Archive | Book

Tags: ,

アドベント第二週☆☆Date with a Notebookers Christmas book(半分Vr.)(WEB版)クリスマスの思い出

Posted on 07 12月 2015 by

で読んだのか、忘れたのですが、モノを考える時『枕の上、馬上、お手洗いの中』というような言葉があり(たぶん)。
枕の上というのは、いわゆるベッドの中。寝る前とか、起きてから、すぐにベッドから出ないで、うだうだしている時間のことだと思われます。お手洗いの中、は、言わずもがな。
そんで馬上、馬に乗ってゆられている時。これは、たぶん、今で言うと『歩いている時』ではないかなあ。
この、歩いている時の、考えが浮かぶ、思いつく、その力は、どこから来るのだろうなあと思います。
(そして今回も、この前フリは記事にまったく関係がない)
Continue Reading

Comments (0)

Tags: ,

解けた謎、深まる謎 Notebookers Detective Story

Posted on 01 12月 2015 by

こんにちはkonamaです。

昨日、せらさんの記事、初めてモレスキンを書いたときのことを憶えていますか。を読んでいて、全く関係のない10年越しの疑問が解けるということがありました。(せらさん、ありがとう!)

さらにNotebookersに記事を書くようになってそろそろ1年が経とうとしているところですが、こんな感じのことはいくつかあったなあとおもい出して、感謝を込めて(笑)その辺のことを書いてみようと思います。

konamaのことですから、例によって本の話です。はい。今回は割と定番の推理小説2つをご紹介(でも古すぎて本屋で手に入れるのは大変かも)。

※後半について、2015/12/27、さらなる展開が!追記しましたので、そちらもあわせてどうぞ。

ピーター卿と黒後家蜘蛛の会 Continue Reading

Comments (0)

Tags: , , , , , ,

Happy holiday! Notebookers! アドベント第一週☆Date with a Notebookers Christmas book(半分Vr.)(WEB版)オーギー・レンのクリスマスストーリー

Posted on 30 11月 2015 by

日の記事、初めてモレスキンを書いたときのことを憶えていますか。この記事での、最初に書いてみるリストのひとつ、タイの首都、バンコクの正式名称ですが。
wikiより

กรุงเทพมหานคร อมรรัตนโกสินทร์ มหินทรายุธยา มหาดิลกภพ นพรัตน์ราชธานีบุรีรมย์ อุดมราชนิเวศน์มหาสถาน อมรพิมานอวตารสถิต สักกะทัตติยวิษณุกรรมประสิทธิ์
クルンテープマハナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラアユッタヤー・マハーディロッカポップ・ノッパラッタラーチャタニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーンアワターンサティット・サッカタットティヤウィサヌカムプラスィット

長すぎて国民も覚えられない。なので、最初の部分をとり、国民は『クルンテープ』と言っている。 タイ語は後置修飾が基本であるので、意味は後ろの節から訳し、以下のようになる。
イン神(インドラ、帝釈天)がウィッサヌカム神(ヴィシュヌカルマ神)に命じてお作りになった、神が権化としてお住みになる、多くの大宮殿を持ち、九宝のように楽しい王の都、最高・偉大な地、イン神の戦争のない平和な、イン神の不滅の宝石のような、偉大な天使の都。

だそうです。いいなあ、こういうのダイスキー!
Continue Reading

Comments (1)

ROOKIE YEARBOOK日本語版発売がとても嬉しいのです

Posted on 15 11月 2015 by

今日はわたしが好きな一冊の雑誌を紹介したいと思います。

 

雑誌の名前は「ROOKIE YEAR BOOK」
現在19歳のキュートな編集長TAVI GEVINSON(タヴィ・ゲヴィンソン)による
お洒落を楽しみたいと思いながらも実生活に悩めるティーンのための雑誌です。
このROOKIEはオンラインマガジンの記事を本にまとめたもので
英語版(本国版といったほうがいいかな)はすでにNo.4まで出版されているの。

 

ry

そして、ついに日本語訳版が先日出版されたんです。
おめでとう!!
Notebookersを訪れた人の中に、悩める10代の若者がいるかは知りませんが
10代でなくても興味深く読める本であることはまちがいないから勝手におすすめさせて。

 

内容はファッションやDIY(自分好みになにかを作る事)のコツ、
それから学生の頃の思い出や悩みの体験談、インタビューもたくさん書かれています。

 

面倒だから目次は割愛するけれど、ティーン向け雑誌にありがちな
綺麗なお姉さんと洋服、化粧品が並んでるカタログのような本では無いことは確か。
わたしは今25歳になろうとしているんだけれど、自分が10代のころに
こんな雑誌が日本にもあったらよかったのになって羨ましがらずにはいられません。

 

私が中学や高校の頃の女性向け雑誌ってブランドのお洋服に
男の子の気を引くモテ仕草にメールのテクニック、
ピンクとリボンとスワロフスキーでデコレートされた携帯電話。
可愛い女の子ってね、髪はセミロングでうるうるリップで桜色ネイルなのよ、みたいな
これがカワイイの、だからみんなこうなろう!みたいなカタログだった。
もしかしたらこの時代を生き抜いた女の子たちがその後、量産型女子と呼ばれているのかもね。

 

今はいろんな雑誌が本屋さんに並んでるから
モテカワだけじゃなくて、より自分好みの雑誌を探せると思うけど
それでもやっぱりROOKIEは違うな、好きだなと思う所がいっぱいある。

 

理由のひとつは流行り廃りの話題ではないという事。
ROOKIEは「今シーズンは絶対ミモレ丈!」なんてのは無い。

ry1

真夜中のおやつ図鑑とかリサイクルショップでのお買い物テクニックとか
フェミニズムに関する記事もあってどれも笑えたり真剣に考えさせられたり素晴らしい内容ばかり。
多分、大人が読んでも自分が学生だった頃を思い出すし
いま学生である人は、自分だけが退屈を発酵させて憂鬱に過ごしてるんじゃないんだって思える。

 

雑誌の中の世界に憧れるというよりは、自分の頭の中に種をまいてくれる感じかも。
この雑誌をよんでどう思う?何かしてみようかな?って想像させてくれる。
それに、不完全でない自分も悪くないんじゃない?って思えてくる。
完璧なスタイルのモデル、流行りの服を見せられては
そうなれない自分が劣等感で嫌になって
自分の中の眠ってるのか元から無いのかわからないような個性をほじくりだして
よくわからないまま何かのカテゴリにあてはめようとしてたけど
そんな必要はまったくなかったのね。
タヴィちゃんもTEDで模索や曖昧も自分であると受け入れる人が素敵って言ってるし。

なんでNotebookersでこの雑誌の紹介をしてるのかというと
私がとにかくおすすめしたいからってのが大きいんだけど
根っこの部分でNotebookersとROOKIEは似てるんじゃないかなと勝手に思ってるからです。

 

先ほどのTEDの言葉をかりると
「Notebookersに答えは書いていません、私たちもまだ模索中だから。
Notebookersはノートの使い方を模索する方にとって居心地のいい場所を提供します。」

 

Notebookersという場所では色々なノートに関する記事を読めるんだけど
このノートはこんな風に使うのが正解、この新商品買うべきって言ってるんじゃなくて、
わたしはこんな風にノートの使い方を模索しているの、
あなたはあなたが楽しめる方法でnotebookを楽しんでね。
そしてもしよければあなたのnotebookとの折り合いのつけ方も
きっと他のだれかのヒントになるはずだからぜひ教えてって感じでしょうか。

 

ROOKIEは大きくて分厚くて文字がびっしりで、でも実際に手に取って読んで見て欲しい本です。
もしこの記事を読んで興味を持ってくれたらぜひROOKIEを書店で探してみてください。
大きい本屋さんにしかないかもしれないのが残念だけど
(ちなみに特典でポストカードがついてるお店も若干あるみたいです。
わたしは住んでる町の本屋さんにはなかったのでちょっと遠出して買いに行きました。)
わたしは自分も読むし、いつか子供ができたらなんとなく本棚から引っ張り出して

勝手に読んでくれるといいなぁと思います。

 

 

Comments (1)

趣味は料理です、携えるノートブックは冒険の書

Posted on 13 11月 2015 by

食べものへの執着がやたらと強いせいか、それとも何かの縁なのか、いつも周りには誰かしら料理の上手な人がいました。そのおかげで、作るよりは作ってもらう方が好き、自分で食べる分くらいは作るけど人にふるまうほどの自信なんてまったくない、特に包丁はとても苦手でトントンと手際よくみじん切りなんてできないし、指を切ったり火傷したりも数知れず、手軽で楽しい料理の代名詞みたいな鍋といえば過去…当時の恋人と作り方を巡って喧嘩した過去の苦い思い出…etc. で、どちらかというと料理は苦手、積極的に手を出したくないという気持ちばかりが強かったのですが、今年に入ってちょっと思うところがあり(※注)料理を趣味として楽しんでみることにしました。

注: ”ちょっと思うところ”
理由の一つ目は、自己紹介のために。人から「趣味は?」と訊かれた時にいつも「えーと、特にこれといっては……」と、とても残念な答えしかできないのが以前からとても残念でw、何か社交的なちょっとした話題、会話のきっかけになるような趣味を作りたかったのです。
二つ目。じゃあ何に取り組むべきかと思った時に、以前konamaさんのリトルプレス( ※『リトルプレスが出来上がるまで』 )で紹介されてた本「聡明な女は料理がうまい」(桐島洋子・著)を読んで、とても印象的な一文があったのを思い出しました。

「あなたみたいな食いしんぼうが自分で料理できないなんて、あんまり不便で不経済で見てられないわ。

何だか色気のない部分の抜き書きになってしまいましたがw、他にも素敵なことがたっぷり書いてある本、私の中の、ずっと手元に持っておきたい一冊になった本です。(konamaさん素敵な本を教えてくれてありがとう!……読んだのは随分前で今更云うのもなんだけどw

この本を読んで、苦手宣言をしながら逃げ腰でいるよりも、ちゃんと料理と向き合って上手になれば、自分の食事だけでなく誰か別の人のためにも美味しいものを作ることが出来る、そうすればこれからの人生もどんどん素敵で楽しいものになるし、食文化に興味があり、食べるのが好きな自分にとって、料理が趣味って何よりもお得だ!と心から思ったからなんです。

ところで、
今わたしは3冊のモレスキンノートブックを使っています。
1冊目は、諸々のスケジュールとそれらに関する覚書用。
2冊目は、食事記録やあれやこれやの体調管理用。
そして3冊目は雑記帳。なのですが、これ、元々は英語の勉強のために使っていたノートブックで、自分の頭の中をうまく整理する方法がないかと試行錯誤するうち、絵日記のような絵本のようなものになってきたものです。

描いてる内容はその日に考えたことや思ったこと、忘れゆくままにするのではなく覚えておきたいこと。それを、XLサイズのモレスキンノートブックに思いつくまま描いています。元は英語の勉強用のノート、自分としては英語の勉強ノートのつもりもあるので、キャプションは出来るだけ英語で、それから、描いた“モノ”の名前も辞書で調べて書き込みます。

日記とはいっても思いついた時に描いてるだけなので、描くのは覚えておきたいことがあった時だけだし、特にテーマも決めてないし、ルールらしきものは“出来るだけ英語にする”だけなんだけど、見返してみると、どうもその自分にとっての「覚えておきたいこと」が、料理や食べ物のことばかりみたいなんです。

一番最近の、今日描いたばかりのノートは「ホットチョコレート紅茶」のレシピ作り。
ふと、ミルクティーとココアを足した飲み物ってどうだろう?と思いついたのが始まりで、“ふわっとした紅茶の香りにチョコレートでアクセントの効いた秋の温かい飲みもの”というイメージで色々と試してみた過程を描いています。

ホットチョコレート紅茶のノート
(※英語部分に関してはあくまで『勉強ノート』なので、間違いがあってもスルーしていただければと……特に文法とか文法とか文法とか…!)

いつもこんなにしっかりレシピを書いてるわけじゃなくてたいていは使った材料と調理法のノートだけだったりするんだけど、改めて見てみると毎ページ必ず何か食べものに関することを描いてるw レストランで食べたものの絵だったり、思いついた料理のアイディア、YouTubeで見たチーズの作り方や果物の切り方、キッチンの改造計画に、果ては、ベッドに寝転がった時のベッドパッドの感触がカリカリベーコンみたいだったとか……
これ別にね、趣味を料理としたからこうなったわけじゃないんです。元から頭の配分はこんなもんです、本能の赴くまま。それを思うとやっぱり、趣味を料理とするのはまったく無駄がない、お得だ!と思うんです。(技術が伴えばもっとあれだけど、そこらへんはまあその)

前出の本「聡明な女は料理がうまい」に、わくわくするようなノートブックのアイディアがあります。

(略)このノートブックはケチケチしないで、一生使えるような立派なものを買う。これは孫子の代まで伝える財産になるかもしれないものなのだ。

気に入った料理のレシピを書き込み、レストランや友人の家で食べた料理のメモを作り、新聞雑誌で興味をそそられた料理記事を切り抜きにして入れておく、書き込んだ料理録にはたっぷりの余白を残しておいて、新しい工夫をしてみた記録を書き加えたりもする、自分用の料理の虎の巻ノートブック、何だかとても楽しそうです。

 読む、作る、味わう、気に入る、そして書くの五段階を経てノート入りした料理がしだいに数を増すにつれ、そのノートの主は料理人としての貫禄を増していくだろう。

何年か前、伯母の遺品整理をしている時に、様々なものから切り抜いた料理記事と、それらを貼り付けてスクラップブックにした家庭雑誌が出てきたことがありました。
「伯母さん料理上手だったものね。でも(スクラップブックやノートブックじゃなくて)雑誌に貼り付けてるの、昔の人だからね」と皆で笑ったりしたのですが、半世紀前の家庭料理のレシピ、作り手がいなくなって作り方もわからず、二度と味わうことも出来ないだろうと思っていた料理のレシピが綴られたノートブックなんて、形式はどうであれとてもロマンチックなものだなあと思ったのです。

そうだ、やっぱりこれからも、趣味と実益を兼ねて料理をし、できるだけ腕を磨こう。
思い付くまま(そしてこれからはもうちょっと意識的に)ノートブックに美味しいものを遺してゆこう。

自分のために、それから誰かのために。
 
 

Comments (1)

第壱話 読書ノート、襲来

Posted on 11 10月 2015 by

すみませーん、お客様の中にノートに食べ物を挟む方はいらっしゃいませんか?というわけでやってきました、食欲の秋、スポーツの秋、芸術の秋、読書の秋、積読の秋!ということで今回は読書ノートについてです。乞うご期待!!

IMG_20151003_200919

って予告編みたいな出だしですがちゃんとここで書きますよ、書いていきますとも!

ところで、Notebookersの方には読書好きな方が多いと思いますがその中でも読書の記録をノートに残している方はいらっしゃいますか?(冒頭の挨拶の複線をちゃんと回収しましたよ)最近ではブクログなどのサイトにログを残したり、大型書店の会員になると買った本が自動的に個人のデータベースに残るサービスをしてくれるところもあります。でも、やっぱり感想を手書きでノートに残したいのがNotebookersの性じゃあないですか。

個人的には、今年の2月に無印で1日1ページ手帳を使い道がないのに衝動買いしてしまいまして、せっかくなので読書ノートを付けることにしました。といってもぺらいので長続きしなくて途中で終わっちゃうんだろうなと半ば諦めの境地で始めてみました。どうも飽きっぽいんですよね。

なので、自分に課したルールとして、1冊1ページにまとめるということと、書くのはタイトル、著者名、感想(または抜書き)だけということにしました。出版社名とか分かりきった情報はいつでも検索できるので最低限検索に必要な著者名とタイトルだけは書いておこうと。

とはいってももともとこの手帳、1年を通して使う設定なので、ページ数が365ページ+αもあるんですよね。例えば月に5冊読むとして1年で60冊、ということはこれ一冊で6年もの読書記録を残すことが出来るんですよ、どうです、お得でしょ?奥さーん。ていうか途方もないです。

でも、何故あえて1ページに1冊しか書かないかというと、気合入れてなんでもかんでもページ数を気にせず書いていけば、最初は続くんですけど後で息切れして続かなくなるのが目に見えているんです。それ以外にも個人的な考えですが本なんて色々書いてますが心に残ることなんて1冊に1個あれば儲けものだと割り切っています。How toモノなんかは色々なノウハウが1冊に詰め込まれていますが全部実践できるわけないんです。自分にあったやり方があるかどうかもわからないんです。他にはまともな理由なんですが、1ページにまとめるとなればポイントを絞って書かなければならないので情報の取捨選択、一番心に残ったもの等を簡潔に要点をついて残すというトレーニングになるからです。

この読書ノートを書くという習慣を始めてから、書きたいがために積読を消化しようというモチベーションが湧いてきて読書が進むようになりました(ただ、読書が進んでもそれを追い越すペースで本を買っちゃうので相変わらず積読ですが、川の流れは元の水にあらずって昔の偉い人も言ってましたし、気にしない気にしない)

筆者は読書好きではなく本好きって昔の記事にも書いたことがありますが、傾向を見てみると圧倒的にノンフィクション系、旅行記、歴史モノが多く、小説がほとんどないです。で、読書ノートを使って自分の傾向をつかむハックを紹介します。

それは、ノートの最後のページに自分が読みそうなジャンルを1行ごとに書いていって(例えば、SF、恋愛モノ、歴史モノ、ビジネス書、雑学など)、読んだ本を書いたページの小口に巻末ページのジャンルの行と同じ行のところに蛍光ペンでマークしておくと、ページを閉じたときにジャンルごとに塗られた箇所が一目でわかり、どんな本を多く読んだのかが一目で分かります。ただ、この方法を思いつきましたがめんどくさくてやってません。

今改めて自分の読書ノートを見なおしてみると、2/23から書き始めて昨日の時点で55冊も読んでます。でもまだ全体の15%くらいしかページが埋まってません。死ぬまでにコンプリート出来るんでしょうか・・・

Comments (0)

編みミニノートブック

Posted on 30 9月 2015 by

NUI002

(2015年10月22日現在、赤のみ売り切れ(ありがとうございます!)ですが、毛糸が手に入りしだい、また作ろうと思ってます。もし赤がほしい方はコメントなどに書いていただけると、やる気がでて早くできるかも。)

自分用に作って友人に見せたところ、好評をいただいたのでイイ気になり、数冊作成いたしました。
ので、こちらで出品させてください。
今回は「編みミニノートブック」です。

NUI002

自分では、毛糸用の編み針ケースとして使っていますが、友人と話していたところ、チャームの見本帳としても良いのではないか、と閃いたのでやってみました。 糸で軽く留めているだけですが、一目で把握でき、紛失防止にもよいと思います。

IMG_4408

※この写真の編みノートは、出品しているものより細長く、サイズが異なります。

実は友人というのはこのNotebookersでおなじみkonamaさまです。
アップした写真を褒めてくださり、たまたまお会いする機会があったので差し上げたところ、さっそく携帯用お裁縫箱に、マチ針ケースとして使ってくださいました。
使用例(お写真提供 konamaさま)

FullSizeRender

IMG_4413

外国製のミントタブレットが入っていた缶を、携帯用のお裁縫箱にされているそうで、とても素敵ですよね。

このほかにも、よい使い方など閃かれた方は、この下のコメントででも結構ですので、ぜひ教えてください!

商品詳細
一冊 1,200円(レターパックライト360円の送料込み)

サイズ

IMG_4412

黒いノートのほうがすこーし幅が大きいです。 手編みのものですので、既製品に比べるとズレやゆがみなどがあります。手作りのあたたかみとご了承ください。

スピンにはハトのチャームをつけています。
赤いノートにはアンティーク調、黒いノートには金色のものを。

IMG_4406

完全オリジナルで他では売っていませんので、手芸好きさんや、ちょっと変わった文具雑貨好きさんへのプレゼントにもいかがでしょう。

ご購入後、お困りのことがございましたら、お気軽にご相談ください。
できる限り修理させていただきますし、ご自分で直したい場合もアドバイスいたします。
(修理の場合は、こちらへの送料のみご負担ください)

また、ご注文前でも気になることがございましたら、下記のメールアドレスへお気軽にご連絡ください。
nuiko★notebookers.jp
(★を@にしてください)

Comments (3)

文庫版を待つ楽しみ

Posted on 27 9月 2015 by

数日とおかずにkonamaです。

01f78341c1bc9a93510080f50968d96198250ba64b

前回、ハードカバーを買う楽しみで色々愛を叫んだkonamaですが、じゃあそんなにハードカバーが好きなら文庫版はしょうがなく買っているのか?というとそんなことはありません。

最近は文庫書下ろしも結構ありますからね。必ずセットでということでもなくなるのかもしれません。ハードカバーから文庫化するまでかなり早くなって、いち早く読みたくて買ったのに積んでるうちに文庫になっちゃったなんてことも最近では珍しくありません。

とはいえ、それなりに時間をおいての発売。色々なオマケがついてくることがあります。再校正されているのはもちろんですが、あとがきや解説、年表や注、著書目録などなど。文庫用書下ろし短編なんてものがあったりして、ハードカバー版を持っていても、買わなくっちゃってこともままあります。

カバーデザインが異なるというのも魅力の一つ。ハードカバーほど自由度がない(サイズも紙も統一だし、背表紙は作者ごとに色が決まっていたりする)わけですが、ハードカバーとまったく異なるデザインの場合もあって、違う装幀家なら同じ内容を読んでのインスピレーションの違いみたいなものを楽しめるし、同じ人ならサイズダウンにどう応えたか、というのも見どころ。たとえば三浦しをんの「風が強く吹いている」はハードカバー文庫版も山口晃氏の絵ですが、まったく違う絵を使っていて、それぞれ独特の良さがあります。

そんなわけで、今回は文庫版を待つ楽しみを教えてくれるいくつかの本を紹介します。

Continue Reading

Comments (1)

ハードカバーを買う楽しみ

Posted on 26 9月 2015 by

こんにちはkonamaです。

01ae87ed1496f388532e5b5cc6d6604ee94f6b9018

今日は本のお話。相変わらず、シンプルライフとはかけ離れた、勝手に増殖しているとしか思えない我が家の本棚ですが、もちろんその大きな理由はハードカバーを買うから。

床が抜けたらどうしよう…と逡巡しつつも、やはり手に取ってしまう、ハードカバー。

お気に入りの作家の最新作ならばいち早く読みたいもの。私自身がハードカバーを買う最大の理由はこれだけれども、やはりそれだけでもない。

箱入りだったり、ハトロン紙がかけてあったり、ただ真っ白だったり、一皮むくとちょっとした仕掛けがあったり。スピンや紙の色、フォントに余白、装幀の自由度が高い分、それはそれは個性的にこちらの五感に訴えかけてくるものです。それが必ずしも正直でないところがまた憎いところ。表紙のイメージに引きずられて最後の仕掛けにしっかり捕まってしまったり、読み終えて初めて分かる意味があったり。

そんなハードカバーの魅力と、それでもなお文庫本を待つ楽しみについて(こちらはおそらく次回)書いてみたいと思います。

Continue Reading

Comments (1)

Tags: , ,

「お茶でもいかがとコニーの誘い。まあ結構よ、毒入りなのね、とメリキャット」〜物語の中のお茶

Posted on 06 9月 2015 by

「お茶でもいかがとコニーの誘い。まあ結構よ、毒入りなのね、とメリキャット」

関西は、まだ、日中が暑いです。いかがおスゴシでしょうか。
先日、ハングアウトのやりとりで「物語の中のお茶」について記事を書く〜云々、という話をしていまして。
(それで、最初に思い出したのが、今回のこのタイトルというのも物騒な話ですが)
コレは、シャーリィジャクソンの『ずっとお城で暮らしてる』から。
作中、殺人の容疑をかけられたコニーへの囃し歌です。
今回は、こういう、物語の中でのお茶の時間、お茶を淹れること、などを書こうと思います。
Continue Reading

Comments (1)

Tags: , , , ,

世界の果てでも、多分わたしはお茶をしながら本を読んでノートブックを書いている番外編@座り心地は悪くても、それでもやっぱり、ソレは恩寵なのだ

Posted on 02 8月 2015 by

月です。お暑うございます。
映画見て、本を読んでノートブックをごりごり書いて、Notebookersな夏をエンジョイ… というか、この記事のタイトル通り、世界の涯でなくても、かつ、季節も問わず、ワタシがすることって同じなんだなあ、とシミジミしております。
Continue Reading

Comments (2)

東洋文庫ミュージアム「大地図展」へ

Posted on 12 7月 2015 by

img185

img186

img187

フェルメールの絵には背景に地図が描かれているものが複数あります。
地図好きなのかなぁ、なんてぼんやり考えていました。

17世紀、現在のオランダ王国の原型となったネーデルラント連邦共和国。国力すさまじく、海運、軍事、芸術も世界一。現代からみて「オランダ黄金時代」と呼ばれている、そんな時代のそんな場所にフェルメールは活躍したそうですが、世界規模の繁栄を築くにはやはり「より正確な地図」は不可欠だったようで。
フェルメールが描いた地図は、フェルメール同様、オランダ黄金時代に活躍したブラウ親子が出版した地図が元になっているそうです。絵の中だけに存在するわけではなく、当時実際に出版されたものなんですね。

そのブラウの地図が、東洋文庫ミュージアムで開催中の「大地図展」で展示されています。

ヨーロッパ人からみた地理上の“発見”が相次ぎ、それに呼応するかのように更新と出版が繰り返される世界地図は、冒険家や貿易商人の実利にとどまらず、経済力と同時に教養を身につけつつあった一般市民層の知的関心に応じるものでした。(中略)
この時代の地図が実用一辺倒ではなく、観賞用として販路を広げていた様子がうかがえます。芸術家のインスピレーションも刺激したようです。画家フェルメールもその一人で、彼の残した数点の風俗画の背景にはブラウが出版したとみられる地図が数点描かれています。

(時をこえる本の旅10 大地図展‐フェルメールも描いたブラウの世界地図 P1より引用)

大地図展‐フェルメールも描いたブラウの世界地図
東洋文庫ミュージアムにて8/9まで。
http://toyo-bunko-museu.sub.jp/

先々月見てきたのですが、実際の地図のとなりに対応するフェルメールの絵(のレプリカ)が配置され、解説も分かりやすく、ドキドキしっぱなしの展示でした。
フェルメールや地図好きの方、いかがでしょうか。

***

ところで、これを読んでいるあなたは東洋文庫ミュージアムへ行かれたことはあるでしょうか。
東洋文庫は公式サイトによれば「広くアジア全域の歴史と文化に関する東洋学の専門図書館ならびに研究所」だそうです。ミュージアムもその付属施設です。最寄駅は東京の駒込。

IMG_5125

東洋文庫の入り口。文字が!エキゾチックな文字がたくさんで、見るたびに興奮します。

IMG_5119

企画展以外にも所蔵品がいろいろ展示されているのですが、これは満州語で書かれた三国志演義。

IMG_5120

チベット語の経典。

常設展の展示は時々入れ替わっているみたいです。以前見たときは、科挙の答案やウイグル文字の活字が展示されていました。解体新書や各地で発行された東方見聞録のコレクションも。

IMG_5118

モリソン書庫。東洋文庫の創設者・岩崎久彌がオーストラリア人G. E.モリソン博士から購入したコレクションだそうですが、とにかく圧巻。この写真だと上手く伝わりませんね。Notebookersな人たちはここをきっと気に入ってくれるのではないかと思うのです。ぜひ。おすすめ。

IMG_5124

「知恵の小径」にはアジア各地の名言が刻まれたパネルが並んでいます。これは西夏語。日本語訳は「智者はおだやかに言い、人を伏す 黄河はゆるやかに往き、人をのせる」
西夏語、好きです。本当に好きです、この文字の形。漢字と似ていますが、漢字と違って形から意味をさかのぼることはできない文字です。

文字好きな方に声を大にしてお勧めしたいミュージアムです。
記念スタンプもあるので、ノートブック片手にぜひ訪ねてみてください。

Comments (4)

夏至といえば

Posted on 23 6月 2015 by

DarkCamesRising

こんにちはkonamaです。

本日は夏至(って間に合ってないですが)。世界の仕切りが薄くなる日。ケルトのお伽噺では妖精が人をさらいに来る日でもあります(正しくは前夜のようですが、シェークスピアの『真夏の夜の夢』みたいな感じ)。

ファンタジーにおいても夏至は特別な日として登場することが多く、ゲド戦記、指輪物語なんかでも重要なイベントの日だったりします。比較的最近読んだ作品だとマギー・スティーフベーター の 「ラメント (妖精の騎士に捧げる哀歌) 」なんかも最後が夏至祭のシーンだったはず(ロマンス小説っぽいが、がっつり妖精が取り込みに来てる話)。

そんな中で、夏至と聞くと私がすっと思いつくのが「樹上の銀」という本です(というかこの本はスーザン・クーパー「闇の戦い」シリーズの完結編)。ケルト、ファンタジーと来ると、私なんぞより語る方がNotebookersにはいっぱいいらっしゃるのは重々承知ですが、割と有名な本だけどたぶんこの本が一番最初に来る人はいないんじゃないかな、と思うので、ちょっと紹介してみたいと思います。あらかじめ言っておきますが、子供向けです。

「イングランドのチルターン丘陵にある夏至の木だ」メリマンは言った。
「生命の木、世界の柱だ……。この国に七百年に一度出現し、その上に、その日一日だけ銀の花をつけるヤドリギが寄生している。つぼみが開ききった瞬間に花を切り取る者は形勢を逆転し、いにしえの魔術と荒魔術とを操って、あらゆる競争相手をこの世から、そして〈時〉の中から追放することができるのだ」

700年に一度の夏至の日、樹そのものですらなくてヤドリギですよ!(気分はFF10に出てくる”語ってもよろしいですかな”爺さん)

Continue Reading

Comments (4)

Tags:

蔵書票をめぐる大人な関係

Posted on 27 5月 2015 by

こんにちはkonamaです。

先日始まったNotebookers Market、色々と面白そうなラインナップになりそうで、楽しみにしています(お財布のひもが…)。

かく云う私も蔵書票:月に梅を出品したわけですが、Notebookersお題18禁に絡めて、蔵書票についてお話したいと思います。

雲

どうも小さなサイズの印刷物というのはコレクター魂をくすぐるようで、切手しかり、マッチブックしかり、蔵書票にもたくさんのコレクターがいます。私自身は蔵書票を見るのは好きですが、特に個人的にコレクションしているわけではないので、もしこれをお読みになって「ちーがーうー」と思った方がいたらごめんなさい。

蔵書票はその名の通り、自分の本に自分の所有する本であるという印として貼る小さな紙です。その昔本が本当に貴重品だったことを考えれば、お金持ちの「大人の趣味」だったわけです。

絵と文字を組み合わせた版画が多く、本の表紙を開いた内側(表紙見返し)に貼るケースが多いようです。日本や中国では蔵書印の方が一般的でそれはおそらく紙の特性(硬い洋紙には印が押しにくい、和紙にはカードタイプのものを貼りにくい)によるもののようですが、それぞれ混じり合いヨーロッパでも蔵書印を使っているのを見たことがありますし、日本でも結構蔵書票を使っている方が昔からいらっしゃいます。古本屋さんが店の本に売り物ある証拠として蔵書票を貼っているケースもありますし、身近なところでは図書館の蔵書には蔵書印が押してあるでしょう(絵はついていないけど)?

実際どんなのがあるのか知りたいかたは、普通に蔵書票で画像検索していただければ色々楽しいものがみられます。(pinterestで検索したらこんな感じ

蔵書票の文字の部分は一応決まり文句があって、Ex Libris(えくすりぶりす)と入っているのが一般的です。これはラテン語の「~の蔵書からの一冊」の意味で、日本の物だと○○蔵書や○○書房などの形もみられます。いずれも~や○○の部分に本の持ち主の名前を入れます。この蔵書票のオーナーの事を票主と呼びます。この他に格言やお気に入りの一言なんかを入れたりするのもあるようです。

絵の部分は本当に様々で、シンプルなタイポグラフィみたいなのもあれば、風景画や宗教画みたいのもありますが、その中で大きなジャンルに、エロティックな図柄のものがあります。女性のヌードが多いように思いますが(少なくとも男性のヌードだけの柄はみたことない)、結構グロテスクなものから神秘的なものまで驚くほどたくさんあります。絵の記号論的な部分やメタファーとか(エロスが生で骸骨が死とか)きっと他にも色々あると思うんですがその辺は置いといて、自分の本の開けてみないと分からないところにそっとエロティックな柄の小さな紙を貼るっていうところに、ちょっと淫靡な悦びがある気がしません?

エロスというとなんだかじっくり見るのが憚られる気分になりますが、たとえば超有名どころのバイロス(Franz von Bayros)なんかはアールヌーボーの繊細な麗しい図版で、思わず見入ってしまいます。(18禁?)

蔵書票の基本としては画家さんに票主がテーマや入れたい文字だけをリクエストして、票主さんのイメージで作ってもらうというのがお作法らしいのですが、自分のためにアートをオーダーするっていうのがそもそも大人な感じじゃないですか?それなりに結構なお値段がかかるし、完成作品を確認して買うわけでもない。自分の中のなにかを他の人に感じとってもらってそれを表現する、このこと自身にむしろエロスを感じるなあと思うこのごろです。

とこんなことを書いてしまうと、すでに出来上がった蔵書票にお名前入れるっていう商品はどうなのと、より買ってくれなくなりそうだけど、とりあえずどんなものか楽しむという感じで使っていただければ幸いです。票主の方々は色々な種類を楽しむのと希少性の問題で数十枚のみ刷ってもらうそうで、蔵書すべてに同じ蔵書票を貼るわけではありません。気軽に自分の名前が入ったシールを色々貼ってみてください。私はノートも自分の蔵書の一つとして、モレスキンの見返しにちゃっかり貼ってみています(上に出したデザインもそのうち商品にするかも。落款もどきが実はダンボ―?)。

雲貼ってみたモレスキン

 

 

Comments (0)

蔵書票:月に梅

Posted on 23 5月 2015 by

PET001

月に梅とモレスキン

月に梅とモレスキン
オリジナル蔵書票です。
ゼンタングル風の模様を和風にアレンジしたデザインです。
スタンダードに蔵書に貼るもよし、シールとしてノートやカードに貼るもよし、自由に楽しんでいただければと思います。
一番下の名前部分に入れる文字のリクエストがあれば、購入時備考欄にてお知らせください。
漢字で「○○文庫」かローマ字でご自身の名前を入れるのがそれっぽいかと思います。
出来上がりの画像の購入者様への確認はいたしませんので、おまかせでおまけっぽく楽しんでいただければ嬉しいです。
リクエストがなければ名前なしバージョンをお送りします。
【商品説明】
フォト光沢紙シールにインクジェットプリンタで印刷した、シール式の蔵書票です。
L版サイズ 2枚
29 mm x 39 mm サイズのシールが8片(角丸)入ったハガキサイズシートが4枚 (計32片)
をセットにしてお送りします。
上の写真のように、L版はほぼモレスキンポケットのサイズです。ミニシールの方も同じものに貼った状態ですので、
大体のサイズが想像できるかと思います。文庫本にも気楽に貼れるサイズです。
値段:1セット 600円
配送方法:普通郵便
在個数:5セットほど

月に梅シート見本
月に梅シート見本

Comments (3)

Tags: ,

リトルプレスが出来上がるまで

Posted on 09 4月 2015 by

こんにちは、konamaです。

今日は初めてリトルプレスってものを作ってみたので、宣伝もかねてどんなことを考えていたか記事にしてみたいと思います。こんなの↓

ikariboshi-01

 

せっかく作ったので例によって、見て見てーな気分もあって記事にしようかと考えたのですが、できたものにそうそう自信があるわけではなく、え~、そんなしょうもないこと考えてたのと言われそうで、うすうす変な人ではないかと思われていたのが確信に至ってしまうのではないかと、実はこの記事を書くのを躊躇していたのです。しかし、ある方の以下のようなお言葉を受けて開き直ってみたいと思います。

つぶやき

 

…。小学生のころに壁新聞を作って以来(一応新聞係だったこともある)、自分で何か趣味の紙ものを発行するというのは考えてもみなかったことでした。職業的な印刷物は出さないとまずいので書いていますが、単著の本でも出さない限りデザインやら全体を考えるってことはあまりしませんからね。ところが、最近Notebookersのライターさんも含め何人かの方がネットプリントを使って自分のフリーペーパーを出しているのを続けて見て、いいなあ自分もやってみたいなあと思ったのです。

【で、何を書こうか?】

残念ながら今回は内からあふれ出す自分を表現したくて!というようなわけでなく、あのネットプリントで配るってなんかよいなー、Zineもちょっと興味あったんだよなー、という程度の切っ掛けだったので、内容から考えなくちゃなりません。まずは自分とノート上作戦会議。実はこれこの間の神戸出張に行く新幹線の中で書いてる(考え事するときはわりと太字の万年筆をチョイス)。

作戦ノートその1

まず最初に何をテーマにするか考えた時、いつも好きで描いているZentangleやカリグラフィは楽しいけど、それで楽しんでいただけるほどの腕でもない、メインはいつも苦も無く続けていることを書こうと思って、わりとすんなりと本について書くというのは決まりました。そこでふっと頭をよぎったのは「星座」という単語。ちょうど先日オリジナルの蔵書票をデザインしようとやはりノート上作戦会議をしていた時に、素敵なカリグラフィーの作品に星図があって、ああいうイメージいいなあと思っていたところだったのと、先日泥絵を見に行った展覧会も「未見の星座」。なんか本を星に見立てて、星座のように紹介したらいいかなあと思いついたらわりとアイディアが出てきました。

 

【どんな形にする?】

なんとなくもやもやとアイディアを出したり引いたりしながらしばらく過ごして、やっぱりどのくらいの量書くとかも考えなくちゃなあ、ネットプリント使うなら制限もあるしなあ、と考え始めました。そこで第二回ノート上作戦会議。

作戦ノートその2

実際にはこれと同じにはなっていませんが、一応ノートに貼ることを考えて、モレスキンラージ、トラベラーズノートレギュラーで挟めるA4横置き3つ折りに決定。どう考えても大量の文字に、全部手書きは断念。この時点でソフトの使用を検討。結局手もとのPCに入ってたオフィスのpublisherを使って、試行錯誤何とか字を入れ込みました。全部タイプもさみしいので一部手書き。それにせっかく自分の好みで出すのだから好きなもので飾ろうと、ゼンタングルやカリグラフィーも使って色々と盛り込みました。図や手書きの字の背景は透過しようか悩んだのですが、ノートブッカ―なんだからと開き直ってモレスキンの紙色、方眼そのままスキャンして使っています。アイディアもりもりのノートを見せておいてなんですが、なんとかA4にねじ込んだプリントをもしよかったら見てやってください。

***ネットプリントの方法***

  • サークルK,ファミリーマート、ローソンなどがやっているネットプリントサービス(ユーザー番号URM7G3ARZB)
  • セブンイレブンのネットプリントサービス(予約番号A9UQ4MRX)

いずれもお店にあるコピー機のネットプリントを選択して、同意するを押す(これはセブンイレブンでは聞かれない)と、ユーザー番号もしくは予約番号を聞かれます。
サンクス、ファミマ、ローソン系ではURM7G3ARZB、セブンイレブンではA9UQ4MRXと入力していただいて、印刷の前に両面印刷短辺綴りを選んでいただくと三つ折りにして読めます。万年筆のインクを楽しみたい方はカラー(120円)ですが、中身は白黒(40円)で大丈夫。お金をコピー機にいれて、カラーもしくはモノクロの印刷ボタンを押せば、印刷されます。

肝心の中身ですが、本の紹介です。最近読んだ本の中から「生まれた時からアルデンテ」という本をスタート地点に5冊紹介しています。
そんな感じのペラA4の紙1枚。文章が書いてある側の長辺の上下にに星が2つずつ描いてあります。これが3つ折りのラフなガイドになってますので、そこを目印にパンフレットみたいに折っていただければ、完成です。サンクス系の印刷だと、★の真ん中、セブンイレブン系だと★の右端に紙の右端を重ねるように折るのがよさそうです。

登録は1週間なので、印刷できるのは来週の水曜日(4月16日19:00まで)です。
もしお気に召していただけたなら、#ikariboshiというハッシュタグでつぶやくなりしていただけると、とても嬉しいです。
プリント代のかかるものなので、中身がはっきり写るような写真は勘弁してくださいませ。

内心冷や汗もののkonamaでした。

Comments (3)

Tags: ,

『夜は来て愛を語り』見ました。満を持して。

Posted on 01 4月 2015 by

イプリルフールネタがネット上では舞い踊っていますが。
ソレとは関係なく、マイペースに。
先日見てきた映画のレビューです。
『夜は来て愛を語り』です。
2001年 英仏合同で制作。
監督 アニエスカ ホランド
主演
デヴィッド シューリス
ジュード ロウ
マリオン コティヤールの三人主演です。
Continue Reading

Comments (0)

私の本棚

Posted on 18 3月 2015 by

こんにちは。エハガキ華です。

1年間ずっと準備していた展示会が無事に終わって、ほっとしているところです。この2週間くらい、展示物の後片付けと、準備期間中滞らせていた家全体の片付けを少しずつこなしています。

そんな中、なんとなくTwitterの「お気に入り」を眺めていたところ、モレカウことタカヤさんの

【Notebookersお題】あなたの本棚について語ってください

というツイートが目に入りました。

ちょうど本棚の片付けも進めているところですし、私もちょっと語ってみたいと思います。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

私のメインの本棚はこんな感じです。今の家に引っ越してきた時に中古で買ったものですが、とても気に入っています。写真では写っていませんが、ガラス戸がついています。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

大きめの本たち。この中で一番のお勧めは渡部雄吉の写真集「張り込み日記」です。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

本以外にもお気に入りのものをいろいろ並べています。本が取りにくいですが、お気に入りを見やすいところに並べるのが優先です。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

何度も言っているのですが、みうらじゅんの「カスハガの世界」は私のバイブルです。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

漫画は連載中のものはどんどん増えるので置き場所に困りますよね。(来月発売の進撃の巨人が楽しみでなりません。)黒いのは胎児の人形で、坂上友理さんという作家さんの作品です。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

文庫本。私は「一番好きな文学作品は」と聞かれたら「砂の女」かもしくは江戸川乱歩傑作選の中に入っている「鏡地獄」と答えます。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

ちなみに一番最近買った本はこれです。まだじっくりは読んでないですが、とても面白いです。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

モレスキンなどはここに。「Wreck this journal」については以前、Notebookersにも記事を書きました。こちら

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

去年、玉淀河原で拾ったチャートや石英などの石。つくば市で採取したよく分からないキノコも阿字ヶ浦の海岸で拾ったイトマキヒトデも乾燥標本にしました。鳥の骨も拾ってとってあります。こういうものをちょっとずつ集めて「ヴンダーカンマー」な棚を作るのが夢です。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

本棚の下側にも扉のついたスペースがあって、ここはファイル棚になってます。重点的に片付け中。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

ファイル棚の中身は多くがこれです。世界中の地図の絵葉書を集めています。今、国ごとに並べる作業をしているのですが、数が多くて大変です。でもこれが至福の時です。

 

 

この記事を書く前、Notebookers内で「本棚」と検索して他の人の記事をじっくり読み返してみたり、Instagramで「#shelfie」と検索して写真を眺めたりしてみたのですが、人の本棚って面白いですね。特に読書の好みが全く違う人の棚でも面白い、もっと見たいと思うのが不思議です。

スペースや予算の都合上、どんな人にでもたいてい「欲しい本を全て自分の本棚に取りそろえる」というのはなかなか難しいことだと思います。つまり本人にとって「ベスト」な(本を含めての)本棚を所持している人ってそういないと思うんです。その「本棚」は、「その人」のほんの一部しか反映しない。

だけど一方で、「その人」の限られた予算、スペース、時間、それから情熱、好きなもの、様々な選択……は反映されている。その「本棚」は、「その人」を100%反映している、のかもしれない。

なんてことを考えてみました。

そんなわけで、本を出したり戻したり、はまだまだ続くのです。

Comments (4)

Define it, Observe it and Discuss it、なのだ。

Posted on 16 3月 2015 by

こんにちはkonamaです。

先日、Notebookersのお題で、Smell it(匂いを嗅げ), Hide it(隠せ), Alcoholize it(アルコール漬けにせよ), Discuss it(議論せよ), Oscillate it(振動させよ), Water it(水をやれ)、で始まる3つのツイートがでましたけど、その中からDefine it(定義せよ)のお題をいただいて、「Is That a Fish in Your Ear?: The Amazing Adventure of Translation」という本を紹介しつつお話しますね。

hyousi

【 Define it! Observe it! Discuss it! 】

職業柄、これらの言葉は日常用語。学生さんに向かって言う言葉の大半はこれに関わるといっても良いでしょう。他人に誤解の余地がなるべくないように言葉を選ぶ為には少々訓練が必要です。もちろんこちらの言葉の意味だって100%伝わるはずもなく、お互い斜め上に向けてことばを発することになる訳です。自分も学生の頃には「同じ日本語を話していて、意味を共有できないなんてあるわけもない」と意味もなく信じてましたけどね。

その昔、「私の緑とあなたの見ている緑は全然違う色かもしれない」ということに感動して道をあやまり、この儲からない商売をやってるわけですが(今現在そういう研究をしてるわけでもないですけど)、 実際問題同じ波長の光を返すからといって個人の持っている感覚器官が同じように受け取っているかなどわからないわけで、ましてや相手が全くもって同じ定義の元でその言葉を使っているなんてとても思えない。読書や映画なんかもほんとに個人的な経験だな、と思うのはその人がどのような人生を送ってきたかによって、勝手に作者の意図せぬ強調やスルーがあるわけで、コメディなんだけど親が死ぬシーンがあると問答無用で涙がでてしまうなんてことになります。まあだからこそ、お互い本について語り合ったりすることがこんなに楽しかったりするのですが。

で、なんでこんなにグダグダ前置きを書いているかっていうと、「母国語以外で書かれた翻訳に関する本を読む」っていうのはちょっと本当のところどうなのよ、という疑念が自分にあるからなのです。少なくとも自分は感心して、内容を楽しんだし、色々と新しい知識を得たわけなんですが、みなさんにご紹介できるレベルなのだろうか心配でもあるのです(自分の英語は我流だし、自分の楽しみのために読んでいるのでメモをとったりもしてない)。ま、そこは日本語ですら伝わらないのだから、しょうがないさあ、と開き直ることにしてしまいましょう。

ちなみにペンギンなのに、こんな風に日本語が書いてあったりします。(英語のTranslationに用いられる言葉が日本語にはこんなにたくさんある
ということを書いてるページ。ちゃんと最後に超訳がシドニーシェルダン込で説明されているところがお茶目)

honnbunn

【 翻訳は偽物なのか? 】

この本はまさに翻訳とは何だ?からスタートしてかなり網羅的に翻訳についてのトピックを扱っていくので全部を紹介はできませんが、印象に残った話をいくつか取り上げてみたいと思います。
翻訳について人々のいうこと、という話で、「翻訳は本物じゃない(代用品になりえない)」。オリジナルからすれば、一語一句対応して置き換えられているとは限らない、読み手がわかりやすいことわざや地名に置き換えられているし、それによって損なわれている部分も少ないとは言えない。たしかにこれまで私自身「翻訳ものは読まないと決めている」というひとにたくさんあったことがあります。理由は本物じゃないから。自然な日本語じゃないから。あとホントに読みたかったら原書で読めってやつ。この本ではそもそも代用品って言葉の定義が…と混ぜっ返したあと、結局どの側面・レヴェルでの代用が効くのかということを考えるという話になっています。で、ここで私が思ったのは原書で読めばわかるのか?という問題。さらに日本語で書いてあるなら、みな同じことが読み取れるのか?

以前映画「千と千尋の神隠し」を何度みても意味が分からないという学生さん(日本人大学生)と話したことがあります。彼は「結局ハクってなんなの?なんで龍なの?」と聞いてきました。え、水の神様だから龍神なのでは、川にゴミが捨てられているシーンとかあったでしょう?と答えると「なんで水だと龍なの?」との返事。あれ?さてこれはどうやって説明したものか。竜宮城とか色々説明してはみたものの、あまり納得してくれなかったようです。もちろん、それがわからなければ映画を見ても無駄だというつもりもないし、楽しめればそれでいいと思うのですが、ここで「オリジナル」とは何なのかということがとても相対的なお話しであるのだなと考えさせられました。もちろん日本語が達者な外国の方が読む場合だって、同じような事が起きるでしょう。たとえばヨーロッパではドラゴンはむしろ火と結び付けられているもの。それが全体の筋を損ねるかどうかはわかりませんが、原書を読めばオリジナルだ、とはなかなか言えないだろうということはわかります。

たぶん、有名な話だと思うのですが、翻訳上の言い換えで大好きなエピソードがあります。ナルニア国物語の「ライオンと魔女」に出てくる氷の女王が、人間界から迷い込んできた兄弟姉妹のひとりエドマンドを甘いお菓子でたぶらかそうとするシーン。小さいころ読んだ記憶ではたくさんプリンが詰まった(湧いて出る?)箱をもらったと書いてあった気がします。幼心にプリンはおいしいけど、そんなにたくさん食べられるかしら?すっごい小さいプリンなのかなと思った記憶があります。オリジナルではなんて書いてあるかというと、ターキッシュデライトがたくさん詰まった箱と書いてあります(映画ならもちろんターキッシュデライトでしょう)。確かにターキッシュデライトなら、小さいし子供が夢中になって食べるシーンが思い浮かびます。 ただ、私の知る限りターキッシュデライトってイギリスではとってもポピュラーな食べ物だけど、ローズ味って石鹸っぽい後味で日本人好みとはとても思えないし、初めてこの本が訳された時代日本でターキッシュデライトがなんなのか知っている人(特に子供が)ほとんどいないことを考えれば、プリンというのはなかなか面白い書き換えのように思うのです。

その他に、「聖書がどのように翻訳されてきたのか」「EUには7つの公用語がある(実質公用語はない)」「グーグル翻訳が与えたショック」などなど、様々な切り口でとても楽しく読みました。

 【 大丈夫この魚を耳に入れればいいんだ 】

で、この本のすごいところは、 結局なんやかんやいって言葉なんて、なんだかよくわからない自分の精神活動を翻訳して人に伝えているに過ぎないってところまでいっちゃうところ。Translationとは言葉そのものだってことになる。これを読んだ時、あー、ノート書くってことも自分の気持ちや考えの翻訳作業なのかもなあ、と思いました。書かれた文字を読んでまた”オリジナル”が変化したりして、日々インタラクティブな翻訳を続けているわけです。

この本のタイトルの「Fish in ear」はどうやらD・アダムスの「銀河ヒッチハイクガイド」の耳に入れとくと通訳してくれる魚のことらしい。私も「大丈夫この魚を耳に入れればいいんだ」くらいの呑気さで英語が話せるといいんだが。

実はこの記事書きかけてたときにちょっとNotebookers 向きでないかなあとおもって、消しかけてたのですが、せらさんのリトルプレスを読んで、こういう事に興味あるひともいそうかも、と書くことにしました。せらさんきっかけをくれてありがとうございます。今回はほんとに「あったはずのシーン」が多くて困りました(笑)。

Comments (2)

Tags:

ブックカバーは滅びんよ、何度でも甦るさ!

Posted on 08 3月 2015 by

ふざけすぎた記事の後で、今~春が来て君はぺら部に入った、去年よりもっと~ぺらくなった♪

ということで春は出会いと別れの季節です。叙情派な書き出しでスタートしましたが相変わらず薄っぺらい記事だ!あんちゃん、ぺら部だよ!薄っぺらい記事のぺら部だよ!

さて、今週のテーマはブックカバーです。英語で言うとBookcoverです。えっ?カタカナをスペルアウトしただけだって?よくぞ見抜いた、褒めてつかわすぞ。ということで、君は本にブックカバーをかける派、それともかけない派?筆者はソースをかける派です。

本にはカバーをかけたいんです。たとえば、どんなに素晴しい人格の人だって美人だって服は着ますよね、それと一緒です。どんなにいい本でもカバーを着せてあげたいじゃないですか。個人的には美女の裸大好きですが、何か?

ということで、最近気づいたんですが、文具好きの人と話しててもブックカバーを集めているという話題になったことがなくて、ブックカバーを複数持ってて気分によって使い分けているのは自分だけなのだろうかと気になりだしました。

ブックカバーといっても自分で買うのと本屋でかけてもらうのと2種類あります。最近ではいろんな本屋のデザインもおしゃんてぃで楽しいんですが、やっぱり自分の気に入ったデザインじゃなかったりするので、どうせならお気に入りのカバーをかけたいっていうのが人情じゃないですか。デザインが気に入ったものがあれば買いたいじゃないですか。万年筆を何本もコレクションするよりは安価ですみますし、ブックカバー業界にお金を落とすことによって経済を回しデフレから脱却したいじゃないですか。もしかしたら新しいブックカバーを買うことによって本を読むモチベーションが上がり、積ん読が解消するかもしれないって期待するじゃないですか。

ところで、ブックカバーの本来の存在意義って何でしょうか?本が汚れないように?それもあるでしょう。重要な存在意義がもうひとつあります。それは「他人に何を読んでいるか知られたくない」ということです。もしかしたらあの娘が電車の中で官能小説を読んでエロい妄想を抱いているかもしれないけど、それはカバーで本の表紙を隠しているかもしれませんよね。もしかしたら大学病院の外科部長が「サルでも分かる外科手術入門」って本を読んでるかもしれませんよね。

かくいう筆者は電車で隣に座った人が読んでる本が気になって横目でちらちら盗み見してます。最近の学生は電車で本を読まずスマホばっかりなので残念です。毎日の通学で本を読むかスマホをするか、日々の積み重ねが積もり積もって数年後には大きな差となって顕れます。本は知識だけでなく読解力や想像力もつくし語彙も豊富になります。筆者はこう見えても知識の引き出しは沢山あります、ただ、中身は空っぽですが・・・でも、引き出しさえ沢山あれば詳しく知らなくても話を合わせる特技があります。何の自慢にもなりませんが。

IMG_20140501_100220

閑話休題、能書きはこの辺にして実際に筆者のブックカバーコレクションを見ていただきましょう。

まずはこちら、

 

 

DSC_0010

 

文庫版と新書版の二種類揃えてみました。鳥獣戯画モチーフの藍染がしゃれおつな一品です。モレスキンチックなゴムバンドはかばんの中でページがぐちゃぐちゃにならず便利です。

IMG_20150308_0003

 

こちらも鳥獣戯画ですが、麻の繊維の不揃い感が渋いです。こちらは無印良品の文庫本ノートにかけて駅スタンプ帖にしてます。なんとなくご朱印帖みたいでしょ。

IMG_20150308_0001

不織布で出来たブックカバーです。青地にピンクで”2”って書いてありますが、本にかけると不思議な模様のように見えます。

DSC_0009

いただきものですが、ピンクが似合う漢にふさわしい一品です。うさぎさんがワンポイントになっています。じつは私、兎年なんです。

DSC_0011

 

これはポリエチレン系の特殊な紙で出来てます。古地図風な質感とデザインが気に入ったので、MDノートにかけて旅ノートにしようとしています。

DSC_0012

 

こちらも特殊紙のストーンペーパーでできてます。世界地図モチーフ好きなんです。こちらはJapan SeaとかTAKESHIMAってちゃんと書いてあるし、北方領土は日本の本土と同じ色だし、南樺太と千島列島はロシアとは違う色になってます。よく分かっていらっしゃる!

ちなみに、特殊紙系のブックカバーはMDノートと相性がいいです(当社比)

IMG_20150308_0002

 

先ほどのモノの色違いで、写真では分かりづらいですがちょっとセピアがかってます。

DSC_0436DSC_0020

これは無地の帆布の無地のブックカバーの裏の部分にぺら部の象徴であるタロットカード「運命の輪」のデザインを描いてみたものです。白と青の二色作りましたが、人にあげました。絵心のある人は無地のブックカバーに絵を描いて誕生日とかにプレゼントするといいかも。何故裏に描いたかというと、いったん絵を描いて元のビニール袋に戻して新品のように見せかけて開けたらぺら部!というドッキリを仕掛けたのです。

今ほしいのはブックカバーとペンケースが一体になっているのがほしいです。ポストカードサイズのスケッチブックにかけてペンを2~3本入れて持ち歩けば好きなときに取り出してスケッチできるのになぁ・・・

ということでそろそろ終わりが近づいてきましたが、ブックカバー部を発足しますので、我こそは!という方はコメント欄にお気に入りのブックカバーの写真をアップしてください。

最後にこの言葉で締めたいと思います。

「ブックカバーは小宇宙や!」

なんやそれ意味分からんわ、やめさせてもらうわ!

Comments (3)

Tags: ,

Notebookers読書会レポート(たぶん)第4回!

Posted on 02 3月 2015 by

「物語はそれぞれの歩調で話すのがいちばんよかろうと思ってるだけさね。むかしは、みんな、いつも時間をかけて物語を紡いだが、いまではなにもかもが、さっさと済ませねばならなくなって」
(『黄昏の眠る秋』より)

もう、というより、まだ4回目なのかーと思います。
(というか、2日やっても1回のカウントなので、日数にすると10日くらいやってるんじゃないかと)
えー、そのNotebookers読書会レポートです。
この読書会は、課題本を決めて、それを読んできて「ココがこうだった」「ああだった」と話すのではなく、好きな本を一冊持って来て頂いて、それについて1時間話す、というそういう読書会です。
今回も、参加者さんにお好きな本を持って来てもらいました。
Continue Reading

Comments (2)

Tags:

世界の果てでも、多分わたしはお茶をしながら本を読んでノートブックを書いている8@胸に押し当てたいほど愛しい物語(の、ある書斎)

Posted on 01 3月 2015 by

く冬を惜しんでおります、ブックレビュー8冊目。
毎回、タイトルだけが無駄に長いですが、えー、読んで頂けたら嬉しいです。

先日、Notebookers.jp 管理人タカヤさんのお題ツイートがありまして。

このお題、あんまり主旨に即していない記事になるかも知れませんが。

以前、Notebookersの本棚をテーマに、いくつかの記事があがりまして。
そのひとつ、タカヤさんの記事で『海底二万里』のネモ船長の書斎について書かれていました。
文学や芸術、技術の本、そして標本があり、政治と経済の本がない書斎、いいなあ、アコガレの書斎のひとつです。
以下引用『海底二万里』訳:江口清 集英社文庫版

そこは図書室だった。銅をはめこんだ黒檀の高い家具の、その広い棚には、同じように製本した本が、ぎっしり並んでいた。(中略)
「一万二〇〇〇冊ですよ、アロナックスさん。これがわたしを地上に結びつけている唯一の絆です。わたしのノーチラス号がはじめて海に沈んだ日に、世界はわたしにとって終わったのでした。その日、わたしは、最後の本、最後の雑誌、最後の新聞を買ったのです。そのとき以来、人類はもはや考えようともせず、書こうともしなくなったと、私は信じたいのです」(略)
わたしはネモ船長に礼を言って、書物の棚に近寄った。そこにはあらゆる国語によって書かれた、科学や道徳や文学の本が、たくさんあった。しかし、経済学の本は、一冊もなかった。それは、船内から厳重に追放されているらしかった。(略)
これらの本の中で、古今の大家の傑作が、まずわたしの目を引いた。つまり、人類が歴史の中でつくりだしたもっとも美しいもの、詩だとか、科学などで、ホメロスからヴィクトルユゴーまで、クセノフォンからミシュレまで、ラブレーからサンド夫人にまで及んでいた。しかし、特に科学が、この図書室の呼びものだった。機械学、弾道学、水路学、気象学、地理学、地質学等の書物が、博物学の書物に劣らず主要な場所を占めており、これで、これらが船長の主な研究の対象であることがわかった。

『海底二万里』どのシーンもそうなのですが、この図書室にしても、標本と美術品を置いている広間にしても、ほんっとーーにひとつひとつ克明に書かれていて、初めて読んだ時、「…見てきたの?」と思うほどで。
ネモ船長の書斎、もうひとつ、大きなポイントとしては、ここはもちろんノーチラス号の中です。
なので。
海の中、海底を動き回る、世界とは切り離された場所、に、ある書斎。

この世界から切り離されたネモ船長の書斎について読んだりすると、思い出す書斎、とゆーか、場所があります。
レイブラッドベリ『さよなら、コンスタンンス』から。登場人物のひとり、クラレンス ラティガンのコテージです。
今回は、この物語とラティガンのコテージについて書こうと思います。

Amazonより。内容紹介です。

内容(「BOOK」データベースより)
死者の名を刻む手帳。失踪した女優。連続する謎の死。隠棲する新聞蒐集家。闇に閉ざされた映画館の小部屋。嘆く神父。雨に沈む納骨堂。街の地下を吹きぬける雨の匂い。さまよう探偵小説作家。夜の抒情と都市の憂愁をこめて巨匠が贈る最新長篇小説。

内容(「MARC」データベースより)
死者と死すべき者の名が記された手帳を残して消えた女優コンスタンスを追って、探偵小説家「私」がロサンジェルスをさまよう幻想的探偵小説。ブラッドベリの最新長篇。探偵小説3部作の完結篇。

主人公が名無しの「私」、優しい、泣き虫の作家で、若い頃のブラッドベリがモデルだと言われています。
彼と、相方の刑事クラムリーが、失踪した女優コンスタンスを探すんですが、彼女の周りの人間が次々と不審な死をとげます。そのナゾを解く、んですが、えー、もう本当にブラッドベリ節の効いた、全編歌うような、流れるような文章で綴られています。

そのヒロイン、コンスタンスの最初の夫、クラレンス ラティガン。
ハリウッドのマウントロウという小山のコテージに住んでいる、元トロリーの運転手です。
彼が住むコテージには、四十年分とも五十年分とも推定される新聞が置かれていまして。

足を踏み入れたのは新聞の迷宮だった。ーーいや、地下墓所(カタコンベ)と言おうか。うずたかく積まれた古新聞の山のあいだをせまい通路がめぐっている。《ニューヨークタイムズ》《シカゴトリビューン》《シアトルニューズ》《デトロイトフリープレス》。左は五フィート、右は六フィートの高さにそびえ立ち、すり抜けようとするものなら雪崩におしつぶされそうだ。

「だれ?」私は呼びかけた。「どこにいるんですか」
「たいした迷路だろう!」ミイラの声がうれしそうに響いた。「俺が作ったんだ! 朝の号外から夜の最終版、競馬特報に日曜版のまんが、なんでもある。四十年分だぞ! 公刊に値しないニュースの博物館だ。そのまま進め! 左へまわりこんで。おれはこっちにいる!」

コテージいっぱいに積み上げられた新聞のすきまにあるベッドにいるのが、この迷宮のあるじ、ラティガンです。
彼が、あることをキッカケに新聞を集めるようになったのですが。

そのキッカケというのがコレです。

「あるとき、朝刊を捨て忘れたのがはじまりだった。じきに一週間分がたまり、そのうち《トリビューン》や《タイムズ》や《デイリーニューズ》がどんどんたまっていったよ。あんたの右側は一九三九年、左は一九四〇年だ。ひとつ後ろの山は四一年。みごとだろう?」

そして、

「日付を言ってみろ」
「一九三七年四月九日」口をついて出た。
「ジーン ハーロウ、享年二十六。死因は尿毒症。葬儀は翌日。フォレストローン墓地。葬儀ではネルソンエディとジャネットマクドナルドがデュエット」
「驚いたな!」私は叫んだ。
「ふん、なかなかのものだろう。もっと訊いてくれ」
「一九四二年五月三日」
「キャロルロンバード、飛行機事故で死去。夫クラークゲーブル悲嘆に暮れる」

ラティガンは(ネモ船長と同じく、潤沢な資金を背景に、自分から世界を切り離し)山頂のコテージで、積まれたその一紙一紙を、覚えるほど繰り返し読んで暮らしているのです。
(そして、世捨て人でありながら、多分、誰よりも世界の動きを知っていて、覚えている)

ですが。
ネモ船長の書斎とは正反対で、ラティガンのコテージには、いわゆる『本』は一冊もなく、芸術性、文学性はありません。
ただ、即時性、時事性、リアルタイムこそ命! の新聞が四十年分です。
主人公『私』の相方、刑事のクラムリーは、こう言っています。

「ばかばかしい! 印刷されたそばから死んでいく新聞記事なんかと心をかよわせようってのか」

印刷されて、すぐに紙くずになる新聞には未来がありません。
ラティガンの迷宮は、その『過去』の集積所です。
(ネモ船長の書斎も『終わってしまった世界の書斎』なので、このへんは似ているかも)

『過去のーー』というのが、この物語のナゾを解く重要なポイント、鍵になるのですが。
その歴史、積み上げられた重さと貴重さを『私』は、感じ取り、また、ラティガンとコンスタンスのために泣くのです(泣き虫だから)。

話の展開として、とあるコトが起こり、ラティガンのコテージが崩れ落ちます。
それをニュースで聞いた『私』とクラムリーは、コテージに向かうのですが…

山頂に着くと廃墟はなく、大量の新聞紙のピラミッドが、字が読めないにちがいない男の操作するブルドーザーで掻きまわされていた。自分が一九二九年の新聞王ハーストの叫びや三二年の《シカゴトリビューン》発行者マコーミックの爆発を刈り取っているとは気づきもしない。ルーズヴェルト、ヒトラー、ベイビーローズマリー、マリードレスラー、エイミーセンプルマクファーソン。ここで土に埋めてしまえば二度と帰らないのに。

「落ち着け!」
クラムリーは言った。
「でも、あれほど貴重なものなのに、あいつがしてることといったら!」
私は前のめりになって、二、三枚の紙面をつかんだ。
ある紙面ではルーズヴェルトが当選し、二枚目では死亡し、三枚目では再選を果たしている。(中略)
「まったく」私は愛しい紙面を胸に押しあてた。

初めてコレを読んだ時、ラティガンの言う『公刊に値しないニュース』という言葉がすごく印象的でして。
本とは違って、繰り返し読まれることのない新聞、そこに書かれたニュースを集めた場所。
公刊に値しない、トコロが(役に立たないと言われることの多い)ブンガクに似ているような気がしたのを覚えています。

例えば。
作者ブラッドベリは、ポーやヴェルヌ、ボーム、スティーブンソンなどの大ファンでして。
(ワタシも、この作家さんたちはとても好きなのですが)それでも、これらの本がおいてある書斎だったら、これほど印象に残るだろうか、と。
何て表現したらいいのかわからない情熱で新聞を蒐集しているラティガン、そして、その出来事を、それを記録したもの、新聞を愛しく思う『私』(≒ブラッドベリ)を、ワタシは好きなんだなあ。

それで。
この『さよなら、コンスタンス』読んだのはもう何年も前で、今回改めて読んだのですが。
ラティガンのコテージが崩れる場面なんですが、ワタシが(最初に)読んだのと違うような気が。
確か、崩れるところを『私』が万感の思いを込めて見つめているシーンがあった《 は ず 》なんですが。
どこを探しても、何度、ラティガンという文字を拾っても見つからないのです。

本を読んでいると、たまーに、こういうコトがありまして。
最初に読んだ時、忘れられないと思い、ココロに刻まれた《 は ず 》のシーンが、次に読んだ時、なかったりする。
(同じ作者の本を読んで、きっと、それで記憶がごちゃごちゃになっているんだろうなあ、とは思うのですが)

それで思いました。
ワタシの『理想の書斎』について。
広さはこのくらいで、大きな天窓があって、云々〜 というのは、あまりこだわらなくていいから。
こういった、ワタシが読んだ《 は ず 》なのに、失われたシーンがある本が置いている書斎がいい。
子供の頃に読んだ『リア王』、エドマンドが叫んだ、大人版をいくら読んでも見つからないあの台詞とか、この『さよなら、コンスタンス』で、『私』が見ていた迷宮の崩壊のシーンとか、同じくブラッドベリ作品で、いくら探しても、泣きたくなるほど見つからない、あのシーンとか。
ワタシの記憶の中にしかない、本がある、そういう書斎がいい。
そんで、その本棚の隅っこには、クローブを差したちょっとしなびたようなオレンジが置いてあったらいいな(それで(何とか)お題に即する)。

■おまけ〜ブラッドベリからのウィンク

「火の気を立てるなよ!」男は怒鳴った。
私の目の前で、五十年の歳月が大型ごみ容器にほうりこまれた。
「乾いた草と新聞紙、たちまち燃えあがるもの」私はふと考えた。「大変だ、どうしよう、もしもそんなことになったらーー」
「どんなことになるんだ」
「いつの日か、新聞や本が火を起こすのに使われるのでは?」(中略)
「うちの親父はストーブの石炭の下に新聞紙を突っこんで、マッチをすってたぞ」
「なるほど。では本はどうでしょう」
「本で火を起こす間抜けはいないだろう。待てよ、まさか百トン級の百科事典でも書くつもりか」
「いや、灯油のにおいがするヒーローの物語なら書くでしょうけど」

おまけ2■

あんたは永遠に生きるよ

「あんたは永遠に生きるよ」

■おまけ3

「ただでいい、持っていきなさい。この本を読んだ最後の人間は、恐らく、盲人イサーキウス二世だろう。いったいどうするつもりかね?」

(これまた、すばらしー本屋さんの台詞から)

Comments (2)

香りを嗅ぐ読書

Posted on 22 2月 2015 by

image

人の女の子が言う。
「本を読まない男の子とは何かほんの少しだけ “合わない” 感覚がある」という。この言葉を誤解の無いように伝えるんだけど、その女の子は一人を上手に楽しむタイプで、つまり相手と「一人を楽しむ」という感覚にズレが生じるのではないかなと思う。読書はいつも孤独だ。そして楽しい。

読書というのは時々不思議なことが起きる。
以前、野外で本を読んでいたら足元に穴が空いていて、そこからヘビがにょろにょろと這い出ていた。気づいた頃にはヘビはかまってもらえずに窮屈な巣穴にまた戻るところだった。つまり僕は足元でヘビが這い回るその上で静かに集中して本を読んでいたわけである。

南米の文学が好きだ。特にマルケスは「マジック・リアリズム」と呼ばれる作風で、日常の中にさらっと現れる超現実的な表現が、そこの場所に吹いている風に似合っていて、世界にピタッと合う感じがする。例えば、恋をした状態でガラスに触れるとそれが緑色に変色する。オレンジを割るとダイヤモンドが現れる。古ぼけたテントの中で主人公の女の子が1日で100人もの男を相手にして「ガラスが砕けて骨の中に入ったみたいだわ」とつぶやいたり、ハンモックで眠るその下でカニが這い回り、空から老いたヨレヨレの天使が落ちてくるし、海の中に薔薇の花が密集していて、雨を降らせるために雲に銃弾を打ち込んだり、パンツに鍵かけちゃったり、怪しげな行商人は磁石を引きずったら村じゅうの鍋がごろごろとくっついてきて、氷を触らせると燃えていたり、不死身のクスリを大衆に向かってプレゼンしていたと思ったら毒蛇に噛まれて突然死んじゃったりするわけである。

一時期、本を読むたびに、その作家の比喩表現をかたっぱしからノートブックに書き上げていた。僕は本を断片的に読む傾向があって、物語を読むというよりは、何かを探しながら読んでいる。たぶん物語を読みたいというよりは、そこにぎゅっと詰まっている「濃密なことば」を探している。
いつも比喩表現というものは物語の中で切り離されていて、そこだけ孤独を強く感じる。作家がその表現までたどり着くまでの長い時間を想像して、孤独を感じるのかもしれない。そこに書かれていない長い時間を想像することが、たまらなく好きだ。「見えるものは、見えないものの終点である」と考えながら本を読むと、また違った物語がそこにある。

マルケスの比喩表現を書き留めておく。まだ読んだことのない人が、南米の監督アレハンドロ・ホドロフスキーの映画みたいに遠く異国の世界の果ての、不気味で美しい光景が感じられたらいいなと思う。異国のお酒を飲んだ時に漂うオークの樽の香りや熟成の長い時間を感じるように、作家の比喩表現という孤独に触れて、ずっと遠くの場所を感じてみてください。本を読むというのは、香りを嗅ぐということに近い。書きとめられた言葉から、その物語を想像してみるのもよいと思う。見えるものは見えないものの終点である。

赤子…①とかげのように青白くぬめぬめとしていた。②赤子は茹っていない牛の胎児そっくりの大きさと頼りなさを示していた。
朝日…アルミ箔のような朝日の輝き。
…馬のような汗をかき、太陽に炙られた皮革の匂いを体から発散させていた。
暑い…このあたりはあまりにも暑いので、卵は目玉焼きになって生まれるんですよ。
…はるかな昔、メルキアデスの部屋で空飛ぶ絨毯や、水夫ごと飲み込んでしまう鯨など不思議な物語を読みふけっていたころにきざしたもので、それがたまたま乾し草用のフォークに似た雨でほじくり出されたのだ。
…先史時代の怪獣の卵のようにすべすべした、白く大きな石。
…つまり海はだな、猫みたいなものさ、と彼は言った。いつかは戻ってくる。
思い出…際限のないジグソーパズルの一片にも似た思い出。
…サラセン人めいた侘しさが感じられ、秋の色をした顔に暗い光が漂っていた。
…彼女に不幸をもたらす風が犬の群れのように寝室に侵入し。
考え…考えというのは誰のものでもないんだからね。そこらじゅうを飛び回っているんだ、天使のようにね。
関節…しかし、関節はこぶのようにふくれ、これまでどうにか保ち続けてきた耕地にそっくりだった。
機関銃…飽くことを知らない、きちょうめんな鋏めいた機関銃弾によって、まるで玉ねぎの皮でもむくように、ふちからきれいに刈り込まれていった。
恐怖…恐怖のあまりトーテムのように呆然と立ちすくみ。
行列…雑多な人種と身分の男たちからなる列がくねりながら果てしなく伸びていて、まるで背骨が人間でできた大蛇のようだった。
金貨…闇の中でも火のように輝いている七千二百十四枚の四十ペセータ金貨。
空気…午後三時の液体ガラスのような空気と情け容赦ない暑さのこもった部屋。
恋心…しかし何よりも悲しく、腹立たしく、辛かったのは,匂いのきついうじのわいたグアバの実のような恋心を、死ぬまで引きずっていかねばならないというこの事実だった。
…オルガンのように深みのある声。
小雨…生ぬるいスープのような間の抜けた小雨。
錯乱状態…迷路のような錯乱状態にありながら、その秘密を守るに足る正気を残していて。
サンスクリット文字…それは間違いなく、47文字から53文字のあいだの数のアルファベットを形づくっていて、一つ一つを見ると、ダニか蜘蛛のように思われたが、メルキアデスの美しい見事な筆跡では、まるで針金に吊るした洗濯物のような感じを与えた。
死体…①蜂の巣のようになり、スープに浸ったパンのように崩れる死体。②周りの死体が秋口の石膏のように冷たく、乾いた泡のようにぶよぶよしているところを見ると、虐殺からすでに数時間は経過しているはずだった。
商店街…バベルの迷路じみた商店街。
辛抱強さ…まるで溺死人のように辛抱強かった。
…「どんな感じなの?」ホセ・アルカディオは即座に答えていった。「地震に出くわしたようなもんさ」
静寂…①紙の上を走るペンの音で署名の一つ一つが読み取れそうな静寂。②何レグワも離れたところで交わされる水入らずの親しい会話が聞き取れるほどあたりは静まり返っており。
背骨…弱り切った糸で一列につないだ糸巻きのようなペトラ・コテスの背骨。
…やかましい蝉の鳴き声は裏庭に製材所ができたような感じでした。
扇風機…暑苦しい部屋では、扇風機がアブのように唸っていた。
太陽…ある金曜日の午後2時m煉瓦の粉のように赤くざらざらした、しかもまるで水のように爽やかな太陽が、あっけらかんと照り出したのだ。
タクシー…霊柩車の残りの部品を集めたようなおんぼろタクシー
だらしなさ…そのだらしのない風采はテーブル・クロスについたスープのシミのように目立って見えた。
沈黙…スープがぐつぐついっているのが聞こえるほどの、ひどく暗い沈黙の中で。
…黒い包帯を巻いていない方の手が、まるで目に見えない軟体動物のように、彼の欲望の茂り合う水草の中にもぐりこんできた。
年増…二度炊きしても火が通らないほどの年増。
…涙がしょっぱいわよ、閣下。まるで温和しい牛のよだれだわ、閣下。
眠り…孤独な水死人めいた眠り。
…①日を受けた原油と同じ色合い、深みを備えたその肌。②黄金色の糖蜜を思わせる暖かい肌。
…「光は水みたいなものなんだ」と私は彼に答えた。「蛇口をひねるだろ、そうすると出てくるんだ」
ひざ頭…彼女の印象に残ったのは、ずらりと並んだピンク色のひざ頭だけだった。肉屋の鈎からぶらさがっている豚肉のようだった。
独り言…実のところ、石ころだらけのその独り言の中からえりわけることのできたのは、絶え間なく金槌のように繰り返される、昼夜平分時、昼夜平分時、昼夜平分時……という言葉と、アレクサンダー・フンボルトという名前にしか過ぎなかった。
疲労…「ガラスが砕けて骨の中に入ったみたいだわ」
不幸…不幸ってやつはカタツムリみたいなもんだ。
平野…窓の向こうには月面のような燃える平野。
真白…わしの家は絶対に、鳩みたいに真っ白に塗らせるつもりだから。
真昼…モンポックの町の川沿いに立っている家の屋根がアルミニウムを思わせる真昼の光の中に浮かび上がっていた。
見習尼僧…雨に驚いて舞い上がった鳩のような大勢の賑やかな見習尼僧。
…①ダイシャクシギのように丸く大きな目。②肉食獣のように鋭い目が、雨を見すぎて物悲しい穏やかなものに変わっていった。③細いが生き生きとした青い目は、万巻の書を読みつくした人らしい穏やかさをたたえていた。
山芋…象の足のように大きいヤマイモ。
…まるで鳩の羽毛のようなやわらかな、けがれのない雪。
…もぞもぞする温かい蛆虫のようなアマランタの指。
陽光…太陽はブラインドのあいだから刃物のように差し込んでいた。
乱雑…しかし、今では痛んで陰鬱に沈んでおり、大きな空っぽの空間があったり、本来の場所から外れた家具があちこちにあったりするために、いつでも引越しの最中のような印象を与えた。
笑い声…「あたしの時代の男みたいね」とマリア・ドス・プラゼーレスは雹のように笑い声を降らせて言った。

参考文献:「百年の孤独」「族長の秋」「迷宮の将軍」「エレンディラ」「予告された殺人の記録」「落葉」「悦楽のマリア」「ガルシア・マルケスひとつ話」…その他いろいろ

Comments (0)

幻のReading room

Posted on 11 2月 2015 by

こんにちはkonamaです。

「再びあなたの本棚について語ってください」のお題をいただいて、ちょっと書いてみます。が、書いているうちに「わたしの本棚」ではなくて、「私の妄想ライブラリー」の話になっちゃった気がするので、その辺は大目に見てください(一応自分の本棚もお見せしていますよ)。

昔から本が好きで、一週間に一度も本屋に行かないと息苦しい、何か新しいことを始める時にはまず本を買うという具合です。だから、自分の部屋は基本的にいかに気持ちよく本が読めるかっていうことを引っ越すたびに考えます。職業柄必要な本は多いのと、わりと読み返す率が高いせいで、ほとんど本が捨てられません。下の写真は我が家のメインの本棚。かなりしっかりしたつくりなのですが、ハードカバーの二段置き(棚に2列本を入れてる)のせいで、かなり歪みが来ています(書き終わったモレスキンもこの本棚に並べてあります)。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

こんな本棚があったら素敵だなあという妄想は常に頭にあって、書店やお城に行くたびに素敵な本棚に目が釘付けです。今のところの理想の本棚(というよりReading roomとかthe libraryってな感じのもの)は

  1. 天井まで壁一面の本棚で、梯子あるいはバルコニーのような途中階がついている(ミニらせん階段付き)
  2. 明かりの入る大きな窓(緑が見えるとなおよい)
  3. すわり心地の良い、脚のぶらつかないソファ+読書灯、足元はふかふかの絨毯
  4. 大きな図鑑や写真集が広げられる大きな机

といった具合です。書店や図書館はその性質上、写真を撮ることができない場合が多いので、さらに妄想は膨らむのですが、イギリスに留学していた学生時代に年中通っていた図書館が「らせん階段付きのバルコニー式書棚」で、いつもうっとりしていたのを思い出します。とはいえ、その図書館も今年の6月に閉館とのこと。電子ジャーナルが主流になった昨今、科学雑誌専門の図書館など滅びゆく運命なのかもしれません。

しかし、図書館レベルの書棚を自宅に求めるのは無茶な話で、本棚のある家の写真をみるのも大好きです。左の本は10人の作家の自宅の本棚と自分のお気に入りの本10冊を紹介するというもので、整然としたモダンなものから、詰め込んだだけのものまで様々。時たま眺めてまた妄想を膨らませています。

unpackingmylibrary OLYMPUS DIGITAL CAMERA bookshelf2

自宅の読書環境となると、やっぱり座る場所とコーヒーを置くところが必要。今は別の本棚の前にお気に入りの椅子をおいて読書を楽しんでいます。本当はオットマンがあるといいんだけどなあ…妄想は尽きないのでありました。

Comments (0)

今は無い、本棚の話

Posted on 06 2月 2015 by

 

はじめて入った時から、しんとして冷やりとした、落ち着いた印象の部屋だった。明かりとりの高窓が付いた掃き出し窓や、二階から階段に射す光が目に入る。だけどその明るさは森の高い樹の隙間からやっと届く陽のようで、薄暗い部屋のつきあたりにある窓は、庭の緑を映した薄明るい硝子の壁みたいだった。窓の横には造り付けの棚があり、その、たくさんの本を置けそうな大きな棚を見た瞬間、理想の棲家に出会った気がした。
「ここに住みます」と言った時、庭を、猫が通り抜けて行った。

棚の横幅は2m強。床から5cm程度上がった最下段と、その上に40cmおきくらいで2枚の厚い棚板がある。
一番下にはレコード盤と画集や写真集なんかの重い本を入れた。中段には片側に雑誌や大判の本を収め、残りはぜんぶ単行本と文庫本。前後に二列と上下に二段重ねでパズルのように本の厚さを合わせ、上の棚板との隙間にもねじ込んだ。
一番上はスピーカーをブックエンド代わりにしてCDや地図や辞書を積み上げ、その隙間に籠や箱を埋めて、音叉や使わなくなったZippoやマッチ箱、オイルや磨き布や楽器の弦やカードゲーム、遊び道具の小物を入れた。
棚の上の壁には、カレンダーにオモチャのトカゲ、ポストカードとか写真とかを留めてるんだけど、カレンダー以外は上に上にと貼り重ねてゆくから、ほとんどのものは日に焼けて茶色く丸まって、風が通るとカサカサ音をたてた。

Continue Reading

Comments (2)

ノートブックと、はじめまして

Posted on 26 1月 2015 by

はじめまして、たねと申します。2015年よりNotebookersライターに登録していただきました。
ノートブックも文房具も好きですが、あまりたくさんは持っていません。古の魔法使いや科学者のジャーナルや覚え書きの紙束やノートに強い憧れがありますが、同じようなものを作りたく何度も挑戦しては失敗し、結局それらしいことも出来ないんだと自覚して今に至ります。なので、自分のノートブックをテーマに語ることはほとんど出来ないんじゃないかと思います。

本とモレスキン

「人が立ち去った跡にもしばらく思念の香りが残ることは、だれもが知るとおりであるが、これをくわしく検討したり記録したりするためには、目に見える形に変える必要が生じてくる。
(中略)花タバコを一服ふかすと、その香りが我々に働いて、煙が次々といろんな形をとるように見えてくる。そのとき、その場に残された思念を静かに受け入れれば、いろんな形をとっていた煙が徐々にその思念を反映しはじめる。……
井上 直久 (1985). イバラード物語 青心社

絵であったり写真であったりMoleskineであったり、チラシの裏や紙コースターのメモや落書き、通りがけにもらった良い匂いの香水の紙片、会話や感触の反芻。
流れていつのまにか消えてゆくものを少しのあいだ傍に留めておくものが、紙と筆記具に限らず、自分にとってのノートブックかなと思います。そんな感じのことを、少しずつ書いてみたいと思っています。

「おいしい」の跡
「おいしい」。私の思念の香りはこんなのばっかりかもw

どうぞよろしくお願いいたします。

Comments (2)

Tokyo Photowalking

Posted on 21 12月 2014 by

今月18日に発売された、旅&アクションエールマガジン“TRUNK”に、
カメラマンJo Moriyama氏と行くフォトウォーキング」
という企画に参加したときの記事が載りました。
saori_141221-09

早朝の渋谷を、カメラマンのJo Moriyamaさんと5人の読者とで、
自由に写真を撮りながら歩きました。
途中、カフェで休みながら写真鑑賞会をしたんですけど、
渋谷の捉え方が個性豊かで興味深かったです。
それに、第一線で活躍するJoさんのとれたて写真も見れる贅沢!

フォトウォーキング、楽しい!!
カメラを持つと、いつもの街も発見に満ち溢れます。
※だからといって集中しすぎて、うっかりしんどくなるのは気をつけないと。笑

フォトウォーキングの日と、それ以降に撮った写真を載せます。
相変わらず、かんたんなフィルタに依存する日々。それがいい。

saori_141221-01

saori_141221-02

saori_141221-03

saori_141221-04

saori_141221-05

saori_141221-06

saori_141221-07

さて、私の2014年Notebookers記事はコレが最後。
今年もマイペース極まりない記事を読んでいただき、ありがとうございました。

すこし早いですが、みなさま良いお年をお迎えください。
そして来年も、よろしくお願いいたします。
saori_141221-08

Comments (1)

文具ピクニックを終えて

Posted on 03 11月 2014 by

いってきました。文具ピクニック。

 

あいにくの、前日の雨で。ぬかるんでいるやもと、ピクニックはあきらめて喫茶店にはいりました。

今回の自分発の企画に、たくさんの人や、本当に意外な人から協力いただいたり、声をかけてくださって。

ひき返せない状況に…ごほっごほ。いや、なんでもございません。感謝しております。

 

では、当日に活躍してくれたダンボーが当時の様子を語ってくれるそうなので、ダンボーにまかせます。

 

『ぼくが案内するよ』

image

『早くついたから散策するよ』

「そうそう、早めにいって周辺カフェをチェックしときたかったのよね。ノープランだったもんでね」

『秋なのに薔薇が咲いているんだね』

image

このあと、ダンボーを落として

「ダンボーが転けてしまって、ずぶ濡れになったのよねダンボー?」

『水も滴るいい男』

「そ、そうですよね!ぬれたダンボーもすてきでしたよ」

image

中央公会堂です。

ここが待ち合わせの場所で、私とダンボーはそのまま前を横切った。

『だって、一時間も前についちゃったから。周りをみてまわりたい』

ですよね。とってもヨーロッパな雰囲気で本気なカメラをもったおじさま、おばさがいっぱいいたもんね。撮りたくなる気持ちはわかるよ。

雰囲気にたそがれるダンボー。

image

『やっぱりピクニックしたかったね』「ね、ほんとに」

無事に、参加者とあつまって中之島公園の薔薇をみにきた。

季節ではないとおもっていたのですが、秋に咲く薔薇もあるのですね。

文具イベントの告知をたててから、ぎりぎりまで人があつまらなくて。

Notebookers  でおなじみの、なかしぃさんとのデートになるやもしれなかったのです。それは、それで絵を描く方なのでスケッチ大会に変更しようかとも本気で考えた。

けっきょく、私をいれて6名の会となりました!

image

 

 

薔薇をみながら、喫茶店にはいるとしずらいことを先にすましておこうとインク交換をさっそくしました。

万年筆ユーザーでもない人がいる中で、最初から何をしているのかと若干、思わなかったでもないし途中参加の西日本手帳の会の秘書さんからは「まさか、外でインク交換をしているとは」といいながら合流できて、全員そろった。だってね、インク交換の時の絵面が悪いので...。

 

『遠目にみた怪しい人たち』

image

 

『近づくと何をしているかわかる』「…わかるかな?」

 

万年筆ユーザーが半分くらいだったので、インクの数もこんなもんですが、もっと人が集まりコレクターの人が本気をだして持ってくるとけっこうなカオスなことになるのです。

image

『この後、喫茶店まで移動したんだよね』

「そうそう。途中に文具やがあったからそこにもよったんだよね」

『おなかすいたね』

image

 

「自分の手帳の使いかを発表してもらったのよね。ダンボー、ビーフシチューは熱いから気をつけて」

『お、おいしそう!!』

 

image

途中、食べてるときの写真を大幅に取りわすれてしまった…。

上の画像は蛇腹で年間の管理。付箋にかいて、どんどんと捨てていく。なんというか、かなり独特な使い方のもの。

システムが出来上がっていておもしろかった。

さっきの方と同じ職場の人の手帳がこちら。

image

 

『使い方が全然違う!』

「おもしろいね」

『ねー!』

image

 

『次の方は、細かい字で書き込んでたね』

「うん。付箋はメモがわりにしていたね」

image

 

『みんな、手帳といっているのに。で、これはこうで。あれは、あれでって追加の手帳かノートかよくわからないものが次々とでてきたね』

「そうだね。笑」

『ジー…』

「…そうだね。人のこといえないね。つねに鞄のなかにはジブン手帳と、ムーンプランナーと、トラベラーズノートはいってるよ!」

これは秘書さんのタスク管理

image

 

『今回は、付箋つかいの人が多かったんだね』

「ほんとに、そう。ふせん苦手な私は感服するばっかりだ」

そして、マステタイム。

…マステシェアをしようとしていたのに、まきとるストローを忘れたのは私です。。

なので、各々すきな場所に貼っていった。

「あ、ダンボーそれはマステじゃなくて普通のシールよ。ひこにゃんのっていってたね」

image

『増える、ふえる』

image

 

各所につまれたマステの山。

image

 

みんなが、貼るごとに平野になっていくマステ。

image

 

貼る場所がなくなってきて手帳の裏側にも貼り始める。

image

 

『このあと、また文具屋いったんだよね?』

「そうそう、オシャレなビレバンときいていってみようってなったんだよね」

みんな、興味のあるところへ散らばって文具をみてました。

 

『文具ピクニックたのしかったね』「ね」

image

 

Comments (3)

本好きであって読書好きではなく・・・

Posted on 01 11月 2014 by

Happy birthday to me、Happy birthday to me、Happy birthday to Nakasy、Happy birthday to me. ということで今月の7日はなかしぃ卿の聖誕祭です。我が言わずして誰が言う?!ということでマリリン・モンローっぽく歌ってます。

というわけで(どういうわけなんだか・・・)、秋といえば読書の秋です。本大好きです、本屋さん覗くのも楽しいです、かといって読書が好きなわけではないんですよね。読書好きなNotebookerさんはこの先不愉快な思いをされるかもしれないので前もって断っておきますがここから先読むのはやめておいた方がいいです。

IMG_20140501_100220

ボクにとって本とは字や絵、写真などインクの乗った紙の束を意味する。物として、手に取れる物として、所有していることがリアルに実感できるものがボクの中では本として認識される。それは本屋さんにしか存在しない。図書館においてあるのは本ではないと思っている。あれは参考に出来る資料であったり消費するだけのコンテンツである。学校を卒業して以来図書館には一度も行ったことがない。本を借りて読むのは自分の身に付かないという半ば迷信のようなポリシーがあるからだ。自腹を切った本はたとえ全部消化できなくても何か一つは身に付くという信念がある。借りた本、無料で読めるコンテンツはただ時間を消費するだけで何も残らない気がするので。たとえば、自分が作家なら自分の著作を全作借りて読んだ熱心なファンよりも、買ってみたけど積読のままの購入者の方がいいと思ってる。作品に対して対価を払わずファンを名乗られても「えっ?」という感情しか湧かない。作者に利益が回らなくなると次作につながらないからである。よい作品というのはある程度生活に余裕がないと生まれないし、食べるものに困って餓死したら永遠に作品が上梓されることはないからである。ボクは本屋で買える本であれば作家に還元するためになるべく新刊を買うようにしている。

しかし、たまには古書店を巡ることもある。古本を買っても作家に利益が還元されないのでは?さっきの言説とは矛盾していないか?と思われるかもしれないが、自分の中の原則として古本を買うのは絶版になったモノに限るということにしている。初回しか刷られてない本でもマニアックな本やレアな本に遭遇するのが楽しいのである。ここであったが100年目、我が買わずして誰が買う?みたいな運命の出会いが古書店にはあるのだ。

本屋といっても大型書店から町の本屋さん、最近ではセレクトショップ系のブックストアなど色々な形態があり、どこに行ってもワクワクする要素がかならずある。また、元は本屋なのに雑貨メインになったVillage Vangardや大阪ではStandard book store、京都なら恵文社などもお気に入りの場所である。本屋は自分の世界を広くしてくれる気がする。自分の興味のある分野を掘り下げることが出来ると思うし、新たな出会いがある。買わなくても本屋に行くだけで世の中のトレンドを掴むことができるし、世の中にはこんなものもあるのか!という発見もある。棚の前で一目惚れした本に出会ったら迷わず買うようにしている。一期一会なので次に来たときにはもう棚にないかもしれないからだ。手にとって買いたいのでネットでは買わない。

冒頭で本はインクが乗った紙の束だと書いたが、それはコンテンツが本なのではなく表紙を含む物体としての芸術であると思っている。装丁もアートである。いや、装丁がアートであるのかもしれない。装丁こそアートなのか?中身は同じなのに表紙を変えるだけで売れ行きが変わったりする。夏休みになると読書感想文課題図書が人気イラストレーターの手によってポップな表紙になって平台に並べられることが毎年の風物詩のようでもある。装丁自体が自己表現であり主張である。ボクの知り合いも何人か掲載されているあの悪名高い(ほめ言葉です)モレカウも著者の一人である「モレ本2」も、モレスキン同様に角にアールをつけるという出版社の常識からするとはみ出た装丁である(ゴムバンドを付ける計画もあったとかなかったとか)

ということで、本というのは著者の思いだけではなく、編集者やさまざまなスタッフの思いが詰まった芸術作品というか目に入れても痛くない子供のような存在であるので、できるだけコンテンツを消費して使い捨てるみたいな真似はしたくないのである。そうするくらいなら喜んで積読でも本棚の肥やしにでもする方がましであると思う。積読上等!積読万歳\(^-^)/

今までは本を選ぶ基準というのは自分の好きな作家やジャンル、興味のある分野であったり学ぼうとする事のテキストだったりだったが、それだけでは予定調和で世界が広がらないので、普段の自分じゃ絶対選ばない本を買うときもある。そういう本は海外に行く前に空港の本屋で買って、飛行機の中で読む事にしていた。過去形なのは昔は頻繁に行く機会があったが今は年に1回行くかどうかという状況なので・・・ 自分の知らない世界を覗くのもたまにはいいものである。

今年に入ってからはある出版社のサービスで、年会費を払えば1年間その出版社の新刊を送ってくれるというのがあり、それを始めた。基本的には月1冊出版であるが、月2冊になったときでも追加料金は発生しない。キャッチフレーズは「本を読まない人のための出版社」だそうで、彼らは「本には人生を変えてしまうほどのすごい力がある」と信じている。自分の想像もしなかった本が送られてくるのが毎月の楽しみになって、郵便受けに入っていると封を開けたくてワクワクする。

中身ではなく本というモノについて語ったが、いつかは自分の本を出版したい。その節は図書館で借りるのではなく直接本屋さんで買ってほしいなぁと思う今日この頃である。

 

 

Comments (0)

もしや、これは噂のNOTEBOOKERS MEETING か!?

Posted on 13 10月 2014 by

11/2(日)に文具の集まりをします。

場所は中之島or大阪城公園の有料の庭。
時間はお昼あたり。途中参加、途中離脱OK

えーっと、このご時世にfacebookやってません。

image気になる方は@mokiki_3 までご連絡お願いします。

 

完全な見切り発車で、勢いでこれをかいています。
大丈夫かな?とは、若干心配な部分はありますが、言ったもん勝ちな気もするので、書かせてもらいます

コンセプト。
ゴロゴロ寝っ転がりながら、文具の話をしましょう。時間もちゃんと決めてないけど。
各自、てきとうに食べるものは持参してもらって、ピクニックがてら。

手帳を書くもよし。ライフログを書き出すもよし。切り貼りするのも、レザクラよし。万年筆の試筆は、私がしたいので持って来てもらえると喜びます。金ペンを買おうとしているので。。参考にしたい。
希望者がいればインクの交換会もします。小分けの瓶など道具は余っているから、使ってださい。

友人が外で手帳を書いているのをみて、すごく羨ましかったのです。

私も!!と、外でライフログを鳥が近くを、とっとっとっと、歩く横で書くのは、なかなかよいものでした。

場所も、時間もしっかり決めてないし、私が適当なので、ゆるーい集まりになるかとは思いますが、外でごろごろ寝っ転がりながら、文具の話をする機会なんてあまりないと思う。

一緒に太陽の下ごろごろしながら光合成しませんか。

Comments (0)

Photos from our Flickr stream

See all photos

2018年11月
« 10月    
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

アーカイブ