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Notebookers Meeting 〜オフ・オフ・Notebookers 開きます

Posted on 31 5月 2019 by

Notebookers Meeting として、オフ・オフ・Notebookers 開きますー。
7月14日(日)大阪梅田近辺にて。12時頃〜18時頃まで。
途中参加、離脱歓迎。
ノートブックが好きなひと、まだあんまり使ってないけど、どんな風に使っているか見てみたいひと、まったく使ったことないけど興味あるひと、お越しお待ちしております。

以前にも2度ほど開催しております。こんなカンジ。

白地図に「ウクライナはここだ」と参加者さんに類推してもらった1回目

積んだトラベラーズノートがまるで宗教施設のようだと開始から怪しかった2回目

1回目、2回目と開催して。Travelers Notebook Meetingという他でもある名前なので、何か別の名前をつけようと思いまして。
そんで。
和田誠さんの『オフ・オフ・マザーグース』を思い出しました。
和田誠さん(あの平野レミさんのご主人でもあり)、イラストレーターであり、翻訳家でもあります。
谷川俊太郎さんのマザーグースの本では挿絵を描かれていたり。
その和田誠さんが翻訳したマザーグースです。このタイトルは、オフ・オフ・ブロードウェイからとったそうで。
オフ・ブロードウェイというのが、やや小さめの劇場での興行で、オフ・オフ・ブロードウェイは更に小さい劇場での上演になるんだそうです。
和田誠さんは、もう定番になっている谷川氏のマザーグースとは、別の、メインストリームではないけれどもありますよ、という意味で『オフ・オフ』とつけたそうです。

わたし、おそらく、ノートブックについて書いて【いない】ことにかけては、1、2を争うライター(ちなみに、1、2を争っている(争ってないけど)相手は管理人のモレカウ氏だ)なので、ノートブックや文具について、詳しくないし、珍しい文具をたくさん持っているわけではないです。
【そういう】ライターが開催しますので、コアな文具トークなどはできませんが(むしろ、映画や本の話、旅のうっかり話の方が多いかもしれない)、みなさまのご参加、お待ちしております。

お問い合わせなど、どうぞお気軽にー。
ツイッターはこちらになります。>> せら@Treasure_Table

ツイプラを立てています。参加ご希望のかたはこちらからお願いします。

せらの『何度も水を被った雑トラベラーズノート』他のノートブックたちとお待ちしております。

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おかげさまで10周年

Posted on 09 5月 2019 by

2019年5月9日、よる。
Notebookersライターのsaoriです、こんばんは。

うちの茶トラこと「トラベラーズノート レギュラーサイズ 茶」
本日無事に、10周年を迎えることができまし……

って投稿するつもりだったのに、
きょう撮影のために1冊目のノートを開いたら、使用開始日2009年5月2日じゃないですか!!

こんな信じがたい展開、アリ?
あるんですよーそれが今!

ほんとにほんとに、我ながら心底びっくりしました。
人の記憶は時として豪快に曖昧なのだと、自らの体験をもって痛感しました。

「わたし今年の5月9日にTN愛用10周年迎えるのー♪」とかなんとか、
浮かれた話を聞いてくださった方々、ごめんなさいあれ嘘でした!!

2009年5月2日に1冊目のリフィル(003 無罫)を使い始めて以来、
なんだかんだの紆余曲折はあったものの、
いつの間にやらトラベラーズノートは、時代を越えた旅の連れ?友達?ただの必須文具?
うーんなんだろう。とりあえず生活におけるなんかいい感じのポジションになりました。

出張ついでも含む旅で使ったリフィルは、40冊くらい。
20冊目あたり表紙ナンバリングが面倒になって書いてなかったり、
数冊どっかになくしたりしたせいで、正確な冊数が分からないのです。

10年間、その時にあうペースでトラベラーズノートユーザーを続けていると、
トラベラーズノートとの向き合い方とか、選ぶ基準とか、
ほんの些細なことでも変化していることを実感します。

多くの人たちになにかしらを発信する職業を生業の一つとする身でありながら、
誰よりも、私自身が私の発信に新鮮さを感じられるのかもしれません。

トラベラーズノートユーザーになったことがきっかけで
さまざまな出合いや機会に恵まれたことにも、改めて感謝します。
使い始めた当初にはこの展開、全然考えもしていませんでした。トラベラーズノートすごい。

トラベラーズノートユーザー、10年続けて良かったです。
良かったなぁと、思います。

11年目からは、旅以外でもトラベラーズノートを使ってみようと画策中。
もうすこし、生活に根付かせた使い方をしてみたくなっています。
用途を絞ってときどき使うだけでは、もったいないノートなのではないかと。

筆記具や表現手法などに制限を設けず、
少なくとも使用歴11年目に入った令和元年のうちは、茶トラを使い倒してみます。
(飽きて使わなくなったらごめんね)

今後とも、うちの茶トラをよろしくお願いいたします。

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東の果ての霧の町の灯台

Posted on 03 5月 2019 by

 
此処から東へ東へ、東の最果ての断崖に、明治のはじめに造られた白亜の灯台が立っている。碕の高さと塔の高さを合わせると51mにもなるその灯台の灯は、海から見るときっと、星のように見えるのだろう。

灯台は ”フォグホーン” を備え、周囲を霧で閉ざされた時にはそれを鳴らしたという。過去の記念に残されたサイレン、今はもう、その音が海に放たれることはない。

キャラメル

朝、駅までの途中のコンビニでキャラメルを買って、ポケットに入れた。

キャラメルは、旅の支度の最後、仕上げに持つ旅行には欠かせない携行品の一つ。
長い旅であれ短い旅であれ、旅行は刺激と緊張の連続だ。ちょっと疲れた時、ちょっと気分を変えたい時のための、キャラメルは旅の友。人混みの騒々しい音や匂いとか、自分にとって好ましくない刺激で息苦しく感じた時に、空気と時間を自分に戻すおまじないのキャンディでもある。
 

夜の匂いから朝の匂い

6:00、いつもの通勤とは逆方向の電車に乗る。休日なのでそれなりに空いてはいるけれど、乗客の半分くらいは朝まで都心で遊んでいたらしいぐったりした人達で、車内は夜の電車の匂いをひき摺っている。

駅に着くたび、ふらふらと一組降り、二組降り、途中、何本かの線が混じる駅でほとんどの “夜組” が降り、代わって乗ってきた人々で車内は平日の通勤電車を薄めたような朝の匂いに変わった。
 

ターミナル駅

6:50、千葉駅着。次の総武本線の乗換えまで20分と少し。

持参の魔法瓶のお湯でコーヒーを飲めないかと駅構内のコンビニに入ってみたのだけど、紙コップも紙コップ入りのインスタントコーヒーも見つけることができなかった。そうか、コンビニといっても駅のキオスクの派生種だ、売ってるものもそういうことかと、自分なりに納得して店を出る。
 

窓からの景色

これから乗る総武本線のホームに降りると電車はもう着いていて、ぽつんぽつんと疎らに乗客が座っていた。

車両の座席は通勤電車と同じロングシート。ちょっと残念に思いながら何処に座ろうかとゆっくりホームを進んで行くと、先頭車両でボックスシートを見つけた。いそいそと乗り込む。ボックスシートだけじゃなくて、特急列車のような大きな窓もある。通勤電車と観光列車(?)を合わせたようなおもしろい車両。大きな窓に面したボックスは少ししかなくて、そのうちのひとつに座る。

こんな大きな窓がついているのだから、景色も良いに違いないとスマホの地図(以下『地図』)で線路をたどってみる。……海が見えるわけでもなく、千葉から成田の南を通って銚子まで進む、どう考えてもただの千葉(失礼💦)だけど、いやいやこんな大きな窓がついているのだから、何か見るべきものがあるはずなんだと、どんな景色が見えるのかソワソワしながら発車時刻を待つ。
 

車窓 ─ 藤と白鷺

7:15。モノレールの線路を見上げながら、千葉市のよくある地方都市っぽい景色で出発した列車。ここから2時間、各駅停車でトコトコと進む。

市街部を抜けてしばらくすると、景色は千葉の郊外らしいものになってきた。いや、といっても、わたしは関東の生まれじゃないし、昔、外房の方に何度か行ったことがあるのとあとは成田空港しか行ったことがないくらい千葉には縁がないので、これが本当に “千葉らしい” のかどうか、本当のところは分からないのだけど、何となくわたしの中で千葉の内陸の地形はこんな感じと思っている景色、“想像上の千葉” の景色が車窓から見えはじめた。そうだ、南総里見八犬伝はこんな感じじゃ…!と思ったところで、南総はもっとずっと南ではないかと気付く(お、おぅ💦)

平坦な広い土地に、水の入った水田が連なる。今はちょうど田植えの季節のようで、小さな稲苗の明るい黄緑が、たぷたぷした黒い田んぼの水からちらちらと連なって見える。畦道の途中にはところどころ大きなこんもりした木があって、こういう木の下で、畑仕事のお昼にお弁当を食べたりするのかなと想像する。

田園風景を囲んで、山と言っていいのか森といっていいのかよくわからない鬱蒼とした緑の台地。山、というほど盛り上がりはなくて、延々と平たく高さが続いている。電車はその森の中を抜ける。あちこちに、柔らかな紫の、大きな野生の藤が見える。森の切れ間に、水田をそろそろと歩く大きな白鷺も。

白鷺はこの先もずっと、大きいのから小さいのまで、銚子の手前あたりまでけっこう見た。何だろう、千葉って白鷺の土地なんだろうかと思ってちょっとググってみたら、県のサイトでサギ被害(詐欺被害ではな(ry)のページを見つけた。
▶︎千葉県:サギ類についてhttps://www.pref.chiba.lg.jp/shizen/soudan/sagi.html
 

総武本線の単線区間

ふと、窓に迫る緑を感じて「あれ?」と思う。「線路脇の木、近過ぎじゃない???」

東京から千葉までの線を「総武線」という。千葉から先、銚子までの線は「総武本線」。総武線は首都圏有数のぎゅうぎゅう詰め通勤線でもちろん複線(詳しくは、上り下りそれぞれに複数の線を持つ『複々線』というらしい)なんだけど、その総武線の続きの総武本線なんだからこれも当然複線だろうと思ったら、総武本線は途中から単線になっていた。後で調べたところによると、佐倉から銚子までが単線区間と……ほとんどが単線じゃん(;`ω´)

総武本線の単線区間は、ローカル線のような雰囲気がある。何となくまだ都会の電車の気分をひきずっていると、時々「え?」と思うくらい、森の中にぽつんと出来たように見える小さな駅が出てきて驚く。

単線の幅しかないので周囲の樹々は電車に迫っている。「何かよくわからないけど千葉の方の電車に乗ると木が近くてびゅんびゅんする」と思っていた原因はこれかーと気付く。
 

朝8時、成東駅

東金線で外房方面に行く人が降りたのか、電車はガラガラになった。そして10分程度の停車。電車のモーターも切られて、周囲の音がよく聞こえる。鳥の声と、水の入った水田にいるカエルだろうか、リーリーリー、コロコロコロ、という柔らかい鳴き声。開け放ったままのドアから、朝の湿った植物の匂いがする。少し肌寒い。
 

霧の町

8:53の飯岡を過ぎたあたり、地図で見ると九十九里の弓の上端、海がくいっと食い込んで総武本線が一番海に近付いたあたりで、景色に霧がかかってきた。

今回の目的地である犬吠埼灯台では、10年くらい前まで、霧信号所が稼働していた。霧で視界が悪くなった時に、灯台の光の代わりに霧笛を鳴らして音で船に灯台の位置を知らせる設備。そうか、霧信号所があるということは霧の出やすい地域ってことなのかもと、車窓の霧で白っぽく霞んだ景色を見ながら思う。(霧信号とはすべての灯台に備えられていたものというのでもなければだけど)

わたしは霧がとても好きだ。霧を見ると、クリームのような重い霧が身体にまといつく様子が浮かぶ。すぅ、と温みのない重く湿った水の匂いも感じられるようなのに、それが現実の記憶なのか、夢なのか、想像で作った景色なのかはよくわからない。

小さな頃の車での旅行中、山道を走ってるうちに車の鼻先が見えないほどの濃い霧に包まれてしまった時のこととか、旅先での宿を発つ時のまだ夜明け前の朝霧のかかった感じとか、海と川も近い実家で早朝に時々町が靄っていたこととか、キャンプの朝の湿った匂いとか、水に入れたドライアイスのもったりと重くて冷たい煙の感触とか、何年か前にメゾンエルメスで体験した「グリーンランド」の霧のインスタレーションとか、たぶんそういう幾つかの記憶と人から聞いた話を合わせて出来た自分の中の霧の景色があって、それが霧を見るたび浮かんでは、また新しい霧が加えられて、ますます深く重たい霧の景色が作られ続けているような気がする。

何となく霞んだ白っぽい町の景色を眺めながら、9:10、銚子駅に到着。元々予定していた時間よりも1時間程度遅い。こんなに霧の降りるところなんだったら、のろのろ布団に埋もれてないで、やっぱりもっと早く出ていればよかったと思う。早く着いていればもっと霧深い景色を見られたかも、と思う。
 

銚子電鉄

ホームに降りて「そういえば、JRと銚子電鉄ってどう繋がってるんだろう?JR駅から遠いんだろか??」と、乗り換えの案内板か、もしかして銚子電鉄の駅舎でも見えないかとぐるり周囲を見まわしてみ……あった。いま自分が降りた電車の後ろ(というか電車の進行方向の先、車止めの先)に、何やら栗みたいな屋根の小さい建物があって、その奥から水色のかわいい電車がちらっとこっちを覗いている…

何がどうなってるのかよくわからないまま、人もそのあたりにわらわらいるので近づいてみると、やはりそこが銚子電鉄の乗り換え口(?)だった。ICカード用ターミナルが立っているのでそこでピッとタッチして、そのまま、先のホームの銚子電鉄の電車に乗り込む。座って出発を待っていると、車掌さんが回ってきて切符が云々…言われていることの意味がわからなくて「そこでSuicaでピッとしてきたんですけど(※東京近郊の電車の乗り換え口は一般にICカードタッチ1回で退場精算と入場記録ができる)、どうすれば???」と訊くと、ICカードは使えないんです、今ここで行先を言って(買って)くださいとのこと。おお、想像もしなかった切符の買い方である。
 

荒波

9:30 銚子電鉄「犬吠」駅着。

有名な犬吠埼灯台なんだから行くまでの道標が出てるだろうと思って駅を出たら、ない。地図を出して方向を定め、少し歩くと、犬吠埼灯台傍のホテルの看板が出ていたので安心してそれに従い進む。ひどい方向音痴のわたしでも迷わない程度の、それほど難しい道ではないようだ。

駅から灯台までたいした距離じゃない筈なのに、何故か歩いてる人はいない。車通りも少なくて、地図を見ながら慎重に歩く。地図上で道々の要所の標にしていた海岸へ降りる脇道あたりに正しくそれらしい道があって安心する。「この先は海かー」と思いながらその道の先を見下ろしてみる。……目を疑うような景色。道の先の正面、黒い大岩があって、そこに真っ白な波がぶちあたってザッパーンと砕けている。

「え?あれ、もしかして海?????」←波が荒れることを知らない瀬戸内の民

さっきのは本当に海だったんだろうかと首を傾げながら、本来の灯台への道をもう少し進むと、下の方を見下ろせる小さな展望台があった。

犬吠の今宵の朧待つとせん

高浜虚子の句碑と、白亜紀浅海堆積物という周囲の地層に関する説明板がある。そして眼下には、轟音と、荒々しい海。

う゛…、本当に海だ(怖)
 

オヤジの海ですかこれは…

犬吠埼灯台に登る

映画の始まりに出てくる三角形のロゴの背景みたいな海にドキドキしながら歩いていると(※あのロゴの背景の海は本当に犬吠埼の海なのだそうだ)、いつのまにか灯台のそばに着いていた。空が白いので白い灯台に気がつかず「わー、灯台が見えた✨」という感動がないまま、灯台に着いていた。

四角く囲まれた灯台の敷地の入口で、入場料200円を払って中へ。

灯台と、灯台の台座部分にある資料室。別棟の資料館。納屋だかあずま屋だかのような口の開いた建物にはベンチが並んでいる。霧笛舎。あとは灯台の本来の仕事用らしき立ち入り禁止の建物とレーダーのタワー。とりあえず敷地内の建物の数を確認して、先ずは灯台に登ってみることにした。

塔内の狭いらせん階段をくるくる回りながら99段登りきると、灯台の灯の下のベランダのように張り出した外周路に出るドアが開いていた。暗くて狭いところから、明るい外へ。わー、白い、わー、高……わー~~~!!!!!!!?

一気に登った階段で脚の筋肉ががくがくしていることとか、高いところでスマホを持ってる時にいつも感じる緊張とか、霧っぽく霞んで視界が悪く足元は見えるけど遠くの水平線は見えないこととか、見えるところまで目を遠くにするとめらめらのたうち荒れる海が見えてその轟音がゴーゴーと聞こえてるとか、強い風に煽られてるうち自分が風に飛ばされてしまうイメージが浮かんできて、さらに手摺ごと、もっとさらに灯台ごと、このままこの強い風にもっていかれるんじゃないかと想像が一気にどんどん膨らんで混じり合って、外に出て数歩進んだところで突然凄まじい恐怖に襲われる。手摺を持つ手に力を込める、と、手摺が外れて落ちてゆくイメージが浮かび、慌てて灯台の壁の方に手をあてる、と、灯台がふにゃふにゃと頼りなく柔らかく揺れてるように感じ、そのままガラガラと崩れて落ちてしまうイメージが浮かぶ。その場にしゃがみこみたくなるのを必死で堪えて、すっかり足がすくんで、数歩先のドアまでガクガク震えながら戻った。
 

自分の中ではまさに「命からがら」という感じ。予想してもなかったところでいきなりぴよっと飛び出してきた恐怖。今までの人生で一番の高所恐怖体験になってしまった。
(ちなみに過去の最高ランクは吊り橋と観覧車とロープウェイ、あ、そういえば石廊崎灯台の断崖絶壁もかなりキタのを思い出した。灯台のあるような場所はだいたい怖いのかもしれない…気をつけよう…)

外周路の内側のちいさな踊り場に入ってしばらく息を整える。風の当たらない内側に入ると大分安心するけど、時々ふっとこの小室の外はさっきの風か吹きつける空中なんだという事実が浮かび上がってまた恐怖が襲ってくる。

捕らわれてしまった怖さから気を逸らすために、階段を登ってくる人たちに注目する。階段をひょいひょい登ってきた人の視線につられて上を向くと、レンズ室への上り口の細い階段が続いていた。が、当然といえば当然か、立ち入り禁止のプレート。怖くなってここで休まなかったら、この上り口には気づかなかったなーと思いながら、気も逸れてきたのでそろそろと降り始める。少し混んできた様子で、どんどん人が登ってくる。

灯台から降りてもさっきの動揺でまだ少し震えていたので、灯台に登る前に見ていた納屋のような休憩用と思われる建物に入ってしばらく休む。

人が増えてきたとはいえまだ10時で、それほど混雑はしていない。このベンチがある建物にもわたし以外は誰も居ないし、出入り口の四角い枠から見える白い灯台の壁と入口がとても美しい。綺麗だなあと思っているうちに、恐怖のイメージも薄らいできた。
 

白い空の霧信号所

この犬吠埼灯台で、本当は、一番楽しみにしていたのは霧信号所の建物だ。何で霧信号所を見たかったのか、理由は自分でもわからないような、とてもよくわかるような。
 

先に書いた自分の中にある霧の景色、そこに、断崖絶壁の白い霧の、空(くう)に向かって鳴る霧笛舎の姿を映したい。それとも、現実の霧笛舎の鳴らないラッパに、空想の、クリームのようにねっとり重たく冷たい霧の中で稼働している霧信号所の姿と音を重ねたい。

犬吠埼灯台の周囲には、崖の植物を観察したりするための遊歩道がある。その遊歩道から霧笛舎のラッパを見上げ、ラッパの向いている海の果てを眺めた。
 

見上げる灯台、波はホクサイ

遊歩道の途中から下に続く階段を見て、海まで降りてみようと思いつく。このひどく荒れているように見える海(外房の波は高いと聞いたことがあるけど、もしかしてこのくらいの波はこの辺りでは普通だったりするんだろうか?)を間近で見てみたいという怖いもの見たさもある。

ゆるい階段をてくてく降りるとあっという間に海で、上から見下ろした感じよりもずいぶん近く、また、波も案外怖さを感じない。ちょっと拍子抜けしながら灯台を見上げる。四角い崖の上に立つ白い灯台と、緑灰色の草と岩の景色が、どこか最果ての、日本の景色ではないように見えてくる。

立ち入り禁止の看板のあたりまで海に近づいてみる。この角度からだとやってくる波がよく見えて、葛飾北斎の絵の波の形をしていることに驚く。←波は高くても山型しか知らない瀬戸内の民
 

灯台と照射塔

11:30。そろそろ、もう一つの目的であるお午から開く日帰り温泉に移動し始めてもよい時間。

9時頃には霧っぽく白く霞んでいた空も、昼近くなって晴れてきた。ずいぶん遠くまで、水平線もぼんやり見え始める。眺めているうちにも霧が解けて、遠くの景色が濃くなってゆく。
 

灯台の高台から浅い湾を超えて南、朝来た時には見えなかった東に向かって伸びる平たい岬と、その先の岩がちな小島が幾つも見えた。よく目を凝らすとその平たい岬にすっくと立つまっすぐな塔。あそこにも灯台があるのかな?と調べてみたら、長崎鼻一ノ島照射灯という、灯台ではなく照射灯といわれるものだった。暗礁等の危険な場所(この場合は一ノ島?)を照らすものらしい。

近くまで行ってみたい気もするし、ここから眺める限り距離的にもそう遠くなく行けそうな気はするんだけど、自分の距離感覚と方向感覚の無さにはちょっとした自信があるので無理はしないことにして、温泉に向かう。
 

犬吠埼観光ホテル

家で地図を見ていた時には灯台のある岬から遠く離れているように思えた犬吠崎観光ホテル。現地を歩いてみると、駅からホテルと駅から灯台までの距離はさほど変わらない(そして駅から灯台までも大した距離じゃない)ようなので、温泉はここに行ってみることにした。海沿いの高台を走る道路から浜の方に降りたところにある海辺の観光ホテルだ。

12:00過ぎ、喉が渇いて水を買うために犬吠駅に寄り道したりしながらとろとろ歩いてきたので、ちょうど狙った通りの時間に着いた。玄関を入ってロビーに進むと、すぐに案内の人が「日帰り温泉ですか?」と声をかけてくれる。案内に従って切符を買い、切符を渡すとふかふかのタオルを貸してもらえる。

お風呂場はそう広くなかったのだけど、昼も早い時間で、泊まりの人たちもチェックアウトした後の空白の時らしく他のお客さんはほとんどいない。遠慮なく手足をダラーっと伸ばしてのんびりお湯に入ることができた。

そして、ここに来た一番の理由、海を臨む露天風呂。蒸々して暑い浴室から、露天風呂のテラスに出る。と、海からの風がふわっと身体にあたり、潮の香りがする。お湯は少し塩っぱくて、海の岩場から湧き出る温泉を連想する。正面には波が打ち寄せる太平洋、下は砂浜、そして左手には犬吠埼と灯台。

たっぷりのお湯でぷかぷかしながら、朝は恐々眺めていた海と波と灯台を眺める。灯台には薄く陽があたり、薄曇りの空のところどころに青空が透ける。もうそんなに怖くない程度に海も青くなり始めている。

昼間なので黒い崖の上に立つ白い灯台が見える。夜になったら崖と灯台は見えず、灯台の投げる灯りが見えるんだろうと思う。なんて贅沢なんだろう。
 

犬吠か外川か、駅までの距離

13:00。お風呂にも入ってじゅうぶん満足したので帰途につく。

地図で現在地を見ると、来た時に降りた犬吠駅よりも終着駅の外川駅の方が “直線距離だと” 近いようなので、そちらから帰ってみることにした。道路をたどると少し犬吠駅の方が近いようにも見えるけど、今日のところ、だいたいこの辺りの距離感は「思ったより近い」ので、遠かったところで大して差もないだろうと。

何の問題もなく駅に着いたので先にここで結果を書いておく。観光ホテルから外川駅と犬吠駅、「大して変わらない」だった。(但、わたしのアテにならない感覚値による)

ちなみに、家に帰ってスマホの歩数計で1日の歩いた距離を見てみると、かなりうろうろ無駄に歩いたにもかかわらず全部で7km程度。犬吠あたりは健康な人なら歩いて散策できるエリアだと思う。
 

海抜19.9mから

犬吠埼から長崎鼻の方に向かう道路は海面から少し高いところを走っている。外川駅方面に向かうためにその道路から逸れるところ、ちょうど長崎鼻の上にあたるところに海抜19.9mというレベル表示があった。何となくイメージしている高さの数字よりも低い。こんなに低いものなんだろうか?いやでもわたしの距離感覚ヒドイからな…と、低くなってゆく道の先を眺めていたら、正面に白い筒…あ、あれはもしかして…さっき行ってみたいと思ってた長崎鼻一ノ島照射灯?見に行かなくても見えた!しかもこんなところから!と何だかうれしくなってすっかり満足する。

ふかふかの電車と素晴らしい魔法瓶

外川から乗った銚子電鉄は少し混んでいた。それで少し、帰りの電車は人気(ひとけ)を避けたくなって、銚子駅にいた特急しおさいに乗ることに。行きはずっと普通列車で、終わりの方にはお尻と背中が痛くなってイゴイゴしていたので、特急のふかふかのシートにふかふか!!と感動する。

切符を買い、何だか時間が無いような気がして(ほら、わたし時間感覚もアレなんで…)飲み物も食べ物も買わずに乗り込んでしまった。車内販売はないかと期待するも、この特急しおさいも既に車内販売が廃止されていた。旅の友キャラメルも、行きの電車と灯台の後で食べきってしまっていた。ああ、と、思い出す。ああ、魔法瓶にお湯があるよ!!

愛用のタイガーステンレスボトルは、注ぎ口が広くて直接口をつけられるマグタイプなんだけど、保温性能がすごく高くて、朝沸かして入れたお湯がお昼を過ぎてもまったく冷めず、難なくお茶を淹れられるくらいの熱湯を保つので、とてもじゃないけど直接口をつけて飲むことは出来ない。(可能であることと適していることは違うのである)そのために朝、紙コップか紙コップ入りのコーヒーを買いたかったのだけど買えなかったし、移して冷ますものがないので仕方なく、蓋をあけ放しにして普通のマグカップのように持って、時々鼻に湯気をあてて温かいものを飲んでるような気分を味わったり、時々飲むのにチャレンジしてやっぱり舌を火傷しかけたりしつつ、ふかふかの電車で揺られて銚子から東京に帰った。
 

旅装を解く、雨

駅に着いたら雨が降っていた。しばらくはフードを被って歩いていたのだけど、どんどん雨足が強くなってきて、とうとう折り畳み傘を出した。ここのところ雨続きで、予報でも雨が降りそうな感じだったのでバックパックに入れて一日中持ち歩いているだけだった傘を、最後の最後にひらいた。
 
 

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ソフィ・カル展〜限局性激痛 見てきました

Posted on 30 4月 2019 by

3月13日、原美術館のソフィ・カル展へ行ってきました。
本当は1月に行く予定だったのですが、へ、へっへっへ、う、紆余曲折があり、3月になりました。

ソフィ・カル、フランス人アーティストです。>> wiki

写真と文章を組み合わせて作品を作ることが多く、また、ひとにインタビューして、その記録を作品にする、という傾向が多いです。
このソフィ・カルという人物、わたしが初めて知ったのは、美術館の作品の展示ではなく、なんとポールオースターのエッセイでした。
『トゥルーストーリーズ』というオースターのエッセイで、『ゴサムハンドブック NYの暮らし方について』があります。これがソフィ・カルのために書かれた、というもの。
その他にも、オースターの小説『リヴァイアサン』では、ソフィ・カルをモデルにしたマリア・ターナーというアーティストが登場します。
自分は人一倍好奇心が強く、他人のプライバシーを覗くのが大好き、と話しているそうで、そういうひとが作品を作ります。すると。
鑑賞者は自動的に共犯者となるーー というような記録も読んだことがあります。まずは、そういう覚悟で見てきました。


限局性激痛 これは医学用語で身体部位を襲う限局性(狭い範囲)の鋭い痛みや苦しみを意味するそうです。
では、ソフィ・カルのどんな痛み、何の痛みか、というと。

第一室。
1984年 ソフィ・カルは日本に三か月滞在できる奨学金を得ました。が、ちょうどこの頃、長い片思いがようやく実って、これから蜜月ー! という時期で。ソフィカルは、その恋人を置いて、日本へ行くことになります。
なるべく移動して、気を紛らわせたいので直行便で日本へ来るのではなく、フランス、ロシア、中国を経由するというルートを取りーー
その移動と滞在で92日間、帰国までのカウントダウン、1日1枚の写真に、スタンプを押して展示していました。
スタンプは XX DAYS TO UNHAPPINESS と文字があって、このXXに数字が入ります。
わたし、面白がって、その写真全部、ひとことずつ記録とったんですが、これが結果としてすごく良かったです。
(なぜならソフィ・カル展、図録がなかったからです。売り切れ、在庫切れではなく「作っていない」んだそうです)

92から始まります。ずっと見ていくと、83くらいからものすごく淋しくて、このあたり、中国の景色でした。革命歌の流れる小さい駅や、車掌から見た景色、ホテルの便箋らしき用紙に書かれた中国の格言、何敬恒という人の住所らしき文字が書かれたメモなど。
すべてモノクロの写真で、赤で押されたスタンプがものすごく印象的でした。

誰かのパスポートの写真? このように赤いスタンプが押されます。

79 ソフィ・カルの後姿?
おそらく、一枚だけ見たら「あー、中国だなー、万里の長城っぽい?」くらいの感想かと思いますが、一連の流れ、何枚かの連続で、この79を見た時、あ、このさびしいのが激痛って意味なのかな、と思いました。
身が引きちぎられるようでした。

70くらいから、すごく楽しげな印象になってきました。
90→70くらいまでは、写真はモノクロでしたが、69日目くらいからカラーになったので、それもあるかもしれません。
69の写真は、和食の朝ごはんを撮ったものでした。ソフィ・カル、楽しんでる?
67 寝る前のおふとんの写真
66 おそらく起きた時のおふとんの写真
64 銀行の通帳
あと、意外なのか、どうなのか、寺社仏閣の写真が多かったです。
お地蔵様や、台形の石に布を巻いた像に、花が供えられているショットとか、おみじくもひいてたなあ。
(凶でした)

2枚一組で、残り54日。
植込みにうずくまる黒猫 残り36日。

すごく面白かった 46−44、ソフィ・カル、手相を見てもらっています。
1回目 街の手相見に見てもらう。通訳がいないためわからない。
2回目 通訳を連れて行く。見てもらう。
3回目 通訳を連れて、予約が必要な本格的占い師に見てもらう。
行動力、すごいなあ。

残り9日 若いカップルを尾行した、時間をつぶせるから〜 と書かれていました。
(どんな写真だったかは覚えていない)
あと10日くらいで帰れるけど、やっぱりまださびしい? と、思ってしまいました。
楽しそうな日本滞在の写真が何枚も続いた後でした。

尾行というと言葉が強烈ですが。
ソフィ・カルは、こういうことをふつーにします。
ある日、最初に会ったひとを尾行して、その活動を撮影するとか、拾ったアドレス帳に記されたひとを順番に訪問して、持ち主について聞く、とか。それらを記録して、作品として作り上げています。

温泉?露天風呂? 残り28日。

そして最後の一枚。ようやく、やっと、最後の一枚へ来て、ソフィカルは失恋します。
この最後の一枚が、二部への始まりとなります。

第二室
あらためて、局限性激痛がこれ? と思いました。
第二室の展示もまた、写真と文章なのですが……
ソフィ・カルは、フランスへ帰国し、その失恋、痛みと向き合うために、その苦しみ、つらさをひとに話し、また聞き手にも、人生で最も苦しい経験を話してもらい、その話を作品に仕立てます。
(聞き手、というのは、まったくの通りすがり、行きずりのひと、という…)
展示としては、上に写真が一枚、その下にソフィカルの話が白糸で刺繍された灰色の布地が配置され、その隣には同じく、上に写真が一枚、その下に聞き手の話が黒糸で刺繍されたで白い布地がありました。
ソフィ・カルの話、聞き手の話が交互に展示されていました。

ソフィ・カルの話は、最初の3−4枚くらいまでは、殆ど同じで、ひたすら
・インペリアルホテル261号室
・赤い電話
・カーペット
・肉にくいこんだ爪
この4つをキーワードとした失恋の経緯と、ソフィカルの苦悩が綴られています。
そして、聞き取った相手の『激痛』、これもまた身がねじ斬られるような痛みで。
失恋だったり、家族や恋人を亡くしたり、取り返しのつかない嘆きだったりーー
その痛みを何年も抱えたひともいれば、最近、そのつらさを経験したひともいて、2019年の今、彼、彼女たちは、どうしているんだろうなあと思ったり。

そのうち、ソフィ・カルの話の文末が変わってきます。文章自体も長々とつづっていたのが、徐々に短くなり。
ついには「それだけのこと」「これがわたしの物語だ」と言えるようになります。
灰色の布に縫われていた白い糸も、徐々に布地と同じ色合いに変わっていく、という……
そして43回目の聞き取りの時、ようやく「ばかばかしいと思えた」と書かれていて、ちょっとホッとしました。

が。

他者の痛み、それも『激痛』を媒体として、自分の痛みを癒やす、というのは、とか
あなたはそれですっきりしたかも知れないけど、聞き手はーー? とか
聞き取りをした、その後はーー とか、思わなくもない。

ただ。
ソフィ・カル、この”物語”が、どこまで本当なのか。
前述したオースターの小説『リヴァイアサン』に登場するマリア・ターナーというアーティストの話ですが。
ソフィ・カルはこれを面白がって、後年、マリア・ターナーを演じて『ダブルゲーム』という作品を作っています。
ソフィ・カル → Mターナー(フィクション) → ソフィ・カルが演じるMターナー という、ナニこの実在と虚構のマトリョーシカ。それともメビウスの輪?
失恋したのはホントかも知れない。ただ、作品にあるような『激痛』ではなくて「別れよう」「そうねー」くらいの軽いものかも知れない。
ソフィ・カルから別れを切り出したのかも知れない。もっというと、恋人の存在自体、本当じゃないかも知れない。第二部、ソフィ・カルが失恋の激痛を話し、また聞き取った相手も実在しないかも知れない。

と、このあたりまでノートブックに書いたところ、そう言えば、ソフィ・カルの講演記録のPDFがあったっけと思い、引っぱり出してきました。

ソフィ・カルの作品の特徴は、写真あるいは物的な証拠を交えながら、まことしやかにきわどく刺激的なストーリーが綴られることろにある。作品の鑑賞者は、感情移入するため、あるいはスリリングであるために、いつの間にかそこで語られるストーリーをすべて真実だと信じようとする。しかし、ソフィ・カル自身、時として観者ののぞき趣味的な欲望を見透かし、はぐらかすかのように、今まで語ってきたことが虚構であったかもしれない可能性をほのめかす。

ソフィ・カル講演記録の読み方ーーあるいは、ソフィ・カル作品における写真(近藤幸夫)

わたしは、アレだ、ソフィ・カルの手の平で共犯者になりたくないから、こう考えたいのかも知れない。あの聞き取りをしたひとたち、あの激痛、嘆きが本物で、今でもまだ痛みを抱えているのだと思いたくないから、丸ごと否定したいのかも知れない。

でも、この一枚、これだけは、ほんとうに身がよじられるように切なかったです。

おまけ1 旅ノートより

1月の旅ノート 原美術館へ行く気みちみちていました。。。
月曜日が祝日の場合、翌日火曜日が休館になるそうです。
その節は、ネットの皆様、教えて下さってありがとうございました。

おまけ2

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【ダイヤモンド・オンライン寄稿】デジタルとアナログを融合させてスケジュールを上手に管理する方法

Posted on 11 4月 2019 by

上手かどうかはさておいて、概ねタイトルの通りです。
ダイヤモンド社のビジネス情報サイト「ダイヤモンド・オンライン」に寄稿しました。読んでね!

【記事はこちら】
デジタルとアナログを融合させてスケジュールを上手に管理する方法

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April 10, 2019 My schedule management technique & THE BULLET JOURNAL METHOD / Ryder Carroll ⇒ https://diamond.jp/articles/-/198057 * ダイヤモンド社が提供するビジネス情報サイト「ダイヤモンド・オンライン」に寄稿した。自らのバレットジャーナル実践法と、自分と正しく向き合うためのスケジュール管理術を紹介している。 * ところでNotebookerのみなさま。ダイヤモンド社さんといえば『モレスキン 人生を入れる61の使い方』(通称:モレ本2)でおなじみの出版社さんですよね!あの本、2011年9月に発売されたんですって。ひゃー懐かしい。 * モレ本2発売時は会社員兼ブロガー兼ノート好きだったそのへんの文房具女子が、まさか平成末期にダイヤモンド・オンラインでノートの話を寄稿できるだなんて……!誰よりも、自分自身がいちばんびっくりしています!!!素晴らしい機会をくださったダイヤモンド社さん、本当にありがとうございました! * 『バレットジャーナル 人生を変えるノート術』 ライダー・キャロル 著/ 栗木さつき 訳 出版社: ダイヤモンド社 言語: 日本語 発売日: 2019/4/18 単行本(ソフトカバー): 408ページ https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4478102678/booksonlinea-22/ * #bulletjournal #bujo #bulletjournals #thebulletjournalmethod #thebulletjournalmethodbookclub #bulletjournaljapan #stationery #japanesestationery #japanstationery #notebook #notebookers #notebookaddict #notebookaddicts #hinge #hingea4 #zebra #mackee #mildliner #mildgold #diamondonline #手帳会議 #手帳会議2019 #手帳好朋友 #20190410

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記事内唯一の図版を引きで撮る

4月18日に発売される日本初の公式ガイド『バレットジャーナル 人生を変えるノート術』刊行記念の寄稿記事なので、書籍に書かれた要素もちょいちょい盛り込んだ記事になっています。

そんなわけで、寄稿にあたり一足早く本書を読んだ。

読後のひとこと感想は「類書との比較自体がナンセンス」。ノートノウハウ教えてあげます系とか憧れのきらきらバレジャ集とか、そういう雰囲気の本ではない。文具系ノート系の本やムックをそれなりに網羅した方にとっても、新しい発見がある一冊なのではないかと、個人的には思っております。あとふつうに、いちNotebookerとして早く書籍の現物がほしい。

『バレットジャーナル 人生を変えるノート術』
ライダー・キャロル 著/ 栗木さつき 訳
発売日: 2019/4/18
単行本(ソフトカバー): 408ページ

寄稿記事では、私自身のバレットジャーナル実践法と、自分と正しく向き合うためのスケジュール管理術を紹介しています。2019年春のマイリアルノートブックシステムが、どこかのだれかのお役に立てたら嬉しいです。


Instagramでは「書店でぜひ」とか言うとりますけど、いちおうAmazonのリンクも貼っておきますね。

『バレットジャーナル 人生を変えるノート術』(ライダー・キャロル 著/ 栗木さつき 訳)

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欠片製造者&おまけ

Posted on 21 12月 2018 by

眉を動かすだけで世界は砕ける
探求は砕く方向にしか進まない
収集した破片を不器用に固める
自分がいない世界を知るために

砕ける以前の世界なんて無いし
そこが完全世界だなんて幻想だ
対称性の破れ、余りものの破片
この世はもともと砕かれている

砕かれたものを知るために砕く
砕いたことを恐れて繋ぎ合わす
そうやってマレーバクは生まれ
大脳辺縁系は爆発的に進化した

見失われた欠片を補う想像力は
砕かれる以前の世界を捏造した
砕けた欠片の砕かれた世界の中
ないものを信じる力に囚われた

絶対に舐めて溶かすな噛み砕け
前歯で割って奥歯ですり潰して
浜の砂より片栗粉より石灰より
微細な粉塵にして吹き飛ばして

さざれ石の磐となりて苔の生す
そんな輪廻を乗り越えるために
渦撒く思念までも吹き散らして
全ての全てが一にまとまるまで

(贈与)

おまけ

文具俳句(コンパス・消しゴム・筆箱・絵具)

コンパスの一肢がおどり冬雲刺す             小暮洗葦
コンパスが描きちらしたる曼珠沙華            三嶋隆英
燈台をコンパスとして海涼し               下村梅子

消しゴムを借りしかの人かの時間             上野草魚子
消しゴムは投げ捨ててゆく初潮の日            畑井貴晶
消しゴムの消屑をわが掃納め               鷹羽狩行
山笑う消しゴムでその山を消す              清水冬視
真四角な消しゴムをのせ受験票              森田公司
ささくれ立つ消しゴムの夜で死にゆく鳥          赤尾兜子
紙に掬ふ消しゴムの屑啄木忌               奥谷亞津子
春愁や消しゴムの屑手にあつめ              足立 とみ
消しゴムがもう少し痩せた頃に夏             櫂未知子
消しゴムを買いためている桜桃忌             たまきまき
私を消す消しゴムがない晩秋               栗林千津
消しゴムや麓の川を川蒸気                攝津幸彦
消しゴムと鉛筆の机蓬餅                 瀧井孝作

筆箱の中の宇宙の鬼やんま                正岡 豊
げんげ道筆箱が鳴るランドセル              吉原文音

色のない絵の具で熊手塗りにけり             猪原丸申
そり返る絵の具のチューブ夏旺ん             平吹史子
白き皿に絵の具を溶けば春浅し              夏目漱石
かはせみや絵の具を流すおのが影             馬光
絵の具箱明日は林間学校へ                西村和子
落ち葉道描くとき絵の具ねむらせる            栗林千津
初冬や石油で洗ふ絵の具筆                栗林千津
蓮池の水もて絵の具溶きにけり              辻桃子
菊さけり蝶来て遊べ絵の具皿               服部嵐雪
新緑やこつてリ絵の具つけて描く             高田風人子
幾春の絵の具や兀し涅槃像                松岡青蘿

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生き残ろうぜ!映画に学ぼ☆アクションサスペンス編

Posted on 30 11月 2018 by

日、ポールオースターの『インヴィジブル』を読みまして。
オースター読むのって年単位ぶりくらいかもしれない。
このタイトル、『不可視』見えないもの、見ることができないもの、の通り、ものすごく物語じたいがつかめず、頼りなく、寄る辺なく。ひとつの出来事は、あるひとにとっては「あったこと」で、また別のひとにとっては「なかったこと」
そこで、オースターのいつものフレーズ「ヴァージョンAとヴァージョンB、どちらもが本当の物語なのだ」と。
良かったです。はー、次は何を読もう。
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世界の果て(の淵)に、小さな船で訪れようとする話

Posted on 18 11月 2018 by

目次:
1. 世界の果て
2. 世界の果てからの通信手段
3. 世界の果てへの移動手段
3-1. 小さな船の免許
3-2. 筆記試験の講習
3-3. 操船実技の講習
おまけ1: 海で使う文具の話
おまけ2: 地文航法・天文航法という本の話
おまけ3: 六分儀を手に入れる
おまけ4: 大きな船の無線機を操作する話

1.世界の果て
Notebookersには「世界の果て」というタグが存在する。タグを辿ると各々の「世界の果て」が記されている。ある人は文字通り、自身からはるか遠方の「世界の果て」を記し、ある人はノートブックの中にある「世界の果て」を記している。世界の果てについて「ペンギン・ハイウェイ」という小説に出てくる主人公の父親は、

「世界の果ては折りたたまれて 、世界の内側にもぐりこんでいる 」

と表現している。
私はこの一文が好きだ。仮に内側にもぐりこんだ点がそれぞれのノートブックにあるとすれば、その内側に沈み込んだ点からこちら側を眺める時、私たちがいる今、この場所が、同時に世界の果てになるのだろう。そのような視点から部屋を見渡すと、それとなく、ここも世界の果てに見えてくる。

一方で、私にとっての「世界の果て」という言葉は、物理的に隔絶された、誰の助けを受けることもできない、文字通り一人ぽっちでたどり着く場所という印象で「では、そこにたどり着くにはどうしたらよいのだろう」としばらく考えていた。そして、いくつかの現実的な問題と照らし併せ、私にとって一人で到達可能な「世界の果て(の淵)」は、

「海上」

ではないだろうかという仮説に達し、小さな船(小型船舶)の免許を取得しようと決心した。こうして文字として記すと全く馬鹿げているのだけれど、私にとっての世界の果て(の淵)にたどり着く合理的な手段であるように、その時点では思えた。

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Note of the note p.9 正岡子規「仰臥漫録」―ライフログの壮絶

Posted on 27 10月 2018 by

はじめに

Note of the note -ノートの調べ」 と題した不定期シリーズ。
このシリーズでは、著名人のノート、手稿、手帳、日記などを紹介し、そこに込められた作法と思いを検証していく。
第9回目は、正岡子規さんのライフログ、『仰臥漫録』に向き合ってみる。

出典

図版00
仰臥漫録 岩波文庫

『仰臥漫録』の状況

まず、このライフログがどのような状況下で綴られたのかを、同書巻末の阿部昭さんの解説から引用する。

『仰臥漫録』の筆を起した明治三十四年(1901年)、子規は三十五歳、すでにその肺は左右ともに大半空洞となっていて、医師の目にも生存自体が奇蹟とされていたという。翌三十五年、病勢はいよいよ募り、春以降は麻痺剤を用い、九月初旬足の甲に水腫を見、同月十九日未明遂に絶命する。「仰臥」とは、俯すことが出来ぬので文字通り仰むけのまま、半紙を綴じたものに毛筆で記したのである。(p.191)

私がこれを、ライフログと呼ぶのは、動かせぬ体と激痛の最中、病床六尺を一歩も出ることなく、ある種の貪欲さをもってこれを書き継ぐ「文章人」の気魄に飲み込まれぬためである。
写生俳句、写生文を提唱し、文明開化後のあらゆる「文」の改革を自らの使命とした正岡子規さんが、自らをも、写生し尽くそうとする態度を、憐憫や英雄視などで歪めぬためである。
それにはただ、向き合うしかない。その命までをも写生する唯一無二なるライフログとして。

健啖と後悔と

淡々と献立を記すというのは、円谷幸吉さんの遺書にとどめを刺すが、『仰臥漫録』においても、日々の克明なる献立の記述と、食いすぎた後の煩悶。また食えなかった時の苛立ちが腹に染みる。

図版25(下記引用とは別頁)

朝 粥四椀、はぜの佃煮、梅干し(砂糖つけ)
昼 粥四椀、鰹のさしみ一人前、南瓜一皿、佃煮
夕 奈良茶飯四椀、なまり節(煮て少し生にても)、茄子一皿
この頃食ひ過ぎて食後いつも吐きかへす
二時過牛乳一合ココア交て
煎餅菓子パンなど十個ばかり
昼飯後梨二つ
夕飯後梨一つ
服薬はクレオソート昼飯晩飯後各三粒(二号カフセル)
水薬 健胃剤
今日夕方大食のためにや例の左下腹痛くてたまらず、暫くにして屁出で筋ゆるむ (pp.11-12)

何たる食欲。門下生夏目漱石さんも、ジャムなど食べ過ぎて胃をいぢめいたが、子規さんにも驚かされる。そしてこの健啖ぶりは、衰えることがない。
食らうのは体である。病とは体の病である。「私」とは徹頭徹尾「体」であった。そんな体に囚われながら、子規さんは「六尺では広すぎる(『病床六尺』より)」と言い、句作を続ける。

病床の景色

とにかく、動くことができない。仰向けに寝ているだけ。聞こえるもの、来客、家族との会話、お土産もの、そして庭から映る様々のこと。

図版31

病床所見
臥して見る秋海棠の木末かな
秋海棠朝顔の花は飽き易き
秋海棠に向ける病の寝床かな(p.30)

動けないから、句が読めない、などとはいわない。しかも写生俳句である。
以前私は『異邦人』の主人公ムルソーが、第二章において牢獄にとらわれている間にすっかり凡人となり下がることが残念で、「彼は写生俳句を作るべきであった」と思った。それはブーメランのように、自分に跳ね返ってくる。

図版87
病室前の糸瓜棚 臥して見る所(p.87)

図版34

此蛙の置物は前日安民のくれたるものにて安民自ら鋳たる也
無花果に手足生えたと御覧(ごろう)ぜよ
蛙鳴蝉噪彼も一時と蚯蚓鳴く (p.34)

俳句の俳諧性。これは世の中に滑稽さを感ずることだと思う。端的にいえば、己を去って、面白がる姿勢だ。ここに「皮肉や、冷笑」などは一欠けらもない。それは俳句を、いや文を、そして自らを濁らせるものだ。
お土産の蛙を手にとり、ためつすがめつするところは、夏目漱石さんの『門』で、宗助が起き上がり小法師で遊んでいる場面を髣髴させる。

則天去私から則私則天。そして則私去私へ

図版99

前日来痛かりし腸骨下の痛みいよいよ烈しく堪られず、この日繃帯とりかへのとき号泣多時、いふ腐敗したる部分の皮がガーゼに附着したるなりと
背の下の穴も痛みあり 体をどちらへ向けても痛くてたまらず
この日風雨 夕顔一、干瓢二落つ(pp.98-99)

この状態で、なお風物を気に留め、描きうる胆力に言葉もない。だが、こうして文や、俳句にしようとするとき、現実の惨状は、対象となり句材となる。そのとき、「私」は「天」の方へ少し離れる。このわずかの距離に文人は最大の愉悦を覚える。

図版107

(前略)さあ静かになった この家には余人一人となったのである。余は左向きに寝たまま前の硯箱を見ると四、五本の禿筆一本の験温器の外に二寸ばかりの鈍い小刀と二寸ばかりの千枚通しの錐とはしかも筆の上にあらはれている さなくとも時々起らうとする自殺熱はむらむらと起こって来た(後略)(p.105)

この時は、恐ろしさ(死ぬことよりも苦しむこと。死損なうこと、刃物そのものの)に煩悶し、しゃくりあげて泣き出していると、母が帰宅して、実行にいたらない。そして、小刀と千枚通しの絵を描き残すのである。

作品と私生活とに距離のない時代だった。私小説とは、作家の生活そのものとして発表された。そんな中で、「写生文」は、「心境描写」を徹底的に排除することにより、私と作家との間に空隙を確保した。その空隙に「天(普遍)」が入る余地をもたらした。

「日記」ではない。「写生日記」である。ライフーログとは、まさに事実をそのまま記録する姿勢である。記録者であることはつまり、自らを自らという観測器の技師の地位におくことに他ならない。

われらなくなり候とも葬式の広告など無用に候 家も町も狭き故二、三十人もつめかけ候はば柩の動きもとれまじく候
何派の葬式をなすとも柩の前にて弔辞伝記の類読み上候事無用に候
戒名といふもの用ゐ候事無用に候 かつて古人の年表など作り候時狭き紙面にいろいろ書き並べ候にあたり 戒名といふもの長たらしくて書込に困り申候 戒名などはなくもがなと存候
自然石の石碑はいやな事に候
柩の前にて通夜すること無用に候 通夜するとも代りあひて可致候
柩の前にて空涙は無用に候 談笑平生の如くあるべく候(pp.113-114)

「私」と「天」との間には、不透明で重たい「体」が存在する。「体」を離れて「私」はなく、「体」に囚われていては「天」には至らない。「私」は「体」に癒着し「体」を抜け出ようとする抵抗の中にのみ「天」を感じることができる。写生論が唯物主義であるのは決して、「体」を無視することができないからである。ライフログとは、「体」の記録でなければならない。

さいごに

『病床六尺』の最後の回の載った翌九月十八日、覚悟の子規は妹律らにたすけられて辛うじて筆を持ち、画板に貼った唐紙に辞世の句を書付けた。「糸瓜咲て痰のつまりし仏かな」。痰を切り、ひと息いれて、「痰一斗糸瓜の水も間にあはず」。また一休みして、「をとゝいのへちまの水もとらざりき」。そこで、筆を投げた。穂先がシーツをわずかに汚した。そしてその日のうちに昏睡におちいった子規は、越えて十九日の午前一時に、息を引き取る。三十六歳。いまふうに数えて、三十五歳になる直前であった。
(『病床六尺』解説 上田三四二 p.193 岩波文庫)

図版7
明治三十四年九月二日 雨 蒸暑し

銘記すべきノートである。

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「この女は多くを愛したから、その多くの罪はゆるされているのである」〜マグダラのマリア 十作品

Posted on 30 9月 2018 by

月に東京へ行ってきました。
旅のテーマは、美術館の常設展に行く、企画展へ行く、本屋さんで泊まる、ひとに会う、などなどあったんですが。
美術館の企画展も見てきました。
こちらです>> 国立新美術館『ビュールレ展』
リンク先にある少女の肖像『可愛いイレーヌ』が、チラシなどのメインに使われていて、えー、キャッチコピーが「最強の美少女(美少女にセンターとルビがふっている)』でした。
センターという言葉に賛否あったようですが、わたしはそれより「最強」の方が気になっていました。

最強の美少女。

なんだろう、イレーヌ、彼女は銀行家のお嬢さんだそうで、なので誘拐などの対策として、幼い頃から格闘技を仕込まれ、この絵が描かれた八歳の頃には、もういっぱしの格闘家として(以下略)。
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Perspective 後編

Posted on 27 9月 2018 by

◀︎ Perspective 前編(サンライズ出雲〜三原港)

6. 因島

3年前、その時もちょっとした思いつきで、短い船旅をした。三原から隣市の尾道まで、海路でいったん海に出て、船を乗り継いで行った。(『断片』)
その時にも経由した因島。いんのしまと読む。以前は因島市だったのだけど、いつのまにか尾道市になっていた。元は独立した市だったくらいだから、「島」ときいてなんとなくイメージする島よりはずいぶん大きい。船着場はいくつもあるし(いくつあるんだろう?わたしが知ってるだけで4つはある)、山もある。ついでにいうと村上水軍の拠点でもあって、城跡も多くある。

3年前のルートは、1本目の船で三原港から因島の重井(西)港へ、そこから歩いて同じく因島の重井東港、重井東港から2本目の船で尾道港に向かうというもの。同じ「重井」の西港から東港なんだから隣にあるんだろうと思ったらとんでもない……はじめのうちは民家の意匠を見て「おー、すぐ近くなのに本州側とは違う。これは因島村上氏の海賊風なんだろうか」とかなんとか考えながら写真も撮ったりして楽しくてくてく歩いてたんだけど、てくてくてくてく歩いても次の港らしきものは見えないしそれどころか道なりに進むだけで丘を越えるような地形になってくるし、てくてくてくてく歩きながら大層心細くなってきて真夏の道路は容赦無く熱いし、てくてくてくてくてくてくてくてく歩き続けて30分、半べそでたどりついた港では港湾ビルも切符売り場も見あたらず桟橋がぴよっと出てて、……って、あ、話が逸れた。とにかく、安易に「島」というイメージで想像してるとひどい目にあうような大きさの島なのだ。

そして今回。
三原港を出た船はまず因島に向かう。因島では寄港地が3つあり、島の北側にある重井港→中ほどにある因島モール→南側の土生港と、同じ島の3つの船着場を海路で渡ってゆく。
(本当は因島までの途中で佐木島に寄り、因島の後で生名島に行く航路なのだけど、わたしが乗った便は佐木島に寄らず、生名島の前で下船したのでそのへんはまぁその)

防風ガラスにあたる波飛沫と白い航跡を眺めざぶざぶと揺れながら、3年前と同じルートの同じ景色というのもあってか、いつのまにかぼうっと考えごとをしていた。重井港から因島モールまではこの船で10分強、因島モールから土生港が5分弱。因島モールというのは最近新設された桟橋のようだけど、モールというからにはモールなんだろう。きっと大きなショッピングセンターがあって、あのピーピー鳴るカードを渡されるフードコートなんかもあって、、、あ、もしかして、島の人たちはバスの代わりに船に乗って買い物に行ったりすることもあるんだろうか?船にちょうどいい時間帯だったら「今日は船で帰ろー」とか……

……と、つらつら考えてるうち船は因島の北側、1つめの重井港を過ぎていた。このあたりまで船で来たのは、記憶に残ってるなかでは初めて。見憶えのない景色に焦点が戻る。

重井港から先は、(三原港から重井港までの間もそれは瀬戸内海らしい景色ではあるのだけど、それをずっと上回るほどに)信じられないほど美しく可憐な瀬戸内海の景観が続いていた。ふくふくと起伏のある小さく立体的な秘密基地みたいな島々が、空から落ちてきたみたいに艶やかで平たんな碧い海に溢れている。どうやったら行けるだろう?と想像して楽しくなるような、島側からだと隠れて見つからなそうな小さな砂浜や入り江もあるし、今は夏の緑一色だけど、季節になれば蜜柑や八朔やレモンの橙色や黄色の果物のなる木があちこちに見られるはず。
もしかしてこれは絶景というのじゃないだろうか。絶景というとなんとなく、字面からして何処か遠くの険しい地形をあらわす言葉のような気がしてたけど、こういう「信じられないくらいかわいい」も絶景に含まれるんじゃないかと、この景色を見て思う。とてもきれいな玩具のような、空想の世界をそのまま地形に写したような、現実感のない景色だった。

船は土生港に着く。次にのる今治行きの船までは1時間と少し。陽は強いけど日陰にいれば涼しい風が吹いて心地よいので、港でのんびりすることにした。

普段は縁のない港の切符売り場を興味津々で眺める。美術館のチケット売り場のような仕切りガラスのある窓口、ガラス越しでやりとりをするための穴の開いた窓口が並ぶ。以前は係の人が居たのだろうけど、いまは誰もいない。ガラスには何年前から貼ってあるのかわからないような灼けたテープのついた張り紙やポスターがみっしりと貼ってあって、その隙間から、奥にぼんやり見える暗い無人の事務所を覗いてみたりする。

切符売り場の其処此処に貼られた張り紙を見ているうちに、「……は、道路を出て左200m先のコンビニで…」という一文を見つけ、散歩がてらコンビニまで行ってみることにした。
コンビニはどの町に行っても同じコンビニなんだけど、何となく、少し、その土地独特の雰囲気がある。何がそうなのかと言われてもうまく答えられないけれど。いつも行ってるコンビニのいつも買ってるソフトクリームを、いつもの町から500マイル離れた島のいつもと少し違うコンビニで買い、眩しく澄んだ陽射しの町をを少し歩き、うす暗い港湾ビルに戻る。シャッターの下りた売店の前の風除けのガラスで囲われた待合室の出口に座って、海の風に吹かれながら、ソフトクリームをかじりながら、次の船に乗るためにそろそろとやってくる島の人たちの会話を聞くともなしに聞いている。島には住んだことがないけど同じ瀬戸内海地方だし、同じ言葉だし、たぶん他の旅人よりはずっと景色や音や空気の匂いを自分の内にあるものと同じに自然に受けとっているだろうとは思うのだけど、それでも、何処か知らない異国にいるような気分になる。

「海難、密航、密輸、不審船
(海の事件・事故)
直ちに通報118番」

海では110番じゃなくて118番、なんていう今までの人生では想像したこともなかった常識をその辺にかけてある看板で知るのも、また異国めいた体験か。

次の船が来るまであと10分。着いた時には桟橋からまっすぐ入ったので見ていなかった建物の南側を覗くと、小さなお社があった。海はきらきらして明るくとても良い天気なので、出港の前に挨拶をしてゆくことにする。

7. 芸予諸島

瀬戸内海には全体で3千もの島があるらしい。3千もの、と書いたけどそんなに大きな数、実は自分でもぴんときていない。とにかく、中国地方と近畿と四国と九州で囲まれた小さな海に、たくさんの島がある。ただ、とはいっても、ヒトのスケールからすれば瀬戸内海も広い。島の多い海域と、島は少なめで開けた海域がある。今回の船旅は、芸予諸島という数百の島が密集した、瀬戸内海屈指の多島美といわれるところを通っている。

芸予諸島のほぼ真ん中の本州側、竹原の祖父母の家から車で帰る時に、「本線がいい?呉線がいい?」ときかれたら必ず「呉線!」と答えていた。本線というのは、昔は山陽道・西国街道といわれた大阪から門司を結ぶ国道2号線のこと。呉線というのは、電車の呉線と並んで走る国道185号線のことで、瀬戸内海を臨む海沿いの道だ。

呉線から見える瀬戸内海。なめらかできらきらしていて、グリーンがかったたぷたぷした海の上に、大きいの、小さいの、たくさんの島が浮かぶ。その間をフェリーや小さなボートが行き交い、遠くにはタンカーが見える。よく晴れた日には「四国」といわれるうす青く長い陸影も見えるらしいけど、子供の頃の自分の目には、遠くの空と海の境にある青い影が、大きな島なのか四国なのかの区別はつかなかった。海沿いを走る車窓の下はすぐに海で、満潮で海が満ちている時にはスナメリクジラが泳いでるのが見えるんじゃないかと目を凝らした(けど、それらしい白い影が見つかったことはない)。漁港ではない港町(漁港のにおいがしない)、海沿いの小さな町には見合わないほど大きな造船会社のビルの間を抜け、赤と白のゴライアスクレーンを過ぎると、小さな砂浜のあるお気に入りの無人島が見える。
遅くなって夜になった時には、島々の灯りと船の灯りがゆらゆらして、時々、灯台の回る光がちか、ちかと、光の棒を空(くう)に投げる。左手にはカーブを描いて今から帰ろうしている街の光が連なり、右手は海と島の世界のあかりが灯る。

「船で四国に行く」というのは、その、近くて遠い島々の世界を、眺めるのでなく入ってゆくこと。島の世界は思っていたよりずっと”島の世界”で、土生港で感じた異国めいた気分は、気のせいではなくて本当に異国なのだろうと気付く。

四国行の2本目の航路は、因島の土生港を出て、生名島、弓削島、佐島、岩城島、伯方島、大島、そして最終港の今治まで、幾つもの島に寄りながら行く。港を出た船は、すい、と進んで次の港、すい、と止まってまた次の港へと、町中の電車がとまるくらいのリズムで軽やかに進んでゆく。
「はい今日はぁ」着いた港からゆるく挨拶をして乗ってくる次の島の人達が、前の島から乗っている人達と合流して楽しそうにお喋りをしている。ここに住む人たちは、隣島が隣町くらいの感覚/間隔で暮らしているのかなと思う。町工場のようにあちこちにあるドック。あちこちに泊まっている船。海は水路のようで、海の水路をゆく船は、電車やバスのような気軽な乗りもののように見える。

穏やかなこの海域、きっと歴史にも残ってないような昔から人が住んでいて、しまなみ海道や瀬戸大橋はもちろん、乗合の定期渡船もなかったずっとずっと昔には、泳いで渡ったり個人の持つ小さな手漕ぎ舟で渡ったり送っていったりが普通に行われていたんだろうなと、またぼんやり想像する。この海域を制していた水軍の武士たち、海を自由に行き来した逞しい人と、もし浅瀬なら歩いて渡れるほど近くにある島にすら渡る術がなくて溜息をつく人も居たかもしれないと、退屈そうな細い指と紅い木の花を想像する。

8. 今治港は想像していたよりもずっとモダンな港で、振り返って見上げた建物は船のような形をしていた

朝になって計画を立て、時間もあまりなく出てきたので、今治港に着いたものの電車の駅が分からず一瞬途方にくれた。すぐに気を取り直してスマホの地図で調べてみるが、JR今治駅……、駅と港はすぐ近くだろうと思ったら意外と遠い。
それでも、タクシーに乗るほどの距離ではなさそうだし、迷うほど複雑な道路でもなさそうだし、からっとしてそれほど暑くもなさそうなので、歩いて今治駅に向かうことにした。

ずっと続いていた暑さに比べればずいぶん涼しい日とはいえ、9月になったばかりの真夏のような日差しの下、外を歩く人はほとんどいなかった。港の建物の日陰を選って歩いていたら、地元の人らしい、子供のような瞳をしたおばあさんにじっと見つめられ、すれ違う。「こんにちは」と会釈すると、にっこりと破顔する。

20分ちょっとかかって今治駅に着く。駅にいたバリィさんに挨拶して、まっすぐみどりの窓口へ。
「松山まで一番早く着く列車(の切符)をください」
特急しおかぜで松山に向かう。

9. 松山は想像していたよりもずっと都会で、街には路面電車が走っていた

目的地の道後温泉は、道後温泉行き電車の終着駅なので特に迷う心配もない。Suicaは使えないので小銭の両替に少し戸惑ったけど、目の前の両替機で両替をする人がいて、安心してそれに続く。発車。キーキー、ガタガタ、チンチン、キーキー、プシューーーーーー、ガタガタ、キーキー……と、古い車両のようでわりとやかましい路面電車だった。特にカーブの時のがんばってる感がすごい。
路面電車の走る道路は、ちょっと不思議な感じに見える。道路の上に張ってある電車の電線がうすくかかった蜘蛛の巣か屋根のようで、街全体が、電線の糸でできたアーケードのような気がしてくる。その下を、キーキー騒がしい音をたてながら電車が走る。まるで街自体が何か大きな生きものの巣のように感じる。

10. 道後温泉

道後温泉には、「道後温泉本館」という大きな木造の建物がある。ここが道後温泉の中の「道後温泉」の本体。白鷺が見つけた温泉なのだそうで、その伝説にちなみ、建物の天辺に白鷺の像が居た。

道後温泉本館は、宿ではなくてお風呂のみのいわゆる外湯という共同浴場で、お風呂は「神の湯」と「霊(たま)の湯」、2種類の浴室がある。大広間と個室の休憩室もあり、
神の湯に入れて大広間での休憩(お茶とお煎餅付き!)とか、
霊の湯と神の湯に入れて個室での休憩(お茶と坊っちゃん団子付き!!)とか、
1時間程度の休憩の付いた入浴コースを選べる、スパ施設の日本伝統版みたいな温泉施設だ。

2つの船で瀬戸内海を渡り、さらに2つの電車を乗り継いで、遥々、お風呂に入りにやって来た。ホテルにチェックインし、早速……まずは腹ごしらえをしてから ── (* ¯ ω¯)<鯛めしうま!── 道後温泉本館に向かう。ホテルで外湯用の湯かごを貸してくれるとのことだったのだけど、戻るのも面倒だし、そのまま偵察がてら玉の湯+大広間のコースで入ってみることにした。

外の札場で入浴券を買って、白鷺のシンボルが掘られた石灯籠の間の大きな玄関から建物の中に入る。改札で入浴券を見せると、廊下を進んで突き当たり、階段をのぼって二階の大広間の休憩室に上がるよう言われる。広間の休憩室を覗くと案内の人がすぐに来て、席に通してもらえる。席には浴衣が用意してあって、説明を一通りきいてから、浴衣を持って階下のお風呂へ。

「温泉」といえば「温泉」で、温泉といえば温泉らしいある一定のイメージがある。だけど、道後温泉本館・神の湯の浴室は、温泉というよりは銭湯に近い印象のお風呂だった。優雅にお湯に…みたいなしっとりゆったりな感じはなく、ザッパーンと体を洗ってザブーンとお湯につかってパーッと上がるみたいな、何となくそういう豪快な生活感がある。松山・道後温泉といえば「坊ちゃん」だけど、あの坊ちゃんのリズムで温泉に浸かると、正しく道後温泉になる気がする。銭湯というには重厚で古めかしく、芸術的とも思うんだけど、温泉というよりは風呂とか共同浴場という飾りっ気のない言葉で表現する方が何となくしっくりくる。国も時代も違うし行ったこともないけど、何故だかローマの共同浴場が思い浮かんだ。

この日は平日。近隣随一の温泉とはいっても長期休暇シーズンでもない平日は空いていて、お風呂上がりの休憩でお茶をいただいてる間に他のお客さんはお風呂に入りにいったりで、ほとんど居なくなってしまった。
窓はすべて開け放されて、簾と縁側の手摺の間から明るく青い夜の空が見える。畳の上にごろんと横になって夜風を感じながらうとうとすればずいぶん気持ちいいだろうなあとは思ったのだけど、誰もいないとはいえ一応広間だし、せめてもの気分でお湯で温まってほかほかした裸足の足を縁側に投げ出した。柱にもたれて夜空を眺めながら、甘いお煎餅を食べ、温かいお茶を飲む。

11. 帰路

本当は、道後2日目の午前中はもういちど道後温泉本館に行って、今度は個室で思う存分ごろごろしようと思っていた。が、少し疲れが出てお風呂に入るにはしんどいような気分だったので、個室はまたいつか行くときの楽しみにして、そのまま帰ることにした。後悔しない程度に少しだけ仕残しがあるのも、未来の楽しみでいいんじゃないかなと。

午後も早めに着いた松山空港ではずっと地形と飛行機を見ていた。
滑走路の見える展望デッキから、滑走路を超えて遠くを眺める。左の方は地続きのようで、ずっと先まで半島のように伸びた陸があり、消えてゆく先の正面はよく見えない。右の方は海らしい。島のような三角の山と、タンカーのような大きな船が見える。
自分はいま何を見ているんだろうと思い、スマホの地図と滑走路の方向を合わせてみる。
方向からすると、見えない正面にあるのは遥か遠く九州の大分。だったら、左に見えている陸は佐田岬なんじゃないかなとか、それより手前にある何処かなのかしらとか、ただただそんなことを考えながら、何時間も過ごした。

🚢おふねで瀬戸内海を渡る参考
土生商船(三原-鷺-重井-因島モール-土生) http://habushosen.com/timetable/timetable02
芸予汽船(土生-生名-弓削-佐島-岩城-木浦-友浦-今治) http://www.ehimekisen.server-shared.com/geiyo1.html

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Perspective 前編

Posted on 24 9月 2018 by

1. どこへ行こう

今年は5月頃からずっと夏のように暑かった。カレンダー上の夏に入ったあたりからは35℃オーバーもあたりまえで、ちょっとでも涼しい、涼しいイメージのところへ行きたかった。
それから、数年前の同じ頃、おんせん県の大分で入った温泉、一日中汗をだらだらかきながら歩きまわって夕方たっぷりのお湯にさぶんと入ったこと、夜風に吹かれながら身体を温めた夏の露天温泉の心地よさを思い出して、どうしても温泉に行きたかった。

だから、初めに計画を立てていたのは富山の宇奈月温泉。
帰省の寄り道旅なので、実家のある山陽地方から東京までの間でなんとなく ”涼しい” イメージの土地を求めて、地図を眺めながら線路をたどり、たどりながら景色を想像し、♨️マークを探して、宇奈月温泉に決めた。

広島から富山まではとても遠い。新幹線やら特急やら地方鉄道やら何やら、長距離列車を何本も乗り継ぐ。朝8時に出ても着くのは夕方の手前。旅に出てもそもそもがあまり観光をしない方なので、行った先のことはほとんど下調べもしないんだけど、“ボンヤリしてると日中に着かない” ともなれば、最低限、移動の時刻表は作っておかないとならない。時刻表の数字だけを見ていてもピンとこないので、少しでも土地鑑を得るために地図を描いて、そこにルートや時間を書き込んだ。

2. サンライズ出雲

「温かいコーヒーが飲みたい」と思ったのは出発時刻の15分前。サンライズ瀬戸/出雲号が出発する東京駅9番ホームは新幹線乗換口のすぐそばにあって、その乗換口のすぐそばにはコーヒースタンドがある。何度か使ったことのある店だし10分もあれば行って帰れる自信はあったのだけど、途中で迷子になって出発時刻までに帰ってこれない自信もあったので、あらかじめ買っていた冷たい水のボトルと冷たいお弁当をベッドサイドの小さなテーブルに並べておとなしく出発を待った。次に乗るときには必ず、熱いお湯の入った魔法瓶とコーヒーとカップめんを持ち込もうと考えていて、ふと、子供の頃の家族旅行を思い出す。──車に毛布と魔法瓶とインスタント味噌汁を積んで何故だかいつも夜に出発していた。夜まで待てずに眠ってしまったのにいつのまにか車で出発していて、目が覚めて動く車の窓から見上げた天の川── を思い出した。ああいう旅をまたいつかすることができるのだろうか、できるといいなと思いながら。

22:00。寝台特急のサンライズ号は、まだスーツを着た人々で賑やかな東京駅をそろりと出発する。車内改札が終わるまでは油断せず、きちんと服を着て、ベッドに腰掛けて、粛々とお弁当を食べる。食事も終わり、改札も終われば、あとはのんびり。室内灯を消してシェードを全開にする。

23:23の熱海あたりからは駅にも町の景色にも人影はほとんどなくなって、空っぽの明るいプラットホームや、室内灯を消した暗いビロードの座席にホームの明かりが落ちる無人の列車が見えるようになる。夢のような景色が次々と車窓に現われる。灯りのついた外廊下の大きな団地、誰もいない、と思ったら、舞台のようにたったひとり明るい外廊下を歩く人が浮かび上がる。景色の切れ間からちらちらと見え隠れし始める真っ黒な海。大きな弧を描く、小さな灯りの粒をその弧に載せた相模湾。枝を拡げた樹木のような白い木の柱が並ぶ、月明かりの夜の木陰のような美しい沼津駅を過ぎ、信号だけがひっそり動いている無人の交差点を過ぎる。青い灯と赤い灯、何となく、シグナルとシグナレスを思い出す。見上げると曇り空の一点に薄明るい透けたようなところがあって、じっと見ていると雲が開いて月が顔を出した。

目が覚めたのは赤穂のあたりで、田んぼと、瀬戸内地方らしい小さな丸こい山と、その裾に纏いつく朝霧の景色だった。サンライズを下車する岡山までは約1時間。身支度を整え、寝台の上で脚を伸ばしてしばらくぼんやりする。

3. 山陽本線

距離的にみれば岡山はほとんど地元といっていい土地なんだけど、県が違ってるのもあって地理も路線もそんなによくは知らない。次に乗る予定の三原行きと同じ方向の電車が来て、乗ろうとしたんだけど何となく様子がおかしいのでよくよく確認してみたら伯備線だった。あやうく山陰に行ってしまうところ。

朝の山陽本線。日曜日なので普段の通勤通学の人もいなくてそれなりにのんびり。海が見える側の、進行方向の西に向かって左側の席に座ったけど、こちら側でもどちら側でも海はほとんど見えない。
東尾道を過ぎて少し行ったあたり、しまなみ海道の大きな橋の下で向島造船を過ぎる。それから、たぶん他所の地方の人からすると川のように見える尾道水道。いわゆる”尾道”の景色の一端。
尾道を過ぎたら糸崎の手前あたり、一瞬、視界が開けて瀬戸内海がふわっと見える。
おうちまであと少し。

4. そうだ、おふねにのろう

帰省3日目。台風で交通の状況が難しい。
列車を乗り継ぎ何時間もかけて旅行するのは、交通機関の遅延が発生しないのが前提だ。残念だけど富山は見送ろう、今回は無理をせずそのまま東京に帰った方がいいかも…と思いかけて、もう寝ようかという夜も遅くになって四国のことを思いついたのは、その前の日にちらっと松山空港の話をしたからなんだと思う。
うちのあたりからすると四国は一番近い旅先で、家族旅行で行ったり、小学生の時の修学旅行先だったりとなかなか馴染みのある土地ではあるのだけど、そういえばおとなになってからは行ったことがなかったような気がするし、子供のときに行ってふわふわきらきらとした印象だけが残っている夜の道後温泉にも、もう一度行ってみたいと思っていた。

とりあえずざっとルートを考えて、スマホで松山空港から東京へ帰るLCCの便があることを確認。何にしても次の日は朝早く起きる予定だったので、あとの続きは朝起きてからにして眠った。

5. 瀬戸内海を渡る

朝起きてすぐに船のルートを調べる。昔、港で見かけたような気がしていた四国のどこかの港への航路(※電車と同じように定期航路も船に行き先が書いてある。フェリーなんかだとデカデカと書いてあるので、ふだん船を使ってなくても港の近くを通ってればだいたい何処行きがあるのかは把握する)は無くなっていたので、2本の航路を乗り継ぎしなければならないみたい。

船会社のサイトから乗る時間帯の時刻表をざっと書き写したノートをスマホで撮影して、朝ごはんを食べて、三原港へ。
台風一過。すっかり晴れて、涼しい風が吹いて、とても心地よい朝。

しまなみ海道ができてから、車の人達は橋を渡って四国に渡るようになったのだと思う。いつのまにかカーフェリーの航路は減って、人を乗せる小さな高速艇がメインになったように感じる。
三原港から乗った船は最大とう載100人弱のボートで、後ろの方はオープンスペースになっていた。自分一人だったらなんとなく不安で室内に入ったかもしれないんだけど、先に乗船した年配の女性が一人、後部オープンスペースのベンチに座ったので、心強くなってわたしもその反対側に座った。平日の午前中の船は空いていて、この後ろのスペースはその人とわたしの二人きり。とても贅沢。

港を出港した船は、ぐんぐんスピードを上げて沖に向かう。台風が抜けた翌日のせいか、それともいつもこのくらいなのかは知らないけれど、小さい船は波をうけて、ざぶんざぶん揺れたかと思うと波飛沫がばさっと降りかかってきた。
(こんなにいい天気だというのに乗ってきた人たち皆んな室内に入っていったのはこのせいか!)
ちょっとしたスプラッシュ系ローラーコースター。一瞬、先の女性と目が合い、笑いながら、バックパックを抱えて防風ガラスがあって飛沫がかからない席にあわてて移動する。何かひとこと言葉を交わしたのだけど、何と話したか覚えていない。ひどく揺れる船のベンチと、船のエンジン音と、波飛沫が船に当たるバサバサいう音と、扉の向こうに見える操舵室と、左舷の女性と、右舷のわたしと、瀬戸内の青い空と、流れてゆく島の景色。

▶︎ Perspective 後編(因島〜松山空港) に続きます

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?>! ―『ユーケルの書』から

Posted on 12 8月 2018 by

書物は書物を越えて生き残る。(p.27 「白い空間6」)

人間は「問」だ 「問」=「?」ならば 手にした答えが「!」であらわされる。

その場合

疑問符と感嘆符。両者は{両替、翻訳、入替}不可能だ。断じて!

お前にとって語は一つの顔だ。
お前は私の顔を描いた。
私は自分の気になったところで、読み取られる。―レヴ・スミアス(p.71「書く習慣」)

「?」は∞の(細かな細かな)!を発生させるが、!をいくら集めても?は構築できない

「?」はつねに一つの(巨大な)「?」であり、「?」は「?」に重なることでしか×××。

疑うこと。それはたぶん限界を廃棄することと、骰子のまわりを回ることである。(p.109「第三部 サラの日記」)

万人のためのひとつの同じ反射板(p.125「サラの日記 Ⅲ」

われわれは不可能なものを通して結ばれている。-レヴ・カナリ(p.83「第二部 巻頭句」)

「?」は影だ。そして「!」とはその影に支えられた世界だ。

色とは影の叫びである -レヴ・ノエビ(p.163「ヴェールと処女6」)

※「ユーケルの書」
エドモンド・ジャペス著 鈴木創士訳。書肆風の薔薇〈選書 言語の政治⑦〉 1991.6.20
「問の書」シリーズ全七部作のうちの第二部にあたる。

「?」は「!」を求めるが「!」は自己差異化するばかりだ。

海は宇宙にぎざぎざをつける ―レヴ・アムロン(P.45「善の分け前 2」)

それは、深みへ向かっているように見せかける巨大迷路だ。「!」とはマスクメロンの亀裂に似ている。それは決して「?」の果肉を味わうことはできない。香りだけ、ただ香りだけだ。

人は水底でもがいたりしない。もがくのは水面でだ。(p.106「第三部 サラの日記」)

本に満たされている孤独の豊饒さ。「!」を探すのではなく「?」に遊ぶこと。

沈黙の響き。最初の谺。 -レヴ・ライエ(p.66「第二部 巻頭句」)

私はこの本を読むことが出来て、幸せだった。なによりもよかったことは、この本が「架空」と「贋者」に分断され続けている点だ。(cf.訳者あとがき)

さいごに、もっとも重要な文を引用して記事を終える

私が書くのは、私が言うことができるかもしれぬことの果てに赴こうと努めるたびに、今度こそそこに到達できるだろうと信じるからだ。―ユーケルの手帖(p.83「学者達と客たちのあいだで交わされた対話」)

(引用)

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Notebookers的 Fail better 〜ビーントゥバーを作ってみました

Posted on 15 4月 2018 by

月のアタマに、お休みをとって遊んできました。
美術館に行き、スカイデッキで空を眺め、ひとに会い、オモシロい宿にも泊り、やっぱり本を読み。
次に記事書きます。
ヒルズスカイデッキ
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四月の気層の光の底を〜 京都で買ったボールペンの話

Posted on 01 4月 2018 by

とは、その人生で、鍋を何度買うのだろう。
なんだっけ、遊牧民は燃料になるものが少ないため、お鍋は浅め、ヨーロッパなどでは、森があるので薪、燃料調達がカンタンなので、お鍋は深め(というか、オーブンやストーブで潤沢に火を起こして調理できる)と聞いたことがあって、なるほどなあ、と。

前振り終わり。
先日、京都のお寺の市に行ってきました。
お寺の境内が解放されて、古本や食べ物、手作り雑貨などが販売されていました。
ちょっと古本を買って、コーヒーを飲みつつふらふらと回っていたら、骨董屋さん?古道具屋さん?がお店を出されていました。
京都でもかなり古いお店だそうで、えー、食器、壺、あと筆や硯なども置いてありました。
写真は撮れなかったんですが、古い硯などはデザインもオモシロく、あと、筆や墨はやっぱり風格があるなあ、と思いながら見ていると、お店のご主人が文房具が好きなら、いいものがあると勧めてくれまして。
買いました。こちらのペンです。
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人間には行方不明の時間が必要です〜サインペンを捨てる時

Posted on 18 3月 2018 by

えば、本を読んでいて、その本に挟んでいる新刊紹介のリーフレットとか、その本のあとがきや解説に書かれている別の本とか。あと、映画館などで(ミニシアターなどは特に)次の上映の予告などを見ると(本も同じなんですが)あー、次はこれを見よう(読もう)と思うことを、わたしは『新刊リーフレットアリジゴク』『ミニシアターアリジゴク』と呼んでいるんですが、いかがでしょうか。
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旧市街に流れ着くタイル「アズレージョ」から学ぶボードゲーム的思考

Posted on 09 3月 2018 by

遊びの仕組みにものすごく興味がある。

遊びの中で、数学的なルールがあったりすると頭の中で延々と計算を繰り返し、なぜこれを楽しいと感じるんだろう?ということを考えていることが多い。

ドイツのボードゲームの本を読んでいて、有名なゲームデザイナーの方のインタビューが掲載されていた。あなたにとってボードゲームの魅力は何でしょうか?という質問に対して、その人は即座に「それは簡単だよ、ボードゲームには人々の営みが表現されていて、遊ぶ人は何かを探して発見して学ぶことができる。それが魅力だよ」と答えていたのが印象に残った。「何かを発見し学ぶことができる」というのは、文学や映画とも共通している項目だと思った。
そういえば、その昔アンディ・ウォーホルのインタビューで、彼の映画について尋ねた内容が掲載されていて似たようなことが書いてあった。「僕の初期の映画は、人がどう振る舞い、他人に対してどう反応するのかを示してくれる。観客がこれは応用できるものだと思えば、それは立派なお手本の役目を果たしたことになる。どこかの誰かの役立つものなわけだし、今までひそかに抱いていたそれらの疑問を解決してくれる」エンパイアー・ステート・ビルを延々と撮影した映画をどのように応用するかは置いておいて、人々の営みや喜怒哀楽をただ写した実験的な映像からは何かを発見し学べると思う。

ノートブックを使って、自分が楽しいと感じることは何だろう?なぜこれは面白いんだろう?と考えている時間は楽しい。その遊びが、人間の営みである限り、僕らは学ぶことができるし発見できるわけだ。

ボードゲームでは様々な世界観を楽しむことができる。それは世界の果ての異国の街であったり、象の背中のような架空の世界であったり、物理法則の少し違う隣の宇宙だったりする。だいたいどの箱を開いても12匹の伝説の猿がきっちりと姿勢良く収まって飛び出すのをじっと待っているような濃厚な物語がコンパクトな箱にぎゅっと詰まっている。年間で毎年1000タイトル以上のアナログゲームがリリースされるにも関わらず、憧れの監督が作り上げた新作の映画の封切りと同時に映画館に一斉に押し寄せるように楽しまれている。


「ラバト、カサブランカを通り過ぎてエッサウィラまで来た。
旧市街の北のビーチにはタイルの破片がたくさん流れ着く」

最近インスタで世界中を旅していた女の子の写真を眺めていたんだけど、この投稿が深く心に残っていて、心の片隅に海岸に流れ着く色とりどりのタイルのことをずっと考えていた。旧市街という響きにとてもエキゾチックなものを感じる。常に異国のことを妄想するという病「Exophrenia」を患っているので、モロッコ北部の港の市場に集まってくるペリカンの鳴き声まで想像してしまう。深い青の夜空に月を背にして、恋人を抱擁しユリとケシの花束の上空を飛ぶシャガールの絵も確か旧市街の物語だったなと思い出す。旅の中では、僕らは多くを学び発見することができる。旅の中では常に細部を観察しているし、少しでもその場の空気を吸い込もうとして、毛穴のひとつひとつを開いて味わっている。

モロッコ北側の海岸に流れ着くタイルのことを考えていたところ、先日こんなゲームがリリースされた。ドイツのミヒャエル・キースリング氏のデザインで「アズール(AZUL)」というゲーム。
ストーリーはこうだ。「アズレージョとは、ムーア人によってもたらされた美しい装飾タイルです(元々は、白と青の陶製のタイル)。ポルトガル国王マヌエルⅠ世は、スペイン南部のアルハンブラ宮殿を訪れた際に、このムーアの装飾タイルの衝撃的な美しさに魅了されました。アルハンブラの美しい内装に心を打たれた王は、すぐにポルトガルの自らの宮殿の壁を、同様のタイルで装飾するよう命じました。「アズール」は、プレイヤーがタイル・アーティストとなり、エヴォラ宮殿の壁を装飾するゲームです」

ポルトガル国王マヌエルⅠ世は実在の人物で、場所はポルトガル・アレンテージョ地方(Alentejo)の中心都市であるエヴォラ(Evora)の城のこと。このアズレージョの歴史も古く、5世紀にわたって作られている。スペインを経由してムーア人からポルトガルにもたらされ、ムーア人らはペルシャ人から工芸を習得したため、アラビアの影響を受けた装飾となっている。主にデザインは、幾何学的に組み合わせた曲線や、花のモチーフを使用する。王に命じられ城の装飾を行うということは、失敗するとそれは死を意味するということだ (すみません、最近ゲーム・オブ・スローンズに影響されています。デナーリス・ターガリエンのファンです)。

先日眺めていたそのInstagramのタイルのこともあって、さっそく買ってみたところ、ものすごく面白いゲームだった。

ゲームの流れはこうだ。大まかな流れのみ。

①タイルの購入
円形のお皿がタイルを作っている工房を表しており、そこに4つずつタイルが乗っている。そこからプレイヤーは「1色だけ」タイルを取ることができる。余ったタイルは円形のお皿が並んだ中央の場に押し出す

つまり丸いお皿の上からはタイルが無くなり、丸いお皿の並んだ中央部分にタイルが集結していくことになる。中央部分からも1色ずつタイルを取ることができる。最初に中央部分からタイルを取った場合はスタートプレイヤーを示すタイルも一緒に取る。タイルが無くなるまで交互に1色ずつ取っていく

②タイルの一時的な配置
個人ボード左側部分(階段状になっている列)に取ったタイルを一時的に配置する。1列ごとに1色のみ右詰めで配置することができる。あふれてしまったタイルは個人ボード下部の床ライン(-1,-1,-2,-2,-2,-3,-3)と記載されている場所に左詰めで配置する。

③壁の装飾
②の一次的な配置で個人ボード左側の階段状の各列を満タンにすることができた場合、そのタイルを1枚だけ個人ボード右側の壁面に配置することができる。配置した際にポイントが計上される(個人ボード上部の黒いキューブが移動する)。配置後は個人ボード左側の階段状の各列はリセットされる。床ライン(-1,-1,-2,-2,-2,-3,-3と記載されている場所)に並んでいるタイル1枚ごとにポイントを減算する。

以上繰り返し。スタートプレイヤーのタイルを持っている人から同様にタイルを取得していく。誰かが宮殿の壁(個人ボード右側)で横一列のタイルをそろえたラウンドで終了。最終得点を計上して一番勝利点が高い人が勝ち。

 

ボードゲームのルールというのは割と単純だ。上記ルールを何度読んでも面白さが伝わってこないと思うのだけど、このゲームは信じられないほど深い。僕はこういった単純なルールの中で神がかり的なアイディアを見つけるとものすごく快感を感じる。
例えば上記①の手順の中で、「余ったタイルは円形のお皿が並んだ中央の場に押し出す」というのがものすごいアイディアだと思う。中央部分からもタイルを取れるという手順がひとつ追加されることによって、タイルの取り方のバリエーションが増えており、簡単な数学的な計算でゲームの流れが読みづらくなっている。ミヒャエル・キースリング氏のインタビューにも掲載されていたけれど、このアイディアは本人曰く「天が北ドイツの空から送ってくれたかのように決定的なアイデアが降りてきた」という。この言葉のおかげで、中央部分から1色タイルを取るたびに、何か云いようのない快楽を感じるわけ(変態)。

常に遊びのことを考えているものだから、最近頻繁に遊びのことを頼まれるようになってきた。ホイジンガの著書「ホモ・ルーデンス」にも記載があったけれど、 遊びの歴史は古くて、「ホモ・ファーベル」(作る人)よりも「ホモ・ルーデンス」(遊ぶ人)が先にある。
クリエイティブな行為というのは2種類ある。素敵なデザインの椅子や安らぎの空間スペースを生み出す芸術的な「創作」の行為。もう1つは自分の痛みや他人とのズレに生まれる葛藤を見つめて、それをポジティブなものに変えて行こうとする「変化」の行為。それよりも先立つものが「遊び」なわけさ。

遊ぶことで、昨日までこの世に無かったものが新しく出来上がるなんてすばらしいと思う。
ヘイ、Notebookers!いつか一緒に遊べる日を楽しみにしているよ。

※ちなみに現在この「アズール」ですが品薄でなかなか手に入りません。日本での定価は6000円くらいなのでご注意願います。

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北落の明星光彩を動かし 南征の猛将は雷雲に如(に)たり〜みずがめ座とうお座

Posted on 05 3月 2018 by

日、2017年に見に行った美術展の記事を書いたのですが。
ノートを見返していると、映画「謎の天才画家 ヒエロニムスボス」のページで、ああ、こういうのもあったなあと思い出しました。
『快楽の園』から、ひとの姿を消すと── と、コンピュータで処理した画像を見たのですが。
残された背景から、次の世代のクリエイターが新しい作品を作る、その土台となるというようなことを言っていて。
その、植物とか動物とか道具だけが残された、ひとの姿がない『快楽の園』
そこからまた『何かを作る』
二度目の天地創造だなあと思いました。
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「私たちの心が感じることは、私たちの力がおよぶことではありません」〜美術展行ってきました 2017年ざっくりまとめ

Posted on 02 3月 2018 by

ートを書いていて、厚くなり、重くなるのはフツーなんですが。
どうだろう、買った時点で、もう「重い」文具ってなんだろう。
より「軽く」より「軽量に」というのは、セールスポイントのひとつですが。
逆、まだ書いていない、使ってない時点で「これは重い」というような文具。墨?紙?
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(ほぼ)真夜中のNotebookers的トライアルアンドエラー〜激闘DIY編

Posted on 15 2月 2018 by

外の新聞や雑誌のコラムで『ユーモア』というジャンルがあります(ジャンル、というか、カテゴリに分けるとしたら、おそらくそういう名前になるかと)。
わたしはこれがすごく好きでして、どういうものかというと、例えば、世相や流行りモノを笑い飛ばすような文章もあれば、もっと身近な話もあり。
つきあいなどで、まっっっっったく興味のない集まりにいかなければならない時、その時間をどう過ごすか、とか、友達の別荘に招かれた時、何を準備して行って、別荘では、どうふるまえばいいか、とか、interest ではなく、funny の方面で書かれたものです。
このユーモアというジャンル、わたしがたまらく好きなモチーフとして「友達の家に泊まった時、使わせてもらった洗面所」ネタ、そして「DIYや家電の配線」ネタがあります。

わたしを見かけませんでしたか

これはその一冊。コーリィ・フォード。すっごく好き。


興味を持たれたかたは…
>>【書評】コーリ・フォード『わたしを見かけませんでしたか?』/杉江松恋【Book Japan】
以上、前振り終わり。
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これがNotebookersの生きる道 〜Notebookを味方にするための守破離×5〜

Posted on 03 2月 2018 by

ソウル・Notebookers道!

こんばんは、サオリです。
今宵も Good Notebooks にココロ踊らせる時間がやって来ました。
ゲストはマイg……おぉっと、いなーい。

お届けするのはこの曲。
セ・ラ・ヴィ 〜女はNotebooksに忙しい〜

そんなわけで(どんなわけだよ)、みなさまNotebookers.jpへようこそ!
何かしらの流れでココまでやって来たはじめましてさんから、
むしろココで何年も記事書いてるぜっていうベテランさんまで。
この記事に辿り着いたみんなにとって、何らかの役に立つ記事を書ければいいなって思っているよ。
ぜひこのサイトを、楽しんでいってね!

さて、今宵の話題。
「これがNotebookersの生きる道 〜Notebookを味方にするための守破離×5〜」ですって。

2017/12/29 Notebookers Global Communication(以下、NGC)が発生してからというもの、
ノートブックで何かとミラクル起こしがちな、このワタシ。

そんなワタシから、みなさまへ。
ノートブックを自分の味方にして人生楽しもうぜって思い立ったときに
ちょっと実践してみるといいかもしれないねレベルの、ささやかなアイデアをお届けするよ!

少しでも分かりやすくしたくって、
「守×5」「破×5」「離×5」の、計15個のアイデアにまとめました。
よかったら、ぜひなにかひとつ、今日からTRYしてみてね!

【守−1】Googleで “Notebookers” の画像検索をしてみよう
検索が面倒だっていう人は、こちらをクリックしてみてね。

【守−2】ちょっと頑張れば行ける距離の、おおきな文房具屋さんまで散歩しよう
いま話題の文房具から、昔から使っていた超定番文房具まで、大抵の文房具は揃っているわ!
目で見るのはもちろん、試し書きしたりページめくったり、五感フル動員で文房具を体感してみて。

【守−3】逆に、あなたのおうちから一番近くにある文房具屋さんに行くのもまた、ステキよね
何十年もお店の奥底に眠っていた、思いがけない文房具に出合えるかも?
文房具でタイムトラベリングまでできちゃうなんて、アメイジング!

(守−2、守−3を実践したなら、きっと手元にステキなノートブックがあるはずよね)
(そう信じて、以降続けるよ)

【守−4】そのへんのペンを片手に持って、目の前にあるノートブックを開こう
ノートブックを、開こう。
気分が乗らなければ、開いてすぐ閉じちゃっても無問題。
ペンを片手に持っていれば、文字でも絵でも図でも表でも、すぐにノートブックに叩き付けられるわ。

【守−5】「1日1回ノートブックを開く」を、根気よく毎日続けてみて
気分が乗らなければ、開いてすぐ閉じちゃっても無問題。
手段はどうあれ、【守】フェーズのうちにノートブックに慣れることが、肝要。


【破−1】身の回りの荷物を、いったん整えよう
そろそろ、ノートブックや筆記具、マステやらふせんやらで、しっちゃかめっちゃかになってない?
とりあえず机の端に、バラバラになった文房具をきれいにまとめよう。気持ちがすこし、落ち着く。

【破−2】ついでにカバンやポーチの中身も、いったん整えよう
カバンもポーチも整ったら、足取りはより軽く、距離はより遠く。
一気にモノゴト、動くはず。

【破−3】そろそろ、いつものノートブックに“違和感スパイス”をかけてみない?
いつもより雑な字で書いてみるとか、手でちぎってたマステをカルカット使って切って貼るとか。
でも客観性は忘れないで。あまりに羽目を外し過ぎると、それはそれでただおかしいだけ。
周りからもおかしく見えるし、もう一人の自分からでだって、おかしく見えてしょうがない。
「いま自分は、違和感スパイスをかけている」冷徹なもう一人の自分から、そう問いかけてもらおう。

【破−4】好きな歌手の好きな曲の好きなワンフレーズを、しばらく自らの行動指針にしてみない?
ワタシの行動指針フレーズは、「理論武装に笑顔は不可欠」

【破−5】あなたが住む国の一般的生活リズムからちょっと外れた時間帯、Instagramに写真ひとつアップ
あなたが住む国でない誰かが、きっと「いいね!」を押してくれる。
Instagram友達が、また一人増えたみたいね。

【離−1】InstagramレベルのEnglishの読み書きなら、ローライングリッシュ本がおすすめだよ!
ローライングリッシュ本=SPEAK ENGLISH WITH ME!
世界のInstagram友達とのコミュニケーションが、もっと楽しくなるはず。
そう思わせるきっかけをくれたNGCのお相手aina(aina.kristina)には、感謝してもしきれない!!

【離−2】ノートブックタイムだけでも、額全開ヘアアレンジ
ノートブックと集中して向き合うための、一種のルーティンワーク。
どうせ家でしかつけないヘアバンドを、先月3本購入した。
3本ともベーシックカラーなんだけど、いずれも適度にアホ要素があるのが極私的高ポイント。

【離−3】「フシがある選手権」開催
ルールや空気感は、漫画または映画『セトウツミ』参照。超がさつ客観視のキレ味増強に役立ちます。
ドラマ版セトウツミは、瀬戸と内海だけでなく脇役陣までキレッキレ。
田中君とハツ美ちゃんが程よくイラつ……、ってゴリラ先生www

【離−4】お気に入りのハンドクリームを、いつもポーチに入れておく
松浦弥太郎さんの本で読んだ手法、いただきました。
執筆仕事の前に、ハンドクリーム。ついでに手のひらマッサージもすると、血行よくなる気がします。

【離−5】「行こうぜ Noteookの向こうへ」スピリットで、ノートブックとたのしくあそぶ


閑話休題、の、逆バージョン(本線から堂々と脇道に逸れる)
2018年に入ってからというもの、資生堂さんの文房具モードが本気な件。
ものすっごく、わくわくする。
あれもこれも、発売が待ち遠しい。年甲斐もなく。

【PR 2018/01/16】
資生堂、女子高校生と共創するオープンイノベーション型プロジェクト「POSME」を開始~社内組織「イノベーションデザインLab.」による新たな価値創造~

【PR 2018/01/25】
資生堂PLAYLISTがカラー&メイクを自由に楽しむマルチカラーアイテムを発売。

いまワタシが注目する文房具ブランド総合ランキング第1位は、資生堂さんです。って、あれれ……?

それでも前に行くしかないんだし、角度変えればまたイイ感じ。
になる、はず。

それでは、さようなら〜

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1月の星座〜山羊座

Posted on 25 1月 2018 by

か、ヨーロッパのアルプスとか、あの辺りの山間部の幻想譚、昔話なんですが。
ある若い猟師がいて。ものすごく弓が上手で、百発百中の腕前で、山の生き物を狩りまくっていて。
ある日、山の神様という老人が猟師の前に現れ「なんでそんなに生き物を殺すのか」と問います。猟師は「自分は土地を持っていないので、動物を狩らないと生活ができない」というようなことを答えました。そしたら老人は「これをやる。全部食べずに、ほんの少しでも残っていたら、次の食事の時にはまた器いっぱいに戻っている」と器に入ったチーズを渡します。猟師は、その日からチーズを食べますが、少し残しておくと、老人の言った通り、次の食事の時にはチーズはたっぷりと器に入っていました。そんで、猟師は狩りをしない生活をエンジョイするんですが、ある日。ふと、狩りのことを思い出します。弦のうなる音、動物の悲鳴、猟師はとうとう、弓を手にしてしまい…
という話があるんですが。今、わたしんちにある豆乳が、ぜんっぜん減らないんです。ミルクティとか、ホットミルクとか、スープとか、使っているのに、ぜんぜん重さが変わらない、減らない。つい、この昔話を思い出すくらい、夜、使った分を誰か(何か)が充当してるんじゃないかと思うくらいです。わ、わたし、別に狩りもしていないし、この豆乳はスーパーで買ったもので、山の主っぽいおじいさんに頂いたものじゃないし、だ、ダイジョウブかな…(主に賞味期限とか)。
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Dance first, Think later. 〜7年目。

Posted on 23 1月 2018 by

次の一年もまた、オモシロくて、意味わからなくて(褒め言葉)、踊ってから考えて、孤独を研ぎ澄ます、そういう一年になりますように。

7年記念

久しぶりに、文字を貼ってみました。

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2018/01/01 11:11確定 #NHK紅白 #NHK紅白2017 ※追加受賞あり

Posted on 01 1月 2018 by

あけましておめでとうございます。Notebookers.jpライターの彩織です。
本年もよろしくお願いいたします。

第68回NHK紅白歌合戦、途中からの視聴でしたが、すごかったですね。
今まで観てきた中で、いちばん神懸かっていた紅白だと思いました。

さて、ここで第68回NHK紅白歌合戦の各賞が決定しました。
審査基準は明確です。私がそう思ったか、そう思ったか。

それでは、以下暇つぶしがてらお楽しみくださいませ。どうぞ。

【第68回NHK紅白歌合戦 受賞あれこれ一覧】
平成の殿堂→安室奈美恵
昭和彷彿殿堂→桑田佳祐

総合優勝→三浦大知

紅組優勝→Perfume
白組優勝→X JAPAN

往路優勝→AI x 渡辺直美
復路優勝→エレファントカシマシ

圧倒的鮮烈爆裂不協和音→欅坂46
ベストコラボレーション賞→欅坂46 × 内村光良
もうひとつベストコラボレーション賞→椎名林檎とトータス松本

紅白HALFTIME SHOW→渡辺直美 ブルゾンちえみwithB オースティン・マホーン ※感想野暮次元

朝ドラチームワーク特賞→ひよっこ関係者のみなさま
不意打ちの語りwww→増田明美

マスコットオブザイヤー2017 グランプリ→イチコ
マスコットオブザイヤー2017 第2位→くまモン
マスコットオブザイヤー2017 第3位→イカ大王

上手に唄えて良かったで賞→竹原ピストル ※2018/01/01 11:11追加受賞
最優秀箸休めやで→関ジャニ∞と出演芸人のみなさま

紅組清涼部門賞→松たか子
白組清涼部門賞→星野源

プロフェッショナル復活の定義→Superfly

みんなでズンドコグランプリ→氷川きよし
ナイスカメラ目線グランプリ「き・よ・し!」部門賞→鈴木亮平
肩寄せ合い声合わせて希望に燃えるアナウンサーお疲れさまでした→有働由美子アナウンサー

紅組トリ→石川さゆり ※感想野暮次元
白組トリ(2017大トリ)→ゆず ※感想野暮次元

審査員名言特別賞ただしうろ覚え→感動上書きで追いつかない by村田諒太
司会のうしろで常時癒しスマイル心より御礼申し上げます→髙橋一生

若手実力派紅組司会女優→有村架純
臨時対応のキレ味抜群白組司会嵐→二宮和也
主演NHK総合力→内村光良(三津谷GEPD、木暮井総理大臣含む)
助演NHK総合力→桑子真帆アナウンサー

日本テレビ史の象徴→黒柳徹子 ※2018/01/01 11:11追加受賞

【ゆく年くる年特別枠】
ベストダッフルコーティスト賞→高瀬耕造アナウンサー
2018年第一声の爽やかボイス→和久田麻由子アナウンサー
ブラタモリで培われた現場力を称賛→近江友里恵アナウンサー

【エンディングテーマ】
涙/ケツメイシ ※絶対に笑ってはいけないアメリカンポリス24時ver.

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暗闇から学ぶこと

Posted on 28 12月 2017 by

ノートを書くのには,それなりの明かりが必要である.それは確かだ.

しかし,見えないことでわかることもある.そういうことを教わったことがある.

 

年の瀬の大掃除は欠かせないが,ミニマリストwannabeになってから,あまり片付けるところがなくなった.

それはうれしいことだが,元マキシマリストの私としては,いささか物足りない.恒例行事的だったからだ.

そういうわけで,ほったらかしていた押し入れに入っている一つの箱,いわばan untouchable boxに手を出すことにしたわけである.

そこには実にさまざまなpre-minimalな生活がそのままになっている.それは段ボール一個分でしかないが,段ボール1個分の空間にはそれはもうたくさんのものが入るのだ.

その中から,必要なものを救出し,いらないものを捨て,箱を一つつぶす.これが目的になる.

ほとんどが学部時代のノートで,見てみると勉強のものがほとんどだ.ビルマ語であるとか,ポルトガル語であるとか,言語学の基礎であるとか,そういうものが書かれている.熱心な学生だったようだ.

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もっと見つめて(Остранение)

Posted on 24 12月 2017 by

日常=平凡⇒旅 日常≠平凡=異邦人 落ち合うのは生れ落ちた場所
おっかなびっくり効率悪いのごめんなさい生まれて初めて生まれたて
まんまるでまるきりマーマレードまみれだからとりつくしまもなくて

ぼんにゃりとした五枚の皮とてんで筋違いのところにある一つのヘソ
自転車だけが漕ぎなぞれるぐるぐる溝をこすれば協奏曲第五番が鳴る
ごたすいちはろくじゃなくていちいちかけるごはごじゃなくてをかし

長さとか重さとか体積とか密度とか距離とか時間とか角度とかを忘れ
のぞいてた針の穴から見知らぬ宇宙へラクダに通り抜けられてしまえ
それはやはり「象」が適切だったのかないや「獏」か「犀」だったか



故郷喪失者だけが独逸に集う集いがあると聞けばここが私の独逸だと
それは君の独逸とも先祖の独逸とも違う独自の独逸だと言い張るから
独逸が好きですかという形に塹壕を掘り進めると彼は故郷を懐かしむ

慣れ親しんだ成れの果てなら棄てるんじゃなくむしろ拾って披露して
言いたいこと言いたくなること書きたいこと書きたくなることなんか
絶対無言完全沈黙不立文字敵性言語シチューさらさらにしちゃ台無し

どういえばいいかわからないことはどういえばいいかわからないこと
どうかけばいいかわからないことはどうかけばいいかわからないこと
着飾ったり羽目外したり反逆したり媚売ったり斜に構えたりしないで

もっと見つめて何も頼らずもっと見つめて胸いっぱいの香りをもっと
もっと見つめて耳をすませてもっと見つめてべたべたしあってもっと
もっと見つめて見つめる日常をもっと見つめて見えないはずのものを



見て見る見て書く見て読む見て考えて見て話すさあ何と相見えますか

                            (異化)

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原民喜童話集刊行記念イベント&『還元不能のノートブック』

Posted on 11 12月 2017 by

11月25日(土)京都の恵文社さん開催の原民喜童話集刊行記念イベントに行ってきました。
コチラです>> 『原民喜童話集』(イニュニック/未明編集室)刊行記念イベント<向こう側へのまなざし>吉村萬壱 × 外間隆史
原民喜童話集刊行記念イベント
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泥団子崩し

Posted on 10 12月 2017 by

第二稿
歩いてると泥にまみれるので
旅に出るなら泥を落としていきたい
せっかくの旅日頃の泥なんて持ち込みたくないじゃん
ってか
泥ついてると歩きにくいし足跡つくし
汚したくないし汚されたくもないし
せっかく新しいリフィルはさんでくってのに
表紙は使い古しでいいのかな?
……それが俺なんじゃね? なんつってみたりできるのも
旅に吹かれてるからだしね



でも面倒だ日々の生ぬるめのシャワーじゃ
ねちょねちょすばっかでちっとも落ちね
ちょと褒められちゃてうれしからって磨きあげちゃたら
ピカピカのコチコチってえらそにふんぞりかえっていやがるし
ってか
こっちが正解かもね。なぁんて思ってる自分に柔道チョップ
こだわらないことにこだわってたフクちゃんはこだわりたいことにこだわれなくなって自問自答
かわいそうやなあなたはいつも考えすぎるばか感じろ!そしてけして目を逸らしてはいけません
泥塗れはゴメンだけど磨き上げたこの泥団子はいつもきれいとてもきれいだから棄てられなくて重い
ったって旅先にまでコロコロ転がらからしていく気にはならないナリねさしがねにさすがにさ

とかこまかく決めとかなくともいんじゃねの
場面場面でいちばんヤバそなとこに滑り込めフットワークさえありゃ軽みが尊みのやばみの宇宙
つ・ま:り|泥団子崩しなんて簡単ダンカンバカヤロコノヤr
なぜならば ♪そこに~私は~いません って(略)探してませんからぁぁぁっ!! ザンネ割愛
ってか
よるべなき世のせちがらさ責任もたねばならぬこと露に一つもありはせぬ
私は私として私が私でありかつ私でありつづけることを宣誓したうえに作らず福沢諭吉じゃねーかんな

旅ゆけばまた泥まみれしもつかれ

しもつかれとは北関東地方(主に栃木県方面。群馬県・茨城県方面なども)に分布する伝統の郷土料理で、初午の日に作り赤飯とともに稲荷神社に供える行事食。鮭の頭と野菜の切り屑など残り物を大根おろしと混ぜた料理である。地域によりしもつかり、しみつかり、しみつかれ、すみつかれ、すみつかりとも呼ぶ。 (wikipedia 「しもつかれ」より抜粋)

削ぎ落としナイアガラ 青い鳥小鳥何見て跳ねる 縹渺と生々流転転々と
戻るなら戻らぬための落とし文(ヌケガラ)(ドロのカタマリ)(排泄物)(世間的私)(ゴーレム)
再び出会ってしまったら杯を交わして近況報告「じゃ、また」ってもう金輪際交わらないってのに
棄ててきたんだから私が私を私になった私はすでにもう泥団子なんだから壊しto the next stage
ってか
重荷を下ろして赤んぼにむかって走れなんて黄飛鴻シリーズじゃないから殻空っぽだから泥の中



Q:泥団子のなかにあるものナァーンだ? A:泥
〈私といふ現象は〉二十二箇月の(あたくしという泥団子は よる年波の)
過去とかんずる方角から(置き去りにした抜殻の方角から)
紙と鑛質インクをつらね(紙とお気に入りのインクをつらね)   
(すべてわたくしと明滅し((すべて泥のネチョネチョし
 みんなが同時に感ずるもの)みんなが私だと信ずるもの))
ここまでたもちつゞけられた(かつてたもちつゞけられた)
かげとひかりのひとくさりづつ(かげとひかりのひとかたまりづつ)
そのとほりの心象スケッチです(そのとほりのぬかるみの記録です)
宮澤賢治 春と修羅・序より ※後段のカッコ内を除く

長くなったがみな泥だ
泥なんざ長くいじってちゃいけないよ あんまり長くすると しまいにゃお前
泥棒になるよ
おあしがよろめくようで(退場=旅立)

                                        (真景)

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トラベラーズノートミーティング 2017 〜開催しました◎報告編

Posted on 18 11月 2017 by

10月9日(月)、トラベラーズノートミーティング2017 開催しまして。
こちらでも募集しましたコレのご報告です。

◎当日まで
前回と同じく、ツイプラを立てて、ここで告知させて頂きました。
ツイッターなどで宣伝、拡散して頂き、ほんとうにおひとりおひとりにお礼申し上げます。
ありがとうございました。

◎当日
当日、お昼頃から、レンタルスペースで集まりました。
今回も10名参加いただきました(そのうち、おふたりが初オフ会参加だそうで。ありがとうございます)
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モレスキンカイエに文字入れ

Posted on 14 11月 2017 by

 

旅にはノートだよね。
旅先で友達2人に会うことになり、打ち合わせ段階で、モレスキンのカイエジャーナルを1人1冊ずつ持つことになった。

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