。

wikiの説明にもありますが、バンクシーが描いているのは、グラフィティアートと呼ばれている、街の壁やら塀にスプレーやペンキで描く、いわゆる【ラクガキ】です。
つまり、街のエラいひと、もしくはその建物の持ち主が「消しなさい」と行ったら、それは【消されても文句が言えないもの】なのです。なぜなら、ラクガキだから。それがどんなに芸術性が高くても、価値があっても。

なので、
インスタグラムで『今日の作品』をバンクシーアカウントがアップする → SNSで拡散される → ファンが駆けつける → 写真を撮ってSNSにアップ、更に拡散 … という流れで、この映画では『SNSと街、路上の融合、そのNY市民たちの反応も(バンクシーの)作品の一部だと言える』と説明されていました。
バンクシーの作品にスマートフォンやデジカメを向けているファンに、更に映画のカメラが向けられる、という、そういう作品です。
(これが何度も映されるんですが、これがものすごく皮肉に見えました。バンクシーが電柱やら壁の影から、そのファンたちを見ているような気が。「(バンクシーの)作品を見ている君たちを世界中が見てるよ」というカンジで)

いくつか紹介を。えー、それなりに遠慮していますが、ネタバレがダメな方はお読みにならない方がいいかと。
よろしくお願いします。

========以下、これよりネタバレあります========

◆10月1日:チャイナタウン

バンクシーNY1日目

この映画のポスターにもなっている絵です。

男の子が手を伸ばして、標識のスプレーをつかもうとしているんですが。
この標識の文字が『グラフィティは犯罪です』
この日の夜か翌日早朝に、この標識は盗まれてしまい、別の標識が描かれていたそうです。
次の標識の文字は『ストリートアートは犯罪です』

グラフィティ、ストリートアートを全否定するモチーフから、バンクシーが企てた騒乱の1か月が始まるというのも、ツイストが効いてていいなあ。
自分が作っているものを、自分が作ったものそのものに否定させるって、なにそのフクザツ骨折したようなゲイジュツ的マトリョーシカ(や、マトリョーシカでもないなあ、なんだろう、死んだ鍋?)。

◆10月7日:レッドフック

バンクシーNY7日目

絆創膏を貼られた赤い風船です。

ファンたちはこの風船の周りで写真を撮る。

バンクシーNY7日目

女の子は絵じゃないです。

こんなのとか。

バンクシーNY7日目

グラフィティとファンたち。

これは、こういう結末になったようです。

Banksy art in Red Hook is destroyed by graffiti artist
この絵に限らず、塗りつぶされる、消されるというのは、普通にあるようです。

赤い風船@英国

この絵は実は対になっていて、こういう絵もあったり。

この絵の風船が飛んでいって、傷だらけになって絆創膏が貼られて、遠くNYまでたどりついたのかなーと思ったり。

◆10月8日:グリーンポイント

10月10日

一つの独創的な思想は、千もの愚かな引用に値するーーディオゲネス

これはドアに描かれたそうなのですが、ドアの所有者が即時に撤去したそうです。

◆10月10日:イーストニューヨーク

10月10日

電柱は本物で、ビーバーが描かれたグラフィティです。

本では、ビーバーはNY市民、アメリカ国民の象徴で、電柱は政府を意味していると説明がありました。
それがバンクシーからのメッセージなんですが。
わたしには、この絵に関して、バンクシーのメッセージよりも印象的な言葉、というか、エピソードがありました。
この絵が描かれたのは、あまり治安の良くない地区らしく、この絵に価値があると気付いたストリートギャング(っぽい)おにーさんたちが

「撮影するなら金を払え」
「払えない金額じゃないだろう」

と、写真を撮りにきたファンたちに言うのです。
(5ドルだったか20ドルだったか)(本には20ドルと書かれていますが、映画では5ドルって言ってた気が)
(だいたい500-2,000円くらい)
そして、忘れられない言葉が飛び出しました。

「お前ら、この絵がなきゃ、こんな場所へ来ないだろう」

この言葉を聞いた時、わたしは、バンクシーはこの一言を言わせるために、や、この一言をファンたちに聞かせるために、ひょっとしてニューヨークでの活動をしたのかなー、と思いました。

が、本では

もちろん、バンクシーが場所を選ぶとき、そこに一切、慈善事業的な意識はないだろう。街中に作品をばらまくことで、白人や高所得者が多い場所を選んでいるという批判に対して先手を打ちたかったんじゃないかな?(まあ、「ニューヨーク市全域制覇」というのは、全体の計画の一部だったしね)

とあるので、わたしが感じたソレではないっぽい… ない、かなあ…

◆10月17日:ブッシュウィック

バンクシーNY10月

日本のお嬢さんふたりの絵ですが。


グラフィティアーティストが、女の子ふたりの部分を黒のスプレーで塗りつぶしたようです。

ニューヨークには、バンクシーファンもいれば、アンチバンクシー派もいるわけで。
バンクシーの絵をこんな風に傷つけたり、GO HOME! と書いたり、活動を邪魔される、妨害されることもあるようです。
そういうことをされることも含めて、街に描く絵、グラフィティなんだろうなあ。
(これは、有志のファンが塗装用シンナーで、元の状態に戻されたそうです)
こうなる前に、ファンは駆けつけて、綺麗な状態で写真を撮り、SNSへアップするのが理想なのですが、場所を割り出す、そこへ駆けつける、それまでの時間に、持ち主が撤去したり、こうして傷つけられたりしたり。
グラフィティアーティストたちからの嫉妬ややっかみのみならず。
バンクシー、ニューヨークでお尋ね者になっていました。
ニューヨーク市警はバンクシーを逮捕すると声明を出し、ブルームバーグ(前)ニューヨーク市長は「他人や公共の財産に損害を与えるものは芸術に値しない」と公言しました。
美術雑誌の評などでも「低俗で分別を欠いた芸術の面汚しだ」と言われていたようです。

そして反バンクシー派の意思とは正反対に、バンクシーがグラフィティを残した建物の所有者は、それをオークションに出したりして、えー、大金を手に入れている。

◆10月22日:ウィレッツポイント

バンクシーNY10月22日

この日の作品はスフィンクスですが。

わたしはコレはあんまりいいと思えませんでした。映画館の大きな画面で見ても、本で見ても、ネットで見ても。
好きじゃない、というか、なんだろう、造作が雑に見える、や、ちょっと違うなあ、なんだろう、バンクシーっぽくない、のかなあ。
他のステンシルなら、あー、バンクシーだな、と思うんですが、これは何だろう、バンクシーの指紋が見えないような気がする。

これは地元の自動車修理工が自宅のガレージに持って帰り、話を聞きつけた画廊の店主が委託販売という形でお店へ引き取ったそうです。
(スフィンクスは、この映画ができた時点でまだ売れていないとか)
この画廊の店主は、作中、他のエピソードでも出てくるんですが、ちょっと不愉快、というか、あんまり好意的には見られない御仁なんですが。
その不愉快も併せて、バンクシーの映画なんだろうなあ。
そして、自宅のガレージに持って帰った自動車修理工ですが。
このひとの台詞もまた強烈でした。

「身なりのいい連中が写真を撮っていて、慎重に扱っていたから、きっと貴重なものだ。だから、誰かに取られる前に、自分が頂く」

10月10日のイーストニューヨークのストリートのおにーさんの言葉、そしてこのひとの言葉、わたしは、この言葉に対して、どう捉えたらいいんだろう、なんていうか、バンクシーからの宿題のような。
次の映画を作るまでに、答えを考えておいてね、と言われたような。

☆ ☆ ☆ ☆

わたしがいいなあ、好きだなあと思ったものを、いくつか。

◆10月20日:アッパーウェストサイド

バンクシーNY10月20日

これがオリジナル。

BANKSY_HUMER_FAN01

こんなのとか。

BANKSY_HUMER_FAN02

楽しそう。

これはスーパーマーケットの壁だそうでして。
そこの店主さんたちが、この絵をお店に飾ったりして。
そんで、絵自体は、強化ガラスで覆って傷まないようにしているんだそうです。
(写真は撮ることができるようですが)
おかしかったのが、店主さんに案内されて、映画のカメラがこの絵を撮りに行った時、ゴミの日の前日だか、何だかで、その絵の前にゴミ袋がいくつか置かれていたりして、店主さんは、そのゴミ袋を無造作に脇によけて「これだよ」と…。
そのシークエンスが、ほんっとーに微笑ましく、楽しかったです。

今回の映画でバンクシーのグラフィティ、わたし最高認定の
◆10月24日:ヘルズキッチン

バンクシーNY10月24日

なんて好みなんだ。

コレ!すっごい気に入った!!
ファンの人たちも、この絵の前で、それぞれで想像したシュチュエーション(膝まづいて花を受け取るポーズや、「だめよ、受け取れないわ」的なポーズとか)で写真を撮っていて。楽しそうでしたー♪
これは金属のシャッターに描かれたものですが、これも建物の持ち主が撤去したそうです。

◆翌日10月24日:イーストヴィレッジ

このインスタレーションそのものじゃなくて、映画に映っていたファンの人たちがすっごく良かったのです。
「この時間と空間を共有しないと、良さはわからないよ」
というようなことを言っていて、その場にいるからこそわかるワクワク感とか、死神と演奏者との近さ、とか、そういうのがすごく羨ましかったです。

◆10月29日:ハウジングワークス
ここにある画廊で買われた風景画が、バンクシーによって加筆され、また【戻ってきた】のだそうです(タイトルまで新しくなって)。
なんかもう、Oヘンリーの短篇みたいだ。

バンクシーNY10月29日

『悪の陳腐さの陳腐さ』

もともとの絵には、人物の絵はなかったそうです。
この後姿からわかるように、これは、えー、ナチスの将校の後姿、これが描き足されました。
タイトルは
“The banality of the banality of evil”
『悪魔の陳腐さの陳腐さ』だそうで。
これはハンナ アーレント著『イェルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』をもじったそうなんですが。
アイヒマンというと、ナチスの将校で、ホロコーストに関係した人物であり、それだけのことをしていながら、裁判では「命令に従っただけだ」と言った人物であり。
映画では、思考停止、自分で考えないことをバンクシーは批判している、と、そういうメッセージだと言っていました。
この画廊の主は、この絵をオークションに出して、その収益をホームレスや、HIV患者のための活動に寄付したそうです。
このエピソードもすごく好きなんですが。
ちょっと戻ります。

◆10月13日:ウッドサイド
セントラルパークで、じ様がバンクシーの原画を60ドルで売っていたんだそうです。

バンクシーNY10月13日

「見知らぬ人に冷たくするな、変装した天使かもしれないから」

じ様のしれっとした顔が、ものすごく楽しくて、もう、なんだこの映画! 好き!!と思いながら、ホントにこの辺りで、膝をばしばし叩きたくなっていました。
こんなことするんだなあ、バンクシー!

結局、半日ほどで、全部で8枚売れて、売り上げが420ドル(4万2千円くらい) 。
翌日、動画でアップして、ファンたちが歯ぎしりしたとか。
オリジナルなら、28万(2,800万円くらい)ドルくらいするそうです。

映画の説明では、この機会を逃して、嘆く人も多かったそうですが、彼らの目的は、バンクシーの作品を60ドルで買う、というエピソード、ドラマが目的だ、と言っていまして。
Oヘンリー通り越して、なんだろう、笠地蔵とか、困ってるおじいさんに親切にしたところ、土地神様だったとか、そういう昔話レベルのイメージが。
これがものすごく印象的でした。

10月7日のレッドフック、
10月10日:イーストニューヨーク、
10月29日:ハウジングワークス、これらを見て、バンクシーって、ものすごく皮肉で、ブラックっぽい作品を作っていますが、ひょっとしてとても優しいひとなんじゃないかなあと思ったり。

こういう動画がありました。
バンクシー ダズ ニューヨーク公開 RT達成記念公開の動画で。
https://twitter.com/uplink_jp/status/720221763104145410

このコピーが『悪人がパイを食らい、善人が笑う』というもので、バンクシーの理想って、こういうシンプルなものじゃないかなあと。

もう1本、イグジットスルーザギフトショップ というバンクシーの映画がありました。
これはバンクシーが【撮影した】映画で、バンクシーのグラフィティがどうこう、という映画ではないです。
もともとは、バンクシーを追い掛けてた主人公が、いつの間にかグラフィティアーティストになって…というドキュメンタリーなんですが。
この主人公の絵が、どうしてもいいと思えなかった。
ウォーホルの絵を、マネして描いて、水で薄めたような絵で。
それでも、大々的にとりあげられ、個展を開き、即売会では飛ぶように売れて…、と、その絵を良いと思えないわたしが間違っているようにも思えました。
ですが、たぶん、そう思うことが、えー、その、バンクシーの手の平で転がされているんだろうなあ、と。

そして今回も。
やっぱり、バンクシーの作るものは、わたしに問いかける。
「この絵を本当にいいと思う?」
「あなたの基準で、あなたの感覚で、この絵をいいと思う?」
「街の壁に描かれたラクガキを、作者のサインさえないグラフィティをいいと言える?」
と、バンクシーから問いかけられている気がする。

例えば文章にしても、アート作品にしても、作者の名前がついていなくても「あ、これ、あのひとのだ」とわかるものが好きです。
(わたしが知っている、わかっている範囲など狭いものですが)それでも、文章を読んで、言葉の選び方、並ばせ方、読者へのウィンク、ものすごく抽象的に言うとコンテクスト、そこから、「あ、この文章、あのひとが書いたんだな」とわかった時はとても嬉しい。

物語もそうですが、わたしが好きなアート作品もまた、わたしに優しくない。
「自分で考えて」と言われているような突き放され感、やっぱり、わたしは、そういうのが好きです。

わたしは、こういう記事なども書いていて、留まらないもの、変わり続けるもの、終わらないもの、が好きで。
バンクシーのグラフィティも、消される、撤去される、街のアートとして留まる保証のない刹那的なもので。
その絵も好きですが、それよりも、バンクシー本人、そして、作品からの問いかけが好きなのかも知れない。

「何がいいと思う?」
「何がいけないと思う?」
「どんなものが好き?」

多分、正解はないと思うし、もし間違えていてもバンクシーは「ダメじゃないか」と言わないと思う。

わたしにとって、バンクシーというアートテロリストは、このNotebookers.jpのコンセプトみたいに、インスタレーションより、それを作るひとの方が面白い。

この映画、最後の31日はどうなるかというと、それは見てのお楽しみにしておいて下さい。
なので、最後のバンクシーからのメッセージも白文字反転しておきます。
ネタバレOKの方は御覧になって下さい。↓このへんにあります。

世界全体が芸術そのものだとしたら、最高だと思わないか

◆おまけ:10月11日:ミートパッキング ディスクリスト

動画のタイトルで、だいたいのことを察して頂ければ…
(なんか、すごいBBCっぽい、というか、パイソンっぽいというかさー)

◆おまけ2:読んだ本
記事の中で「本では〜」とあるのは、この本から参照しました。
(映画のパンフレットはなかったのです。なので、こちらを買いました、文章も多くて読み甲斐があります)

◆おまけ3:プラトンの言葉

プラトンの言葉

私の理論は、どんな文章でも末尾に哲学者の名前を添えると、深淵な感じがするというものだ。


(だからエピメニデスは「己を疑え」なんて言ってない)

Comments (3)

Tags: , ,

「事実は現実の中にある。幽霊を引っぱり出す必要はないよ」〜コナン=ドイルのコティングリー妖精事件

Posted on 02 5月 2016 by

ー。
先日、カーソン マッカラーズの『結婚式のメンバー』読みまして(村上春樹訳)。
なんていうのだろう、例えば、孤独とか空虚とか、そういうものが自分の中心にあるひとというのは、それは先天性なのかも知れない、と思いました。
育った環境ではなくて、親の影響ではなくて、えくぼがある、とか、くせ毛とか、自分ではどうにもならないところからきたものじゃないか、と。

それまでほとんど気にもとめなかったことが、彼女を傷つけるようになった。夕暮れの歩道から見える家々の明かり、横町から聞こえてくる知らない人の声。そんな明かりをじっと見つめ、声に耳を澄ませた。そして彼女の中にある何かを待ち受けた。しかし、明かりはそのうちに暗くなり、声は消えていった。彼女はなおも待ったが、そのまま何も起こらなかった。それでおしまい。自分は誰なのだろう、自分はこの世で何ものになろうとしているのだろう、なぜ自分は今ここにじっとたたずんでいるのだろう、明かりを眺めたり耳を澄ませたり、夜明けの空をじっと仰ぎ見たりしているのだろう。それもたった一人で。自分に唐突にそんなことを考えさせるものを、彼女は怖れた。彼女は怯えていた。そしてその胸の中にはわけのわからないこわばりがあった。

毎度のことながら『結婚式のメンバー』のブックレビューではないです。
『ホームズの生みの親 コナン=ドイルについて』について、です。
Continue Reading

Comments (7)

Tags: , , ,

トラベラーズノートブックとトムウェイツ

Posted on 01 4月 2016 by

だ関西、も少し寒いです嬉しいですせらです。
最後のひと押しとして、ハッシュタグは #惜冬。

えー、先日、『居心地の悪い部屋』という岸本佐知子氏編訳の短篇集を読みまして。
やー、このタイトルなので、12篇、にがくて、突き放され、不安になる、そういうすばらしー短篇集でした。
特に、ジョイスキャロルオーツの『やあ!やってるかい!』は、文学作品は通り魔になり得る、ということを証明できた人類の宝物のような作品でした。

あなたといるとぼくは不安でたまらない。そう、それなんだ、あなたはぼくを不安におとしいれるんです。そのとおりだよ、食事相手はうなづいた。わたしといると最後は誰もがそうなるのさ。だけどね、そもそも文学の役割とはそこにあるのだとは思わないかい?ひとの不安をかきたてることだとは? わたしに言わせれば、ひとの意識を慰撫するような文学などは信用できない。それは僕も同感です。ですが、ぼくは自分のことでもうたっぷりと不安にかられている。あなたの不安がぼくの不安にくわわると、もうこれは苦悩にほかなりません。堕落した平和よりは苦悩の方がましだね(アントニオタブッキ『レクイエム』)

Continue Reading

Comments (3)

Tags:

お宝非売品3点セット

Posted on 01 4月 2016 by

TRE006

Notebookers Market管理人のたかやさんに、非売品として紹介したいお宝アイテムがあるんですがいいですかー、と問い合わせまして。
「OKでーす!」と即答頂きました。

nophoto

いつものと違うのですが、わかりますか?

Continue Reading

Comments (0)

Tags: ,

誰が月の齢を予言するか 〜ムーンプランナーメソッド講座へ行ってきました。

Posted on 16 3月 2016 by

西はまだちょっと寒いです嬉しいですせらです。
行く冬を惜しみまくっています。ハッシュタグは #惜冬 で。

えー。映画の話から始めます。
『エレニの帰郷』というテオ アンゲロプロス監督の作品があります。
エレニというギリシャ人女性が、シベリアの収容所に入れられ、子供を産み、子供と引き離され、再会し、…という、二次大戦から現在までの一代記なんですが。
カメラワークが流れるようで、天使の三枚目の翼とか、ほんとーに美しい画面でして。
そして、これを見た時、すごく思ったのが『時間の流れ』でした。
イレーヌ ジャコブという女優さんが、主人公エレニが若いころから、孫ができるような年齢までひとりで演じています。
メイクや、白髪が少し目立つようにしたりして、年齢を重ねているように見せているんですが、えー、そのひとのひとつの人生なのだから、ひとりが演じるのは当然と言えば当然なのですが、まず、それがひとつめの『流れ』。
そして、作中、時間が行ったり来たりします。若い頃のエレニから、ぽん と時間が飛んで年を取ったり、また戻ったりします。でも、それが全然不自然ではなく、水が流れるような、自然な営為に見てとれました。これがふたつめ。
例えば、デジタルの時計が かしかし と音を立てて数字を切り替えるのでは【なく】、影の位置がさっきまではそこにあったのに、ずいぶん遠くに移動したとか、そういった、昔から現在まで、ひと続きの流れ、のような時間の感覚が感じられて、すごく新鮮! と思った覚えがあります。
Continue Reading

Comments (2)

Tags: ,

「サーハビーに上がるエレベーターのボタンはいくつあるか知ってますか」(ホームズ原作の「階段が何段あるか知ってるかい」的な質問として)

Posted on 06 3月 2016 by

日、ガルシア=マルケスの『族長の秋』を読みまして。

子供たちの猩紅熱(しょうこうねつ)を治すために、太陽と星の光を赤く染めさせた。

もうもう、この一文に左眼を撃ち抜かれました。わたしにどうしろというんだガルシア=マルケス。
Continue Reading

Comments (1)

Tags: , ,

五年目〜玉手箱に入っているもの

Posted on 24 1月 2016 by

2016年1月22日で、Notebookers.jp 5年目でした。
特に、こう、何かイベントや管理人さんからのコメントがあるワケでは【ない】ところが、Notebookers.jp 淡々としていて、いいなあ。
5年目もまた、たくさん得て、失って、孤独の輪郭を研ぎ澄ませて、それを綺麗だなあと見とれるような、そういう1年でありますように。

■ □ ■ □

Continue Reading

Comments (6)

Tags: ,

旅に出て かえるみちを忘れてしまったとき

Posted on 25 12月 2015 by

リスマスの荒技的な想い出とゆーと、某川河川敷でのクリスマスファイアかなあ。
「集まるよ」と友達から連絡が入り、(たしか)金曜日の夜に某川河川敷で集合しました。
ちょっと火を焚いて(事前に消防署に連絡して許可もらい済)、下準備してきてくれた豚汁を温め、持ち寄りのケーキのお皿がないため、豚汁用のお椀に入れ、飲物は、コーヒーか、お湯割りウィスキーの二択。
仕事帰りのひとが多かったため、女性用に着替えのための小さいテントがあり(寒いからジャージその他着替え持参の指定あり)。
集まった割には、プレゼント交換や、何かゲームや催し物などは【なく】 ただ話をして、ちょっと食べて飲んで、聖歌隊出身者がいたので歌ってもらって(そして、その数人、カトリックとプロテスタントと両方いたので、賛美歌の歌詞が微妙に違っていてオモシロかったです)えー、寒風吹きすさぶ中、湧かしたお湯の湯気がやたらと暖かく見えたのを憶えています。
Continue Reading

Comments (0)

Tags: , , ,

Happy Holiday! Notebookers! アドベント4週目☆☆多様性ばんざい☆サンタアシモフからの贈り物☆

Posted on 20 12月 2015 by

ニメデ、という木星の衛星があります。wikiから引用。

ガニメデ (Jupiter III Ganymede) は、木星の第3衛星。太陽系に存在する衛星の中では最も大きく、惑星である水星よりも大きい。比較的明るい衛星で、双眼鏡でも観察できる。

そして。

ガニメデは、1610年にガリレオ・ガリレイによって発見されており、そのためイオ、エウロパ、カリストとあわせてガリレオ衛星と呼ばれている。

ガリレオ先生の発見です。
そして、衛星をたくさん持ち、上記にもあるように、イオ、エウロパ、カリスト、ガニメデ、とあるこの名前なんですが。
星占いでは、木星は、ゼウス、ジュピターが司る星だそうで、そのためか、おそば近くにいる、この衛星の名前が、えー、歴代のゼウスのカノジョたちの名前だったりします。

イオ:ゼウスのカノジョのひとり。ゼウスの妻ヘラにいじめられて、エジプトまで逃げる。そして女神イシスとなる。
エウロパ:ゼウスのカノジョのひとり。ゼウスが牡牛に化けてエウロパに近づき、エウロパがその背中に乗るとギリシアその周辺を走りまくって、クレタ島へ連れていった。その走りまくったエリアをエウロパ(ヨーロッパ)と呼ぶようになったそうで。クレタ島、これで牛と縁があるのかなあ。この時、ゼウスが化けた白い牛が天にのぼり、牡牛座になったそうです。そしてエウロパは、ミノタウロスの(義理の)おばあさん。
カリスト:ゼウスのカノジョのひとり。やっぱりヘラ(アルテミス?)の怒りを買って、熊に変えられてしまう。そんでゼウスの子供を産み、すったもんだのあげく(雑な説明)、大熊、小熊として天にあげられ、おおぐま座、こぐま座となる。
ガニメデ:ゼウスに仕えていた酒杯係。水瓶座の水瓶を持っていたとも言われているそうで。トロイ王家出身の美少年。
(まったく本編とは関係ないのですが、わたしがギリシャ神話好きなので書いてみました)

■ □ ■ □ ■ □ ■ □

Continue Reading

Comments (0)

Tags: , , ,

アドベント第三週☆☆☆サンタさん、ぼくたちわたしたちNotebookers、今年も一年イイコでした!

Posted on 15 12月 2015 by

今、わたし、ベケットを読んでいるのですが。
もう、すばらし過ぎて何度も電車の中で(通勤読書なのです)、涙ぐんでおります。
そのたびに、ポケットにあったレシートなどを千切ってはさんでいるのですが。
わたしの本を見たことがある方はご存知なのですが、そういうレシートやストローの袋を千切ったものをふせん代わりにしています。なので、落としたりすると、ふせんじゃないので粘着部がないので、ちょっと悲しいことになります。

ところであなたの人生の話をしてくれませんか、それからなんとか考えましょうや。

これも『考えるのは後』なんだ。わははー。 Continue Reading

Comments (2)

Tags: ,

アドベント第二週☆☆Date with a Notebookers Christmas book(半分Vr.)(WEB版)クリスマスの思い出

Posted on 07 12月 2015 by

で読んだのか、忘れたのですが、モノを考える時『枕の上、馬上、お手洗いの中』というような言葉があり(たぶん)。
枕の上というのは、いわゆるベッドの中。寝る前とか、起きてから、すぐにベッドから出ないで、うだうだしている時間のことだと思われます。お手洗いの中、は、言わずもがな。
そんで馬上、馬に乗ってゆられている時。これは、たぶん、今で言うと『歩いている時』ではないかなあ。
この、歩いている時の、考えが浮かぶ、思いつく、その力は、どこから来るのだろうなあと思います。
(そして今回も、この前フリは記事にまったく関係がない)
Continue Reading

Comments (0)

Tags: , , , , , ,

Happy holiday! Notebookers! アドベント第一週☆Date with a Notebookers Christmas book(半分Vr.)(WEB版)オーギー・レンのクリスマスストーリー

Posted on 30 11月 2015 by

日の記事、初めてモレスキンを書いたときのことを憶えていますか。この記事での、最初に書いてみるリストのひとつ、タイの首都、バンコクの正式名称ですが。
wikiより

กรุงเทพมหานคร อมรรัตนโกสินทร์ มหินทรายุธยา มหาดิลกภพ นพรัตน์ราชธานีบุรีรมย์ อุดมราชนิเวศน์มหาสถาน อมรพิมานอวตารสถิต สักกะทัตติยวิษณุกรรมประสิทธิ์
クルンテープマハナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラアユッタヤー・マハーディロッカポップ・ノッパラッタラーチャタニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーンアワターンサティット・サッカタットティヤウィサヌカムプラスィット

長すぎて国民も覚えられない。なので、最初の部分をとり、国民は『クルンテープ』と言っている。 タイ語は後置修飾が基本であるので、意味は後ろの節から訳し、以下のようになる。
イン神(インドラ、帝釈天)がウィッサヌカム神(ヴィシュヌカルマ神)に命じてお作りになった、神が権化としてお住みになる、多くの大宮殿を持ち、九宝のように楽しい王の都、最高・偉大な地、イン神の戦争のない平和な、イン神の不滅の宝石のような、偉大な天使の都。

だそうです。いいなあ、こういうのダイスキー!
Continue Reading

Comments (1)

Tags: , ,

初めてモレスキンを書いたときのことを憶えていますか。

Posted on 28 11月 2015 by

えー。
関西も寒くなり、本格的に冬っぽいです。嬉しい。
今回のタイトルは、バートン版『チャーリーとチョコレート工場』で、チャーリーがウォンカさんに訊ねる台詞
「初めてチョコレートを食べたときのことを憶えていますか」
から。
わたしは、この原作を、えー、読むのがだいぶ遅く。多分、二十歳より少し以前、くらいに読んだ覚えがあります。
初ダールが、15、16歳くらいで、何を読んだかとゆーと『あなたに似た人』でした。
かの、クウェンティンタランティーノ監督のゆかいな楽しい『フォールームス』の中の一話の原作、名作『南から来た男』などが収録された、えー、ありていにゆーとバクチ小説を含むミステリ系短篇集でして。ホントに楽しい。面白かったです。はい。
もちろん、今回の記事とはあまり関係のない前振りです。
えー、でも、ダールは、ホントにバクチ、ギャンブル小説、楽しいです(せらイキイキ)。
Continue Reading

Comments (7)

Tags: , ,

何ゆえにこうした神秘に惹きつけられるのか、彼にはついにわからなかった。『大英博物館展〜100のモノが語る世界の歴史』を見てきました。

Posted on 16 11月 2015 by

近、チャトウィンの作品を二作、読みまして。
なんというか、『百年の孤独』感の漂う作品でした。
例えば、マコンドを出て行ったブエンディア家のひとの望郷と、マコンドに留まったひとの積み重ねた生活が書かれているような。
そのまったく正反対の人生の有りようと、あと、やっぱり共通するのが『過剰と欠落』かなあ。
何でも手に入る富を持ちながら、本当に欲しいものは手に入らない、欲しいと思えるものがない。
『ウイダーの副王』と『黒ヶ丘の上で』という二作です。
(やー、これはただの前フリで、記事はこのレビューではないです)

神戸市立博物館の『大英博物館展』に行ってきまして。
この『100のモノが語る世界の歴史』を見てきました。

大英博物館展

象の下にあるのがルヌラですー!ルヌラですーー!!

Continue Reading

Comments (0)

Tags: , , , , ,

ないものがある手帳がほしい。手帳総選挙@神戸NAGASAWA煉瓦倉庫へ行ってきましたぷちぷちレポート

Posted on 04 11月 2015 by

日、ツイッターで回ってきたのですが。
江戸時代、芝居小屋で「観客が喜ぶから」というだけで加藤清正が舞台を横切る演出があったそうです。
(舞台のその演目にはまったく関係がないようです)
それを表して
「さしたる用はなけれども、まかりいでたる加藤清正」
というんだそうです。
なんてすばらしいんだ。と、コレをまず前振りとして。

えー。
Notebookers.jpで一、二を争う『ノートブックや文具について記事を《書かない》ライター』せら、わたくしが書く手帳総選挙レポートです。
レポートというか、行ってみて気がついたこと、わかったことなどをちょろりと書いてみようかと。

煉瓦倉庫店前の港
Continue Reading

Comments (1)

Tags: , , ,

迷子になっているノートブック〜黒いカイエを知りませんか

Posted on 01 11月 2015 by

えー、先日、迷子になったノートブックという記事を書きました。
そちらは、手許に戻ってきたのですが。
戻っていないノートブック《も》あります。
Continue Reading

Comments (0)

Tags: , ,

「わたしの答えに抵抗があるならば、抵抗を続けてください」蔡國強展『帰去来』で狼たちに遭ってきました。

Posted on 07 10月 2015 by

です。Notebookersの皆様、いかがお過ごしでしょうか。
去年の今頃はどんなことをしていましたか。

去年の今頃、わたしは『百年の孤独』を読み終わり、どうにも手放しがたく、しばらく持ち歩いて、ちら読みし、ノートブックに書きつけて、と、していました。

そんで。
横浜トリエンナーレで、メルヴィン モティのインスタレーション ”No Show” を見て、爆泣きしたのも同じ頃でした。
そして今年もまた。
見てきました。蔡國強展『帰去来』

。蔡國強展『帰去来』

蔡國強展『帰去来』

Continue Reading

Comments (3)

Tags: , ,

「お茶でもいかがとコニーの誘い。まあ結構よ、毒入りなのね、とメリキャット」〜物語の中のお茶

Posted on 06 9月 2015 by

「お茶でもいかがとコニーの誘い。まあ結構よ、毒入りなのね、とメリキャット」

関西は、まだ、日中が暑いです。いかがおスゴシでしょうか。
先日、ハングアウトのやりとりで「物語の中のお茶」について記事を書く〜云々、という話をしていまして。
(それで、最初に思い出したのが、今回のこのタイトルというのも物騒な話ですが)
コレは、シャーリィジャクソンの『ずっとお城で暮らしてる』から。
作中、殺人の容疑をかけられたコニーへの囃し歌です。
今回は、こういう、物語の中でのお茶の時間、お茶を淹れること、などを書こうと思います。
Continue Reading

Comments (1)

Tags: , , , ,

世界の果てでも、多分わたしはお茶をしながら本を読んでノートブックを書いている番外編@座り心地は悪くても、それでもやっぱり、ソレは恩寵なのだ

Posted on 02 8月 2015 by

月です。お暑うございます。
映画見て、本を読んでノートブックをごりごり書いて、Notebookersな夏をエンジョイ… というか、この記事のタイトル通り、世界の涯でなくても、かつ、季節も問わず、ワタシがすることって同じなんだなあ、とシミジミしております。
Continue Reading

Comments (2)

Tags: , , , ,

ポストカード交換&封筒作りの会 しました。

Posted on 10 6月 2015 by

5月23日(土)、封筒作り&ポストカード交換会をしました。

読書会やクラフト会などで、ちょっとお出かけされた方が、お土産に、と、ポストカードを下さることがあり。
そのやりとりの時に「持っているポストカードの交換とか、じまんとか、そういう集まりって楽しそうですよねー」と話が出て。
「じゃあ、やりましょう」と、えー、開きました。
Continue Reading

Comments (0)

Tags: , , , ,

5月〜神戸@ナガサワ文具センター(ひとり)祭り

Posted on 27 5月 2015 by

月17日(日)、ナガサワ文具センター神戸煉瓦倉庫店でペンクリニックへ行ってきました。
そこから続く、ナガサワ文具センターひとり祭りレポートです。
Continue Reading

Comments (0)

「問い」からはじまる学びの場 に参加してきました。

Posted on 14 5月 2015 by

月5日(日)なんですが。
「問い」からはじまる学びの場 に参加してきました。

ゲストは、東京、荻窪でブックカフェ『6次元』を運営されているナカムラクニオさん。
Notebookers.jpでも、文具女子の彩織さんが何度か記事にされています。
コチラとか、コチラとか。

今回のこのイベントは
『問い』からはじまる学びの場
でして。この『問い』がなんとも魅力的に感じられ。
参加を決めました。
Continue Reading

Comments (2)

Tags: ,

『夜は来て愛を語り』見ました。満を持して。

Posted on 01 4月 2015 by

イプリルフールネタがネット上では舞い踊っていますが。
ソレとは関係なく、マイペースに。
先日見てきた映画のレビューです。
『夜は来て愛を語り』です。
2001年 英仏合同で制作。
監督 アニエスカ ホランド
主演
デヴィッド シューリス
ジュード ロウ
マリオン コティヤールの三人主演です。
Continue Reading

Comments (0)

Tags: ,

Notebookers読書会レポート(たぶん)第4回!

Posted on 02 3月 2015 by

「物語はそれぞれの歩調で話すのがいちばんよかろうと思ってるだけさね。むかしは、みんな、いつも時間をかけて物語を紡いだが、いまではなにもかもが、さっさと済ませねばならなくなって」
(『黄昏の眠る秋』より)

もう、というより、まだ4回目なのかーと思います。
(というか、2日やっても1回のカウントなので、日数にすると10日くらいやってるんじゃないかと)
えー、そのNotebookers読書会レポートです。
この読書会は、課題本を決めて、それを読んできて「ココがこうだった」「ああだった」と話すのではなく、好きな本を一冊持って来て頂いて、それについて1時間話す、というそういう読書会です。
今回も、参加者さんにお好きな本を持って来てもらいました。
Continue Reading

Comments (2)

Tags:

世界の果てでも、多分わたしはお茶をしながら本を読んでノートブックを書いている8@胸に押し当てたいほど愛しい物語(の、ある書斎)

Posted on 01 3月 2015 by

く冬を惜しんでおります、ブックレビュー8冊目。
毎回、タイトルだけが無駄に長いですが、えー、読んで頂けたら嬉しいです。

先日、Notebookers.jp 管理人タカヤさんのお題ツイートがありまして。

このお題、あんまり主旨に即していない記事になるかも知れませんが。

以前、Notebookersの本棚をテーマに、いくつかの記事があがりまして。
そのひとつ、タカヤさんの記事で『海底二万里』のネモ船長の書斎について書かれていました。
文学や芸術、技術の本、そして標本があり、政治と経済の本がない書斎、いいなあ、アコガレの書斎のひとつです。
以下引用『海底二万里』訳:江口清 集英社文庫版

そこは図書室だった。銅をはめこんだ黒檀の高い家具の、その広い棚には、同じように製本した本が、ぎっしり並んでいた。(中略)
「一万二〇〇〇冊ですよ、アロナックスさん。これがわたしを地上に結びつけている唯一の絆です。わたしのノーチラス号がはじめて海に沈んだ日に、世界はわたしにとって終わったのでした。その日、わたしは、最後の本、最後の雑誌、最後の新聞を買ったのです。そのとき以来、人類はもはや考えようともせず、書こうともしなくなったと、私は信じたいのです」(略)
わたしはネモ船長に礼を言って、書物の棚に近寄った。そこにはあらゆる国語によって書かれた、科学や道徳や文学の本が、たくさんあった。しかし、経済学の本は、一冊もなかった。それは、船内から厳重に追放されているらしかった。(略)
これらの本の中で、古今の大家の傑作が、まずわたしの目を引いた。つまり、人類が歴史の中でつくりだしたもっとも美しいもの、詩だとか、科学などで、ホメロスからヴィクトルユゴーまで、クセノフォンからミシュレまで、ラブレーからサンド夫人にまで及んでいた。しかし、特に科学が、この図書室の呼びものだった。機械学、弾道学、水路学、気象学、地理学、地質学等の書物が、博物学の書物に劣らず主要な場所を占めており、これで、これらが船長の主な研究の対象であることがわかった。

『海底二万里』どのシーンもそうなのですが、この図書室にしても、標本と美術品を置いている広間にしても、ほんっとーーにひとつひとつ克明に書かれていて、初めて読んだ時、「…見てきたの?」と思うほどで。
ネモ船長の書斎、もうひとつ、大きなポイントとしては、ここはもちろんノーチラス号の中です。
なので。
海の中、海底を動き回る、世界とは切り離された場所、に、ある書斎。

この世界から切り離されたネモ船長の書斎について読んだりすると、思い出す書斎、とゆーか、場所があります。
レイブラッドベリ『さよなら、コンスタンンス』から。登場人物のひとり、クラレンス ラティガンのコテージです。
今回は、この物語とラティガンのコテージについて書こうと思います。

Amazonより。内容紹介です。

内容(「BOOK」データベースより)
死者の名を刻む手帳。失踪した女優。連続する謎の死。隠棲する新聞蒐集家。闇に閉ざされた映画館の小部屋。嘆く神父。雨に沈む納骨堂。街の地下を吹きぬける雨の匂い。さまよう探偵小説作家。夜の抒情と都市の憂愁をこめて巨匠が贈る最新長篇小説。

内容(「MARC」データベースより)
死者と死すべき者の名が記された手帳を残して消えた女優コンスタンスを追って、探偵小説家「私」がロサンジェルスをさまよう幻想的探偵小説。ブラッドベリの最新長篇。探偵小説3部作の完結篇。

主人公が名無しの「私」、優しい、泣き虫の作家で、若い頃のブラッドベリがモデルだと言われています。
彼と、相方の刑事クラムリーが、失踪した女優コンスタンスを探すんですが、彼女の周りの人間が次々と不審な死をとげます。そのナゾを解く、んですが、えー、もう本当にブラッドベリ節の効いた、全編歌うような、流れるような文章で綴られています。

そのヒロイン、コンスタンスの最初の夫、クラレンス ラティガン。
ハリウッドのマウントロウという小山のコテージに住んでいる、元トロリーの運転手です。
彼が住むコテージには、四十年分とも五十年分とも推定される新聞が置かれていまして。

足を踏み入れたのは新聞の迷宮だった。ーーいや、地下墓所(カタコンベ)と言おうか。うずたかく積まれた古新聞の山のあいだをせまい通路がめぐっている。《ニューヨークタイムズ》《シカゴトリビューン》《シアトルニューズ》《デトロイトフリープレス》。左は五フィート、右は六フィートの高さにそびえ立ち、すり抜けようとするものなら雪崩におしつぶされそうだ。

「だれ?」私は呼びかけた。「どこにいるんですか」
「たいした迷路だろう!」ミイラの声がうれしそうに響いた。「俺が作ったんだ! 朝の号外から夜の最終版、競馬特報に日曜版のまんが、なんでもある。四十年分だぞ! 公刊に値しないニュースの博物館だ。そのまま進め! 左へまわりこんで。おれはこっちにいる!」

コテージいっぱいに積み上げられた新聞のすきまにあるベッドにいるのが、この迷宮のあるじ、ラティガンです。
彼が、あることをキッカケに新聞を集めるようになったのですが。

そのキッカケというのがコレです。

「あるとき、朝刊を捨て忘れたのがはじまりだった。じきに一週間分がたまり、そのうち《トリビューン》や《タイムズ》や《デイリーニューズ》がどんどんたまっていったよ。あんたの右側は一九三九年、左は一九四〇年だ。ひとつ後ろの山は四一年。みごとだろう?」

そして、

「日付を言ってみろ」
「一九三七年四月九日」口をついて出た。
「ジーン ハーロウ、享年二十六。死因は尿毒症。葬儀は翌日。フォレストローン墓地。葬儀ではネルソンエディとジャネットマクドナルドがデュエット」
「驚いたな!」私は叫んだ。
「ふん、なかなかのものだろう。もっと訊いてくれ」
「一九四二年五月三日」
「キャロルロンバード、飛行機事故で死去。夫クラークゲーブル悲嘆に暮れる」

ラティガンは(ネモ船長と同じく、潤沢な資金を背景に、自分から世界を切り離し)山頂のコテージで、積まれたその一紙一紙を、覚えるほど繰り返し読んで暮らしているのです。
(そして、世捨て人でありながら、多分、誰よりも世界の動きを知っていて、覚えている)

ですが。
ネモ船長の書斎とは正反対で、ラティガンのコテージには、いわゆる『本』は一冊もなく、芸術性、文学性はありません。
ただ、即時性、時事性、リアルタイムこそ命! の新聞が四十年分です。
主人公『私』の相方、刑事のクラムリーは、こう言っています。

「ばかばかしい! 印刷されたそばから死んでいく新聞記事なんかと心をかよわせようってのか」

印刷されて、すぐに紙くずになる新聞には未来がありません。
ラティガンの迷宮は、その『過去』の集積所です。
(ネモ船長の書斎も『終わってしまった世界の書斎』なので、このへんは似ているかも)

『過去のーー』というのが、この物語のナゾを解く重要なポイント、鍵になるのですが。
その歴史、積み上げられた重さと貴重さを『私』は、感じ取り、また、ラティガンとコンスタンスのために泣くのです(泣き虫だから)。

話の展開として、とあるコトが起こり、ラティガンのコテージが崩れ落ちます。
それをニュースで聞いた『私』とクラムリーは、コテージに向かうのですが…

山頂に着くと廃墟はなく、大量の新聞紙のピラミッドが、字が読めないにちがいない男の操作するブルドーザーで掻きまわされていた。自分が一九二九年の新聞王ハーストの叫びや三二年の《シカゴトリビューン》発行者マコーミックの爆発を刈り取っているとは気づきもしない。ルーズヴェルト、ヒトラー、ベイビーローズマリー、マリードレスラー、エイミーセンプルマクファーソン。ここで土に埋めてしまえば二度と帰らないのに。

「落ち着け!」
クラムリーは言った。
「でも、あれほど貴重なものなのに、あいつがしてることといったら!」
私は前のめりになって、二、三枚の紙面をつかんだ。
ある紙面ではルーズヴェルトが当選し、二枚目では死亡し、三枚目では再選を果たしている。(中略)
「まったく」私は愛しい紙面を胸に押しあてた。

初めてコレを読んだ時、ラティガンの言う『公刊に値しないニュース』という言葉がすごく印象的でして。
本とは違って、繰り返し読まれることのない新聞、そこに書かれたニュースを集めた場所。
公刊に値しない、トコロが(役に立たないと言われることの多い)ブンガクに似ているような気がしたのを覚えています。

例えば。
作者ブラッドベリは、ポーやヴェルヌ、ボーム、スティーブンソンなどの大ファンでして。
(ワタシも、この作家さんたちはとても好きなのですが)それでも、これらの本がおいてある書斎だったら、これほど印象に残るだろうか、と。
何て表現したらいいのかわからない情熱で新聞を蒐集しているラティガン、そして、その出来事を、それを記録したもの、新聞を愛しく思う『私』(≒ブラッドベリ)を、ワタシは好きなんだなあ。

それで。
この『さよなら、コンスタンス』読んだのはもう何年も前で、今回改めて読んだのですが。
ラティガンのコテージが崩れる場面なんですが、ワタシが(最初に)読んだのと違うような気が。
確か、崩れるところを『私』が万感の思いを込めて見つめているシーンがあった《 は ず 》なんですが。
どこを探しても、何度、ラティガンという文字を拾っても見つからないのです。

本を読んでいると、たまーに、こういうコトがありまして。
最初に読んだ時、忘れられないと思い、ココロに刻まれた《 は ず 》のシーンが、次に読んだ時、なかったりする。
(同じ作者の本を読んで、きっと、それで記憶がごちゃごちゃになっているんだろうなあ、とは思うのですが)

それで思いました。
ワタシの『理想の書斎』について。
広さはこのくらいで、大きな天窓があって、云々〜 というのは、あまりこだわらなくていいから。
こういった、ワタシが読んだ《 は ず 》なのに、失われたシーンがある本が置いている書斎がいい。
子供の頃に読んだ『リア王』、エドマンドが叫んだ、大人版をいくら読んでも見つからないあの台詞とか、この『さよなら、コンスタンス』で、『私』が見ていた迷宮の崩壊のシーンとか、同じくブラッドベリ作品で、いくら探しても、泣きたくなるほど見つからない、あのシーンとか。
ワタシの記憶の中にしかない、本がある、そういう書斎がいい。
そんで、その本棚の隅っこには、クローブを差したちょっとしなびたようなオレンジが置いてあったらいいな(それで(何とか)お題に即する)。

■おまけ〜ブラッドベリからのウィンク

「火の気を立てるなよ!」男は怒鳴った。
私の目の前で、五十年の歳月が大型ごみ容器にほうりこまれた。
「乾いた草と新聞紙、たちまち燃えあがるもの」私はふと考えた。「大変だ、どうしよう、もしもそんなことになったらーー」
「どんなことになるんだ」
「いつの日か、新聞や本が火を起こすのに使われるのでは?」(中略)
「うちの親父はストーブの石炭の下に新聞紙を突っこんで、マッチをすってたぞ」
「なるほど。では本はどうでしょう」
「本で火を起こす間抜けはいないだろう。待てよ、まさか百トン級の百科事典でも書くつもりか」
「いや、灯油のにおいがするヒーローの物語なら書くでしょうけど」

おまけ2■

あんたは永遠に生きるよ

「あんたは永遠に生きるよ」

■おまけ3

「ただでいい、持っていきなさい。この本を読んだ最後の人間は、恐らく、盲人イサーキウス二世だろう。いったいどうするつもりかね?」

(これまた、すばらしー本屋さんの台詞から)

Comments (2)

Tags: , , ,

ワタシのものにならない物語を留めたいと思う〜デイリーダイアリー1冊書き終わりました。

Posted on 14 2月 2015 by

き終わったモレスキン デイリーダイアリーがあります。

2014年1月8日から9月13日まで(というか、最後の日付が書いてあるのが9月13日。ワタシはあんまり日付を正確には書き入れていないのです)8か月少しの間、使いました。
えー、2013年のデイリーダイアリーで、なので、1日1ページの仕様なので、ふつーのモレスキンラージより、たっぷり書ける、と思い、ふつーの雑記用ノートブックとして日付関係なく、書いていまして。

コレが。
なんとも、忘れられない一冊のノートブックになりました。
Continue Reading

Comments (6)

Tags: ,

HERE AND NOW 〜『旅ノートコレクションvol.2』と迷子になったノートブック

Posted on 09 2月 2015 by

2015年1月10日から25日まで、東京 中野の『旅とひと』をコンセプトにした文具屋さん、旅屋さん『旅ノートコレクションvol.2』が開かれまして。
ワタシも旅ノートを一冊、出展させて頂きました。
1月18日に、この展示を見に行ったのです、が。
Continue Reading

Comments (6)

Tags:

4年目〜 N is for Notebookers

Posted on 22 1月 2015 by

Notebookers.jp、はや四年目を迎えまして。
四年、というと、ワールドカップが1回回ってくる時間なんだなあ。
や、次の一年、また、なにを得てなにを失い、それぞれの向かうところ、流れ着くところ、楽しみですね。
Continue Reading

Comments (2)

Photos from our Flickr stream

See all photos

2017年11月
« 10月    
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

アーカイブ