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薬膳セミナー◎テーマは春のデトックス〜2月26日開催します。

Posted on 14 1月 2017 by

えば、この季節、出かける前は。
寒いなあ、と、コート来てストールぐるぐる巻いて、手袋をしてマスクをして、戸締まりをして自転車に乗る。
そんで向かい風に顔を上げて自転車をこいでいると、ああ、冬だなあ、いいなあと、毎年思います。
ハッシュタグは #好冬 で。

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以上、前振りとして。
2月26日(日)薬膳セミナーを開催します。
(セミナーの講師はわたしじゃなくて、ちささん @amane008 漢方カウンセラー&薬膳アドバイザーのかたです)。
13時開催で、約1時間半、場所は大阪市内のレンタルスペースを予定しています。
(会費はだいたい500〜700円くらい? 参加人数により変わります)

薬膳セミナー

和ハーブですね。

テーマは『春のデトックス』だそうです。
暖かかったり寒かったりする気候の季節、春。
この季節をいかに快適に過ごすか、をお話して頂きます。

薬膳セミナー

春は五行では『肝』にあたり、この肝の気が上へ上へと上がる季節だそうです。
それが過剰になると情緒不安定になったり、頭痛などの原因にもなり、その辺りの
◎春がデトックスに向いている理由
◎「気」が上がって頭痛やめまい、情緒不安定が起こる原因
この対処法、そして、冬の間に溜め込んだ不要なものを排出するおすすめの春野菜の薬膳レシピ、代謝のよい身体の作り方など、そういうお話を伺います。
あと、26日は新月で、新月のおすすめの食材のお話などもあるようです。
(新月向けの食材てあるんだー、へー)

(まず間違いなく)わたしがここで書いていること以上のすばらしい講義をして頂けるので、皆様、安心してご参加下さい。

ツイプラはこちら>>春の薬膳セミナー
(ツイプラのアカウントは @se_labyrinth となっていますが、わたしの企画用アカウントです)
お問い合わせは、この記事のコメント、またはわたしのツイッターまでドウゾお気軽にー。

薬膳セミナー

これは八角でしょうか。おいしそー。

薬膳セミナー

□おまけ

薬膳セミナーめも

ヴォヤジュールとミニトラベラーズダイアリー

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Notebookers Map プロジェクト

Posted on 23 12月 2015 by

こんにちはkonamaです。

今日はちょっと大がかりなプロジェクト(その割に思いつきですが)のお知らせです。

Notebookers Map プロジェクト、始動いたしました。

NotebookersMap

Notebookers MapはNotebookersの愛する文具店、雑貨屋、書店、カフェ、バルなどをマップ上にまとめる試みです。日常・旅先でふと時間が出来たとき、あ、近くにこんなお店があるから足を延ばしてみようかなと、毎日にちょっとした特別を付け加えるための宝さがし地図をつくろうという企画。

みんなで作っていく地図ですし、完成しない地図でもあります。ちょっとしたエピソードを添えて登録されたNotebookersの愛するお店や場所をのぞいてみませんか?

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女子って本当にいい匂いがするよね!!

Posted on 23 11月 2015 by

*この文章は@blanqのお題Tw
“Notebookersの「野郎」たちへ、10代の女の子向けの記事を書いてみよう。
キャッチーでポップな感じで。”

が元になり整理された文章になるはずでした。

三十代も半ばに足を突っ込み(突っ込んだ足は当然臭い)、十代の若人に伝えられるような、何か深みのある人生を送ってきたかというと、別にそのようなことは全然ない。酒を飲み、助平なことを考え、文字通り毎日会社に通っている。仮に何か気の迷いで十代に伝えたい事が出来ても、多分私の書き記す言葉は「オッサン臭いヒゲメガネが時代遅れなことを言っている」程度に映るんだろうと思う。まぁそれでもいい。今回はノートも文具もあまり関係なく、十代に媚も売らずに、今回は二月中旬にアイルランドに行ってきた旅行メモを少し整理しようと思う。

一月下旬のある日、欧州の同業務に従事している同僚から社内メッセンジャでこう話しかけられた。

「お前なんか面白いから遊びに来いよ。家に泊めてやるよ!」

年末年始の忙しい業務も終り、少しまとまった休みが取れるような予感があり(後にこの予感が全く期待はずれだったと痛感することになるのだけれども)、おまけにランチビアの後だったので「少し考えさせてくれ」と答え、少し考え、帰りの半蔵門線車内でiPhoneから航空券を購入した。大人になって良かったなと思うことは、こうした無理が出来るようになったことだ。後日、上司に一週間ほど休みますと申請を出し、国際免許証を運転免許センターで発行してもらい、同僚に持っていく日本食の土産を買った。

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左: 国際運転免許証ではなく、正確には国外運転免許証らしい。だったら何故表紙も国外運転免許証にしないのか、今ひとつ腑に落ちない。
右: パスポート以外普段の出勤の装備とあまり変わらない。

準備が整う。

DAY1 (2015-03-13)
移動日: Narita(JP) – Amsterdam(NL) – Cork(IE)

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左: 国内で747に乗ることは無くなったけれど、海外では未だ健在だ。この機体が長距離燃料を積み、重々しく空を上がっていく姿が好きだ。
右: エールフランスとの提携のせいか、エコノミーでもワインが美味しかった。

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khabarovsk上空。左: 画面上部が南、氷結したAmurが見える。
右: 文字盤がキラキラと反射する感じが綺麗だった。

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左: Amsterdamで四時間ほどの乗り換え待ち。その間VPNで仕事をする。
右: Cork(Ireland)入国。

同僚とも合流し一日目を終了。他に記すことはない。

DAY2 (2015-03-14)
午前中はレンタカーを借りに行く。レンタカーは総額10,000円程。その後、市内を少し散策し昼食に郷土料理を食べる。部屋に戻り、仕事の続きをして眠る。

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左: Cork市内にあるCork English Market(観光市場)
右: Marketの二階にある食堂で地ビールを飲む。

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左: 羊の内臓を煮込んだもの。
右: 羊肉のスープ。

どちらも北海道育ちの私にとっては違和感のない美味しいものだった。大抵の旅行者は癖があり残してしまうらしいので「羊だけど大丈夫?」と聞かれた。大丈夫。緯度が近いと食べるものも似るのかもしれない。食堂っぽいところはこの旅でここだけ。後はスーパーマーケットで食材を買って食べた。

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左: 現地Prepaid SIMを購入。4G(LTE) Unlimitedで2,500円ちょっと。
右: 冬のIrelandにしては珍しく朝は晴れていた。

DAY3 (2015-03-15) Killarney (Ireland) Day Trip
終日ドライブ。

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左: HartzでCセグメントの車借りたらピッカピカの6MT Renault Méganeが来る。気持ちが高揚する。久しぶりのMTで最初何度もエンストする。ロータリーでもエンストしてクラクションを鳴らされる。凹む。欧州車らしく少し引っ張って繋げると調子が良いことに気付く。
右: 紙の地図が好きで、レンタカーにナビは付けなかった。

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左: 国立公園内(Ladies View Industries)の駐車場。
右: N71号線 Kerry周辺の風景。Google Streetviewでも楽しむことが出来る。

凡そ250km程度の道程。昼前に出発して夕方日の暮れる前に帰ってこられる距離だった。運転で疲れていたので早めに眠る。
Killarney (Ireland) Day Trip

DAY4 (2015-03-16)
01:30時に起床し、06:00時くらいまで仕事をする(日本時間の月曜10:30から15:00)。午前中は仕事場に顔を出し少して挨拶と仕事をする。社食で地元料理のBlack Puddingを食べる。社内は残念ながら撮影が一切許されていないのでここには記せない。ホテルに戻り夕方まで眠り、知り合った同じチームのメンバとPubに行く。

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左: 宿泊先を同僚宅からホテルに変える。部屋からの風景。
右: 近くのバスターミナル。都市間高速バスの電光掲示板。

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左: Franciscan Well Breweryという地元のBrewery。Pubも併設していて同僚とそこで飲む。
右: 幸運にも旅行がIreland最大の祭りSt Patricks Dayと重なった。外の電光掲示板には”St Patrick’s Day Parade – Starts on Pamela Bridge at 1pm on Tuesday”と記されている。

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左: 路地裏。街灯が整備され身の危険を感じることはなかった。
右: 先日DoodleにもなっていたGeorge Booleが暮らしていた家を見つける。メンテナンスがされておらず廃墟に近い形で放置されていたのが残念。

DAY5 (2015-03-17) St Patrick’s Day
03:30時頃に起床し、04:00時から07:00時まで仕事をする。午前中はレンタカーを返却しに空港まで行き、帰りに近くのスーパーで少し食べ物を買う。午後は市内のお祭りのパレードを少しだけ眺め、昨日行ったPubにもう一度足を運び、IPAと薪釜のピザを頬張る。

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左: 道路をゲートで仕切りパレードが行われていた。
右: パレードの特に大きな山車。こうした山車がいくつも連なる。

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左: 昨日のPubにもう一度足を運ぶ。IPA(ビールの種類)、英国パイントで提供される。
右: 野外に石窯があり焼きたてのピザを提供してくれる。

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左: 帰り道、Graffitiを見つける。
右: スーパーにも寄る。バターが一個200円以下、安い。凍らせて日本に持ち帰った。

DAY6-7 (2015-03-18 to 19)
移動日: Cork(IE) – Amsterdam(NL) – Narita(JP)

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左: 霧深い朝。前日車を返すか迷っていたので正解だった。自分で運転していたら空港まで辿りつけなかった可能性がある。空港までの途中、ボンネットの先数メートルが見えない濃霧もあった。
右: 空港に着き出国手続きを終えると、朝5:30にも関わらずBarが開いていた。

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左: 日本ではあまり見ない距離で旅客機が並んで飛行している。
右: Amsterdamの売店にあったSushi。NigiriだけにGrab and Fly。コンビニ寿司を二晩冷凍庫で寝かせて解凍したみたいな見事な味だった。

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左: Amsterdamの無料ラウンジ。旅行中の仕事に疲れてもう諦めた図。どこでも仕事が出来るというのは、どこにいても仕事を与えられるというジレンマ。囚人の鎖自慢をしても仕方ないのだけれども。
右: 成田着。結局Wi-Fiのない飛行機の中がこの旅で一番長時間まとまって睡眠がとれた。Amsterdamで座席に身体を埋め目を瞑ると、もう極東上空だった。

今回の主な出費
klm.com Narita-Amsterdam-Cork 100,000円 (往復航空券、空港使用税、燃料サーチャージ含)
hotels.com Jurys Inn Cork 30,000円 (3泊、食事無)
hertz.com Car Rental 10,000円 (燃料は別に5,000円程度)

ショッピングも、観光バスに乗るのも、美味しい高級レストランで食事をするのも楽しいけれども、地元を車で走り、有名でもないよくわからないものを見たり、適当なPubで昼から飲んでその日は寝てしまったり、空港でわかりきっているのに寿司パックを買ったりする方が、私にとっては心地よいなと感じる。ちょうど今回のような少し慌しい旅のように。この感覚は何か思いついたことをノートに書き記していく感じに近い。

残念ながら圧倒的に私のノートは汚いし、文章を整理するときはiPhoneのメモ帳を使うのであまり手書きをすることがない。だからお題にかこつけて旅行した際のメモを貼ってみた。誰かの何でもない旅のメモを私もここで読んでみたい。そこに文具が絡まなくなって別にいい。(多分@blanqもそんなことは気にしない。)

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悲しみという進化

Posted on 14 11月 2015 by

象は群れの仲間が死んだら葬式をするという。

死んだ個体の亡骸に対し、周りに集まり鼻を上げて匂いを嗅ぐような動作や、労わるように鼻でなでる等の行動をとった記録があるらしい。それが葬式と言えるのかどうかは分からないが、象は仲間の死を悲しむという感情を持っていると思いたい。

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象は人間には聞こえない低周波音で会話をしている。自分たちの群れの存在を脅かす天敵の存在を仲間に知らせるといったコミュニケーションをとっている。こうしたコミュニケーションの前提として群れの安全の確保が目的で生き延びるための手段と言ってしまえば味も素っ気もない。しかし、象たちが仲間をこれ以上失いたくないと思って仲間を守るための行動と想像してみたら象のコミュニティの絆を感じられるかもしれない。象は仲間の死を悲しむ動物であると。

ではなぜ、ほかの動物にはなく象にこのような感情があるのだろうか。例えば、鰯の群れが鰯より大きい魚に食べられたら生き残った鰯は悲しむだろうか。鰯が何故群れるのかというと、ばらばらで生きているより群れになって行動する方が固体の生存率が高いという説がある。どういうことかといえば、群れを襲う魚は群れの外側の固体の一部を食べつくしたらお腹いっぱいになって内側の固体まで被害が及ばないということである。内側の固体は外側の固体の犠牲の上に生き延びている。鰯は犠牲になった固体に対し、悲しみや感謝の念を抱くのだろうか。

さて、我々人間は悲しいときに涙を流す唯一の動物である。人類の祖先は泣いたのであろうか。サルが涙を流したという話は聞いたことがない。生物の進化の分岐点で涙を流す特性を獲得した固体が人間に進化したのだろうか。では、なぜ進化の過程で涙を流すという特性を身に付けたのだろうか。

仮定として、人間の祖先は現在では想像もつかない厳しい生存環境にさらされていたのではないだろうか。ヒトの赤ちゃんはほかの動物と違って自立するのに時間がかかる。その分幼くして亡くなってしまうことも多かっただろう。また、大きくなってからも身内や仲間が亡くなったりすることがほかの動物よりも多かったのであろう。悲しみを多く体験することで、何らかのきっかけで悲しみの感情の揺れが大きく振り切ったときにふと涙が流れたのではないだろうか。それは悲しみで自我が崩壊しないためのシステムではないかと思う。誰もが泣いた後に泣き疲れてその後に来るカタルシスを覚えたことがあるのではないか。そうして悲しみを乗り越えて生きていく、ある種の活力を得て生存競争を勝ち抜いてきたのではないか。そして、「悲しいときに泣く」から「感動したときに泣く」という進化を辿ったのではないか。

かなしいなかしぃでした。

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移動式生活「MOBILIS IN MOBILI」のススメ

Posted on 11 11月 2015 by

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あなたの目の前に、突然、海底二万里のノーチラス号とネモ船長が現れ、この船での生活は衣食住すべてがそろって何不自由なく、美術や博物などの知識もたっぷりと保有し、快適な生活が送れる旨ひと通り船の説明を受け、「この船で世界を永久に航海できる。そしてまだ未解明の海の秘密を解き明かす冒険ができる。しかし二度と降りることができない」と言われたときに、そこにあなたは飛び乗りますか?

現代における移動式生活(MOBILIS IN MOBILI)というスタイルについて考えてみたい。
思想としては、現代におけるジプシーのスタイルとはどのようなものになるかというところ。常日頃、自分の理想の生活や環境やユートピアについてヒマさえあれば考えているので、割とこういう空想は好きだ。自分の理想の生活は、都市と自然を行き来するという生活がテーマになると思う。 都市における仕事や義務的なものから僕らは解放されたときに、都市にいる必要性を感じない人々は、徐々に移動を開始する。日本という国がもしも国境のない大陸続きのスンダランドだったとしたなら、寒い時期には南に下り、暑い時期には北国へ移動し、住みやすい環境をその場その場で作り、都市で起きていることを意に介さず物ともせず気にもとめず飄々と暮らしていく新しい人々が現れ始めると思っている。現代においてそれは車での移動であるかもしれない。もしくは大規模な馬での移動になるかもしれない。町でも村でもない新しい集団の単位が発生していくと思う。

例えばモンゴルでのお話。ゲル1帳は、おおむね夫婦を中心とする1小家族が住み、遊牧民たちは一般に2~3帳のゲルからなる拡大家族集団を「アイル」(「仲間」や「村」の意味もある)と呼び、アイルでまとまって遊牧を行うらしい。同じ地域で遊牧を行う複数のアイルの集合体がいわゆる部族(アイマク)と呼ばれる。部族の極小の単位がゲルに相当するわけである。テント1帳が自分が属する社会の極小の単位であるなんて非常にシンプルでグッとくる。19世紀以前のモンゴルでは、アイマクに王侯貴族がいて、隷属民まで含めゲルが何十何百も集まった大型の集落が存在していた。つまり移動する都市である。まるでヴェルヌの移動する砂漠の都市みたいだ。これを中世モンゴル語ではクリエン、近世モンゴル語ではフレーといった。

小さなころに読んだ本や映画が良い具合に影響を与え想像力を刺激してくれている。文学で言うと、ハックルベリー・フィンの冒険、宇宙船とカヌー、宝島、蝿の王、なかでも「海底二万里」は特別な本。それぞれの本が描き出すそれぞれの特殊な生活環境は僕の憧れとなって、具体的に僕の理想の生活としてしっかりと根付いている。ヴェルヌの描き出すノーチラス号での生活は「MOBILIS IN MOBILI」のことばに相応しくまさしく移動する生活の代表格である。その都市から隔絶されたノーチラス号の世界観は移動式生活に対するヒントがいくつも隠れている。物語の中では潜水艦の中での生活・美術・経済・学問・衣食住について徹底的に考えられていて刺激になる。関係ないけど、物語を僕らが創造するとき、少なくとも2種類のアプローチの方法があると思える。一つ目は、何かが過剰な部分と何かが欠落した部分のギャップのある「特殊な人間の創造」。二つ目は一般的ではない「特殊な生活環境」の創造。そのことについて徹底的に考えられたとき、そこに物語が発生すると感じる。良い意味合いで海底二万里はその二つを実現できていると思われる。

ツリーハウスはハックルベリー・フィンの冒険でもお馴染み。ケネス・ブラウワーの「宇宙船とカヌー」では、40m級の杉の大木の上に建てられたツリーハウスが登場する。よく冷えた針葉樹の森。杉の枝が螺旋階段となっていて、樹上の小屋の中ではベッドと本棚と暖房替わりの小さな古びた鉄のストーブ。ストーブの上のシュンシュンと音を立てたコーヒー。木の麓には手作りのカヌー。トイレは板の上で済まして、フリスビーのごとく力いっぱいに遠くまで飛ばすシーンが印象的。彼方へうんこがキラキラと輝きながら飛び去っていくのである。

アルチュール・ランボーの人生において、不思議な経緯がいくつもあるけれど中でも好きなのは、フランスの詩人だった彼がある日突然のように砂漠に渡り商人になってしまうという話である。おかげさまで彼が旅する姿を想像すると、何か文学的な姿の砂漠のキャンプを思い浮かべる。それは、砂漠の旅人であっても瀟洒な彼のこと、なんとなく洒落た雰囲気のある暮らしだったのではないだろうか。現代においても「Gramping」といってグラマラス(Glamorous)なキャンプ(CAMP)のスタイルというものがある。まるで砂漠の王族が過ごすかのようにコットンのテントに家具を設置して滞在するスタイルである。モンゴルでいうところのゲルやパオ(包)のような住居に近いと思う。現在、実際に購入することができるものでいうとCanvasCamp社のシブレーなどが理想に近い。

このタイプのテントのよいところは、居住空間が広く取ることができ、夫婦1組+子供1人くらいまでは理想的な広さを確保できるところにある。家具を設置して中央部分にテーブルを設置し、内側側面にストーブをインストールし快適な環境を作ることができる。最近でもテント・ビレッジなどでラグジュアリーな環境作りでもこのコットンで作られたテントが一役買っていて、アウトドアであっても快適な環境を提供し、ホテル並みのサービスを提供しているところもある。

このテントの姿を見てからというもの、読んでいる本の中で、移動式の生活をしている人々を思い描く時、つい思い浮かべてしまう。中でもガルシア・マルケスの「エレンディラ」で、祖母のために街はずれで身を売るエレンディラのテント(外には順番を待つ兵士の行列、その行列に物を売る商人の数々)、そして「百年の孤独」で登場する宝箱のチェストに氷を沈め、磁石を引きずり、絨毯に乗って空を飛ぶ、何やらガチャガチャと騒がしいジプシーたちのテントである。 最近この住居の姿にものすごく興味がある。このテントを使い、一つの移動式コミュニティを作り上げていくことが僕の当面の夢となっている。このテント1張で移動し、その生き方や生活に興味を持った人々を迎え入れ、徐々にその単位を増やしていき、移動式の村を作り上げいくこと。そしてあらゆる町や村に所属せずに、境界線に住むこと。僕はこういうことを考えるだけで興奮する。

とりあえず、想像しよう。
コットン張りのテントの両サイドに羽毛入りのふかふかのベッドを配置し、真ん中のポールには木製の小さなテーブルを置く。テーブルの上にはコーヒーの道具、ポーレックスのコーヒーミルとコーヒーサーバも兼ねたビーカー数個。床にはペンドルトンの毛布や、色とりどりのラグマットを敷き詰め、足の裏にやさしい感触を与える。テントの外側には旗めくタルチョ(チベットの三角旗)。ストーブの上ではケトルに入ったお湯が沸騰し、部屋を暖めている。すぐそばには毛の長い大きな黒い犬。ぽこぽこと音を立てる水タバコのパイプ。そしてベッドの上に目を向けると、赤いペディキュアを塗る白い肌の裸体の女性。はい、ここで重要なのは、こういうアウトドア的な生活を思い浮かべる時なんだが、大半のケースでは妙に健康的な風景を思い浮かべてしまうのだが、いかがわしい感じのイメージをインストールすると、突然のように物語性が現れるのでお勧めする。

Cryptozoic(クリプトゾイック)ということばがあって、意味は文明の隅っこで密かに生きることを覚えてしまった野生動物のこと。または、港に停泊する古びたボートの中で寝泊まりする、樹上の小屋でコーヒーを入れながら暮らす、ハンモックで眠り、焚き火と共に過ごす人々のこと。そして、ヒンズー語なのかな?「アンテヴァシン」という言葉にも惹かれる。意味は「境界に住む者」。そのためにいろんな物事を捨ててしまった人々の意味もあるらしい。未開の森の奥深くで暮らす賢者でもなくて、賑やかな街に住むわけでもない。そんな人々に興味がある。常に境界線に住んでいて、世界をいくつか渡り歩きながら生きて行かなければならない人というのは、きっと荷物を小さく小さくしなければならないと思う。鞄にうまくぎゅうぎゅうと収めて、ふらっと行ってしまう、そんな感じ。いつか、皆さんも家を捨てて大陸を移動する時はどこかで合流しましょう。

さて、冒頭の「あなたの目の前に、突然、海底二万里のノーチラス号とネモ船長が現れ、この船で世界を永久に航海できる。そしてまだ未解明の海の秘密を解き明かす冒険ができる。しかし二度と降りることができないと言われたときに、そこにあなたは飛び乗りますか?」の質問ですが、僕はそこにエロいのがあれば迷うことなく飛び乗ります。ピース

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ありがたいというおはなし

Posted on 07 11月 2015 by

Happy birthday to me、Happy birthday to me、Happy birthday dear なかしぃさん、Happy birthday to me♪

Facebookって友達の誕生日がくると通知がいくはずなのに誰一人お祝いメッセージくれない嫌われ者のなかしぃさんです。なので自分で歌ってみました。演奏はモレカウのときにupしたのでそちらもどうぞ。

で、憎まれっ子世にはばかるといいますが、未だはばかってません。手相占いで両手ともに天下取りの手相って言われたのに・・・織田信長と同じ相やって言われたのに・・・ あっ、そうか!信長は天下取る前に謀反で殺されたんだっけ。もうおいらも誰か殺してくださいっ!

というわけで、今日は誕生にまつわるおはなしです。さっき殺してくださいって言ってたのに命の誕生にまつわるおはなしです。舌の根も乾かぬうちに正反対のことを平気で言えるなかしぃさんです。

中学のときに数学の授業で累乗を勉強するときに先生が言ってたのは、自分が生まれてくるには両親がいて、その両親が生まれてくるには2組の祖父母がいて、その祖父母が生まれてくるには8組の曽祖父母がいて、その曽祖父母が生まれてくるには16組の・・・(以下略)ということで、どんどんさかのぼると2の累乗の分だけカップルが成立してセックスして子供を生んで無事にそだてなければならず、そのうちの一組が欠けても今の自分は存在しなかったということです。現代みたいに医療が発達していない時代の方が歴史的には長かったですが、生活環境とか生育環境が厳しく、その間には戦乱もあったでしょう。そういったことを乗り越えて子孫をつないでいった結果が今の自分なのです。そう、今「ある」ことが「むずかしい(難い)」のです。そう、「ありがとう」なのです。なので、誕生日には産んでくれた両親や祖先に感謝することが大切なんです。ありがとう、両親!(この呼びかけ方もどうかと思いますが)

その当時の中二のボクは素直にそう思いました。あの頃はまだ純真な少年だったのですよ。でも、色々世間の波に揉まれて汚れつちまったなかしぃに今日も風さえ吹きすぎる、というわけでひねくれた大人に育ってしまいました。両親に感謝もしますし尊敬もしますが、唯一ダメ出しするとしたら子育てですね、なんでかって言ったらこんなぺらい子に育ってしまいました。

で、すれた大人の私が足りない頭で考えたことといえば、2の累乗で先祖を遡っていくと源平合戦の時代には現在の日本の人口を超えてしまうというこということが発覚したんです。計算上では1億2千万人超えますからね。でも、平安時代そんなに人口なかったですよね。矛盾してますよね。それこそ今自分があるのが不思議です。その人口差はどこいったんでしょうね。

答えは知ってますが、それは読者さまへの宿題とさせていただきます。分かった方はコメント欄に回答をおねがいします。

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写真はぺら部の象徴「運命の輪」です。

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Smell it used to be a creature

Posted on 15 9月 2015 by

新しい革の雑貨は革の匂いがする。 鞄、財布、ブックカバー、もちろんノートブックのカバーも。

この匂いがなじんできて消えたときにやっと使いこなしてると感じる。そう、この匂いは獣の臭いともなめしの薬品の臭いとも言い難い、革そのものの匂いである。それはかつて生き物だった残り香なのかもしれない。

太古の昔、人類は狩猟を通して食料を得ていた。狩った獲物は隅々まで利用され、骨や皮など食べられない部位も生活の役に立つように加工されてきた。皮はそのままにしておくと固くなったり腐敗してしまう。そこで人類は自らの唾液で皮をなめして革にしていった。古代には植物に含まれるタンニンでなめすようになり、複雑ななめしの工程を経て革製品となっていった。

かつて生きていたものが素材となり、そして製品となり暮らしを彩るようになって人々を魅了している。ではなぜ革製品に魅かれるのだろう。

革製品を使用するということは命のお裾分けをいただいているのだと最近感じるようになった。そのきっかけはトラベラーズノートのブルーエディションを買うかどうか迷ったときだった。一目惚れしたはいいけれど使いこなせるだろうか・・・一生モノとして長く愛せるだろうか。使っていくうちに味が出て傷も一緒に歩んできた歴史として受容できるだろうか。しばらく逡巡した後で、かつて生き物であったモノを粗末に扱ったりすぐに飽きて使わなくなるという事は死んでいった生き物に対する冒涜ではないのかと思うようになった。例えばそれは食べ物を残すことに通じるのかもしれない。

そして迷った末に思い切って購入し、使い続けるうちに革の匂いも消えていき、傷だらけになったらクリームでお手入れをしているうちに愛着が湧いてきた。そうして青TNは旅の相棒となっていった。生きていたら青空の下でもっと草を食む事ができただろうに、縁があって革となって自分のところにやってきてくれたので、これからも一生モノとして使い込んでいくことがかつて生き物であったことに対する供養になるのかもしれない。

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【ノートブックがない旅なんてVol.43】旅先のToday’s TRAVELER’S notebook/2015夏

Posted on 20 8月 2015 by

この夏から始めた「行ったことのない県に行ってみよう!」シリーズ。
第1弾として選んだのは、富山でした。

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山・海・街がコンパクトにまとまっていて
毎日まいにち、新鮮な景色が視界に広がったものです。

違う季節の景色も見たい。
違う時間の景色も見たい。
また行きたい場所が増えるのは、知らないところを訪ねる旅の醍醐味ですね。

ノートに記録する手段は、書くことだけではない。
「旅先のToday’s TRAVELER’S notebook」として写真におさめる方法だって
私にとっては、旅の記録になるのです。

みなさまにも、少しばかり富山の空気をおすそわけ。

スターバックスコーヒー 富山環水公園店

スターバックスコーヒー 富山環水公園店



称名滝

称名滝



室堂展望台

室堂展望台



雨晴駅

雨晴駅



内川と街並

内川と街並



富山城

富山城



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【ノートブックがない旅なんて】は毎月20日に更新。
今回の旅、ベストスポットを3つあげるなら……
1)室堂エリア:山歩きの面白さに目覚めました!
2)JR氷見線 越中国分〜雨晴間:海×線路×青空=爽快な風景
3)カフェ uchikawa 六角堂:店員さんとの会話に和みました♪
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お題に答えてみた。その1

Posted on 03 2月 2015 by

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お題:あなたの好きなものについて語ってください。

 

好きなものね…今一番は、訛り。

イントネーション。

ここ10年、一人暮らしをして地元ほどの訛りのない
県庁所在地に籍を置いていまして、
会社の付き合いや得意先にも訛りがでないよね、
なんて言われたものでしたよ。えぇ。
昨年、関東へ行った際にも
「全然、わからない!こっちの人みたい!」
…などと言って頂いたくらいですし、
そこで訛りで話せと言われても、まぁーこれがまた出てこない。
環境と雰囲気とは恐ろしいものですよ。

そんなわたくし、訳があって地元に戻って
落ち着いている訳なのですが、
出るわ出るわ、両親が引くほどの方言と訛りが同窓会のように、
私の口からでてくるのね。

時にね、家族や親戚の集まりに行くとこれが一番良い。
叔父様、叔母様とのコミュニケーションには事欠きません。
相手を油断させることができますね。
斜に構えてないというか。

双子座は、コミュニケーションと言われるのが
わかる気がします。あ、私は双子座なんですがね。

ノートもたまに方言で書いたら面白いかもね。
ばぁちゃん、何書いてるのかわからないんだけどー!って
言われるくらいコテコテの方言を。
まぁ、あまり見られたくないんだけど…
自分しか見れない、自分だけのノートに、
その土地で暮らした生身の等身大の自分を。

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【ノートブックがない旅なんてVol.33】旅先のToday’s TRAVELER’S notebook/2014秋

Posted on 28 10月 2014 by

毎月20日にアップするこのコラム、今月はすっかり遅くなってしまいました。。。

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先週、ちょっくら旅してました。
高松・直島・豊島。

様々な風景やアート作品などから感じることは確かにあるのですが、
それをコトバとして外部化するのは、なんか違う感覚。
コトバにしてしまうと、私の語彙力ではとても陳腐になってしまって
そういうコトを言いたいんじゃなくて…と、自分ごとなのにうまくカタチにできません。

なので、しばらくはその感覚を感覚のまま包み込んで
ココロのどこかにそっと置いておきます。
ノートには書けない感覚は、無理に書かないことにしました。

ノートに記録する手段は、書くことだけではない。
「旅先のToday’s TRAVELER’S notebook」として写真におさめる方法だって
私にとっては、旅の記録になるのです。

みなさまにも、少しばかり瀬戸内の空気をおすそわけ。

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【ノートブックがない旅なんて】は毎月20日に更新。
今回の旅、ベストスポットを3つあげるなら…
1)李禹煥美術館:「沈黙の間」での静寂は贅沢なひととき。
2)豊島美術館:差し込む光が気持ちよかった。キラキラ。
3)木のカップル:ココ、実は日の出絶景スポットでした。
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野外のこと数点。

Posted on 27 8月 2014 by

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ヘイ、こんばんはタカヤです。
最近はみなさん焚き火しているかな?地平線は見たかい?

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山から平野に抜けてさまよっていると、ヒッピーの村によくたどり着く。そこではいろんな人々が暮らしているのだけど、不思議なことに大半地図には載っていない。メルヴィルの白鯨にもあったように、「そこはどんな地図にも載っていない。ほんとうの場所はけっして載らないものなのだ」。海外からの移住者も多く、山の急斜面であっても畑を耕して、自給自足で自分の国の野菜を育てて暮らしている。日本ではあまり見たことのない野菜や自家製の燻製を分けてもらったり、BBQとビールをごちそうになったり、地面を掘って湧き出た井戸水を分けてもらってお米を炊いたり、干し草をつめこんだ温室で眠らせてもらったりしながら、再び野に出てさまよっている。
先日深夜に湖に潜る機会があって、シュノーケルをして水深2~3メートルくらいのところに潜ってライトで底を照らしてみると、びっしりと目を光らせたエビがいた。

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最近狩猟について学んでいる。ヘッドフォンで海外のハウスとかエレクトロニカを聴きながら、獣の痕跡を探して口笛ぴーぷー吹いて歩いている。山野をさまよっていると気が付くのだけど、自分はアウトドアとして楽しんでいるというよりは、文学的に世界をとらえている節があって、都会にいるよりも野外にいるほうが、世界がなんとなくリアルだ。不思議な人々に出会い、おもしろい出来事にぶつかる。蚊に刺されながら腰からぶらさげたモレスキンに考え事を書き留めていく。情報カードはデータベース的に使うのがよろしいと最近気が付いた。さまよいながら学んだことなど、トラップに関する知識や、狩猟鳥獣の知識などフィールドで役立つようにトラベラーズノートブックのジップフォルダーに収めて入れていく。

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荷物を軽減するためにテントは持ち歩かず、Amazonで1000円で買ったハンモックと寝袋だけで十分眠れることを知った。山の斜面であっても樹木が二本立っているだけで、地面を気にせず眠ることができて、しかも快適だ。森中から枯れ枝を集めてきて焚き火しながら近くにハンモックをぶらさげて眠るとぐっすりと眠れる。そのまま眠るとお尻がスースーするので、ハンモックの上で寝袋に入って、上から毛布をかけて眠る。朝方はひどく寒いから。

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深夜しーんとした山の中で読書するのだけど、最初はものすごく怖かった気がする。遠くから枝をふむパキという音が聞こえただけでビクっとしたんだけど、 今では特に気にもならず、むしろ誰か炎にでもあたりにくるといいのにと思ってる。たとえば、深夜に炎を起こして本を読んでいるときに、森の奥から誰かがとつぜんあらわれて、無言で炎の近くに座ったとしても、いつでも「サンドイッチ食べるかい?」とか「コーヒーでも飲むかい?」と声をかけることができる。過 去に、「タカヤさんは森の奥の家の暖炉の前で炎に当たりながら、ぐるっと丸まって眠る黒い犬だと思う」といわれたことがあるのだけど、ものすごく気に入っ ている。そういうイメージに自分の姿を少しでも近づけていくことが、自分の世界での目的なのかもしれない。おかげで地平線上に燃えるシリウスを探すことが多い。

森をたっぷりと歩いて、持てるだけの枯れ枝を拾い、あなたのために焚き火を燃やしたなら、僕のできる限りの歓迎です。

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【ノートブックがない旅なんて Vol.30】奄美いいとこ一度はおいで

Posted on 20 7月 2014 by

7/1からバニラエアで成田〜奄美便就航!
やほーいやっほい!
近くの海外行くより往復運賃が高くて泣けるよね問題から、
ようやく、解放されるわっっっ!
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奄美いいとこ、一度はおいで。
夏の旅行先、奄美はいかが?

小中学生の頃は、夏休みになれば奄美の親戚の家に帰っていたわたくしが
お届けする、奄美大島かんたん観光ガイド。

1.なんと言っても、海!!
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晴れた日の海は、いつ眺めても爽快☆
もちろん泳いでも、潜っても、マリンスポーツを楽しんでもよし!

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とある海岸にある、ハンモック付きガジュマルの木に登って眺める海は格別。
木に登る勇気がある大人たちは、お子様の邪魔にならない程度にぜひご体感あれ。

2.郷土料理“鶏飯”は食べ逃しなく。
鶏飯・・・これ、“けいはん”って読みます。

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ご飯の上に、こちらの具材をどんと盛って…

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あっさり味の鶏ガラスープを上からかけて、できあがり。

これがんもぉぉ、食がすすむことすすむこと!
最後はスープだけ頂いて〆、ってのもいいですね♪
私も奄美に帰ったら必ず食べて帰ります。コレ食べないと奄美行った気がしない!

空港から奄美市の中心街に行く途中にあるお店「ひさ倉」が有名。
旅のよりみちに、是非。

3.くもり空の日は、金作原(きんさくばる)原生林
晴れてたら空と海の青が爽快で気持ちいいけれど、
晴ればかりとは限らないのがこの地球の気候というもの。

くもり空の日には、くもり空なりの楽しみを。
金作原原生林散策は、くもり空の日にこそ行っておきたいトコロだと思う。
雨上がりだと、なおよろし。

余計な説明はおいといて、こんな風景。

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あ、奄美観光にはレンタカー必須!
それでは皆様、すてきな奄美旅をお楽しみください〜♪

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【ノートブックがない旅なんて】は毎月20日に更新。
奄美大島、マングローブもおすすめです。私は大雨の日に体験して大変でしたが…
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【ノートブックがない旅なんて Vol.29】呼ばれる被写体

Posted on 20 6月 2014 by

旅した写真を眺めて、ひとつ気づいた。
「“呼ばれる被写体”がある」ということ。
カメラ向けずにはいられない、3つの被写体を挙げてみる。

 

【 花 】
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凛と咲いている一輪の花も、道のすみっこに群がる花も撮る。
花の写真は、寄り道ついでに撮ることが多い。
歩いては立ち止まり、立ち止まって撮っては歩き、また立ち止まり…
こんな有様だから、大抵の旅は予定通りに進まない。
そうよすべては花のせい。私ではなく、花のせい。

 

【 雲 】
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一瞬に現れるおもしろい雲のカタチに気づけるかどうか。
運気が向いているかを測る指標のひとつとして、わたしは持っている。
せかせかと急ぐあまり、次の信号しか見えていないようではもったいない。

 

【 猫 】

だってこっちを見てくるんだもの。
「アンタ撮りなさいよ」ってメッセージだと捉えていいですよね?
ちなみに、マイベストネコスポットは大阪・中崎町。
ぜんぜん媚びないのが、いかにも猫らしく潔い。街に馴染んでいた。
写真を撮りすぎて、トラベラーズノートに猫ページを作ったくらいだ。

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【ノートブックがない旅なんて】は毎月20日に更新。
7/1からバニラエアで成田〜奄美便就航!なので来月は奄美大島をテーマに。
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旅先のToday’s TRAVELER’S notebook

Posted on 31 5月 2014 by

前回の記事を書いてから、ほんとにふわふわ旅していました。
南のほうまで、のんびりと。

日頃使えない五感の領域があることを痛感し、
痛感したからにはその領域を使ってみようと動く日々。

くもり予報は所詮予報にすぎなくて、
からりと気持ちよい晴天に恵まれ日もあれば、
おいおいそれはないだろうなスコールに見舞われた日もあり。
そこがどんな天気であろうと、
私には「南の空気定期充電」が必要なのでした。

それではここで、「旅先のToday’s TRAVELER’S notebook」
旅の風景とトラベラーズノートの写真を何枚か。
みなさまにも、少しばかり南の空気をおすそわけ。

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わらび

Posted on 25 5月 2014 by

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おはこんばちわ。

モレスキンを持って、山に行きました。

思いのほか人が多かったです。みなさん山菜を採っていました。

わらびです。モレスキンの後ろに、まっすぐ伸びてるヤツです。

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山の奥へ進むと、自然の音が大きくなって、耳の奥が重くなって、頭の中が軽くスーっとする感覚になります。

しばらくはそれが気持ちいいんだけれど、段々不安になってくる。来た道を引き返したくなってくる。

でも、モレスキンと一緒だと、友人と一緒に歩いているような、

頭の中で会話しながら歩いているような、そんな気がして、どんどん歩いて行けました。

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途中、こんな美人さんに出会ったり。

 

孤独と向き合うことはなんだか怖いことのような印象があるけど、

モレスキンと一緒にいると、

ひとり、だけども、独り、じゃないというか。

今まで、ノートはおうちの机の上で。というカタに嵌っていましたが、

これからは、一緒にたくさん出かけたいと思います。

 

なんだか、持っていて勇気をもらったり、相手してもらったり、写真を撮ったりしていたら、

帰ってきてびっくり。

そういえば、なにも書いてこなかったwww

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Notebookers HandBook #1 「失うこと、得ること」

Posted on 05 7月 2013 by

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学生の頃、夏休みの度にバックパックを背負って旅をしていた。旅の中でのささやかな楽しみというと、一日が終わり疲れ果ててテントの中で眠る時に、キャンドルランタンに火を灯して眠くなるまで本を読むことである。

当時は自然や旅に関わる文学を読むのが好きで、ヘンリー・D・ソロー「ウォールデン 森の生活」やケネス・ブラウワー「宇宙船とカヌー」やM・トゥエイン「ハックルベリー・フィンの冒険」や星野道夫や椎名誠や野田知佑を読んでかなり衝撃を受けていた。おかげで、カヌーで旅をすることや、針葉樹の森の奥深くの樹上に小屋を建ててストーブに薪を放り込んで、訪れた友達にコーヒーや暖かな飲み物をふるまうことなどを夢想しながら何度も眠っていたと思う。好きな雑誌は「BE-PAL」…わかりやすいなぁ。

誰かと二人きりでいるときは、やはりそういった森の奥深くで火を灯すことや、雪降る夜の森の奥に灯る焚き火の暖かさについて経験したことも無いのに熱心に語っていた。これらは当時、あらゆるものを捧げても良いと思う程に大切な何かだったと思う。

炎というものは、それが例え小さくとも、一度からだの奥深くに何らかの形で灯ることがあるなら、それは何十年経っても消えることは無いのだと思う。あれから数十年経っても、「炎」というと、どこか自分が観たことも経験のしたこともない見知らぬ土地で燃える炎について連想するのは、これらの知識がきっかけとなっている。

小さな枝に小さな火を焚き付けるように何かに導かれ、ごうごうと燃える炎のように誰かと出会い、うっすらと漂う煙のように消えていく。そしてどこか見知らぬ土地でまた同じ炎を起こす。これらは「旅」のイメージだけではなくて、同時にこれらの炎は、自分が今衝動的に何かを行うときの最初のイメージや、最終的な結論をイメージするときのシンボルになっていると思う。

当時、愛用していたランタンは、タラスブルバの真鍮製のキャンドルランタンである。自分が中学生の頃、父親がお金を出してくれて買ったもの。コンパクトにたためるんだけど、ずっしりとして、何より銀色の鴨が羽ばたくラベルがヘビーデューティな雰囲気があって好きだった。ぶら下げるための小さな鎖がついていて、テントのひさしのところのポールにひっかけて、本を読んだ。

20歳頃に、何となく、もう旅をすることは無いなと思った時期があった。当時、好きだった女の子に今まで大切にしていたこのキャンドルランタンをポンとあげた。あげた後で気付いたのだけど、結局旅をやめることは無くて、10代の頃の何か大切にしていた時間をそのままパッキングして、消えてしまった感じがした。いつかまたどこかでこのキャンドルランタンと同じものに出会って、また同じ火を灯すことができたらいいなぁと思い続けていた。

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それからだいたい18年後、久しぶりに同じランタンを見かけた。まるで遠い日に出会った誰かに再会したように、心が一気に当時にまで引き戻されて、そのことしか考えることができなくなった。久しぶりにみかけたランタンは、その所有者の納屋の奥に90年代の初頭からずっと転がっていたようで、真鍮の表面も鴨のラベルもぼろぼろに腐食していた。不思議なものでちょうど失った年代と重なり、まるで手放した当時にその場所に保管されたように錯覚した。「時間を丁寧にパッキングして手放した感覚」がそのまま目の前に転がっているような感じがした。

少し話はずれるけど、自分は、過去を振り返った時に、それぞれの時代を代表する「道具」というものがあって、不思議なもので、ある一時期を通り越すとその時代を代表する「道具」というものは自然とどこかに行ってしまう。過去を振り返った時に、思い出される道具たちは想像の中でいつもピカピカと光っていて、まるで丁寧に手入れされていたようにイメージとして浮かんでくる。ただ少し異なるのは、それを手にして立っている自分を想像できないということだと思う。自分が欲しいものというのは、そのものの姿ではなくて、自分が手に持っている姿をイメージしないと手に入れることができない。ひとつは欲を満たすもの、もうひとつは自分を象徴するもの。

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最近、ずっと昔に夢中になったものや思い入れのあったものに再び出会うことが度々あった。少しの謝礼とともに自分のところへ戻ってくるものや、ただで譲り受けたものもあった。当時に自分を象徴するものであった道具が、少しずつ戻ってくることは、もちろん嬉しいのだけど、なんだろう、何か自分の中での時間の感覚を変化させたような感じがしている。一度手離したものに再会すると、不思議なもので昔の習慣が良いものも悪いことも含めて、もう一度繰り返される。
道具に対して、すこし特別な考え方がある。これらのおかげで、今所有している自分を象徴する道具に対して特別な愛情のようなものを感じている。

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タラスブルバのキャンドルランタンは、所有者に当時の思い入れを伝え譲り受けることになった。ホームセンターで金属用のパテと銀メッキ風の塗料を購入し、よく晴れた直射日光の強い日に時間をかけて修復した。本当はちゃんとメッキを行ってぴかぴかに仕上げたかったのだけど、丁寧にヤスリをかけて表面をなめらかに磨いて銀メッキ風のスプレーできれいにしてみた。

ひとりでテントを原っぱに張って、夕暮れ時に再び炎を灯すことができるようになった。遠い過去に、灯した同じ火をふたたび見つめることができる喜びは、何にも代え難い。何か大切なものをポンと手離して、ふたたび同じものを手にいれること。思い続けること。そこに意義があると思っている。ずっと遠い過去に燃えていた同じ炎を灯すことは、なんとなくひとつ、終焉を迎えた気がしている。「終わり」ということばを手にいれて、なにかひとつ失ったのだと思う。

時々、すべてのものを失った時のことを想像している。人もモノも何もかも。これは悲しい空想ではなくて、どちらかというと旅の時に感じる「一種の身軽さ」に感じる。何かを失って、再び手にいれること。そして再び失うこと。過剰と欠落のギャップが僕を日々生かしている。

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トーテムポールと何かの上に登ることについて

Posted on 18 3月 2013 by

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「お前は何を踊るのか?(オ・ビナング?)」– アフリカの少数民族の挨拶

小学生の頃、校庭の端っこの生い茂った原っぱに朽ち果てたトーテムポールが立っていた。おそらく数十年前の卒業生が製作したものだと思うのだけど、3m程の高さに、長い年月で変形した気味の悪い顔や鳥やワニなどいまいち正体が判別できない動物が縦にならび、てっぺんには白塗りの象の頭が乗っていた。ペンキで塗られた表面も色あせて小学生が作ったとは思えない程なんとなく呪術的な雰囲気がにじみ出ていた。
皆がドッジボールなどをして遊んでいる場所から遠く離れていて、その場所にあまり訪れる子もいなかったのと、夏の暑い時には日陰となって静かなこともあって、よくそのトーテムポールのてっぺんに登って近くに流れる川を眺めていた。子供達の声でにぎわう大きな地面と隔絶されてひっそりとしていて、なんとなく校庭とは対照的な場所だなぁと思っていた。昼休みになると、鷲のような正体の不明の顔の横から突き出た翼に足をかけて登り、いちばんてっぺんにある「鼻がぐにゃりと曲がって地面にたれた鼻を持つ(おそらく)象」の頭の上に座るのである。当時は、「ハックルベリー・フィンの冒険」に影響を受けており、何かの上に登っているというのが自分の中でのステータスだった。長い間、そこに登っているうちに思ったのだけど、自分の中ではトーテムポールというのは何か隔絶された場所の入り口に立っているようなそんな印象がずっと残り続けている。

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関係ない話だけど、この「何かの上に登って、そこに留まること」というのは、自分の人生の中ではとても重要なことなので書き留めておく。
カトリックの聖人「登塔者シメオン」の話をどこかで読んだ。残っているイコンのグラフィックでは塔の上に座るシメオンを誘惑しようとする蛇が絡みついている。シメオンは18メートルの塔の上に登り頂上に小さな小屋を建てて40年間暮らした。この噂を聞き付けた修道士や使者達は、シメオンが他人より優れようとする傲慢からこのような風変わりなことをしているのではないかと考え、降りてくるように大きな声で彼に命じた。降りてこないようなら力づくで下ろそうとしていたらしい。さて、ここで面白いのは、シメオンは「オッケー♫」と言ってあっさり降りようとするところである。使者達はあわてて、彼が塔の上に留まっているのは傲慢から来るものではなくて、それは謙遜からくる態度であり、神を思う気持ちで塔の上にいると判断して、塔から降りちゃダメ!と彼を留めるのである。
さて、何かの上に登るというのは神秘的なことが多いので、いくつか書いておく。中学生に上がったころ、親の財布から100円玉を抜き取って、近所の幼なじみと夜中に抜け出して缶コーヒーを買いにいくことが日課だった。暖かな缶コーヒーを持って、近所の鉄工団地の工場の脇にあるらせん階段を上って、自分たちが住んでいる背丈の低い小さな街をよく見下ろした。秋の夜は芯まで冷えて、缶コーヒーが世界最後の飲み物のように大切に飲んだ。らせん階段の上ではいつも流れ星は近くにあって、幼なじみとはとりとめのないことをよく話した。このことがきっかけで「らせん階段」というのも何か象徴的なものであるように感じている。
以降も、樹の上に小屋を建てる話である小説「宇宙船とカヌー」を読んで影響を受けたり、樹の上で暮らすヒッピーの話を読んだりしては、何かの上に登る行為にものすごく興味を持っていくのである。ちなみに樹の上で暮らすヒッピーは、ただ登っているのではなくて、樹を切り倒されるのを守るために、彼はそこにMacbookと一緒に留まって暮らすのである。面白いなぁと思ったのは、ウンコの処理である。樹の上にバケツを置いておき、長いひもを結びつける。1日おきにウンコをしたバケツをひもを使って下ろし、地上で友人達がそのバケツを回収してきれいにして、またバケツを引っぱりあげるのである。友情ってすごいなぁと思った。

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さて、話がずれたのだけど、今日書きたかったことは「何かの上に登ること」ではなくて「トーテミズムやトーテムポールのこと」である。
トーテムポールとは、先住民の多くが、彼らの家の中、家の前、あるいは墓地などに立ててきた、柱状の木の彫刻で、人々の出自、家系に関わる紋章や、彼らが伝えてきて、かつ「所有する」伝説、物語の登場者などを彫刻したものである。(wikiより)
このトーテムというのは、宗教的なものというより紋章のような象徴的なものとして作られている。写真家 星野道夫氏のエッセイ「旅をする木」でも書いてあったけど、現存する本物のトーテムポールというのはなかなか無いらしい。つまり、観光目的で残されているものは多いけれど、少数部族が森の奥にひっそりと残して今でも発見されていないトーテムポールを見るというのはとても困難なことらしい。今現存しているものは20世紀初頭に先住民達の伝統文化を残すという目的において作られたものがほとんど。

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このトーテムポールに代表される「トーテミズム」という考え方にとても興味を持っている。トーテミズムというのは世界的にある民族のものごとの考え方のひとつ。アラスカやカナダや北アメリカに限らずアフリカなど世界的にその考え方は存在している。トーテミズムというものは、日常生活においてなかなか出てこない上に、最近のビジネス書でも取り上げられないので一般的にトーテミズムについてあれこれと考えている人というのは少ないと思うので書いておく。
アフリカの多くの部族では特定の動植物を自分と同定して、それをトーテムとする。トーテムの特性が部族の特性となる。挨拶代わりに「お前は何を踊るのか?(オ・ビナング?)」と聞かれる。これは出身を尋ねる時に使う。つまり、「自分が踊るもの」というのは部族と同定しているトーテムである動植物のダンスのことである。例えばコヨーテをトーテムとしている部族では、コヨーテのダンスを狩りの前や結婚式や部族の中での記念的なことがある日に踊ったりする。この「踊るもの」で、彼がどこの出身なのかが相手に伝えることができる。またこの自分のトーテムを答えることで、部族間の関係性(過去に敵対をしていたこととか、部族間での婚姻関係とか)も判明するらしい。このトーテムとしている動植物を食べることは、その部族にとってタブーとなり得るし、またその動植物を体の中に取り入れることはものすごく大切なことなのである。
昔から、自分に特別に関連していると信じている野生の動物や植物などが存在するというトーテミズムという考え方がものすごく好きである。誰にでも、自分を象徴するものというのがあると思っている。

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トーテムポールには小さな像を含めると数十の彫像が彫られていて、これらには陸上に見られる動物、鳥、海、川、湖に住む動物や魚、人間のような実際に存在するものが多い。また、先住民が語り伝えてきた神話や伝説に登場する怪物も見られるし、自然界の動物などでも超能力を備えた特別なものもあって、植物の彫刻も存在しているらしい。
トーテムポールには必ず見えない物語が背後にある。その物語のことを考えるとぞくぞくする。どこにも書かれず、飲み込まれたことばの数々のことを思うと、なんだか心がものすごくぎゅっとつかまれるような気分になる。その部族を救ってくれた特別な動物に対する畏敬の念が込められた物語や、世界の果てにある地平線の向こう側にある観測不能な物語。それらが自分をとらえて離さないのである。

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最近その「トーテミズム」についてよく考え事をしているので、頻繁にスケッチをしている。自分のノートブックは考え事をキャッチするための道具である。そういうトーテムの背後にある見えない物語をキャッチして、ごくんと飲み込むために描いているので、なんとなくちょっとした想いを込めたスケッチだと思う。
自分に特別に関連していると信じている野生の動物や植物。もしくは動植物に限らず「物」や「動作」であるかもしれない。これらについて想いをはべらすというのはなかなか素敵な考え事だと思っている。
自分の内側に一致する「象徴的な外側のもの」についてゆっくりと考えるというのが自分のひそかな遊びである。

小学生の頃、トーテムポールのいちばんてっぺんにある「象」の頭の上に座っていたのも、自分を象徴する物事のひとつなのかもしれないなぁと思う。何かの上に登ることや、らせん階段もどこか自分の中では象徴的だ。トーテムは動植物に限らず、自分の外側にある物や行為も含まれるのではないかなと思っている。
校庭の端っこにひっそりと立っていたトーテムポールは世界の果てのように感じていた。今ではその小学校は取り壊されてしまって、グラウンドにあった奇怪なオブジェの一群もどこかに行ってしまった。その場所は今でも原っぱとして残っているのだけど、見えないそのトーテムポールがいつまでも残っているような気分になる。トーテムポールのてっぺんで、ぐにゃりと鼻をまげた象が、見えない風に乗せてその鼻をゆらりとしているそんな感じがしている。

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手作りNotebookers石けん

Posted on 04 12月 2012 by

モレカウです。
NotebookersのサイトのノベルティとしてNotebookers石けんを作っていた。
映画「ファイトクラブ」を観てから、ずーっと石けん作りしてみたいなぁと思っていて、最近日中がヒマなので、えいやっと試してみたところハマってしまった。それからいろんな油を使って試しては化学実験している感じ。これがね〜、なかなかおもしろい。
手作り石けんを試してみたところ、市販の石けんに比べて泡は控えめなんだけど、使うと肌の表面に薄くオイルコートしたみたいでとても肌触りがよい。
さて、熟成も終わり、Twitter限定で限定4個の応募をしたところ、54名の応募があって、当たった4名様は本当にラッキー。近日郵送しますのでお待ちくださいませ。

そもそも石けんというものがどのようにできているのか知らなかったのだけど、油と水酸化ナトリウムを混ぜて固めて熟成するだけでできてしまう。

いろんな資料を読んでみて、手作り石けんを作るための式みたいなものをノートブックに最初に作っておいたので作業がとてもスムーズだった。

例えば、油(x)グラムに対して水(y)グラムは、x*28/72=yで計算できる。
例:600gの油に対しては、600*28/72=233gの水が必要

対して水酸化ナトリウムの量は、けん化価*40/56.1*0.9*x/1000 で求めることができる。
けん化価というのは1g の油脂を鹸化するのに必要な水酸化カリウムや水酸化ナトリウムのミリグラム数のこと。

けん化価 例:
オリーブオイル:191mg
ココナッツオイル:258mg
アーモンドオイル:194mg

以上により、オリーブオイル600gでの石けんを作る場合
191*40/56.1*0.9*600/1000= 73.5g の水酸化ナトリウムでできる。

牛乳1パックで作る簡単オリーブオイル石けん作り手順

  1. 水酸化ナトリウム73.5gをガラス瓶に入れる。
    ※注意:水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)は劇薬です。素手で触れてはいけません。アルミはNG
  2. 水233gを水酸化ナトリウムの入った瓶に入れて混ぜる。
    ※この時発熱するので注意。目に入らないように注意してください。メガネなどや作業用ゴーグルをつけると良い。
  3. オリーブオイル600gを40度くらいに湯煎する。
  4. 水酸化ナトリウムの入った瓶を冷水につけて40度くらいに冷ます。
  5. ステンレスのボウルにオリーブオイルと水酸化ナトリウムを入れてかき混ぜる。
  6. 30分くらい本気で混ぜる
  7. 10時間くらいの間、時々思いついたらかき混ぜる感じで放置
  8. 表面に雫で絵が描けるようになったら型入れ時
  9. 蜂蜜大さじ1.5杯、お気に入りのアロマオイル20滴くらい混ぜる
  10. 牛乳パックに注ぎ込む
  11. あたたかいところで、固まるまで数日間放置
  12. 後日固まったら切り分けてスタンプを押す。28日間くらい放置して熟成
  13. できあがり

石けんに型押ししたスタンプはこちら。
1文字別の連結スタンプを利用してみた。1文字200円くらいする…

型押しするとこんな感じ。

切り分けるとこんな感じ。熟成させると「きんつば」みたいになる。食べれそう。

耐油紙に包んで、毛糸でひもを縛ると雰囲気が出る。
手のひらサイズのコンパクトな姿に愛着が湧く。

ちなみに、石けんを手作りすると女の子ウケがとても良いので、男子諸君におすすめする。
たくさん作ったのに、4個しかプレゼントできなかったのは、身近の女の子に「俺さ、石けん作ったんだけど使ってみて。そして、君の肌がどれくらいつやつやになったか教えてよ。ベッドで」と言いながら渡したのは内緒である。

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モレスキンと虫

Posted on 02 11月 2012 by

お久しぶりです。
ゲスト投稿者のエハガキ華です。
今日はモレスキンについて書かせてください。

私は虫が嫌いなのですが、虫の形が好きで、本棚には虫の本が並んでいます。
でも本物は触れません。虫が嫌いだからです。

虫が嫌いな人物は虫の形を愛したりしないだろう、というのは長年の私の思い込みでした。
その思い込みを解いたのは、モレスキンのスケッチブックです。

虫を描くのが楽しかったのです。
虫が嫌いな人物は虫の絵なんて描かないだろう、といのも長年の思い込みでした。
モレスキンが「思い込みなんて捨てなよ」と喋ったのです。

否、そういうメルヘンな話ではなく、モレスキンを使いだしてからモレスキンユーザーの自由な発想に刺激を受けたのだと思います。
私にとってものすごく大きな変化です。

虫もですが、動物も自然もあまり好きではないと思い込んでいたのです。

全く、頑固な思い込みでした。最近の私の新しい趣味は雨後のキノコ探しと野鳥の鳴き声を覚えることです。

ありがとう、モレスキン&モレスキンユーザー。

 

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アウトドア文具術

Posted on 10 9月 2012 by

こんにちは、モレカウです。
この夏は、t.freeのテザリング環境のおかげでものすごーくアウトドアを満喫できた。いつでも、好きな場所にいることができるのはしあわせなことだ。今まで公衆無線LANを使って接続が中心だったので、ベースキャンプは主に街中だったんだけど、どこでもネットに接続できる環境を手にいれてから、主に原っぱになった。

野外で文具やPCなどを使う方で役に立つかもしれないので書いておく。

実は写真のテーブルは公園のベンチ。
椅子を隣に設置するだけで、手頃なテーブルに早変わり。車の中に、高さの違う2台の椅子をいつも積んでいる。大きな椅子をテーブルにして、小さな椅子に座って作業することもできるのでおすすめ。もしくは芝生に座って、小さな椅子をテーブル代わりにするというのもよい。

野外において紛失すると見つけ出すのはなかなか困難。
文具については常にコンパクトになるように、雑多なものはひとつのパッケージになるようにまとめておく。使い終わったら必ずもとの場所に戻す癖をつけておく。
デルフォニクスのビニールのパッケージはいろいろなサイズがあって使い勝手が良い。
最近購入したつくしペンケースもお気に入り。収納能力と畳んだときのコンパクトさが最高。

背もたれのある小さな椅子は便利。パタッと背もたれを倒すと普通のテーブルのように活用できる。

封筒型の寝袋をひとつ積んでおくと、固い地面で作業する際のクッション代わりになるので便利。寒いときは広げて、毛布代わりにもなるし、下に引いてピクニックシート代わりに。誰かといっしょに包まってもよい。

朝日を浴びながらガラスのピラミッドを見下ろす。
原っぱや好きな場所に、いるのが好きだ。自分がいるべき場所をつくりあげて、とてもとても大切にしてみよう。都会の中の一点でもかまわないと思う。そして、そんな愛すべき場所ができたら「ベースキャンプ」と呼んでみよう。日常の中での旅を楽しんでください。

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【ノートブックがない旅なんて Vol.8】銚子電鉄日帰り探訪

Posted on 20 8月 2012 by






銚子電鉄。
それは、関東最東端のローカル線。
詳細は以下参照(画面をクリック)。



ノートはトラベラーズノートのクラフト(014)。
いつもは無地(003)を使っているものの、
一度に一冊使い切らないような日帰り鉄旅用として
初めて、クラフトのノートを使うことにした。

ちなみにペンは三菱鉛筆のuni-ball VISION ELITEの黒。
クラフトには、あまり凝った色味を加えないほうがよいと思う。






わわっ。
話を本線にもどして。

東京駅についた私は、銚子駅に向けて乗った。
…高速バスに。
おぉ、いきなり鉄道無視の交通ルート選択(笑


あたらしいカメラでスカイツリーを撮ったり



流れる車窓を眺めてみたり

そんなことをしていたら、着きました銚子駅。




いざ、銚子電鉄!
「孤廻手形(こまわりてがた)」という一日乗車券を車内で購入して、出発。

 【観音駅】
 スイス登山鉄道風の駅舎(と、ホームページに書いてある)
 駅構内のオシャレライトを真下から見上げると…なんかコワイ。






 【海鹿島駅】
 関東最東端の駅は、あっけないほどの無人駅だった。
 周辺に何があるわけでもなく、次の電車まで40分近く待つ。

…40分もただ待つくらいなら、歩くわ!
海を目指して、ほぼ勘であるく。




 きたーっ!
 青い海そして青い空!!
 陽射しはジリリと痛いけれども、勢いあまって隣の駅まで歩いた歩いた。
 (むしろ危うく歩き過ごす勢いだったが…苦笑)








 犬吠崎も、もちろん行った。
 青空に灯台の白が映える!








 灯台前のポストも白い。










 99段の階段を上がって見えた景色。
 真昼だったけれども、風が気持ちよかった☆










 【外川駅】
 銚子電鉄終点の駅。
 そのまま折り返してもよかったけれども、漁港までふらっと歩いてみた。








【犬吠駅】
折り返して、再び犬吠駅を降りる。
今度は犬吠埼と反対方向に歩くこと20分。
目指したのは、「地球のまるく見える丘展望館」

 ぐるりと、海!
 夕暮れスタンバイタイムを迎えた西側の海は、特にキラリとしていた。








 犬吠駅に到着する電車。
 そろそろ、帰りますかね。








 【仲ノ町駅】
 最後の途中下車は、ヤマサ醤油工場の最寄り駅にした。
 トラベラーズノートがよく映える駅舎だった。








銚子駅に戻った頃には、空は綺麗なオレンジ色。
帰りの車窓から日暮れを眺めながら、
今度はどこに日帰りしようかなんて考えてみたりみなかったり…。




——————————————————————————————
【ノートブックがない旅なんて】次回予告
次回は9月20日(金)
たまにはノートの中身公開祭りとか、ありかしら。ありかしら。

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NoteBookerは世界の果てをめざす(episode ZERO)

Posted on 04 8月 2012 by

モレスキンを使い始めて4年、今年9月で5年目を迎える。

今でも友人から、こんな高いノートブックを何に使ったらいいの?って聞かれる事もしばしば、私自身まだその答えを得ていない。

でも、ノートブックだから何を書いてもいいんじゃない?

と思い、当時よく映画の小道具で使われるモレスキンに興味を持ち、映画「ダヴィンチコード」のロバート・ラングドン教授のように、使えたらカッコいいなぁ。という不純な?動機で、旅の事前資料集めに使い始めたのがきっかけ。

当時はまだノートブッカーという言葉すらなかった時代、モレスキンの使い方も、beforeからafterに変わった、旅と日常の記録がノートのほとんどを占めるようになった。

時に西暦2010年6月、モレスキナリーのYOKOさんから、「モレスキン人生をいれる61の使い方」(いわゆるモレ本2)の正式な原稿オファーがメールで届いた。

この時私は、スイスの山岳ホテルでこのメールをiPad2で受信した。登山旅行だったのでパソコンは持って行かなかったが、ヨーロッパのホテルは日本と違い、イーサネットよりwifiが主流なので、フロントでIDをもらえば、iPadで十分使える。

グリンデルワルドで、アイガー北壁直下「アイガートレール」を歩きながら、原稿を考えていた事をいまでも、覚えている。

アイガー北壁

アイガー北壁の登攀に成功した、ハインリッヒ・ハラー著の「白い蜘蛛」には、彼の登攀の記録が、緻密に記録されて出版されています。彼もまた、クライマーでありノートブッカーだったのかもしれません。馴染みのない方に、簡単に解説しますが、ブラッド・ピットが主演した映画「セブンイヤーズ イン チベット」は実話で彼が演じた役が、このハインリッヒ・ハラーでした。2010年に公開された「アイガー北壁」は彼が登攀に成功する以前のエピソードで、いかに人を寄せ付けない、魔の山だった事が見事に映像化されています。

スイスモレスキン 左上のサインは、現在チェルマット観光局長の直筆。今回の登山で、チェルマット観光局より特別観光大使のバッチを授与されました。

日本と比較して、欧米では自然に対して挑む行為を高く評価します。日本では危ない事には、責任を取りたがらない行政が、蓋をしがちですが、グロバール社会の価値観の違いですね。

さて今回の最果てって?端ではなく、頂を目指しました。これも自己最高記録ですが、モレスキンと行く標高3883mの旅、日本では富士山より高い位置にある、チェルマットのGlacire Place.

リュックにはモレスキンとトラベラーズノートが入っています。

 

この山頂の向こうはイタリア。こっそりスイス側から、イタリア国境を越えてイタリア側の景色も堪能しました。この辺がセミ個人旅行のいいところ。

 

近年「岳」「クライマーズハイ」「剱岳点の記」「ミッドナイトイーグル」と山をテーマにした映画の公開が続き、山への関心も高まっているように感じますが、ここでも命がけの「自己責任」の認識が重くのしかかってきます。

今回の脚の怪我で、医師から登山は諦めように言われました。でも、私の尊敬する登山家山野井泰史氏は、チベットとネパールの国境にあるギャチュンカンの登攀で、両手両足の半分の指を失いました。それでもなお彼は山を捨てません。私も彼にお会いした時に指を見せて頂きました。そのスピリッツを分けて頂きました。(詳しくは、沢木耕太郎著「凍」が出版されています)私も必ず治して再び山へ挑みます。

他のライターさんには、イラスト・デザイン・コラージュと何一つ適いませんが、ここに独りクライマーズノートブッカーがいる事。それが、私のアイディンティであり、notebokkers72の存在理由だと考えます。

滅多にみることができない、マッターホルンの頂

この時がきっかけで、多くのモレスキナーと出会い、いまこうしてらしくもない?Notebookerのライターとして、この場にいるのが不思議でなりません。

1冊のノートブックが、人間のライフスタイルに影響を与える。あなたのノートブックも新しい人との出会いが待っているかもしれません。大切なことは、自らの判断で行動するすることです、さすれば、道は開かれん。

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【写真部】4月の活動はコチラ!

Posted on 27 3月 2012 by

「花咲く春」

「野の花」

「はじまりの日」

「sweet」

「リズミカル」

 

2012年4月の写真部、お題目は上記の5個となります。
勿論、フリーのテーマもお待ちしています!

やっと暖かい日々になった地域も、まだ残雪どころかドカドカ雪の降る地域の皆さんも、こんにちは。
私は岩手県の北の方在住なのですが、暖かさは届き始めつつもまだ毎朝もっさりと雪が積もっています。

桜は開花宣言が九州から始まっている模様ですね。

そんな訳で3月の募集エントリーには沢山の写真を有難うございました。
先ほど、遅れていたコメントを入れながら一枚いちまい、拝見いたしました。
それぞれにコメントを添えているつもりですが、無かった場合はお知らせ下さい。

特筆すべきは「モノクローム」の写真が想像していたより多くて。
対する「カラフル」の方が少ないという事。
皆さんきっと普段はカラー写真の方がどちかと言うと多めになると思うのですが、他の方の「モノクローム」写真、如何でしたか?

それぞれ全体的に味のある、言い方を変えるとクセのある良い写真を見れた3月でした。

 

また、Twitterの方でも沢山投稿して頂いてます。
直接リプライを頂いていない方との繋がりも私はあるのですが、気付いていない事も多々ありまして申し訳ありません。
Twitterアカウントの方が時々非公開になってはいますが、プロフィールの方にMoleskineや写真、カメラなどの記述がありましたら承認が早いと思いますので、お気軽にどうぞ。

 

 

【募集要項】
決まりはありません。
コメント欄に投稿出来る方(主にPCユーザーさん)は、エントリーのコメント欄をご利用下さい。

携帯やiPhone、iPadユーザーさんでコメント欄に写真をアップロード出来ない方は、ご自分でエントリーを作って部活動のカテゴリーかタイトルに写真部と入れてくれると分かり易いです。

ライターさんではない方でTwitterをご利用の方は、写真貼付でツイート、ハッシュタグ #写真部
こちらを入れて下さい。ハッシュタグを間違う(または半角を入れてしまう)と、検索に反映されません。

コメント欄ご利用の際は、ファイルサイズの確認をお願いします!
大きいファイルサイズですと恐らくアップロード出来ません。
リサイズ(サイズを小さくする事)が出来ない場合はTwitterの方でリプライを飛ばして写真を貼付して頂ければこちらで変更も出来ますが、PCユーザーの方やiPhone及びiPad、携帯電話の方でも機能としてリサイズする事が可能となっている場合が殆どですので、調べてみて下さいね。

 

可能であれば、使用カメラ(レンズ)や携帯のキャリア(メーカーなど)、
iPhoneでしたらどのappを使用したかなどを添えて頂けると嬉しく思います。

 

Twitterの方でお願いしているのですが、ハッシュタグの利用についてです。
別のユーザーさん方が先に「写真部」を含むハッシュタグを利用されているという事に気付きまして。
多くの方に混乱とご迷惑おかけしますが、新しくオリジナルのハッシュタグが決まるまでは、
#notebookers 【写真部】
このふたつの組み合わせでお願い致します。
組み合わせる事で本文の方が短くなってしまうので、早急に対応したいと思いますので、少々お待ち下さい。変更があった場合はTwitterとこちらに追記していきたいと思いますのでご協力お願い致します。

 

なお、Twitter公式の方で桜前線のハッシュタグが発表されています!
詳細はコチラのページになりますが、【 http://blog.jp.twitter.com/2012/03/twitter-2012.html#桜2012 写真部の方でも参加してみませんか?
地域別にタイムラグが生じる面白い企画だと思います。

 

頭の片隅にお題目を。
これだ!という被写体があったら、シャッターを押して下さい!

 

 

自己紹介などはコチラのエントリーで。
写真部、始めませんか?

 

3月の活動の模様はコチラのエントリーで。
写真部、3月の活動はコチラ!
【写真部】それぞれの3.11、繋がる空

 

著作権に関するエントリー、本文よりもコメントがとても分かり易くなっております!
【写真部】著作権に関する事など

 

Twitterでは相互フォローする事を緩くお勧めしています。
カメラのお話やら何気ない挨拶まで。

 

 

 

「はじまりの日」

「はじまりの日」
camera:PENTAX K200D

 

「リズミカル」

「リズミカル」
camera:PENTAX K200D

 

「sweet」「sweet」
camera:PENTAX K200D
カルミアという愛らしいお花なのですが、アポロチョコしか思い出さないです、これは。

 

「sweet」
OLYMPUS SP500uz
iMacの「プレビュー」→「ツール」でレタッチを加えてます。
こっちは食べられるsweet:)

 

 

 

■写真の解釈は人によって大きく違いますしリプライやコメントが完璧には出来ません。
 (ちょっと新年度の色々が落ち着くまでは忙しくなります)
特にTwitterの方はリプライ(お返事)が確実とまでは出来ない事もあると思いますのでご了承下さい。

■解らない事(写真の技術的な事、カメラの機種、その他の用語から一般的なこと)は、まず検索してみてください!Googleで検索する場合、恐らく目的の回答が得られると思います。調べて解らない時は、是非フォロワーさんや気になる素敵写真を撮影されている方に聞いてみて下さい。大概は失礼がない限り快く教えて下さると思います。

■簡単な事でも解らない、調べられない状況下であればお気軽に!

……という事を、フォローしてる方同士でやっていければと考えています。

 
良い新年度を!

あやと/@Cloud_9__

 

 

 

 

■2012/04/06  追記
Notebookers.jp 写真部のハッシュタグですが、以下となります。

#photo_ntb

お手数ですがこちらで統一したいと思いますので、今後とも宜しくお願い致します!

 

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今週気になった記事まとめ 2012/2/19-2/25

Posted on 26 2月 2012 by

週末にまとめてやる主義。
こんばんは。まとめ記事のどんべぇです。

さあ、今週もまとめ行きます。

トラブルトラベル

トラブルトラベル

一箇所にまとめたが故の弊害が…!でもその後のモレスキンを通じての出会いが素敵ですね。
スリも人生のスパイスと解釈してしまうのもいいです。

新月の願い事

新月の願い事

今まで私の見てきた新月の願い事に関する記事の中で一番わかりやすいです。
このサイトはスピ好き紳士淑女も中々多いようですね。今度私も集めた石の記事を書こう…いやまあそれはさておき。

自分の希望とかやりたいことって、いざなんだろうって考えてみるとなかなか出てこなかったり、ちょっと恥ずかしかったり、紙に堂々と出そうとすると、「本当に実現できるんだろうか?」と不安になったり…。
胡散臭いで終わらせるには持ったいない、自己分析手法だと思うのです。
今回やりそびれてしまったんですが、次の新月ではやってみたいです。

闇筆のススメ(書き方篇)

闇筆のススメ

親指を一行の目安として進めていくとは…!
ただ、書く場所を見失っても書くのは楽しそうですけどねw

ノートブックを手放すとき

ノートブックを手放すとき

ノート大好きーな記事が多い中、「捨てる」という行為を題材にした記事。
ただ、「書く」「見返る」だけじゃなく「捨てる」っていうのもノートの使い方の一つなんじゃないかなと思いました。

マスキングテープの収納方法と持ち歩き方法

マスキングテープの持ち歩き方

マスキングテープのケースって、取り扱っているお店ないんですよね、私の周りには。
だけど化粧品いれなら雑貨屋さんにもありそうです。

最後に

さっき、マスキングテープを集める人になろうと決めました。
このサイトで持ち歩き方法のアイディアを提案してくださっている方々のおかげで、工夫次第で持ち歩けることがわかったからです。
マステならいくら持ってても困らないしね!

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新月の願いごと

Posted on 22 2月 2012 by

こんにちは。毎月twitterで流している「新月の願いごと」。

割と需要がありそうなので、考え方ややり方、コツなどをまとめようと思います。

ちなみに本日2/22、7:34、魚座で新月でした。

 

一番下に、7~8年続けてきた私が感じる「効用」のようなモノについても書いてみました。

興味はあるけど胡散臭い感じもするし・・・と感じてらっしゃる方の参考になれば幸いです。

 

NB for NewMoon

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何年か使っていた「新月の願いごと専用・Bloomberg手帳」と、現行「夢かなチャーリー・モレスキン」、インク工房・ピンク色「LOVE」が入っている、セーラーのスケルトン×ズーム。

 

新月の願いごととは

ジャン・スピラー「魂のねがい 新月のソウル・メイキング」(2003年・徳間書店)で一躍有名になった、願いを叶えるテクニックです。
「月の魔力」など、月がもたらすとされる「パワー」についての本も昨今続々と増えていますが、
それを活用して、スムーズに夢を叶えていこうというもの。
アファメーションのテクニックと月のサイクル活用を合わせたものと言えます。

 

*願いごとの書き方*

(前置き)

上掲本が出てから徐々に、そして爆発的に流行し、たくさんの人が方法やコツをブログやサイトで流されています。

私がこれを知ったのはインターネットで、このテクニックを紹介されているサイトを見つけたからでした。
多分日本では一番最初に紹介に動かれたサイトだと思います、当時は検索してもそこしかなかったので。

そのサイトは上掲本に忠実に記事を起こされており、私も本屋で何度かこの本を手に取っているのですが特に目新しい情報もなかったので、
結局、本は入手していません。

何年か経ち、多くの人がいろいろな情報を独自に付加し、様々なテクニックを加えたり、元のテクニックから一部削ったりして
「オリジナルな新月の願いごと」を流されるようにになりました。

そんな訳で、これから書くことについて以下2点をご留意・ご了承ください。

・私は元の文献を手元に置いたことがありません。最初に出会ったサイトの情報を「元に限りなく近いもの」として実践してきました。
・その後、様々な人の「オリジナル・テクニック」を適宜取り入れています。「応用編」の内、私が取り入れているものは◎で示します。

(前置き 終わり)

 

基本編・新月に関すること

・新月(太陽と月の合)から8時間以内に書く

・その後40時間以内も、有効期間ではある。が、新月直後8時間以内よりはパワーは落ちるとされる

・月のボイドの時間は避ける

・新月の起こる星座が司る事象に関する願いが叶いやすいとされる

・1年に1度、「最大パワー周期」がある。この時期には50個書くと良い。
(自分の「最大パワー周期」を判定できるページ(ジャン・スピラーによる/英語です)→ https://www.janspiller.com/personalcharts/gpp.php

 

基本編・アファメーションに関すること

・2個以上10個以内とする

・必ず「私は」で始める
→これは多分に「日本語圏でない言語文化」に由来するものです。あちらでは主語が絶対必要なのです!

・「既に叶った」という意味での「完了形」で書く

・書き終わったら、どこかにしまって、忘れる

・ある程度の期間を空けて、ふと思い出した頃に見返してみる・・・埋めた宝箱を後年掘り出すような気持ちで

 

応用編・新月に関すること

・8時間以内、その後40時間以内というのは、それほど神経質になるべきではない

◎りっか実感として、48時間の内あまり後ろの方になると、効果はないなと感じています。なるべく、直後8時間→過ぎたら早めに、が良いなと思います。

・ボイドは無視して良い

・新月に入る前に準備をするべきではない・・・新月前のものは全て無効である

・新月に入る前に準備をしておいて、新月に入ってから改めてまとめ直しても良い

 

応用編・アファメーションに関すること

◎他者が主語になる願いはしない
→・これが守れていれば、主語を特に設けなくても良い
ex.「彼が私を好きになってくれますように」と書きたいなら、「私は彼に好意を持ってもらえるようになれた」とする。
ex.「仕事が上手くいきますように」と書きたいなら、「私は仕事を上手く進められた」とする。

◎「完了形」で書くことに抵抗があれば、「すんなり叶いつつある」など「進行形」の表現でも良い
ex.「私は彼に好意を持ってもらえるようになれた」と書きにくければ、「私は彼に好意を持ってもらえるようにすんなりと変わっていっている」とする。
ex.「私は仕事を上手く進められた」と書きたいなら、「私は仕事を上手に進められるようになりつつある」とする。

◎他者の不幸を願うことはしない

◎リラックスした気持ちで行う

◎「どうやって」は考えない

・紙片に書き、箱にしまっておく

・ヴィジョンを可視化できるものと合わせる(写真や絵など)

・なるべく具体的に書く

 

応用編・その他

・ピンクの紙に書く

◎ピンクの色で書く

◎2個以上10個のうちのひとつに、このテクニックへの信頼を混ぜる。
ex.「私はこれらの願いが、新月のエネルギーに助けられてすんなり叶うと、心から信じられています」 など

◎もし10個以内で「もういいや」と思えたら、他者のため、世界のための願いを追加する
ex.「私は、健康を取り戻した〇〇さんと、また何の心配もなく接せている」
ex.「私は、戦争や内紛がなくなり平和を取り戻した世界で安心して暮らしている」    などなど

◎一番最後に、日付・時刻と署名を入れる

・時間内なら書きなおしOK

 

なぜ「新月」なのか

新月は「始まり」のタイミングだからだと思います。

願いごとでなくとも、何かを「始める・着手する」には新月が良いとされています。

 

「アファメーション」とは何か

affirmation。断言、確言。論理学における肯定。と辞書にはあります。

転じて、
「自己に向けて肯定的な言葉を繰り返し向けることによって、潜在意識に対してポジティブな自己像を刷り込み、ネガティブな自己像を書き変えることで、より潜在的な力を引き出し活用する」ための「肯定的な言葉」。
というのが、潜在意識活用の分野で使われる際の最も狭義の意味だと見ています。

しかしアファメーションという言葉とテクニックが広く人口に膾炙した現在では、
「肯定的な自己暗示」「(いわゆる)言霊」
くらいの意味になっているような気もします。

(潜在意識活用と日本アニミズム的スピリチュアリズムが不思議な融合を見せた結果、独自のものが出来上がってきている気もします・・・)

いずれにせよ、とにかく「言葉を使って心持を変える」ことに意義があるワークなので、自分にすんなり入って来ない言葉はよろしくないと看做されることが多いです。

新月の願いごとが広まる際に、ジャン・スピラーの述べたアファメーションに関する部分が、多くの日本人にとって、取りかかりにくさと戸惑いをもたらしました。

日本人は、いちいち主語を言わないのです。
また、「まだ叶ってもいないのに”完了形”で断言しようとすると、むしろ疑念を深める」ということもあります。

それでは根本的な意義が欠損する、ということで、この面で特にいろいろな「手を変え品を変え」が言われました。

 

私見

思い返せば、26くらいの頃に始めたので、もう7、8年になるんだなぁ、と、先ほど振り返ってびっくりしました。

私は魚座らしく、現実的なこと物質的なことなどなどにあまり興味が向かないので、新月に行う願いのワークで「Have」に関することはほぼ出てきません。
「Do」はまだある方かな・・・「Be」が最も多いです。
なので、叶うにはとてもゆっくり、長い時間がかかります。

叶わなかったことも沢山あります。主に恋愛とか(笑)。相手さんあってのことなので、それぞれの「魂の意志」が違えば、こちらだけの願いが叶うということはありませんね。

一番叶ったのは「健康」や「幸せ」に関することかな。次が「仕事」。

そろそろようやく「恋愛」「結婚」に関することも叶いそうですが・・・どうなんだろう、先のことは分かりません。

結局のところ、「自分」に関することが最も叶いやすいのです。
書けば当然です。が、実感してみないと分からない最たるものかもしれません。

何が「自分のこと」なのか。
何なら「自分のこと」として、「願いを叶え」、リーダーシップを握って外界に影響を与えていけるのか。

ほんとうは、あらゆることが「自分のこと」であり、あらゆることについて「主導権を握っていられる」のですが、細かく探っていけば、実に沢山のことについて人は「自分がコントロールできる状況にない」と考えているものです。
何についてそう考えているかは、人それぞれ。

このワークを続けて来て私が得たなぁと思うものは
・多くの「願い」の実現
・自分の本性・本質・思いこみについての詳細な省察
だと思います。

そういう話とは別に、
・月1回、自分の「願い」=「今の自分が望むこと」を整理し、再確認できる機会
・月のサイクルに体が合ってきた
の2つは、大きいなあと感じます。

特に女性の場合、月と体が合ってくると、精神的にも大きな好影響があります。よく喧伝されることですが、実際多大に実感してます。
男性の場合は、月と体の関係を女性ほどには実感しにくいかもしれませんが、こういった節目・切り替えの時期は男女問わず影響しているので、掴めると色々便利かと思います。だいぶライフハックです(笑)。

また、「望みの棚卸」は良いですね。
新年を迎えるときや、「牡羊座の新月」(占星術における新年)、誕生日などは、いわば「年度末決算と予算作成」。
月次の棚卸と決算・3か月の短期予算と目標設定というのも、現実を動かすには大変大事な作業です。
もちろん、「第1日曜」とか「1日」とかに設定してもいい訳なのですが。なんしかそういう機会はあると良い。そして、それを新月とするのはより良い、と私は思っています。

願いのカテゴリは新月が起こる星座の司るカテゴリに準ずるとされるので、1年やっているとあらゆるジャンルから願いを眺め回すことができます。
それも割と良いかな。
たとえば「結婚」という願いに関していえば、
・結婚相手とどんな関係性を築きたいか
・一緒に作りたい家庭はどんなものか
・一緒に何を成し遂げたいか
・どんな生活をしたいか
・どこに住みたいか、どんな家が良いか
・どんなライフスタイルにしたいか
・金銭面ではどんな風に在りたいか
などなど、などなど・・・「結婚」という夢の球を眺め回す視点は山ほどあるわけです。(仕事でも何でも全く同じですね。)
これが、12カ月(12種類)で、おおよそ全方向から眺め回してクリアにしていけるというのが、新月の願いごとを継続する一つの便利さかなぁと思います。

 

ご質問等あれば、コメント欄にどうぞ。分かることならお答えします。
また、何かあれば加筆修正等します。

 

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地平線

Posted on 02 2月 2012 by

見えないはずの地平線を見た。

2011年3月、日本を襲った、東日本大震災。

私の宮城県南部の実家から福島県の相馬港までは車で30分くらい。

地震直後はなんだか怖くて近寄れなかったけど、

やっぱり見ておかなきゃいけない気がして、お正月に弟に連れて行ってもらった。

夕暮れの時間、雲の合間から光が差し込むのが妙に神々しい。

車の中から外を見ると、やたら遠くまで見えてしまう景色。

本当は地平線なんて見えるわけもない場所。

陸地の端っこまで見えるようにすべてを流してしまったのは、他でもない自然の脅威。

そんな中、家を建て直してる人もいて。

放射能とか、津波の心配とかないわけじゃないけど、

本来農耕民族の日本人は、東が危険だからって、別に西に民族大移動なんてしない。

つらい光景だし、振り返ると今でも胸が締め付けられるけど、だからこそいつでも振り返る必要がある光景だと思って、写真を撮った。

そしてそれをノートブックへ。

最近好きなテレビ番組の「世界は言葉でできている」の録画見てたら、三島由紀夫の幸福論が取り上げられてた。

「幸福って、何も感じないことなのよ。幸福って、もっと鈍感なことなのよ。」

生きてることってそれだけで奇跡みたいで幸せなことなんですよね。

20120202-122026.jpg

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