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2016 – トウキョウ、昼

Posted on 20 11月 2016 by

お昼の中華料理店。この店に来たのは2回目。20年くらい前のロック少年みたいな、真っ赤なTシャツを着た日本語のおぼつかない青年が1人で店番をしてる。

昼の賑やかなテレビ番組がかかっていて、店内はわりと広いし清潔だけど、薄暗くて殺風景で寂れた雰囲気。料理は結構美味しいし暖房もしっかり効いてて暖かいけれど、寂れてる。客は時々静かに出たり入ったりして常に2〜3人。テレビショッピングのガサガサした甲高い声と、1人じゃない客達の小さなお喋りと、カチカチサラサラと茶碗や皿に箸の当たる音が聞こえる。

テーブルに置かれてる水差しから水をコップに注ぐ。新鮮な水。
広さと薄暗さと静けさと手書きの張り紙と物静かで微笑みをうかべた金髪のロック青年と清潔さが混在しながら密度が低くて、ちょっと何か、異世界に来たみたいな不思議な雰囲気。

ここから厨房が見える。水色のタイルと、ステンレスの調理台。酒とか何か調味料が並んでいるけれど、人の気配はない。脂ぎってはないし、埃をかぶってる感じもない。こざっぱりした普通の、ちょっと休憩中みたいなレストランの厨房。だけど今はランチタイムの営業中で、なのに調理人の気配がなくて、時々、ここから見えない奥の方から、ジージー、カシャカシャとか、飛行機のサイン音みたいなポーンとか、レストランとは場違いな小さな機械音だけが聞こえてくる。

注文を取ったあと、青年は黙ってカウンターの向こうのデシャップらしき場所に引っ込む。厨房に声をかける様子はない。しばらく経つとインターフォン越しのようなザラザラした音の「……△※◆?!」と何語かわからない女性の怒鳴り声が聞こえてきて、青年が料理を持って出てくる。ちゃんと温かくて出来たて。美味しい。

1人の客が食事を終える。デシャップに入って姿の見えなかった青年が、するっと出てきてレジに向かう。支払いを済ませた客が出てゆき、青年は見えない場所に戻る。

しばらく時間が経つ。

姿の見えなかった青年が、するっと出てきて店の入口に向かう。と、新しい客が入る。青年は周囲のテーブルをゆらゆらと拭きながら、客の注文が決まるのを待つ。

客が声をかける必要はない。必要な時に、必要な場所で、顔を上げるとそこに青年が立って待っている。

薄暗くて殺風景な店と、このとてもタイミングがよく気の利いた物静かな青年のことを考える。何となく、昔の村上龍の小説を思い出す。外に出たら昼間の東京の古いビジネス街で、今時は珍しい色ガラスの嵌った喫茶店や中華料理店がたくさんあって、時々街宣車が通って、きっと、ちょっと夢の中のような、夢から覚めたばかりのような、現実の時間と空間から切り離されてしまったような気分がするんだろう。

それから厨房の奥の機械のことを考える。店全体が実は大きな機械で、いま自分は機械の腑の中で食事をしてるのかもしれない。青年が注文を聞いてるように見えるのはそう見えてるだけで、客の小さな囁き声も、テーブルの上のメニューを辿る視線も、実は全てモニターされていて、客が頭の中で考えてる注文を先取りされているのかもしれない。宇宙ステーションでひとり暮らしながら仕事をする古いビデオゲームと、また別の物語の「お前、そりゃタリスマンってやつさ」という台詞を何故か思い出す。

先ほど入った客の注文を聞いた青年が、テーブルの横を通ってゆく。
デシャップに向かって歩きながら俯く金髪の覗き込む手もとを見ると、町の中華料理店には似合わないクリーム色のPOS端末があった。

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手帳の準備でもしようかなっと

Posted on 16 11月 2016 by

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お久しぶりです

日々黙々と生きていました(嘘です)

それなりに日々を暮し、それなりに生息していました

今年はなかなかイベント盛りだくさんな一年で、まだ終わっていないものの実は何かまだあるんじゃないかとドキドキしている今日この頃です

皆様ご機嫌いかがでしょうか

 

さて今年も漏れなく購入の「ほぼ日手帳」

来年の手帳は、予約開始初日にポチったこちらこちら

名前で気になって見てみたらどストライク

こんなのほしかった!マジでマジで!と感嘆しつつ悩んだのが皮のカバー 

しかし抽選てな。。。と断念

今年まで使っていた手帳カバーは2年選手なので、今月末でお役御免

いつか開くであろうその日まで、手帳ブースでお待ちいただくのです

 

 

ちなみに手帳ケースにはこちらのロゴシールを貼っています

これ2015年度版なんだね。。。ずっと気づかなかった。。。

このロゴシールが変わることがあったら、またこれに貼っていこうかなと

 

主に仕事のこと、家族のこと

色分けしたりマスキングテープでデコってみたり

その日の気分では何も書かないし、書いてもお昼のメニュー位だったり

 

でも手帳生活をしてからわかったことが一つ

手帳ってイイ

書くって忘れないからイイ

こないだも大事な用事をザーッと手帳に書いて、それを家に持ち帰って

それからあれこれと算段したもの(当たり前)

 

何が言いたいかというと、wifiがないと生活できないほどネット依存だけど

todoはアナログだということ

電話にリマインダとかあるけれど、いまいち使いこなせず

 

来年も大したことを書くわけでも、素敵なスケッチが残るわけでもないけれど

日々のログとして一言残しておこう

ちなみに皆さんは、過去の手帳を見ることってありますか?それはいつ?

私はなんとなく、紅白を見ながらひとりでぼんやり見てます

 

よかったら教えてくださいね

 

 

 

 

 

 

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頭の中から出てくる不思議なうずまき

Posted on 15 11月 2016 by

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お久しぶりのkonamaです。

最近お仕事の大半がデスクワークと会議にシフトしてきて、自分の性分的にちょっとストレスを感じる毎日(自分で手を動かす方が好きなので)。そのせいか、会議中に手元で謎の渦巻きが発生していることが多く(これは別に聞いていないわけではない)、色々なパターンがモレスキンに増えてきたので、ここでお披露目しようかと思う(久々の記事があまりにくだらなくて申し訳ない)。すてきなモレスキンをどうやって使おう、悩んじゃう~という方には、あんまりおすすめできない使用法ですが、まあ描いちゃうんだからしょうがないよね。

以前書いたゼンタングルの記事の頃よりさらにオブセッシブな感じで、病っぽいと周囲で評判ですw。

基本、持ち歩いている万年筆を、インクが乾かないようにちょっと使ってあげる、というのが目的の1つではあるのですが、意外といろんなペンを使うよりは1,2本のペンのニブのしなりとか、癖とかを感じるような線をぐるぐる描いている内に謎図形が広がり、隣のヒトに笑われるという構図のようです。だから特殊なペン先(フォルカンとかオブリークとかカリグラフィーとか)の登場回数が多い気もしますが、描いてる時はなーんにも考えておらず、目の前にある紙の余白を埋めている感じです。昔は配られた資料の端っこにツタを生やしたりしてたのですが(そしてあとで資料を見せてといわれて青くなる)、最近はペーパーレスで、資料もPDFで配布されて、ipadで見てたりするので、自然雑記帳であるところのモレスキンに集まってくるわけです。モレカウのモレスキンポケットみたいにアートっぽくなくて申し訳ない。

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端っこが切れてるのは、もちろん会議のメモが入ってるからですよ!

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「そのノートブックは世界中でたった一冊なんです」〜あなたのトラベラーズノートを見せてくださいの会をしました報告編

Posted on 15 10月 2016 by

10月10日(月)、えー、こちらでも告知したコレです。開催しました。そのご報告をちょろりと。

◎当日まで
ツイプラを立てて、ここで告知してから、皆様には本当にたくさんRTなどして頂きました。
おひとりおひとりにお礼申し上げます。ありがとうございました。
Notebookers.jpの、何て言うんだろう、文具スキーさんへ及ぶ、地面の下の水脈の広さのようなものがものすごく感じられました。
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「手帳スケッチをはじめよ!「ハヤテノトーク in静岡」の旅

Posted on 11 10月 2016 by

先日、10/8に静岡の青島文具店さんにて、「手帳スケッチをはじめよ!「ハヤテノトーク in静岡」が開催されました。

のんびり旅で、静岡まで行ってきました。

前日まで、乗り換えでのんびり旅で時間を全て調べてたのに、当日朝に体調不良…( ゚д゚)

全身が動かなくて、意識朦朧として起きれず。

これやばい!!と思い回復を待ってました。

そして、起きれたのでそそくさと準備して静岡へGO!

新幹線で行けばいいものの、体調回復の為に寝たいので、やはり乗り換えを選択。

約3時間かけて行きました。

そしたら、少し回復したらくお腹減って…ε-(´∀`; )

軽くご飯食べて、目的地の青島文房展店へ!
あれ??静岡駅バスのロータリーから向こうにはどうやっていけばいいの??

横断歩道ないんですけど! ( ̄◇ ̄;)

この時、すでに集合時間まで15分前…

地図が見れない私にはもう遅刻の瀬戸際。

キョロキョロしてたら、地下からの出口的ものを発見して、地下から行ってGoogleさんを頼りに早歩きしました。

手間まで来て、何故に最後の所で違う所を指示してくれたのよ。

曲がってまっすぐって道ないゎヽ(;▽;)ノ

ここ何処???!!ラーメン屋さん沢山あるのですけど、戻ってなんとか目的に着きました。

静岡で迷子になる所でした。
まおさんと、ハヤテさんは、何年振りでしょうか。

お懐かしゅございました。
先ずは参加者の、自己紹介からはじまり。

そして、ハヤテさんのモレスキンの話。

今までの記録のやり方、数年前と違うやり方をしてみたり等とお話を聞きながら、モレスキンの作品を色々と見てました。
イラストが描けなくても、文字だけや枠だけを使って重ねたりする事だけでも、1つの作品になってしまう。

見方や考え方を少し変えてみる等と、作品を長年作りづつけた事から導き出されたお話を聞くことができました。
私は、前に名古屋でイベントをハヤテさんが開いた時に聞いたことがあるので、今回は新たな発見や
「こんな事も出来るかも??」

という発想が生まれました。

そして、私なりのハヤテノトークを聞いて、講座のまとめをしてみました。

写真は講座内容だけです。

主な内容だけとなってます。
楽しい静岡でした。

そして、モレスキンの楽しさを再確認出来る講座でした。

こんな機会を作ってくれたハヤテさんとまおさんには感謝しきれないです。
また、数年後とかに受けてみたいです。

レポート終わり。

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セノーテと溶ける水

Posted on 10 10月 2016 by

「孤独」ということについてしばらく前からよく考えている。人によって色々な捉え方があって、「孤独」「独り」という言葉を見かけると、その人にとっての孤独ってどういうものなんだろうと考えてみたりしている。

「無性に一人になりたくなることがある」
「一人の時間がないとだめ」
昔から、人がそう云うのをよく聞いたり見たりした。友人や恋人がそう言ったこともあった。(だから、そう思っておいてね)という。そのたびにいつも、それはどういうことなんだろう?と考えた。
わたしはいままでそう思ったことが無い。それよりも逆に、静かな一人の場所で、「誰かと一緒にいたい」と思うことの方が多い。

*****

メキシコにはセノーテという大きな天然の井戸があるらしい。石灰岩の土地が陥没して、透明な水が溜まり、底には鍾乳洞がある。陥没した穴だから縁は真っ直ぐに切り立っていて、縁から覗くと深い深い、深すぎて見えない水底まで、冷たい水の中を真っ逆さまに落ちてゆくのじゃないかと思う。

*****

子どもの頃、一人でお風呂に入るのが怖くて、いつも、小さな玩具を一緒に持って入っていた。お風呂に入る前に今日のお風呂の世界を決め、それに合わせて玩具を選ぶ。綺麗なビー玉や、ビクター犬の小さな陶器の置物、レゴのブロックやお菓子のおまけ。それらは一つ一つがキャラクターを持った小さな生きたもので、わたしのお風呂の世界に住む登場人物で、冒険をしたり、キャンプをしたり、時には喧嘩をしたり、友情を育んだり、こっそり恋愛をしたりした。

お風呂の世界の一番のお気に入りは、縁の切り立った大きな深い湖。湖の中には大きな動く島があって、時々ざぶりと波をたてながら形を変える。

小さな玩具の一つが、皆が集まっている角っこのキャンプを離れて、湖の縁から水の中を覗きに出かけた。ふと魔が差して、この深い湖に落ちてみようと思う。覗いたまま頭から逆さまに落ちて、どこまで落ちてゆくのだろうかと、水底まで。
……水底に当たるコトンという小さな音。仲間たちはその小さな気配に気付き、訝しむけれど、特別に気にすることもなくすぐに自分たちの仕事に戻ってゆく。
動く島が動いて、水中のエレベーターのように小さな玩具の生きものを水面まで運び、そっと、湖の縁にのせる。助け出された玩具からしたたる水滴が、1つ、2つ、生命をもつ。3つ、4つ、合わさって大きくなってまた別の生命になる。5つ、更に大きくなって、体の重さに耐えられなくなって縁を滑り落ち、大きな湖の大きな水の生命とひとつになる。

初めてセノーテの写真を見た時に、わたしのお風呂の「大きな深い湖」はセノーテだったのか、と、思った。

ヒトの身体はいくつもの山や丘や谷や窪みをもったまた別の小さな世界で、大きな深い湖から生まれた水滴の生命は、世界の果てを見るために旅をする。危険な旅。油断してるとすぐにまるい頂から滑り落ちて、大きな深い水に飲み込まれてしまう。
急いで掌にすくいあげた水の中に、さっきの小さな生命は含まれているのかしらと訝しみながら、今だけ陸続きの、もう一つの世界の窪みに注いでみる。世界が笑う。水はやっぱりすぐに滑り落ちて、セノーテの大きな深い水の中に溶け込んでしまう。

*****

「孤独」ってなんだろうと考えると、いつもこのセノーテと、どこからかきて流れ落ち溶け合う水滴のことが思い浮かぶ。「孤独」という言葉や、「ひとり」という状態が、どういう意味で発せられているのかはやっぱりよく分からない。たぶんそれぞれに違う、”これ”と一様に定められるものではないのだろうと思っている。

 人間が世界に放たれた感じと私はいったが、「世界に放たれた」とはいいかえると世界に自由につながることでもある。つまり世界につながろうという衝動を起こす源が「孤独」なのであり、人間は世界なしではついに悶死してしまうにちがいない。

(略)

つまり籠の中から外へ翔び立った瞬間に人は自分の孤独な存在に気づくと思う。胃袋が餌に飢えるように心も飢えるのに気づくのである。心の飢えは他人を求め他人を食うことでしか癒されないが、私たちはそれを「愛」と呼んでいるのだ。

長沢 節 (1981) 大人の女が美しい 草思社

 

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リエントリーショック

Posted on 09 10月 2016 by

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写真はロンドンバスから撮ったものです

 

最近になっていくつかの生活上の変化があり,色々と考えることも,混乱することも多くて,ノートにも何も書かない日が続いていた.その間,いろいろな人に会って,東京にも(ローラーボールを買いに念願のカキモリさんにも!)行って,京都で彫金教室にも参加して(これについてはまた別記事を書きたい),ちょっとずつ回復して来たように思う.しかし,ノートの減りは進まない(と言うのは面白い表現ですね).

興味のある人がいるかわからないけれど,ちょっと詳細を話そう.

・2年間の契約が終わって,ルーマニアから大阪へ帰ってきた.2年ぶりの日本で,地に足が着いた感じが最初の2週間ぐらいはしなかった.大阪というのは人が多いところで,そして(今晩は涼しいけれども)日中蒸し暑い.ちょっと夏バテみたいになる.あんぱんが美味しい.

・実家に帰ってきて,家に誰かがいる生活が始まる.テレビが点いていたら,ついつい見てしまったりで,自らを見直したり,ノートに触れ合う時間が劇的に減った.ゲーム(古き良きPS3)もしたりしている.

・実家の部屋の壁がボロボロだったので,自ら漆喰を塗ることにした.それが思いの外,時間がかかった.出来上がりはまあまあです.加えて,今まで溜め込んできたガラクタやら紙やらが2年間の(海外)生活上全く必要のないものだということがわかったので,すべて捨てた.ものすごいモノたちを溜め込んでいた.今は,身軽になった.

そんなこんなで,帰国から1ヶ月が過ぎようとしている.正直に言えば,私はカルチャーショックの真っ只中なのだ.

さて,いわゆる「カルチャーショック」には実はいろいろ段階があるらしいのだが,帰国後の「リエントリーショック」というのがあると言われている.自国に帰国した人が,しばらく経って思う自国へのカルチャーショック,内実はいろいろあるが,批判的な嫌悪感のようなもの,を感じるようにもなってきた.代表的なものは,

・なんで,日本は,こんなに,選択肢が,多いのか!?

特別ルーマニアで物質的な不便をした,ということはないけれど(みなさんの想像以上に都会です),確かに選択は少なかった.選択が少ないことは,魂の消耗みたいなのが抑えられると思う.つまり,決断力みたいなものを,いろんなところで使わなくて済む.その代わり,その力を自らとの向き合いに回せる.

だけれども,帰ってきてから,A社とB社とC社からまず選び,DとEとFとGとHとIとJとKとLとMとNの中から,OとPとQとRの色の中から,Xを選ぶ,という感じで,もう選択が山ほどあって,それをどこで買うのか,セールはあるのか,どこが安いのか,ポイントは貯めるのか,使うのか,袋はいるのかいらないのか,もう選択の連続である.私の住んでいたところでは,AとB社の,CとDの中の,EとFの色ぐらいはあったかもしれないけれど,それではあまり魂はすり減らないのだ.なんなら,「○○1択でしょ」という場面も多かった.ああ,それは幸せなのだ,ある意味では.

むむ,ないものねだりかもしれない.

そこにさらに,私のミニマリストWannabe感と,元来の物欲が対抗し,拮抗し,対決する.安いからついつい,という思いと,いやいや,必要ないでしょ,という気持ちと,[もったいないなぁ]という日本的感性が,魂をズタズタボロボロにする.そこに選択の波が押し寄せる.そう,疲れているのだ.

そろそろテレビを消して,パソコンも消して,ノートとの向き合いが必要だ.前に移植の紹介をしたモレスキンラージも,そろそろ無くなろうというところなので,是非そのことも話したい.その前に,ちょっと皆さんにも,シェアしておきたかった.まあなんていうの,近況報告的な形で.

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再び、ブログはじめました。【ノートブックがない日々なんて】

Posted on 09 10月 2016 by

2016年9月23日、ブログ始めました。
(Notebookers.jpでの告知を今の今までなぜ忘れてたんだ……汗)

ノートブックがない日々なんて
http://saorinote.com/

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Notebookers.jpで記事を執筆して4年半が経ったところで、「ノートブックについて書くのが好きだなぁ」と心底思うようになりました。ココでノートブックについて書き続けるのも悪くないけれど、書きたいことを追究するにはそろそろ個人の場所をつくろうかなと考えて、決めました。

むかし、個人でブログ「文房具女子の彩り日和」を運営していました。その当時書いていたことと今書くことは変わってくると思います。変わってないほうがおかしいか。

文房具も好きだけれど、その中でもノートブックは断然好き。1冊だけでなく、トラベラーズノートもモレスキンもEDiTもあれもそれもこれも好き。ノートブックそのものだけでなく、そこに書いていることも好き。今はうまく言い表せないのですが、ノートブックを起点にして物事がよりおもしろくなるような記事を書いていきたいと思っております。おやつ時間のお供にちょうどよい塩梅で、みなさまにも楽しんでいただければ。

月1コラム「ノートブックがない旅なんて」は、タイトルをどうしましょうかねぇ。気に入っているけれど、ブログ名と被り気味なので変えようと思っています。

新しいブログ「ノートブックがない日々なんて」、どうぞよろしくお願いします。
Notebookers.jpでも、引き続きよろしくお願いします。

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ワイルドキリエの原点・ほぼ無人島(今は完全無人島)に行ってきた

Posted on 04 10月 2016 by

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ほぼ無人島でのちっちゃい私の狩りの話をしたことがある。

大きくなったキリエは今夏、叔父の計画した「祖父の生誕100周年記念」イベントにより、すごく久しぶりに祖父母の島に訪れることができた。

 

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ぼくのかんがえるさいきょうののおとぶっかーず

Posted on 01 10月 2016 by

おっす、オラなかしぃ(^-^)/ おめぇすっげー強えーな。オラもっと弱い奴と戦いてぇ…

ということで最近今まで使ってたノートパソコンがご臨終になって新しく買い替えたなかしぃです。買ったのはもちろん薄くて軽くて安いASUSのE200Hです。誰です?薄っぺらくて言うことが軽々しくて安っぽいって仰るのは。大体当たってます、ぺら部ですから。というわけで早速新しい相棒を使って記事をアップしますよ~。

今回のテーマは、原点に戻ってNotebookersとは何なんだろうと思って徒然に思いついたことを書いてみます。最近モレスキナリーの本を買ってみたはいいものの全然読んでなくて、オラもモレスキナリーに何度か登場したことあるのになぁ、掲載されてないよなぁ(”^ω^)・・・と寂しく思ったものです(ちなみに、前の代理店がやってたモレスキンのオフィシャルサイトにはモレスキンアーティストとして掲載されてましたよ、プチ自慢ですが)img_20140831_143523

で、ぼくのかんがえるNotebookersの定義とは、

紙とペンさえあれば孤独をも楽しめる人

です。ブランクのノートには何を書いたっていいんです。でも、自由に書いていいよ、って言われて何を書いたらいいか分からないこともあります。でも、Notebookersの皆様なら何かしらノートを使って楽しむことができると信じています。

巷には文具好きや手帳ファンは多いと思いますが、それらとNotebookersの違いといえば、手帳なら人間生きてたら何かしら予定があるしやるべきタスクがあるのでそれを書き込むだけでも手帳を使っている実感はあると思います。しかし、ノートの場合は自分で主体的に何を書くかを決めなければなりません。例えば思いついたアイディアや気になった言葉を書き留めたり、魅かれたものをスケッチしたり、定点観測の記録を書き溜めたり、読書や映画などの履歴をつづったり、ときにはクリエイティブなことを求められたりします。また、旅のスケジュールやイベントのプランニングをノートを使って立案するのもワクワクすることじゃないでしょうか。

一人で過ごす時間を持て余してしまうときに、冒頭の「紙とペンさえあれば~」ということを思い出してみてください。特にクリエイティブなことを書かなくても孤独を楽しむ方法を知っていればちょっとした待ち時間やカフェでのひと時などに暇をつぶすことができます。一例をあげると、

  • 何かのマイベストテンを書き出す
  • 行ってみたい場所をリストアップする
  • 街行く人の服装で気になったものを書き留める/スケッチする
  • 自分の好きなスポーツのドリームチームのメンバー選考をしてみる
  • マインドマップを描いてみる
  • 目の前にあるものを手当たり次第にスケッチしてみる
  • 自分の家の周りのおすすめスポットを紹介した記事を書いてみる
  • 目の前にいる人の服装から職業や生い立ちを想像して書いてみる
  • 無人島に一つだけ持っていけるとしたら、という問いに答えてみて、その理由を書き出す
  • 身近な人のいいところを書き出してみる

などなど、考え出したら無限大に書くことが出てきます。どうでもいいことなんですけど真剣に取り組んでみたら結構のめりこみますよ。スマホを触っているのもいいんですけど、ノートに何かを書くことで脳トレにもなりますよ。

そうした孤独を愛せるNotebookersさんにお会いしてそれぞれの楽しみ方を共有できる機会があれば、1+1=2以上の効果が期待できると思います。沢山の孤独が集まれば面白いことができるかもしれません。

Viva!孤独

 

 

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「もっとゆっくり見なくちゃわからんよ」〜『モレスキンのある素敵な毎日』を読みました。

Posted on 28 9月 2016 by

彼岸も済んだのだから、もう少し涼しくなって欲しいなあと思うのですが、皆様、いかがお過ごしでしょうか。

えー。
アメリカの作家 ポール オースターの『オーギー・レンのクリスマスストーリー』という短篇があります。
煙草屋のオヤジ、オーギー・レンは、毎朝決まった時間に、自分の店を撮影しています。
その撮り貯めた写真を、知り合った作家ポール ベンジャミンに見せるシーンがあり。
ポールは「同じものがたくさんあるなあ」と思いながら、どんどんアルバムのページをめくるのですが、それをオーギーが嗜めてーー
以下、引用。

「それじゃ速すぎる。もっとゆっくり見なくちゃわからんよ」
たしかにそのとおりだ。じっくり時間をかけて見るのでなければ、何も見えてはこない。私はもう一冊のアルバムを手に取り、もっと丹念に進むよう自分に言い聞かせた。細部にもっと注意を払い、気候の変化にも留意し、季節が移るにつれて光の角度が変わっていく様子にも気をつけた。するとじきに、車の流れの微妙な違いがわかるようになり、一日一日のリズムのようなもの(略)も予測できるようになった。(略)勤め先へ向かう通行人たち。毎朝同じ人が同じ場所を通って、オーギーのカメラの視野のなかで、それぞれの人生の一瞬を生きている。

□■□■□■□■□■□■

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「エクストリーム・モレスキニング」 人間はどこまでノートを書けるのか?

Posted on 27 9月 2016 by

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こんにちは、モレカウです。
基本的にアウトドアというものはヒマである。そもそも野外で過ごすということは、焚火か料理でもしていない限り、特にすることがないのである。最近のアウトドア系の雑誌ではアクティビティだなんだと煽るのだが、することがないので、しょうがないので暇をつぶすことを探すというのが正しいアウトドアの過ごし方だと思う。

ヒマだと、何かクリエイティブなことでもしてみようという気分になるから不思議だ。ということで、ロープでブランコを作って乗っていてブラブラと揺れながら退屈していた。そういえば2011年の横浜トリエンナーレの副題が「世界はどこまで知ることができるか?」だったなぁと思い出していた。ことばの限界が世界の限界だよ、と言ったのはウィトゲンシュタインだったかな。では「モレスキンを書ける限界」というのはあるのか試してみた。エクストリーム・スポーツ的モレスキニングというジャンルはなかなか新しいのではないだろうか?

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【リバース・モレスキニング Reverse Moleskining】 難易度:★★★★☆
最初から難易度4の大技である。ただの逆立ちではなく、ペンを持たなければならないので片手で立つ必要がある。下半身のブレが文字のブレにつながるので注意だ。頭に血が上るので落ち着いて字が書けないデメリット有。撮影のために10回程度逆立ちをしていたら、ポケットに入っていた小銭を紛失した。損失:220円。

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【ゼロ・グラヴィティ・ランディング Zero gravity Landing  (無重力着地)】 難易度:★★☆☆☆
倒れる俺。

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【クールガイ・トゥ・チャレンジ・メニー・タイムズ・モレスキニング “Cool guy to challenge many times Moleskining” (何度でも立ち向かうカッコいい俺)】  難易度:★★★★☆

このとき周辺で俺を見つめる子連れの主婦が数人いたが足早に立ち去っていった。

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【ツリー・クライミング・デスクリプション “Tree climbing description” 】 難易度:★★★☆☆
あっ!しまった!モレスキンが枝に引っかかってしまった!という感じで、モレスキンが樹木などの高い場所に引っかかってしまった場合に有効だ。樹に引っかかったモレスキンは孤独に見えた。記述のことをデスクリプションっていうんだぜ。
ちなみに、樹にモレスキンが引っかかってしまったときに、ゴムバンドでページを押さえていると見開きで固定されるので比較的書きやすい。

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ヤシの実をとる職人が、足に輪っかになったロープをひっかけて高い場所まで登ってしまうという技があるのだが、そんなに高い場所にあったら怖いので2mくらいの場所で実践した。

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このとき気が付いたのだが、松ヤニでモレスキンと手がベタベタになった。野外で手が松ヤニでベタベタになるとそれはもうとても厄介なのである。なぜかいうと松ヤニは水に溶けないので、アルコール系で落とす必要がある。アルコール系のウェットティッシュがあればいいのだがそんなもの持っていないので家に帰るまで手とモレスキンが、もうベタベタだった。
ちなみに以前僕が考えた「責め苦」で「手にたくさんのチョコレートを持たせて砂漠を歩かせる」というのがある。暑さでチョコレートが溶け出し、手がベタベタになるのである。長時間手がチョコレートでベタベタの状態で歩き続けなければならないことがどれだけ人にダメージを負わせるかというのはあなたは知らない。他にもあれだ、霧吹きで水をかけたあとに細かく切った数ミリの髪の毛をパラパラとまぶすという責め苦も思いついているのだがここでは割愛させていただく。

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【スラックライン・モレスキニング(Slackline Moleskining)】 難易度:★☆☆☆☆
細いロープや柵などの上でバランスをとりながら書くモレスキニング。バランスを崩し、踏み外したとき、それは死を意味する。本来のスラックラインはクライマーの中で登山の合間の遊びとして生まれたらしい。ダウン系、フリップ系、バウンス系と様々なトリックがある。バランス感覚や集中力が必要となるモレスキニングである。公園のブランコの周辺の柵で練習ができるので試してほしい。関係ないけど、ブランコの周辺の柵っていまだに必要性がよくわからない。無いとクレームが多いのかい?

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本日の実験結果。

使用したペンはLAMYのScribble 。ペンの名前にふさわしい使い方をしたのではないかと思う。この記事をここまで書いておきながら、なんてつまらない記事を書いたんだろうとけっこう後悔しているが、そのまま掲載してしまおうと思う。本当はファイト1発モレスキニング(崖などの高い場所で片手でハンギングしながら、もう片方の手でモレスキニングを行う)というのも思いついていたんだがそれは次回に行う。
人間はあらゆる状況でもノートを書くことができる。

How many miles to Notebookers.jp?
世界の果ては遠い。

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意味のある偶然?

Posted on 25 9月 2016 by

実は私、予知能力があるんです!

…なんて言えたらカッコイイんですが
残念ながら凡人の私にはそんな特別な能力は備わってないようで。

でも昔からごくたまーに既視感というのかデジャヴュというのか
「あー、ずっと前に夢でみたな」という状況に出くわすことがありまして。

夢で見るのは
友達との何気ない会話だったり
ただ道を歩いている風景だったり

時間にすると数秒間

日常風景すぎて朝起きた時には覚えてないですし

実際にその状況にならないと気づかない

夢でみた数秒間が過ぎたあと
今の状況、デジャヴュだったなと思うだけ

なにか起こるわけでもないので気にせず生きてきたのに。

なのにまたデジャヴュが起こりまして。

あ、このシーン夢でみたなと思っていたところ
一緒にいた人から「あ!これデジャヴュ!」と言われたのです。

初対面の人とフラッと入ったお店で
そんなこと起こる?!?!

まず私の周りに「デジャヴュ!」と声に出して言う人がいなかったので
そこに驚き。

初めて会う人と同じ状況でデジャヴュしていたことが一番の驚き。

調べてみたら
シンクロニシティという体験に近いような。

“意味のある偶然の一致”

私が
その場所に行くことも
その人に会うことも
そのお店に入ることも

意味のある偶然…?

うーん…?

人と一致することなんて今までなかったのに

今までは私が言わなかっただけで
言っていたら「私も!」ってなっていたのかな?

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無事にインクも手に入れ、お気に入り万年筆が復活したので
これで夢日記でもつけようかな

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【ノートブックがない旅なんてVol.54】脳内の風通しをよくする数独とフリクション

Posted on 20 9月 2016 by

2016年も残り100日あまり。
気が早いとは分かっているが、2016年マイブーム大賞はもう決まっている。

数独。
SUDOKU。
今更なぜと思われようと、「数独」なのである。

珍しく買った雑誌の読者プレゼントクイズに載っていた数独を、これまた珍しく解いてみたのが、運の尽きだった。ご親切に解法のヒントが書いてあったとはいえ、思いのほかあっさりと解けてしまった。

「もっと解きたい」魔の誘惑がやってきた。
抗うこともなく、誘惑に負けた。
数独問題を初めてクリアしてすぐさま、問題集を買ってしまった。

手持ちのプレスマンとクリックイレーザーとともに、初級から上級まで全132問。
2ヶ月後、全問クリアした。さすがに途中で飽きるだろうと思いながら始めたのに、全問クリアした。

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再び、誘惑に負けた。
さらに数独問題集を買った。
初級編をすっとばして、中級編と上級編やってやろうじゃないの!!

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レベルアップした問題に立ち向かう筆記具として、シャープペンと消しゴムはもう役不足になっていた。新たな筆記具は、フリクションボールスリム038 スカイブルーにした。3年振りにフリクションを手にした理由が数独になるとは、どの私が予想していたことだろう。

私の場合、中級以上になるとマス目に入れる数字を一発で決められない。マス目に数字を仮置きして解き進めるので、「書いては消し、消しては書く」ことを繰り返してしまう。シャープペンと消しゴムを持ち替える時間も、消しカスを払う時間も、惜しい。フリクションに替えれば、数独をはやく解くためには無駄になる時間を減らせる。今更なに言ってるのかと思われようと、フリクションのありがたさをしみじみ感じるのであった。

予想外なくらいに数独にのめりこんでいるのは、数字がカチッとはまる瞬間がものすごく爽快だからだと思う。
中級以上になると、解き始めて3分くらいで解く手が止まってしまう。そこからマス目全体を見渡したり、消去法で数字を絞り込んだりするうちに、あるマスの数字が決まる。1箇所の数字が決まると、次から次へと他のマス目に入る数字が決まることがある。一気に数字が決まると、マス目に数字を書き込む手がリズミカルに動きだし、集中力がもう1段階あがって無心状態になるのだ。

脳内の風通しが、すうっとよくなる。この感覚を一度味わったら、もう数独はやめられない。騙されたと思って、この秋から数独はじめてみては?筆記具はフリクションスリム038推奨。

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【ノートブックがない旅なんて】は毎月20日に更新。
いま使っているフリクションのインクがなくなるまでは、数独にのめり込むはず。
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「そのノートブックは世界中でたった一冊なんです」〜あなたのトラベラーズノートを見せてくださいの会をします【締め切りました】

Posted on 18 9月 2016 by

月13日に、若松英輔氏と吉村萬壱氏のトークイベントに行ってきました。
二冊同時に刊行された『生きていくうえで、かけがえのないこと』
(同じタイトルで、同じ二十五のモチーフを取り上げたエッセイ集です。
二人で! 同じタイトルとモチーフで!! 別々の本!! ナニそのせら得!!)
ひとつかふたつ、モチーフを選んでレビュー書こうと思います。

おふたりのトークも本当に面白かったです。
書くということ。何をどう書くか、ではなくて、書くとは何か、を考えてみる。などなど。
あと、すごく印象に残ったのが

『コトバが飢饉になった時に備えて、困らない程度のコトバは、自分で紡いでおく。自分に必要なコトバは、自分で書かなければらない』

蓄えておく、のではなく『自分で紡ぐ、書く』んだそうです。
Notebookersとしては、なんとも励まされる、力強い言葉だなあ。
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1日1ページの呪縛から逃れるための自由への疾走

Posted on 12 9月 2016 by

9月に入ってもまだまだ残暑が厳しい今日この頃ですが、みなさん、アイス食べてますか?アイスは食べても食べられるな!アイス大好きNotebookersのなかしぃさんですよ。知ってました?カマンベールチーズにはカビが生えてるんですって、奥様。

というわけで、9月になれば来年の手帳が並びはじめる季節です。「手帳をとっかえひっかえする女は男もとっかえひっかえする」という名言もあるように、いろんな手帳がリニューアルされたり新しいのが登場したりで目移りしそうですよね。そういう筆者は仕事用の手帳はあいも変わらずほぼ日オリジナルの中身だけ買ってカバーは2013年に買ったブロックチェックを使い続けています。お気に入りのカバーを何年も使い続けていると愛着が湧いてきますし、もう相棒って感じです。img_20140402_170216

で、デキるビジネスマン、なかしぃ卿の毎日はやることがいっぱいなのでウィークリーの手帳ではなく1日1ページの手帳が使いやすいのです。そう、今回は仕事もプライベートも充実させる1日1ページ手帳の使い方講座!!ではありません。

仕事の手帳とは別にわたくし、以前は1日1ページ絵日記を付けておりました。しかも1年と10ヶ月も欠かさずに。だーがしかしだがしかし、ある理由で突然止めてしまったのでした。その当時描いていた手帳はタワレコ手帳で、紙がトモエリバーでほぼ日以外唯一の1日1ページ仕様で、しかもほぼ日よりも安かったのです。もしほぼ日手帳を使ってたら今頃公式ガイドブックで紹介されてたかもしれないです。そう思うと惜しいことをしたなと痛感するわけですが、後の祭りです。

で、当時はこんな感じで描いてましたよ。

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これは広島に旅行に行ったときのページですが、毎日こんなスペシャルな体験なんて出来ないわけで、働いている平日に何を描くかで継続できるかどうかの分かれ道です。

筆者が何にも特別なことがない平日に描いてたのは、その日ニュースになったことや突然思い出した昔流行ったアニメやドラマ、音楽などや興味を持ったことなどでした。それでも毎日続けるのは難しく、何にもネタがないときはwikipediaのおまかせ表示をクリックして興味を持ったものを描いたりしてました。

例えばこんな感じ

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こんな感じで最初の1年目は12月31日に最後のページを描き終えたときには達成感がありました。そして次の年も頑張ろう!と思ってたんですけど10月から段々しんどくなってきたんですよね。描くネタがない。ないわけではないが自分の好奇心のアンテナの感度が鈍くなったのか、1日1ページをノルマとしてしまって苦痛に感じて手帳の前で何を描こうか迷う日々が続いたんですよね。そして段々白紙のページが増えてくるとリカバーしようという気力がなくなっていきました。1日くらい描かなくたって次の日に2日分描けてた頃はまだましやったんですけど、絵日記のみならず絵を描くことから遠ざかってしまい、結局今年はぜんぜん描いてないです。一部のフォロワーさんからはカルト的な人気があったんですけどねぇ・・・(自分で言うか?これぞまさに自画自賛!)

で、最近シーラカンスに興味を持って久々にボールペン画を描いてみたら、絵って楽しいんやっていう気持ちが蘇ってきてもう一度描いてみようかなという気が起こりました。でも、もう一度1日1ページを描くだけの気力がもてるか、またプレッシャーに負けてしまうのではないか、そうなったら元も子もないのである賭けに出ました。描くにあたって重視したのが慣れ親しんだトモエリバーであること、毎日ではなく1週間1ページならゆるく続けられるのではないか、ということでほぼ日weeksに白羽の矢が立ちました。毎日描くだけのネタがなくても、1週間に2~3個くらい描ければということと、ページが大きすぎないということが続けられそうだなという気がして先週ロフトでほぼ日weeks買ってきました。

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来年まで待つとやらなくなる可能性が高いので、後半のフリーのページを使って慣らし運転をしていき、12月からはスケジュールのページに本格始動しようかなと計画中です。インスタグラムにあげるかNotebookersにアップするかどうなるか分かりませんが、期待せずに待っててください。

 

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テープのりと私の体

Posted on 11 9月 2016 by

A:もし君が,どこか文房具の手に入りにくい土地に,一時的に行くとして,何を持っていくのがいいと思う?

B:うーん,そうだなぁ.現地で手に入りにくいものだよなぁ.

A:そうだよねぇ.じゃぁ,それをどうやって知ればいいのかなぁ?

B:その国の人に聞いてみるのがいいかもしれないね.あるいは,行ったことがある人とか?

A:それもいいよねぇ.

B:あるいは,その国のネット通販上で売られているものを見たらいいんじゃないかな.それ以外のものは,基本買えないって考えるのは?

A:最近はそういうことも出来るようになったね!でも…

B:でも?

A:第一は,何が必要なのかを見極めること.そして,できるだけそれを少なくすること.そうすれば,持っていくものもわかるから.

B:必要なものの選定.ものと向き合うこと.

A:そのとおり!それが出来ないと,どういうことになるかわかる?

B:大切なものと,その一時の間,お別れしてしまうことになるね.

A:それはとても悲しいことだよ.特に,自分が使い慣れたものの場合はね.

B:そういうものってあった?

A:テープのりだね.

B:テープのり!盲点だったね.

A:持ってきたんだけど,途中でなくなっちゃったんだ.

B:探した?

A:もちろん.でも,残念ながらあまりメジャーではないみたいだね.

B:なるほどね.もし,行く前に気づいていたら,たくさん持って行っただろうね.

A:そうだね.特別重いものでもないし,それになにより,僕はスティックのりでさえも好きじゃないんだよ.

B:テープのりの好きなところは?

A:まず,手がベタベタにならないことだね.穏やかな技術っていうのかな?

B:自分の手に寄り添って,邪魔にならない,貼ることに集中して,邪魔されない,そういうこと?

A:そうだね.貼るっていう行為にはいろいろな方法があるけど,だいたいの道具が接着性のために,そこに目が行きがちというか,邪魔されちゃうんだよね.

B:確かにテープのりはそうじゃないよね.

A:そう.あたかも自分の手がノリを貼ってるみたいな感じがするじゃない?自分の体の延長線上の道具って言ってもいいかもね.でも,普段は道具として意識化しないから,逆に遠隔地に行くときなんかは忘れちゃうのかもね.

B:そうかも.じゃあ,1:まずは気持ちよく使えるものを探す,2:普段から振り返って必要な物を精査しておく,3:リスト化しておく,みたいにすれば,ものも多くならずに済むのかな.

A:そう言えるかもね.リスト化の手間によって,持ち物を減らすことも出来るだろうしね.写真をとっておく,ってのもいいかもね.あるいは,リスト化しないと忘れちゃう時点で,ものが多すぎるのかもしれないよ.

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夏の終わり

Posted on 23 8月 2016 by

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当地では明後日から新学期。夏休みは短いけれど、その分冬休みが長い。

息子は毎日、近所の児童クラブへ行って宿題をやっていたのだけど、ふたを開けてみたらなんとなんと。

辟易を通り越して卒倒しそうな惨憺たる結果。全然宿題が終わってない。

あんた、何しに行って何してきたわけ?との問いに、いやー今日は○○ページやってきたよって、あれ、ページ書いてきただけだったという。。。ラジオ体操も見事に一回も行かなかったし。どーなってんだ。

そんな夏休みも終わり。

 

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児童クラブに持参しているお弁当も、明日で終わり。

息子の夏休みが終わると、ああ、夏もほんとに終わりだなって思う。お昼はさすがにエアコン様の恩恵を受けているけれど、夜は窓を開けていたら寝冷えするくらい。

お彼岸のあたりになるとすっかり肌掛け布団の虜。今年の秋はどれくらい楽しめるかな~。

 

 

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夏の終わりの夜長には古典文学に親しもうではないか!

Posted on 22 8月 2016 by

オリンピックに興奮冷めやらないなか、いかがお過ごしでしょうか?ぺらリンピックなら「投げ槍」日本代表になれるくらいやる気のないなかしぃです。

さて、夏も終わりに近づきましたが最近筆者は日本の古典文学にはまってます。以前から自称「歌人」を名乗っていましたが、ちゃんと和歌を学んだことはなく、「万葉集」「古今和歌集」「新古今和歌集」「百人一首」などを一から学び直そうと思いました。だがしかし、いまさら勉強しなおすにはハードルが高すぎるっていう感じぃ?高校のときちゃんと勉強してこなかった報いが今きてます。いまさら専門書を読んだり原文にアプローチするのも無理です。

というわけでとりあえずさわりをさらっと流して分かった気になる方法を模索した結果、ある本と出会いました。それは、

角川ソフィア文庫、ビギナーズクラシックシリーズ

です。

とりあえず百人一首と伊勢物語を買いまして、今読んでる最中です。最後まで読んでないのに記事を書こうというこの薄っぺらい心意気、凄いじゃありませんか?

というわけで、肝心の中身なんですが、ビギナーズクラシックと謳うだけあって、初心者向けです。だがしかし、初心者向けと侮るなかれ!古典を読んだこともない人向けに原文と分かりやすい現代語訳が載っているのは当たり前、その他にも作品の背景や語釈なども分かりやすく、図版やコラムなども充実して飽きさせないようになっています。ただ、ビギナーズと謳うだけあって全部を掲載しているわけではなくエッセンスだけ抽出して解説し、後は全体像が分かるようにあらすじを載せてます。源氏物語なんて五十四帖全巻読破するなんて研究者以外ではなかなかいないですよ、それを1冊で分かるように出来ています。

アマゾンのレビューでもかなりいい評価をいただいていますが、デメリットをあえてひとつ挙げると「物足りない」ということらしいです。まぁ、一部抜粋ですからこれをきっかけにちゃんと読んでください、っていうところも初心者向けなんじゃないですかね。

で、古典って受験勉強でしか触れたことがないから難しそうだと思っているあなた、それは大間違いですよ!源氏物語なんて愛欲渦巻くハーレクインロマンス真っ青の日本最古の恋愛小説ですし、枕草子なんて平安時代の人気ブロガーですよ、こんな適当な内容で!他にも伊勢物語なんて男の美学満載ですし、土佐日記にいたっては紀行エッセイのさきがけです。他にも今昔物語集なんて何でもありの面白エピソード満載の短編集ですし、他にも色々面白い内容の古典文学が盛り沢山です。現代のあざといストーリー展開の小説なんかよりぶっ飛んだ発想の内容が1000年以上も前に書かれていたなんてすごいじゃありませんか?

そんな文学遺産を1冊ちょっとの時間で読み切っただけで分かった気になるなんてなんてぺらい、もとい、素晴しいシリーズではありませんか。このシリーズに匹敵するのはマンガで読む名作シリーズくらいしか思いあたりません。

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受験生のNotebookersの皆さまにもお勧めですよ、無機質な受験勉強の対象だったものが一気に人間味のある世界が広がります。昔の人も同じことに興味を持ったり考えたり悩んだんだなぁということが分かり、頭に残りやすくなります。

さぁ、古典の海に飛び込んでみようではありませんかっ!

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日本手帖の会 東海支部第6回オフ会『オリジナルノートを作ろう』へ参加してきました。

Posted on 20 8月 2016 by

日、アボカドを食べたいなーと思い、スーパーに行きまして。
サイズはやや小さめでしたが、ちょうどいい熟れ具合のアボカドがありました。
今日、すぐ食べるんだから、これにしようと買って帰りました。
切ってみたら、なんと。種がウメボシの種よりやや大きい、くらいで。
みっしりたくさんいただけました。アボカド版逆舌切り雀(わかりにくい)。
冷やした蕎麦に、トマトとアボカドを載せて、めんつゆとわさびでいただきました。おいしかったです。

えー、アボカドレシピの記事ではありません。
7月30日(土)ちょっと前ですが。
日本手帖の会 東海支部第6回オフ会『オリジナルノートを作ろう』へ参加してきました。
やー、楽しかったー! やっぱりモノ作りはいいですねー♪ 楽しい!
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旅先のToday’s TRAVELER’S notebook/2016夏・群馬新潟福島編

Posted on 18 8月 2016 by

ちょっくら、旅してきました。
バックパックを背負い、高低差に翻弄されながらも群馬・新潟・福島へ。

初めて青春18きっぷを使って、
高崎〜沼田〜土合〜塩沢・六日町〜只見〜会津若松〜郡山の周遊旅。
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ポケット時刻表が示す時間指定と、行きたい場所リストとのささやかな葛藤に
この旅イチバンの盛り上がりが旅計画タイムになるのでは……という懸念もなんのその。
現実は軽々と、計画を乗り越えてくれました。
鉄旅は、好奇心の間口をググッと拡げてくれますね。

降り立つ場所で、ことごとく高低差洗礼を受けたのは何故かしら。
猛暑と高低差の掛け合わせは、現在進行形では酷としか言いようがありません。
写真で振り返ると、酷がキレイさっぱり昇華されてしまうのですが。

ノートに記録する手段は、書くことだけではない。
「旅先のToday’s TRAVELER’S notebook」として写真におさめる方法だって
私にとっては、旅の記録になるのです。

みなさまにも、少しばかり群馬新潟福島の空気をおすそわけ。

上越線の始発・高崎駅。
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大河ドラマ『真田丸』で話題の沼田に行ってきました。おしどり夫婦への割り込み御免。
沼田城址公園近くの喫茶店「針葉樹」で流れる音楽が心地よく、時間が穏やかに進んでいた。
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河岸段丘の街・沼田の高低差洗礼は想像以上だった。
沼田駅から市街地まで徒歩約15分、高低差70mはなかなか応える。
沼田女子高校製作の沼田MAPには、「片道歩くだけでバナナ1本分くらいのカロリーを消費できます。ぜひ1度歩いてみてください」と書いてあったので、ご参考までに。
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続けざまの高低差洗礼は、日本一のモグラ駅といわれる土合(どあい)駅。
電車を降りていざ改札へと思いきや、この階段が待ち受けるわけですよ。
真夏のAM8:45だというのに暗く、冷やり。ここから出るには、階段を登るしかない。
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登ること486段、地上の光がなんと眩しいことか。
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17:10発 只見行き最終電車。
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会津川口駅のホームは、只見川ほとりにある。
六日町でお話しした酒屋の奥さんが「只見線いいよ〜。修学旅行の時に乗って本当景色がよくて」と言っていたけれど、まさに。
トンネルを抜けて一面に広がる只見川は、この旅のベスト車窓だった。見とれて写真撮れてないけど。
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追伸:
投げトラ、おかげさまで1周年。
ナツタビ2016でも、いい投げトラ撮れました(自己満足)
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ミラノよりノートをつめて(あるいは,クレーマー・クレーマー(2))

Posted on 16 8月 2016 by

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以前,モレスキンについているクオリティーコントロールステッカーについて,記事を書かせていただいた.

興味のある人がいるかどうかはわからないんだけど,その続き.

 

さて,モレスキンのクオリティーコントロールステッカーが,2つの部分にわけられていおり,その下部の模様部分を,なんのために使うのか,それがとても気になったので,こうなったらモレスキンのカスタマーケアセンターから聞いてみようと思ったのである.

 

回答,次の日に返ってきていました.

 

回答は,以下のとおり.

1.モレスキンのコントロールステッカーには,2つの役目がある.

2.一つは,コントロールステッカーのシリアル番号を無くさないように大きくする役目,もう一つは,デコレーションのため,である.

…と言っても,やっぱりどうやってデコれば良いのかはわからない.でもまあそんなものか,と思ってしまい,それ以上は詳しく聞かないことにする.

 

デコレーションとはなんだろう.と,想いをはせるうちに,なるほど,それは各々に委ねられているということに気づく.

その模様からなにを想像するのかは,あなた次第です,とでも言われているようである.

 

それから,もう一点.調べていて気づいた,「実は今使っていたノートが欠陥品だった」件だが,先日,代替品が送られてきていた.

なるほど,買ったものと全く同じノートが,イタリアのミラノから,送られていた.

たぶんエアメールかしら?一ヶ月ぐらいかかっていて,送る送る詐欺かと思い,ちょっと不安になっていた頃でした.

 

ミラノよりノートをつめて.

欠陥品を掴まされたとしても,少しだけ世界は確実に広がる.そんな気がする.

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ノートとフライパンと:Notebookersお題141

Posted on 03 8月 2016 by

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【Notebookersお題141:ナベもしくはフライパンについて2000文字以上で語ってみてください】

僕が「ノートとフライパンを尊敬している」と言ったら,あなたは僕を変人だと言うだろうか.

僕の好きな本の一つに,ジョン・ブロックマンの編著『2000年間で最大の発明は何か』がある.これは,ブロックマン氏が,様々な人に『2000年間で最大の発明は何か』と問うて,その返事をまとめたいわゆるミレニアム本である.

「メガネ」なんていう答えにはハッとさせられるし,「電気」とかいう人にはふんふんと同意する.「遺伝子」なんて話もあったかな.あるいは,「椅子」とかいう中には2000年間に含まれないものも多少ある.まぁでもそれはお約束というか,そのへんは楽しんで読めればいいよなぁという感じで,あまり気にしないでください.

僕がお題を見た時に,すぐこのことを思い出したのは,「フライパン」は有史2000年のなかで,最大の発明とまではいかないけど,たぶん50位ぐらいにははいっても良いんじゃないかなぁと思ったからだ.

昔,オレンジのフライパンを,一人暮らしを始めた僕に母がくれた時のことを,今でも覚えている.テフロン加工がしてあって,軽い,深めで大きめのフライパンだ.「やすいフライパンやけど,いろいろ使えるからなぁ」と母は言った.

最初,そのことの意味が僕にはよくわからなかったけれど,一人暮らしをするうちに,徐々に母の言葉の意味がわかってきた.簡単言うと,僕らはフライパンが1枚あれば,実にいろいろなものが作れるのだ.

少し深みのあるフライパンがあればいい.例えば,パンケーキ.スパゲティー.カレー.お好み焼き.煮物.茄子のおひたし.鯛の煮付け.おでん.鍋.卵焼き.ラザニア.リゾット.特に見た目にこだわらなければ,そしてあなたが舌貧乏であれば,基本的になんでもフライパンで作ることが出来る.あるいは,フライパンで作れないものは,作らなくなる,というべきか.

そのように考えると,いろんなものが実は不必要であることがわかってくる.

例えば,トースター.フライパンをちょっと熱して,両面を焼けば,カリカリでおいしいトーストをいただくことが出来る.あるいは,卵焼き器.練習すれば,ある程度のものは出来るようになってくる.パスタを茹でる.きちんと一杯一杯までお湯を入れれば,わりとなんとかなる.ホットサンドイッチメーカー.ギュッと押さえつけて,両面を焼けばいい.小さい鍋,大きい鍋,ゆでたまごを茹でるぐらいにしか使わない鍋…キッチンには,実にものが溢れいている

でもよく考えれば,だいたいのものはフライパンで大丈夫なのだ.高度に専門化されたものより,適当にでもいろいろと作れるモノのほうが,愛着も湧くし,使い勝手も良い.汎用性が高いのである.

ノートの周辺もそうだ.巷にはいろいろなものが溢れている.例えば,無限に保存でき,同期できる携帯電話のメモアプリ.あるいは,何万冊と電子書籍を読める端末.書いて,間違えたらすぐに消せるペン.ノートの周辺にも,専門化されたものがある.

だが,そんな中に身を置いていると,ふとそのモノたちに振り回されている自分がいることに気付かされる.この時はこれ,あの時はあれ,その時はそれ,という風に,使い分けをするがゆえに,遠回りをしてしまっている.しかし,その高度に洗練,専門化されているものを使っていないと,時代に置いて行かれた浅はかで矮小な存在であるように感じてしまう.これは厄介だ.高度に専門化された便利なものを使いこなせることが,ある種のステータスなのだと,勘違いしているのである.

しかし,フライパンを考えて見ると,どうだろう.フライパン一枚で,いろんな料理を作れるほうが,かっこいいはずなのだ.そう思うでしょう?では,ノートブックと一色のボールペンでいろいろと出来る方が,かっこいいはずなのだ.そうですね?だから,だんだんと,ノートと,1色のボールペンさえあれば仕事ができる,ということが羨ましくなってきませんか.実はそれも洗練された一つの形なのだと気づく.

ああ,ノートの汎用性の高さ.ノートは,相談相手.対戦表.レーススケジュール.スケジュール管理帳.プリクラブック.物語が綴られる場所.小説.チーズとワインの記録.映画の感想.夢.トラベルログ.日記.レターセット.育児日記.出納帳.愚痴.地図.さくっと図を書ける場所.議事録.つぶやき.アルバム.詩の紡がれる場所.ポートフォリオ.トイレットペーパー.レシート入れ.盾.矛.チケットホルダー.落書き帳.キャンバス.スケッチブック.ジャーナル.研究所.言い間違え.ボードゲーム.インクの試し書き.思い出.私.その他いろいろ.無限大.

携帯電話でしか出来無いと思っていることが,少しの努力でノートでもできるようになるかもしれない.携帯電話で出来ないことが,ノートで出来るかもしれない.私はまだ,気づいていないだけかもしれない.

少し変と思われるかもしれない.けれど,やはり私はノートも,フライパンも,大好きだ.その汎用性の高さに,惚れ込んでしまう.できれば最初に発明した人たちを,お食事にでも誘って,ビールでもごちそうしたいぐらいに.それぐらい,これまでこの2つが生まれて,生き残ってきてくれたことに,感謝する.誰になんと言われようと,僕はノートとフライパンを尊敬せざるを得ないのだ. (2224字)

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天使が見てくれる絵〜5月22日 講演会『内村鑑三と『代表的日本人』に行ってきました

Posted on 02 8月 2016 by

日、ドナル ライアン著 岩城義人訳『軋る心』を読みまして。
やー、良かった…! ほんっとーに良かった!
アイルランドの、ちょっと田舎の方で二十一人の登場人物が独白を連ねる、それだけの物語なんですが。
いやー、もう、ほんっっっとーに素晴らしい!
じ、事件は(一応は)起こるのですが、その事件そのものよりも、人物たちの視線、そのすれ違い、同じものを見ているはずなのに、全く違うものとして捉えている、素晴らしい!
主人公ボビーが「自分は自分をこういう人間だと思っている」視線、そして他の登場人物たち、ボビーの友人、同僚、妻、父親は「ボビーはこういうヤツだ」と思っている視線、そのわずかな(そして、大きな)すれ違いとひずみが(主人公に限らず、二十一人の登場人物ほとんど、その視線のすれ違いが描かれています)、丁寧に積み上げられていまして。やー、アレだ、ケルトの渦巻きだ、と思いました。お互いを取り込んで、巻き込んで増殖して、それでもミにはならず、ただ負の部分だけがふくれあがり、それでも美しい、そういうケルトの渦巻き。

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何処まで行くのかな

Posted on 31 7月 2016 by

わたしの撮る写真の種類は3つ。

1つめは写真のために撮る写真。
2つめは記録のために撮る写真。
3つめはただ見たものが撮れてた写真。

3つめの写真は生々しい。
何となく自分の内側が見えてしまってる気がして、あまり表に出すこともない。

 
三原, 広島
子どもの頃、「旅に出るか」と父に言われて、いやだいやだと泣いたことがある。「旅」とは、戻るところのなく流離うこと、だと思ってた。「旅行」は行って戻る場所のあるもの。

三原, 広島

三原, 広島

 
鎌倉, 神奈川
湘南サイダー。鳶の舞う海辺の町。暑い夏の一日。

鎌倉

鎌倉

その後で行った逗子だか葉山あたりの、住宅街から海に出る手前の路地の角。石垣と、足元は砂がちの道に家の影だか水だかで白と黒のコントラストが出来てる。断片の記憶。気分だか機嫌だかが悪くて足元ばっかり気にして歩いてて、砂の熱さとか、空気そのものも熱くてまぶしくて目眩がするとか、そんなのしか覚えてない。写真もない。

 
神代植物園, 東京
薔薇園の薔薇は、全部美しい実になってた。ひとつひとつ、名札と合わせて撮っていった。うちに帰って見てみたら、どの写真がどの薔薇の実なのか判らなくなってた。

神代植物園

神代植物園

 
或る天満宮, 東京都下
ひとつの場所に紐付いて、いくつかの記憶がある。それほど強い感情ではないんだけど何となく、整理もせず、ただハードディスクに放り込んでおいてるだけの写真…最近は「まあいっか」みたいな気分になってきた。

東京

東京

東京

東京

 
上海, 中国
石の建物。石の床。ガタガタに緩んだ石畳の歩道をハイヒールを履いて歩く女性たち。バラバラ分解しそうな勢いで飛ばすタクシー。屋台で買った朝食と、ボトルに入れたお茶を持って通勤する人達が行き交う朝。ホテルのドアの外、ホテルの窓の下から聞こえる人々の怒鳴るような喋り声。びくりともしない石の床。

上海

 
京都
お寺の食堂でカレーとわらび餅を食べた後、駅まで東山をてくてくてくてく歩いた。
場所は違うけど同じ、懐かしい造りの家。暗くて細い土間の先に見えるきらきら緑に光る庭を覗いて、小さいころ通ってた小児科のレントゲン室になってた庭の奥の離れとか、「僕にくっついてないとダメだよ」と言われてたのにはぐれて迷子になってしまった幼稚園のお友達の研ぎ屋さんちの家を思い出す。

京都

京都

京都

京都

 
ソウル, 韓国
蜘蛛の巣のように電線が張り巡らされた街。東京と似てる。

ソウル

 
或る町, 東京都下
未来の記憶に触れる感触。

東京

東京

 
小樽, 北海道
空港から小樽に行く途中、通過した札幌駅の景色を不思議に思いながら、探しものをしながら歩く。スーツケースをごろごろ押しながら歩いてると I put a spell on you が頭の中に浮かんだ。ウミネコの鳴き声「にゃーにゃー」。

小樽

小樽

小樽

小樽

 
札幌, 北海道
大きな馬。ニッカウヰスキーの看板。ゴムタイヤの地下鉄。格子の道路。黒くてあたたかい滑り台。
夜中にホテルで聞いたウミネコの声。こんなところまで来てるんだろうか。

札幌

 
モエレ沼公園
鳥の忘れもの?

モエレ沼公園

モエレ沼公園

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「色は三色以上使いなさい」が気づかせてくれること

Posted on 30 7月 2016 by

黒海

変えたいなら,まずは自分から.

夏になると,サマースクールやらサマーキャンプやらをしたがる国や人々というのがいて,人々は山や海に行って,言語学習やらチームビルディングに手を出したりしてみる.お仕事とお遊び,どちらも一気にやってしまおうという感じで,日本のいわゆる社内旅行とか慰安旅行なんかよりも,マルチパーパスなのである.

そういうところに行くと,必ずやるのが,「名札作成」である.僕は名札作成が大好きだ.まず,左側を少しだけ開けておいて,デカデカと平仮名で苗字を書く.そして,その左側に絵を描く.特別僕は絵がうまいわけではないけれど,ちょっとした動物を書いてみる.もしペンが用意してあれば,そのペンを使う.無ければ,自分でヨイショとカバンからペンを出してきて,書く.というより,「描く」わけだ.名刺を入れちゃう人がいるけど,それはいただけない.大体,名札作成には10分ぐらいはかけたいものです.

あるキャンプに行った時の話.

名札作成の段になって,喜々として書いて/描いているのは,僕と僕の上司ぐらいで,どうやら他の参加者はちゃちゃっと名前だけ書いて終わり,という人が多かった.それに気づいた上司いわく,

「いやいや,遊びが足りない,ちょっとneokixくん,他の人に伝えてきてよ,色は三色以上使いなさいって」.

他のグループのリーダ格らしき人にも,そう伝えると,なんだか渋った表情である.僕は「じゃあ貸してください」と声のかけやすそうな人から,名札をいただき,猫やらカブトムシやらを書いてみる.名札は少しだけだが,華やかになる.絵は決してうまくはないが,そこは自己満足である.

報告すると,上司は満足そうである.いわく,

「やっぱり上の人がはしゃがないと,下も遊べないもんな.」

それから,「三色以上使いなさい」というのは教訓になった.「はしゃぎなさい」とか,「遊びなさい」とか,「絵を書きなさい」というのは,なんだかセンスがないのです.そして,なんといっても,夏なのである.

状況を変えたいのなら,まずは自分から,少しずつ,はじめよう.
そう,ペンを三色以上,使うみたいに.

サマーキャンプが終わった今,僕はノートに,「三色以上使いなさい」と書いて,名札も残している.ちょっとした教訓だ.

みなさんはどうですか.三色以上,使っていますか?

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今夜の月を差し上げましょう、物語売りは言った。〜ムーンプランナーと『できたことノート』を使ってみた

Posted on 29 7月 2016 by

月最後の日曜日は、わたしのツイッターのタイムラインではちょっとしたお祭りのようになります。
イタリアの作家タブッキが『レクイエム』という作品を書いていまして。
舞台はポルトガルのリスボン、とても暑い真夏の日、これが七月最後の日曜日なのです。
主人公は歩いて回り、生きているひと、死んでしまったひと、存在していないかも知れないひとと出会い、話しをして、また別れていきます。
それだけの物語なのですが、ファンは多く、この日、わたしのタイムラインでは、フォロワーさんたちが『レクイエム』の好きな一節を流し、登場人物が食べたリスボンの名物料理の画像をアップし、合い言葉のように『七月最後の日曜日』とつぶやいています。
去年は7月26日でした。今年は7月31日。先日、ふと思ったんですが、イースターやペンテコステと同じ、移動祝祭日だ。

今日はぼくにとって、とても不思議な日なんです。夢を見ている最中なのに、それが現実のようにも思えてくる。ぼくは記憶のなかにしか存在しない人間にこれから会わなければなりません。今日は七月最後の日曜日ですね、足の悪い宝くじ売りが言った。町はからっぽ、木蔭にいても四〇度はある。記憶のなかにしか存在しないひとに会うのは申し分のない一日だと思いますよ。

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えー、そのタブッキ祭りがもうすぐなワケですが、作品レビューの記事ではないです。
最近、ムーンプランナーのオモシロい使い方をちょっと見つけまして。
その紹介をしてみようと思います。

ムーンプランナーとできたことノートとアルテミスとSTORAGE.it

ムーンプランナーとできたことノートとアルテミスとSTORAGE.it

先日、ツイッターで、ムーンプランナー【公式】(@moonplanner)さんがこんなことをつぶやかれていました。

へー、『できたことノート』かー、と、この時はまだ漠然と「そういう本があるんだー」くらいに考えていました。

以前、こういう記事を書きました。そんで、目標を書いて、ウィッシュリストも書いて、持ち歩いていたのですが。

この7月の13、14日くらいに、ムーンプランナーを見返していて、空白がちょっと目立つなあ、この期間もできてなかったなあ、と落ち込んでいまして。
ですが、以前の記事にも書いたように「自分を責めるような使い方はしなくていい」という言葉を思い出し、また、満月が近いから落ち込むのだろう、くらいに考えて、ムーンプランナーの空白とできてないことは、ひとまず置いておくことにしました。

その時、ふ と『できたことノート』が思い出されまして。
「じゃー、見てみよう」と本屋さんへ行きました。

できないことを見ても落ち込むだけです。

これは『できたことノート』の表紙見返しの部分

これを見て、即レジへ行きました。
読んでみると、ムーンプランナーにぴったりの内容だなあ、と。
『できたことノート』、ノートに書くことは非常にシンプルです。
数日の実践、その記録、振り返り、次の期間にはどんな工夫をする? という流れで、読んだ時、ムーンプランナーの見開きページが自然と浮かびました。
やー、コラボすればいいのに、と思うくらいでした。

せっかくなので、満月の7月20日までの間、このできたことノートのメソッドを実際に試してみました。

毎日書く内容は、その日できたこと。
例えば「スッキリすること」「わくわくすること」「ハツラツヘルシー系」「時間」「習慣化」などで、具体的には
「片付けた」「ドリルを一冊終わらせた」(スッキリ)
「駅で階段を使った」「野菜を多めに食べた」(ハツラツ)
「納期を守った」「いつもより30分早く出社した」(時間)
と、本文に例がたくさん上げられています。

◎わたし的書き方ポイントとして
『できたこと』を書く。『良かったこと』『嬉しかったこと』ではない。
自分が実行したこと、身体を動かしてしたこと、AとB、自分の目的により近い方を選択すること、などが『できたこと』。初日に書いたのが「嬉しかったこと」で、あれー、これ違うよね、書き直し書き直しー、となりました。

これを一週間続けて、日曜日(日曜に限らず、いつでもいいのですが)に振り返る。その振り返りの内容もまたシンプルで、まず、その期間中にできたことを一つ、《直感》で選びます(て書きましたが、どれを選んでもダイジョウブだそうです)。

その選んだ出来事を掘り下げて書いていきます。
1)詳しい事実(具体的には何があったか)
日時、場所、誰と、何を どうしたのか。いわゆる 4W1H を書き出します。

2)原因の分析:なぜそれができたのか
以下本文より引用。

「レポートをうまく作成することができた」
・なぜうまく作成できたんだろう?
→とても良い参考資料を見てつくったからだ
    ↓
・なぜよい参考資料を見つけられたんだろう?
→同僚が紹介してくれたからだ
(略)
このように「なぜ?」を繰り返すと、「上手に作成できた理由」が見えてきます。

3)本音の感情:いま、素直にどう感じている?
できたことに対して、原因の分析をした結果に対して、どう感じているか、を書きます。
この時、無理に喜ばなくてもいいそうです。
できたことに対して腹立だしい、悲しい、苦しいのなら、そう書いてもいいんだそうです。

◎わたし的書き方ポイントとして
これ、すごくいいと思いました。自分の中に深く潜っていく感じがします。
いつもなら、流してしまう自分の意識を改めて見つめる、向き合っている実感が得られます。
それとオモシロいなあと思ったのが、本音の感情は、書いているうちに変化するということ。
手を動かして書いているその瞬間にも、どんどん変わっていきます。
自分の中に何かが流れて動いている、変化しているのがものすごく感じられます。

4)次なる行動:明日からどんな工夫をしてみる?
原因の分析や本音の感情から「もっとこうしてみよう」「これはやめよう、ここは続けてみよう」という改善点を書きます。

これをムーンプランナーで実践すると。
1)満月・新月の大きなスペースには、その期間の目標や計画を書く。これはいつものそのままの使い方。
2)日々のスペースに『できたこと』を書く(別の手帳に書いても、ふせん貼っていいかも。できたことの量による?)
3)半月に振り返る。これも別の手帳じゃないと書けないかなあ。ふせんでもいいかも。次の期間の改善点、工夫などは、満月・新月の大きなスペースに書き足してもいいし、下のメモ部分に書いてもいいんじゃないかと。
4)実践しつつ、改善点に留意しつつ、次の見開きページへ。

本当にこの『できたことノート』メソッド、ムーンプランナーのためにある、というか、そのくらいフォーマットがメソッドに合っていると思います。
空白が目立つのが気になる方は、ちょっと本を見てみて、実践されてみてはいかがでしょうかー。

あと、すごくいいなあと思ったのが、「できたこと」であれば、どんな小さなことでもいい、こと。
毎日「できたこと」を書いていて、例えば「早寝早起きできた」、これを振り返りの日に選んで、1)詳しい事実から順番に書いていると

「早寝早起きって、小学生の夏休みの目標かーー!」

とか

「こんなのできて当たり前じゃない?」

というセルフツッコミが入らなくもないのですが。(わたし、一回目の振り返りがほぼコレに近いもので、思いっきりセルフツッコミを入れました)
が、今まで夜更かしして寝坊していて、それを改めようとして「早寝早起き」を意識し、次の日、それができたなら「できたこと」として書いていいし、振り返りの日にそれを選んでいいんだそうです。
以下、引用。

中には、仕事や勉強、家事、育児などは「がんばるのが当たり前。そこをあえて見つめる必要があるの?」と考える方もいます。また「こんな小さなことをメモしても仕方ない」と思う方もいるでしょう。(略)
日々の「できたこと」を見つけていくことは、自分を「思い込み」から解き放つ準備のために必要だからです。毎日できたことをコツコツとメモしていくことで、自分を外から眺める感覚を自然と身につけることができるのです。
このように、自分を客観的に見て、プラスの評価をすることは、自分を心の底から認めることにつながり、自己肯定感を大きく上げることになります。それが揺るぎのない自信となり、前に進む力となるのです。

(『できたことノート』ここではカンタンに説明しています。本では、もっと書き方のコツや、考え方、さらに一歩踏み込んだ考え方、進め方などが詳しく書かれています。興味を持たれた方は、ぜひー)

もうひとつ、ものすごく実感したのが『時間の流れ』です。
振り返りの日に、1)具体的には 2)原因の分析… と書いていくと、1)は1)、2)は2)じゃなくて、それが一続きの流れに感じます。
書くのは、きちんと順番に1)から書いていくんですが、意識の流れとして、日々できたこと、それを順番に見てひとつを選んで、詳細を思い出し、その時に生まれた感情、本音を書き、その本音から、今度は次の期間への留意点を書く… すごく自然な流れに感じられ、この一連の振り返り作業は、とても心地良いです。

このできたことノートとムーンプランナー、わたし的には、ものすごく相性が良いようで、書いていてわくわくするコンビとなりました。次の新月が8月3日、獅子座の新月だそうです(ちなみにわたしも獅子座)、またごりごり書き込んで使っていこうと思います。またオモシロい展開になったら記事にしたいなあ。

おまけ■■■

物語売りは腕を下げ、なにかを差し出すかのように、わたしに向かって手を伸ばした。今夜の月を差し上げましょう、物語売りは言った。お望みどおりの話を差し上げます。あなたもなにか物語が聞きたいはずだ。

『レクイエム』タブッキ

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イレモノとしてのトラベラーズノート

Posted on 25 7月 2016 by

こんにちはkonamaです。
先月、今月と海外出張が続き、ちょっとお久しぶりになりました。
今日は珍しくトラベラーズノートのお話です。(いつも最近チーズの話しかしてないって?)

トラベラーズノート成田バージョン

ここ数年、基本的に自分の相棒はモレスキンのハードカバースクエアードラージで定まっているのですが、旅の時だけはトラベラーズノートを持っていきます。それもレギュラーサイズ。パスポートも挟み込んじゃうので、パスポートサイズの方が良い?いえいえ、やっぱり搭乗券のサイズは欲しいのです。ちなみに相棒のモレスキンはちゃんと別に持っていきます。こちらはお仕事と雑記用。じゃあトラベラーズノートはトラベルログ用?残念ながら、お仕事のときってほとんどログを書く暇がないんですよ。ほとんどトラベル用のガジェットとしてイレモノとして使っております。

今回はそんな海外旅行中の私のトラベラーズノートの様子をお伝えしようかと思います。

 

【旅の支度】

最近はほとんど航空券もスマホ上のバーコードで済んじゃうご時世ですが、色々と面倒なこともあるわけで、充電切れちゃたらとか、降りてすぐローミングがうまくいかなかったらとか、シンプルにその後の精算のためとかの理由で今のところやはり紙も必要です。旅行会社で一括でとってるときはそれを持っていけばいいわけですが、今回みたいに複数の案件が重なって移動や追加のフライト、宿泊の変更なんてものが重なると自分で何とかするしかないわけで、地図付きの宿のクーポン、フライトのE-チケットのバーコード、乗る予定の鉄道のタイムテーブル、仕事の登録証明、会う予定のある人からのメールのプリントアウトなどなど、大量のA4版の紙をもって歩くことになりマス。
で、どうするか。まずせっせと案件ごとに3つ折りにします。で後ろから順番にトラベラーズノートのゴムにはさみこんでいきます。このとき3つ折りなので、適当に左右に散らして厚みのバランスをとりましょう。おそらく一番上が飛行機のチケット、あるいは成田までのチケットになるはずです。
トラベラーズノートにはあと2冊のリフィル、重いので二分の1バージョンとか軽量紙版とかさしておきます。ポケットには切手、常備薬、絆創膏。あと忘れずにマステをヒト巻き。ポケットにパスポートを差し込むような形ではさんでおきます。
トラベラーズノートとは関係ないけど、ヘッドフォン(イヤホンじゃなくて)とアイマスク持ってるとわりと快適に機内で眠れることが分かったので、最近はその二つは忘れずに機内持ち込みに入れてます。

鉄道チケット

【旅の間】

で、そのあとはどうするかって?それはもう簡単。順番に使ってくだけです。今回のケースだと1枚目は成田行きのバスのチケット。引っ張り出して、半券をもらったら、リフィルにマステで貼り付けます。飛行場についたら、荷物をドロップして、搭乗券にクレイムタグを張り付けて挟んでおきます。飛行機に搭乗したら、搭乗券はリフィルにマステで貼っちゃいます。ついでにEチケットもリフィルに貼っちゃいます。帰りに必要な場合は帰りの順番のあたりに紙をさしなおしておきます。次はおそらくホテルのクーポンですが、その前にタクシーにのったなら、そのレシートもリフィルに貼っとく。ホテルでチェックインしたらそのクーポンも終了、抜いてリフィルへ…ってな感じで予定表からそのまんま時系列順に証拠書類を張り付けてく方式です。この貼り付け方式は、搭乗券の半券をなくすと旅費の精算ができないことから、しょうがない始めた習慣で、昔は半券をマステでパスポートに貼るという荒業に出ていました。最近は搭乗券だけじゃなくて、泊まったホテルのキーカードのケースを出せとまで言われるので、もう端から貼っちゃうことにしました。ただ、提出することになるから、かならずマステで貼ること、基本的に時系列を守ること。

旅の間にチャームやシール、ピンズなどを買ってトラベラーズノートをカスタマイズしていくのもちょっとした楽しみです。今回はそもそも使ってるトラベラーズが成田で買ったやつだし(もともと茶色のレギュラーにセットしてきたのを、成田で差し替えたw)、スウェーデンのダーラナホースのキーホルダーを買って、チャームにしました。ちなみに今回はストックホルムで、ノーベル賞博物館なるところに寄ったので(中身はそんなに面白くなかった)、そこで限定モレスキンと各ノーベル賞のチャーム(私は医学生理学賞の)を買いました。

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【旅の終わり】

そうやってどんどん、旅程をこなしていくと、ついに真ん中の紙がなくなる日がやってきます。ちょっと寂しいですが、リフィルはぶくぶくに太っています。ちょっとした地図や、気に入ったかみなんかも貼ったりするともっと大変。余裕がある旅ならば、張り込み用じゃないノートにログやらスタンプやら色々書いたらいいと思います。夜の会食があったりするとなかなかそれもままならないもの。無理しない範囲で、メモなどに使っています。精算はリフィルから、必要書類をはがして貼ってあげれば大丈夫。無事ひらひらと紙を落とさずに帰ってこられました。

というわけで、こんな風に使ってるよーという超自己流のトラベラーズノートのご紹介でした。

ちゃんと部活もやってますのでご心配なくw。

 

 

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ゾウがいる海を手で漕いで進む。検索せずに。

Posted on 02 7月 2016 by

今、わたし、短篇エッセイの『トリエステの坂道』(須賀敦子)を読んでいるのですが。
1編読んでは2編戻って読み直す、というくらい素晴らしいです。
なんて言うのだろう、著者の須賀さんは、60年代からヨーロッパへ留学して、本を読んで、ひとと出会って、結婚をして、そして別れがあってーー とあるのですが。
複数の居場所、複数の言葉、その間にあって、揺れたり、迷ったりしていて。そして、歩いてーー

街にただようフレンチ・フライの匂いは、もうひとつ、私がトリエステに惹かれる理由に気づかせてくれた。サバのなかにも綿々と流れている異国性、あるいは異文化の重層性。ユダヤ人を母として生まれただけでなくて、サバはこのトリエステという、ウィーンとフィレンツェの文化が合流し、せめぎあう街に生きたのだった。サバが書店につけた名、ふたつの世界、にはそんな意味も含まれていたのではないか。そして詩人は痛みとともにそれを知っていた。ふたつの世界に生きようとするものは、たえず居心地のわるい思いにさいなまれる運命を逃れられないことを。

読み終わったら、レビュー書きます。

というわけで、エッセイのレビューではありません。
7月にもなりまして。夏の自由研究ノートブックを作ろうと思います。
同じくNotebookers.jpライターのKyrieさんが2016年の夏ノートの準備を始めるという記事を書かれています。
こちらとはちょっとまた趣が違うものとなる夏のノートブックです。
ちょうどいいカンジの、気にかかること、ひっかかること、課題が3件ありましたので、その3つを、お約束『検索せずに』調べよう、夏の自由研究としよう、と思います。

わたしは以前、こういう記事を書いていて。>>知のイルカと制する錨
こいうカンジで、検索せずに、ネットに頼らずに、図書館へ通う、本屋さんでそれらしい本をあたってみる、そして、ひとに聞いてみる、その三本柱が本当に楽しいのです。
わたしの合い言葉というと『検索しないで』というくらい(にしたい)。

そのひとつめ。
4月の終わりに、みんぱくの『夷酋列像展』を見てきまして。
(あ、こちらも記事を書こうと思います。面白かったー!)
その時に見た祭器で『ヒケアケ』とカタカナで書かれたものを見まして。
「なんだこれは」と思いました。
以下、ツイートからの引用です。

最初のツイート

こういうものです。

わたし、これ、アイヌの民話か何かで、ヒゲを棒でかかげるそういう風習というか、そういうものを読んだ覚えがあるんですが、さて、何で読んだのだったか。
読んだ民話の本とか、みんぱく関係の本とか、読み直して、ヒケアケとは何かを見つけようと思っています。
ちなみにみなとさんが読まれている本は、みんぱくの書籍閲覧のコーナーにあったものだそうです(書籍閲覧のコーナーがあるのです)。
これがまずひとつめ。

ふたつめ。
以前、ツイッターで  #本の断片 というハッシュタグが流れてきました。
本の題名は書かずに、その本のページの画像だけをタグと一緒にアップする、そして、その本のタイトルも作者も訊ねてはいけない、というルールでした。
そして、ものすごく惹かれたツイート、言葉がありました。コチラです。

何かに気づくためには一度見失う必要がある

わたしは本を読んでいても、得るものがものすごく少なく、失ってばかり、なにかをこそげ取られているような、篩いにかけられて、どんどん濾過されているような、そんなキモチなのですが。
それを代償に、何かに気付けているならいいなあ、と。
そんなことを思いながら、 #本の断片 のタグのついたツイートを見ていたんですが。
胸をつかれるようなひとつを見つけまして。


人は孤りを生きて漂ふ夢の岸いくたりにすれ違ひすれ違ひ

短歌だということはわかります、そして『詩の翼』というタイトル? 章の名前? そして左にもう一首の短歌があり。手がかりはこれだけ。
これを検索せず、ただ、ひたすら、じみちに発行されている短歌の本を見ていこうと思います。
あんまりにも相手が膨大すぎて、本当に大西洋をゴムボートで横断するくらいのキモチ。
乗り出すぞ!冒険!みたいな。わくわくする♪

みっつめ。
Notebookers.jp 管理人たかやさんのつぶやき。

わたし、これ、すごく読んだ覚えがあるんですが(もしたかやさんの創作だったらどこで読んだんだろう)。
(まだ読み返してはいないんですが)ココロ当たりとしては『ケルト幻想民話集』かなあ、とか…)
(あと、Gマルケスの地の文…?)
これも、また検索せずに、それっぽい本をあたってみて、探します。

そして。
どのノートブックを使おうかと考えて。
先日、モレスキンチャプターズジャーナルを手に入れたので、これを書いていこう。
7つに区切られているので、1件につき2章あてて、7章めは、まとめ、総括のスペースにしよう。
ちょっとだけコラージュしました。わたしの好きなグレゴリーコルベールの写真を裏表紙に一枚。

夏の自由研究ノート裏表紙

夏の自由研究ノート裏表紙

表紙にはNotebookersのステッカーを。

夏の自由研究ノート表紙

やっぱり横仕様の表紙

表紙の裏にも一枚。

夏の自由研究ノート表紙裏

コレもグレゴリー コルベール

ルネサンス期のイタリアでは、海を自由に泳ぎ回るイルカ(知性、知識の象徴)が暴走しないように、制するための錨を組み合わせて意匠としたそうです。
わたしの場合、暴走するほどの知性はないので、そういった心配はないのですが、逆に海が大き過ぎて、それでも怯まないように、少しずつでも、手で漕いででも前へ進めるように。
この一枚を選びました。
ちょっとずつ、書いていこうと思います。

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これから紡がれる物語について

Posted on 24 6月 2016 by

ルーマニアを離れることになった.と言っても,今年の9月なので,まだ時間は少し残されている.

離れることになった,という言い方は適切ではない.二年契約のお仕事なので,それはもう決まっていたことなのだ.

そんなわけで,お別れムードが高まる中,今日はプレゼントを貰った.お礼,だそうだ.

例のごとく,文房具類をもらうと,私はしこたま嬉しくなる.

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カナダに本拠地を持つ,paperblanks社のノート(罫線・MIDIサイズ・144ページ)である.

ちなみに,MIDIサイズは,どうやらpaperblanks独自規格のようです.120*170cmのサイズなので,A5よりも一回り小さいサイズ,となるでしょうか.

表紙は,カナダのアーティストである,Alistair Bell(アリステア・ベル)の作品とのこと.烏とは不吉な,という感じがするかもしれないが,八咫烏(ヤタガラス)を思い出せば,このチョイスをした人が日本を意識したものをくれたことがよく分かります.赤い太陽なんかも素敵.

さて,paperblanks社のノートは,コンセプトがはっきりしていて好きです.(方眼のチョイスが無いのが本当に残念でならないのですが.)

アーティスティックであること,頑丈であること,持ち運びできること,書き留められること.

紙の厚みがある割に,思ったほど重くはなく,表紙の加工もいつも驚きに溢れている.そんなノート.方眼のチョイスがないのが(ry

 

出会いは別れ,別れは出会い,であるという.このノートにどのようなことを紡げば良いのか,僕にはまだわかりませんし,まだ知りません.しかしながら,たぶんこの地との別れが,そして日本との再会が,なにかこのノートに紡ぐ物語になるだろうと思います.これからも,どうぞよろしくお願いします.

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