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New! 【ノートブックがない旅なんてVol.61】私とパイロットコーポレーション

Posted on 20 8月 2019 by

この記事の目次

  1. パイロットコーポレーションとは
  2. 私がいま愛用しているパイロット筆記具3選
  3. いったん休憩中のパイロット筆記具2選
  4. 若き日を共に過ごしたパイロット筆記具2選
  5. 「 書く、って楽しい」の原点となったパイロット筆記具
  6. 未来を切り開くパイロット筆記具2本
  7. 終わりに

1. パイロットコーポレーションとは

2. 私がいま愛用しているパイロット筆記具3選

(左の2本)ゲルインキボールペン ジュースアップ03と04
写真掲載記事:【ノートブックがない旅なんてVol.59】トラベラーズノートと旅した文房具/2019上半期|Notebookers.jp

ゲルインキボールペン ジュース アップ 03

手帳に予定やメモを書き込むのに最適な激細ボールペン。先月までは04(超極細)ブラックも併用していたが、荷物を少なくしたくなって03のみに絞り込んだ。うっかりなくしたらその時なりの風が吹くだろう。大丈夫、なんとかなる。

フリクションボールノック 0.5mm

ライターとか編集者とかいった職業柄、原稿の校正で頻繁に使う。書いた赤入れを消せるって、革命。仕事がはかどる筆記具に恵まれた時代に生きていてほんとうによかった。

アクロ ドライブ

これまた職業柄ありがたい系筆記具。回転繰り出し式でペン先を出し入れできることが最大の推しポイント。キャップ式にない筆記初速を手に入れるとともに、ノック式で発せられてしまうカチッと音を制御できるので、場の空気を邪魔せずに粛々と文字を書き出せる。

安物すぎず、かといってお高くとまってもいないボディデザイン&カラーもまた良し。茶系ボディのボールペンって探すとあまりないので、そういった点でも特別感を味わえる。ジャケット着用でもお気軽Tシャツでも難なくキリッと馴染んでくれるので、オールTPO対応型筆記具ともいえよう。

3. いったん休憩中のパイロット筆記具2選

カクノ(ペン種F)

カクノ(ペン種M)

2選と言いながら両方カクノ。まずKobe INK物語No.28インク欲しさを言い訳にして、ノンカラー軸発売から少し時が経った頃にペン種Fを購入。続いて明るくも奥深い色彩と物語を凝縮したNo.25インクをきちんと使ってみたくなってペン種Mを購入した。

いま文章を書く手が思いっきりKobe INK物語のインク紹介モードになっていて驚いた。今回の記事テーマはパイロットコーポレーションなので、Kobe INK物語を語る展開はまたおいおい。本題に戻る。

4. 若き日を共に過ごしたパイロット筆記具2選

(左から5本目)ハイテックCコレト ルミオ
写真掲載記事:仕事愛用筆記具十選|Notebookers.jp

ハイテックCコレト ルミオ

  • 発売年:2010年
  • ボディカラー:シャンパンゴールド(だと思う)
  • 主な使用レフィル:◎ブルーブラック0.3mm、◎チェリーピンク0.3mm、◯アップルグリーン0.3mm、◯バイオレット0.3mm、◯クリアブルー0.3mm、◯シャープユニット0.5mm、◯消しゴムユニット
  • 現在の製品名は:ハイテックCコレト 1000・500
  • リンク:https://www.pilot.co.jp/products/pen/ballpen/multi_func/hitecc_coleto_1000_500/

先述のジュースアップ以前の手帳相棒筆記具。2011年には既に使っていたと記憶している。そこから今年6月までか。ボディカラー違いのコレト1000数本も含めて、長い付き合いだったなぁ。お疲れさま、しばらくゆっくり休んでおくれ。

ドクターグリップ(シャープペンシル)

  • 発売年:1991年(のはず)
  • ボディカラー:使用当時何色を使ってたかって?記憶にございません。
  • シンの太さ:たぶん0.5mmシャープだったと思います。
  • 方式:フレフレ&ノック式……でしょうか、当時も。
  • グリップ:シリコンラバーだと思う!
  • リンク:https://www.pilot.co.jp/products/pen/sharp_pen/sharp_pen/drgrip/

人間工学に基づいて開発された画期的な筆記具!学生時代の学習全般を支えてくれたシャープペンとして、私を静かに支えてくれた。勉強がはかどらなくてフレフレ気分転換した数分間も、使い込みすぎて汚れたシリコンラバーを残念がった日々も、今となっては懐かしい思い出……とかなんとか言ってちょいと感傷に浸ってみたり。さてこの記事は後半へ。

5. 「 書く、って楽しい」の原点となったパイロット筆記具

ハイテックC(03)

元祖極細ボールペン。学生時代の学習全般ならびに暇つぶしで書く4コママンガ制作、つまらない授業を楽しくするメモや手紙の交換などなど、当時思いつく限りのあらゆる「書く」環境で多彩にお世話になった筆記具である。

ハイテックCを初めて手にした当時の私は小学6年生。通っていた珠算塾の年末恒例行事「珠算大会」の上位入賞者に贈られる賞品として、ハイテックC(たしか03)の5色セットを獲得した。いま記憶を辿る限りでは、人生で初めて自分の実力でモノを獲得した手応えを得た出来事であった。

鉛筆やロケット鉛筆が主要筆記具であった小学校文化にすっかり染まっていた自分にとって、激細ボールペンの存在そのものがまぁまぁ衝撃的であった。実際に手にとって文字を書いてみると、これがなかなか書きやすい。細かい字だってラクラク書ける。当時やたらに授業中ノートに文字や図を書きまくっていた当時の自分にとって、ハイテックCはあっという間に心強い友となった。

月日は流れて高校時代。一生かかっても使い切れない勢いで何本も何本も購入しては使ったり飽きたりしていたある日の出来事だった。次の授業がある教室に移動する際、どこかにペンケースをまるごと置き忘れた。そのペンケースは見つからなかったし、絶対に見つけ出そうとする気合も湧いてこなかった。手持ちの全ハイテックCの半数以上を紛失したあの日は、私にとって「ハイテックC時代終幕の始まり」の象徴として今も残像に在る。具体的な日にちも学期も季節でさえも思い出せないのだけど。

6. 未来を切り開くパイロット筆記具2本

2020(フレフレ)

PILOT 2020 is 最高で最強!ドクターグリップ世代の私が行き着くシャープペン is 2020(フレフレ)ですね!文具店で見つけてブラック即決買い!

数ヶ月前から始めている「その日の終わりに3行前後のライフログ」記入用のメイン筆記具として只今絶賛活躍中。日中ボールペンメイン派の身にとって、0.5mmシャープペンの2020(フレフレ)は重要な気分転換ツールでもある。

コクーン(万年筆)

今使っている手帳&メモ帳と一緒に持ち歩く万年筆として購入。えぇと買ったの何日前?わりと最近。2020より新しい。

コクーンもカクノと同様、「このインクを使ってみたい」を起点にして購入に至った。万年筆インク〔ランドスケープ〕は、ボトルの佇まいがまずいい感じ。加えて色味と景色の奥深さがまた何とも言えなくてですね……、とか語るとまたしても記事テーマから逸脱するからいったん区切りをつけましょうか。そういえば肝心のコクーン情報一切書いてなかったので、詳細気になる人は上記リンクをクリックして確認してみてくださいね。

7. 終わりに

本記事を目次から順に読み進めてくださった方も、途中すっ飛ばしてここまで辿り着いた方も、いきなりココから読み始めている方も、全員まとめて「読んでいただきありがとうございます!」この記事が、みなさまにとってちょっとした暇つぶし程度であっても何らかのお役に立ちましたら幸いです。

記事を書き進めれば書き進めるほど、パイロットコーポレーションの凄まじさを実感しました。今年5月に移転した本社の方角を向いて、ひたすら「いつもありがとうございます!」と御礼申し上げるのみです。まだまだいろいろお世話になりそうなので、今後ともよろしくお願いいたします。

なお、本記事に記載した各種情報は、主にパイロットコーポレーションのホームページを参考にして掲載しています。できるだけ正確な情報収集に努めましたが、私の見間違いや見落としがゼロとは言い切れません。あらかじめご了承ください。そして読者のみなさまが各々のやり方で知りたい情報を確認していただければと思います。

8. Bonus Paragraph

「フリクション」は、アメリカのリアリティーショー形式のファッションデザイナーズバトル番組「project RUNWAY 16」のオフィシャルペンです。

  • 「project RUNWAY 16」は、日本でもWOWOWで放送されていた。数千人もの応募者から審査を経て選ばれた出場デザイナーは16人。バトル最下位になれば即脱落するシビアな展開を乗り越えて見事優勝を決めるデザイナーは誰?
  • 「人気リアリティ・ショー」×「こすると消えるボールペン」ブランディングのケーススタディ

「project RUNWAY 16」出場者のKentaro Kameyamaがフリクションを語っている。その内容はmarie claireに掲載されている。

最終決戦の舞台はニューヨークファッションウィーク。ここまで勝ち残ったKentaroを含む4人のデザイナーがコレクションを披露する。

ランウェイを歩くモデルがさまざまである理由は、シーズン16の特徴的なルールにある。そのルールとは、デザイナーが毎回サイズ2から22までのモデルとランダムに組むことである。

以上の情報を踏まえたうえで、次の動画を再生しよう。Kentaroがファイナル・ランウェイに送り込んだコレクションは、音も含めて訴えかける作品だと思う。観客のリアクションも込みで楽しんで。

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【ノートブックがない旅なんてVol.60】デジタルとアナログを融合させて日々いい感じに過ごす方法/2019夏

Posted on 20 7月 2019 by

このお話は、ダイヤモンド社のビジネス情報サイト「ダイヤモンド・オンライン」で『バレットジャーナル 人生を変えるノート術』刊行記念として寄稿した記事「デジタルとアナログを融合させてスケジュールを上手に管理する方法」の続きのようなそうでないような……、です。

上記記事をさらっとでもご覧になってから戻ってきてくださると、今回のコラム記事はもっと楽しいんじゃないかな。そうだといいな。

2019/04/10時点のマイ・バレットジャーナル構成

寄稿記事が世に公開されてから3ヶ月少々が過ぎた。日々の変化を程よく受け入れ程よく流して過ごすうちに、マイ・バレットジャーナル構成も変わった。これを私は進化と呼びたい。

今回のコラムでは、2019年7月20日時点のマイ・バレットジャーナル構成を紹介する。このコラムが、前回コラムで紹介したTwitterアンケート第3位に投票してくださった皆様、ならびにダイヤモンド・オンライン読者の超超超超超ニッチ層であろう「あの話の続きを知りたい」と思う方々に対するちょっとしたアンサーになったら嬉しいな。想定読者層めっちゃ狭いけど、まぁどうでもいいですかね。

それはさておき、本題へ。

2019年夏のマイ・バレットジャーナル構成

2019/07/20時点のマイ・バレットジャーナル構成

デジタルツール 素早く、抜け漏れなくスケジュールを調整する

  • Googleカレンダー:予定管理
  • Todoist:ToDo管理

アナログツール 書き出して、整理する

アナログツールの詳細

A5サイズノートブック(PAPIER TIGRE)

A5サイズノートブック(PAPIER TIGRE)
今年の冬か春かに購入し、5月から本格的に使い始めている。通算2冊目。

彩り豊かで独創性抜群な表紙がとてもステキなメイド・イン・フランスのノートブック。半年ごとに新柄が発売される。日本の店舗で十数種類の表紙が並ぶ中から、直感でこのノートブック「CITÉ」を手にとって購入した。

3,4ヶ月前まではメイン自由帳として大活躍していたのだけど、最近あまり使えていない。そうはいっても表紙がとてもステキなので、デスクの片隅に置いている。いずれまたノートブックとして使う日が来るまでは、なんとなくそのままにしておきそう。

トラベラーズノート リフィル 2019週間バーチカル 後半

トラベラーズノート リフィル 2019週間バーチカル 後半
TRAVELER’S FACTORY NAKAMEGUROにて購入

うちの茶トラ大改革!トラベラーズノートユーザーになって初めて、ダイアリーリフィルを購入した。

週間バーチカルタイプの手帳は2001年からメーカー変えつつなんだかんだで毎年使い続けているので、早くも「馴染む」手応えアリ。トラベラーズノートの週間バーチカルを1ヶ月近く使って実感した良いところをざっと書き出しておくので、手帳比較検討のご参考にぜひ。

  • 1冊あたりの週間ページは、1年分ではなく6ヶ月分
  • 月曜から日曜まで均等なスペース
  • 7時から23時までの時間軸
  • オリジナルの筆記用紙(MD用紙)の書き心地がよい
  • 週間ページ右端で、前月・当月・翌4ヶ月を俯瞰できる

トラベラーズノートリフィル 2019週間バーチカル 後半
背表紙の裏もカスタマイズ範囲

トラベラーズノートの楽しみはカスタマイズにあり、ですよね!

私は背表紙の裏に、今春に携わった仕事を通して知ったSDGs(SustainableDevelopment Goals:持続可能な開発のための2030アジェンダ)をざっくり咀嚼するための紙を貼っている……と見せかけて、先月書いたコラムで紹介したフォトアルバム用ビニールコーナーに挟み込んでいるのはココだけの話。次の手帳への引き継ぎもラク。

あとココフセンも貼っている。一時期やたらにココフセンを買い込んでいたので、手帳以外にも本とかノートとかいろんなところに貼って活用機会を増やすようにしている。

トラベラーズノート リフィル 無地

トラベラーズノート リフィル 無地
旅記録目的で使っていた頃。今後は日常でも使うつもり

いまさらNotebookers.jpで説明する必要……ない、ですよね?ですよね!(そろそろ記事書く手を休めたいので説明割愛)

ミニ TO DO リスト / モノトーン(A FLOATING LIFE)

ミニ TO DO リスト / モノトーン(A FLOATING LIFE)
レギュラーサイズのジッパーケースにすっきり収まるA6変形サイズ

旅記録目的でトラベラーズノートを使っていた頃は「持ち物リスト」「1日で行きたい場所リスト」「1日でやりたいことリスト」……などなど、旅におけるさまざまな情報の整理整頓に役立った。詳細は前回コラム参照。

3,4ヶ月前にも使っていたのだけど、当時はなぜか面白くも難しい仕事が謎に集中していた時期だったので「何とかしてこの困難を乗り越えねば」と焦っていたのだろう。この時期は、直近2週間で特に実現したいことを凝縮して書き出す用途で使っていた。今振り返ると、だいぶ神経を尖らせて日々なんとかして乗り越えていたのだと思う。

今後はどう使っていくのだろう。とりあえずトラベラーズノートレギュラーサイズのジッパーケースに入れといて、いつでもどこでも使えるようにはしている。

いかがでしたか?

2019前半の過ごし方をざっと振り返ったうえで2019後半の過ごし方を改善する第一歩として、手持ちのノートブックと手帳の使い方の見直しは案外有効です。夏休みにやることリストの1項目に「ノートブックと手帳の使い方を見直す」を含めてみるのもよいでしょう。

また、夏のうちにノートブックと手帳の使い方を見直すことは、来たる手帳2020一斉発売1stシーズン(9月くらいだと思っているけど、もしやもっと早い??)におけるノートブックや手帳の衝動買い予防にも有効です。Notebookers.jp愛読者の方々は日々十分に予防しているかとは思いますが、自戒を込めて念のため書いておきますね。

ノートブックと手帳を購入する際には、それなりに計画を練ったうえで程よく直感で決める感じが良いのではないでしょうか。個人的見解で。

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【ノートブックがない旅なんてVol.59】トラベラーズノートと旅した文房具/2019上半期

Posted on 20 6月 2019 by

2019年5月30日から6月1日まで、人生初のTwitterアンケートを開催していた。

Notebookers.jp記事テーマはこれまですべて、私ひとりのノリと勢いと思いつきで決めてきた。でもその方法もさすがに飽きてきたので「いっそのこと、読者さんのお力を借りてテーマを決めてはどうだろう?」と閃いた次第。

で。
アンケートの内容と回答結果がこちら。回答にご協力いただいた40名の皆さん、ありがとうございます!

「カバンの中に入れてるアイテムのお気に入りTOP5」「トラベラーズノートの使い方(最新版)」の2強であった。回答者40名のうち30名ちょいの方々は、上位2テーマのいずれかに投票してくださった計算になる。

さて。
この結果を反映して、私は今回「トラベラーズノートと旅した文房具/2019上半期」をテーマに記事を書く。

誰ですか?「そんなテーマ、アンケート回答項目にありませんよ」なんぞ石頭お問い合わせ。Tweetで最初から言ってます『「多いからそのテーマを書く」ってワケではないけれど』って。

むしろ2強テーマをミックスした新しいテーマって超オトク展開ではありませんこと!?少なくとも、わたしはとてもラッキーだと思っているんですけどね。では本題へ。

トラベラーズノートと旅した文房具を入れていたケース

傷跡が眩しいうちの茶トラです。11年目もよろしくお願いします。

この写真では全く見えないのだが、トラベラーズノートと旅する文房具を入れていたケースは「TF トラベラーズノート ペーパークロスジッパー オリーブ」である。薄いコットン生地に特殊なのりで加工したペーパークロス素材でつくられている。

レギュラーサイズのジッパーケースの表紙側には「ファスナー付きケース」、裏側の内側には「3段ポケット」、裏側の外側には「エンベロップ型のケース」が付いている。公式サイトの使用例と表裏逆の使い方をしているようではあるが、気にしないキニシナイ……

ファスナー付きケースに入れていた文房具

それでは、ジッパーケースを開いて文房具たちを取り出してみよう。まずは表紙側「ファスナー付きケース」から。

  • ジュース アップ 04 (超極細)ブラック
    「三者鼎立」、「憂喜和精神」、「難関突破」、「一日一進」、「至誠真剣」の5つの行動基準を社是として掲げるパイロットコーポレーションが2016年に発売した水性顔料ゲルインキボールペン。1本200円(税抜)なので、うっかりなくしても心理的ダメージが少なくて済む。

    インキ10色展開ではあるが、旅先では結局ブラックがいちばん使える。ノートブックへの記録だけでなく、とっさになにかの書類に書く場面にも余裕で対応OK(出入国カードとか代表例ですよね)

  • ジュース アップ 03 (激細)ブラック
    04より細い筆跡を書けるボールペン。04は超極細で、03は激細。もはやどっちが細いかわからない超精密展開……。

    04、03ともに、ワンノックですぐ書き出せるスタートダッシュ力と、商品名やメーカー名を仰々しく主張しないボディデザインと、筆記中常になめらかに走るインクが気に入っている。

    同じインキ色の04と03両方を持っていると、下手な絵を書かなくても文字だけで見栄えのするページを作れる。見出し行を04で、本文を03で書き分けるとか。同じシリーズで同じインキ色のボールペンを2本持っているので、うっかりなくしても心理的ダメージは少なくて済む。

  • ぺんてるサインペン グレー
    1963年に発売されて以来、世界中で愛されているロングセラー筆記具。チェックリスト消し込みとか、ボールペンの書き心地やインキ黒々しさに飽きた場合に備えた気分転換ツールである。色は黒でなくグレーがいい。

    ところで、ぺんてるWebサイトを見たら、サインペンのグレーが見当たらなかったのだけど、まさか無くなってたりしないよね……(筆touchサインペンのグレーはある)

  • PENCO Brush Writer イエロー
    海外ブランドの筆記具っぽい見た目をしておいて、実は国内の老舗筆メーカーと作り上げたブラシライター。色味はマイルドライナー(ゼブラ)のマイルドゴールドに近い。

    もうちょい具体的なイメージは、オンラインストアでご確認を。いっそ1本買って試していただく方が早いかと思いますが(1本270円(税込))

  • フォトアルバム用ビニールコーナー
    紙が厚いショップカードをノートブックに貼るのに、スティックのりでは若干心もとない。マステ活用もナイス選択肢だが、長さに限りがあるので慎重に使いたい。

    こうした些細な悩みをあっさり解決してくれるツールが、コクヨのフォトアルバム用ビニールコーナーである。400片入りって量も十分。ケースに入れてもかさばらない薄さで、メーカー希望小売価格240円(税抜)

    使うか使わないかはさておき、トラベラーズノートを携える旅人なら次の旅にひとつ備えておいていいツールだと思う。

  • XS コンパクトハサミ 白
    トラベラーズノートと旅する筆記具以外の文房具に求められる最大要件は「小ささ」である。ジッパーケースに入るサイズは必須だし、できることなら小さく薄く。そして見た目の存在感も小さくあってほしい。

    これらの要件を満たすハサミを模索した結果、2019年上半期時点ではデザインフィルのXS コンパクトハサミ 白がマイベスト。片手スライドで刃を出し入れできるのが特徴。すぐさま切る所作を始められるし、使い終わったらきちんと仕舞えばうっかり刃が飛び出す心配なし。

    あえて使用上の注意を述べるなら、飛行機に乗るときは必ず手荷物に預けること。うっかり手荷物検査に引っかかって厄介な展開になったら、旅のはじまり(または終わり)が若干残念になってしまう。

3段ポケットに入れていた文房具

  • 選抜マステ巻き巻きカード
    名刺サイズの無地カード(エトランジェ ディ コスタリカ)に、この旅で使いたいマステをぐるぐる巻いただけ。15mmマステなら5種類巻ける。今回巻いたマステは全てヨハク

    撮影時は旅の終盤だったため、かなりマステを消費している。空白地帯はその証。途中ファスナーケースに入れていたスティックのりを使い切ってしまうハプニングもあり、とても素敵な柄のマステなのにまるで両面テープのごとくくるり一巻きして紙の裏面に貼っていた。次回の旅ではスティックのりの残量をよく確認し、マステをきもち多めに巻いておこうと思う。

  • ほぼ日のひとことふせん サーカス(レッド)
    1日1ページ手帳といえばのほぼ日手帳さんと、イラストレータユニットのBob Foundationさんとのコラボふせん。最新ページをすぐ開けるようにインデックスとして貼り付けたり、ちょっとしたメモを関連ページに加えるために使ったり。旅ノートのおともとして汎用性が非常に高いアイテムだった。
「ほぼ日のひとことふせん サーカス(レッド)」なかみ

エンベロップ型のケースに入れていた文房具

  • ミニ TO DO リスト モノトーン(A FLOATING LIFE)
    もともとは、直近2週間で特に注力すべきことを書き出すために使っていたアイテムだった。

    しかしこのフォーマット、トラベラーズノートレギュラーサイズとの相性抜群!旅の出発前にはジャンル別持ち物リスト&チェック表として、旅の道中では明日の行きたい場所リスト&優先度確認表として、とっさに何かを書きたくなったら取り急ぎのメモ帳として、とにもかくにも縦横無尽の大活躍っぷり!モノトーンかつ最小限の機能に、ほんの少しだけブランドのおしゃれさを漂わせてくるこのフォーマットが、私にとっては最高なことこのうえなかった。トラベラーズノート使用歴11年目でも、まだまだ新しい発見はある。
ミニ TO DO リスト モノトーンを使って、旅のおとも文房具をチェック
  • CARDRIDGE dünn イエロー(ロンド工房)
    かろやかに暮らしを彩るレザークラフトの超薄型名刺入れ。「カードリッジ デュン」と読む。今回の旅で名刺交換をする場面はないと思っていたけれど、念のためCARDRIDGE dünnに名刺を数枚入れていた。

    結局1枚も名刺を渡さずに旅は終わったのだが、話の流れの都合上、うっかり1枚名刺をいただいた。その方、ニュージーランド出身とか言ってたかな。小学生レベル英語7割と相手にわかりやすく伝わりそうな簡単日本語3割、時折少々のジェスチャー程度の割合で、なんやかんやな話をした。私が文房具好きだと言ったら「私は北星鉛筆を使って絵を描いてますよ(in English)」って返しがきてびっくりした。「鉛筆」ではなく「北星鉛筆」……メーカー指定かーい!ほいで絵がまぁ緻密すぎ!!!

  • 型染柄ぽち袋 ふくら雀(榛原)
    もしものときのお金を入れていた。三つ折りお札がちょうどよく入る。見た目にめでたいデザインだし、CARDRIDGE dünn イエローとの色相性もよい。

2019年上半期を旅したトラベラーズノート写真を振り返ると、陸海空をざっくり攻略していたようす。下半期もよい旅ができるよう、日々淡々とがんばろう。

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【ノートブックがない旅なんてVol.58】時代越えをトランジションに利用する

Posted on 20 5月 2019 by

浅草/令和元年五月一日

元号が令和になってから、もうすぐ三週間が経とうとしています。
みなさまいかがお過ごしでしょうか。元気で楽しく暮らしていますか。
わたしは相変わらず、ノートブックを武器にあちこち駆け回り取っ散らかっております。

本日のコラムタイトルにある「トランジション(transition)」という言葉。
ご存知の方は、心の中で挙手。
わたしはこの言葉、つい数ヶ月前に知ったばかり。

取り急ぎtransitionを調べると「遷移」「変化」「変わり目」あたりの翻訳が出てくる。
しかし私が見聞きしたところでいう「トランジション」は以下の通りだ。

  • トランジションとは、一連の擬死再生プロセスである
  • 外的/内的要因を問わず、何かが終わるところから始まる
  • 終わりからしばらくは、喪失・無力・失望・諦め・苦悶の日々が続く
  • 底辺中の底辺まで沈みきったある日ある時あるタイミングで、風向きがいい感じに上向く
  • うまいこと風に乗っかってしまえば、終わりを終わりきって新しい始まりを迎えられる

プチ・トランジション(ex. 会社員からフリーランスへの転身)経験者は思う。
トランジションって、わりとタフ。
気力体力、時の運。知識や知恵も必要かしら。
あらゆる要素を総動員しなければ、終わりを終わりきれないし、吹いてる風にも乗っかれない。

生きるうえで何度かはトランジっておく必要はあると感じる一方で、
テキトーなノリと勢いだけでトランジりきるなんて限りなく不可能だとも推察する。

そんな超小心者の私でも、わりと簡単にトランジれるタイミングがやってきた。
そう、それが「時代越え」

平成から令和へと元号が変わる。
日本特有の時代変化を言い訳にして
平成の残課題を終わらせるとともに、令和を新しい始まりにするための布石を打ってしまおう。

渋谷/令和元年五月三日

平成末期から令和の始まりにかけて、わたしはプチ・トランジションで忙しかったというのに!
なんならまだまだ現在進行形だというのに!
日本を代表するロックユニットB’zさんは、とんでもなく豪快にあっさりやってのける!!!
(しかも稲葉さん、5月1日(推察)に渋谷自撮りしてるしwww)

いやぁぁ〜B’zほんとかっこいい。平成時代にはLIVE-GYM参戦できなかったので、令和のできるだけ早いタイミングでLIVE-GYM行きたい。ちなみにわたしが好きなB’zの曲は『孤独のRunaway』『ギリギリchop』『ねがい』『Real Thing Shakes』『HOME』『RUN』『ultra soul』『……あっもういいですか、すみませんすみません。

飯能/平成三十一年三月三十日

ムーミンバレーパークも、令和のできるだけ早いタイミングで行きたい場所である。
朝から晩まで、一日の移ろいをのんびり感じられる超ざっくり計画を立てて行きたい。
(無計画ではなく、あくまで超ざっくり計画)

【補足】
飯能郵便局の小型印「ムーミンバレーパーク開業記念」
使用期間は2019年3月16日(土)〜2019年6月16日(日)


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おかげさまで10周年

Posted on 09 5月 2019 by

2019年5月9日、よる。
Notebookersライターのsaoriです、こんばんは。

うちの茶トラこと「トラベラーズノート レギュラーサイズ 茶」
本日無事に、10周年を迎えることができまし……

って投稿するつもりだったのに、
きょう撮影のために1冊目のノートを開いたら、使用開始日2009年5月2日じゃないですか!!

こんな信じがたい展開、アリ?
あるんですよーそれが今!

ほんとにほんとに、我ながら心底びっくりしました。
人の記憶は時として豪快に曖昧なのだと、自らの体験をもって痛感しました。

「わたし今年の5月9日にTN愛用10周年迎えるのー♪」とかなんとか、
浮かれた話を聞いてくださった方々、ごめんなさいあれ嘘でした!!

2009年5月2日に1冊目のリフィル(003 無罫)を使い始めて以来、
なんだかんだの紆余曲折はあったものの、
いつの間にやらトラベラーズノートは、時代を越えた旅の連れ?友達?ただの必須文具?
うーんなんだろう。とりあえず生活におけるなんかいい感じのポジションになりました。

出張ついでも含む旅で使ったリフィルは、40冊くらい。
20冊目あたり表紙ナンバリングが面倒になって書いてなかったり、
数冊どっかになくしたりしたせいで、正確な冊数が分からないのです。

10年間、その時にあうペースでトラベラーズノートユーザーを続けていると、
トラベラーズノートとの向き合い方とか、選ぶ基準とか、
ほんの些細なことでも変化していることを実感します。

多くの人たちになにかしらを発信する職業を生業の一つとする身でありながら、
誰よりも、私自身が私の発信に新鮮さを感じられるのかもしれません。

トラベラーズノートユーザーになったことがきっかけで
さまざまな出合いや機会に恵まれたことにも、改めて感謝します。
使い始めた当初にはこの展開、全然考えもしていませんでした。トラベラーズノートすごい。

トラベラーズノートユーザー、10年続けて良かったです。
良かったなぁと、思います。

11年目からは、旅以外でもトラベラーズノートを使ってみようと画策中。
もうすこし、生活に根付かせた使い方をしてみたくなっています。
用途を絞ってときどき使うだけでは、もったいないノートなのではないかと。

筆記具や表現手法などに制限を設けず、
少なくとも使用歴11年目に入った令和元年のうちは、茶トラを使い倒してみます。
(飽きて使わなくなったらごめんね)

今後とも、うちの茶トラをよろしくお願いいたします。

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【ダイヤモンド・オンライン寄稿】デジタルとアナログを融合させてスケジュールを上手に管理する方法

Posted on 11 4月 2019 by

上手かどうかはさておいて、概ねタイトルの通りです。
ダイヤモンド社のビジネス情報サイト「ダイヤモンド・オンライン」に寄稿しました。読んでね!

【記事はこちら】
デジタルとアナログを融合させてスケジュールを上手に管理する方法

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April 10, 2019 My schedule management technique & THE BULLET JOURNAL METHOD / Ryder Carroll ⇒ https://diamond.jp/articles/-/198057 * ダイヤモンド社が提供するビジネス情報サイト「ダイヤモンド・オンライン」に寄稿した。自らのバレットジャーナル実践法と、自分と正しく向き合うためのスケジュール管理術を紹介している。 * ところでNotebookerのみなさま。ダイヤモンド社さんといえば『モレスキン 人生を入れる61の使い方』(通称:モレ本2)でおなじみの出版社さんですよね!あの本、2011年9月に発売されたんですって。ひゃー懐かしい。 * モレ本2発売時は会社員兼ブロガー兼ノート好きだったそのへんの文房具女子が、まさか平成末期にダイヤモンド・オンラインでノートの話を寄稿できるだなんて……!誰よりも、自分自身がいちばんびっくりしています!!!素晴らしい機会をくださったダイヤモンド社さん、本当にありがとうございました! * 『バレットジャーナル 人生を変えるノート術』 ライダー・キャロル 著/ 栗木さつき 訳 出版社: ダイヤモンド社 言語: 日本語 発売日: 2019/4/18 単行本(ソフトカバー): 408ページ https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4478102678/booksonlinea-22/ * #bulletjournal #bujo #bulletjournals #thebulletjournalmethod #thebulletjournalmethodbookclub #bulletjournaljapan #stationery #japanesestationery #japanstationery #notebook #notebookers #notebookaddict #notebookaddicts #hinge #hingea4 #zebra #mackee #mildliner #mildgold #diamondonline #手帳会議 #手帳会議2019 #手帳好朋友 #20190410

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記事内唯一の図版を引きで撮る

4月18日に発売される日本初の公式ガイド『バレットジャーナル 人生を変えるノート術』刊行記念の寄稿記事なので、書籍に書かれた要素もちょいちょい盛り込んだ記事になっています。

そんなわけで、寄稿にあたり一足早く本書を読んだ。

読後のひとこと感想は「類書との比較自体がナンセンス」。ノートノウハウ教えてあげます系とか憧れのきらきらバレジャ集とか、そういう雰囲気の本ではない。文具系ノート系の本やムックをそれなりに網羅した方にとっても、新しい発見がある一冊なのではないかと、個人的には思っております。あとふつうに、いちNotebookerとして早く書籍の現物がほしい。

『バレットジャーナル 人生を変えるノート術』
ライダー・キャロル 著/ 栗木さつき 訳
発売日: 2019/4/18
単行本(ソフトカバー): 408ページ

寄稿記事では、私自身のバレットジャーナル実践法と、自分と正しく向き合うためのスケジュール管理術を紹介しています。2019年春のマイリアルノートブックシステムが、どこかのだれかのお役に立てたら嬉しいです。


Instagramでは「書店でぜひ」とか言うとりますけど、いちおうAmazonのリンクも貼っておきますね。

『バレットジャーナル 人生を変えるノート術』(ライダー・キャロル 著/ 栗木さつき 訳)

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【ノートブックがない旅なんてVol.57】出張先のToday’s TRAVELER’S notebook/2019冬・ 福岡編

Posted on 20 3月 2019 by

ちょっくら旅して…ではなく、出張に行ってきた。
翔んで福岡。とあるITサービスの導入事例取材&執筆案件。
※ 文房具以外の記事も書いてるんですよ!いちおう10年以上前はシステムエンジニアでした。

https://www.instagram.com/p/BuH9Q91ATah/?utm_source=ig_web_copy_link

福岡市は、内閣府地方創生事務局が指定する国家戦略特区のうち「グローバル創業・雇用創出特区」として創業の支援と雇用の創出に取り組んでいる場所である。
そんな理由もあってか「コワーキングスペース」があちこちに点在していた。特に天神、あと博多。
「地理的に天神≠博多」という学びは、今回の出張で得られた収穫のひとつ。えっ常識!?

取材は無事終了。そのまま福岡観光したい気持ちは山々であったが、この時期はいろいろ抱えており、とても軽やかに動ける状態ではなかった。原稿の締切とか、さまざまなスケジュール調整とか、原稿の締切とか校正とか、あと原稿の(以下略)

いやいや、こんなところで負けてはならぬ。
仕事で遠くに行く機会をいかにしておもしろい旅にするか、ここらで企ててみようではないか。

そしたら福岡、いい街ですね!あの辺りって、コワーキングスペースめっちゃ充実してるじゃないですか!!だから、いいかんじのコワーキングスペースさえ探せれば旅気分満喫できる気がするし、仕事するにも環境変えてリフレッシュって大事だと思うんです!!!なのでわたし、コワーキングスペースに引きこもりますね。多少の周辺散策は許容範囲で、何卒。

海を目の前にして執筆がはかどる(と見せかけて、実際は寒すぎて終日室内で仕事をした)

今回お世話になったコワーキングスペースは、福岡市西区の海沿いに建つSALTさん。「目の前すぐ海!」って立地が既に100点超え。内装やスタッフさんも素敵だし、ココまで行くのに乗車したJR九州の車両もまた素敵。

立地の強み一点張りじゃなくて、総じていい感じにゆるくてちゃんとした空気感。新鮮な環境で仕事をしっかり進めたい身としては本当に最高な場所だった。


仕事の合間に砂浜散策リフレッシュ(とても寒かったので短時間で終了)

もちろん寄り道は必須。多少どころかまぁまぁ周辺散策した。

SALTの最寄駅はJR筑肥線の今宿駅(福岡市西区今宿駅前一丁目1-1)
ヒッポー製パン所(SALTから徒歩約1分)

ノートに記録する手段は、書くことだけではない。
「出張先のToday’s TRAVELER’S notebook」の撮影だって、立派な記録方法なのである。

旅目的100%でもなく、仕事目的100%でもない。
旅のついでに仕事するとか、仕事のついでに旅をするとか。
ひとつの時間にあれこれ雑多に織り込んだ結果、とても充実した出張になった。



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Note of the note ―ノートの調べ p.10 三島由紀夫 「豊饒の海」創作ノート

Posted on 23 11月 2018 by

Note of the note -ノートの調べ」 と題した不定期シリーズ。
このシリーズでは、著名人のノート、手稿、手帳、日記などを紹介し、そこに込められた作法と思いを検証していく。

第10回目は、三島由紀夫さん『豊饒の海』の創作ノートを記録する。

出典

写真・解説『決定版 三島由紀夫 全集 14』新潮社
解説   『決定版 三島由紀夫 全集 13』新潮社
解説   『三島由紀夫 幻の遺作を読む もう一つの『豊饒の海』』井上隆史 光文社新書 2010.11.20

はじめに

昭和44年11月25日。陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹の日、『豊饒の海』の最終原稿が編集者に渡された。この作品には出典書執筆時点で「創作ノート」23冊が確認されている。

多くはB5版の大学ノートであるこの「創作ノート」には、全四巻に及ぶ「大長編」の構想、取材記録、さまざまな確認内容、草稿スケッチ、日記などが記載されている。

研究者にとって重要なのは、この小説が、当初、五部構成の、どちらかというと「救済」の物語であったものが、第三巻執筆にあたって、四部作のアンチ物語ともいえる内容へと大改編されている点にある。ここに、三島由紀夫さんと日本、日本の歴史とのかかわりを読み取ろうという研究がなされるわけだが、私に興味があるのは、「創作ノート」そのものだ。

その意味で、23冊ものノートのうちの数枚しか、写真を見つけられなかったのが、とても歯がゆい気持ちである。(よく探せば、公開された図版はもっとあるのかもしれない)
今回は、出典資料にあったノートの概括(サイズ、表紙などへ書き込みの一部)をリストとしてまとめおくのみとなることを、あらかじめお断りしておく。

第一巻 「春の雪」 創作ノート 5冊

1「大長編 Sketch ① 三島由紀夫」(21.7×15.2)
2「大長編ノオト 1 三島由紀夫」(22×15.5)
昭和39年秋~昭和40年前半
3「大長編ノート 2 三島由紀夫」(21.3×15.4)
原稿用紙二枚ホッチキス留め有
4「大長編ノオト(尼寺)」(23×16.4)
[第三巻 第四巻に関係あり…]
5「大長編ノオト(尼寺②)1965 三島由紀夫」
添付メモ(14.3×10.6)18枚、寺のパンフ

コラム1

三島由紀夫さんは、はじめに最後までの構成を固めた上で書き始める作家だそうだ。その点からも、この作品は特異なものであるといえる。

「もっと大きなドラマティックな展開、神と悪魔のやうなものがないと四巻のラストとしては重みがない」

「世界はどうあっても存在しなければならないからだ。しかしなぜ? なぜなら迷界としての世界が存在することによって、はじめて悟りの機運がもたらされるからである」

第二巻 「奔馬」創作ノート 7冊

1「奔馬 三島由紀夫 Solarismの小説 日輪と崖上の自刃のイメーヂ」(21.4×15.2)
2「奔馬 ② 夢日記」(21.4×15.2)
[大正3年3月清顕20歳で死す、神道の「中今」と仏教の「同時交互因果」の時間概念と…]


上:杏子色の地に白い杖に緑の葉に黄色の花のステンドグラス
下:法廷の図

3「Sketch ② 三島由紀夫」(25.3×17.8)
[川と霧と田 猟銃の値段…]
4「大神々社 三島由紀夫 1966.8月」
5「神風連 三島由紀夫 〈地図及び方言集〉」(21.4×15.1)

6「奔馬(刑務所」(21.3×15)
[市ヶ谷は水洗か否か…]
7「奔馬」(25×18)

コラム2

畳半分ほどの紙に登場人物や年代を書いた一覧表数枚と取材ノート数十冊をかかえて、三島氏の自負と意欲とエネルギーはビクともしそうになかった。
「地球につめ跡を ―わが構想」(読売新聞 昭和42年2月2日)

第三巻 「暁の寺」創作ノート 5冊

1「バンコック取材〈バンパイン離宮〉」(22.5×16.3)

2「薔薇宮①」
(22×15.4;タイで購入したと思われる学習帳。表紙に象に乗る王と衛兵の絵 Naresuan THE GREAT KING 裏表紙にはタイの地図)
3「laos,India & Bangkok 暁の寺 三島由紀夫 1967」(21.4×15.3)
4「暁の寺 戦後篇」(22.5×16)
5「暁の寺」

コラム3

「すなわち「暁の寺」の完成によって、それまで浮遊してゐた二種の現実は確定せられ、一つの作品世界が完成し閉ぢられると共に、それまでの作品以外の現実はすべてこの瞬間に紙屑になったのです。(中略)
しかしまだ一巻が残ってゐる。最終巻が残ってゐる。
この「小説がすんだら」といふ言葉は、今の私にとってのタブーだ。この小説が終つたあとの世界を、私は考へることができないからであり、その世界を想像することがイヤであり怖ろしいのである」
『小説とは何か』(「波」昭和45年5月6日)

第四巻 「天人五衰」創作ノート 5冊

1「第四巻 plan」(22.8×16.2)昭和45年3月~4月
裏表紙[Coffee Shoe Brush Fountain Pen → PX …」※PXは米軍基地内の購買店
2「第四巻 月蝕 三島由紀夫」(23×17.2)
スパイラルノート

3「円照寺 〈1970.7.22〉」
表紙余白に以下の記載
第四回( 8月)海(夕刻)狂女、アパート 海(午後)
第五回( 9月)下田から船で清水へ航海
第六回(10月)養子縁組と本多の実務教育
第七回(11月)本多の死の準備とい平穏な生活

4「清水 8/10」(21.6×15.2)
5「横浜取材 岸壁から手記を捨てる」(22.8×16.1)

コラム4

取材ノートに記載された、町並み、港、海などの描写は、単に「記録」という味気ないものではなく、かといって、作中のペンキの書割のような芝居染みた文体でもない、生粋の「写生文」である。これらを読み、、改めて、三島由紀夫さんは、物語作家なのだと感じた。

物語を書き続けた作家が、最後の最後で、すべてを「無(空ではない)」に帰する、アンチ物語の物語、を書いたというところが私には面白い。

おわりに

図版が少ないため、創作中の情熱や逡巡を十分に感じ取ることができなかったのが残念だ。

主要部分はほぼ活字として読むことはできるのであるが、やはり、「線」が見たい。私はノートの文字を読み取るのではなくて、「感情線とでもいうほかない痕跡」を見たいのだと思う。

「豊饒の海」は20歳で死んで、転生を繰り返す主人公を見守りながら醜く老いていく男の一代記である。
それは、ガンダムシリーズにおける、キャスバル・レム・ダイクンの物語であり、帝都物語における鳴滝純一の物語なのだ。
私はこれまでに読んだ三島さんの作品のなかで、この作品が一番好きだ。その読後感は、山田風太郎さんの「柳生十兵衛死す」に比肩するものだと思っている。

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Note of the note p.9 正岡子規「仰臥漫録」―ライフログの壮絶

Posted on 27 10月 2018 by

はじめに

Note of the note -ノートの調べ」 と題した不定期シリーズ。
このシリーズでは、著名人のノート、手稿、手帳、日記などを紹介し、そこに込められた作法と思いを検証していく。
第9回目は、正岡子規さんのライフログ、『仰臥漫録』に向き合ってみる。

出典

図版00
仰臥漫録 岩波文庫

『仰臥漫録』の状況

まず、このライフログがどのような状況下で綴られたのかを、同書巻末の阿部昭さんの解説から引用する。

『仰臥漫録』の筆を起した明治三十四年(1901年)、子規は三十五歳、すでにその肺は左右ともに大半空洞となっていて、医師の目にも生存自体が奇蹟とされていたという。翌三十五年、病勢はいよいよ募り、春以降は麻痺剤を用い、九月初旬足の甲に水腫を見、同月十九日未明遂に絶命する。「仰臥」とは、俯すことが出来ぬので文字通り仰むけのまま、半紙を綴じたものに毛筆で記したのである。(p.191)

私がこれを、ライフログと呼ぶのは、動かせぬ体と激痛の最中、病床六尺を一歩も出ることなく、ある種の貪欲さをもってこれを書き継ぐ「文章人」の気魄に飲み込まれぬためである。
写生俳句、写生文を提唱し、文明開化後のあらゆる「文」の改革を自らの使命とした正岡子規さんが、自らをも、写生し尽くそうとする態度を、憐憫や英雄視などで歪めぬためである。
それにはただ、向き合うしかない。その命までをも写生する唯一無二なるライフログとして。

健啖と後悔と

淡々と献立を記すというのは、円谷幸吉さんの遺書にとどめを刺すが、『仰臥漫録』においても、日々の克明なる献立の記述と、食いすぎた後の煩悶。また食えなかった時の苛立ちが腹に染みる。

図版25(下記引用とは別頁)

朝 粥四椀、はぜの佃煮、梅干し(砂糖つけ)
昼 粥四椀、鰹のさしみ一人前、南瓜一皿、佃煮
夕 奈良茶飯四椀、なまり節(煮て少し生にても)、茄子一皿
この頃食ひ過ぎて食後いつも吐きかへす
二時過牛乳一合ココア交て
煎餅菓子パンなど十個ばかり
昼飯後梨二つ
夕飯後梨一つ
服薬はクレオソート昼飯晩飯後各三粒(二号カフセル)
水薬 健胃剤
今日夕方大食のためにや例の左下腹痛くてたまらず、暫くにして屁出で筋ゆるむ (pp.11-12)

何たる食欲。門下生夏目漱石さんも、ジャムなど食べ過ぎて胃をいぢめいたが、子規さんにも驚かされる。そしてこの健啖ぶりは、衰えることがない。
食らうのは体である。病とは体の病である。「私」とは徹頭徹尾「体」であった。そんな体に囚われながら、子規さんは「六尺では広すぎる(『病床六尺』より)」と言い、句作を続ける。

病床の景色

とにかく、動くことができない。仰向けに寝ているだけ。聞こえるもの、来客、家族との会話、お土産もの、そして庭から映る様々のこと。

図版31

病床所見
臥して見る秋海棠の木末かな
秋海棠朝顔の花は飽き易き
秋海棠に向ける病の寝床かな(p.30)

動けないから、句が読めない、などとはいわない。しかも写生俳句である。
以前私は『異邦人』の主人公ムルソーが、第二章において牢獄にとらわれている間にすっかり凡人となり下がることが残念で、「彼は写生俳句を作るべきであった」と思った。それはブーメランのように、自分に跳ね返ってくる。

図版87
病室前の糸瓜棚 臥して見る所(p.87)

図版34

此蛙の置物は前日安民のくれたるものにて安民自ら鋳たる也
無花果に手足生えたと御覧(ごろう)ぜよ
蛙鳴蝉噪彼も一時と蚯蚓鳴く (p.34)

俳句の俳諧性。これは世の中に滑稽さを感ずることだと思う。端的にいえば、己を去って、面白がる姿勢だ。ここに「皮肉や、冷笑」などは一欠けらもない。それは俳句を、いや文を、そして自らを濁らせるものだ。
お土産の蛙を手にとり、ためつすがめつするところは、夏目漱石さんの『門』で、宗助が起き上がり小法師で遊んでいる場面を髣髴させる。

則天去私から則私則天。そして則私去私へ

図版99

前日来痛かりし腸骨下の痛みいよいよ烈しく堪られず、この日繃帯とりかへのとき号泣多時、いふ腐敗したる部分の皮がガーゼに附着したるなりと
背の下の穴も痛みあり 体をどちらへ向けても痛くてたまらず
この日風雨 夕顔一、干瓢二落つ(pp.98-99)

この状態で、なお風物を気に留め、描きうる胆力に言葉もない。だが、こうして文や、俳句にしようとするとき、現実の惨状は、対象となり句材となる。そのとき、「私」は「天」の方へ少し離れる。このわずかの距離に文人は最大の愉悦を覚える。

図版107

(前略)さあ静かになった この家には余人一人となったのである。余は左向きに寝たまま前の硯箱を見ると四、五本の禿筆一本の験温器の外に二寸ばかりの鈍い小刀と二寸ばかりの千枚通しの錐とはしかも筆の上にあらはれている さなくとも時々起らうとする自殺熱はむらむらと起こって来た(後略)(p.105)

この時は、恐ろしさ(死ぬことよりも苦しむこと。死損なうこと、刃物そのものの)に煩悶し、しゃくりあげて泣き出していると、母が帰宅して、実行にいたらない。そして、小刀と千枚通しの絵を描き残すのである。

作品と私生活とに距離のない時代だった。私小説とは、作家の生活そのものとして発表された。そんな中で、「写生文」は、「心境描写」を徹底的に排除することにより、私と作家との間に空隙を確保した。その空隙に「天(普遍)」が入る余地をもたらした。

「日記」ではない。「写生日記」である。ライフーログとは、まさに事実をそのまま記録する姿勢である。記録者であることはつまり、自らを自らという観測器の技師の地位におくことに他ならない。

われらなくなり候とも葬式の広告など無用に候 家も町も狭き故二、三十人もつめかけ候はば柩の動きもとれまじく候
何派の葬式をなすとも柩の前にて弔辞伝記の類読み上候事無用に候
戒名といふもの用ゐ候事無用に候 かつて古人の年表など作り候時狭き紙面にいろいろ書き並べ候にあたり 戒名といふもの長たらしくて書込に困り申候 戒名などはなくもがなと存候
自然石の石碑はいやな事に候
柩の前にて通夜すること無用に候 通夜するとも代りあひて可致候
柩の前にて空涙は無用に候 談笑平生の如くあるべく候(pp.113-114)

「私」と「天」との間には、不透明で重たい「体」が存在する。「体」を離れて「私」はなく、「体」に囚われていては「天」には至らない。「私」は「体」に癒着し「体」を抜け出ようとする抵抗の中にのみ「天」を感じることができる。写生論が唯物主義であるのは決して、「体」を無視することができないからである。ライフログとは、「体」の記録でなければならない。

さいごに

『病床六尺』の最後の回の載った翌九月十八日、覚悟の子規は妹律らにたすけられて辛うじて筆を持ち、画板に貼った唐紙に辞世の句を書付けた。「糸瓜咲て痰のつまりし仏かな」。痰を切り、ひと息いれて、「痰一斗糸瓜の水も間にあはず」。また一休みして、「をとゝいのへちまの水もとらざりき」。そこで、筆を投げた。穂先がシーツをわずかに汚した。そしてその日のうちに昏睡におちいった子規は、越えて十九日の午前一時に、息を引き取る。三十六歳。いまふうに数えて、三十五歳になる直前であった。
(『病床六尺』解説 上田三四二 p.193 岩波文庫)

図版7
明治三十四年九月二日 雨 蒸暑し

銘記すべきノートである。

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Note of the note ―ノートの調べp.8 向田邦子さんの文字のある暮らし

Posted on 27 9月 2018 by

はじめに

「Note of the note -ノートの調べ」 と題した不定期シリーズ。
このシリーズでは、著名人のノート、手稿、手帳、日記などを紹介し、そこに込められた作法と思いを検証していく。

第8回目は、向田邦子さんの字との関わりについて拾ってみた。

1.原稿

(A/表紙裏、裏表紙裏)

(A/p.82)台湾に発つ前日8/19に渡した原稿

「残された鉛筆はすべて4Bから5B。力を入れずに鉛筆を持ち、すごい勢いで執筆した。1時間に400字詰め原稿用紙10枚を書いたこともある。万年筆も何本か使っていたがこちらは人が使ってこなれたものを最上とし、頼み込んでもらったりした」(B/p.13)

2.手紙・一言箋

(B/p.50)

「大切な手紙はいつも鳩居堂の封筒と便箋だった」(同上)

(B/p.83)

「届け物には必ず自筆で一筆添える」(同上)

3.レシピ、メニュー

(A/p.12)

(B/p.146)

「思いつくと原稿用紙でもなんにでも、すぐに書き残した」(同上)

4.カレンダー

(A/p.82)

「出かけた時のままのカレンダ―。旅は四角で囲む」

5.万年筆

(A/pp116-117)

「先が十分にまるまった、よく滑る万年筆は作家向田邦子必携の武器なのでした。だから書きぐせの似た人で、太字の、よく使い込んだ万年筆の持ち主に出会ってしまうと、もう前後の見境もなく…せしめてしまう」(同上)

(C/pp.78-79)

「君はインク壺の中に糸ミミズを飼っているんじゃないかと言われるほどだらしなく続く字を書くせいか、万年筆も書き味の硬い細字用は全く駄目である。大きなやわらかい文字を書く人で使い込んでもうそろそろ捨てようかというほど太くなったのを持っておいでの方を見つけると、恫喝、泣き落とし、ありとあらゆる手段を使ってせしめてしまう。使わないのは色仕掛けだけである」(同上)

さいごに

5月2日の日付が入った遺言(原稿用紙4枚に書かれている)

(D)

「不正確、いい加減、辻褄が合わない。(中略)姉(邦子)の希望通りに財産を処分するにはと考え、動いているうちに、姉の考え方、生き方、家族に対する思いが込められている(ことがわかってきた)」(D/pp.8-9)

「この「遺言状もどき」も、事務的な文章の装いの裏に、姉(邦子)の肉声が騙し絵になったり、暗合になったりしながらちりばめられている」(D/p.10)

向田邦子さんは、「父の詫び状」としてまとめられる連載中に、病気の手術のため右腕が不自由となり、以来、利き腕ではない左腕で執筆を続けていたそうです。だから、ヌラヌラの万年筆は必需品だったのだと思います。もし、自分が文字を書くのに難儀をするようになったとして、果たして「苦」をおして、文字を書くことに固執するだろうか、と考えます。「もし文字が書けなくなったら」そんなことを思うとたまらない気持ちになります。今はキーボードも、音声入力も可能ですが、手で文字を書くという活動は、存在の全てを連ねる体験としてかけがえのないものだと、改めて、思いました。

「大事にしている事は、自分の言葉で書いた方がまだスッキリする(中略)書くのはたっぷりと歳月をかけ、時間というふるいにかけてから。それでもまだ残っているならば、それを大切に拾いあげて書きたい」(D/p11)

出典リスト

出典A:クロワッサン特別編集 向田邦子を旅する マガジンハウス2000年12月1日発行

出典B:和樂ムック 向田邦子 小学館 2011年8月23日初版第一刷 向田和子著

出典C:向田邦子・暮らしの愉しみ 新潮社 とんぼの本 2003年7月15日第二刷 向田邦子・和子 著

出典D:向田邦子の遺言 文芸春秋 2001年12月25日 第三刷 向田和子著

 

 

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手帳布陣/2018AW

Posted on 12 9月 2018 by

A6用紙1枚に、2018AW手帳布陣をまとめた。

  • 2018AW シーズンテーマ
  • [かるく賢く、おもしろく]

  • 今シーズンに解決したい手帳課題と対策案
  • 1.外出時に持ち歩く手帳を軽くする
    ⇒用途面:すべてを1冊に詰め込まない。手帳・ノートの分冊
    ⇒物理面:手帳カバーに挟むアイテムの見直し

    2.日々のできごとやアイデアを読み返しやすく記録する
    ⇒「スケジュール用」と「ログ用」それぞれの手帳を用意する
    ⇒連用手帳を追加する(予定)

    3.手帳をもっとおもしろく使いたい(スケジューリング9割の手帳は窮屈)
    ⇒記録道具と手法を制限しない手帳を追加する
    ⇒ウィッシュリストを書き留める手帳を追加する
    ⇒ジブン手帳Bizの各種リストを活用する

  • 今シーズンの手帳布陣
  • 1.MP18AW:ムーンプランナー2018年秋冬版 B6サイズ ※昨シーズンはPDF版使用。冊子に変える
    [用途]
    ◎ 約2週間単位のプランニング(新月〜満月/満月〜新月)
    ◎ 約半年単位のウィッシュリスト(やりたいこと、手に入れたいこと、行きたい場所、手放したいこと、やめたいこと など)
    ○ 半年以上先のざっくり作戦会議と妄想
    ○ 心身メンテナンスのざっくりログ

    [筆記具]
    ○ ジュースアップ04(グリーン、オレンジ、ブルー)
    ○ フリクションボールスリム038(グリーン、オレンジ、ブルー)

    2.JTBiz18 → JTBiz19:ジブン手帳Biz ※2018年使用中。2019年も継続
    [用途]
    ◎ スケジュール管理
    ◎ 自分への予約
    ○ 睡眠の記録(時間と質)
    ○ 仕事と勉強の実績時間ログ
    ○ ToDoリストの一時退避スペース(実行できそうな週のページに書き込み→実行する時間帯に転記)
    ○ リスト各種(0円でできるひまつぶし、ワンコインリフレッシュなど)

    [筆記具]
    ◎ ハイテックCコレト(ブルーブラック0.3、チェリーピンク0.3、クリアブルー0.3、シャープユニット0.5)

    [その他文具]
    ◎ 地球の歩き方 with モレスキンノートカバー(チョコ)
    ◎ CARDRIDGE dünn(イエロー):予備名刺入れ。ノートカバーに挟む
    ◎ ふせん各種:手帳の裏表紙に数種類貼っておく
    ○ クリックイレーザー〈フォープロ〉:カバー裏のポケットでスタンバイ
    ○ コレト替芯各色:カバー裏のポケットでスタンバイ
    ○ 物流定規:意味はないけれどノートカバーに挟む
    ○ ほぼ日のクリアファイル 坂本奈緒 オリジナル用(しろもふもふ):切手を入れてノートカバーに挟む
    ○ もしものときのぽち袋:お札を入れてノートカバーに挟む

    プフレーゲライヒトさんのアルコールランプはんこ:睡眠時間ブロック用として
    ○ バーサファイン・クレア(トワイライト)

    地球の歩き方 with モレスキンノートカバー(チョコ)使用歴2年

    3−1.HBP17:ほぼ日Planner2017 ※リンク先の手帳は2017年版
    [用途]
    ◎ 本日の記録(トピック、ニュース、ラッキーなできごと など):1日ページに残す
    ◎ 服装ログ:月間カレンダーにイラストを描く
    ◎ コラージュの遊び場
    ※ ETA19(後述)の使い方検証も兼ねて、かつて挫折した手帳を復活させた。日付曜日のズレは無視。

    [筆記具]
    ◎ ジュースアップ04(ブラック、グリーン)
    ◎ ジュースアップ03(ブラック)
    ○ 色鉛筆

    [その他文具]
    ○ メモして貼るだけでちょいと洒落た風になるふせん各種
    ○ はさみ
    ○ のり
    ○ マステ
    ○ シール

    3−2.ETA19:EDiT B6 Daily
    [用途]
    ※ ほぼ日Planner2017の継続・改善
    ※ 服装ログのみ、10/1からEDiTマンスリーページに移行する予定

    ○ 今月のレコーディングメモ(読んだ本、行って良かった場所など)
    ○ ざっくり支出予定メモ

    [筆記具]
    ※ ほぼ日Planner2017の継続・改善

    [その他文具]
    ※ ほぼ日Planner2017の継続・改善

    4.HB5-A5:ほぼ日5年手帳 A5サイズ
    [用途]
    ◎ 本日の天気
    ◎ 本日の記録(トピック、ニュース、ラッキーなできごと など)
    ○ ?年後の自分に申し送るToDoリスト
    ○ コラージュの遊び場

    [筆記具]
    未定

    [その他文具]
    未定

    ほぼ日5年手帳の実物は「ほぼ日手帳2019 LINEUP PREVIEW」でチェック済

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    Note of the note ―ノートの調べ p.7 金子みすゞさん 二冊の抜書き帖

    Posted on 02 9月 2018 by

    はじめに

    「Note of the note -ノートの調べ」 と題した不定期シリーズ。
    このシリーズでは、著名人のノート、手稿、手帳、日記などを紹介し、そこに込められた作法と思いを検証していく。

    第7回目は、金子みすゞさんの、二冊の抜書き帖を紹介する。

    出典

    別冊太陽 日本のこころ122号
    生誕100年記念 金子みすゞ 幻の童謡詩人の世界へ 監修 矢崎節夫
    2003年4月25日初版第一刷

    金子みすゞさんのこと

    (母ミチが日頃からみすゞに言っていたという言葉)
    「ひとつのことを見たら、多くのことを考えなさい。雲を見るでしょう。そうしたら、白い雲、綿のような雲、ようなをとって綿雲、それにスワン雲……というふうにね」(出典書 p.104)

    (瀬戸崎尋常小学校四年生時の担任ヒデ先生の言葉)
    「ふとテル(みすゞ)のノートに目をやると、特別手を上げたりしないテルのノートに、あれも調べてある、これも書いてある、ということがあって驚かされた―」(出典書 p.106)

    (大正五年 大津高等女学院時代、学校まで40分の道のりを一人で歩いて通っていたみすゞが、いとこに語った言葉)
    「皆と行くのは楽しいけれど、たまには誰かのいやな話しを聞かなならんしな……。一人の方が安気でええ」

    三冊の童謡集

    ただ一枚のみ残ったみすゞの着物と、遺稿集となった三冊の童謡集。
    右より「美しい町」「空のかみさま」「さみしい王女」。

    博文館のポケットダイアリーの紙質見本に書き留められたもので、弟の正祐に託された。(出典書pp102-103)


    「こだまでせうか」


    「巻末手記」
    三冊の童謡集の最終巻「さみしい王女」につづられた巻末手記

    二冊の抜書帖

    これから紹介する二冊の抜書帖は、どちらも彼女の詩作制限期に編まれたものである。

    始めの「琅玕集(ろうかんしゅう)」は、雑誌への詩の投稿を差し控えていた、大正14年から翌15年にかけてまとめられた。

    次の「南京玉」は夫に全ての詩作を禁じられていた、昭和4年頃から翌5年2月まで書かれた。

    私たちも、文章や言葉の抜書は、日常的に行っているが、どのような時、どのような感情や、意図に突き動かされて、抜書をするのだろうか?

    資料を読みながら、私はずっとそのことを考えていた。

    琅玕集

    1925年版博文館ポケットダイアリー紙質見本。天地を逆にして、右開きで使用。

    大正13年。敬愛する西條八十が、渡仏により雑誌「童謡」の選者を離れている間の、大正14年から翌15年にかけて作品の投稿を控え、「赤い鳥」「コドモノクニ」「婦人倶楽部」をはじめとした二十三種もの雑誌などから気に入った詩や童謡を自ら選び出し、一冊の小曲集を作ることに没頭した―(出典書より)

    目次

    北原白秋、堀口大學、野口雨情、室生犀星、もちろん西條八十など、101人、178編を記す。(出典書より)

    冒頭

    南京玉

    13cm×8.7cmの小さな手帳。
    昭和4年頃から翌5年2月9日までの間、愛娘ふさえ(三歳)の言葉のひとつひとつを書きためた。(出典書より)

    冒頭

    言葉には全て番号が付されている。形式は、
    前書、一~二三〇、「お正月」、一~六四、「二月」、六五~八九、九十は番号のみ。一~二五、二月九日のみすゞの言葉 となっている。
    (出典書より)

    本文

    この時期、みすゞは夫に全ての詩作を禁じられていた。

    この二月、夫と離婚が成立。娘のふさこを、みすゞが引き取ることで話をまとめ、母の元へ身を寄せるが、ほどなく夫側が心変わりし、3月10日に娘を連れに行く、との手紙を受け取る。

    その、昭和5年3月10日未明。睡眠薬にて自死。(享年26)

    空白の九十

    みすゞは、娘を母の手元で育てることを強く望む遺書を残し、結果、その通りとなった。(出典書より)

    おわりに

    あたりまえのことを、いろんなふうにみてみたら、ありのままがみえてくる。そうすると、あたりまえはあたりまえじゃなくて、ありのままがあたりまえになる。あたりまえのありのまま。ありのままのあたりまえ。

    金子みすゞさんは、こんな抽象的なものは書きませんが、私は金子みすゞさんの「詩」を読んでいると、「ありのまま」を「あたりまえ」に感じてしまう人だったのだろうなと、思います。

    「いろんなふうにみる」というのは技術で、科学的方法はその一助となるものですが、「詩人」であるということには、「あたりまえ」に汚染されない強い無垢さが備わっているように感じます。

    色即是空。空即是色では、「命味」に欠けますが、この世界に命を燃やす全ての存在にたいする共鳴を歌った人。そんな感じがしています。

    抜書しておきたいノートです。

    以上

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    NOTEBOOKERS+俳句 2 ― ノートブッカーズっぽさとは?

    Posted on 19 8月 2018 by

    0.はじめに

    俳句好きで、NOTEBOOKERSなら、「俳句+文具」とか考えねばならぬと、手持ちの歳時記を読んでみたところ、NOTEBOOKERS的(以下NB的)とはほど遠いことがわかってしまったので、「じゃあどうすればいい?」を不定期で考えることにして。

    1.俳句拾い報告

    今回は『日本の詩歌 俳句集』中央公論社 1989.7.25 新訂3版 から。
    この本には明治後期から昭和中期まで、47人の俳人の4,000余句が納められていました。そのなかから、前回同様、「NB的季語、および事物」(Nb+俳句1の記事参照)を、「事物」の五十音順にまとめました。

    凡例:|事物|季語|季節|分類|俳句|作者|ページ数| です。

    (季節と、分類の前の数字は、ソート用の番号ですので、お気になさらないで)

    暗室|きりぎりす| 3秋| 6動物|暗室や心得たりときりぎりす| 夏目漱石| 13

    椅子| 月| 3秋| 2天文| 月光に一つの椅子を置きかふる| 橋本多佳子| 225

    鉛筆| 露| 3秋| 2天文| 鉛筆で指さす露の山脈を| 加藤楸邨| 323

    汽車| 夏の月| 2夏| 2天文| なほ北に行く汽車とまり夏の月| 中村汀女| 248

    毛糸| 毛糸| 4冬| 4生活| 久方の空いろの毛糸編んでをり| 久保田万太郎| 143

    珈琲| 夏の夕| 2夏| 1時候| 珈琲や夏のゆふぐれながかりき| 日野草城| 272

    書| 春さき| 1春| 1時候| 春先に指のかげ置く書をひらく| 藤後左右| 371

    書| 良夜| 3秋| 2天文| 人それぞれ書を読んでゐる良夜かな| 山口青邨| 164

    書庫| 足袋| 4冬| 4生活| 日々の足袋穢しるし書庫を守る| 竹下しづの女| 126

    焚火| 寒月| 4冬| 2天文| 寒月に焚火ひとひらづゝのぼる| 橋本多佳子| 228

    焚火| 焚火| 4冬| 4生活| 隆々と一流木の焚火かな| 秋元不死男| 286

    焚火| 焚火| 4冬| 4生活| 道暮れぬ焚火明りにあひしより| 中村汀女| 249

    旅| 花火| 2夏| 4生活| ねむりても旅の花火の胸にひらく| 大野林火| 309

    旅| 蛇苺| 2夏| 7植物| 蛇苺 遠く旅ゆく人のあり| 富沢赤黄男| 291

    旅| -| しんしんと肺碧きまで海のたび| 篠原鳳作| 350

    旅| -| 満天の星に旅ゆくマストあり| 篠原鳳作| 350

    旅人| 落葉| 3秋| 7植物| 木曽路ゆく我も旅人散る木の葉| 臼田亜浪| 51

    旅人| 落葉| 3秋| 7植物| 旅人は休まずありく落葉の香| 前田普羅| 92

    沈思| 冬木| 4冬| 7植物| 沈思より起てば冬木の怖ろしき| 石井露月| 37

    机| うそ寒| 3秋| 1時候| うそ寒の身をおしつける机かな| 渡辺水巴| 67

    机| 朝顔| 3秋| 7植物| 朝寒の顔を揃へし机かな| 夏目漱石| 13

    机| 元日| 5新年| 1時候| 元日の机によりて眠りけり| 原石鼎| 118

    手紙| -| ねそべつて書いて居る手紙を鶏に覗かれる| 尾崎放哉| 106

    トランプ| 薔薇| 2夏| 7植物| トランプを投げしごと壺の薔薇くづれ| 渡辺水巴| 79

    トランプ| 狐| 4冬| 6動物| 母子のトランプ狐啼く夜なり| 橋本多佳子| 226

    夏書| 夏書| 2夏| 5行事| 今年より夏書せんとぞ思ひ立つ| 夏目漱石| 11

    波のり| 波のり| 2夏| 4生活| 波のりやかへりの波にぱつと遇ふ| 藤後左右| 370

    日記| 埋火| 4冬| 4生活| 偽書花屋日記読む火をうづめけり| 久保田万太郎| 149

    日記| 炭| 4冬| 4生活| 花屋日記伏せて炭つぐ薄日かな| 渡辺水巴| 78

    文机| 植田| 2夏| 3地理| 文机に坐れば植田淡く見ゆ| 山口青邨| 168

    史| 夜長| 3秋| 1時候| 泣き入るや史読み断ちて灯夜長| 松根東洋城| 46

    頁| 逝く年| 4冬| 1時候| 逝く年のわが読む頁限りなし| 山口青邨| 170

    ペンだこ| -| 雑布しぼるペンだこが白たたけた手だ| 尾崎放哉| 107

    本| 露| 3秋| 2天文| 本を積み庭草高く露けしや| 山口青邨| 175

    マッチ| 霧| 3秋| 2天文| 一本のマッチをすれば湖は霧| 富沢赤黄男| 290

    臨書| 年の瀬| 4冬| 1時候| 年の瀬の蠅吹き飛ばす臨書人| 小沢碧童| 64

    やはり、少ない。

    が、あまり大量でも拾うのが大変だから、まあいいか。(正岡子規さんは病をおして、10万2千余句を徹底分類したんだよ。すごいんだよ 『分類俳句全集』昭和3-4年・アルス刊)

    ほぼ日weeksMEGAの豊富なノートに。

    2.ノートブッカーズの人となり?

    俳句を拾っていると、季語も事物もノートブッカーズ的ではないけれども
    「この感じはノートブッカーズっぽいんじゃないか」という句がある。

    それらを捨てるに忍びなく、こちらにまとめてみた。

    長閑| 1春| 1時候| のどかさに寝てしまいけり草の上| 松根東洋城| 43

    春| 1春| 1時候| 手をとめて春を惜しめりタイピスト| 日野草城| 269

    余寒| 1春| 1時候| 世を恋うて人を恐るる余寒かな| 村上鬼城| 17

    花| 1春| 7植物| チチポポと鼓打たうよ花月夜| 松本たかし| 343

    清水| 2夏| 3地理| 百里来し人の如くに清水見る| 細見綾子| 358

    麻服| 2夏| 4生活| 麻の服風はまだらに吹くをおぼゆ| 篠原梵| 375

    籐寝椅子| 2夏| 4生活| 一碧の水平線へ籐寝椅子| 篠原鳳作| 350

    夏帽| 2夏| 4生活| 夏帽や職場の友は職場ぎり| 安住敦| 367

    河鹿| 2夏| 6動物| 畳に河鹿はなしほうほうと言ふて君ら| 葛谷六花| 39

    筍・空豆| 2夏 .7植物| たけのこ煮、そらまめうでて、さてそこで| 久保田万太郎| 148

    踊| 3秋| 4生活| 通り雨踊り通して晴れにけり| 松本たかし| 337

    朝顔| 3秋| 7植物| あさがほをだまつて蒔いてをりしかな| 安住敦| 366

    朝顔| 3秋| 7植物| 北斗ありし空や朝顔水色に| 渡辺水巴| 77

    霜| 4冬| 2天文| パン種の生きてふくらむ夜の霜| 加藤楸邨| 322

    埋火(うずみび)| 4冬| 4生活| 孤り棲む埋火の美のきはまれり| 竹下しづの女| 128

    日向ぼこ| 4冬| 4生活| 雑音に耳遊ばせて日向ぼこ| 竹下しづの女| 125

    雪合羽| 4冬| 4生活| 火に寄れば皆旅人や雪合羽| 細見綾子| 361

    クリスマス| 4冬| 5行事| へろへろとワンタンすするクリスマス| 秋元不死男| 283

    一日のポケットから何もかもつかみだした| 栗林一石路| 195

    食べる物はあつて酔ふ物もあつて雑草の雨| 種田山頭火| 82

    指ほそく抛物線を掴むかな| 富沢赤黄男| 292

    3.ノートブッカーズっぽさとは?

    Q:ノートブッカーズっぽさって何?
    A:実例があれば、その都度判断できるけど、「定義」からは常に逃れてしまうものだよ。

    私が感じるNBっぽさとは、たとえばこれまでに読んできた記事の記憶、一昨年のTNMで出会った方たちとの思い出、タカヤさんの印象、部活のラインナップ、タグの言葉なんかの総体としてのイメージのブレンドなんだと思うな。

    草の上で寝てしまったり、仕事の途中にすぎゆく春を感じてみたり、世界って素晴らしいけどなんとなく人見知りだったり、籐椅子に寝そべってのんびりと水平線を眺めて一日を終えたり、畳に蛙を放しておもしろがってみたり、雨の間中踊っていたり、独りでいる時間に浸ったり、クリスマスの夜に、へろへろとワンタンをすすっていたり。そんなノートブッカーに、私はなりたい。

    これは人によって違うんだと思う。

    「この句は要らない」「この句は絶対入れとかないと!」という意見は、NB記者の皆様、NB読者の方々の数だけあっていいんだと思うので、ご意見熱烈歓迎どしどしね。(なにしろ、このタイプの句を拾うには、ただひたすら「句に出会う」しかないわけですから)

    今回はこのへんで。NB歳時記にむけて、これからも俳句を拾っていきませう。

    次回は「文具俳句」を集めてみたいな。

    おまけ「象」の俳句集

    うららかや絵本の象が立ちあがる 藤井寿江子
    二月の雲象かへざる寂しさよ 橋本多佳子
    ナウマン象一頭分の花の冷 高野ムツオ
    春や佐保路普賢の象に乗る夢も 河原枇杷男
    象の爪を磨いている春の夜の嵐 斎藤冬海
    音もなく象が膝折る日永かな 角 和
    象の背にキリンの首に黄沙降る 石川天虫
    春風をあふぎ駘蕩象の耳 山口青邨
    遠足にとり囲まれて象孤独 野中亮介
    象の鼻吹きたるやうなシャボン玉 石河義介
    試験果つ象は鼻から水噴いて 田口彌生
    涅槃図や身を皺にして象泣ける 橋本 榮治
    象よりも大きく涅槃し給へり 有馬籌子
    象の背をころがる水や花祭 石田由美枝
    船にのせて象はかりけり揚雲雀 龍岡晋
    花吹雪象はいよいよ目を細め 田中敦子
    涼しさや象を見おろす天守閣 仙田洋子
    はるかなる君が背にわれ夏の象 五島エミ
    炎天の原型として象あゆむ 奥坂まや
    南風や扉よりも重く象の耳 有馬朗人
    父の日や暗くて広き象の背な 下山宏子
    ヨット行く湖底に眠るナウマン象 安井信朗
    象みずから青草かずき人を見る 西東三鬼
    象使ひ白き横眼を緑蔭に 白泉
    やや寒の象に曳かるる足鎖 秋元不死男
    象も耳立てゝ聞くかや秋の風 永井荷風
    象の頭に小石のつまる天の川 大石雄鬼
    象の餌のゆたかに積まれ敗戦忌 白岩てい子
    音楽のわかる象の尾草の花 後藤比奈夫
    芭蕉の葉象のごとくにゆらぎけり 安田蚊杖
    象が曳く鎖の音の寒さかな 柊 愁生
    サーカスの象吊る港十二月 野溝サワ子
    節分や寒気の熊と温気の象 秋元不死男
    はつふゆや象のかたちに帽子置き 上田日差子
    恋人に近づく冬の象の鼻 皆吉司
    冬を耐ゆ象は全身皺にして 多賀庫彦
    荒星や老いたる象のやうな島 夏井いつき
    象の背の上の現世や寒の雨 高野ムツオ
    伊吹嶺や風の象に冬の雲 辻 恵美子
    冬日の象べつの日向にわれらをり 桜井博道
    象の貌に涙の迹や冬旱 貞弘 衛
    象を呑む蛇の話や冬籠 高野ムツオ
    正月の空の青さに象匂ふ 光田幸代
    初春の風にひらくよ象の耳 原 和子
    初明り象あるもの眼に見えそめ 小川双々子
    ねむれずに象のしわなど考える 阿部青鞋
    受胎して象のあくびを眩しみぬ 鎌倉佐弓
    電車ゴツンとアフリカ象が滅ぶ日か 高野ムツオ
    たくさんのかなしみあつめ象歩く 森 武司
    約束の眼鏡のなかに象をみた 前田圭衛子
    灰色の象のかたちを見にゆかむ 津沢マサ子

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    Note of the note ―ノートの調べ  p.6 横尾忠則さんのデスクダイアリー とおまけ

    Posted on 05 8月 2018 by

    はじめに

    「Note of the note -ノートの調べ」 と題した不定期シリーズ。
    このシリーズでは、著名人のノート、手稿、手帳、日記などを紹介し、そこに込められた作法と思いを検証していく。

    第6回目は、横尾忠則さんのデスクダイアリーを鑑賞する。

    出典

    横尾忠則 日記人生1982-1995 マドラ出版(1995.6.15 初版)

    1年間365日のそれぞれの日を、一番面白い年からピックアップして1冊に編む。(中略)日付は連続しているけれど、実際の日にちはつながっていないという、なんというか、10年間をアトランダムに飛び回っている感じのアイデアが、ぼくはすっかり気に入ってしまったのだ。(同書あとがき)

    横尾忠則さんのこと

    TADANORI YHOKOO OFFICIAL WEBSITE
    http://www.tadanoriyokoo.com/

    詳細はこちらをご覧いただくとして、私にとっての横尾さんは、三島由紀夫さん、寺山修司さん達と仲良しのグラフィックデザイナーであり、「Y字路シリーズ」の画家だ。

    今回出典元としている本は、横尾さんがつけ続けている日記を原寸コピーしたものである。365日(+α)の日記をまるごと掲載しているわけで、私は文章を全て熟読したわけではない。
    だから今回は、この日記から横尾さんの魂に触れよう、というのではなく、ただひたすら、その見た目が、圧倒的にかっこよい、日記、メモ、ノート、スクラップブックなどの手本としたいページをピックアップすることを目的としている。

    1.1995/2/26:1983/2/27

    デスクダイアリーは見開き二日。横尾さんは、文章、イラスト、スクラップでページを埋めていく。

    2.1993/4/1-1993/4/2

    旅行先では記念スタンプが必ず押され、入場券、切手なども貼りこまれる。縦書き横書きは混在し、筆文字なども自在にレイアウトされる。文章がこれらの額縁として機能し、雑多な印象はない。

    3.1990/4/9-1990/4/10

    サラリと描いたスケッチが、とてもいい味を醸し出す。洗練された線がぺージの白さを損なわない。

    4.1992/4/11-1992/4/12

    滝に関する記述が続いている。ページの半分を占める滝の絵と、文章との融合。

    横尾さんの日記には、「滝」「UFO」などの記述や「名刺」「おみくじ」「占い記事」「著名人の訃報記事」などの貼りこみが頻出する。気になっていることは、なんでも綴じておくのだ。

    気がついたことをちょっとメモしたり、スケッチブック代わりに絵を描いたり、何を描くかはそのときの気分次第だから書きたくない日は書かない。(同書あとがき)

    5.1985/7/2-1985/7/3

    大半を文章が占めた見開き。訂正や追記などを細かく見ていくと、思考を追いかけることができる。文字ばかりであるはずなのに、ページにはある種のリズムがあり、退屈を感じない。

    コラム:愛用のデスクノート

    小さな画像で恐縮だが、これは”the Y+Times”(「横尾忠則現代美術ニュース」)というパンフレットで、2016/8/6-11/27まで行われた「ヨコオマニアリスムvol.1」を紹介するものである。
    ここに、横尾さんがずっと愛用しているのは「英国レッツ社製デスクダイアリー」との記述がある。世界で初めてダイアリーの製造・販売を開始した会社との記載あり。
    株式会社平和堂 http://www.heiwado-net.co.jp/letts_hp/letts.htm

    同社の現行品で、出典書のデスクノートに最も近いのは以下の製品だと思う。(訂正ご指摘承ります)

    (同上リンクより)

    6.1990/7/12-1990/7/13

    こんな具合に、スタンプなどを押し、ホテルなどで落ち着いたところで、文章を書くのだろう。この配置、囲碁の布石を思わせる。

    7.1984/8/31-1984/9/1

    迸る見開き。旅先での記述。A4見開きとは思えないサイズ感で迫ってくる。

    8.1989/9/8-1989/9/9

    縄文。イラスト、スタンプ、入場券、切手、文章、アイデアメモなどの全部入り。それでもやはり、詰め込みすぎだとか、乱雑だという印象はない。

    おわりに

    ぼくの場合、ものを作るというのは、日記的な要素がとても強い。(中略)ぼくの絵は、まさに日記そのものといってもいいし、日記が作品だといってもいいんじゃないかと思っている。(同書あとがき)

    私は、こういうノートが大好きで、できればこういう風にノートを埋めていきたいと思っている。横尾忠則さんのデスクダイアリー。是非真似したいノートである。

    おまけ

    2018年7月のマンスリー絵日記

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    153.Define it  ―私の好きな怪談を定義する

    Posted on 15 7月 2018 by

     ノートブッカーズお題に “153.Define it(定義せよ)”が、あった。
    そこで季節がら、「私の好きな怪談」を定義してみることにした。

    はじめに

     私は怪談が好きだ。幼少期から「ムー」を購読し、「あなたの知らない世界」や「心霊写真特番」などを見聞きしては、夜な夜な後悔していた。
    そうして、多くの怪談に親しんでいるうちに、どうやら、「好みの怪談」が固まってきていた。というか「好みでないもの」が明確になってきた、というほうが正しいだろうか。
    そして今、この原稿の下書きをしながら私は、「いわゆる怪談」なんて好きではなかったのだということに気づかされた。それでは、なぜ私は「怪談」が好きだと勘違いしていたのだろうか? 私は頁を改めて、「私の好きな怪談」を定義しなおしてみた。

    Ⅰ.私好みではない怪談を定義する

    1.理由にならない理由

     「怪談」のすそ野は広い。
    『氷菓』という作品の「愚者のエンドロール」篇で「人によってミステリーの定義はずいぶん違う」という場面があった。それと同じく、人々が「怪談」と言われて思い浮かべる話は様々だろう。
    「心霊現象」「祟り」「風習」「自業自得」「民話」「妖怪」「サイコパス」「狂気」「超能力」「シンクロニシティ」「転生」「エクソシスト」などなど。これらの話は、たいてい「怖い状況の発生」と「その理由」がセットになっている。そして私好みでない怪談とは「その理由」をもつ話なのである。

     怪談の冒頭か最後かで語られる「怪異の理由(=原因)」は、実際のところ「理由」になっていないことが多い。「その部屋で自殺した人がいる」から「住んでいる人が次々に自殺する」なんて、説明になっていないことは明らかだし、現象の方も全くおもしろくない。そんな「怪談的お約束」に、私は退屈してしまうのだ。

    2.類型的な演出

     「かくれんぼ」「追跡」「人別改め」の構造をもった「怪談」は多く語り口も類型化されている。この文体ではたいてい「くりかえしの後の断定的大声」によって「吃驚させようとする」。急に大声を出されればびっくりするのは当然で、これは「怖い」というのとは違うし、むしろ「怪談」を壊していると思う。

    3.心温まる怪談

     霊現象を扱っていながら「命を救われる」とか「心が通い合う」とかいうタイプの話が、「世にも奇妙な物語」などに多い。これらは登場人物に「霊」を交えただけの「渡る世間は鬼ばかり」にすぎない。

    まとめ

     私好みでない怪談とは「怪談の話法で怪談的理由に頼った怪談らしい怪談」だった。

    Ⅱ.私好みの怪談を定義する

    1.因果因縁は不要のこと

     「因果因縁不要」この条件によって、「長編怪談」はほぼ全滅する。「長編」とはその大半が「因果因縁の説明」だからだ。だから私好みの怪談とは「新・耳袋」型となる。

    2.新・耳袋型とは

     私が考える「新・耳袋」型怪談の特徴は「不思議な現象だけを淡々と語り、言いっぱなしで終わること」である。(この精神こそ、元祖「耳嚢(根岸鎮衛さん)のモットーであった。)
    「因果因縁」で説明されてしまうところに「不思議」はなく、それらの怖さとは「理解できる怖さ」でしかない。正確に表現するなら「怪談的お約束を理解できる怖さ」ということになる。
    「新・耳袋」型の怖さとは、「目の前の現象が理解不能なために引き起こされるパニックから、思考が強制停止し、あたかも「放送を終了したテレビ画面を席捲する砂嵐」を見つめ続けている時の、自らがバグってしまった(のではないかという)怖さである。そこには、静かな恐慌と、爆発的な笑いの予感が同居する。

    3.同じ構造をもつ話の例

     都市伝説(陰謀論は除く)、「ロア」(ネットより)、「ちょっと不思議な話」(南山宏さん)、伊藤潤二さんの「阿彌殻断層(あみがらだんそう)の怪」「落下」「首吊り気球」、「百物語」(杉浦日向子さん)などが思いつく。

    まとめ

     以上から、私好みの怪談の定義は
    「私の世界認識や現状認識や知識が揺らぐほど理解不能な現象(=不思議)を表した話」ということになる。

    Ⅲ.この定義から得られる定理

    1.私好みの怪談(以下【怪談】)に「霊」は必須ではない。
    2.【怪談】は「奇妙な話」の中に含まれている。
    3.【怪談】は既存の「恐怖」では処理できない
    4.【怪談】は「オーパーツ」「世界の七不思議」「UMA」「深海生物」「絶景、奇景」を含む
    5.【怪談】は唯物的である
    6.【怪談】は実話である必要はないが、創作するのは困難である
    7.【怪談】は「霊」より「妖怪」にシフトする
    8.【怪談】はヒューモアを有する

    以上

    おまけ ノートブッカーズお題
    「文具にまつわる怪談を教えてください」

    上記の定義はあくまでも私的なものなので気にせずに、あなたの「Notebookers的怪談」を、教えてください。実体験、創作談は問いません。あなたは何を「怖い」と感じますか?

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    NOTEBOOKERS+俳句 1 ― NB的歳時記のために

    Posted on 24 6月 2018 by

    0.はじめに

    俳句好きで、NOTEBOOKERSなら、「俳句+文具」とか考えねばならぬと、手持ちの歳時記を読んでみたところ、NOTEBOOKERS的(以下NB的)とはほど遠いことがわかってしまったので、「じゃあどうすればいい?」を不定期で考えることにして。

    手持ちの歳時記。『合本 俳句歳時記 新版』 平成元年6月30日 28刷 角川書店 (意外と古い……)

    1.正岡子規俳句検索からNB的俳句を抽出する

    俳句といえば、正岡子規さんだよね。

    正岡子規の俳句検索
    『正岡子規俳句検索システムは、5つの検索方法で、正岡子規が生涯に作成した俳句の内、季語別子規俳句集(松山市立子規記念博物館 編集・発行)に掲載の俳句を検索する事が出来ます。』
    http://sikihaku.lesp.co.jp/community/search/index.php

    の「句中曖昧語検索」でNB的事物を、おもいつくままに検索し、目に付いたものを掲出する。(語句後の数字はヒット数)

    手帳 1

    萩に立て萩の句記す手帳哉

    ペン 2 インキ2

    鵞ペンさすインキの壺や秋の薔薇
    鵞ペン立てしインキの壺や秋の薔薇

    日記 16

    春雨や日記をしるす船の中
    梅雨晴や蜩鳴くと書く日記

    鉛筆 1

    小刀や鉛筆を削り梨を剥く

    (書いた)文字 1

    夕涼み仲居に文字を習はする

    言葉 7

    めでたさやよその言葉も旅の春
    初松魚べらぼうと申す言葉あり

    書 178

    ねころんで書よむ人や春の草
    眼鏡かけて書を読む夏の夜忙し

    机 28

    文机にもたれ心の夜寒哉
    夕立や机に並ぶ大盥

    写真 3

    涅槃像写真なき世こそたふとけれ
    花の歌添へし吉野の写真哉

    本 232

    読む本を其まゝ顔に昼寝哉
    洋本の間にはさむ桜かな

    墨 37(隅田川も含む)

    薄墨てかいた様なり春の月
    墨汁も筆も氷りぬ書を讀まん

    象 8

    象も來つ雀も下りつ鍬始
    毛布著た四五人連や象を見る

    最後にノーヒットをまとめて

    万年筆、ノート、日誌、帳面、地図、原稿、予定、獏、防備録、雑記、貼混ぜ、メモ。

    案外少ない。俳句と文具は相性がよくないのか?

    2.NB的季語

    手持ちの歳時記をひもといて、NB的季語を探す探すもほとんど無く…無理やりかき集めてこのくらい。(数字は手持ち歳時記の頁数)

    「夏書き」[夏](p.370)

    《げがき:夏のある期間、身を慎み写経、書写、習字などを行うこと》

    夏書の筆措けば乾きて背くなり 橋本多佳子

    「硯洗」[秋](p.587)

    《すずりあらひ:七夕の前日に常用の硯や机を洗い清めること》

    家ひそかなるや硯を洗ひをり 石田波郷
    高僧のかたみの硯洗ひけり 星野立子
    いにしへの硯洗ふや月さしぬ 加藤楸邨

    「日記買ふ」「古日記」[冬](p.817)

    実朝の歌ちらと見ゆ日記買う 山口青邨
    日記買ふ未知の月日に在るごとく 中村秀好
    書かざれどすでにわがもの新日記 山口波津女
    日記買ひ潮ながるるを見てゐたり 猿山木魂

    「日記始」「初日記」[新年](p.958)

    白く厚く未知かぎりなし初日記 能村登四郎
    新日記三百六十五日の白 堀内薫
    初日記インクの玉をおとしけり 裏野鷗城

    「読初」[新年](p.963)

    謹で君が遺稿を読みはじむ 高浜虚子
    人住まぬ辺りの地図を読初む 相生垣瓜人

    「書初」[新年](p.963)

    一字なほにじみひろごる試筆かな 皆吉爽雨
    書初といふもあはれや原稿紙 吉屋信子
    書初や旅人が詠める酒の歌 占村古魚

    「初硯」[新年](p.963)

    ましろなる筆の命毛初硯 富安風生
    墨の香の殊に匂ひて初硯 中川喜久栄

    考えてみれば、「文具の季節感」というものは固定してないものな。

    コラムその1 私的ノートの季感

    トラベラーズノートって、「夏」よね
    トラベラーズノートへリフィル夏季休暇

    で、モレスキンって、「冬」のイメージ
    モレスキンめくれば起し絵のごとし
    (でも「起し絵」は夏の季語也)

    3.NB的歳時記拾い

    こうなれば季語以外、例句に含まれるNB的事物を拾っていくしかないじゃない。わたし好みの歳時記にむかって。

    凡例:[事物/季節/句/作者名/頁数] という風になっています。

    鉛筆/春/鉛筆をくはへ磯巾着すぼむ/片山那智児/184
    鉛筆/春/鉛筆で書く音静かチューリップ/星野立子/221
    鉛筆/夏/病床に鉛筆失せぬ夏の暮/石田波郷/262
    鉛筆/秋/色鉛筆削りそろえて夜長父子/林翔/516
    鉛筆/冬/鉛筆で助炭に書きし覚え書/高浜虚子/814
    型紙/春/春燈火妻の型紙机を覆ふ/深見けんニ/93
    紙/春/昨日漉きし紙春分の日を過す/小島昌勝/50
    紙/春/花冷やまだしぼられぬ紙の嵩/大野林火/55
    紙/春/里人は紙を献じて人麻呂忌/福田蓼汀/156
    紙/夏/夏嵐机上の白紙飛び尽す/正岡子規/270
    紙/秋/秋風の和紙の軽さを身にも欲し/林翔/533
    紙/秋/熱出づる野分に飛べる紙を見て/目迫秩父/534
    原稿紙/春/熟れて落つ春日や稼ぐ原稿紙/秋元不死男/60
    珈琲/春/珈琲濃しけふ落第の少女子に/石田波郷/83
    言葉/秋/秋風や書かねば言葉消えやすし/野見山朱鳥/533
    字/冬/わが書きし字へ白息をかけておく/加藤楸邨/845
    書/春/春疾風書棚に黒き乱歩集/北光丘/65
    書/春/蛤の煮らるる音の中にて書/加藤楸邨/180
    書/夏/夏至今日と思ひつつ書を閉ぢにけり/高浜虚子/260
    書/夏/積み上げし書が目の高さ酷暑来る/松本旭/266
    書/夏/読みかけの書ばかり積んで夜の秋/石川桂郎/267
    書/夏/夕立に一顧もくれず読書かな/星野立子/274
    書/夏/青嶺眉にある日少しの書を読めり/細見綾子/280
    書/夏/書を曝し寂莫の一日終へむとす/軽部烏頭子/323
    書/夏/曝しゐる書のみなわれを養ひし/岡本欣也 323
    書/夏/四迷忌や借りて重ねし書少し/石田波郷/372
    書/秋/手にとって書かする梶の広葉かな/高浜虚子/587
    書/秋/ひぐらしやもの書きしるす膝の上/加藤楸邨/623
    硯/夏/若楓影さす硯あらひけり/水原秋桜子/440
    硯/冬/葉牡丹の座に薄明の筆硯/石原舟月/909
    墨/春/たゞ墨を擦りて香を立つ虚子忌なりき/殿村菟絲子/158
    墨/夏/濃き墨のかわきやすさよ青嵐/松本多佳子/270
    墨/秋/月の座の一人は墨をすりにけり/中村草田男/579
    旅/春/この秋は旅と思へど糸瓜蒔く/北川左人/105
    旅/春/ ヘリオトロープ船旅ははや倦む日日に/大津希水/221
    旅/夏/梅雨めくや人に真青き旅路あり/相馬遷子/272
    旅/夏/門深みかかる夜更けに旅の人/高野素十/340
    旅/夏/ねむりても旅の花火の胸ひらく/大野林火/346
    旅/夏/十二時を宵のごとくに旅の端居/山口誓子/353
    旅/夏 旅長し海酸漿の美しき/高野素十/398
    旅/夏/夜にかけて卯の花曇る旅もどり/飯田蛇笏/442
    旅/夏/旅心太藺の花にすがすがし/高野素十/481
    旅/夏/旅ひとり一つ葉ひけば根のつづき/山口草堂/497
    旅/夏/旅人に古塔かたむく夏わらび/稲垣きくの/499
    旅/秋/旅かなし銀河の裏を星流れ/野見山朱鳥/532
    旅/秋/蛇穴に入る今年もう旅はなし/大野林火/607
    旅/秋/しまひ値の鰯あをあを旅びとに/下田稔/620
    旅/秋/峡の町にカンナを見たり旅つづく/川崎展宏/667
    旅/冬/旅人と我名呼ばれむ初時雨/松尾芭蕉/738
    旅/冬/旅鞄そのまま座右に冬籠/高浜虚子/798
    帖/新年/新年の白紙綴じたる句帖かな/正岡子規/920
    手帳/秋 芦の花多忙をしるし手帳胸に/石原透/698
    日記/秋/みみづ鳴く日記はいつか懺悔録/上田五千石/633
    日記/新年/一月や去年の日記なほ机辺/高浜虚子/921
    日記/新年/日記まだ何も誌さず福寿草/遠藤梧逸/1039
    ノート/冬/沖を鷹ノート細字を以って埋む/中島斌雄/875
    鋏/秋/獺祭忌紙切る鋏街に買ふ/沢木欣一/604
    筆/春/春暁の竹筒にある筆ニ本/飯田龍太/52
    筆/春/黄梅の弾ねる風下筆洗う/管裸馬/196
    筆/夏/絵筆もて描きし如く青芒/高浜虚子/483
    文/冬/雪の日暮れはいくたびも読む文のごとし/飯田龍太/743
    ペン/秋/秋蚊帳のなかや置かれし紙とペン/目迫秩父/554
    文字/秋/霧から霧妻の手紙は文字ふせて/中村草田男/537
    文字/秋/梶の葉の文字瑞々とかかれけり 橋本多佳子/587
    文字/冬/大寒のくらさのゆゑか文字細る/目迫秩父/724
    文字/新年/三日はや木に書く文字の音すなり/飯田龍太/925

    抜き出しておけばよかったNB的事物

    机、椅子、書架、本、手紙類、舟、飛行機、御朱印、空港、港、反古、象など。

    4.NB的俳句をweb検索する

    歳時記の例句を増やすには、探すしかない。

    この項では、検索のさい上位候補に紹介される
    575筆まか勢』様
    (https://fudemaka57.exblog.jp/)
    と、

    俳句検索』様
    (http://taka.no.coocan.jp/a1/cgi-bin/haikukensaku.html)
    俳句検索システム:現在、 23,632 の文書がインデックス化され、 73,645 個のキーワードが登録されています。インデックスの最終更新日: 2003-01-01

    をおもに利用させていただいています。ありがとうございます。

    万年筆(575筆まか勢様 24句)

    あたたかや万年筆の太き字も 片山由美子
    うぐひすや万年筆の尻重く 小川軽舟
    卯の花腐し父の万年筆太し 仁平勝 東京物語
    啓蟄や万年筆の贈物 川崎展宏
    笹鳴や万年筆が見つからぬ 川崎展宏
    篠の子と万年筆を並べ置く 岡田史乃
    初蝶や万年筆が雫して 寺田京子
    冬青空夜は万年筆の中 高野ムツオ
    熱帯夜万年筆のインク漏れ 柴田奈美
    父も父の万年筆もとっくになし 池田澄子
    風光る万年筆の加賀蒔絵 伊藤とう子
    文化の日万年筆は名を変へず 鈴木栄子
    万年筆の中に泉やさくらの芽 正木ゆう子
    万年筆の中の蓮池地獄かな 豊口陽子
    万年筆呼び名変らず文化の日 鈴木栄子
    茂吉忌の万年筆の太さかな 大牧 広
    雷わたる万年筆の太古の黒 守谷茂泰
    六月の万年筆のにほひかな 千葉皓史
    獺のまつり人は万年筆ならべ 鈴木榮子
    ぺりかんは万年筆や年暮るる 雨滴集 星野麥丘人
    黄濁の川鳴る胸に万年筆 橋閒石 無刻
    砂に落つ万年筆で千鳥詠む 阿波野青畝
    秋深み万年筆を落しけり 橋閒石 微光
    初句会万年筆の赤い軸 亭午 星野麥丘人

    夕薄暑万年筆のインク涸れ 窪田久美 (weblio辞書より)

    手帳(俳句検索様 17句)

    野菊一輪手帳の中に挟みけり 夏目漱石
    ちらと見し手帳のよき字毛見の老 皆吉爽雨

    ボールペン(575筆まか勢様 13句)

    はがき書く皐月の水性ボールペン 高澤良一 石鏡
    ボールペンと一杯の水三鬼の忌 原田喬
    ボールペン嫌ひを通し鴎外忌 片山由美子 水精
    ボールペン蛇の尻尾に近づきぬ 相原左義長
    ボールペン走らせすぎて枇杷灯る 井上淑子
    ボールペン売も出てをり苗木市 加倉井秋を 午後の窓
    ボールペン落として気づく冬すみれ 三田村弘子
    寒の日に透けて水性ボールペン 高澤良一 暮津
    菜種梅雨雲間におとすボールペン 平田 薫
    蚕疲れや睡魔に放るボールペン 五十嵐春男
    ボールペン始に句箋複写して 上田五千石『琥珀』補遺
    ボールペン出先で買ひて夏本番 岡本眸
    冬灯ちりばめK氏遺愛のボールペン 楠本憲吉 方壺集

    ノート(以下、俳句検索様 13句)

    若芝にノートを置けばひるがへる 加藤楸邨
    デッサンの蟻百態のノートあり 深見けん二

    地図 79句

    清水のむかたはら地図を拡げをり 高野素十
    胡桃割る閉じても地図の海青し 寺山修司

    原稿用紙 2句

    妻も使ふ原稿用紙どこも秋 加倉井秋を 『風祝』
    六月の雨の原稿用紙かな 皆吉司

    原稿紙 15句

    原稿紙ペンの遅速に遠蛙 吉屋信子
    原稿紙の枡目二百に夜の秋 河合澄子

    写真 99句

    写真見る昔ふとりしきぬかつぎ 高浜虚子
    新樹並びなさい写真撮りますよ 藤後左右

    獏 0句

    ※でも「獏の枕」は新年の季語になっているんだよ。

    象 544句 穀象を含む

    八月の窓の辺にまた象が来る 宇多喜代子
    荒星や老いたる象のやうな島 夏井いつき

    予定 8句

    夢覚めて今日の予定や花菜摘 田中 起美恵
    木の芽雨今日の予定の街に来て 稲畑汀子

    インキ 4句 インクは13句

    手さぐりてインク匂へる霜夜かな 石橋秀野
    壷白くインクは冬の灯を吸へる 富澤赤黄男

    メモ 28句

    買初のメモ靴墨と神曲と 飛旅子
    数へ日やメモ一つ消し二つ足し 大橋敦子

    コラムその2 私的万年筆の季感

    ざっとイメージでいうと
    パイロットは春、ペリカンとセーラーは夏、パーカーは秋、モンブランとラミーは冬。なんてね。
    夕焼けもミクサブルなり金のニブ

    5.NB的歳時記とは

    歳時記は出版社によって例句のとり方に大きな特徴があるから、NB歳時記を作るなら、新しい季語をバンバン加えるのはちょとアレなので、収録した例句の全てが、文具だったり、旅だったり、チーズだったり、獏だったりを読み込んでいるっていうのを目指してみたらいいんではないかと思うの。

    どっかで出してくれないかなぁ。とゴロゴロしつつ、日々、例句集めに精出して、「NOTEBOOKERS歳時記」を編纂していくってのも、よいライフワークではないかと思ったりした第一回を終了します。

     

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    Note of the note ―ノートの調べ  p.5 太宰治さんの横顔のノート

    Posted on 03 6月 2018 by

    はじめに

    「Note of the note -ノートの調べ」 と題した不定期シリーズ。
    このシリーズでは、著名人のノート、手稿、手帳、日記などを紹介し、そこに込められた作法と思いを検証していく。

    第5回目は、太宰治さんのノートを鑑賞する。

    出典


    1.別冊太陽 日本のこころ159 太宰治 生誕100年記念 平凡社 2009.07.09

    2.弘前大学付属図書館貴重資料 太宰治自筆ノート(「英語」ノート、「修身」ノート)

    予習用読方帖

    1923(大正12)年。14歳のとき、青森県立中学校受験勉強の一環として、二十篇の課題綴方を書いた。(p.169)

       

    左 表紙 右 本文 (p.23)

    官立弘前高等学校1年(1927/昭和2年/18歳)の英語ノート

    英語のノート

    英語の教科書の見返し(p.37)

     

    弘前大学付属図書館貴重資料 太宰治自筆ノート 「英語」より

    表紙

    見返し

    ノートの解説は

    青森近代文学館 太宰治の旧制高校時代のノートについて 安藤宏(東京大学准教授)(以下「解説」とする)による

    「英語」のノートから解説に入ることにしよう。
    使われているのは横罫線二三行の大学ノートで、表紙左上に弘前高校の校章が刷り込まれ、裏表紙に「今泉本店(注ー弘前市内の主要な書籍店)特製」の標記がある。サイズはA4版に近い縦二一〇ミリ、横一六五ミリ。表紙に「Johnson & Goldsmith/Essays by/T.B.Macaulay/The Hirosaki High School/L.1.1/S.Tsushima」と記入されている。太宰は昭和二年の四月に文科の一年一組に入学しており、「L.1.1」とあることから、第一学年時に使用されたものであることがわかる。

    英語の授業は「発音」「綴字」「読方読解」「話方」「作文」「書取」「文法」からなっているが、このノートには文学作品の現代語訳が記されているので「読方読解」に該当するものであろう。

    下(閲覧p79)顔の下の欄外の書き込み (解説より)

    橄欖之実が/ほろほろと/月の光に 散つて行く/TaRanTuLa!/蜘蛛に咬まれた若者は/空を見つめて 舞ひ狂ふ/哀れ悲しく/舞ひ狂ふ

    当時、多くの高等学校がそうであったように、弘高でもまた、〝ノート主義〟ともいうべき風潮が支配的だったようだ。あたかも速記術を思わせるような口述筆記が授業の中心をなし、それが学生にとって大きな負担になっていたようである。(解説)

    落書きページ

    裏表紙

    「英語」のノートには、実に多くの箇所に落書きがあるが、その大半は肖像画(4~8、14、19、27~30、34、36、40、41、43~45、47、53、57、59、73、83、86、裏表紙など)と、英語・日本語による自己の署名(3、58、59、86など)である。(中略)自画像や、来るべき文壇デビューに備えてのサインの練習(?)を繰り返している様態は興味深い。

    官立弘前高等学校2年(1928/昭和3年/19歳)の修身のノート

    「修身」の科目は文理共通の三カ年に渡る必修科目。
    講義内容の大まかな構成は次のようになっている。
    吾人ノ国家観及ビ吾国体
    国家ト個人ナラビニ愛国心
    歴史上ヨリ見タル吾国ノ特性
    日本民族ノ外観
    1、日本の民族及国民(注ーここから〈第参学期〉とある)
    2、日本ノ国民国家
    3、日本社会運動ノ諸傾向ト我が氏族性(ママ)(解説)

    表紙

    表紙見返し

    「修身」もやはり「英語」同様、横罫線二三行の大学ノートで、弘高の校章が刷り込まれ、サイズも同一である。ただしこちらは「今泉本店特製」ではなく、「神書店製」の標記。表紙に「修身/宮城教授/弘高/文 二 一/津島修治」の記入がある(「二」の漢数字は白黒の画像だと「三」に見えるが、実際は「二」である)。昭和三年度、太宰の第二学年時のものと考えられよう。38頁まで使われ、あとは白紙。なお、ノートの終わりの部分に七ページに渡る落書きがあるほか、「英語」同様、表紙、裏表紙、表見返し、裏見返しにも落書きがある。(解説)

    閲覧p.71 自画像?

    閲覧p.79 津島修治サイン

    顔ばかり

    裏表紙

    二冊のノートの人物画像の合間に頻出する数多のサインは過剰な自意識の表象でもあろう。名前と共に The Hirosaki High School の署名が多く記されているが、そこからは一方で旧制高校スピリットの交錯した、屈折したプライドをうかがい知ることができる。(解説)

    太宰治愛用の万年筆

    (別冊太陽 p.41)

    エヴァーシャープの万年筆はもともと美知子夫人がアメリカ土産にもらった品であったが、いつからか太宰が使うようになった。透明な軸は途中で破損して取り替えいちいちインクをつけて書いていたが、軽く字を書く癖があった太宰は、1939(昭和14)年頃から最期まで、この万年筆1本で執筆を続けることができたという。
    (この文は、青森近代文学の名品 vol.1 太宰治 愛用の万年筆より)

    太宰治さんの万年筆は、EVERSHARPのDoricシリーズかと思われる。(キャップの金具の形状から)検索により似たものは見つかったが、型番は判明しなかった。しかし、同型の万年筆を落札なさったジョリ様のブログを見つけた。参考としてご紹介する。ジョリのブログ 2016-01-07 太宰治の万年筆

    ちなみに使用していたインクは 丸善のアテナインキ(P.149)とのこと。

    有明淑の日記

    彼女が19歳の頃、本人が太宰へ郵送した。

    太宰はこの日記を再構成して『女生徒』を書きあげ、川端康成の絶賛を受ける。1939(昭和14)年4月「文学界」。翌年12月には北村透谷文学賞副賞を受賞した。

    太宰から『女生徒』を送られた彼女は感激し、長く愛蔵したという。(p.80)

    手帳

    1947(昭和22)年12月のページ。(38歳)

    (P.115)

    この年の11月に『斜陽』のモデル太田静子との間に治子が誕生。太宰は認知。12月に『斜陽』発表。一躍流行作家となるも、精神と身体は蝕まれ続ける。3月末に、看護婦兼秘書の役割を果たす山崎富栄と出会っている。

    『M.C様へ うぬぼれないでください』

    太宰は、M.C、マイ・コメヂアン、を自称しながら、どうしても、コメヂアンになりきることが、できなかった。(坂口安吾『不良少年とキリスト』より抜粋)(p.102)

    1948(昭和23)年2月のページ(39歳)

    この年、『太宰治全集』の配本が始まる。

    『如是我聞』を連載。『人間失格』の執筆開始直前の時期。

    この4か月後に山崎富栄と入水心中。

    おわりに 横顔のノート

    弘前高等学校時代の二冊のノートのおびただしい落書きの大半が「横顔」であったことが、ひじょうに印象深い。横顔で目立つのは、「鼻」「顎」そして「眼」である。

    「鼻」「顎」は、自尊心の象徴として用いられるものであるし、「眼」は虚栄心、自惚れ、承認欲求などを表すように思う。そして、その眼が真正面からではなく、横、もしくは斜であることが、太宰治さんの性質の全てを表しているかのように思われるのだ。

    たとえば太宰治には過敏な自意識はあります。いつも他人に見られていると思っている。しかし、そこに「まなざし(サルトル)」はないと思います。日本の私小説家は自意識だらけですけれど「まなざし」はない。
    柄谷行人(『ダイアログⅤ p.331 戦後文学の「まなざし」)より

    『太宰は絵や書を一気呵成に仕上げることが多かった。とくに酒席の「席画」が好きで、酔った勢いでものの数分で描くこともしばしばだったという。(pp.58-59)』

    左頁 自画像 /1947 (昭和22)年

    右頁上 三つの貌 /1947(昭和22)年

    右頁下 風景 / 1940 (昭和15)年ごろ

    さいごに、太宰治さんといえば、月見草が有名だが、私には1940(昭和15)年に描かれた「水仙」の絵がとても印象深かった。

    以上

    おまけ 5月のマンスリー絵日記

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    『人はなぜ日記を書くか』読後雑感

    Posted on 27 5月 2018 by

    ※以下は別のブログに書いた記事を転載したものです。


    『人はなぜ日記を書くか』 大島 一雄 著
    Jパブリッシング(1998/11発売)


    はじめに

    日記という事件

    本書にこのタイトルの答えを求めてはならない。なぜなら本書では「日記」ありきの論考しか行われないからだ。そのような姿勢で「日記」を扱うのなら、「日記」を解体するところまでいかねばおもしろくないのだが、本書において「日記」は、徹頭徹尾「日記」のままだ。
    一体、この本において、いやこの本の筆者にとって、「日記」とはどのような「事件」だったのだろうか?

    ここで唐突に「事件」という言葉を用いた理由は
    「今の私の気分として日記はテクスト化すべきではない、と思うから」
    と、今の私はとりあえず、説明するだろう。
    結局、私は『人はなぜ日記を書くか』などいう問題提起には、なんの魅力も感じていなかったのだ。むしろ「人はなぜ日記以外のものを書きうるのか」のほうが、よほど今の気分なのである。

    読んだ理由

    ではなぜ、本書を手にしたのか?
    その理由は本書が網羅している日記資料の豊富さである。それが本書唯一の長所である。
    膨大な資料を読み込んでいるからこそ、筆者は、日記筆者と、その関係者の日記を、横断的に読み合わせることができた。
    ただ、その作業が糸を毛糸に拠り合わせるに留まり、編み物を編むに至らなかった点が残念なのである。

    日記から普遍へ

    そのようにして立ち上がる日記(個人)相互の関係性としての編み物こそが「小説的」に「時代」を構成するのではないか。
    そしてそのようにして立ち現れた「時代空間」は「無数の人称」によって、「普遍」となるのではないか。

    そんな酔狂な考えが、頭をよぎった。

    日記と世界

    もともと世界とはそのように編まれている。
    「日記」という「自己疎外=モダン」の産物を「時系列」で「横断的」に集成すると、関係性の全てを保持したまま「普遍=ポストモダン」が顕れる。「モダン即ポストモダン」「集団的個即一的全」
    日記は「世界を顕す特異点」というわけだ。

    穴に嵌まれ

    もちろん、あらゆる文章のなかで、「日記」だけがこうした特権を担う、というわけではない。

    全ての存在は縺れ合い、網目という「穴」を構築する。我々は世界を「綱渡り」しようとばかりするのだが、おそらくもっと、この「網目」に飛び込んでいくべきなのだ。
    「個」から「個」を渡り歩くための順路を模索するのではなく、自らの質量をもって穴に飛び込み、周辺の時空を歪ませるブラックホールとなるべきなのだ。
    この穴は、拡大すればするだけ、同じような網目が現れるフラクタルな構造を有する。
    事件の解決のためであればその緋色の一本を解きほぐすべきなのだが、「解決」などという「予定調和」は、ハナからおよびでない。
    ただ、やみくもに飛び込んで、跳ね返されたり、ぶつかったりしたいだけなのだから。

    日記の特性

    そのとき、我々が携えるべきが『日記』なのである。

    なぜならば、日記は誰が書いてもよく、誰が書いても正しく、誰が読んでも(日記そのものを)批判できないという、稀有の特性を持つからである。
    かつて、究極超人あーるは『誰も私がここにいることをとめられないのです!』と宣言した。このことをより重く考えねばならないと、私は考えている。

    日記の不完全性

    私がここにいること。私がここにいることを記憶すること。私がここにいることが及ぼした影響を記録すること。私がここにいることはあらゆるものがここにあることを証明していること。

    一切の自己検閲を排除し、あらゆる忖度を度外視して日々生産される日記が構成するのは、「遅れてきた今日のモデル」である。それこそが「普遍世界」の極めて貧しい欠片なのだ。我々は、その不完全さを嘆いたり、不平を抱いたりするべきではない。

    他人の日記を読む

    我々は、多くの日記を、横断的かつ網羅的に読むことによってのみ、世界の全体像をまさぐることができる。
    公開を気にも留めず、思いのままにSNSに垂れ流される脊髄反射こそが、現代の日記の一形態でもある。内省やら洞察なぞ、日記には求めてはいない。むしろ、そういう「作為」は邪魔である。

    日記を読む場所

    ただし、網羅的かつ横断的に読むことは、読者というメタレベルから俯瞰的に並列することとは全く違う。そのように読まれたとき、日記は単にテクストとなり「歴史=当事者性」が剥奪されてしまうだろう。それは日記性の消滅を意味する。

    日記を日記のままに取扱うことも、日記性を消滅させることも駄目だというのなら、一体、日記はどのように読まれるべきなのか?(因みに、この本では「なぜ書くか」ではなく「いかに読むか」を論じている。ならそういうタイトルにすべきである)

    日記とは生き様

    「他人の日記を読む」とは「他人を生きる」ことでなければならず、「多くの他人の日記を読む」とは「多くの他人を同時に生きるというメソッド」でなければならない。

    これは「輪廻」を体得する姿勢に酷似する。

    我をもって我を空じ、他者を我として他者を空じるとき、世界を我として世界を空じ、我を世界として我を空じるという手触りを感じられるのである。世界は「あなた」でできている。

    はじめにのまとめ

    多分、「普遍」とは、そのようにしか捻出できないものなのだ。
    すなわち日記とは、「ありうるべき世界」=「統制的理念」の破片なのである。

    人はなぜ日記を書くか?

    それは世界存在のあるべき姿を紡ぎだそうとする「我々」という存在者に共通する「根源的衝動」に他ならない。これがとりあえずの私の回答だ。

    本編

    それでは、この本を最大限有効活用して、今回のブログをとじよう。

    すなわち「参考文献リスト」である。(各見出しは、引用書の章題)

    Ⅰ 日記とは何か

    『日記の虚実』紀田順一郎(ちくま文庫)
    『蘆花日記』徳富蘆花
    『戦中日記』シモーヌ・ボーヴォワール(白水社)
    『日記論』ベアトリス・ディディエ(松籟社)
    スタンダールの日記
    @日記の自己言及性と「現在(同日)性」
    『続高見順日記』(勁草書房)
    『ヴァレリー全集 カイエ篇1』ポール・ヴァレリー(筑摩書房)
    アナイス・ニンが日記をアヘン吸引にたとえていた
    D.H・ローレンス、マルセル・プルーストは膨大な書簡を書いたが日記を書かなかった
    プルーストは膨大で複雑な「草稿」を残した。カフカは日記も書簡も残した
    ローレンスの「三つのチャタレー夫人」
    『カフカ全集 7 日記』フランツ・カフカ(新潮社)
    『ノートブック』ヘンリー・ジェイムズ
    樋口一葉の日記=ノート(『樋口一葉全集』筑摩書房 第三巻上下)
    『全集樋口一葉 3 日記篇』(小学館)
    『セーレン・キェルケゴールの日誌』(未来社)
    『トーマス・マンの日記 1933-1934』(紀伊國屋書店)
    『トーマス・マンの日記 1935-1936』(紀伊国屋書店)
    『トーマス・マンの日記 1940-1943』(紀伊国屋書店)
    『無知の涙』永山則夫(河出書房新社)小説「土堤」の元となった箇所が削除されている
    『人民を忘れたカナリアたち』永山則夫(辺境社/河出文庫)公開を意識していたため『無知の涙』のよさが消えている
    『草稿 1914-1916』ウィトゲンシュタイン
    『川端康成全集補巻一』著者十五歳からニ十五歳1914-24および1944-45の公表を意識しない日記草稿等
    中上健次は日記を残さなかった 「枯木灘」の著者校ゲラ
    吉本隆明『試行』巻頭の「状況への発言」
    『吉本隆明著作集15』初期ノート
    ヴォルグフガング・ケッペンの日記論
    フィリップ・ルジュンヌ『フランスの自伝ー自伝文学の主題と構造』(1971)(法政大学出版局)
    エドワード・サイデンステッカー 平安朝の女流日記
    グスタフ・ルネ・ホッケ『ヨーロッパの日記』
    diary,journal,notebook,cahiers(カイエ),carnets(手帳),journal intime《仏》(個人的日記),
    tagebch《独》

    Ⅱ 人は一日にどのくらい長い日記を書けるのか

    『モンゴメリ日記(1897-1900)・その光と影』ルーシー・モード・モンゴメリ(立風書房)
    『モンゴメリ日記(1889-1892)・プリンス・エドワード島の少女』 同上
    『マリ・バシュキルツェフの日記』上下(国民文庫刊行者)
    『アンネの日記』(文春文庫)
    『青春さまよい日記』青木正美 (東京堂出版)日記収集家
    『石川啄木全集 6 日記』(筑摩書房)
    『百鬼園日記帖』内田百聞 (福武文庫)
    『恋日記』内田百聞 (福武書店)
    『戦中派虫けら日記』山田風太郎(未知谷/ちくま文庫)
    『戦中派不戦日記』 山田風太郎(講談社文庫)
    『占領下日記』ジャン・コクトー(筑摩書房)
    『美女と野獣/る映画の日記』 ジャン・コクトー
    『マレーシュ/ある講演旅行の日記』ジャン・コクトー
    『定過去』(未邦訳)ジャン・コクトー
    ヴァージニア・ウルフの完全版日記 全五巻
    『ヴァージニア・フルフ著作集 8 ある作家の日記』(みすず書房)
    『ゴンクールの日記』(岩波書店)
    『ジュール・ルナール全集11』(臨川書店)
    『左手の日記』大屋典一 (青娥書房)
    『日本空襲記』一色次郎
    『奇妙な戦争』ジャン・ポール・サルトル (人文書院)
    『ドストエフスキー夫人 アンアの日記』 (河出書房新社)速記を反訳
    スースロワの日記(ドストエフスキーにとって重要なもう一人の女性)
    『古川ロッパ昭和日記 戦中篇』(晶文社)
    『The Complete Notebooks of Henry James』ヘンリー・ジェームズ(Oxford)

    Ⅲ 他の日記や日記作者について語ろうとする日記

    『富士日記』武田百合子(武田泰淳夫人)
    『成城だより』大岡昇平
    @日記に非公表性による、関心ある他者への気兼ねの無さ(自己検閲がゆるむ)
    『戦時の日記』ロマン・ロラン全集 26 (みすず書房)現存するだけで百七冊あるノートのうちの二十九冊分
    『トーマス・マン日記 1940-1943』(紀伊國屋書店)邦訳された氏の日記のなかで最も厚い
    『ジッドの日記 Ⅰ1889-1911』アンドレ・ジッド(小沢書店)本人による取捨選択のある日記集
    『ヴァレリー全集 カイエ篇1』ポール・ヴァレリー(筑摩書房) 九冊
    『ワイマル日記 上下』ハリー・ケスラー(冨山房)
    『ニ十年代』~『六十年代』の5冊 エドマンド・ウィルソン
    『神谷美恵子著作集10 日記・書簡集』(みすず書房) ウルフの訳者・研究者、精神科医
    『野上弥生子全集 第Ⅱ期 日記』(岩波書店)
    『アーネスト・サトウ公使日記 Ⅱ』(新人物往来社)
    リチャード・ゴードン・スミスの日記
    『罹災日記』永井荷風
    『断腸亭日記』永井荷風(岩波書店)
    『疎開日記』谷崎潤一郎『谷崎潤一郎全集』所収(中央公論社)
    『内面の日記』ボードレール『ボードレール全集Ⅵ』所収(筑摩書房)
    『ジュリアン・グリーン全集 日記Ⅰ、Ⅱ』(人文書院)
    『ヨーロッパの日記』グレアム・グリーン
    @ジャン=ポール・サルトルは十九世紀の日記を集中的に読んでいた。スタンダール、ゴンクール兄弟、ルナール、ダビ、そしてジッドの日記を、自分が日記を書く際に参照にした。
    『ボーヴォワールの戦中日記』(白水社)
    『カミュの手帖』アルベール・カミュ(新潮社)さまざまな作家の日記への言及。後半はみずからのjurnal
    『ドリュウ・ラ・ロシェル日記1939-1945』(メタローグ)
    『エリアーデ日記 上下』ミルチア・エリアーデ(未来社)
    『秋田雨雀日記』(未来社)

    Ⅳ 〈血〉で繋がり、〈性〉で作動し、〈夢〉として記述される日記

    『穂積歌子日記 明治一法学者の周辺』(みすず書房)
    『欧米留学日記(1912-1916) 大正一法学者の出発』穂積重遠(歌子の息子)(岩波書店)
    『二十歳の原点』高野悦子
    『自殺直前日記』山田花子(太田出版)
    『インマンの日記』コリン・ウィルソンが言及 アーサー・インマン(ハーバード大学出版局)
    『春の歩み』ジェームズ三木
    夢日記の例 東雅夫による紹介「正木ひろし、島尾敏雄、つげ義春、横尾忠則」
    『日本「日記」総覧』「歴史読本特別増刊」「事典シリーズ」(新人物往来社)
    『小林信彦60年代日記』(白夜書房)
    『アンネの日記 研究版』(文藝春秋)

    Ⅴ 自殺者はどんな言葉を日記に残すのか

    『ニ十歳の原点序章』高野悦子(新潮文庫)
    『ニ十歳の原点ノート』高野悦子(新潮文庫)
    『意思表示』岸上大作(角川文庫)
    『もう一つの意思表示』岸上大作(大和書房)
    『青春の墓標』奥浩平(文藝春秋)
    『闇の産卵/立中潤遺稿 日記・書簡』(弓立社)
    『転回点 -マン家の人々』クラウス・マン(晶文社)

    Ⅵ 人は日記を書きながら苦痛のなかで死ぬ

    『日本の名随筆別巻 28 日記』(作品社)
    『「死への準備」日記』(朝日新聞社)
    千葉敦子の日記形式の連続エッセー
    『アミエルの日記』(岩波文庫)アンリ=フレデリック・アミエル
    『麻酔剤服用日記』正岡子規
    『仰臥漫録』正岡子規(岩波書店)
    『動揺記Ⅰ』永山則夫(草頸書房)
    『回復記』永山則夫
    『死刑確定直前獄中日記』永山則夫(頸草書房)
    『永山則夫の獄中読書日記』永山則夫

    Ⅶ 日記は、どのように歴史の極限を刻みうるか

    『南京の真実』ジョン・ラーベ
    『覚え書』エマヌエル・リンゲルブルム
    『ワルシャワ・ゲットー/捕囚1940-42のノート』ジェイコブ・スローン編(みすず書房)
    『涙の杯/ワルシャワ・ゲットーの日記』A・ポロンスキー編(影書房)
    『ワルシャワ・ゲットー日記/ユダヤ人教師の記録 上下』ハイム・A・カプラン(風行社)
    『吉野作造選集14 日記ニ』(岩波書店)
    『将軍の遺言/遠藤三郎日記』宮武剛(毎日新聞社)
    『ヒロシマ日記』蜂谷道彦
    『重松日記』重松静馬(風媒社)

    Ⅷ 日記は独身者的な書きものである

    『日記と人格の概念』アラン・ジラール
    『セーレン・キェルケゴールの日誌 第一巻〈永遠のレギーネ〉』(未来社)
    @フランツ・カフカは恋人に日記をすべて渡した。

    Ⅸ 結婚のなかで日記はどのように継続されるか

     『アンナ・カレーニナ』に日記で触れた著名人の日記の例(※ここには名前のみ列挙する)
    有島武郎、森鷗外、夏目漱石、永井荷風、山田風太郎、阿部昭、野上弥生子、アンドレイ・タルコフスキー、永山則夫、ドストエフスキー

    Ⅹ 日記論・女性編としではなく

    『蜻蛉日記』藤原道綱母
    『ボーヴォワールの戦中日記』ボーヴォワール(白水社)
    『インセスト』アナイス・ニン 非削除版
    『ヘンリー&ジューン』アナイス・ニン
    『火』アナイス・ニン 非削除版
    頼静子の日記(頼三陽の母)
    頼春水の日記(静子の夫)
    『梨本宮伊都子妃の日記』
    『近代日本の日記』(講談社)
    『千葉敦子のななめ読み日記』(三笠書房)
    『日記の虚実』(ちくま文庫)

    ⅩⅠ フィクションの中に日記はどのように生かされるか

    @日記の自伝化
    『険しい道』ウェス・モンゴメリ自伝
    『東京焼儘』内田百聞
    『新方丈記』内田百聞
    『日日不穏』筒井康隆
    『イーディスの日記』パトリシア・ハイスミス
    『一九八四』ジョージ・オーウェル
    『収容所群島』アレクサンドル・ソルジェニーツィン
    『イワン・デニーソビィチの一日』アレクサンドル・ソルジェニーツィン
    『情事の終わり』グラム・グリーン
    『鍵』谷崎潤一郎
    『瘋癲老人日記』谷崎潤一郎
    『正義と微笑』太宰治
    『女生徒』太宰治
    『日記の一揆』野坂昭如
    『三島由紀夫/剣と寒紅』福島次郎
    『クローディアスの日記』志賀直哉
    『ハムレット日記』大岡昇平
    『吸血鬼ドラキュラ』ブラム・ストーカー
    『IT』スティーブン・キング
    『ファウスト博士』トーマス・マン

    以上(日記)

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    今、会いにいける獏

    Posted on 29 4月 2018 by

    4月27日「世界バクの日」の余韻の冷めやらぬなか、今、会いにいけるバク(マレーバク)を調べました。

    マレーバクがいる日本の動物園一覧(ネット調べ)
    ※順不同、略称あり

    2018. 4.30更新 長崎バイオパーク ジャム君
    2018. 5. 2更新 東部動物公園 オリヒメちゃん
    2018. 5. 7更新 広島市安佐動物公園 ミムさん(15)逝去
    2018. 7. 4更新 東武動物公園 トムさん(13)逝去
    2018. 9. 3更新 群馬サファリパーク ヒナタ君(♂)誕生
    2018.10. 4更新 東武動物公園 ヒコボシさん→広島市安佐動物公園へ移動
    2018.10.16更新 横浜市繁殖センター アタル君(5)   2018.4に消化器系の病気にて逝去
    2018.12.28更新 横浜動物園ズーラシア タケコさん(20) 2018.12.22に盲腸便秘・腎不全にて逝去
    2019. 3. 5更新 東部動物公園 オリヒメさん→静岡市日本平動物園へ移動
    2019. 3.10更新 和歌山アドベンチャーワールド 女の子誕生(名前未定)
    2019. 4. 5訂正 多摩動物園 ダイフク 追加
    2019. 6. 3更新 群馬サファリパーク ヒナタ♂(2018/08/21)逝去
    2019. 6.10更新 愛媛県立とべ動物園 ロコ♀→横浜動物園ズーラシアへ移動

    凡例
    (●●/●●/●●)・・・生年月日
    (●●)・・・年齢
    (;―動物園)・・・生まれたところ
    (●●⇒●●)・・・移動履歴

    東武動物公園
    シンディ♀・コト♀(2018/3/17)

    千葉市動物公園
    ユメタ♂(11)

    多摩動物公園
    ダイフク♂(千葉市動物公園;1998.7.31)・ケン♂(6)・ユメ♀(14)・リザ♀・コウ♂(2016/5/7)

    横浜動物園ズーラシア
    カイム♂(16)・ロコ♀(2009/6/5;安佐動物公園⇒愛媛県立とべ動物園)

    日本平動物園
    フタバ♂(2014/1/29;アドベンチャーワールド)・オリヒメ♀(2016.11.8;東部動物公園)・

    東山動物園
    ヒサ♂(2006/2/7)

    愛媛県立とべ動物園
    ダン♂(2005/9/22;多摩動物公園)

    和歌山アドベンチャーワールド
    ゲン♂(日本平動物園)・ハナ♀(ズーラシア) 未定♀(2019/3/10)

    群馬サファリパーク
    ヒカル♂(4;日本平動物園)・ワカバ♀(2011/6/25;アドベンチャーワールド⇒円山動物園)

    広島市安佐動物公園
    クニオ♂(2016/9/20)・ヒコボシ♂(2012.8.2;東部動物公園)

    福岡市動物園
    ユメコ♀(1991/12/19)・ジュリ♂(1988/5/31 ※国内最高齢です!)・ジュムリ♂(1996/1/6)

    長崎バイオパーク
    イム♂(4;マレーシア)・バルタム♀(5;マレーシア)・プルサ(2016/3/14)
    ジャム♂(2017.12.2)(※4/30更新 まーてぃ様より )

    横浜市繁殖センター」 原則非公開
    (規定日団体ツアーおよび特別公開日あり)
    ブレンディング♂(1996生;インドネシア)・ミミ♀(1993生;インドネシア)・ラジャ♂(2006生)・ハイジ♀(2013/8/14;安佐動物公園)

    ということで、13園32頭となりました。

    「あの子がいない」「この子は移動したはず」「年齢が違う」など、間違いがありましたら、ご指摘をお願いいたします。

    豆知識:マレーバクの黒い柄は、お腹で繋がっているよ!

    じゃ、また。各所でのイベントのもようなども、教えていただけたらうれしいです。

    ゴールデンウィークです。近くのバクに会いに行きましょう。

    (獏園)

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    Note of the note ノートの調べ ―No.119 釜名見煙の純粋空想ノート

    Posted on 01 4月 2018 by

    はじめに

    「Note of the note -ノートの調べ」 と題した不定期シリーズ。
    このシリーズでは、著名人のノート、手稿、手帳、日記などを紹介し、そこに込められた作法と思いを検証していく。

    No.119として、現代芸術家 釜名見煙さん(以下敬称略)のノートを検証する。

    出典


    図版1.『空想技術体系便概』釜名見煙 ばんぐ出版(1969年復刻版)

    釜名見煙のこと

    1900年(明治33年)4月23日 愛知県土岐郡市之倉村の鉄道技師の次男として生まれる。
    早稲田大学建築科に学ぶも1923年6月中退。


    図版2.学生生活を過ごした四谷の朱雀荘

    1923年(大正12年)9月1日関東大震災に遭遇。瓦礫の山と化した帝都に、「物質存在」の醜さを感じる。
    壺井繁治の知己を得て、萩原恭次郎創刊の詩誌「赤と黒」に一時参加するも、2年を待たず「白こそが爆弾である」と宣言し決別する。図面のトレースなどで生計をたてながら、「空想技術体系全20巻」の草稿に取組む。

    1924年(大正13年)『赤と黒』6月(号外)に掲載された「空想技術体系要綱」が、改造社 山本実彦の目に止まり、現代日本文学全集の「詩・評論」の巻に収録された。円本ブームにのって、多くの印税を手にした釜名見は、三重県鳥羽市の神島に「共想舎」を開設。美術工芸に勤しむ者たちと共同で自給自足生活を行いながら、1930年「空想技術体系全20巻」を脱稿する。

    図版3.神島での住居

    図版4.神島の共同宿舎

    その後、釜名見は「媒体に囚われない相関的全感覚芸術の行使」を提唱。全国を行脚し、住民らを巻き込んでの行使を行った。受け入れられるものも、排斥されるものも、騒乱罪などで捕縛されることもあったその行使は、約5年間で、800回に及んだ。(異説あり)

    1935年 福島の霊山町を通りかかったところで喀血し、山戸田の寺で養生をする。そこで、釜名見は全身を剃毛したり、薪を粉々になるまで彫ったり、書道で紙が真っ黒似なるまで筆でこすったりという奇妙な振る舞いを繰り返し、精神衰弱と診断され入院する。


    図版5.病院の中庭にて

    最期まで付き従った能面師の土師無明は、釜名見の入院中の様子を次のように伝えた。

    「縺れ合い、絡み合う無数の”意味可能体”が表層的”意味”の明るみに出ようとして、言語意識の薄暮のなかに相責めぎ、相戯れる。”無名”がいままさに”有名”に転じようとする微妙な中間地帯。無と有のあいだ、無分節と有分節の狭間に、何かさだかならぬものの面影が仄かに揺らぐ」(引用1)

    1937年8月24日死去(享年37)

    釜名見煙のノート

    「かつて、素晴らしい才能がありながら、絵の具を作る技術がなかったばかりに埋もれて行った画家が数多く存在しました。表現されたものでしか、人は価値を判断する事ができません。それは枷です。私は、あらゆる人間が持っている空想を、絵とか音楽とか彫刻とかに束縛されることなく表現する術を明らかにしたいのです。(釜名見)」

    このような原理を打ち立てた釜名見煙は、行使に際して一切の習作を残していない。自画像もサインもない芸術家、それが釜名見煙である。したがって、以下に紹介するノートは、尋常小学校~早稲田大学、そして神島における『空想技術体系』のための研究ノートに尽きている。釜名見煙の主活動である行使(釜名見ナンバーズ)については、当時の地方新聞などから探すしかない。

    白磁への情熱(尋常小学校当時の研究ノート)


    図版6.白磁に関する研究 尋常小学校6年生「夏の自由課題」

    生まれ育った土地は陶芸がさかんな地域だった。そのなかで釜名見煙はとくに「磁器」に興味をしめし、透き通るような肌合いをもつ白磁のかけらを集めていたという。

    この白への執着は「空想技術体系」収蔵の「ネイトン二世 ―純粋空想と人工純白」論に結実する。

    付録「ネイトン二世(抄)」

    混血王(またの名を皮剥ぎ王ネイトン二世の逸話)
    「旧世紀の西大陸を白の恐怖で被い尽くした一人の王がいました。『混血王。ネイトン二世』です。彼はまたの名を「皮剥ぎ王」といいました。ネイトン二世は確かに王族の血を引いていたのですが、どういうわけか、鳶色の肌で産まれてきました。その為に、後継者争いは熾烈をきわめることとなりました。幼い頃、自分の肌の色から骨肉の争いを引き起こしたのだとのトラウマは、ネイトン二世に過剰なまでの白色愛好癖を植え付けたのです。
    白色の優位性を成文化した最初の王として、現在彼の名は歴史から黙殺されています。彼は白のために紡績、鉱工業、遺伝子学、医学、なめし工芸、博物学、芸術、特に絵画などの分野を厚く保護しました。しかし、本質的には恐怖政治だったといわれています。純粋な白を作ることが王の最大の命令であり、失敗には死を与えられたのです。それぞれの分野で様々な白が発見、生成され、その純度で等級が決定しました。医学の分野ではアルビノ種の研究、肌の漂白技術などが研究されました。もちろん、当時が第一次産業革命期に重なったことは、研究者や職工にとっては、ある意味で、幸せだったといえるでしょう。そんな中で、白でなくてはならないのに、白が作り出せない一つの分野がありました。
    王は、自分の身の回りを全て白で統一していました。自分の肌を隠すために、白い肌を持つ娘の皮を剥ぎ、衣服を作らせたという伝説もあります。全国から集められたえり抜きの美女、特に肌の美しい女たちと七日七夜に及ぶ宴を催し、娘達の中で酔いつぶれた者から順番に、生きながら皮を剥ぐのです。阿鼻叫喚が宴をいよいよ盛り上げて行き、白色大理石の鉱脈を磨きぬいて作られた地下室からは、血が溢れたといわれています。最高のなめし職人が皮をなめし、染みぬき、さらに漂白を施した人皮の衣類は、王の身体にあわせたまま縫い合わされていたといいます。
    それほどまでに白に執着した王が、歯がゆくてならなかったのが、「磁器」だったのです。
    現在の白磁が、ボーンチャイナと言い習わされている事はご存知でしょう。東の果てから、シルクロードを通って塩と共に交易されはじめたのが、この冷ややかな白い肌を持った白磁器でした。王はこの技術を盗み出そうと、密偵を送りこみ、さらに軍勢をしかけようとした程でした。しかし、隣国のストラビヌが、その外交手腕によってまんまとこの技術を輸入することに成功してしまったのです。ネイトン二世は、使者を遣わしてこの技術を手に入れようと試みました。しかし、ストラビヌはチャイナとの条約によって、『門外不出』を遵守し続けたのです。大陸において薄く硬質な白い肌は一大ブームとなりました。ネイトン二世は、諦めて、ストラビヌからの輸入で、欲望を満たせたでしょうか?
    王は、白馬に乗り、白い羽飾りをつけた甲冑に身を固めて、ストラビヌへ進攻したのです。王の肌はいかなる矢をも貫けないように加工を施された乙女の皮を纏っていたのです。五千からなる白馬の進攻。それは無謀な行軍でした。ストラビヌの首都までの辺境地帯には自然の要塞、ヌトラカン砂漠が横たわっているのです。ストラビヌ軍は、砂に潜んでそれを迎え撃ちました。激しい日差しの下でも、夜間でも、『白』は砂中艦からの格好の的となりました。王は、戦に望んでなお、白を捨てられなかったのです。迷彩を施したストラビヌの兵士達は、囲いの中の白色レグホンを捻るよりも容易く、王の軍を殲滅できたでしょう。王の甲冑は砕け、人皮は日に焼かれ、防護機能が停止していました。ネイトン二世は、このヌトラカン砂漠の中ほどで、全身を陽に焼かれ、褐色の塩に被われて息絶えたといわれています。今でもその塩の柱を見ることができるそうです。」

    大学時代の雑録帳

    建築設計を学ぶかたわら、釜名見煙は「雑録帳」とよばれるスクラップブックを作成している。学び始めたドイツ語を駆使して、自由奔放なイメージをコラージュしたものだ。


    図版7.scrap 01. 永遠


    図版8.scrap 02. 凝視

    図版9.scrap 3. 女たち

    空想技術体系の研究ノート

    全20巻索引1巻からなる『空想技術体系』は、1930年に発表された。羊皮紙に手彩色図版が添付され、限定13部。セット毎にナンバリングが施されている。釜名見の行使を「釜名見ナンバーズ」と呼ぶのは、このナンバリングのなごりだ。


    図版10. art and magic

    「体系」は、「第一巻 空想技術を紹介する」から始まり、最終巻「空想技術集団宣言」に至る間に、古今の文献や、芸術界、文芸界、音楽界、思想哲学界、宗教界、そして科学技術界、医学界までを包括し、空想技術を明晰に確立させ、既にありながらそれと意識されることなく無為に浪費されている空想技術に明確な構造を与えた、非常に難解な大著である。


    図版11. 南方熊楠往復書簡まとめ

    釜名見は南方の粘菌研究について、「物から存在へと突き抜けると「物質」とは存在の属性の一つであるということがわかる」と感心していたという。

    図版12. 曼荼羅

    釜名見煙は人間の欲望、煩悩と密接に関わりながら空想の純粋さについて論じる。宗教・科学を疎外的空想技術と見做しつつ各派がどの程度純粋空想を保持しているのかを研究した後、精神異常と空想、夢と空想、先端科学と空想、天才と空想など、あらゆる二項対比を行い、そのいづれもが純粋空想を堕落に導いたのだという事を論証しようとしている。


    図版13.脳と記憶

    空想はどこから生じるのか? 釜名見煙は哲学的方面のみならず、科学的見地からの検討を最重要とした。


    図版14. 脳細胞スケッチ

    「空想とは、それ自体が非常に掴みにくいものだ。したがって、様々な述語によって規定され、撤廃され、また確定され、廃止されるといった馬鹿げたことが繰り返されている。空想、想像、妄想、虚妄、空言、嘘、夢だとか、幻想だとか、様々な述語が用いられ、そのいづれもが少しずつ重なりながらも、別々の意味を表すという複雑な状況となった。しかし、これらは皆、同一の現象なのだ。では、何故このような区別をされなくてはならなかったのか。それは、この現象が引き起こす二次的な要素、またはその現象がみられる場所、時間などによる規定の仕方に過ぎない。(釜名見)」


    図版15.重力

    釜名見煙は、純粋空想そのものを説明するのではなく、反対概念を糾弾することで純粋空想を浮き彫りにしようとする。純粋空想は言語による規定をも否定するためだ。

    釜名見煙の芸術は、常に価値観の破壊をテーゼとし、それは最新の科学的知識、先端技術によって表現されてきた。第一作とされるエンサイクロペディアの発表は、知の破壊と再生を体言したいわば脱現代宣言だった。

    おわりに

    「その後発表された釜名見ナンバーズと呼ばれている一連の作品は、全て、見るものを二分してきました。すなわち、心酔する者と、嫌悪する者とに、です。釜名見は、時として駄々っ子のように現在の風潮や、大義をひっくり返そうと試みてきましたし、そのようにして成し遂げられた作品は、無視することを許さないリアリティを獲得していました。釜名見は現代美術最後の巨匠として、時代の推進力となり、かつ、時代の破壊神として君臨し続けていました。煙の凄さは、こうした状況をすべて、処女作品の「空想技術体系」で予言していたということです。今、この著作は散逸しており、この点については釜名見神話として語られているだけです。時代に対するアンチテーゼが釜名見の製作動機だったことは、いうまでもありません。ですから、自身が時代を造り出してしまっているというジレンマを解決するためには、釜名見は、つかみ取った地位を捨て去らねばならなかったのです。釜名見にとって時代はあまりにも軽く、むなしい物に見えたことでしょう。」(『季刊 几螺果巳』1969年12月「蘇る釜名見煙」号)

    釜名見煙という芸術家は、埋もれていました。

    死後30年余りたった1964年。ハイレッド・センターの赤瀬川原平らによって、釜名見煙は、ハプニング、アクション、イベント、といった芸術行動として再評価され、「訪問詩劇」、「回覧彫刻」など、寺山修司らによる天上桟敷の活動にも多大なる影響を与えることとなります。

    しかし、彼が解放したかった「純粋空想」は未だ、いやますます物質文明に縛り付けられているように感じるのです。

    「この世界の全てが、空想を堕落させている」釜名見煙

    以上

    ※052. ノートブックに○○を貼ってみる
    ※119. さて、エイプリルフールがやってきます。今年もエイプリルフール的記事を楽しみにしています★

    使用図版及び引用出典

    図版1.斎藤清『凝視』 1962年(昭和37)に文字を合成

    図版2.朱雀荘(四谷)「写真集失われた帝都東京」 柏書房 1991.1.10. p.333

    図版3.M邸外観(原宿) 「同上」p.277

    図版4.同潤会青山アパート 「同上」p.323

    図版5.宝塚大劇場庭園 「同上」p.58

    図版6.磁器について 「私物」

    図版7.8.9. scrap「今回のために作成」

    図版10.-15. 「私物」

    引用1『井筒俊彦』河出書房新社 p.62よ「言い難く豊かな沙漠の人」日野啓三より(『文化と言語アラヤ識』「意味の深みへ」井筒俊彦著 を抜粋)

    ネイトン二世(抄)創作

    (万愚)

     

     

     

     

     

     

     

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    トラベラーズノートのある風景 2018改訂版

    Posted on 17 3月 2018 by

    ※ 本記事は個人ブログ「ノートブックがない日々なんて」2016/09/23投稿記事を転載・加筆しています。

    旅するときはいつだって、トラベラーズノートを持って行く。

    オリジナルガイドブック代わりとして、道中の暇つぶし落書き帳として、
    旅先で見つけた紙モノアイテムのスクラップブックとして……。
    トラベラーズノートは、その名の通り旅先で大活躍してくれる。

    でも、旅先でトラベラーズノートが最も活躍する場面は、風景写真を撮るときかも。

    トラベラーズノートを風景に入れ込んで写真を撮る行為は、いわゆる“自撮り”の一種といえる。
    自分がその場にいたことを、トラベラーズノートを身代わりにして証明するのだ。

    いや、そこまでの強い想い入れは、実際のところ、ない。
    ただ知らぬ間に、旅の習慣になっているだけ。

    トラベラーズノートのある風景写真撮影歴は、もう7年くらいかしら。
    飽きっぽい性格なのに続いている、数少ないトラベルライフワークになっている。

    山にも、海にも、トラベラーズノート。



    ローカル線にも、トラベラーズノート。



    駅のホームで、トラベラーズノート。



    スタンド・バイ・ミー・トラベラーズノート。



    ご当地置き物 with トラベラーズノート。

    不格好なフォルムも傷だらけの革も、味。
    トラベラーズノートがない旅なんて、やっぱりどうしても考えられない。

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    Note of the note ―ノートの調べ  p.4 書かされる「日記」に関する一考察

    Posted on 25 2月 2018 by

    はじめに

    「Note of the note -ノートの調べ」 と題した不定期シリーズ。
    このシリーズでは、著名人のノート、手稿、手帳、日記などを紹介し、そこに込められた作法と思いを検証していく。

    第四回目は 非常に興味深い本を読んだので、その一部をご紹介しつつ「日記」について考察する

    出典

    『日記文化から近代日本を問う ―人々はいかに書き、書かされ、書き遺しきたか』
    田中祐介 編 笠間書院 2017.12.25

    この本は、2016年9月17-18日の学際シンポジウム「近代日本の日記文化と自己表現」(於 明治学院大学白金校舎本館10階大会議室)での成果に基づくもので、①日記の内容 ②日記帳そのもののと、その生産流通普及 ③日記を書く行為 の三点を軸に展開する。

    私がとくに気になったのは副題の『書かされ』の部分だ。私たちは一体どこまで「書く事」に自由であろうか?

    日本の日記帳の始まり

    p.19

    日本で初めて日記帳を公に出版したのは大蔵省印刷局で1880年(明治13年)の「懐中日記」と「当用日記簿」だ。これ以降、民間会社も参入するが、「官製」にはかなわず、長らくシェアを独占する。

    博文館参入

    その牙城を崩したのは、1895年博文館の「懐中日記」だった。
    博文館の資料によれば、大蔵省印刷局の日記帳は、競合がなかったがゆえ、品質の低下を招いていた。そこで高品質&多様性を重視した博文館の日記帳に人気が集まったのだという。博文館の刊行から数年で、大蔵省印刷局は日記帳の発行を止めた。

    日記市場の隆盛

    日記帳は爆発的に売れ、その刊行数も飛躍的に増加した。
    当初は「当用日記簿」をはじめとする四十種類ほどであったものが、1931年(昭和6年)には172種類、その五年後1936年(昭和11年)には20社以上から300種類を超える多様な日記帳が発売されている。

    p.20

    多様化=規範化

    日記の選択は「自分は何者なのか」を問うことである。自意識、社会属性、教育段階、社会的立場、趣味嗜好を反映する以上、多様化が求められるのは当然といえるのかもしれない。
    しかし、それぞれの属性にふさわしい日記帳を使うとは、「規範化」されるということでもある。

    国民教育装置としての日記

    p.29

    この日記の執筆者は国民学校初等科五年生の女子である。彼女はいたって真面目な児童であったことが日記からうかがえるのであるが、この日の日記で激しく叱責される。彼女は「鉄拳を下された」ような衝撃を受けて落涙し、「真に頑張ろう」と決意を新たにしたと、後に記している。

    日記には何を書くべきなのか?

    「夏休みの日記」1932年7月27日(『近代日記コレクション』)にはある日記に対する教師の寸評として

    この文日記としては相応しからず。いくら文がよく出来ていても日記には日記文が必要。此の文、他人に見せることを予想している。日記は自分が見るもの」(出典書 p.26)

    と記している。

    国語教育が成立した1900年(明治33年)は、言文一致運動、写生文の流行もあり、教材として日記帳簿が盛り込まれている。そこでは、「ありのまま」を「素直」に書き記すことを求められ、「自分しか見ないものであるのだから、一切の隠し立てをすべきではない」とされた。実際には教師に提出を義務づけられているにもかかわらずだ。そして、教師(国家)が考える「らしさ」を逸脱する記載があれば、日記指導はそのまま生活指導に直結したのである。

    「日記は、その日その日の生活表現摘要であり、備忘録であり、生活反省であり、自照文学でなければならない。教師にとっては、日記の形態による生活表現を錬成するとともに、それを通して児童の個的生活を理解し生活指導の重要な機会を把へることになる。あくまでも綴方教育は表現指導を通した生活指導に生きなければならない」
    滑川道夫『生活形象綴方教育の実践構築』弘文堂 1935  p.189(出典書 p.90)

    こうした「日記」の傾向は軍隊においてさらに顕著である。

    軍隊日記

    p.33

    この前日の日記を彼は途中で書けなくなってしまった。そこで上官は「何デモ記スンダ恐ルルナ」と書き込んでいるのである。「自己の内面の不調は軍隊生活において秘匿すべきではなく、素直に告白して上官に知らしめなければならない」

    だが翌月2月14日、彼は日記本文を書けなかった。それに対して上官は「日誌ヲ怠タル様ナ事デハ駄目ダ」と叱責する。

    日記を綴らないことがなぜ、駄目なのか? ドナルド・キーンは米軍においては敵への情報流出を危惧して、日記は禁じられていたという。
    日本においては、学生が日記を書くことを義務付けられているのと同じように、軍隊においても日記は義務であった。それは定期的に上官の「検閲」を受け、朱書きの激励や注意を、自らの糧としてありがたく吸収した。という。

    何も書かないことは逸脱であり、本心を書いてそれが軍隊精神に反していればそれもまた逸脱として矯正される。まして、「嘘」を書けばそれは逸脱を通り越して反抗とみなされたであろう。

    日記教育

    p.61

    これは、内藤半月堂(1972年(明治5年)創業)の市販の日記帳であるが、学校名が印字されている。1895年はまだ博文館も小学生用日記は刊行してない。

    p.65

    まことに小学生らしく、放課後の遊びや、厳格な父親のエピソードにあふれた日記だ。一つ一つのエピソードに教師は褒め、注意喚起し、叱咤激励するのであるが、その内容は全て「生活指導」といえるものばかりである。

    子供は褒められればうれしい。褒められるために、求められる児童像に自らを重ね合わせようとするのは自然なことであった。それは反復され「規範」は内面化されていく。教育現場では日記はそのように用いられていたのである。

    炎上する日誌

    最後にキリスト教主義の「忠愛寮」の「忠愛寮日誌」を紹介する。本来は寮生による朝の礼拝の記録だったが、そこには生徒たちの信仰に対する赤裸々な告白を真面目に記すことが求められた。

    日記は「私的・内面」記述であり、日誌は「公的・事実」記録であるとするなら、「忠愛寮日誌」は後者のはずであった。だが、この日誌の興味深い点は、みんなが書く(読む)ところに私的感想を記したところにある。そして、その記述について、欄外に、他の寮生が忌憚ない意見、感想を追記するという特異な状況となったのである。

    p.183

    執筆者の信仰に対する持論と、欄外の批判。

    p.183

    執筆態度に不真面目なところを見出し、批判が書き込まれ、激した言葉の応酬となる。

    P.186

    炎上状態。

    この日誌の最後のページ近く(1946年(昭和21年)3月18日)には、

    此の礼拝日誌も将に終わらんとしている。此の一冊は学生諸君の真心のほとばしりだ。愛惜に堪えない。と同時に自分がその中にあってゐた徒に頁を汚したのではないかとそれを恐れ愧じる。(中略)この一冊は寮と共に永く残る。寮の宝である。此の日記が使はれなくなった後も、時に取り出して振返って見たい。今朝の自分の空疎な祈り、まだまだ勉強が足りない。充実した熱い祈りを祈りたい。(p.192)

    とある。

    おわりに

    私たちは「書く」者である。だが、「書く」者として生まれついたわけではなく、自然に「書く」者になったわけでもない。私たちはなぜ、書くのか。いかにして書くのか。それは「書かされている」のではないのか。そんなことを常に自問しながら、ノートと向き合い、ペンを持ちたいと考えている。

    今回紹介したのは全560ページの内のほんの僅かな部分でしかない。「日記」に関しては、今後も機会があれば取り上げたいと思う。

     

     

     

     

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    2017年の手帳考察:アクションプランナー原点回帰

    Posted on 23 2月 2018 by

    ※ 本記事は個人ブログ「ノートブックがない日々なんて」2016/12/30投稿記事を転載・加筆しています。

    2016年も残りわずかではないか!はは、はやい……。
    気を取り直して、本日は2017年メインの手帳について記事を書く。

    2017年メインの手帳は、コレに決めた。
    アクションプランナー(イー・ウーマン)

    アクションプランナーが気に入っている理由は、
    「時間配分が見えやすい週間バーチカル」 かつ 「1週間すべて同じ大きさの時間枠」

    アクションプランナー以前に使っていた手帳はバーチカルだったものの、
    日曜日の枠だけ小さくなっていた。
    日曜日のスペースが小さい=休みの日曜日って価値が小さいんじゃないの心理が働き、
    仕事が忙しくなるほど、手帳を開く時間がすこし悲しくなる問題が発生。

    アクションプランナーは3年前から使い始めている。
    職種が変わった影響で途中何度か手帳チェンジを試みたが、
    結局のところ、アクションプランナーに戻るものだ。

    しかし、アクションプランナーに戻っても時間管理がうまく行っている気がしない……。
    様々な手帳術を自分流に取り込みたがる、ノート好きの悪い癖が出てしまうのだ。
    結果として変にオリジナリティーを出しすぎて、手帳内は混沌としていた。

    【手帳内混沌現象の一例】
    ・4色ボールペンで書き分けた結果、ページ全体がごちゃついて見づらい
    ・予定変更があったとき、変更前の記述を修正テープで消すのが面倒
    ・修正テープで消した上に極細ボールペンで書くと、テープが削れてスムーズに書けない
    ・付箋やメモなどの紙モノを貼りすぎて手帳が膨らむ&重くなる

    1冊の手帳でなんでもまかなおうとした結果、なんにもうまく使えない事態になっていた。
    アクションプランナーのフォーマットはすっかり目に馴染んできたので
    2017年も継続して使いたいのだけど……

    とまぁ、たかだかメイン手帳を決める(というか、結局継続になる)だけなのに
    甚だ面倒な考察を重ね、ある結論に至った。

    「2017年、アクションプランナー原点回帰」

    あれこれ凝った使い方が結局機能しなくなったのだから、
    ここは一旦、「自分なりの工夫(どや顔キラリ)」なるものをすべて捨てて
    アクションプランナーが推奨する使い方に忠実になってみよう、と決めたのである。

    そうと決まれば、原点を知る必要がある。
    アクションプランナーを使った時間管理術を学ぶべく、
    佐々木かをりさんの「自分を予約する “実践” 時間管理術 in表参道」に行ってきた。

    一応、アクションプランナーの使い方の基本はこれまでも守っていたつもり。
    でも佐々木さんのお話を聴くと、時間管理の考え方を修正したうえで
    手帳の使い方も変えるべき(っていうより、すぐに変えるわ!)と感じた。


    お話を聴いて再確認した時間管理の考え方&具体的な使い方は、次の3つ。
    1.手帳は人生の脚本である。自分の人生の主役は自分。
     →なので、アクションプランナーには「自分の行動」を書く。
     他の人の行動は、自分の行動に本当に関係ある場合にだけ書く。
     自分のライフログや思いつきメモは、アクションプランナー外に書く。

    2.自分の時間は自分で予約する
     →なので、希望的予定(○月頃に××に行きたい、など)もシャープペンで先に仮記入しておく。
     日程が具体的に決まっていなくても、大まかにやりたい時期を書くことで
     その実現に向けて考える機会が増える。実現に向けて細かい予定も考えられる。

    3.時間を大切に。時間は守る。
     →なので、アクションプランナーに書く文字は丁寧に。
     きれいな文字で手帳に書けば、視覚で感じる時間の流れが少しは穏やかになる。
     せめてアクションプランナーの中だけでも、時間のせわしなさから解放されたい。

    上記3点を受けて、私はアクションプランナーの使い方を一気にシンプルに戻した。
    11月28日から始まる2017年版から実践しているが、今のところ無理なく使えている。
    そりゃそうだ。ルールや手帳周りのアイテムが減った分、使い方がシンプルになったのだから。

    【時間管理術セミナーを受けて変更した、2017アクションプランナーの使い方】
    1.HI-TEC C Coleto Lumio(カスタム多色ボールペン)のリフィルを替える
    ブルーブラック0.3、グリーン0.3、チェリーピンク0.3、オレンジ0.3
     → ブルーブラック0.3、オレンジ0.3、シャープユニット0.5、消しゴムユニット
    日程が決まっていない予定や先々にやっておきたい仮の予定は、シャープペンで記入する。
    消しゴムユニットも入れているので、すぐ消して常に手帳をすっきり使える。
    確定した予定はブルーブラックで、業務時間実績はオレンジ記入。

    2.振り返り、日記的メモは“書かない”
    アクションプランナーには予定と実績のみ書く。振り返りや日記的メモは別の手帳に書く。
    これだけで手帳の文字量がググッと減り、結果としてシンプルで読みやすい手帳ページになった。

    3.文字を丁寧に書く
    急いで書いたところで、結果として差がつくのは数秒に過ぎない。
    数秒急いで雑な文字を手帳に残すくらいなら、
    丁寧な文字を書く数秒間を積み重ねて、いつ見ても読みやすい手帳に整えておきたいものだ。
    まだ急いだ文字を書いてしまうことがあるので、まだまだ丁寧さを意識して書かないとなぁ。



    2017年のメイン手帳は、原点回帰ベースで使うアクションプランナーになった。
    もしまだ手帳の使い方に悩んでいる方がいたら、
    いったん自己流を捨てて、その手帳が推奨する使い方を試してみてはどうだろう。

    余計なお飾りがなくなり、手帳と一緒に使う文具の使い方の不満も消えて、
    手帳も心もすっきりシンプルに、時間管理ができるようになる……はず。

    ※2018/02/23現在、ジブン手帳Bizに変えました。
     でも手帳との付き合い方は、アクションプランナーを使って学んだことが基礎となって活きています。

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    Note of the note ―ノートの調べ p.3 南方熊楠さんの縁起するノート

    Posted on 28 1月 2018 by

    はじめに

    南方熊楠について語ることは、つねに多くの事を語り落とすこと、に他ならない。だが、彼の「知性」は「粘度をもつ全体性」としてあり、微細なことについても、広大なことについても、その「全体」が密接な連関をもって蠢くことによって、最適解を構成する。部分=全体。いや、「部分などというものが存在しない知」こそが、彼の知性なのだ。だからこそ、私がこのように紹介する資料の一つ一つにも、南方熊楠という巨人の全貌が映し出されているはずだ。そう信じなければ、南方熊楠を語るなどという大それたことに手を付けることなど不可能だから。

    1.「ロンドン抜書帳」と熊楠愛用の机

    (下掲書 p.31)

    大英博物館にある読書室。そこは四百席を一堂におさめる大ドームだ。熊楠は、1895年4月に、この読書室での正規閲覧許可を得た。この許可は、通常のルートで得たものではなく、熊楠の博物多識を目に止めた博物館の一要人の知己を得たことによる、”特別入口”ともいえるものであった。

    熊楠は500冊の書から十数ヶ国語を駆使し、写真にあるような分厚い抜書ノート53冊をものにした。このノートには、単に抜書のみではなく、部分訳や注釈と思われる書き込みもなされており、読むそばから、自らの「知」を拡張していったことがうかがえる。(下掲書 牧田健史  p.24 を参考とした)

    出典

    『太陽』1990.11. No352

    ※南方マンダラについては、『森のバロック』中沢新一 せりか書房 より 抜粋した

    2.原稿腹構(珍事評論?)

    (同書 p.18)

    ロンドン時代に制作した新聞のための原稿用腹構か? 原稿用紙である必然性を完全に失った使い方だ。このカオスとしか見えない記法が、熊楠の「知性」をすっきりと整理し、新たな「知識(秩序)」をもたらすのであろう。原初の混沌がカオスではなくカオスモスであるならば、それは蓋をあけるまえの量子もつれ状態にも似た、全知全能の位相に近似しているのではないだろうか。

    3.菌類彩色図譜

    熊楠は顕微鏡を覗きながら画用紙に鉛筆で輪郭をとり、ていねいに彩色をほどこしていった。図譜は数千点に及ぶ。(同書 p.10)

    (同書 p.21)

    4.「十二支考」腹構

    (同書 pp.22-23)

    雑誌「太陽」に「十二支考」を書くにあたって、新聞紙の刷り出しの裏面で構想(腹構)を練った。
    錯綜する言葉の地図? いや、これこそ、熊楠という「知」にとっての明晰な航路図なのである。

    5.書簡

    熊楠は手紙好きだった。一日のほとんどをキノコや藻、粘菌などの顕微鏡での観察に費やすため、めったに外に出ることがない。それで同じ町内の人にさえ手紙を書いて持たせる。まして遠くに住む人には用件を思い出すたびに手紙を書く。朝・昼・夜と一日に同じ人に三通の手紙というのも珍しくない。いったい一生に書いた手紙は何万通になるのか…… (同書 p.26 中瀬喜陽)

    (同書 p.26)

    6.日記

    筆まめに日記をつける。その日にあったこと、読んだ本。聞いた話。つまりはライフログである。記述は簡素で、箇条書きに近い。

    (同書 p.63)

    7.南方マンダラ(この項のみ『森のバロック』より)

    明治26年10月31日夜。ロンドン滞在2年目の熊楠は、若き真言僧土宜法竜に出会う。西欧科学のシステムによる限界を看破し、別の「知」を模索していた熊楠は、彼と意気投合し、彼がパリへ発つ11/4まで、毎日論議を繰り返した。その後は長大な往復書簡(23通が現存)によるやりとりがなされ、「南方マンダラ」といわれる「存在の理」の思想が明らかになったのだった。

    「南方マンダラ」その1

    このいたずら書きのような線に意味はない。くしゃくしゃとしたいたずら書きであれば、どのようなものでも、南方マンダラのガイドとなりうる。つまり、これはマンダラそのものではなく、「諸不思議」をつなぐ「すじみち」の可能性を示したものである。

    南方マンダラ その2

    因果は絶えず、大日は常在なり。心に受けたる早晩より時を生ず。大日に取りては現在あるのみ。過去、未来一切なし。人間の見様と大きく反す。空間また然り。故に今日の科学、因果は分かるが(もしくは分かるべき見込みはあるが)縁が分からぬ。この縁を研究するがわれわれの任なり。しかして、縁は因果と因果の錯雑して生ずるものなれば、諸因果結体の一層上の因果を求むるがわれわれの任なり。

    さいごに

    繰り返し繰り返し通いたいノートである。

     

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    方眼-無地論争 再考

    Posted on 13 12月 2017 by

    なるほど確かに,人々はこの論争について「なんと不毛なことだろう」というだろう好きな方を選べばいいじゃないか,というだろう.

    しかし,”好きな方を選べばいい”というのは,問題を解決する方法としてはあまりにも醜い.ある種の”諦め”すら感じてしまう.(とかいいながら僕も多用するけれども!)

    そもそも,このことについて論じようとしている時点で,僕は方眼/無地の好きな方を選ぶことができていないわけである.つまり,”好きな方を選べばいいじゃない”という助言は,僕にとっては無効なのだ.好きだという一時の感情に身を任せることはできない.僕がそうだということは,僕に少し似ているような人は,同じように感じていることだろう.

    というわけで,方眼-無地のどちらがより優れているのか.今しばし,考えてみる必要が生じるわけである.

    ※罫線は個人的に苦手なので,ここでは省かれております.しかし,罫線一択の人にとってはそもそもこの論争自体が不問でしょう.

     

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    Note of the note ―ノートの調べ  p.2 澁澤龍彥さんの創作ノート

    Posted on 03 12月 2017 by

    はじめに

    「Note of the note -ノートの調べ」 と題した不定期シリーズ。
    このシリーズでは、著名人のノート、手稿、手帳、日記などを紹介し、そこに込められた作法と思いを検証していく。

    第二回目は 澁澤龍彥さんの「創作ノート」を堪能する。

    出典

    KAWADE夢ムック「総特集 澁澤龍彦 ユートピアふたたび」2002年5月 河出書房新社 定価1143円

    澁澤龍彥さんについて

    1928年(昭和3年)5月8日 生

    昭和16年。東京都立第五中学校に入学する。「背広にネクタイというスマートな制服にあこがれて入学したのに、この年から、全国の中学校の制服はカーキ色(当時は国防色と言った!)の国民服と戦闘帽に統一され、がっかりする。四年間の中学の成績も優等で、英語は好きだったし、歴史のような暗記物は最も得意の領分だった。」八月の夏休みは父や母の郷里で「昆虫採集や標本つくりに熱中する。このころ動物図鑑が私の枕頭の書であった。」(『自作年譜』)

    昭和19年。「(前略)このころ神田や本郷の古書店街には読むべき本はなく、私はチベットや蒙古関係の本を苦心して集めていた。いまだに冒険小説や魔境小説の夢を追っていたのである。」(同前)

    昭和22年。「ジイドを読み、その汎神論ふうな快楽主義に共感。さらにコクトーを読み、その軽業師ふうの危険な生き方に強く惹かれる。倫理の問題とスタイルの問題とが、いつも頭の中で一緒になっていた。倫理はスタイルであり、スタイルは倫理であった。戦後文学は頭から馬鹿にしていて、ほとんど読まなかった。」(同前)

    昭和26年。「シュルレアリスムに熱中し、やがてサドの存在の大きさを知り、自分の進むべき方向がぼんやりと見えてきたように思う。」(同前)

    昭和28年。「三月、東大を卒業。(中略)卒業しても就職口はなく、白百合女学院の女の子の家庭教師などをやりながら、相変わらずぶらぶら遊び暮らしていた。それでもコクトーの『大胯びらき』の翻訳は、この年に終わっていたはずである。」(同前)

    昭和29年(1954年)白水社で最初の訳書『大跨びらき』(ジャン・コクトー)を上梓、初めて筆名「澁澤龍彦」を用いた。(wikipedia)

    入院生活の最中も『高丘親王航海記』を書き継ぎ脱稿、次作『玉蟲物語』を構想していたが、1987年8月に、病床で読書中に頚動脈瘤の破裂により逝去した。享年59。戒名は、文光院彩雲道龍居士。(wikipedia)

    三島は澁澤について、「珍書奇書に埋もれた書斎で、殺人を論じ、頽廃美術を論じ、その博識には手がつけられないが、友情に厚いことでも、愛妻家であることでも有名。この人がゐなかつたら、日本はどんなに淋しい国になるだらう」[4]と述べている。(wikipedia )
    [4]三島由紀夫『澁澤龍彦氏のこと』(澁澤龍彦『快楽主義の哲学』 光文社カッパブックス、初版1965年)でのカバー紹介)

    図版と考察

    1.引用文献の羅列=未知の本のインデキスとしてのノート

    テーマが文献を召還し、文献がテーマを要求する。氏はその中間に立ち、采配をふるう。

    だが、これら該博な知識の全てはオブジェとして扱われ、氏のギリギリを飛び退っていく。

    2.象嵌ヲスケッチスル=アンソロジストのノート

    イマジナルに連結される次元。文献や故事が呼び合うかぼそい声を氏は聞き逃さない。

    継接ぎ世界は平滑だ。これら創作ノート上に辛うじて糊代が見受けられるのみである。

    3.ユートピア創造=幻想美を彫琢するノート

    徹底的に覚めているのか。徹底的に夢想しているのか。地理や時代は何の隔たりにもならない。

    理想郷…… だが、誰の? 歴史はけっして美しくない。世界はけっしてあからさまではない。美しくあからさまな楽園、メルヒェンの恥部に分け入るための地図。

    まとめ ―マルジナリア

    欄外の余白(マルジナリア)鏤刻の小宇宙
    強靭な思考力と該博の知識による、マルジナリア(欄外の余白に嵌め込まれた書き込み)の絢爛たる鏤刻の小宇宙・―エドガー・ポーのひそみにならい書き継がれた多彩な断章の集積が、いま異色の読書ノートとして顕現する卓抜なエッセイ集。
    著者晩年の雑文集にて、映画「E・T」への考察、作家・石川淳への言及等、多彩な「マリジナリア」が、読書録として纏められている(小学館による書籍内容説明文)

    理知美の魔崖に半ばはみ出したデッキチェアー上で、ゆうゆうとバスローブなんぞをはだけ、時折、式神を召還したり、凝った魔方陣を夢現に描いたりして、時間を空虚で押し固めたかのごときオブジェを虚空から取り出し並べて悦に入る。水平線彼方の蜃気楼のたわわなる実を、何食わぬ顔して摘んでは咽喉へ納める。最上の快楽とは固く尖ったものか? それとも柔らかく滑らかなものか?
    澁澤氏の博学はデカダンの緞帳をサラサラと流れる光の粒子のように、氏の周辺を流れて行く。

    訪れたいノートである。

    (愉悦)

    おまけ 11月のマンスリー絵日記

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    スプレッド/形式の諸問題(バレットジャーナル考)

    Posted on 29 10月 2017 by

    ※記事二本分まとめてみました

    スプレッド

    ノートという場に広げる 断片の時間

    ひとつひとつをまさぐる だけでなく
    ひとつひとつをひとつに 編み上げる
    時間を空間に移しかえて 展開させる
    最適化効率化有用化して 時間に返す

    ケルト十字 スプレッド

    人は時間に生きるに非ず 空間に在る
    ノートという広場でこそ 人は自在だ

    (読解)

     

    形式の諸問題(バレットジャーナル考)

    こだわったとたん、その形式に縛られたことになるからだ。縛られてはいけない。さまざまな形式を、例えば音符のように使いこなさなければいけない。音符のように、自在に組み合わせることが出来なければ、形式の意味はない。(後藤明生 『この人を見よ』p.184 幻戯書房 2012年8月12日 初版)

    1.PoIC(Pile of Index Card)

    GTD(Getting Things Done)という方法が日本の情報カードと出会って生まれた方式。詳しくはこちらを
     PoIC : 情報カードの積み重ね(2007年9月7日 Hawkexpress) http://gihyo.jp/lifestyle/serial/01/poic/0001

    もともと、GTDは、日々のタスクをいかに効率的に処理していくかを追求した方法論でした。従って「何かを蓄積していく」というタイプのものではなかったのです。
    一方、日本に根付いていた「情報カード」術は、日々の気づきを蓄積しておいて、必要に応じてそれらを取り出し、並べ替え、新たな気付きを見出そう、というものであり、効率的なタスク処理のためには、別の方式の導入が必要でした。
    タスクは、時系列順に並べられるべきであり、未処理のタスクは次々と相応の未来へ送っていかねばなりません。また同時に、締め切りを厳守しなければならないものについては、リマインダー機能が必要不可欠です。

    2.デジタルとアナログ


    PoICをEBT light for zaurus上で運用するためのスタディ(2013年8月)

    ノートとペンによる方法と、電子端末でソフトウェアによって運用する方法との、最も大きな差は、「一覧性」であり、これは「検索性」と「リマインダー機能」に現れると思います。
    GTDでは、カレンダーという(紙的)フォルダがあり、締め切りがあるタスクについてはそこで一括管理します。これは、卓上カレンダーなどへ「転記」することによって、一覧性(リマインダー機能)を補完します。
    PoICにおいては、このカレンダー機能が実装されていなかったため(原則として全てはカード作成の時系列順)、なんらかの、カレンダー的ドックを導入することになります。

    参考1 Re:PoIC~ライフハッカーのためのPoIC入門 第4回 GTDとPoIC~相補完する思考第4回(2008年3月13日 野ざらし亭)http://gihyo.jp/lifestyle/serial/01/re-poic/0004?page=2
    参考2 Poic マニュアル v3.5 http://pileofindexcards.org/wiki/index.php?title=%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8 より「43TABの実装について」

    これらをデジタルで行う場合には、以下のソフトが有用でした。

    PoIC+43Tab風運用→EBT light for zaurus  http://seesaawiki.jp/irrational/
    GTD(リマインダー機能)+PoIC→howm for linux  https://howm.osdn.jp/index-j.html

    しかし、現在はほとんど活用できていません。やはり、ノートとペンという方法には、汎用性と安心感があるのです。(バッテリー問題や、端末への依存度に不自由を感じてしまいます)

    3.マーク(バレット)と転記による補完

    では、アナログ派は「検索性」「一覧性」「リマインダー機能」をどのように補完すればよいでしょうか?
    参考 100円ノートの「超メモ術」 http://www.kirari.com/amz/note/

    バレットジャーナル

    最近バレットジャーナルがシェアを広げているようです。これは、タスク特化型の方式として、カード運用されていたGTDをノート上で運用する方法論の一つだと思います。

    『「ラピッドロギング」では、バレットを用いて箇条書きしていきます。箇条書きの各項目は全て、客観的な短文で描いて下さい。』
    (バレットジャーナル公式サイト「入門ガイド」日本語訳 2017年07月28日 2017年08月22日)http://bujo-seikatsu.com/2017/07/28/getting-started/

    GTDでは、気になることを書き出したら、それらひとつひとつを、実現可能な小さいタスクに分解してから「整理」する(各処理へ振り分ける)ことになっています。
    参考:はじめてのGTD 田口元 ITmedia  http://www.itmedia.co.jp/bizid/articles/0606/27/news003.html

     


    GTDが定める厳格なフローチャートのスタディ(2013年8月)

    GTDではこれらのタスクをいくつかのフォルダに分類し、処理した後、定期的に「収集」という方法によって進捗状況を更新します。
    一方、ノート上で完結させるバレットジャーナルでは、各バレットに付加する・×(完了タスク)、・>(移動タスク)、・<追加タスク、などの記号と、これらの「見返し」による「転記」によって、この処理を実現します。
    カード式とデジタル式には不要で、ノート式の場合に必要となるのが、この「転記」作業です(「インデックスページ」の準備も、ここに含まれます)。

    これを手間ととるか、「一覧性(銘記性)」と「リマインダー機能」の強化作業ととるかで、好みが分かれるのだと思います。

    4.「タスクの書き出し」こそが最大のポイント

    GTDにおいて、もっとも重要なものは、「収集」で、今頭の中にあることを、週に一回、1時間以上かけて100個位は書き出すことが推奨されています。そのための「トリガー」も用意されており、とにかく、頭の中のもやもやを空っぽにすることが第一の目的なのです。
    タスクの効率的実行を目的とするバレットジャーナルの「基本マニュアル」では、この工程が弱い気がしました。タスクとなる以前の塊を広げる場が、用意されていないからです。

    イベントは、例えば「チャーリーの誕生日」や「リースの契約日」など、日付が重要となる項目で「○」で表します。イベントは、ラピッドロギングが可能になるように客観的&手短かに書かなくてはいけません。それがどんなに主観的・感情的で厄介なことでもです。もしそのイベントについて詳しく書きたいのなら、別ページに好きなだけ書いてください。ここではあくまでも「ラピッドロギング」方式でシンプルに書きます。(同上 バレットジャーナル公式サイト「入門ガイド」日本語訳)

    GTDでは、「収集」した項目を、「整理」する過程で、「タスクの細分化」と「タスクの性質の判断」を同時に行わなければならない点がネックとされています。

    その点、バレットジャーナルは、いきなり「整理」から始まっているように思われ、その根本となる「箇条書きすべき内容」を確定すること自体に、困難を感じるように思います。
    もちろん、バレットジャーナルでは、無数のモジュールが可能なので、GTDにおける「収集」的モジュールを、別の場に設けることで、解消できるでしょう。

    5.アイデアの収集と蒐集

    PoICは、「収集内容を情報カードとしての蓄積」します。日々の気づきも重要ですが、集中的に行いたい場合に強力な「トリガー」となるのは、ブレインストーミングの諸方法、「マインドマップ」や「マンダラート」といった、発想法などです。

    情報は蓄積され、相互に関連付けられた時に「知識」となります。

    前述したEBT lightの、「無階層の双方向リンク機能」や、howmの往復リンク+wikiタイプリンク機能は、作者さんの「知識」に関する深い洞察によって組込まれたものです。

    ブックタイプのインターフェイスでこの機能を担うのはさしずめ「索引」でしょうか。しかし、この機能をアナログノートで実装するのはひじょうに困難です。

    日付、ページ数、行番号などの記載を徹底化し、>>や、<<や、==などの記号欄をもうけ、その内容を「索引ページ」に記していく。それはまさに、「私家版ビブリオマシーン」の制作といえるでしょう。

    書いたことを覚えておけばいい、というのでは、頭を空っぽにした意味がありません。

    一覧機能やリマイド機能や索引機能。これらはみな、「検索」にかかわるテーマです。ノートの検索性の向上する形式とは何か?これは今後も課題でありつづけるのではないかと思います。

    参考 MIDORI検索ノート http://文房具大図鑑.com/note/midori-kensaku-note/

    (前略)こだわらないための形式。縛られないための形式。その矛盾こそ自由だからである。その自己矛盾こそ、そもそも形式というものだからである。(同前書 p.195)

     

    おまけ(2013年のトラベラーズノート)

    1)今回掲載した2013年のトラベラーズノートの図版では、ジェットストリーム0.7をメインに使っていた。時間がたつと、ページ全体が油紙のようになり、裏抜けは致命的となる。
    2)当時の利用状況としては、余白もおおく、横書きメインで使用していた。PoICを導入しようとしていて、タイムスタンプと、PoIcマークを義務付けていた。この後から、「リンク記号」を赤のuni signo 0.28で書き込んだりしている。
    3)ノートの読み返しは、頻繁に行っており、EBT light や、howmへの入力(転記)も積極的に行って、全文検索などによる検証を繰り返していた。

     

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    Note of the note ―ノートの調べ p.1 高山宏さんのコンポジション

    Posted on 15 10月 2017 by

    はじめに

    「Note of the note -ノートの調べ」 と題し今回から始める不定期シリーズ。
    このシリーズでは、著名人のノート、手稿、手帳、日記などを紹介し、そこに込められた作法と思いを検証していく。

    第一回目は 高山宏さんの「コンポジション」を堪能する。

    出典について

    出典「ブック・カーニバル」
    1995年7月1日初版。自由国民社。6,800円

    コンポジション掲載ページは以下の通り ※副題は筆者
    pp.44-99 ビブリオマシーン
    pp.268-284 ダッシュアウト(さっさとメモ)
    pp.698-714 ラインの発動
    pp.1069-1092 コラージュのハンドアウト(配布教材)

    高山宏さんについて

    1947年10月生。時空を隔てた書籍の膨大な知を、全てをインデックス化する(ビブリオマシーン)ことで、一冊の書物となす博覧強記の人。
    澁澤龍彦さん(1925..5)、種村季弘さん(1933.3)、由良君美さん(1929.2)、に耽溺し、グスタフ・ルネ・ホッケの『迷宮としての世界』と『文学におけるマニエリスム』をバイブルに、マニエリスムを体現。
    東京大学教養学部助手の2年間で、同大学英語科書架にある約5万冊の閉架蔵書を検索する「カード検索システム」を作成。人名、キーワード、などで関連書籍を芋づる式に引くことを可能とし、ここに、5万冊を一冊の書物と成す。この、厚さ70センチメートルを超えるカード束を「ビブリオマシーン」と呼ぶ。

    『もはや一冊一冊の内容には興味がない。それらの相互の生成関係、エリオットが「伝統」、フライが「トポス」と呼んだものにしか関心がわかなかった』(『ブック・カーニバル』p.38)

    図版と考察

    1.『「コンポジション」と称して、喋ったり書いたりする内容を事前の10分前くらいにダッシュアウト(さっさとメモ)する。(同書 pp.268-269)

    あまりにも膨大な知識は自在に流動し、常に新たな地平を生み出す。講義や打ち合わせ、対談などのアウトプットの際も、その流動は留まることはないため、つねに制限時間との闘いとなる。そこで、事前に、本日の地平をマッピングしておくことで、脱線を制限する。それが、これらのコンポジションである。

    2.『遅刻で有名なのは、レクチャー前にこういうのをつくりだして結構夢中になるからである』(同書 pp.278-279)

    アウトプットするたびに、新たな発見がある。その発見が新たな繋がりをもたらし、地殻変動を起こす。そのとき、地を割って現れる帝国であったり、湖の底から出現する未来文明だったりの第一発見者となれるのだ。夢中にならないわけはない。知性は貪欲で留まることはない。それはつまり、「分断」に「抗うこと」なのではないか。

    3.『何かを何かにつなぐ「線」の乱舞は、相手を説得しようとしている時によく生じる』(同書 pp.1070-1071)

    点のように穿たれる「分断された知識」。だが、それらは常に別の知識とリンクすることを求めている。全体性への回帰。しかし、部分は全体の一部ではない。したがって、こうした全体性は常に「今、ここに出現する砂の書物」として、揺らいでいる。

    4.『縦軸から横軸への自由な交流』(同書 pp.1080-1081)

    時間を縦軸とするラインが、地理的、または分野的隔たりによって複数の柱を成す。それらの関係性をつなぐ横のラインが、格子状に世界を覆っていく。そして、突如として現れる斜めのラインこそ、高山氏流、脱線おしゃべりラインである。発見はつねにナナメの動き(クリナメン)によって生成される。

    まとめ

    書くほどに広がる博学のマトリクス。その場限りの気合によって現れる再現不能な砂の書。知性は観念連想によってリンクし、プレートテクトニクス理論を展開する。

    『人生でさえ、痛みでさえ、いつでもチャート化できるのだ』(同書 p.1079)

    コンポジションに共通する特性は、「スピード」である。書いているうちに頭脳のなかの観念の奔出に、手が追いつかなくなり、文章はキーワード、そしてチャートへと変化していく。今このときでなければ解読不能な思考経路。

    既成の重力を振り切るための速度を得て、知性はあらゆる制限を超えて広がっていく。そして、その軌跡を生成記録するのが、高山宏さんのコンポジションだと思う。

    書きたいノートである。(以上)

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    Notebookersどうでしょう?

    Posted on 20 8月 2017 by

    職業として日本語を教えている.そこで,新聞の”投書”を扱うことになった.出来れば,受講生で投稿して,採用され,掲載されると彼(女)らも嬉しいだろう.

    しかし,そこで必要になるのは,日々の地道な観察と,思考と,再考と,そして粘り強く投稿する繰り返しの力である.

    それをどのように”教える”のか.はたして,教えられるのか.

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    【机上で行われる行為】 #01 ボードゲーム

    Posted on 04 6月 2017 by

    最近、とある本を読んでいて面白いなぁと思ったのは、「だるまさんがころんだ」をさらに面白くしてみるという内容だった。
    まず「だるまさんがころんだ」の曖昧な部分となっているルールを指摘していた。

    【問題点】
    ①終了条件が曖昧になっているため、繰り返し行われる際に飽きてしまう点
    ②鬼にタッチをした担当者に対する「小さなごほうび」が用意されていない点
    ③大股〇歩、小股〇歩と、子が鬼の歩数を  指定するところ(つまり、子から鬼に条件を与えるためタッチすることができないことがある)

    【解決方法】
    ①全員が鬼をプレイしたら終了。もしくは特定のポイントをクリアした際に終了とする。
    ②ポイント制にする。子は鬼にタッチをした際に1ポイント、鬼は決められた歩数で子にタッチができた場合1ポイント。
    もしくは全員を捕まえることができたら数ポイントなど鬼に大量得点のルールを与えるのも面白い。
    ③鬼の歩ける特定の歩数を「大股10歩、小股20歩」と予め決めておく。

    アレックス・ランドルフの 「すべての遊びは進化の途中であり、進化の連続から新しいゲームが誕生する」 ということばで締められていた。こういうの、読んでいるだけで興奮してしまった。「だるまさんがころんだ」に類似した遊びは世界にいくつもあり、ドイツでは”Ochs Am Berg(山の牛)”、イギリスでは「Green Light Red Light(青信号赤信号)」というゲームで、どちらも親が後ろを向いている間に近づいてタッチする遊び。日本の遊びではなぜか皆が鬼になるのを嫌がる傾向があるが、ヨーロッパでは鬼に自由な特権が与えられており、どちらかというと鬼になりたがる人が多いらしい。

    僕はこのような、人が「楽しいと感じる」システムに興味があって、いつもダイスを持ち歩いている。小さなころ、親が僕をおもちゃ屋さんに連れて行って、お誕生日だから好きなの買ってあげると言ったんだけど、しばらく悩んだあげく僕は一番小さな70円のサイコロがショウウインドウに入っているのを見かけてそれを買ってもらった。人生で初めて能動的に手に入れたおもちゃである。安上がりな子供で親も安心したと思う。

     

     

    しばらくはダイスを転がしながら、1~6の目がランダムに出るのが不思議でしょうがなかった。ばあちゃん家のアパートの外階段でサイコロを転がしていると、興味を持った近所の子供が話しかけてきてルービックキューブを教えてくれたのを今突然思い出した。
    ある程度大人になった今でも、23種類の順位をダイスひとつで抽選するには?とかダイスひとつで平文で暗号と複合を成してみるとか、ダイスをn回降った時にp回だけ特定の目が出る率 (※上図:一番左側の “p” は正しくは “P” です。nCmの部分はコンビネーションの公式です。)とか、自分で問いを作ってそれを机上で解く道具として使っている。ダイスはひとつの考えごとを提供する文房具だと考えている。

    小さなころのファーストインプレッションというのは大人になっても継続するもので、ダイスひとつで退屈しない大人になったなぁと思う。楽しいと感じるシステムについて考えるのが楽しい人は、サイコロひとつ持ってても楽しいのだろうと思う。これらの楽しいと感じるシステムはどこか遠くの時代に、世界の誰かがつくったものだ。それがダイスを通じて今の僕に届いているということを想像すると割と興奮する。世界の誰かが考えたものが、道具を通じて、小さな文化となって伝わっていくというところにドラマチックさを感じる。


    最近ではすっかりスマホやコンシューマのゲーム機が有名になってしまったけれども、たまには誰かとひとつのテーブルを囲んで、アナログなゲームもお勧めする。誰かが作りあげた画期的な「楽しいと感じるシステム」がたっぷりと詰め込まれていると思う。ドイツではボードゲームの生活における比重が全く日本と違う。毎年ドイツで10月ごろ行われるボードゲームの祭典「Essen Spiel」では毎年数十万人が世界中から訪れ、40か国600ブースを超える出展、そしてイベントが行われるエッセン市ではまるごとゲームのお祭りの様相をほどこし、街のあちこちでボードゲームの世界大会が行われるといった状況で盛り上がっている。

    ボードゲームには、テーブル上に公開された情報のみで遊ぶチェスや将棋や囲碁のようなアブストラクトゲームと言われるものもあるが、不思議なことにドイツでは敬遠されるようだ。また、すごろくを代表するただのレースゲームのような、操作する情報が運のみのゲームも敬遠されるようである。
    つまり、ドイツのボードゲームは他プレイヤーとの相互に関わる要素「交渉、競り、交換、対戦」が程よくミックスされ、コンポーネント(駒やマーカーの類)が木製で立体感があり美しいものが好まれ、雰囲気満載のボードが扱われることが多い。日本では「ドイツのボードゲーム」もしくは「ドイツゲーム」と呼ばれるこのジャンルは当のドイツではSpiel(シュピール/遊び)と呼ばれる。デザイナーが重視されており、箱やすべての広告にデザイナーの名前を冠して販売されることが多い。これは日本で言うところの出版物に似ている。つまり著作者が出版社を変えて本を出したとしても本が売れる仕組みと同じだ。デザイナーの名前が看板となっている。
    ドイツのボードゲームのデザインは、ゲームのテーマから入る人と、システム構成からデザインを始める人がいるらしい。複数のアイディアを重ねていき、最終的に出来上がったものを何百回と繰り返しテストプレイを行う。ここで作品をマッシュアップしていくのである。

    「よくチェスをやるのかい?」
    彼は部屋に置かれたチェスボードに目をやり、たずねた。
    「ノー、よくってほどじゃない。たまに1人で駒を動かしながら考え事をするんですよ」
    「チェスは、2人でやるんじゃないのかい?」

    ボードゲームについて人と話していて思ったことがひとつ。
    複数の人数でプレイすることも楽しいのだけど、一人で考え事を楽しむ道具でもあると考えている。ヘッドフォンやノートブックやそしてボードゲームも、結局のところひとりで楽しむ道具のように感じている。自分の考えというものは、誰か他人に話すことでそれが楽しいことであるか判断できるんだけれど、一人で考えたことを誰かに話すための道具、そういうものも世の中には存在している。

    最近はノートに、ボードゲームの中で自分が楽しいと思ったシステムをメモしておく癖がある。また冒頭に書いたような、既存の遊びを楽しく変えるアイディアがあったら書き留めておいている。仕組みだけメモしておくと頭の中でイメージしながら何度も繰り返して遊べるからだ。
    クリエイティブな行為には2種類あって、新たなものを作り出す行為と既存のものを変化させる行為である。僕は既存のものをいろんな角度から見て視点を変えるのが好きだ。普段の生活の中で自分が楽しいと感じるシステムについて考えるのはとても楽しい。既存の何かを楽しいと感じるように変化させるのが割と好きだ。
    身近なモノをゲームにすると考えるなら、非日常的な視点で見るべきかも。例えばノートをゲームにするなら、「1冊のノートを複数人数で取り囲んで一斉に書く」もしくは「複数人数で数冊のノートを向かい合って置き、互いのノートの境界線を越えて線を引き合う」等。まず楽しむ。後でルールを付加する。

    小さい頃から紙の上でのゲームはよくやってたけど、最近ちょっと面白いものを見かけた。
    出題者から各自に配られた「キリン」や「餅つき」などの「お題」を、みんなで1つの紙の上に少し(一筆)ずつ絵で描いていくというゲーム。ただし、そのうちの1人は配られた「お題」が白紙になっていて鬼?になる。つまりひとりだけお題を知らずに描いていくことになる。お題が空白だった鬼は、他の人が描いている断片から推測し「知ったかぶり」して描く。全員が2回ずつ筆を入れたとき、鬼が今回のお題を当ててしまうと得点は鬼のものになる。 他のお題を知っている一同は、鬼にお題を悟られないようにしつつ鬼が誰かを特定できれば得点となる。「鬼には解らないだろうけれどもお題を知っている人には解るはず」と考えて線を描いていくと絵はだんだんとよくわからない方向に変化していくオモシロさがある。「これなら解るだろう」の尺度が人によってそれぞれ異なることを楽しむゲーム。これならノートブック一冊を使って、それぞれが違う色のインクのペンを使って遊べるなぁと思っていた。

    最近「Dixit」というボードゲームを買って、そのシステムに感動した。『DiXit』とは、ラテン語で「(彼が)言う」の意味で、フランスでは根拠なき主張を揶揄するときに使う言葉らしい。数十種類の不思議なカードが同梱されていて、各プレイヤーが6枚ずつの手札を持ち、1人ずつ交代で語り部をプレイする。語り部は自分の手札1枚を選び、その絵柄から連想される言葉(歌でもパントマイムでもなんでも良い)を全員に言い、他のプレイヤーは自分の手札からその言葉にもっとも似ていると思うカード1枚を選ぶ。全員がカード1枚ずつを出したら、語り部がそれをシャッフルして並べる、語り部以外のプレイヤーは「語り部の選んだカード」と思ったカードに投票し、その投票結果によってポイントを獲得できる。

    このポイントの配分方法がギネス級のアイディアなのでよく読んで理解してほしい。
    全員当たり、または全員外れの場合、語り部にはポイントは 0点。この場合は語り部以外のプレイヤーが全員2点ずつ点数が入る。では語り部の選んだカードに誰かが投票し、かつ外したプレイヤーもいる場合は、語り部に3点、当てたプレイヤーにも3点入る。
    そして、上記の点数配分に加えて、語り部以外のプレイヤーが出した「似ているカード」に誰かが投票した場合は、そのカードを出した人に1点が入る。
    上記のポイントの配分が絶妙過ぎるのでぜひイメージしてほしい。つまり、語り部はモロわかりでも的外れでもない、適度にあいまいな言葉を要求されるジレンマを楽しむことになる。

    最後にボードゲームのインスト方法について記載しておく。

    第三者とボードゲームをプレイするときに必要な行為なんだけど、初めてプレイをする人に対して、「どのような手順でゲームを行うべきか」説明を行うというのが重要な行為となっている。これは通称インストと呼ばれる。インストラクターのインストと同意。手順は以下の通り。

    【インスト手順】
    ①ゲーム背景の紹介
    ボードゲームの持つ世界観・雰囲気・テーマ・ムードについて説明し気分を盛り上げる。
    ②終了条件・勝利条件の説明
    どのようにするとゲームが終了するのか、勝つのか説明することで何のために何をするのかが明確になる。
    └ 質疑応答
    ところどころで質疑応答を挟む

    ③ボードの説明
    スタート地点・ゴール地点・駒を動かしても良い場所の説明
    ④おおまかな処理手順の説明
    どのように進行していくのか説明。
    ⑤それぞれの処理手順の説明
    一般的な処理と例外の処理を分けて説明する。
    └ 質疑応答
    ⑥最終決算もしくは得点計算の説明
    最終的に決算でポイントがどのように変動するのか説明。
    ⑦特殊ケースの説明
    一定の条件でしかできないアクションについて説明する。
    └ 質疑応答

    【追加オプション】
    ⑧適度な助言
    よくある展開、最終的に皆が達する平均的な点数について説明。
    ⑨明らかに有利・不利な点の説明
    自分の経験上と説明したうえで、有利に戦うコツについて説明。
    こうやって眺めてみると、何か別なプレゼンにも使えそうな気がする手順である。

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