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読書感想文は苦手だ

Posted on 07 10月 2018 by

お久しぶりのkonamaです。

今日は読書ノートのお話をちょびっと。

本を読むってことは昔から大好きなことですが、「読書感想文」というのはあまりいい思い出がありません。

実をいえば小さい頃は可愛げのないガキだったので、いかにもな感想文を書いて先生に褒められる、みたいなことをしていました(今考えるに大した文章でもないくせにね)。だから「苦手」という意識はなかったのですが、なんとなく好きじゃないなあと。なにせ普段読んでる本ではなくて、感想文用に本を探して、ある意味解剖するようにその本を読んで書いているのですから、私にとって「読書感想文」は「読書」から完全に切り離されたものだったのです。感想文の素になる読書だって、楽しいは楽しいのですが、「この本ホント良かった是非読んで~、おススメのポイントはね…」というような勢いがあるようなものじゃない。毎年書かされた感想文はキライだったし、本を読む習慣を…っていう意味だったらむしろ嫌だよねえこれは…と思うのデス。ちなみにプロの方のかく書評や本にちなんだエッセイは大好きで、自分でもブログで本の紹介をしていたくらいですから、嫌なのは本にちなんだ文を書くという部分ではないはずなのです。ではなんでこんなに嫌なんでしょう。

【私の中にあるなにやら青臭いもの】

上の写真はニコルソン・ベイカーの新作の「U&I」の中の一節なのですが、左側の部分とその続きを読んだときに、ちょっとあーそういうことなのかもと思ったのです。

それにいずれにせよ、その時々に読む本は、多種多様な理由を混ぜ合わせて得られた結果で選びたかったし、追悼記事を書くためにあらましを知らねばならないという程度のことで選ぶのはいやだった。つまり、ぼくがバーセルミを再読したいのは、ほんとうにバーセルミを再読したいときだけであり、彼の死によって突然迫られたときではないのだ。

結局のところ、本を読むっていうのはこう、自然の発露みたいな感じで身のうちからぽろっと出てきたようなものであってほしい、というような(これだけでもないのでうまく言えませんけど)よくわからない憧憬というか、不可侵性というか、そんな青臭いものが自分の中にあるのかもなと。

そんなわけで自分と読書傾向が明らかに違う方らの、絶対面白いから読んで、みたいなものは申し訳ないけどなかなか読まない(自分はお節介することがあるくせにね)。自分の中の読みたいが来ないと、後回し。家族は私が本が好きだというのは知っているけれど、めったにプレゼントしてくれたことはありません(感想を聞かれてもいつも生返事なので諦めたのだと思う)。

読書感想文も「感想文」のために読む、あるいは読み返すということになるから、なんかその辺がちょっと嫌なのかもしれません。

【ためになる読書】

この青臭いものの延長線上にあるのだと思うのだけど、「ためになる読書」というのにも少々抵抗があります。読書で何かを身につけるってことに重きをおいていないというか、本を読んでそれが楽しいで、その後中身をすっかり忘れたってそれでいいじゃないと思っている節があります。それはもちろん仕事上、自分が今読みたいというわけではない本を読むことなど年中あるわけですが、その読書も「何かを得なければ」という思想があんまりない。だから昨今巷でよくみかける「そんな読み方では頭になにも残らない」とか「ノートに書きながら読むことで身につける読書」とかいう本の広告や煽り文句には、そんなの楽しくないのに…と思ってしまうのです。もちろん、読書ノートを付けてらっしゃる方、感想をブログに載せている方、楽しみに読ませていただいて、それが「あ、この本読みたい」につながることも多いので、それに対しては感謝こそあれ、嫌な気持ちは全くありません。

じゃあ、本を読んでいて何か書きたいと思ったことはないのか…といわれると。あ、なんてキラキラとした言葉なんだろうとか、むふふこの表現はちょっとイカン、あ~いかにも彼がいいそうなセリフとかそう思ったその瞬間を書き留めたいなあと思うことがあります。上の写真はキラキラ言葉系ですかね。そんなわけで、無理に感想を書いたりせずにグッときた文章を抜書きするという習慣ができました。前にもこの話やこのノートは登場しているかと思いますが、万年筆(とインク)をなるべく使いたいという自分の事情もかさなって、モレスキンダイアリーのXS(残念ながらここ数年発売されておりませんが)に短い文章を抜書きしています。抜き書きが多い本は、読書ノートをつかっています。みずず書房のフェアでいただいたみすずノート(下の写真)。

こちらには、本の情報と抜書き長めのものをまとめています。このノートの好きなところは、装幀について書く欄があるところ。感想とかはかかずに、ページ数と気に入った文章だけ。おそらく、その時(その年齢)の感想が書かれているのは、後で読み返してとても面白いだろうとは思うのです。ただ、「感想文」と考えただけでイヤーな感じがある私には「抜書き」ぐらいの方が抵抗なく気楽にできるなと書き留めています。

【読まない理由・読めない理由】

青臭いものを吐き出したついでにもう一つ。これもどこかで書いたかもしれないのですが、読んでる本の分野についてとやかく言われるのは苦手。「ためになる読書」と同じにおいがするからではないかと思うのだけれど、ある作家の文章が苦手というと「それは理解が足りないから(というか頭が悪いから)」、いわゆる名作でない娯楽大作を大好きだというと「そんなくだらないものは読まない」なんておっしゃる方がたまにいらっしゃるのですが、何を読んだっていいじゃないですか。本を読むことって本当に個人的な体験だと思う(その人の人生によって出てくることも、感じることも違うでしょう?)。だからこそ、他の人が語る好きな本の話って、たとえその本を読んであんまりなーと思った本でも面白かったりする。

そう考えると、え、じゃあ「読書感想文」でもいいじゃないと思うかもしれないけど、この「この本ホント良かった是非読んで~、おススメのポイントはね…」の部分を学校で先生に一方的に文書で報告したいか?といわれると、いやいやそうじゃないんだよ。同じ理由で、ビブリオバトル系もそんなには好きじゃないんだ。

こういう、なんかよくわからない本にまつわる奇妙なねじれた想いも(これは根拠がないのだけれど)「読書感想文の呪い」の一つなんじゃないかなあと思ったりするわけです。

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the note of jam organ とおまけ

Posted on 07 10月 2018 by

無罫を好む五線譜さえも不要
音と音符の声と言葉の不適切
声から始まることだけが真実
頭から声を取戻すための叛乱

肺の小腸の心臓の腎臓の声や
副鼻腔の十二指腸の横隔膜の
肝臓のランゲルハンス島の声
手から声を取戻すための叛乱

第六感とはオルガンを聴く力
五臓六腑をノートにぶちまけ
フリーインプロビゼーション
頭はオルガンの共鳴箱である

(零度)

おまけ 9月のマンスリー絵日記

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方眼紙とデスクライト

Posted on 30 9月 2018 by

A3の方眼紙

ここ最近、使い道のない資格試験の勉強をしている。勉強中、いくつかのノートブックを使ってみたのだけれど、どれもしっくりこない。結局、学生の頃から続けているA3用紙に書出すという方法に戻ってくる。私の場合、A3用紙(大きな紙)であれば特にこだわりはない。ただ、近所の文具店にあったオストリッチダイヤの方眼紙がとても良かったので、文具好きの皆様ご紹介したい。この方眼紙は厚手で、安価なものにありがちな「消しゴムで擦ると方眼が薄くなる」ということがなく、とても良かった。

LEDのデスクライト

デスクライトは文具だろうか。私にとっては文具かもしれない。以前は、山田照明のZ-107というデスクライトを使い続けていた。今は廃番になってしまった灰色のモデルが本当に好きで、何度か修理に出してまで使っていた。後継のZ-108というモデルもあるのだけれど、優美な曲線を持つZ-107のランプシェードの方が私は美しいと感じている。

Z-108のランプシェードデザインはオリジナルシェード(復刻のZ-00参照)から曲線を排したとも解釈できなくもなく、寧ろZ-107の方が本流から逸れるとも解釈が可能だけれど、そんなことは割とどうでもよく、私はこのZ-107のランプシェードラインが大好きだ。そんな大好きなZ-107は、このアパートに越してから、しばらく机に向かうことがなかったので(そもそも向かう机がなかったのだ)、今は手元からは離れている。

折りたたみの机を用意して以来、白熱球のデクスライトを再び用意しようと心に決めていたのに、目の衰えには勝てずに最近LEDデスクライトを購入した。硬質なLEDの光は毛嫌いしていたよりもずっと生活に溶け込んでいる。悪くない。

それから、これは多分気のせいだろうけれど、白熱球の柔らかい光より学習効率が上がっている気がする。作業環境の光については多くの研究がされていて、より色温度の高い照明(白熱灯色ではなく蛍光灯色)の方が、生産性が高いという研究結果もあるようなので、私の体験は単純な勘違いとも言い切れないのかもしれない。何れにせよ、文具を囲む照明を変えることによって、普段書き記しているノートブックに変化が生まれるのであれば、それは面白い体験になるのではないだろうか。

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Perspective 後編

Posted on 27 9月 2018 by

◀︎ Perspective 前編(サンライズ出雲〜三原港)

6. 因島

3年前、その時もちょっとした思いつきで、短い船旅をした。三原から隣市の尾道まで、海路でいったん海に出て、船を乗り継いで行った。(『断片』)
その時にも経由した因島。いんのしまと読む。以前は因島市だったのだけど、いつのまにか尾道市になっていた。元は独立した市だったくらいだから、「島」ときいてなんとなくイメージする島よりはずいぶん大きい。船着場はいくつもあるし(いくつあるんだろう?わたしが知ってるだけで4つはある)、山もある。ついでにいうと村上水軍の拠点でもあって、城跡も多くある。

3年前のルートは、1本目の船で三原港から因島の重井(西)港へ、そこから歩いて同じく因島の重井東港、重井東港から2本目の船で尾道港に向かうというもの。同じ「重井」の西港から東港なんだから隣にあるんだろうと思ったらとんでもない……はじめのうちは民家の意匠を見て「おー、すぐ近くなのに本州側とは違う。これは因島村上氏の海賊風なんだろうか」とかなんとか考えながら写真も撮ったりして楽しくてくてく歩いてたんだけど、てくてくてくてく歩いても次の港らしきものは見えないしそれどころか道なりに進むだけで丘を越えるような地形になってくるし、てくてくてくてく歩きながら大層心細くなってきて真夏の道路は容赦無く熱いし、てくてくてくてくてくてくてくてく歩き続けて30分、半べそでたどりついた港では港湾ビルも切符売り場も見あたらず桟橋がぴよっと出てて、……って、あ、話が逸れた。とにかく、安易に「島」というイメージで想像してるとひどい目にあうような大きさの島なのだ。

そして今回。
三原港を出た船はまず因島に向かう。因島では寄港地が3つあり、島の北側にある重井港→中ほどにある因島モール→南側の土生港と、同じ島の3つの船着場を海路で渡ってゆく。
(本当は因島までの途中で佐木島に寄り、因島の後で生名島に行く航路なのだけど、わたしが乗った便は佐木島に寄らず、生名島の前で下船したのでそのへんはまぁその)

防風ガラスにあたる波飛沫と白い航跡を眺めざぶざぶと揺れながら、3年前と同じルートの同じ景色というのもあってか、いつのまにかぼうっと考えごとをしていた。重井港から因島モールまではこの船で10分強、因島モールから土生港が5分弱。因島モールというのは最近新設された桟橋のようだけど、モールというからにはモールなんだろう。きっと大きなショッピングセンターがあって、あのピーピー鳴るカードを渡されるフードコートなんかもあって、、、あ、もしかして、島の人たちはバスの代わりに船に乗って買い物に行ったりすることもあるんだろうか?船にちょうどいい時間帯だったら「今日は船で帰ろー」とか……

……と、つらつら考えてるうち船は因島の北側、1つめの重井港を過ぎていた。このあたりまで船で来たのは、記憶に残ってるなかでは初めて。見憶えのない景色に焦点が戻る。

重井港から先は、(三原港から重井港までの間もそれは瀬戸内海らしい景色ではあるのだけど、それをずっと上回るほどに)信じられないほど美しく可憐な瀬戸内海の景観が続いていた。ふくふくと起伏のある小さく立体的な秘密基地みたいな島々が、空から落ちてきたみたいに艶やかで平たんな碧い海に溢れている。どうやったら行けるだろう?と想像して楽しくなるような、島側からだと隠れて見つからなそうな小さな砂浜や入り江もあるし、今は夏の緑一色だけど、季節になれば蜜柑や八朔やレモンの橙色や黄色の果物のなる木があちこちに見られるはず。
もしかしてこれは絶景というのじゃないだろうか。絶景というとなんとなく、字面からして何処か遠くの険しい地形をあらわす言葉のような気がしてたけど、こういう「信じられないくらいかわいい」も絶景に含まれるんじゃないかと、この景色を見て思う。とてもきれいな玩具のような、空想の世界をそのまま地形に写したような、現実感のない景色だった。

船は土生港に着く。次にのる今治行きの船までは1時間と少し。陽は強いけど日陰にいれば涼しい風が吹いて心地よいので、港でのんびりすることにした。

普段は縁のない港の切符売り場を興味津々で眺める。美術館のチケット売り場のような仕切りガラスのある窓口、ガラス越しでやりとりをするための穴の開いた窓口が並ぶ。以前は係の人が居たのだろうけど、いまは誰もいない。ガラスには何年前から貼ってあるのかわからないような灼けたテープのついた張り紙やポスターがみっしりと貼ってあって、その隙間から、奥にぼんやり見える暗い無人の事務所を覗いてみたりする。

切符売り場の其処此処に貼られた張り紙を見ているうちに、「……は、道路を出て左200m先のコンビニで…」という一文を見つけ、散歩がてらコンビニまで行ってみることにした。
コンビニはどの町に行っても同じコンビニなんだけど、何となく、少し、その土地独特の雰囲気がある。何がそうなのかと言われてもうまく答えられないけれど。いつも行ってるコンビニのいつも買ってるソフトクリームを、いつもの町から500マイル離れた島のいつもと少し違うコンビニで買い、眩しく澄んだ陽射しの町をを少し歩き、うす暗い港湾ビルに戻る。シャッターの下りた売店の前の風除けのガラスで囲われた待合室の出口に座って、海の風に吹かれながら、ソフトクリームをかじりながら、次の船に乗るためにそろそろとやってくる島の人たちの会話を聞くともなしに聞いている。島には住んだことがないけど同じ瀬戸内海地方だし、同じ言葉だし、たぶん他の旅人よりはずっと景色や音や空気の匂いを自分の内にあるものと同じに自然に受けとっているだろうとは思うのだけど、それでも、何処か知らない異国にいるような気分になる。

「海難、密航、密輸、不審船
(海の事件・事故)
直ちに通報118番」

海では110番じゃなくて118番、なんていう今までの人生では想像したこともなかった常識をその辺にかけてある看板で知るのも、また異国めいた体験か。

次の船が来るまであと10分。着いた時には桟橋からまっすぐ入ったので見ていなかった建物の南側を覗くと、小さなお社があった。海はきらきらして明るくとても良い天気なので、出港の前に挨拶をしてゆくことにする。

7. 芸予諸島

瀬戸内海には全体で3千もの島があるらしい。3千もの、と書いたけどそんなに大きな数、実は自分でもぴんときていない。とにかく、中国地方と近畿と四国と九州で囲まれた小さな海に、たくさんの島がある。ただ、とはいっても、ヒトのスケールからすれば瀬戸内海も広い。島の多い海域と、島は少なめで開けた海域がある。今回の船旅は、芸予諸島という数百の島が密集した、瀬戸内海屈指の多島美といわれるところを通っている。

芸予諸島のほぼ真ん中の本州側、竹原の祖父母の家から車で帰る時に、「本線がいい?呉線がいい?」ときかれたら必ず「呉線!」と答えていた。本線というのは、昔は山陽道・西国街道といわれた大阪から門司を結ぶ国道2号線のこと。呉線というのは、電車の呉線と並んで走る国道185号線のことで、瀬戸内海を臨む海沿いの道だ。

呉線から見える瀬戸内海。なめらかできらきらしていて、グリーンがかったたぷたぷした海の上に、大きいの、小さいの、たくさんの島が浮かぶ。その間をフェリーや小さなボートが行き交い、遠くにはタンカーが見える。よく晴れた日には「四国」といわれるうす青く長い陸影も見えるらしいけど、子供の頃の自分の目には、遠くの空と海の境にある青い影が、大きな島なのか四国なのかの区別はつかなかった。海沿いを走る車窓の下はすぐに海で、満潮で海が満ちている時にはスナメリクジラが泳いでるのが見えるんじゃないかと目を凝らした(けど、それらしい白い影が見つかったことはない)。漁港ではない港町(漁港のにおいがしない)、海沿いの小さな町には見合わないほど大きな造船会社のビルの間を抜け、赤と白のゴライアスクレーンを過ぎると、小さな砂浜のあるお気に入りの無人島が見える。
遅くなって夜になった時には、島々の灯りと船の灯りがゆらゆらして、時々、灯台の回る光がちか、ちかと、光の棒を空(くう)に投げる。左手にはカーブを描いて今から帰ろうしている街の光が連なり、右手は海と島の世界のあかりが灯る。

「船で四国に行く」というのは、その、近くて遠い島々の世界を、眺めるのでなく入ってゆくこと。島の世界は思っていたよりずっと”島の世界”で、土生港で感じた異国めいた気分は、気のせいではなくて本当に異国なのだろうと気付く。

四国行の2本目の航路は、因島の土生港を出て、生名島、弓削島、佐島、岩城島、伯方島、大島、そして最終港の今治まで、幾つもの島に寄りながら行く。港を出た船は、すい、と進んで次の港、すい、と止まってまた次の港へと、町中の電車がとまるくらいのリズムで軽やかに進んでゆく。
「はい今日はぁ」着いた港からゆるく挨拶をして乗ってくる次の島の人達が、前の島から乗っている人達と合流して楽しそうにお喋りをしている。ここに住む人たちは、隣島が隣町くらいの感覚/間隔で暮らしているのかなと思う。町工場のようにあちこちにあるドック。あちこちに泊まっている船。海は水路のようで、海の水路をゆく船は、電車やバスのような気軽な乗りもののように見える。

穏やかなこの海域、きっと歴史にも残ってないような昔から人が住んでいて、しまなみ海道や瀬戸大橋はもちろん、乗合の定期渡船もなかったずっとずっと昔には、泳いで渡ったり個人の持つ小さな手漕ぎ舟で渡ったり送っていったりが普通に行われていたんだろうなと、またぼんやり想像する。この海域を制していた水軍の武士たち、海を自由に行き来した逞しい人と、もし浅瀬なら歩いて渡れるほど近くにある島にすら渡る術がなくて溜息をつく人も居たかもしれないと、退屈そうな細い指と紅い木の花を想像する。

8. 今治港は想像していたよりもずっとモダンな港で、振り返って見上げた建物は船のような形をしていた

朝になって計画を立て、時間もあまりなく出てきたので、今治港に着いたものの電車の駅が分からず一瞬途方にくれた。すぐに気を取り直してスマホの地図で調べてみるが、JR今治駅……、駅と港はすぐ近くだろうと思ったら意外と遠い。
それでも、タクシーに乗るほどの距離ではなさそうだし、迷うほど複雑な道路でもなさそうだし、からっとしてそれほど暑くもなさそうなので、歩いて今治駅に向かうことにした。

ずっと続いていた暑さに比べればずいぶん涼しい日とはいえ、9月になったばかりの真夏のような日差しの下、外を歩く人はほとんどいなかった。港の建物の日陰を選って歩いていたら、地元の人らしい、子供のような瞳をしたおばあさんにじっと見つめられ、すれ違う。「こんにちは」と会釈すると、にっこりと破顔する。

20分ちょっとかかって今治駅に着く。駅にいたバリィさんに挨拶して、まっすぐみどりの窓口へ。
「松山まで一番早く着く列車(の切符)をください」
特急しおかぜで松山に向かう。

9. 松山は想像していたよりもずっと都会で、街には路面電車が走っていた

目的地の道後温泉は、道後温泉行き電車の終着駅なので特に迷う心配もない。Suicaは使えないので小銭の両替に少し戸惑ったけど、目の前の両替機で両替をする人がいて、安心してそれに続く。発車。キーキー、ガタガタ、チンチン、キーキー、プシューーーーーー、ガタガタ、キーキー……と、古い車両のようでわりとやかましい路面電車だった。特にカーブの時のがんばってる感がすごい。
路面電車の走る道路は、ちょっと不思議な感じに見える。道路の上に張ってある電車の電線がうすくかかった蜘蛛の巣か屋根のようで、街全体が、電線の糸でできたアーケードのような気がしてくる。その下を、キーキー騒がしい音をたてながら電車が走る。まるで街自体が何か大きな生きものの巣のように感じる。

10. 道後温泉

道後温泉には、「道後温泉本館」という大きな木造の建物がある。ここが道後温泉の中の「道後温泉」の本体。白鷺が見つけた温泉なのだそうで、その伝説にちなみ、建物の天辺に白鷺の像が居た。

道後温泉本館は、宿ではなくてお風呂のみのいわゆる外湯という共同浴場で、お風呂は「神の湯」と「霊(たま)の湯」、2種類の浴室がある。大広間と個室の休憩室もあり、
神の湯に入れて大広間での休憩(お茶とお煎餅付き!)とか、
霊の湯と神の湯に入れて個室での休憩(お茶と坊っちゃん団子付き!!)とか、
1時間程度の休憩の付いた入浴コースを選べる、スパ施設の日本伝統版みたいな温泉施設だ。

2つの船で瀬戸内海を渡り、さらに2つの電車を乗り継いで、遥々、お風呂に入りにやって来た。ホテルにチェックインし、早速……まずは腹ごしらえをしてから ── (* ¯ ω¯)<鯛めしうま!── 道後温泉本館に向かう。ホテルで外湯用の湯かごを貸してくれるとのことだったのだけど、戻るのも面倒だし、そのまま偵察がてら玉の湯+大広間のコースで入ってみることにした。

外の札場で入浴券を買って、白鷺のシンボルが掘られた石灯籠の間の大きな玄関から建物の中に入る。改札で入浴券を見せると、廊下を進んで突き当たり、階段をのぼって二階の大広間の休憩室に上がるよう言われる。広間の休憩室を覗くと案内の人がすぐに来て、席に通してもらえる。席には浴衣が用意してあって、説明を一通りきいてから、浴衣を持って階下のお風呂へ。

「温泉」といえば「温泉」で、温泉といえば温泉らしいある一定のイメージがある。だけど、道後温泉本館・神の湯の浴室は、温泉というよりは銭湯に近い印象のお風呂だった。優雅にお湯に…みたいなしっとりゆったりな感じはなく、ザッパーンと体を洗ってザブーンとお湯につかってパーッと上がるみたいな、何となくそういう豪快な生活感がある。松山・道後温泉といえば「坊ちゃん」だけど、あの坊ちゃんのリズムで温泉に浸かると、正しく道後温泉になる気がする。銭湯というには重厚で古めかしく、芸術的とも思うんだけど、温泉というよりは風呂とか共同浴場という飾りっ気のない言葉で表現する方が何となくしっくりくる。国も時代も違うし行ったこともないけど、何故だかローマの共同浴場が思い浮かんだ。

この日は平日。近隣随一の温泉とはいっても長期休暇シーズンでもない平日は空いていて、お風呂上がりの休憩でお茶をいただいてる間に他のお客さんはお風呂に入りにいったりで、ほとんど居なくなってしまった。
窓はすべて開け放されて、簾と縁側の手摺の間から明るく青い夜の空が見える。畳の上にごろんと横になって夜風を感じながらうとうとすればずいぶん気持ちいいだろうなあとは思ったのだけど、誰もいないとはいえ一応広間だし、せめてもの気分でお湯で温まってほかほかした裸足の足を縁側に投げ出した。柱にもたれて夜空を眺めながら、甘いお煎餅を食べ、温かいお茶を飲む。

11. 帰路

本当は、道後2日目の午前中はもういちど道後温泉本館に行って、今度は個室で思う存分ごろごろしようと思っていた。が、少し疲れが出てお風呂に入るにはしんどいような気分だったので、個室はまたいつか行くときの楽しみにして、そのまま帰ることにした。後悔しない程度に少しだけ仕残しがあるのも、未来の楽しみでいいんじゃないかなと。

午後も早めに着いた松山空港ではずっと地形と飛行機を見ていた。
滑走路の見える展望デッキから、滑走路を超えて遠くを眺める。左の方は地続きのようで、ずっと先まで半島のように伸びた陸があり、消えてゆく先の正面はよく見えない。右の方は海らしい。島のような三角の山と、タンカーのような大きな船が見える。
自分はいま何を見ているんだろうと思い、スマホの地図と滑走路の方向を合わせてみる。
方向からすると、見えない正面にあるのは遥か遠く九州の大分。だったら、左に見えている陸は佐田岬なんじゃないかなとか、それより手前にある何処かなのかしらとか、ただただそんなことを考えながら、何時間も過ごした。

🚢おふねで瀬戸内海を渡る参考
土生商船(三原-鷺-重井-因島モール-土生) http://habushosen.com/timetable/timetable02
芸予汽船(土生-生名-弓削-佐島-岩城-木浦-友浦-今治) http://www.ehimekisen.server-shared.com/geiyo1.html

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Note of the note ―ノートの調べp.9 向田邦子さんの文字のある暮らし

Posted on 27 9月 2018 by

はじめに

「Note of the note -ノートの調べ」 と題した不定期シリーズ。
このシリーズでは、著名人のノート、手稿、手帳、日記などを紹介し、そこに込められた作法と思いを検証していく。

第8回目は、向田邦子さんの字との関わりについて拾ってみた。

1.原稿

(A/表紙裏、裏表紙裏)

(A/p.82)台湾に発つ前日8/19に渡した原稿

「残された鉛筆はすべて4Bから5B。力を入れずに鉛筆を持ち、すごい勢いで執筆した。1時間に400字詰め原稿用紙10枚を書いたこともある。万年筆も何本か使っていたがこちらは人が使ってこなれたものを最上とし、頼み込んでもらったりした」(B/p.13)

2.手紙・一言箋

(B/p.50)

「大切な手紙はいつも鳩居堂の封筒と便箋だった」(同上)

(B/p.83)

「届け物には必ず自筆で一筆添える」(同上)

3.レシピ、メニュー

(A/p.12)

(B/p.146)

「思いつくと原稿用紙でもなんにでも、すぐに書き残した」(同上)

4.カレンダー

(A/p.82)

「出かけた時のままのカレンダ―。旅は四角で囲む」

5.万年筆

(A/pp116-117)

「先が十分にまるまった、よく滑る万年筆は作家向田邦子必携の武器なのでした。だから書きぐせの似た人で、太字の、よく使い込んだ万年筆の持ち主に出会ってしまうと、もう前後の見境もなく…せしめてしまう」(同上)

(C/pp.78-79)

「君はインク壺の中に糸ミミズを飼っているんじゃないかと言われるほどだらしなく続く字を書くせいか、万年筆も書き味の硬い細字用は全く駄目である。大きなやわらかい文字を書く人で使い込んでもうそろそろ捨てようかというほど太くなったのを持っておいでの方を見つけると、恫喝、泣き落とし、ありとあらゆる手段を使ってせしめてしまう。使わないのは色仕掛けだけである」(同上)

さいごに

5月2日の日付が入った遺言(原稿用紙4枚に書かれている)

(D)

「不正確、いい加減、辻褄が合わない。(中略)姉(邦子)の希望通りに財産を処分するにはと考え、動いているうちに、姉の考え方、生き方、家族に対する思いが込められている(ことがわかってきた)」(D/pp.8-9)

「この「遺言状もどき」も、事務的な文章の装いの裏に、姉(邦子)の肉声が騙し絵になったり、暗合になったりしながらちりばめられている」(D/p.10)

向田邦子さんは、「父の詫び状」としてまとめられる連載中に、病気の手術のため右腕が不自由となり、以来、利き腕ではない左腕で執筆を続けていたそうです。だから、ヌラヌラの万年筆は必需品だったのだと思います。もし、自分が文字を書くのに難儀をするようになったとして、果たして「苦」をおして、文字を書くことに固執するだろうか、と考えます。「もし文字が書けなくなったら」そんなことを思うとたまらない気持ちになります。今はキーボードも、音声入力も可能ですが、手で文字を書くという活動は、存在の全てを連ねる体験としてかけがえのないものだと、改めて、思いました。

「大事にしている事は、自分の言葉で書いた方がまだスッキリする(中略)書くのはたっぷりと歳月をかけ、時間というふるいにかけてから。それでもまだ残っているならば、それを大切に拾いあげて書きたい」(D/p11)

出典リスト

出典A:クロワッサン特別編集 向田邦子を旅する マガジンハウス2000年12月1日発行

出典B:和樂ムック 向田邦子 小学館 2011年8月23日初版第一刷 向田和子著

出典C:向田邦子・暮らしの愉しみ 新潮社 とんぼの本 2003年7月15日第二刷 向田邦子・和子 著

出典D:向田邦子の遺言 文芸春秋 2001年12月25日 第三刷 向田和子著

 

 

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Perspective 前編

Posted on 24 9月 2018 by

1. どこへ行こう

今年は5月頃からずっと夏のように暑かった。カレンダー上の夏に入ったあたりからは35℃オーバーもあたりまえで、ちょっとでも涼しい、涼しいイメージのところへ行きたかった。
それから、数年前の同じ頃、おんせん県の大分で入った温泉、一日中汗をだらだらかきながら歩きまわって夕方たっぷりのお湯にさぶんと入ったこと、夜風に吹かれながら身体を温めた夏の露天温泉の心地よさを思い出して、どうしても温泉に行きたかった。

だから、初めに計画を立てていたのは富山の宇奈月温泉。
帰省の寄り道旅なので、実家のある山陽地方から東京までの間でなんとなく ”涼しい” イメージの土地を求めて、地図を眺めながら線路をたどり、たどりながら景色を想像し、♨️マークを探して、宇奈月温泉に決めた。

広島から富山まではとても遠い。新幹線やら特急やら地方鉄道やら何やら、長距離列車を何本も乗り継ぐ。朝8時に出ても着くのは夕方の手前。旅に出てもそもそもがあまり観光をしない方なので、行った先のことはほとんど下調べもしないんだけど、“ボンヤリしてると日中に着かない” ともなれば、最低限、移動の時刻表は作っておかないとならない。時刻表の数字だけを見ていてもピンとこないので、少しでも土地鑑を得るために地図を描いて、そこにルートや時間を書き込んだ。

2. サンライズ出雲

「温かいコーヒーが飲みたい」と思ったのは出発時刻の15分前。サンライズ瀬戸/出雲号が出発する東京駅9番ホームは新幹線乗換口のすぐそばにあって、その乗換口のすぐそばにはコーヒースタンドがある。何度か使ったことのある店だし10分もあれば行って帰れる自信はあったのだけど、途中で迷子になって出発時刻までに帰ってこれない自信もあったので、あらかじめ買っていた冷たい水のボトルと冷たいお弁当をベッドサイドの小さなテーブルに並べておとなしく出発を待った。次に乗るときには必ず、熱いお湯の入った魔法瓶とコーヒーとカップめんを持ち込もうと考えていて、ふと、子供の頃の家族旅行を思い出す。──車に毛布と魔法瓶とインスタント味噌汁を積んで何故だかいつも夜に出発していた。夜まで待てずに眠ってしまったのにいつのまにか車で出発していて、目が覚めて動く車の窓から見上げた天の川── を思い出した。ああいう旅をまたいつかすることができるのだろうか、できるといいなと思いながら。

22:00。寝台特急のサンライズ号は、まだスーツを着た人々で賑やかな東京駅をそろりと出発する。車内改札が終わるまでは油断せず、きちんと服を着て、ベッドに腰掛けて、粛々とお弁当を食べる。食事も終わり、改札も終われば、あとはのんびり。室内灯を消してシェードを全開にする。

23:23の熱海あたりからは駅にも町の景色にも人影はほとんどなくなって、空っぽの明るいプラットホームや、室内灯を消した暗いビロードの座席にホームの明かりが落ちる無人の列車が見えるようになる。夢のような景色が次々と車窓に現われる。灯りのついた外廊下の大きな団地、誰もいない、と思ったら、舞台のようにたったひとり明るい外廊下を歩く人が浮かび上がる。景色の切れ間からちらちらと見え隠れし始める真っ黒な海。大きな弧を描く、小さな灯りの粒をその弧に載せた相模湾。枝を拡げた樹木のような白い木の柱が並ぶ、月明かりの夜の木陰のような美しい沼津駅を過ぎ、信号だけがひっそり動いている無人の交差点を過ぎる。青い灯と赤い灯、何となく、シグナルとシグナレスを思い出す。見上げると曇り空の一点に薄明るい透けたようなところがあって、じっと見ていると雲が開いて月が顔を出した。

目が覚めたのは赤穂のあたりで、田んぼと、瀬戸内地方らしい小さな丸こい山と、その裾に纏いつく朝霧の景色だった。サンライズを下車する岡山までは約1時間。身支度を整え、寝台の上で脚を伸ばしてしばらくぼんやりする。

3. 山陽本線

距離的にみれば岡山はほとんど地元といっていい土地なんだけど、県が違ってるのもあって地理も路線もそんなによくは知らない。次に乗る予定の三原行きと同じ方向の電車が来て、乗ろうとしたんだけど何となく様子がおかしいのでよくよく確認してみたら伯備線だった。あやうく山陰に行ってしまうところ。

朝の山陽本線。日曜日なので普段の通勤通学の人もいなくてそれなりにのんびり。海が見える側の、進行方向の西に向かって左側の席に座ったけど、こちら側でもどちら側でも海はほとんど見えない。
東尾道を過ぎて少し行ったあたり、しまなみ海道の大きな橋の下で向島造船を過ぎる。それから、たぶん他所の地方の人からすると川のように見える尾道水道。いわゆる”尾道”の景色の一端。
尾道を過ぎたら糸崎の手前あたり、一瞬、視界が開けて瀬戸内海がふわっと見える。
おうちまであと少し。

4. そうだ、おふねにのろう

帰省3日目。台風で交通の状況が難しい。
列車を乗り継ぎ何時間もかけて旅行するのは、交通機関の遅延が発生しないのが前提だ。残念だけど富山は見送ろう、今回は無理をせずそのまま東京に帰った方がいいかも…と思いかけて、もう寝ようかという夜も遅くになって四国のことを思いついたのは、その前の日にちらっと松山空港の話をしたからなんだと思う。
うちのあたりからすると四国は一番近い旅先で、家族旅行で行ったり、小学生の時の修学旅行先だったりとなかなか馴染みのある土地ではあるのだけど、そういえばおとなになってからは行ったことがなかったような気がするし、子供のときに行ってふわふわきらきらとした印象だけが残っている夜の道後温泉にも、もう一度行ってみたいと思っていた。

とりあえずざっとルートを考えて、スマホで松山空港から東京へ帰るLCCの便があることを確認。何にしても次の日は朝早く起きる予定だったので、あとの続きは朝起きてからにして眠った。

5. 瀬戸内海を渡る

朝起きてすぐに船のルートを調べる。昔、港で見かけたような気がしていた四国のどこかの港への航路(※電車と同じように定期航路も船に行き先が書いてある。フェリーなんかだとデカデカと書いてあるので、ふだん船を使ってなくても港の近くを通ってればだいたい何処行きがあるのかは把握する)は無くなっていたので、2本の航路を乗り継ぎしなければならないみたい。

船会社のサイトから乗る時間帯の時刻表をざっと書き写したノートをスマホで撮影して、朝ごはんを食べて、三原港へ。
台風一過。すっかり晴れて、涼しい風が吹いて、とても心地よい朝。

しまなみ海道ができてから、車の人達は橋を渡って四国に渡るようになったのだと思う。いつのまにかカーフェリーの航路は減って、人を乗せる小さな高速艇がメインになったように感じる。
三原港から乗った船は最大とう載100人弱のボートで、後ろの方はオープンスペースになっていた。自分一人だったらなんとなく不安で室内に入ったかもしれないんだけど、先に乗船した年配の女性が一人、後部オープンスペースのベンチに座ったので、心強くなってわたしもその反対側に座った。平日の午前中の船は空いていて、この後ろのスペースはその人とわたしの二人きり。とても贅沢。

港を出港した船は、ぐんぐんスピードを上げて沖に向かう。台風が抜けた翌日のせいか、それともいつもこのくらいなのかは知らないけれど、小さい船は波をうけて、ざぶんざぶん揺れたかと思うと波飛沫がばさっと降りかかってきた。
(こんなにいい天気だというのに乗ってきた人たち皆んな室内に入っていったのはこのせいか!)
ちょっとしたスプラッシュ系ローラーコースター。一瞬、先の女性と目が合い、笑いながら、バックパックを抱えて防風ガラスがあって飛沫がかからない席にあわてて移動する。何かひとこと言葉を交わしたのだけど、何と話したか覚えていない。ひどく揺れる船のベンチと、船のエンジン音と、波飛沫が船に当たるバサバサいう音と、扉の向こうに見える操舵室と、左舷の女性と、右舷のわたしと、瀬戸内の青い空と、流れてゆく島の景色。

▶︎ Perspective 後編(因島〜松山空港) に続きます

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「毛糸のジッパーケース」アンケートのお願い

Posted on 22 9月 2018 by

来年の手帳や文具が店頭に並びはじめ、ノートブックの秋、手帳の秋となりましたね。

さて、2016年3月よりトラベラーズノート用の「毛糸のジッパーケース」をこちらで販売してきましたが、ここで一度、お買い上げくださった方々を中心にアンケートを実施したく、告知させていただきます。
ご購入者の方々には、すでにメールにてアンケートを送信いたしました。
それぞれの宛先は、お買い上げの際にご入力いただいたメールアドレスです。
もし、該当の方で届いていない方がいらっしゃいましたら、私までご連絡ください。
(迷惑メールフォルダに入ってしまっている場合があるようです)

また、まだ「毛糸のジッパーケース」をご購入いただいていない方でも、
もしお聞かせ願えるのならば、下の質問事項をコピー&ペーストし(答えたいものだけでもOKです)、プロフィールに載せているアドレス宛てに送信いただけると幸いです。
『「毛糸のジッパーケース」、ここがこうだったら購入検討するのになー』等、匿名で構いませんのでお聞かせ願えませんか。
その通りに作るかは(技術的な面で)お答え(またはお応え)できかねますことご了承くださいね。

ご返送いただいたご回答は、真摯に拝読し、こちらでまとめ記事として公表したいと考えています。
それによって「毛糸のジッパーケース」のなにかが変わるかもしれません。
ご意見により改善していけたら、と思っております。
ぜひ自由で率直なご意見をお聞かせ願いたいです。

先ほども述べました通り、アンケートはこちらでまとめ記事として公表する予定ですので、回答期限を設けさせていただきます。

ご協力いただける方は、2018年10月8日(月・体育の日)までにご返送くださいますようお願いいたします。

下記よりメール本文です。
(未購入でご協力いただける方は、その旨をご入力の上、持っていたらこうだろうというようなことで構いません。なんか、わかるように書いていただけたら結構です。)

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手帳布陣/2018AW

Posted on 12 9月 2018 by

A6用紙1枚に、2018AW手帳布陣をまとめた。

  • 2018AW シーズンテーマ
  • [かるく賢く、おもしろく]

  • 今シーズンに解決したい手帳課題と対策案
  • 1.外出時に持ち歩く手帳を軽くする
    ⇒用途面:すべてを1冊に詰め込まない。手帳・ノートの分冊
    ⇒物理面:手帳カバーに挟むアイテムの見直し

    2.日々のできごとやアイデアを読み返しやすく記録する
    ⇒「スケジュール用」と「ログ用」それぞれの手帳を用意する
    ⇒連用手帳を追加する(予定)

    3.手帳をもっとおもしろく使いたい(スケジューリング9割の手帳は窮屈)
    ⇒記録道具と手法を制限しない手帳を追加する
    ⇒ウィッシュリストを書き留める手帳を追加する
    ⇒ジブン手帳Bizの各種リストを活用する

  • 今シーズンの手帳布陣
  • 1.MP18AW:ムーンプランナー2018年秋冬版 B6サイズ ※昨シーズンはPDF版使用。冊子に変える
    [用途]
    ◎ 約2週間単位のプランニング(新月〜満月/満月〜新月)
    ◎ 約半年単位のウィッシュリスト(やりたいこと、手に入れたいこと、行きたい場所、手放したいこと、やめたいこと など)
    ○ 半年以上先のざっくり作戦会議と妄想
    ○ 心身メンテナンスのざっくりログ

    [筆記具]
    ○ ジュースアップ04(グリーン、オレンジ、ブルー)
    ○ フリクションボールスリム038(グリーン、オレンジ、ブルー)

    2.JTBiz18 → JTBiz19:ジブン手帳Biz ※2018年使用中。2019年も継続
    [用途]
    ◎ スケジュール管理
    ◎ 自分への予約
    ○ 睡眠の記録(時間と質)
    ○ 仕事と勉強の実績時間ログ
    ○ ToDoリストの一時退避スペース(実行できそうな週のページに書き込み→実行する時間帯に転記)
    ○ リスト各種(0円でできるひまつぶし、ワンコインリフレッシュなど)

    [筆記具]
    ◎ ハイテックCコレト(ブルーブラック0.3、チェリーピンク0.3、クリアブルー0.3、シャープユニット0.5)

    [その他文具]
    ◎ 地球の歩き方 with モレスキンノートカバー(チョコ)
    ◎ CARDRIDGE dünn(イエロー):予備名刺入れ。ノートカバーに挟む
    ◎ ふせん各種:手帳の裏表紙に数種類貼っておく
    ○ クリックイレーザー〈フォープロ〉:カバー裏のポケットでスタンバイ
    ○ コレト替芯各色:カバー裏のポケットでスタンバイ
    ○ 物流定規:意味はないけれどノートカバーに挟む
    ○ ほぼ日のクリアファイル 坂本奈緒 オリジナル用(しろもふもふ):切手を入れてノートカバーに挟む
    ○ もしものときのぽち袋:お札を入れてノートカバーに挟む

    プフレーゲライヒトさんのアルコールランプはんこ:睡眠時間ブロック用として
    ○ バーサファイン・クレア(トワイライト)

    地球の歩き方 with モレスキンノートカバー(チョコ)使用歴2年

    3−1.HBP17:ほぼ日Planner2017 ※リンク先の手帳は2017年版
    [用途]
    ◎ 本日の記録(トピック、ニュース、ラッキーなできごと など):1日ページに残す
    ◎ 服装ログ:月間カレンダーにイラストを描く
    ◎ コラージュの遊び場
    ※ ETA19(後述)の使い方検証も兼ねて、かつて挫折した手帳を復活させた。日付曜日のズレは無視。

    [筆記具]
    ◎ ジュースアップ04(ブラック、グリーン)
    ◎ ジュースアップ03(ブラック)
    ○ 色鉛筆

    [その他文具]
    ○ メモして貼るだけでちょいと洒落た風になるふせん各種
    ○ はさみ
    ○ のり
    ○ マステ
    ○ シール

    3−2.ETA19:EDiT B6 Daily
    [用途]
    ※ ほぼ日Planner2017の継続・改善
    ※ 服装ログのみ、10/1からEDiTマンスリーページに移行する予定

    ○ 今月のレコーディングメモ(読んだ本、行って良かった場所など)
    ○ ざっくり支出予定メモ

    [筆記具]
    ※ ほぼ日Planner2017の継続・改善

    [その他文具]
    ※ ほぼ日Planner2017の継続・改善

    4.HB5-A5:ほぼ日5年手帳 A5サイズ
    [用途]
    ◎ 本日の天気
    ◎ 本日の記録(トピック、ニュース、ラッキーなできごと など)
    ○ ?年後の自分に申し送るToDoリスト
    ○ コラージュの遊び場

    [筆記具]
    未定

    [その他文具]
    未定

    ほぼ日5年手帳の実物は「ほぼ日手帳2019 LINEUP PREVIEW」でチェック済

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    頭を使いたくないときのノート (とおまけ)

    Posted on 09 9月 2018 by

    何もしたくないわけじゃない
    ただ頭を使いたくないだけだ
    そんな気分のときの過ごし方
    
    読書もテレビも落書きも駄目
    料理も入浴も睡眠も頭が動く
    最適なのは作業機械になる事
    
    部屋の片付けや庭の草むしり
    床のワックスがけに風呂磨き
    そんな気力は残っちゃいない
    
    散歩程度が妥当だと思うのだ
    近所を適当にブラついてくる
    頭は使わないし迷う事もない
    
    散歩みたいなノートとは何だ
    本一冊を丸写しするノートだ
    何も考えず作業に没頭できる
    
    決めごとのない写経のように
    頭を空っぽにしてひたすらに
    書写機械となってワープする
    
    適度に難しい短文が連なって
    書きなれない漢字が頻出する
    日夏耿之介詩集がその散歩道
    
    書き写すノートはダイスキン
    惜しげなく使える値段であり
    高級感を漂わすハードカバー
    
                              (写経)
    
    おまけ 八月のマンスリー絵日記
    
    
    

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    動物園のすみっこでバクの名前を叫ぶ。

    Posted on 03 9月 2018 by

    OLYMPUS DIGITAL CAMERA

    もう2か月以上も前のことになるが、地元の動物園にバクに会いにいった。

    6月の、まだ梅雨の最中で雨の合間を縫って普段乗らないバスに乗っていった。

     

    バクに対して「絶滅危惧種」である、それだけを知ってバクに会いにいった。

     

     

     

    OLYMPUS DIGITAL CAMERA

    動物園にいたマレーバクはクニオくん、という名前だった。

    私はそのパンダにも負けない「白と黒のコンビネーション」のデザイン、つぶらな丸いお目々、そして不思議な爪先を見つめた。

    ずっと心の中で「クニオくーーーーーーーん!」「クーーーーーニーーーーーーオーーーーーーくーーーーーーーん!!!!」と叫んでいた。

    理由はわからない。

    ただ、このとき、自分はショックを受けていたのだと思う。

    まず、平日の朝早くから訪れた動物園は閑散としていた。

    それなりの広さは確保されているのだろうが、たった一頭でそこにたたずむ動物を見てなんとも言えない気持ちになった。

    それから、クニオくんのパパはもう亡くなっていて、ママも今年の5月初旬に亡くなっていた。

    クニオくんはこの動物園の「たった一頭」のマレーバクとなっていた。

    クニオくんはまだ子どもだったが、彼は病気だった。

     

    マレーバクの赤ちゃんは、イノシシの子どものような「てんてんつー」という白い模様が身体を包んでいる。

    クニオくんもうり坊ちゃんのような模様があったが、治療のため手術をしたら、そこの模様がなくなってしまった。

    それにこの病気になったマレーバクの前例はなく、また手術でもどうにもならなかったのでそのまま縫合して終わったそうだ。

     

     

     

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    クニオくんは「バクエリア」をうろうろし、えさを食べ、落ちていた木の枝をくわえて遊んでいた。

     

     

    私はたまらない気持ちになり、ずっと「クニオくーーーーーーん!!!」と心の中で叫ぶしかできなかった。

     

     

    昼時近くになり、バクエリアそばの「食堂バクバク」で昼食を食べた。

    「大人だもんね」とビールも飲んだ。

    動物園の意味と病気で一頭だけになってしまったクニオくんのことを考えると、答えは出るはずもなく、どんどんつらくなっていきながらキリンにかたちづくられたハヤシライスを食べた。

     

     

     

    OLYMPUS DIGITAL CAMERA

     

    酔っぱらったまま、私は再びバクエリアに戻り、クニオくんを見ながら持参のモレスキンを開いてあれこれ書きつけた。

    なんだか泣きそうになっていた。

     

     

    いつまでもそうしているわけにもいかず、私はモレスキンをリュックにしまうと立ち上がり、クニオくんにさよならをして歩き始めた。

     

     

     

    あれから2か月経つが、心のもやもやが晴れることはない。

    しかし、動物園をめぐる中で「動物園の意味」について考えさせられる動物も見た。

    きっと動物園にいる動物たちは、「かわいそう」だけじゃない。

     

     

     

    マレーバクは夏になるとプールに入って潜水するそうだ。

    Twitterで他の動物園のプールの水中を歩いているマレーバクの動画を見ては微笑ましく思った。

    その中にはあのクニオくんもいた。

    バクエリアのプールにクニオくんは入っていた。

     

    クニオくーーーーーーーん!!!

    私は久しぶりに心の中で、クニオくんの名前を叫んだ。

    そして元気に夏を過ごしているクニオくんを見て、またもや泣きそうになった。

     

    よかったねぇ。よかったねぇ。

     

    なにか言いたいのに、ことばにならなかった。

     

     

     

    この「獏部エア部活」について、まずは自分のブログに書いてみた。

    考えもことばもまとまらなかったので、まずは自分の陣地である場所で書いてみた。

    それから2か月経ったが、やっぱりまとならないままだったので、まとまらないままNotebookersに「獏部エア部活レポート」として書くことにした。

     

    ことばにしたくてもならない。

    絵にしたくてもできない。

    そんなもどかしい思いをNotebookersを訪れる人たちなら、ちょっぴり共感してもらえるんじゃないか、と思ってる。

     

     

     

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    Note of the note ―ノートの調べ p.7 金子みすゞさん 二冊の抜書き帖

    Posted on 02 9月 2018 by

    はじめに

    「Note of the note -ノートの調べ」 と題した不定期シリーズ。
    このシリーズでは、著名人のノート、手稿、手帳、日記などを紹介し、そこに込められた作法と思いを検証していく。

    第7回目は、金子みすゞさんの、二冊の抜書き帖を紹介する。

    出典

    別冊太陽 日本のこころ122号
    生誕100年記念 金子みすゞ 幻の童謡詩人の世界へ 監修 矢崎節夫
    2003年4月25日初版第一刷

    金子みすゞさんのこと

    (母ミチが日頃からみすゞに言っていたという言葉)
    「ひとつのことを見たら、多くのことを考えなさい。雲を見るでしょう。そうしたら、白い雲、綿のような雲、ようなをとって綿雲、それにスワン雲……というふうにね」(出典書 p.104)

    (瀬戸崎尋常小学校四年生時の担任ヒデ先生の言葉)
    「ふとテル(みすゞ)のノートに目をやると、特別手を上げたりしないテルのノートに、あれも調べてある、これも書いてある、ということがあって驚かされた―」(出典書 p.106)

    (大正五年 大津高等女学院時代、学校まで40分の道のりを一人で歩いて通っていたみすゞが、いとこに語った言葉)
    「皆と行くのは楽しいけれど、たまには誰かのいやな話しを聞かなならんしな……。一人の方が安気でええ」

    三冊の童謡集

    ただ一枚のみ残ったみすゞの着物と、遺稿集となった三冊の童謡集。
    右より「美しい町」「空のかみさま」「さみしい王女」。

    博文館のポケットダイアリーの紙質見本に書き留められたもので、弟の正祐に託された。(出典書pp102-103)


    「こだまでせうか」


    「巻末手記」
    三冊の童謡集の最終巻「さみしい王女」につづられた巻末手記

    二冊の抜書帖

    これから紹介する二冊の抜書帖は、どちらも彼女の詩作制限期に編まれたものである。

    始めの「琅玕集(ろうかんしゅう)」は、雑誌への詩の投稿を差し控えていた、大正14年から翌15年にかけてまとめられた。

    次の「南京玉」は夫に全ての詩作を禁じられていた、昭和4年頃から翌5年2月まで書かれた。

    私たちも、文章や言葉の抜書は、日常的に行っているが、どのような時、どのような感情や、意図に突き動かされて、抜書をするのだろうか?

    資料を読みながら、私はずっとそのことを考えていた。

    琅玕集

    1925年版博文館ポケットダイアリー紙質見本。天地を逆にして、右開きで使用。

    大正13年。敬愛する西條八十が、渡仏により雑誌「童謡」の選者を離れている間の、大正14年から翌15年にかけて作品の投稿を控え、「赤い鳥」「コドモノクニ」「婦人倶楽部」をはじめとした二十三種もの雑誌などから気に入った詩や童謡を自ら選び出し、一冊の小曲集を作ることに没頭した―(出典書より)

    目次

    北原白秋、堀口大學、野口雨情、室生犀星、もちろん西條八十など、101人、178編を記す。(出典書より)

    冒頭

    南京玉

    13cm×8.7cmの小さな手帳。
    昭和4年頃から翌5年2月9日までの間、愛娘ふさえ(三歳)の言葉のひとつひとつを書きためた。(出典書より)

    冒頭

    言葉には全て番号が付されている。形式は、
    前書、一~二三〇、「お正月」、一~六四、「二月」、六五~八九、九十は番号のみ。一~二五、二月九日のみすゞの言葉 となっている。
    (出典書より)

    本文

    この時期、みすゞは夫に全ての詩作を禁じられていた。

    この二月、夫と離婚が成立。娘のふさこを、みすゞが引き取ることで話をまとめ、母の元へ身を寄せるが、ほどなく夫側が心変わりし、3月10日に娘を連れに行く、との手紙を受け取る。

    その、昭和5年3月10日未明。睡眠薬にて自死。(享年26)

    空白の九十

    みすゞは、娘を母の手元で育てることを強く望む遺書を残し、結果、その通りとなった。(出典書より)

    おわりに

    あたりまえのことを、いろんなふうにみてみたら、ありのままがみえてくる。そうすると、あたりまえはあたりまえじゃなくて、ありのままがあたりまえになる。あたりまえのありのまま。ありのままのあたりまえ。

    金子みすゞさんは、こんな抽象的なものは書きませんが、私は金子みすゞさんの「詩」を読んでいると、「ありのまま」を「あたりまえ」に感じてしまう人だったのだろうなと、思います。

    「いろんなふうにみる」というのは技術で、科学的方法はその一助となるものですが、「詩人」であるということには、「あたりまえ」に汚染されない強い無垢さが備わっているように感じます。

    色即是空。空即是色では、「命味」に欠けますが、この世界に命を燃やす全ての存在にたいする共鳴を歌った人。そんな感じがしています。

    抜書しておきたいノートです。

    以上

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    仲介者

    Posted on 26 8月 2018 by

    。私は変わらない。あなたが変わった。竜安寺の石庭は言う。私は変わらない。あなたが変わった。シーラカンスは言う。私は変わらない。あなたが変わった。オリュンポス神殿は言う。私は変わらない。あなたが変わった。奈良の大仏は言う。私は変わらない。あなたが変わった。バーミヤンの石仏は言う。私は変わらない。あなたが変わった。1パック128円の卵は言う。私は変わらない。あなたが変わった。一袋35円のもやしは言う。私は変わらない。あなたが変わった。100グラム245円の輸入牛肉は言う。私は変わらない。あなたが変わった。カタクチイワシは言う。私は変わらない。あなたが変わった。鈴茂ロボは言う。私は変わらない。あなたが変わった。カップヌードルは言う。私は変わらない。あなたが変わった。チャールズ・ダーウィンは言う。私は変わらない。あなたが変わった。アレクサンドリア図書館が言う。私は変わらない。あなたが変わった。アンティキティラ島の機械は言う。私は変わらない。あなたが変わった。クロマニヨン人は言う。私は変わらない。あなたが変わった。ドードー鳥が言う。私は変わらない。あなたが変わった。イクチオサウルスが言う。私は変わらない。あなたが変わった。アノマロカリスは言う。私は変わらない。あなたが変わった。ステラーカイギュウは言う。私は変わらない。あなたが変わった。ダイアモンドは言う。私は変わらない。あなたが変わった。ウラン235は言う。私は変わらない。あなたが変わった。皇帝ネロは言う。私は変わらない。あなたが変わった。青色はぐれ星は言う。 私は変わらない。あなたが変わった。ヒッグス粒子は言う。 私は変わらない。あなたが変わった。アイン・シュタインは言う。私は変わらない。あなたが変わった。ボブ・ディランは言う。私は変わらない。あなたが変わった。 ル・コルビジェは言う。私は変わらない。あなたが変わった。キマダラルリツバメは言う。私は変わらない。あなたが変わった。バオバブの木は言う。私は変わらない。あなたが変わった。モアイ像は言う。私は変わらない。あなたが変わった。母は言う。私は変わらない。あなたが変わった。アレン・ギンズバーグは言う。私は変わらない。あなたが変わった。ストラディバリウスは言う。私は変わらない。あなたが変わった。ドラム式洗濯機が言う。私は変わらない。あなたが変わった。アレクサが言う。私は変わらない。あなたが変わった。アドルフ・ヒトラーは言う。私は変わらない。あなたが変わった。ホームレスは言う。私は変わらない。あなたが変わった。スティーブ・ジョブズは言う。私は変わらない。あなたが変わった。織田信長は言う。私は変わらない。あなたが変わった。オスマン=トルコは言う。私は変わらない。あなたが変わった。クヌム・クフは言う。私は変わらない。あなたが変わった。クレオパトラは言う。私は変わらない。あなたが変わった。与謝野晶子は言う。私は変わらない。あなたが変わった。3Dヘッドマウントディスプレイは言う。私は変わらない。あなたが変わった。Notebookersは言う。私は変わらない。あなたが変わった。書かれたページは言う。私は変わらない。あなたが変わった。書かれていないページは言う。私は変わらない。あなたが変わった。あなたは言う。私は変わらない。あなたが変わった。私は言う。私は変わらない。あなたが変わった。

    変わらないことが変わることであり、
    変わることが変わらないことである。
    変わること変わらないことの両方を、
    同時に見られる場所はどこにもない。

    ただ有機交流電燈として明滅し続け、
    ノートの前後を交互に照らすだけだ。

    (修羅)

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    NOTEBOOKERS+俳句 2 ― ノートブッカーズっぽさとは?

    Posted on 19 8月 2018 by

    0.はじめに

    俳句好きで、NOTEBOOKERSなら、「俳句+文具」とか考えねばならぬと、手持ちの歳時記を読んでみたところ、NOTEBOOKERS的(以下NB的)とはほど遠いことがわかってしまったので、「じゃあどうすればいい?」を不定期で考えることにして。

    1.俳句拾い報告

    今回は『日本の詩歌 俳句集』中央公論社 1989.7.25 新訂3版 から。
    この本には明治後期から昭和中期まで、47人の俳人の4,000余句が納められていました。そのなかから、前回同様、「NB的季語、および事物」(Nb+俳句1の記事参照)を、「事物」の五十音順にまとめました。

    凡例:|事物|季語|季節|分類|俳句|作者|ページ数| です。

    (季節と、分類の前の数字は、ソート用の番号ですので、お気になさらないで)

    暗室|きりぎりす| 3秋| 6動物|暗室や心得たりときりぎりす| 夏目漱石| 13

    椅子| 月| 3秋| 2天文| 月光に一つの椅子を置きかふる| 橋本多佳子| 225

    鉛筆| 露| 3秋| 2天文| 鉛筆で指さす露の山脈を| 加藤楸邨| 323

    汽車| 夏の月| 2夏| 2天文| なほ北に行く汽車とまり夏の月| 中村汀女| 248

    毛糸| 毛糸| 4冬| 4生活| 久方の空いろの毛糸編んでをり| 久保田万太郎| 143

    珈琲| 夏の夕| 2夏| 1時候| 珈琲や夏のゆふぐれながかりき| 日野草城| 272

    書| 春さき| 1春| 1時候| 春先に指のかげ置く書をひらく| 藤後左右| 371

    書| 良夜| 3秋| 2天文| 人それぞれ書を読んでゐる良夜かな| 山口青邨| 164

    書庫| 足袋| 4冬| 4生活| 日々の足袋穢しるし書庫を守る| 竹下しづの女| 126

    焚火| 寒月| 4冬| 2天文| 寒月に焚火ひとひらづゝのぼる| 橋本多佳子| 228

    焚火| 焚火| 4冬| 4生活| 隆々と一流木の焚火かな| 秋元不死男| 286

    焚火| 焚火| 4冬| 4生活| 道暮れぬ焚火明りにあひしより| 中村汀女| 249

    旅| 花火| 2夏| 4生活| ねむりても旅の花火の胸にひらく| 大野林火| 309

    旅| 蛇苺| 2夏| 7植物| 蛇苺 遠く旅ゆく人のあり| 富沢赤黄男| 291

    旅| -| しんしんと肺碧きまで海のたび| 篠原鳳作| 350

    旅| -| 満天の星に旅ゆくマストあり| 篠原鳳作| 350

    旅人| 落葉| 3秋| 7植物| 木曽路ゆく我も旅人散る木の葉| 臼田亜浪| 51

    旅人| 落葉| 3秋| 7植物| 旅人は休まずありく落葉の香| 前田普羅| 92

    沈思| 冬木| 4冬| 7植物| 沈思より起てば冬木の怖ろしき| 石井露月| 37

    机| うそ寒| 3秋| 1時候| うそ寒の身をおしつける机かな| 渡辺水巴| 67

    机| 朝顔| 3秋| 7植物| 朝寒の顔を揃へし机かな| 夏目漱石| 13

    机| 元日| 5新年| 1時候| 元日の机によりて眠りけり| 原石鼎| 118

    手紙| -| ねそべつて書いて居る手紙を鶏に覗かれる| 尾崎放哉| 106

    トランプ| 薔薇| 2夏| 7植物| トランプを投げしごと壺の薔薇くづれ| 渡辺水巴| 79

    トランプ| 狐| 4冬| 6動物| 母子のトランプ狐啼く夜なり| 橋本多佳子| 226

    夏書| 夏書| 2夏| 5行事| 今年より夏書せんとぞ思ひ立つ| 夏目漱石| 11

    波のり| 波のり| 2夏| 4生活| 波のりやかへりの波にぱつと遇ふ| 藤後左右| 370

    日記| 埋火| 4冬| 4生活| 偽書花屋日記読む火をうづめけり| 久保田万太郎| 149

    日記| 炭| 4冬| 4生活| 花屋日記伏せて炭つぐ薄日かな| 渡辺水巴| 78

    文机| 植田| 2夏| 3地理| 文机に坐れば植田淡く見ゆ| 山口青邨| 168

    史| 夜長| 3秋| 1時候| 泣き入るや史読み断ちて灯夜長| 松根東洋城| 46

    頁| 逝く年| 4冬| 1時候| 逝く年のわが読む頁限りなし| 山口青邨| 170

    ペンだこ| -| 雑布しぼるペンだこが白たたけた手だ| 尾崎放哉| 107

    本| 露| 3秋| 2天文| 本を積み庭草高く露けしや| 山口青邨| 175

    マッチ| 霧| 3秋| 2天文| 一本のマッチをすれば湖は霧| 富沢赤黄男| 290

    臨書| 年の瀬| 4冬| 1時候| 年の瀬の蠅吹き飛ばす臨書人| 小沢碧童| 64

    やはり、少ない。

    が、あまり大量でも拾うのが大変だから、まあいいか。(正岡子規さんは病をおして、10万2千余句を徹底分類したんだよ。すごいんだよ 『分類俳句全集』昭和3-4年・アルス刊)

    ほぼ日weeksMEGAの豊富なノートに。

    2.ノートブッカーズの人となり?

    俳句を拾っていると、季語も事物もノートブッカーズ的ではないけれども
    「この感じはノートブッカーズっぽいんじゃないか」という句がある。

    それらを捨てるに忍びなく、こちらにまとめてみた。

    長閑| 1春| 1時候| のどかさに寝てしまいけり草の上| 松根東洋城| 43

    春| 1春| 1時候| 手をとめて春を惜しめりタイピスト| 日野草城| 269

    余寒| 1春| 1時候| 世を恋うて人を恐るる余寒かな| 村上鬼城| 17

    花| 1春| 7植物| チチポポと鼓打たうよ花月夜| 松本たかし| 343

    清水| 2夏| 3地理| 百里来し人の如くに清水見る| 細見綾子| 358

    麻服| 2夏| 4生活| 麻の服風はまだらに吹くをおぼゆ| 篠原梵| 375

    籐寝椅子| 2夏| 4生活| 一碧の水平線へ籐寝椅子| 篠原鳳作| 350

    夏帽| 2夏| 4生活| 夏帽や職場の友は職場ぎり| 安住敦| 367

    河鹿| 2夏| 6動物| 畳に河鹿はなしほうほうと言ふて君ら| 葛谷六花| 39

    筍・空豆| 2夏 .7植物| たけのこ煮、そらまめうでて、さてそこで| 久保田万太郎| 148

    踊| 3秋| 4生活| 通り雨踊り通して晴れにけり| 松本たかし| 337

    朝顔| 3秋| 7植物| あさがほをだまつて蒔いてをりしかな| 安住敦| 366

    朝顔| 3秋| 7植物| 北斗ありし空や朝顔水色に| 渡辺水巴| 77

    霜| 4冬| 2天文| パン種の生きてふくらむ夜の霜| 加藤楸邨| 322

    埋火(うずみび)| 4冬| 4生活| 孤り棲む埋火の美のきはまれり| 竹下しづの女| 128

    日向ぼこ| 4冬| 4生活| 雑音に耳遊ばせて日向ぼこ| 竹下しづの女| 125

    雪合羽| 4冬| 4生活| 火に寄れば皆旅人や雪合羽| 細見綾子| 361

    クリスマス| 4冬| 5行事| へろへろとワンタンすするクリスマス| 秋元不死男| 283

    一日のポケットから何もかもつかみだした| 栗林一石路| 195

    食べる物はあつて酔ふ物もあつて雑草の雨| 種田山頭火| 82

    指ほそく抛物線を掴むかな| 富沢赤黄男| 292

    3.ノートブッカーズっぽさとは?

    Q:ノートブッカーズっぽさって何?
    A:実例があれば、その都度判断できるけど、「定義」からは常に逃れてしまうものだよ。

    私が感じるNBっぽさとは、たとえばこれまでに読んできた記事の記憶、一昨年のTNMで出会った方たちとの思い出、タカヤさんの印象、部活のラインナップ、タグの言葉なんかの総体としてのイメージのブレンドなんだと思うな。

    草の上で寝てしまったり、仕事の途中にすぎゆく春を感じてみたり、世界って素晴らしいけどなんとなく人見知りだったり、籐椅子に寝そべってのんびりと水平線を眺めて一日を終えたり、畳に蛙を放しておもしろがってみたり、雨の間中踊っていたり、独りでいる時間に浸ったり、クリスマスの夜に、へろへろとワンタンをすすっていたり。そんなノートブッカーに、私はなりたい。

    これは人によって違うんだと思う。

    「この句は要らない」「この句は絶対入れとかないと!」という意見は、NB記者の皆様、NB読者の方々の数だけあっていいんだと思うので、ご意見熱烈歓迎どしどしね。(なにしろ、このタイプの句を拾うには、ただひたすら「句に出会う」しかないわけですから)

    今回はこのへんで。NB歳時記にむけて、これからも俳句を拾っていきませう。

    次回は「文具俳句」を集めてみたいな。

    おまけ「象」の俳句集

    うららかや絵本の象が立ちあがる 藤井寿江子
    二月の雲象かへざる寂しさよ 橋本多佳子
    ナウマン象一頭分の花の冷 高野ムツオ
    春や佐保路普賢の象に乗る夢も 河原枇杷男
    象の爪を磨いている春の夜の嵐 斎藤冬海
    音もなく象が膝折る日永かな 角 和
    象の背にキリンの首に黄沙降る 石川天虫
    春風をあふぎ駘蕩象の耳 山口青邨
    遠足にとり囲まれて象孤独 野中亮介
    象の鼻吹きたるやうなシャボン玉 石河義介
    試験果つ象は鼻から水噴いて 田口彌生
    涅槃図や身を皺にして象泣ける 橋本 榮治
    象よりも大きく涅槃し給へり 有馬籌子
    象の背をころがる水や花祭 石田由美枝
    船にのせて象はかりけり揚雲雀 龍岡晋
    花吹雪象はいよいよ目を細め 田中敦子
    涼しさや象を見おろす天守閣 仙田洋子
    はるかなる君が背にわれ夏の象 五島エミ
    炎天の原型として象あゆむ 奥坂まや
    南風や扉よりも重く象の耳 有馬朗人
    父の日や暗くて広き象の背な 下山宏子
    ヨット行く湖底に眠るナウマン象 安井信朗
    象みずから青草かずき人を見る 西東三鬼
    象使ひ白き横眼を緑蔭に 白泉
    やや寒の象に曳かるる足鎖 秋元不死男
    象も耳立てゝ聞くかや秋の風 永井荷風
    象の頭に小石のつまる天の川 大石雄鬼
    象の餌のゆたかに積まれ敗戦忌 白岩てい子
    音楽のわかる象の尾草の花 後藤比奈夫
    芭蕉の葉象のごとくにゆらぎけり 安田蚊杖
    象が曳く鎖の音の寒さかな 柊 愁生
    サーカスの象吊る港十二月 野溝サワ子
    節分や寒気の熊と温気の象 秋元不死男
    はつふゆや象のかたちに帽子置き 上田日差子
    恋人に近づく冬の象の鼻 皆吉司
    冬を耐ゆ象は全身皺にして 多賀庫彦
    荒星や老いたる象のやうな島 夏井いつき
    象の背の上の現世や寒の雨 高野ムツオ
    伊吹嶺や風の象に冬の雲 辻 恵美子
    冬日の象べつの日向にわれらをり 桜井博道
    象の貌に涙の迹や冬旱 貞弘 衛
    象を呑む蛇の話や冬籠 高野ムツオ
    正月の空の青さに象匂ふ 光田幸代
    初春の風にひらくよ象の耳 原 和子
    初明り象あるもの眼に見えそめ 小川双々子
    ねむれずに象のしわなど考える 阿部青鞋
    受胎して象のあくびを眩しみぬ 鎌倉佐弓
    電車ゴツンとアフリカ象が滅ぶ日か 高野ムツオ
    たくさんのかなしみあつめ象歩く 森 武司
    約束の眼鏡のなかに象をみた 前田圭衛子
    灰色の象のかたちを見にゆかむ 津沢マサ子

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    ?>! ―『ユーケルの書』から

    Posted on 12 8月 2018 by

    書物は書物を越えて生き残る。(p.27 「白い空間6」)

    人間は「問」だ 「問」=「?」ならば 手にした答えが「!」であらわされる。

    その場合

    疑問符と感嘆符。両者は{両替、翻訳、入替}不可能だ。断じて!

    お前にとって語は一つの顔だ。
    お前は私の顔を描いた。
    私は自分の気になったところで、読み取られる。―レヴ・スミアス(p.71「書く習慣」)

    「?」は∞の(細かな細かな)!を発生させるが、!をいくら集めても?は構築できない

    「?」はつねに一つの(巨大な)「?」であり、「?」は「?」に重なることでしか×××。

    疑うこと。それはたぶん限界を廃棄することと、骰子のまわりを回ることである。(p.109「第三部 サラの日記」)

    万人のためのひとつの同じ反射板(p.125「サラの日記 Ⅲ」

    われわれは不可能なものを通して結ばれている。-レヴ・カナリ(p.83「第二部 巻頭句」)

    「?」は影だ。そして「!」とはその影に支えられた世界だ。

    色とは影の叫びである -レヴ・ノエビ(p.163「ヴェールと処女6」)

    ※「ユーケルの書」
    エドモンド・ジャペス著 鈴木創士訳。書肆風の薔薇〈選書 言語の政治⑦〉 1991.6.20
    「問の書」シリーズ全七部作のうちの第二部にあたる。

    「?」は「!」を求めるが「!」は自己差異化するばかりだ。

    海は宇宙にぎざぎざをつける ―レヴ・アムロン(P.45「善の分け前 2」)

    それは、深みへ向かっているように見せかける巨大迷路だ。「!」とはマスクメロンの亀裂に似ている。それは決して「?」の果肉を味わうことはできない。香りだけ、ただ香りだけだ。

    人は水底でもがいたりしない。もがくのは水面でだ。(p.106「第三部 サラの日記」)

    本に満たされている孤独の豊饒さ。「!」を探すのではなく「?」に遊ぶこと。

    沈黙の響き。最初の谺。 -レヴ・ライエ(p.66「第二部 巻頭句」)

    私はこの本を読むことが出来て、幸せだった。なによりもよかったことは、この本が「架空」と「贋者」に分断され続けている点だ。(cf.訳者あとがき)

    さいごに、もっとも重要な文を引用して記事を終える

    私が書くのは、私が言うことができるかもしれぬことの果てに赴こうと努めるたびに、今度こそそこに到達できるだろうと信じるからだ。―ユーケルの手帖(p.83「学者達と客たちのあいだで交わされた対話」)

    (引用)

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    Note of the note ―ノートの調べ  p.6 横尾忠則さんのデスクダイアリー とおまけ

    Posted on 05 8月 2018 by

    はじめに

    「Note of the note -ノートの調べ」 と題した不定期シリーズ。
    このシリーズでは、著名人のノート、手稿、手帳、日記などを紹介し、そこに込められた作法と思いを検証していく。

    第6回目は、横尾忠則さんのデスクダイアリーを鑑賞する。

    出典

    横尾忠則 日記人生1982-1995 マドラ出版(1995.6.15 初版)

    1年間365日のそれぞれの日を、一番面白い年からピックアップして1冊に編む。(中略)日付は連続しているけれど、実際の日にちはつながっていないという、なんというか、10年間をアトランダムに飛び回っている感じのアイデアが、ぼくはすっかり気に入ってしまったのだ。(同書あとがき)

    横尾忠則さんのこと

    TADANORI YHOKOO OFFICIAL WEBSITE
    http://www.tadanoriyokoo.com/

    詳細はこちらをご覧いただくとして、私にとっての横尾さんは、三島由紀夫さん、寺山修司さん達と仲良しのグラフィックデザイナーであり、「Y字路シリーズ」の画家だ。

    今回出典元としている本は、横尾さんがつけ続けている日記を原寸コピーしたものである。365日(+α)の日記をまるごと掲載しているわけで、私は文章を全て熟読したわけではない。
    だから今回は、この日記から横尾さんの魂に触れよう、というのではなく、ただひたすら、その見た目が、圧倒的にかっこよい、日記、メモ、ノート、スクラップブックなどの手本としたいページをピックアップすることを目的としている。

    1.1995/2/26:1983/2/27

    デスクダイアリーは見開き二日。横尾さんは、文章、イラスト、スクラップでページを埋めていく。

    2.1993/4/1-1993/4/2

    旅行先では記念スタンプが必ず押され、入場券、切手なども貼りこまれる。縦書き横書きは混在し、筆文字なども自在にレイアウトされる。文章がこれらの額縁として機能し、雑多な印象はない。

    3.1990/4/9-1990/4/10

    サラリと描いたスケッチが、とてもいい味を醸し出す。洗練された線がぺージの白さを損なわない。

    4.1992/4/11-1992/4/12

    滝に関する記述が続いている。ページの半分を占める滝の絵と、文章との融合。

    横尾さんの日記には、「滝」「UFO」などの記述や「名刺」「おみくじ」「占い記事」「著名人の訃報記事」などの貼りこみが頻出する。気になっていることは、なんでも綴じておくのだ。

    気がついたことをちょっとメモしたり、スケッチブック代わりに絵を描いたり、何を描くかはそのときの気分次第だから書きたくない日は書かない。(同書あとがき)

    5.1985/7/2-1985/7/3

    大半を文章が占めた見開き。訂正や追記などを細かく見ていくと、思考を追いかけることができる。文字ばかりであるはずなのに、ページにはある種のリズムがあり、退屈を感じない。

    コラム:愛用のデスクノート

    小さな画像で恐縮だが、これは”the Y+Times”(「横尾忠則現代美術ニュース」)というパンフレットで、2016/8/6-11/27まで行われた「ヨコオマニアリスムvol.1」を紹介するものである。
    ここに、横尾さんがずっと愛用しているのは「英国レッツ社製デスクダイアリー」との記述がある。世界で初めてダイアリーの製造・販売を開始した会社との記載あり。
    株式会社平和堂 http://www.heiwado-net.co.jp/letts_hp/letts.htm

    同社の現行品で、出典書のデスクノートに最も近いのは以下の製品だと思う。(訂正ご指摘承ります)

    (同上リンクより)

    6.1990/7/12-1990/7/13

    こんな具合に、スタンプなどを押し、ホテルなどで落ち着いたところで、文章を書くのだろう。この配置、囲碁の布石を思わせる。

    7.1984/8/31-1984/9/1

    迸る見開き。旅先での記述。A4見開きとは思えないサイズ感で迫ってくる。

    8.1989/9/8-1989/9/9

    縄文。イラスト、スタンプ、入場券、切手、文章、アイデアメモなどの全部入り。それでもやはり、詰め込みすぎだとか、乱雑だという印象はない。

    おわりに

    ぼくの場合、ものを作るというのは、日記的な要素がとても強い。(中略)ぼくの絵は、まさに日記そのものといってもいいし、日記が作品だといってもいいんじゃないかと思っている。(同書あとがき)

    私は、こういうノートが大好きで、できればこういう風にノートを埋めていきたいと思っている。横尾忠則さんのデスクダイアリー。是非真似したいノートである。

    おまけ

    2018年7月のマンスリー絵日記

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    波の音

    Posted on 29 7月 2018 by

    言葉があっても諍いがなくならないのは
    言葉の使い方が間違っているからなのか
    言葉が諍いを招いてしまう仕組みなのか
    言葉は感情と相いれない宿命を持つのか
    催眠術の言葉だけが力を持っているのか

    言葉は鳴き声から生まれたのだと思うが
    鳴き声は本能的感情の爆発だったはずだ
    言葉はあまりに理路整然としているので
    感情を意味に置き換えてしまうのだろう
    言葉は感情を他人行儀に外から分析する

    思いを意味で伝えようとしてはならない
    思いの意味を相手に響かせられなければ
    思いを相手に伝えることはできないから
    思いは理解するものなんかではないのだ
    そんな礼儀正しい他人行儀ではないのだ

    共感というのは否応なく相手を揺さぶる
    思いが伝わるとは不躾で暴力的なことだ
    間接的な経験ではなくて直接的な事件だ
    だから言葉を弾のように用いては駄目だ
    言葉は打ち寄せる波のように用いるべし

    言葉が海面であるならば意味は波飛沫だ
    海の深さは感情の深みでその動きが波だ
    言葉は波の伝播であり感情の表層である
    そして何よりも忘れてはならないことは
    全ての海は繋がっているという事である

                   (潮騒)

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    メモは取り逃がす

    Posted on 22 7月 2018 by

    さまざまな時 さまざまな場所
    予め仕掛けた ブロックメモを
    定時に見廻る 抜打ちで調べる

    メモは絶対に 獲物を取逃がす
    残されるのは その獲物の痕跡
    殴り書きの跡 追跡の走り書き

    未知の獲物は 知識をすり抜け
    不定の獲物は 知覚をすり抜け
    記憶と経験は 妄想と片付ける

    メモは妄想だ 妄想のパズルだ
    かつてあった 将来はありうる
    遠慮しないで ここから出して

    妄想を解読し 欠落を形にして
    ピースを集め ノートに記して
    取り逃がした 獲物を創造する

    (泥型)

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    毛糸のジッパーケース、ブラックエディション(トラベラーズノート用)

    Posted on 19 7月 2018 by

    NUI009

    黒い毛糸のジッパーケース(トラベラーズノート用)を作りました。

    黒い毛糸に、白とシルバーのジッパーです。
    ユニセックスにご使用いただけると思います。

    トラベラーズノートに挟んでみたところです。

    それぞれノートリフィル一冊と共に挟んでいます。
    黒以外、余計な色を使用していませんので、革カバーの黒はもちろん、キャメル、ブラウン、オリーブ、ブルー、どんな色とも相性良いはず。

    星チャーム付きです。

    Notebookersロゴのゾウさんが目指し旅している、ロゴ左上の星。これをひとつずつに付けました。

    ジッパーを開けると、内布は2種類。黒白のギンガムチェックとストライプです。

    ジッパーケース一点につき、同柄のコースターが一点おまけで付きます。

    レギュラーサイズ(チェック、ストライプ)各1点、
    パスポートサイズ(チェック、ストライプ)各1点の、計4点のご用意です。

    毛糸のジッパーケースを広げたところ。

    パスポートサイズとレギュラーサイズです。(編み地が青く見える場合がありますが、黒一色です)
    それぞれ向かって左側が編み地のみ、右側がジッパーケースという作りになっています。
    上下逆さまでも、自由にトラベラーズノートカバーに挟んでご使用いただけます。
    編み地部分には、ピンバッヂやピアスやタイピン、チャームなどを付けて、飾りながら収納することができ、またジッパー部分には、毛糸編み地がクッションとなり、万年筆や大事な文房具をしまっておけます。

    もしかしたら、「夏だから毛糸(ウール100%)ものはちょっとなー(暑いんじゃないかなー)」という方もいらっしゃると思います。
    ですが、実際は、クーラーの効いた涼しいお部屋やオフィスやスターバックスで開くはず。
    昨今、男女問わず冷え性の方も多いと聞きます。
    そんな時、このふんわりジッパーケースが貴方のトラベラーズに挟まっていたならば、指先に触れるたびにふわっと心も一緒に包んでくれる、はず。と思います。
    前回の毛糸のジッパーケースをお買い上げの方から、インスタグラムでこんなご意見もいただきました。
    「日によって平たいものから太いペンまで色々使わせていただいています。
    触った感じが好きで、ずっとセットしています。カバー越しでもなんだかふんわりしていてお気に入りです。」(コメント一部抜粋)
    aisennさま、本当にありがとうございます。
    aisennさまは、ブルーの革カバーに、クラフト紙リフィルと共に毛糸のジッパーケースを挟み、文具を持ち歩くのにご使用いただいているとのことでした。
    季節を問わず、ご使用いただけるものである、はずです。

    価格
    レギュラーサイズ 各4200円(送料込み)
    パスポートサイズ 各3100円(送料込み)

    配送方法
    クリックポスト

    素材
    毛糸 ウール100%
    内布 コットン100%

    各所サイズ
    レギュラーサイズ
    縦 約21.5cm
    横 約23.0cm(広げた状態)
    厚み 編み地部分0.3cm,ジッパーケース部分0.8cm(重ねて約1.0cm)
    重さ 約76g

    パスポートサイズ
    縦 約13.0cm
    横 約18.0cm(広げた状態)
    厚み 編み地部分0.3cm,ジッパーケース部分0.8cm(重ねて約1.0cm)
    重さ 約40g

    コースターサイズ
    縦横 約9.0cm角

    不織布でできた保存袋に入れてお届けします。使わないときは、ここに入れて保管しておくと安心です。

    長くなってしまうけど、大事なことも。
    ご注文の際は、以下のことを知っておいてください。
    ・編みもの製品全般に言えることですが、編み地本体には伸縮性があり、また、引っかかりに弱いです。
    よって、ちょっとした突起などに引っかかり、糸が飛び出してしまうことがあります。
    ・手編みのものですので、既製品に比べるとズレやゆがみなどがあります。
    手作りのあたたかみとご了承ください。
    ・一本の糸を編んでいる品です。お取り扱いは「やさしいきもちで」お願いいたします。
    ・作者は猫を室内で飼っています。
    猫の毛など、製作中はもちろん、届け時にも混在しないよう注意を払ってはおりますが、
    猫アレルギーや敏感な方はご遠慮くださるか、ご了承の上、お買い上げくださいますようお願い申し上げます。

    ご使用になり、お困りのことが後から出てきた場合も、お気軽にご相談ください。
    できる限り修理させていただきますし、ご自分で直したい場合もアドバイスいたします。
    (修理の場合は、こちらへの送料のみご負担ください)

    また、ご注文前でもご質問や気になることがございましたら、下記のメールアドレスへお気軽にご連絡ください。
    nuiko★notebookers.jp
    (★を@にしてください)

    ツイッターやインスタグラムをされている方でしたら、 @nuit_co へメッセージかリプライいただいても構いません。フォローは不要です。

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    153.Define it  ―私の好きな怪談を定義する

    Posted on 15 7月 2018 by

     ノートブッカーズお題に “153.Define it(定義せよ)”が、あった。
    そこで季節がら、「私の好きな怪談」を定義してみることにした。

    はじめに

     私は怪談が好きだ。幼少期から「ムー」を購読し、「あなたの知らない世界」や「心霊写真特番」などを見聞きしては、夜な夜な後悔していた。
    そうして、多くの怪談に親しんでいるうちに、どうやら、「好みの怪談」が固まってきていた。というか「好みでないもの」が明確になってきた、というほうが正しいだろうか。
    そして今、この原稿の下書きをしながら私は、「いわゆる怪談」なんて好きではなかったのだということに気づかされた。それでは、なぜ私は「怪談」が好きだと勘違いしていたのだろうか? 私は頁を改めて、「私の好きな怪談」を定義しなおしてみた。

    Ⅰ.私好みではない怪談を定義する

    1.理由にならない理由

     「怪談」のすそ野は広い。
    『氷菓』という作品の「愚者のエンドロール」篇で「人によってミステリーの定義はずいぶん違う」という場面があった。それと同じく、人々が「怪談」と言われて思い浮かべる話は様々だろう。
    「心霊現象」「祟り」「風習」「自業自得」「民話」「妖怪」「サイコパス」「狂気」「超能力」「シンクロニシティ」「転生」「エクソシスト」などなど。これらの話は、たいてい「怖い状況の発生」と「その理由」がセットになっている。そして私好みでない怪談とは「その理由」をもつ話なのである。

     怪談の冒頭か最後かで語られる「怪異の理由(=原因)」は、実際のところ「理由」になっていないことが多い。「その部屋で自殺した人がいる」から「住んでいる人が次々に自殺する」なんて、説明になっていないことは明らかだし、現象の方も全くおもしろくない。そんな「怪談的お約束」に、私は退屈してしまうのだ。

    2.類型的な演出

     「かくれんぼ」「追跡」「人別改め」の構造をもった「怪談」は多く語り口も類型化されている。この文体ではたいてい「くりかえしの後の断定的大声」によって「吃驚させようとする」。急に大声を出されればびっくりするのは当然で、これは「怖い」というのとは違うし、むしろ「怪談」を壊していると思う。

    3.心温まる怪談

     霊現象を扱っていながら「命を救われる」とか「心が通い合う」とかいうタイプの話が、「世にも奇妙な物語」などに多い。これらは登場人物に「霊」を交えただけの「渡る世間は鬼ばかり」にすぎない。

    まとめ

     私好みでない怪談とは「怪談の話法で怪談的理由に頼った怪談らしい怪談」だった。

    Ⅱ.私好みの怪談を定義する

    1.因果因縁は不要のこと

     「因果因縁不要」この条件によって、「長編怪談」はほぼ全滅する。「長編」とはその大半が「因果因縁の説明」だからだ。だから私好みの怪談とは「新・耳袋」型となる。

    2.新・耳袋型とは

     私が考える「新・耳袋」型怪談の特徴は「不思議な現象だけを淡々と語り、言いっぱなしで終わること」である。(この精神こそ、元祖「耳嚢(根岸鎮衛さん)のモットーであった。)
    「因果因縁」で説明されてしまうところに「不思議」はなく、それらの怖さとは「理解できる怖さ」でしかない。正確に表現するなら「怪談的お約束を理解できる怖さ」ということになる。
    「新・耳袋」型の怖さとは、「目の前の現象が理解不能なために引き起こされるパニックから、思考が強制停止し、あたかも「放送を終了したテレビ画面を席捲する砂嵐」を見つめ続けている時の、自らがバグってしまった(のではないかという)怖さである。そこには、静かな恐慌と、爆発的な笑いの予感が同居する。

    3.同じ構造をもつ話の例

     都市伝説(陰謀論は除く)、「ロア」(ネットより)、「ちょっと不思議な話」(南山宏さん)、伊藤潤二さんの「阿彌殻断層(あみがらだんそう)の怪」「落下」「首吊り気球」、「百物語」(杉浦日向子さん)などが思いつく。

    まとめ

     以上から、私好みの怪談の定義は
    「私の世界認識や現状認識や知識が揺らぐほど理解不能な現象(=不思議)を表した話」ということになる。

    Ⅲ.この定義から得られる定理

    1.私好みの怪談(以下【怪談】)に「霊」は必須ではない。
    2.【怪談】は「奇妙な話」の中に含まれている。
    3.【怪談】は既存の「恐怖」では処理できない
    4.【怪談】は「オーパーツ」「世界の七不思議」「UMA」「深海生物」「絶景、奇景」を含む
    5.【怪談】は唯物的である
    6.【怪談】は実話である必要はないが、創作するのは困難である
    7.【怪談】は「霊」より「妖怪」にシフトする
    8.【怪談】はヒューモアを有する

    以上

    おまけ ノートブッカーズお題
    「文具にまつわる怪談を教えてください」

    上記の定義はあくまでも私的なものなので気にせずに、あなたの「Notebookers的怪談」を、教えてください。実体験、創作談は問いません。あなたは何を「怖い」と感じますか?

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    毛糸のジッパーケース、ブラックエディション販売のお知らせ他

    Posted on 13 7月 2018 by

    夏ですね。

    黒い毛糸のジッパーケース(トラベラーズノート用)を作りました。

    写真はまだ製作途中のものですが、現在はできあがっており、販売準備中です。

    内側には、チェックまたはストライプの黒白生地を使用し、夏をキリッと過ごすイメージで。

    ジッパーの金具部分が今回はシルバーなので、黒白キリッを崩すことなく、ユニセックスにご使用いただけると思います。

    トラベラーズノートのレギュラーサイズとパスポートサイズの2サイズ、

    内布が、チェックとストライプの2種類(外側の毛糸はすべて黒色)で、計4点です。

    販売日時は、2018年7月19日 木曜日 21時からを予定しています。

    上記日時に、Notebookers Marketに専用ページが出現しますので、ご興味ある方は、どうぞよろしくお願いいたします。

     

    上の写真のロゴについても少し。

    新たにしまして、綿レースタグとして内側の奥の方につけています。

    この新しいロゴは、私がざざっと描いた落書き状態のものを、イラストレーターのまおさんにきれいにデザインしていただいたものです。

    毛糸玉の頭にかぎ針が3本刺さってる状態を表しております。

    とてもきれいに仕上げてくださったので、小さなゴムはんこにしても、線や点がきれいに捺せて、写真のように布地に捺しても印影がくっきりです。さすがまおさまです。

    Continue Reading

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    ノートは死なない

    Posted on 08 7月 2018 by

    ノートは死なない
    生きていないから
    生きてる人は死ぬ
    ノートは残される
    
    
    
    人は生まれ続ける
    ノートの命は続く
    
    
    
    生きて書くノート
    書き終えたノート
    生きて読むノート
    終わらないノート
    
                            (石庭)
    

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    裸の好き

    Posted on 01 7月 2018 by

    記憶を棄ててでも
    好奇心を守りたい
    記憶を持たない頃
    世界は身近だった
    
    知ることは経験で
    経験は感情だった
    この三つは一体で
    瑞々しく輝いてた
    
    
    
    記憶が生じたとき
    これらは分たれた
    言葉の鎖によって
    互いを縛り合った
    
    かつて手にした物
    かつて理解した事
    失われてしまった
    叡智を取り戻す旅
    
    
    
    そんな神話は嫌だ
    そんな旅は御免だ
    知識に安心しない
    記憶に未練はない
    
    書き捨てるノート
    鎖を抜ける大脱出
    好奇心を丸出しに
    ノートの前を行け
    
                      (直面)
    おまけ:6月のマンスリー絵日記
    

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    それっぽいものを編む

    Posted on 25 6月 2018 by

    普段はかぎ針編みで、トラベラーズノートに合うジッパーケースなどを作っておりますが、

    たまにこういうものを無性に編みたくなります。

    ある書店のカバー、書皮と呼ばれるものですね。

    電車の中で、書皮をかけた本を読んでいる人を見かけ、なんとはなしにぼーっと眺めていたところ、

    「あれが編みものでできていたらおもしろいなー、おもしろいんじゃないかなー」とふと思ったことが始まりでした。

    降車駅に着くころには、二色の毛糸を買いに行くことを決めていました。

     

    その後、何年かして、コーヒーの紙コップにつけるスリーブ(熱くないようにつけるもの)を手作りしたものを雑貨店で見かけました。色とりどりの可愛らしいデザインで。

    「あのコーヒーショップのデザインのまま、毛糸でできてたらおもしろいのになー、おもしろいんじゃないかなー」とまたふと思いました。

    またすぐに二色の毛糸を買いに走りました。黒い毛糸は持っていました。

     

    書皮の時もそうなのですが、柄は刺繍のように後で入れるのではなく、端から編み込んでいます。書皮は直線的なデザインだったので、特に苦労はなかったのですが、この有名コーヒーショップのデザインは違います。「複雑な図形の編み込みなんて面倒だからやったことない、でも作りたい、けどどうしよう」材料は揃ったものの逡巡します。

    まず、本物のデザイン画像にモザイクをかけ、それを編み図としてその通りに編んでいけば良いのではと、思い立ちました。ドット絵のような見本があれば簡単だと思ったのです。

    緑色の円形の中に、尾を二つ持った人魚のデザイン。これを認識できるようにドット絵を作ったところ、A4サイズになりました。大きすぎるのではと不安がよぎります。でもひとマスは毛糸の一目なので、実際作ったら小さくなるだろうととりあえず編み始めます。でも、結果は約4分の1、マスクくらいの大きさになっただけで、紙コップに添わせるスリーブには大きすぎるのでした。

    もっとマスを減らして単純なドット絵にしなければならないと悟り、一気にやる気を失います。普段何気なく目にしているドット絵は、とても計算され精査されてあの単純なピースに集められているのだということを身をもって知りました。

    また編み図を作る気力は残っていませんでした。

    「なにがやりたかったんだろう」初心を思い返します。

    なんか、それっぽいものが作りたかったんだよねー、ふわっと見たら見過ごしてしまうような、でもよく見ると実は毛糸で編んでいる…というものを。

    じゃあもう編み図は要らないな、と結論が出るが早いか、「あのへんに緑色入れていけばいんじゃね?このへんじゃね?」と、本物のスリーブと照らし合わせながら大きさに注意して編むこと数時間。

    くるくると下から螺旋状に編んで、このスリーブはできあがりました。ちょっと厚みがあるし、人魚には全く見えないけれど、作りたかったものを完成させることができて満足です。

     

    それからまた数年経ちまして、今年のこと。

    今年の日記に選んだ「ほぼ日手帳カズンavec」のカバーを編みました。

    大学ノートっぽくしようと思ったのは、岩波文庫のデザインを再現した市販品のブックカバーをどこかで見かけたからです。あれ編みものでできんかしら、と頭の隅に残っていました。

    文庫本にするとタイトルとかどうしよう、好きな本?いや、一つなんて選べない。ではノートブックのデザインだったら?いけるかも。そんな感じでした。

    かぎ針編みをやったことある方ならお分かりいただけるのですが、前回のスリーブは、一方向にクルクルと色の異なる毛糸を編み込んでいくので、比較的狙った通りに色を置いていけました。

    しかし、このノートカバーは平面なので、表裏があります。

    私は右利きなので右から左に編み進み、端まできたらそれまで表だった面を裏へひっくり返し、裏だったら表へ返してまた右から左に編んでいくのです。

    表を編んでいるときは見ている面の狙ったところに、今回でいうと黒糸を出して編めばいいのですが、裏側を編んでいるときに、表面にどう黒糸が出るのかよくわからず、編んでみては解いてを繰り返し、なんとか下の第一号を編みました。

    端から一段一段、編んでる様子。

    表面だけを撮影していますが、この裏面は黒糸を渡してあったりして表と同じ図になっていません。できるんだろうけど、インターネットで調べてみたかぎり分かりませんでした。これは私のこれからの課題です。

    試行錯誤しながら数日かけて編んでいるので、「模様がへんなふうに出てるけど、もうこれでできあがりにしようかな」と、正直なところ何度も思いました。でも、「これを目にするたびに『ここをこうすれば良かった』と後悔するだろうな」というのも何度も思いました。

    第一号の手を止め、第二号にとりかかったのは、ひと月ほど経ってからでした。

    なんとかもう少しきれいに、狙ったところに黒糸を出せないかと再度挑戦したのが、上の水色と黒で作った第二号です。あまり変わらないかもしれないけれど、上下のライン模様が、第一号よりは思ったとおり出せたかなと自負しています。

    また、第一号を編んでいるときは黒糸の出方ばかり気にしていたので糸を引き気味に編んでしまい、A5サイズに作りたいのに、上下がだいぶ短くなってしまっていました。

    第二号ではそれも鑑みて作れたので、やはり編み直してよかったです。

    因みに、ノートカバーを開くとこんな感じです。

    横軸のノートブックっぽく、ストライプの生地を差込口に使用しました。開いてもノートっぽいを目指したよ。

    さらに因みにですが、中央に生地をかぶせておらず(黒い部分)編み地のままになっているのは、背表紙が厚くなってもそれに対応できるようにです。

    中に入れる「ほぼ日手帳カズンavec」は分冊で、2冊で1年分です。合わせると厚みが2.5センチメートルほど。これを、1冊で使用している今年中も、2冊とも保存する来年以降も、同じカバーに入れておきたかったのです。

    「ほぼ日手帳カズンavec」2冊とも入れたところ。ほらね、背表紙が伸びるでしょう。

     

    ほんとうは表紙に「NOTE BOOK」と黒糸で編み込めればとっても格好いいのだけど、編み技術が追いつかず、裏編みの時の糸の渡し方とともに私の今後の課題が浮き彫りになったところで、恥をまとめたものはこの辺で終わりにさせてもらうとします。

     

     

     

     

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    NOTEBOOKERS+俳句 1 ― NB的歳時記のために

    Posted on 24 6月 2018 by

    0.はじめに

    俳句好きで、NOTEBOOKERSなら、「俳句+文具」とか考えねばならぬと、手持ちの歳時記を読んでみたところ、NOTEBOOKERS的(以下NB的)とはほど遠いことがわかってしまったので、「じゃあどうすればいい?」を不定期で考えることにして。

    手持ちの歳時記。『合本 俳句歳時記 新版』 平成元年6月30日 28刷 角川書店 (意外と古い……)

    1.正岡子規俳句検索からNB的俳句を抽出する

    俳句といえば、正岡子規さんだよね。

    正岡子規の俳句検索
    『正岡子規俳句検索システムは、5つの検索方法で、正岡子規が生涯に作成した俳句の内、季語別子規俳句集(松山市立子規記念博物館 編集・発行)に掲載の俳句を検索する事が出来ます。』
    http://sikihaku.lesp.co.jp/community/search/index.php

    の「句中曖昧語検索」でNB的事物を、おもいつくままに検索し、目に付いたものを掲出する。(語句後の数字はヒット数)

    手帳 1

    萩に立て萩の句記す手帳哉

    ペン 2 インキ2

    鵞ペンさすインキの壺や秋の薔薇
    鵞ペン立てしインキの壺や秋の薔薇

    日記 16

    春雨や日記をしるす船の中
    梅雨晴や蜩鳴くと書く日記

    鉛筆 1

    小刀や鉛筆を削り梨を剥く

    (書いた)文字 1

    夕涼み仲居に文字を習はする

    言葉 7

    めでたさやよその言葉も旅の春
    初松魚べらぼうと申す言葉あり

    書 178

    ねころんで書よむ人や春の草
    眼鏡かけて書を読む夏の夜忙し

    机 28

    文机にもたれ心の夜寒哉
    夕立や机に並ぶ大盥

    写真 3

    涅槃像写真なき世こそたふとけれ
    花の歌添へし吉野の写真哉

    本 232

    読む本を其まゝ顔に昼寝哉
    洋本の間にはさむ桜かな

    墨 37(隅田川も含む)

    薄墨てかいた様なり春の月
    墨汁も筆も氷りぬ書を讀まん

    象 8

    象も來つ雀も下りつ鍬始
    毛布著た四五人連や象を見る

    最後にノーヒットをまとめて

    万年筆、ノート、日誌、帳面、地図、原稿、予定、獏、防備録、雑記、貼混ぜ、メモ。

    案外少ない。俳句と文具は相性がよくないのか?

    2.NB的季語

    手持ちの歳時記をひもといて、NB的季語を探す探すもほとんど無く…無理やりかき集めてこのくらい。(数字は手持ち歳時記の頁数)

    「夏書き」[夏](p.370)

    《げがき:夏のある期間、身を慎み写経、書写、習字などを行うこと》

    夏書の筆措けば乾きて背くなり 橋本多佳子

    「硯洗」[秋](p.587)

    《すずりあらひ:七夕の前日に常用の硯や机を洗い清めること》

    家ひそかなるや硯を洗ひをり 石田波郷
    高僧のかたみの硯洗ひけり 星野立子
    いにしへの硯洗ふや月さしぬ 加藤楸邨

    「日記買ふ」「古日記」[冬](p.817)

    実朝の歌ちらと見ゆ日記買う 山口青邨
    日記買ふ未知の月日に在るごとく 中村秀好
    書かざれどすでにわがもの新日記 山口波津女
    日記買ひ潮ながるるを見てゐたり 猿山木魂

    「日記始」「初日記」[新年](p.958)

    白く厚く未知かぎりなし初日記 能村登四郎
    新日記三百六十五日の白 堀内薫
    初日記インクの玉をおとしけり 裏野鷗城

    「読初」[新年](p.963)

    謹で君が遺稿を読みはじむ 高浜虚子
    人住まぬ辺りの地図を読初む 相生垣瓜人

    「書初」[新年](p.963)

    一字なほにじみひろごる試筆かな 皆吉爽雨
    書初といふもあはれや原稿紙 吉屋信子
    書初や旅人が詠める酒の歌 占村古魚

    「初硯」[新年](p.963)

    ましろなる筆の命毛初硯 富安風生
    墨の香の殊に匂ひて初硯 中川喜久栄

    考えてみれば、「文具の季節感」というものは固定してないものな。

    コラムその1 私的ノートの季感

    トラベラーズノートって、「夏」よね
    トラベラーズノートへリフィル夏季休暇

    で、モレスキンって、「冬」のイメージ
    モレスキンめくれば起し絵のごとし
    (でも「起し絵」は夏の季語也)

    3.NB的歳時記拾い

    こうなれば季語以外、例句に含まれるNB的事物を拾っていくしかないじゃない。わたし好みの歳時記にむかって。

    凡例:[事物/季節/句/作者名/頁数] という風になっています。

    鉛筆/春/鉛筆をくはへ磯巾着すぼむ/片山那智児/184
    鉛筆/春/鉛筆で書く音静かチューリップ/星野立子/221
    鉛筆/夏/病床に鉛筆失せぬ夏の暮/石田波郷/262
    鉛筆/秋/色鉛筆削りそろえて夜長父子/林翔/516
    鉛筆/冬/鉛筆で助炭に書きし覚え書/高浜虚子/814
    型紙/春/春燈火妻の型紙机を覆ふ/深見けんニ/93
    紙/春/昨日漉きし紙春分の日を過す/小島昌勝/50
    紙/春/花冷やまだしぼられぬ紙の嵩/大野林火/55
    紙/春/里人は紙を献じて人麻呂忌/福田蓼汀/156
    紙/夏/夏嵐机上の白紙飛び尽す/正岡子規/270
    紙/秋/秋風の和紙の軽さを身にも欲し/林翔/533
    紙/秋/熱出づる野分に飛べる紙を見て/目迫秩父/534
    原稿紙/春/熟れて落つ春日や稼ぐ原稿紙/秋元不死男/60
    珈琲/春/珈琲濃しけふ落第の少女子に/石田波郷/83
    言葉/秋/秋風や書かねば言葉消えやすし/野見山朱鳥/533
    字/冬/わが書きし字へ白息をかけておく/加藤楸邨/845
    書/春/春疾風書棚に黒き乱歩集/北光丘/65
    書/春/蛤の煮らるる音の中にて書/加藤楸邨/180
    書/夏/夏至今日と思ひつつ書を閉ぢにけり/高浜虚子/260
    書/夏/積み上げし書が目の高さ酷暑来る/松本旭/266
    書/夏/読みかけの書ばかり積んで夜の秋/石川桂郎/267
    書/夏/夕立に一顧もくれず読書かな/星野立子/274
    書/夏/青嶺眉にある日少しの書を読めり/細見綾子/280
    書/夏/書を曝し寂莫の一日終へむとす/軽部烏頭子/323
    書/夏/曝しゐる書のみなわれを養ひし/岡本欣也 323
    書/夏/四迷忌や借りて重ねし書少し/石田波郷/372
    書/秋/手にとって書かする梶の広葉かな/高浜虚子/587
    書/秋/ひぐらしやもの書きしるす膝の上/加藤楸邨/623
    硯/夏/若楓影さす硯あらひけり/水原秋桜子/440
    硯/冬/葉牡丹の座に薄明の筆硯/石原舟月/909
    墨/春/たゞ墨を擦りて香を立つ虚子忌なりき/殿村菟絲子/158
    墨/夏/濃き墨のかわきやすさよ青嵐/松本多佳子/270
    墨/秋/月の座の一人は墨をすりにけり/中村草田男/579
    旅/春/この秋は旅と思へど糸瓜蒔く/北川左人/105
    旅/春/ ヘリオトロープ船旅ははや倦む日日に/大津希水/221
    旅/夏/梅雨めくや人に真青き旅路あり/相馬遷子/272
    旅/夏/門深みかかる夜更けに旅の人/高野素十/340
    旅/夏/ねむりても旅の花火の胸ひらく/大野林火/346
    旅/夏/十二時を宵のごとくに旅の端居/山口誓子/353
    旅/夏 旅長し海酸漿の美しき/高野素十/398
    旅/夏/夜にかけて卯の花曇る旅もどり/飯田蛇笏/442
    旅/夏/旅心太藺の花にすがすがし/高野素十/481
    旅/夏/旅ひとり一つ葉ひけば根のつづき/山口草堂/497
    旅/夏/旅人に古塔かたむく夏わらび/稲垣きくの/499
    旅/秋/旅かなし銀河の裏を星流れ/野見山朱鳥/532
    旅/秋/蛇穴に入る今年もう旅はなし/大野林火/607
    旅/秋/しまひ値の鰯あをあを旅びとに/下田稔/620
    旅/秋/峡の町にカンナを見たり旅つづく/川崎展宏/667
    旅/冬/旅人と我名呼ばれむ初時雨/松尾芭蕉/738
    旅/冬/旅鞄そのまま座右に冬籠/高浜虚子/798
    帖/新年/新年の白紙綴じたる句帖かな/正岡子規/920
    手帳/秋 芦の花多忙をしるし手帳胸に/石原透/698
    日記/秋/みみづ鳴く日記はいつか懺悔録/上田五千石/633
    日記/新年/一月や去年の日記なほ机辺/高浜虚子/921
    日記/新年/日記まだ何も誌さず福寿草/遠藤梧逸/1039
    ノート/冬/沖を鷹ノート細字を以って埋む/中島斌雄/875
    鋏/秋/獺祭忌紙切る鋏街に買ふ/沢木欣一/604
    筆/春/春暁の竹筒にある筆ニ本/飯田龍太/52
    筆/春/黄梅の弾ねる風下筆洗う/管裸馬/196
    筆/夏/絵筆もて描きし如く青芒/高浜虚子/483
    文/冬/雪の日暮れはいくたびも読む文のごとし/飯田龍太/743
    ペン/秋/秋蚊帳のなかや置かれし紙とペン/目迫秩父/554
    文字/秋/霧から霧妻の手紙は文字ふせて/中村草田男/537
    文字/秋/梶の葉の文字瑞々とかかれけり 橋本多佳子/587
    文字/冬/大寒のくらさのゆゑか文字細る/目迫秩父/724
    文字/新年/三日はや木に書く文字の音すなり/飯田龍太/925

    抜き出しておけばよかったNB的事物

    机、椅子、書架、本、手紙類、舟、飛行機、御朱印、空港、港、反古、象など。

    4.NB的俳句をweb検索する

    歳時記の例句を増やすには、探すしかない。

    この項では、検索のさい上位候補に紹介される
    575筆まか勢』様
    (https://fudemaka57.exblog.jp/)
    と、

    俳句検索』様
    (http://taka.no.coocan.jp/a1/cgi-bin/haikukensaku.html)
    俳句検索システム:現在、 23,632 の文書がインデックス化され、 73,645 個のキーワードが登録されています。インデックスの最終更新日: 2003-01-01

    をおもに利用させていただいています。ありがとうございます。

    万年筆(575筆まか勢様 24句)

    あたたかや万年筆の太き字も 片山由美子
    うぐひすや万年筆の尻重く 小川軽舟
    卯の花腐し父の万年筆太し 仁平勝 東京物語
    啓蟄や万年筆の贈物 川崎展宏
    笹鳴や万年筆が見つからぬ 川崎展宏
    篠の子と万年筆を並べ置く 岡田史乃
    初蝶や万年筆が雫して 寺田京子
    冬青空夜は万年筆の中 高野ムツオ
    熱帯夜万年筆のインク漏れ 柴田奈美
    父も父の万年筆もとっくになし 池田澄子
    風光る万年筆の加賀蒔絵 伊藤とう子
    文化の日万年筆は名を変へず 鈴木栄子
    万年筆の中に泉やさくらの芽 正木ゆう子
    万年筆の中の蓮池地獄かな 豊口陽子
    万年筆呼び名変らず文化の日 鈴木栄子
    茂吉忌の万年筆の太さかな 大牧 広
    雷わたる万年筆の太古の黒 守谷茂泰
    六月の万年筆のにほひかな 千葉皓史
    獺のまつり人は万年筆ならべ 鈴木榮子
    ぺりかんは万年筆や年暮るる 雨滴集 星野麥丘人
    黄濁の川鳴る胸に万年筆 橋閒石 無刻
    砂に落つ万年筆で千鳥詠む 阿波野青畝
    秋深み万年筆を落しけり 橋閒石 微光
    初句会万年筆の赤い軸 亭午 星野麥丘人

    夕薄暑万年筆のインク涸れ 窪田久美 (weblio辞書より)

    手帳(俳句検索様 17句)

    野菊一輪手帳の中に挟みけり 夏目漱石
    ちらと見し手帳のよき字毛見の老 皆吉爽雨

    ボールペン(575筆まか勢様 13句)

    はがき書く皐月の水性ボールペン 高澤良一 石鏡
    ボールペンと一杯の水三鬼の忌 原田喬
    ボールペン嫌ひを通し鴎外忌 片山由美子 水精
    ボールペン蛇の尻尾に近づきぬ 相原左義長
    ボールペン走らせすぎて枇杷灯る 井上淑子
    ボールペン売も出てをり苗木市 加倉井秋を 午後の窓
    ボールペン落として気づく冬すみれ 三田村弘子
    寒の日に透けて水性ボールペン 高澤良一 暮津
    菜種梅雨雲間におとすボールペン 平田 薫
    蚕疲れや睡魔に放るボールペン 五十嵐春男
    ボールペン始に句箋複写して 上田五千石『琥珀』補遺
    ボールペン出先で買ひて夏本番 岡本眸
    冬灯ちりばめK氏遺愛のボールペン 楠本憲吉 方壺集

    ノート(以下、俳句検索様 13句)

    若芝にノートを置けばひるがへる 加藤楸邨
    デッサンの蟻百態のノートあり 深見けん二

    地図 79句

    清水のむかたはら地図を拡げをり 高野素十
    胡桃割る閉じても地図の海青し 寺山修司

    原稿用紙 2句

    妻も使ふ原稿用紙どこも秋 加倉井秋を 『風祝』
    六月の雨の原稿用紙かな 皆吉司

    原稿紙 15句

    原稿紙ペンの遅速に遠蛙 吉屋信子
    原稿紙の枡目二百に夜の秋 河合澄子

    写真 99句

    写真見る昔ふとりしきぬかつぎ 高浜虚子
    新樹並びなさい写真撮りますよ 藤後左右

    獏 0句

    ※でも「獏の枕」は新年の季語になっているんだよ。

    象 544句 穀象を含む

    八月の窓の辺にまた象が来る 宇多喜代子
    荒星や老いたる象のやうな島 夏井いつき

    予定 8句

    夢覚めて今日の予定や花菜摘 田中 起美恵
    木の芽雨今日の予定の街に来て 稲畑汀子

    インキ 4句 インクは13句

    手さぐりてインク匂へる霜夜かな 石橋秀野
    壷白くインクは冬の灯を吸へる 富澤赤黄男

    メモ 28句

    買初のメモ靴墨と神曲と 飛旅子
    数へ日やメモ一つ消し二つ足し 大橋敦子

    コラムその2 私的万年筆の季感

    ざっとイメージでいうと
    パイロットは春、ペリカンとセーラーは夏、パーカーは秋、モンブランとラミーは冬。なんてね。
    夕焼けもミクサブルなり金のニブ

    5.NB的歳時記とは

    歳時記は出版社によって例句のとり方に大きな特徴があるから、NB歳時記を作るなら、新しい季語をバンバン加えるのはちょとアレなので、収録した例句の全てが、文具だったり、旅だったり、チーズだったり、獏だったりを読み込んでいるっていうのを目指してみたらいいんではないかと思うの。

    どっかで出してくれないかなぁ。とゴロゴロしつつ、日々、例句集めに精出して、「NOTEBOOKERS歳時記」を編纂していくってのも、よいライフワークではないかと思ったりした第一回を終了します。

     

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    第3回Bullet Journalプチオフ会にちょっとだけ参加してきた話

    Posted on 17 6月 2018 by


    毎度ご無沙汰しております。
    今年2月に行きつけのポケモンセンターで限定品のピカチュウモレスキンを入手したのをきっかけにBullet Journalをしていた私。去る2018/6/16、むやたん様主催の第3回Bullet Journalプチオフ会に参加してまいりましたので、筆をとった次第です。
    といっても、都合により第1部の手帳朝活の部分にしか出られなかったのですが…

    朝の部だけにも関わらず、時間が濃厚でした。
    集まった4名で、時に黙々と手帳を書き、時にグデグデと手帳をはじめとする文房具周りの雑談で盛り上がり…
    文章だと何その緩すぎる集まり、という印象しか持たれないかもしれませんが、大量の文房具に囲まれながらゆっくり時間が過ぎていくこのひと時がもう本当に幸せな時間だった(語彙力不足)。
    特に黙々と手帳書いてる時間なんかは、小中学生時代に友人同士で集まってみんなで宿題やってた時を彷彿させ、懐かしさも相まって。
    しかも主催者様から、限定モノの添え文箋やらマステやらをお裾分けいただきまくる始末です。

    次は、皆さんにお裾分けできそうな文房具を携え、メインプログラムまで出てみたいです。
    引き続き開催予定とのことですので、Bujo愛好家の皆様やご興味をお持ちの皆様におかれましては、今後ぜひご参加を検討されてはいかがでしょうか!

    むやたん様、そして参加者の皆様、すてきな時間をありがとうございました。

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    断片

    Posted on 17 6月 2018 by

    わたしはあまりノートを書かない。たぶん、Notebookersイチ、ノートを書かないんじゃないかと思うくらいに書かない。
    人のノートを見るのも実はあまり好きじゃない。いや、「好きじゃない」とは違う。すごく興味もあるし見たい気持ちもあるんだけど、見ることが少し怖い。生々しくそのひとそのものの欠片であるようなノートを覗くのに躊躇する。恐る恐る、に近いような気がする。

    ずっと昔、

    本を本棚に収めている時に見つけて、何の本だろう?と開いたら、本ではなくて手書きのノートだった。ノートだ、と思った瞬間あわてて閉じたので何が書いてあったのかは知らない。本の間に無造作に突っ込んであったくらいなのだから
    ・・・
    うっかり見つけてしまったノートブックを隠すように差し込んだその本棚の隅は、結界が張ってあるみたいに、禁忌のように、その家を出る何年もの間ずっと、触るのも、視線を落とすことすらも避けた。

    ─────

    柚子の木の折返し場、殿の谷戸、めぐみ野、日あたり台、野猿峠、絹の丘、多摩丘陵、打越弁財天、北の野、北野天神、六万坊、子安、

    ※ バスに乗りながら

    ─────

    not much / nothing much
    without haste
    modest – confident

    ─────

    ポストアポカリプス
    Post-apocalypse
    Post-apocalyptic

    ─────

    echo break crack

    ─────

    マギーブイヨン
    キャベツ茹でてみじん切り
    絞って
    ミンチ牛豚合挽き
    にんにくみじん
    玉ねぎ生でみじん
    塩、胡椒、
    醤油はほんの気持ち

    ※ 母の餃子のレシピ。ブイヨンは餃子ではなく、餃子をつける付け汁。うちの餃子はちょっと変っていて、野菜っぽいさっぱりした焼き餃子を温かいつゆにざぶんとつけて食べる。

    ─────

    卵豆腐
    卵1 だし2

    茶碗蒸し
    卵1 だし4

    いりこだし

    ※ 卵の蒸し料理だしの配分

    ─────

    lquince paste
    halloumi / hellim

    ※ ずっと食べてみたいと思いながら見たこともなく2年半経った。

    ─────

    コンテ
    カマンベール ノルマンディ
    ブルーチーズ61

    ─────

    酒、塩、胡椒、醤油、にんにく(おろし)

    まるのまま一晩漬ける
    唐揚げ
    カットして一味唐辛子をぱらり

    ※ 砂肝の唐揚げ

    ─────

    ごまめ一袋をからからさくさくになるまで(弱火で25分)から炒り(途中から胡桃を加えて一緒に炒る)する
    オレンジマーマレードに醤油を加えて煮る。しゃもじですーってなるまで煮込んだところにごまめと胡桃を加えて混ぜ、からんだら、バットへあけて冷ます。

    ─────

    6/9 1030

    6/3 5/25 4968
    6/23 6/14 1840

    ※ 謎の数字。家計簿につける何かの代金のメモかと思ったんだけど、複数の日付(らしきもの)にまたがるものもあって謎。

    ─────

    マシュマロトースト
    とろけそうに愛くるしい人たちに乾杯

    ※ 何かの本からの抜書き。「ザ・コピーライティング」(ジョン・ケープルズ著)のような気がする(曖昧)

    ─────

    El Borrachito Canto andino
    El Borrachito del canto andino
    The Andean ridge Borrachito

    ─────

    that’s ok i like it

    ─────

    琥珀と硫黄と魔法の材料。
    革のリボンで縛られる。

    ─────

    絵が欲しいにはマッチするが、絵を買うことによる諸々にはマッチしない
    (インテリア、技巧)

    重い額縁、モダンな額縁

    絵描きのパトロン

    ─────

    ハシエンダアルナシア

    ハシエンダアルサシアの間違い。スターバックスのコーヒー豆。音の響きが好きでメモしたものだと思う。

    ─────

    マイナンバーカード
    4.5×3.5

    パスポート切替新規申請
    一般旅券発給申請書
    4.5×3.5

    ─────

    ‘最良のデザインに出会うと、「このデザインが採用されたのは必然だ」などと感じたりするものですが、たいていは別のデザインもありえるのです。’

    ※ 何かの本からの抜書き。「マイクロインタラクション」(Dan Saffer著)のような気がするけどまったく違う気もする

    ─────

    ふと思いついて、日曜日の夜のホテルをとってみた。

    ※ 次

    ─────

    154

    アドルフヴェルフリ

    ─────

    59 59
    104-5

    2.02 1.36 1.77
    1.76

    1.70 1.79
    1.48

    1.34 2.12

    ※ 寸法

    ─────

    島に住む伯母がいる。伯母の家は納屋から小さなモノレールが出ていて、お山のみかん畑に続いていた。冬になると、ダンボールいっぱいの甘酸っぱいみかんが船に乗って島から届いた。
    高校生の時、船で島から通ってくる子たちがいた。とても優秀で何で島からの子はみんな賢いんだろう?と思っていたのだけど、「船で勉強してるんだよ」と聞いて何だかとても納得した。電車通学もバス通学も(自転車通学も!)したことのないわたしにとって、”通学の船”で勉強したりマンガを読んだりおしゃべりをしたりという時間は、何だかとてもうらやましいものだった。
    自転車でフェリーに乗って、島に海水浴に行った。自転車でひと山超えて港の反対側に出た時の、夏の濃い日陰の道から真っ白な太陽の光にきらきらした海。

    瀬戸内海沿岸の町に暮らしていると、島や船はとても身近なものだ。島に住む彼らは電車やバスのように船を使い、電車やバスの時刻表のように船の時刻表を気にし、駅やバス停のことを話すように港を話す。わたしは島に住んだことがないので、彼らのように船を使ったことはない。
    と、帰省して実家にいる時にふと思い立って、海路で隣町に行ってみようと思った。

    http://www.go-shimanami.jp/access/ship_map.html

    三原→(鷺経由)→因島・重井港
    徒歩30分弱?
    重井東港→尾道
    尾道(福本渡船)→向島→尾道(福本渡船)

    ※ 3年近く前、午前中の船旅。とても暑い日。尾道でラーメンを食べて、電車で帰った。

    ─────

    わたしはあまりノートを書かない。食べたものはしばらくつけていたのだけど、結構な負担になるのでやめてしまった。iPhoneの「メモ」と写真と、時々頭の中の情報を整理するために紙に描くくらい。今日はそのノートをそのまま、ここに置いてみたくなった。

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    ノートの日記

    Posted on 17 6月 2018 by

    ノートが日記を書けたなら
    ノートは日記になにを書く
    
    ノートを開いたときのこと
    ノートはけっして忘れない
    
    ノートは主人をえらべない
    どう汚されても抵抗しない
    
    ノートが日記を書いたなら
    多くの不満で埋まるだろう
    
    
    
    私はあなたを受け容れたい
    けれどもあなたは躊躇った
    
    あなたは自分を誤魔化した
    あなたはみんなを誤解した
    
    あなたは途中であきらめた
    あなたはそのまま放置した
    
    あなたは私を破って捨てた
    あなたは私に遠慮しすぎる
    
    
    
    ノートは主人の似姿になる
    時には主人の本性をも示す
    
    ノートが日記を書けたなら
    それは誰に似ているだろう
    
                                  (主人)
    

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    あゆはぴ?

    Posted on 10 6月 2018 by

    幸福か不幸かを答えてはいけない
    幸福であれば綻びてしまうし
    不幸であれば囚われてしまうから
    
    幸福だったかと尋ねてはいけない
    肯定ならば今が虚しくなるし
    否定ならば全てが悲しくなるから
    
    幸福になろうと誓ってはいけない
    頷けば追い詰められていくし
    首を振ればずっと後悔が続くから
    
    幸福のリストを作ってはいけない
    書き終えてしまえば寂しいし
    それ以外の全てが不幸になるから
    
    
    
    幸福だなどと微笑んではいけない
    真顔にかえれば重荷になるし
    微笑み続けるのはつらすぎるから
    
    幸福を探し回っていてはいけない
    見つからないと不幸になるし
    見つかっても幸福は続かないから
    
    幸福という物を求めてはいけない
    形の有るものは不幸になるし
    形の無いものは幸福じゃないから
    
    幸福と幸運を混同してはいけない
    幸運は幸福とは関係がないし
    幸福でいることは幸運なのだから
    
    
    
    幸福な人生など信じてはいけない
    最期の瞬間まで確定しないし
    確定した途端に離れてしまうから
    
    幸福と不幸とに分けてはいけない
    不幸なゴミは生ゴミになるし
    幸福なゴミは粗大ゴミになるから
    
    幸福と楽天家を分けてはいけない
    楽天家だけが幸福を生きるし
    幸福だけが楽天家の取り柄だから
    
    幸福を留めようとしてはいけない
    幸福に縋るのは不幸の証だし
    幸福は鎖に繋がれると暴れるから
    
    Are you happy?
    Yes,I have been happy!
                     (放流)

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    Campusノートは復讐するか 【KOKUYO Campus 無地 W 80枚 A5 ノ-108W-M レビュー】

    Posted on 07 6月 2018 by

    無印良品のドット方眼A5を使っていたという話を以前しましたが,いろいろと公私ともに最近書き込むことが多く,なくなりそうになっていまして.

    確か廃盤だったので,次のノートを探さないと,となりまして.

    大学の生協で,古き良きCampusノートの横に,スパークリングしているノートがありましたので,レビューすることにしました.

    こちら.

     

    【KOKUYO Campus 無地 W 80枚 A5 ノ-108W-M】

     

    値段は250円ほどでした.

    アマゾンなどをポチっているかたは,黒い表紙のものはご覧になったことがあるかもしれません.こちらはその無地タイプです.

    2018年06月07日現在Amazon直接の取り扱いはないようです.残念.

     

    さて,気になるのはもちろん,宣伝文句の”大人キャンパス”です.

    表紙がハニカム構造になっていて,テカった感じはなく,マットな触り心地.

    しっかりとやすりをかけた木みたいな触り心地···?いいすぎ?いいすぎだよね.

    背表紙テープの銀色がまぶしい.スパークリング部分.

    フォームファクター的には素敵なノートです.個人的にはかなり好きなデザインですね.

     

    中身はフル無地です.

    In case of loss… もなければ,ポケットもありません.フラットに開くわけでもありません.

    しかし,例えばアピカのプレミアムCDノートとか,あるいはMDノートの半分以下の価格ですから.

    もう見た瞬間からコストパフォーマンスが高い予感がむんむんしてましたから.

    それはそれで.

    A4の紙を二つに折って縫っただけでしょ,とか言わない言わない.

     

    気になるのは,KOKUYOさんのホームページの図が無地=アウトプットしたい人のために!みたいな感じになっていたこと.

    なに言ってんだい,インプットも無地でできますよ,って言いたくなっちゃう.

    あるいは私のインプットはラフスケッチかと.

    販売戦略が気に食わない.ノートに罪はないが.

     

    いちおう,裏うつりテストをば.

    ゲルインクだとまぁもしかしたら場合によっては,ぐらいのうつり方でしょうか.

     

    森林認証された中性紙を利用しているとのこと.JIS認証もされています.

    遠慮がちなMade In Japan.If it still means something to you, I mean.

    A5の取り扱いやすさ,落ち着いたデザインと配色,きらりと光る背表紙テープ.

    なんだかちょっとファンになっちゃいそうです.

     

    罫線のノートを使わないので,ご無沙汰になっていたキャンパスノート.

    昔はB5の80枚のノートを使って,ビルマ語とか勉強してたんですよ···

    昔の友だちに再会した気分,多分これが近い.

     

    And back to our initial question. 

    【キャンパスノートは復讐するか?】

    Oh YES. Definitely.

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    Note of the note ―ノートの調べ  p.5 太宰治さんの横顔のノート

    Posted on 03 6月 2018 by

    はじめに

    「Note of the note -ノートの調べ」 と題した不定期シリーズ。
    このシリーズでは、著名人のノート、手稿、手帳、日記などを紹介し、そこに込められた作法と思いを検証していく。

    第5回目は、太宰治さんのノートを鑑賞する。

    出典


    1.別冊太陽 日本のこころ159 太宰治 生誕100年記念 平凡社 2009.07.09

    2.弘前大学付属図書館貴重資料 太宰治自筆ノート(「英語」ノート、「修身」ノート)

    予習用読方帖

    1923(大正12)年。14歳のとき、青森県立中学校受験勉強の一環として、二十篇の課題綴方を書いた。(p.169)

       

    左 表紙 右 本文 (p.23)

    官立弘前高等学校1年(1927/昭和2年/18歳)の英語ノート

    英語のノート

    英語の教科書の見返し(p.37)

     

    弘前大学付属図書館貴重資料 太宰治自筆ノート 「英語」より

    表紙

    見返し

    ノートの解説は

    青森近代文学館 太宰治の旧制高校時代のノートについて 安藤宏(東京大学准教授)(以下「解説」とする)による

    「英語」のノートから解説に入ることにしよう。
    使われているのは横罫線二三行の大学ノートで、表紙左上に弘前高校の校章が刷り込まれ、裏表紙に「今泉本店(注ー弘前市内の主要な書籍店)特製」の標記がある。サイズはA4版に近い縦二一〇ミリ、横一六五ミリ。表紙に「Johnson & Goldsmith/Essays by/T.B.Macaulay/The Hirosaki High School/L.1.1/S.Tsushima」と記入されている。太宰は昭和二年の四月に文科の一年一組に入学しており、「L.1.1」とあることから、第一学年時に使用されたものであることがわかる。

    英語の授業は「発音」「綴字」「読方読解」「話方」「作文」「書取」「文法」からなっているが、このノートには文学作品の現代語訳が記されているので「読方読解」に該当するものであろう。

    下(閲覧p79)顔の下の欄外の書き込み (解説より)

    橄欖之実が/ほろほろと/月の光に 散つて行く/TaRanTuLa!/蜘蛛に咬まれた若者は/空を見つめて 舞ひ狂ふ/哀れ悲しく/舞ひ狂ふ

    当時、多くの高等学校がそうであったように、弘高でもまた、〝ノート主義〟ともいうべき風潮が支配的だったようだ。あたかも速記術を思わせるような口述筆記が授業の中心をなし、それが学生にとって大きな負担になっていたようである。(解説)

    落書きページ

    裏表紙

    「英語」のノートには、実に多くの箇所に落書きがあるが、その大半は肖像画(4~8、14、19、27~30、34、36、40、41、43~45、47、53、57、59、73、83、86、裏表紙など)と、英語・日本語による自己の署名(3、58、59、86など)である。(中略)自画像や、来るべき文壇デビューに備えてのサインの練習(?)を繰り返している様態は興味深い。

    官立弘前高等学校2年(1928/昭和3年/19歳)の修身のノート

    「修身」の科目は文理共通の三カ年に渡る必修科目。
    講義内容の大まかな構成は次のようになっている。
    吾人ノ国家観及ビ吾国体
    国家ト個人ナラビニ愛国心
    歴史上ヨリ見タル吾国ノ特性
    日本民族ノ外観
    1、日本の民族及国民(注ーここから〈第参学期〉とある)
    2、日本ノ国民国家
    3、日本社会運動ノ諸傾向ト我が氏族性(ママ)(解説)

    表紙

    表紙見返し

    「修身」もやはり「英語」同様、横罫線二三行の大学ノートで、弘高の校章が刷り込まれ、サイズも同一である。ただしこちらは「今泉本店特製」ではなく、「神書店製」の標記。表紙に「修身/宮城教授/弘高/文 二 一/津島修治」の記入がある(「二」の漢数字は白黒の画像だと「三」に見えるが、実際は「二」である)。昭和三年度、太宰の第二学年時のものと考えられよう。38頁まで使われ、あとは白紙。なお、ノートの終わりの部分に七ページに渡る落書きがあるほか、「英語」同様、表紙、裏表紙、表見返し、裏見返しにも落書きがある。(解説)

    閲覧p.71 自画像?

    閲覧p.79 津島修治サイン

    顔ばかり

    裏表紙

    二冊のノートの人物画像の合間に頻出する数多のサインは過剰な自意識の表象でもあろう。名前と共に The Hirosaki High School の署名が多く記されているが、そこからは一方で旧制高校スピリットの交錯した、屈折したプライドをうかがい知ることができる。(解説)

    太宰治愛用の万年筆

    (別冊太陽 p.41)

    エヴァーシャープの万年筆はもともと美知子夫人がアメリカ土産にもらった品であったが、いつからか太宰が使うようになった。透明な軸は途中で破損して取り替えいちいちインクをつけて書いていたが、軽く字を書く癖があった太宰は、1939(昭和14)年頃から最期まで、この万年筆1本で執筆を続けることができたという。
    (この文は、青森近代文学の名品 vol.1 太宰治 愛用の万年筆より)

    太宰治さんの万年筆は、EVERSHARPのDoricシリーズかと思われる。(キャップの金具の形状から)検索により似たものは見つかったが、型番は判明しなかった。しかし、同型の万年筆を落札なさったジョリ様のブログを見つけた。参考としてご紹介する。ジョリのブログ 2016-01-07 太宰治の万年筆

    ちなみに使用していたインクは 丸善のアテナインキ(P.149)とのこと。

    有明淑の日記

    彼女が19歳の頃、本人が太宰へ郵送した。

    太宰はこの日記を再構成して『女生徒』を書きあげ、川端康成の絶賛を受ける。1939(昭和14)年4月「文学界」。翌年12月には北村透谷文学賞副賞を受賞した。

    太宰から『女生徒』を送られた彼女は感激し、長く愛蔵したという。(p.80)

    手帳

    1947(昭和22)年12月のページ。(38歳)

    (P.115)

    この年の11月に『斜陽』のモデル太田静子との間に治子が誕生。太宰は認知。12月に『斜陽』発表。一躍流行作家となるも、精神と身体は蝕まれ続ける。3月末に、看護婦兼秘書の役割を果たす山崎富栄と出会っている。

    『M.C様へ うぬぼれないでください』

    太宰は、M.C、マイ・コメヂアン、を自称しながら、どうしても、コメヂアンになりきることが、できなかった。(坂口安吾『不良少年とキリスト』より抜粋)(p.102)

    1948(昭和23)年2月のページ(39歳)

    この年、『太宰治全集』の配本が始まる。

    『如是我聞』を連載。『人間失格』の執筆開始直前の時期。

    この4か月後に山崎富栄と入水心中。

    おわりに 横顔のノート

    弘前高等学校時代の二冊のノートのおびただしい落書きの大半が「横顔」であったことが、ひじょうに印象深い。横顔で目立つのは、「鼻」「顎」そして「眼」である。

    「鼻」「顎」は、自尊心の象徴として用いられるものであるし、「眼」は虚栄心、自惚れ、承認欲求などを表すように思う。そして、その眼が真正面からではなく、横、もしくは斜であることが、太宰治さんの性質の全てを表しているかのように思われるのだ。

    たとえば太宰治には過敏な自意識はあります。いつも他人に見られていると思っている。しかし、そこに「まなざし(サルトル)」はないと思います。日本の私小説家は自意識だらけですけれど「まなざし」はない。
    柄谷行人(『ダイアログⅤ p.331 戦後文学の「まなざし」)より

    『太宰は絵や書を一気呵成に仕上げることが多かった。とくに酒席の「席画」が好きで、酔った勢いでものの数分で描くこともしばしばだったという。(pp.58-59)』

    左頁 自画像 /1947 (昭和22)年

    右頁上 三つの貌 /1947(昭和22)年

    右頁下 風景 / 1940 (昭和15)年ごろ

    さいごに、太宰治さんといえば、月見草が有名だが、私には1940(昭和15)年に描かれた「水仙」の絵がとても印象深かった。

    以上

    おまけ 5月のマンスリー絵日記

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