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【机上で行われる行為】 #01 ボードゲーム

Posted on 04 6月 2017 by

最近、とある本を読んでいて面白いなぁと思ったのは、「だるまさんがころんだ」をさらに面白くしてみるという内容だった。
まず「だるまさんがころんだ」の曖昧な部分となっているルールを指摘していた。

【問題点】
①終了条件が曖昧になっているため、繰り返し行われる際に飽きてしまう点
②鬼にタッチをした担当者に対する「小さなごほうび」が用意されていない点
③大股〇歩、小股〇歩と、子が鬼の歩数を  指定するところ(つまり、子から鬼に条件を与えるためタッチすることができないことがある)

【解決方法】
①全員が鬼をプレイしたら終了。もしくは特定のポイントをクリアした際に終了とする。
②ポイント制にする。子は鬼にタッチをした際に1ポイント、鬼は決められた歩数で子にタッチができた場合1ポイント。
もしくは全員を捕まえることができたら数ポイントなど鬼に大量得点のルールを与えるのも面白い。
③鬼の歩ける特定の歩数を「大股10歩、小股20歩」と予め決めておく。

アレックス・ランドルフの 「すべての遊びは進化の途中であり、進化の連続から新しいゲームが誕生する」 ということばで締められていた。こういうの、読んでいるだけで興奮してしまった。「だるまさんがころんだ」に類似した遊びは世界にいくつもあり、ドイツでは”Ochs Am Berg(山の牛)”、イギリスでは「Green Light Red Light(青信号赤信号)」というゲームで、どちらも親が後ろを向いている間に近づいてタッチする遊び。日本の遊びではなぜか皆が鬼になるのを嫌がる傾向があるが、ヨーロッパでは鬼に自由な特権が与えられており、どちらかというと鬼になりたがる人が多いらしい。

僕はこのような、人が「楽しいと感じる」システムに興味があって、いつもダイスを持ち歩いている。小さなころ、親が僕をおもちゃ屋さんに連れて行って、お誕生日だから好きなの買ってあげると言ったんだけど、しばらく悩んだあげく僕は一番小さな70円のサイコロがショウウインドウに入っているのを見かけてそれを買ってもらった。人生で初めて能動的に手に入れたおもちゃである。安上がりな子供で親も安心したと思う。

 

 

しばらくはダイスを転がしながら、1~6の目がランダムに出るのが不思議でしょうがなかった。ばあちゃん家のアパートの外階段でサイコロを転がしていると、興味を持った近所の子供が話しかけてきてルービックキューブを教えてくれたのを今突然思い出した。
ある程度大人になった今でも、23種類の順位をダイスひとつで抽選するには?とかダイスひとつで平文で暗号と複合を成してみるとか、ダイスをn回降った時にp回だけ特定の目が出る率 (※上図:一番左側の “p” は正しくは “P” です。nCmの部分はコンビネーションの公式です。)とか、自分で問いを作ってそれを机上で解く道具として使っている。ダイスはひとつの考えごとを提供する文房具だと考えている。

小さなころのファーストインプレッションというのは大人になっても継続するもので、ダイスひとつで退屈しない大人になったなぁと思う。楽しいと感じるシステムについて考えるのが楽しい人は、サイコロひとつ持ってても楽しいのだろうと思う。これらの楽しいと感じるシステムはどこか遠くの時代に、世界の誰かがつくったものだ。それがダイスを通じて今の僕に届いているということを想像すると割と興奮する。世界の誰かが考えたものが、道具を通じて、小さな文化となって伝わっていくというところにドラマチックさを感じる。


最近ではすっかりスマホやコンシューマのゲーム機が有名になってしまったけれども、たまには誰かとひとつのテーブルを囲んで、アナログなゲームもお勧めする。誰かが作りあげた画期的な「楽しいと感じるシステム」がたっぷりと詰め込まれていると思う。ドイツではボードゲームの生活における比重が全く日本と違う。毎年ドイツで10月ごろ行われるボードゲームの祭典「Essen Spiel」では毎年数十万人が世界中から訪れ、40か国600ブースを超える出展、そしてイベントが行われるエッセン市ではまるごとゲームのお祭りの様相をほどこし、街のあちこちでボードゲームの世界大会が行われるといった状況で盛り上がっている。

ボードゲームには、テーブル上に公開された情報のみで遊ぶチェスや将棋や囲碁のようなアブストラクトゲームと言われるものもあるが、不思議なことにドイツでは敬遠されるようだ。また、すごろくを代表するただのレースゲームのような、操作する情報が運のみのゲームも敬遠されるようである。
つまり、ドイツのボードゲームは他プレイヤーとの相互に関わる要素「交渉、競り、交換、対戦」が程よくミックスされ、コンポーネント(駒やマーカーの類)が木製で立体感があり美しいものが好まれ、雰囲気満載のボードが扱われることが多い。日本では「ドイツのボードゲーム」もしくは「ドイツゲーム」と呼ばれるこのジャンルは当のドイツではSpiel(シュピール/遊び)と呼ばれる。デザイナーが重視されており、箱やすべての広告にデザイナーの名前を冠して販売されることが多い。これは日本で言うところの出版物に似ている。つまり著作者が出版社を変えて本を出したとしても本が売れる仕組みと同じだ。デザイナーの名前が看板となっている。
ドイツのボードゲームのデザインは、ゲームのテーマから入る人と、システム構成からデザインを始める人がいるらしい。複数のアイディアを重ねていき、最終的に出来上がったものを何百回と繰り返しテストプレイを行う。ここで作品をマッシュアップしていくのである。

「よくチェスをやるのかい?」
彼は部屋に置かれたチェスボードに目をやり、たずねた。
「ノー、よくってほどじゃない。たまに1人で駒を動かしながら考え事をするんですよ」
「チェスは、2人でやるんじゃないのかい?」

ボードゲームについて人と話していて思ったことがひとつ。
複数の人数でプレイすることも楽しいのだけど、一人で考え事を楽しむ道具でもあると考えている。ヘッドフォンやノートブックやそしてボードゲームも、結局のところひとりで楽しむ道具のように感じている。自分の考えというものは、誰か他人に話すことでそれが楽しいことであるか判断できるんだけれど、一人で考えたことを誰かに話すための道具、そういうものも世の中には存在している。

最近はノートに、ボードゲームの中で自分が楽しいと思ったシステムをメモしておく癖がある。また冒頭に書いたような、既存の遊びを楽しく変えるアイディアがあったら書き留めておいている。仕組みだけメモしておくと頭の中でイメージしながら何度も繰り返して遊べるからだ。
クリエイティブな行為には2種類あって、新たなものを作り出す行為と既存のものを変化させる行為である。僕は既存のものをいろんな角度から見て視点を変えるのが好きだ。普段の生活の中で自分が楽しいと感じるシステムについて考えるのはとても楽しい。既存の何かを楽しいと感じるように変化させるのが割と好きだ。
身近なモノをゲームにすると考えるなら、非日常的な視点で見るべきかも。例えばノートをゲームにするなら、「1冊のノートを複数人数で取り囲んで一斉に書く」もしくは「複数人数で数冊のノートを向かい合って置き、互いのノートの境界線を越えて線を引き合う」等。まず楽しむ。後でルールを付加する。

小さい頃から紙の上でのゲームはよくやってたけど、最近ちょっと面白いものを見かけた。
出題者から各自に配られた「キリン」や「餅つき」などの「お題」を、みんなで1つの紙の上に少し(一筆)ずつ絵で描いていくというゲーム。ただし、そのうちの1人は配られた「お題」が白紙になっていて鬼?になる。つまりひとりだけお題を知らずに描いていくことになる。お題が空白だった鬼は、他の人が描いている断片から推測し「知ったかぶり」して描く。全員が2回ずつ筆を入れたとき、鬼が今回のお題を当ててしまうと得点は鬼のものになる。 他のお題を知っている一同は、鬼にお題を悟られないようにしつつ鬼が誰かを特定できれば得点となる。「鬼には解らないだろうけれどもお題を知っている人には解るはず」と考えて線を描いていくと絵はだんだんとよくわからない方向に変化していくオモシロさがある。「これなら解るだろう」の尺度が人によってそれぞれ異なることを楽しむゲーム。これならノートブック一冊を使って、それぞれが違う色のインクのペンを使って遊べるなぁと思っていた。

最近「Dixit」というボードゲームを買って、そのシステムに感動した。『DiXit』とは、ラテン語で「(彼が)言う」の意味で、フランスでは根拠なき主張を揶揄するときに使う言葉らしい。数十種類の不思議なカードが同梱されていて、各プレイヤーが6枚ずつの手札を持ち、1人ずつ交代で語り部をプレイする。語り部は自分の手札1枚を選び、その絵柄から連想される言葉(歌でもパントマイムでもなんでも良い)を全員に言い、他のプレイヤーは自分の手札からその言葉にもっとも似ていると思うカード1枚を選ぶ。全員がカード1枚ずつを出したら、語り部がそれをシャッフルして並べる、語り部以外のプレイヤーは「語り部の選んだカード」と思ったカードに投票し、その投票結果によってポイントを獲得できる。

このポイントの配分方法がギネス級のアイディアなのでよく読んで理解してほしい。
全員当たり、または全員外れの場合、語り部にはポイントは 0点。この場合は語り部以外のプレイヤーが全員2点ずつ点数が入る。では語り部の選んだカードに誰かが投票し、かつ外したプレイヤーもいる場合は、語り部に3点、当てたプレイヤーにも3点入る。
そして、上記の点数配分に加えて、語り部以外のプレイヤーが出した「似ているカード」に誰かが投票した場合は、そのカードを出した人に1点が入る。
上記のポイントの配分が絶妙過ぎるのでぜひイメージしてほしい。つまり、語り部はモロわかりでも的外れでもない、適度にあいまいな言葉を要求されるジレンマを楽しむことになる。

最後にボードゲームのインスト方法について記載しておく。

第三者とボードゲームをプレイするときに必要な行為なんだけど、初めてプレイをする人に対して、「どのような手順でゲームを行うべきか」説明を行うというのが重要な行為となっている。これは通称インストと呼ばれる。インストラクターのインストと同意。手順は以下の通り。

【インスト手順】
①ゲーム背景の紹介
ボードゲームの持つ世界観・雰囲気・テーマ・ムードについて説明し気分を盛り上げる。
②終了条件・勝利条件の説明
どのようにするとゲームが終了するのか、勝つのか説明することで何のために何をするのかが明確になる。
└ 質疑応答
ところどころで質疑応答を挟む

③ボードの説明
スタート地点・ゴール地点・駒を動かしても良い場所の説明
④おおまかな処理手順の説明
どのように進行していくのか説明。
⑤それぞれの処理手順の説明
一般的な処理と例外の処理を分けて説明する。
└ 質疑応答
⑥最終決算もしくは得点計算の説明
最終的に決算でポイントがどのように変動するのか説明。
⑦特殊ケースの説明
一定の条件でしかできないアクションについて説明する。
└ 質疑応答

【追加オプション】
⑧適度な助言
よくある展開、最終的に皆が達する平均的な点数について説明。
⑨明らかに有利・不利な点の説明
自分の経験上と説明したうえで、有利に戦うコツについて説明。
こうやって眺めてみると、何か別なプレゼンにも使えそうな気がする手順である。

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【ノートブックがない旅なんてVol.54】脳内の風通しをよくする数独とフリクション

Posted on 20 9月 2016 by

2016年も残り100日あまり。
気が早いとは分かっているが、2016年マイブーム大賞はもう決まっている。

数独。
SUDOKU。
今更なぜと思われようと、「数独」なのである。

珍しく買った雑誌の読者プレゼントクイズに載っていた数独を、これまた珍しく解いてみたのが、運の尽きだった。ご親切に解法のヒントが書いてあったとはいえ、思いのほかあっさりと解けてしまった。

「もっと解きたい」魔の誘惑がやってきた。
抗うこともなく、誘惑に負けた。
数独問題を初めてクリアしてすぐさま、問題集を買ってしまった。

手持ちのプレスマンとクリックイレーザーとともに、初級から上級まで全132問。
2ヶ月後、全問クリアした。さすがに途中で飽きるだろうと思いながら始めたのに、全問クリアした。

saori_160920-01



再び、誘惑に負けた。
さらに数独問題集を買った。
初級編をすっとばして、中級編と上級編やってやろうじゃないの!!

saori_160920-02

レベルアップした問題に立ち向かう筆記具として、シャープペンと消しゴムはもう役不足になっていた。新たな筆記具は、フリクションボールスリム038 スカイブルーにした。3年振りにフリクションを手にした理由が数独になるとは、どの私が予想していたことだろう。

私の場合、中級以上になるとマス目に入れる数字を一発で決められない。マス目に数字を仮置きして解き進めるので、「書いては消し、消しては書く」ことを繰り返してしまう。シャープペンと消しゴムを持ち替える時間も、消しカスを払う時間も、惜しい。フリクションに替えれば、数独をはやく解くためには無駄になる時間を減らせる。今更なに言ってるのかと思われようと、フリクションのありがたさをしみじみ感じるのであった。

予想外なくらいに数独にのめりこんでいるのは、数字がカチッとはまる瞬間がものすごく爽快だからだと思う。
中級以上になると、解き始めて3分くらいで解く手が止まってしまう。そこからマス目全体を見渡したり、消去法で数字を絞り込んだりするうちに、あるマスの数字が決まる。1箇所の数字が決まると、次から次へと他のマス目に入る数字が決まることがある。一気に数字が決まると、マス目に数字を書き込む手がリズミカルに動きだし、集中力がもう1段階あがって無心状態になるのだ。

脳内の風通しが、すうっとよくなる。この感覚を一度味わったら、もう数独はやめられない。騙されたと思って、この秋から数独はじめてみては?筆記具はフリクションスリム038推奨。

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【ノートブックがない旅なんて】は毎月20日に更新。
いま使っているフリクションのインクがなくなるまでは、数独にのめり込むはず。
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薄っぺらい道具を使ったスポーツがこの世に存在したなんて

Posted on 05 8月 2016 by

「雑誌で見たんだけどさぁ、女子も一人でペラブるって本当?」

「してたとしても言う訳なくない?ペラブってるよって」

「ペラブるんだ?」

「言わない」

というわけでNotebookers女子の皆さん、ペラブってますか?あなたのご両親も夜中にこっそりペラブってるかもしれませんよ。「ペラブる」って何?って聞いてごらん。

さて、先日私がモデルになったときのフォトグラファーの人がグループ展に参加するということで奈良県大和郡山市に行ってきました。写真はその人らしい雰囲気のあるいい写真だったのですが、せっかく大和郡山まできて写真を見るだけではアレなので金魚の街、大和郡山で金魚すくいをしてきましたよ。「こちくや」という金魚すくいの聖地では金魚を持ってかえらないのならポイ2つで100円という破格の値段で金魚すくいが楽しめます。ポイというのは金魚をすくう道具です。

このポイというのはプラスチックの輪っかに薄っぺらい紙が貼ってあり、金魚をすくおうとすればその紙が破れるので、紙を破らないようにうまいこと金魚をすくわなければなりません。大和郡山市では毎年7月に全国大会が開かれ、金魚すくいの戦士たちが鎬を削ったりしています。

でもそこは素人のなかしぃさん、そこまで気合は入ってないわけですよ。でも、すくい方のこつを教えてもらいました。一応「紙」「薄っぺらい」というワードがあるからNotebookersの記事としては成立してるよね。

で、まずはポイの表面を上にして水平に持ちます。ポイの表とは紙が枠の上に貼られていてフラットになっている面です。そして水平に保ったまま水平方向に水の中にスッと差し入れて手首まで水に漬けます。そして水平にポイを動かしながら金魚の真下に来たときに水平を保ったまま上に上げます。

そしてもうひとつ忘れてはならないのがすくった後金魚を入れるボウルです。このボウルには水をたっぷり入れて水槽の中に浮かべます。そうすると水面とボウルが近くなり、すくってからボウルに入れるときに最小の動作ですみます。この動作が大きければ紙が破れる確率が高くなります。

これを実践したおかげで素人なのに6匹もすくえました。凄いでしょ?でも、競技金魚すくいでは3分間の持ち時間でどれだけすくえるかを競います。この前テレビでやってましたが、県外からわざわざ練習に来る人もいます。

金魚をすくってる場合じゃなく、あわれなこのわたくしを誰か救ってください!

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写真展を見にいったギャラリーの近くに郡山名物、金魚in電話ボックスを見かけました。

 

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生活の傍らのボードゲーム

Posted on 13 4月 2014 by

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生活の傍らにボードゲームがあるというのは良いなと思う。
玄関やテーブルの上にチェスのボードを置いておいて、気が向いたら一手進めるという感じ。そして次の一手のことを考えながら、カレーを作ったり、出かけてしまう。そして人に会って話をしながら、ぼんやりとそのことについて考える。

ボードゲームの盤上のできごとは、日常的なものごとから少し切り離された場所にあると思う。それは、テーブルの上に乗った小さなボードの上での出来事であって、生活の中での円環とはまったく別な場所にあるものだと知っているからだと思う。生活の傍らのボードゲームの考え事は、僕らを日常から切り離し、生活にちいさな穴を穿つ。カレーを別な味に変えていく。出かけた先の日常的な光景が奇妙に感じる。出会った人々との会話に魅力的なズレを生じさせる。

好きなアートのインスタレーションで、会場の向かい側のビルのいくつかの窓際に、「白いカップの上にオレンジをただ乗せたもの」をランダムにいくつか置いておくというものがある。向かいのビルの古びた窓枠に置かれた、白いカップに乗ったオレンジ。あなたが窓から眺めた時に感じる、日常の中のかすかな違和感がそのまま作品となっている。

生活の傍らのボードゲームとは、この「窓辺の白いカップに乗ったオレンジのようなもの」で、日常の中での非日常だ。生活の中では、いろいろと自分をとらえるような出来事が多い。しごとのこと、ゆうじんのこと、こいびとのこと、しゅみのこと。ひとつの円環のなかに閉じ込められると、ものの見方はちいさく狭くなる。目の前のできごとの傍らに、まったく別な「生活から切り離された非日常的なかんがえごと」を置く。ボードゲームをひとりで右手と左手が対戦したときと同じように、相反する考え事をひとつの場所におく。
そういうときにボードゲームのような非日常的な考え事は、隅っこになぜかこじんまりと収まる。2手〜3手先で決まったものごとが起きるというボードゲーム上の予感は、日常的な考え事の隅っこに小さく収まる。収納をうまく終えた時に、目の前の人の笑い声が聴こえてくる。相手が何を話しているか、そこから考える。

生活の傍らのボードゲームは、日常的な円環にちいさな穴を穿つ。夜空の月を出口として見ると、暗く紺色に染まった空の向こう側に空洞を感じるのと同じ。生活からすこしだけ切り離された考え事を、あたまの隅っこに置くと、円はとぎれ、その穴から「遠く」をみる。

目の前のできごとから、すこしだけ間をおいてものごとを感じたりしてみよう。そのために、非日常的なものごとを頭のすみっこに置いてみよう。それは例えば、お祭りの会場で、夜店が並び人通りの多い風景を、ちょっとだけ小高くなった場所に登って、優しく見下ろす感じに似ている。暗闇に浮かび上がるライトアップされた様々な夜店を、遠くに、ざわめく喧噪を感じながら、静かに集中して見つめてみよう。

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楽しい”を作る”真面目”のノート

Posted on 18 5月 2012 by

長所:真面目
短所:真面目

東城あかねです。

 
春を迎えて一層仕事が楽しくなってまいりました。
それは、大好きなジャンルのものだからです。

それで実際、休みがどんどんなくなっていったり、夢の中でまで仕事をしていたり
・・ノートブッカーズキャンプも・・参加できない・・かもになってきた・・なんですが・・

でも、ずっとやりたかったところにやっと辿り着けたのが今なので、
しばらく仕事ずぶずぶになりたいと思います。
 
 
モレスキンは、そんなあたしを、きちんと記録してくれてる。
「書けば、覚えてなくていい」っていうとなんか
書いた瞬間にぽいって放り投げるイメージにも聞こえるけど、
きちんとしまう、っていう意味で、「書けば覚えてなくていい」から
ノートブックってありがたい。
 

あたしが何の仕事にいま夢中なのか、ここでは敢えて単語は出さないでおきます・・
まぁ言うても、まだ発売前の商品なので・・
 
 
というわけなので、
 
ノートも
 
 


 

モザモザですみません・・!!(笑) 
モレスキンのウィークリーページなんですが
その時期書きたいこと優先なので例によって日付ぶったぎってます。

 

 

よく「遊んでるのか仕事してるのかわからない」と
友人から言われます。
でも、このノートを見たひとからは「真面目か!www」っていわれる。。
 
 

あたしの仕事って、営業のひとつみたいなもので、販促ツールのような感じで、
MCやナレーターも、モデルも、そもそも商品が引き立つためにというお役目です。
その商品に思い入れが深ければ深いほど、ファンであればあるほど
作ったヒトの、そしていちファンとしてのあたしのLOVEを
伝えたくて、伝わってほしくて、好きになって欲しくて・・

知ってもらったうえで好き嫌いを判断してもらうんならいいけど
(できれば好きになって欲しいけど)
でもうまく知ってもらえなくて、いまいちって判断されたらそんな悲しいことはないです。

今回のこの仕事はよけいにそれが強いから
クソ真面目にうつってしまうほどそのことばかり考えてしまうんだけれど、
本人はいたって「やらされてる感」がないだけに、
“仕事に染まってる”割に、幸福度はかなり高いのです。
 
 
 
3年前、このタイトルの外伝的なののMCを任された時
「あたしがナンバリングなんてまだまだなんだろうな・・」と思ってました。
 
 
けど、

今。これ。あたし。ここにいる。
 
 

モレスキンは、ほーんとドリムノートなのだ!!!!!

 
 

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今日の世界の果て Vol.3 「ツールボックスとしてのTraveler’s Notebook」

Posted on 02 3月 2012 by

どうもモレカウです。
Traveler’s Notebookとモレスキンを併用して使っている。

普段から非常に多くの「紙もの」をカバンに入れて持ち歩くので、ドキュメントフォルダのようなアイテムに普段からとても愛着がある。折り畳まれていない用紙であればドキュメントフォルダが最適なのだが、以前から折り畳んだ紙を持ち歩く方法を探していたところ、意外な方法でそれは解決した。
トラベラーズノートを昨年、大切な方からプレゼントしていただき、もう手放すことができないグッズとなっている。それまでこのノートブックについては、リフィルをいろいろ使うことができる長方形の革カバーのノートブックというのみの認識だったんだけれど、何よりも気に入ったのはその「収納力」だった。

このノートブックの面白いところは、その計算されたサイズにあると思う。

  •  A4の用紙を三つ折りにした状態で収納することができる。
  • ポストカードをそのまま挟んでも はみ出さない。
  • 封筒や便せんを挟んで、レターセットとして使うことができる。
  • ZIPケースなどの充実した収納拡張ができること。

このトラベラーズノートのリフィルのZIPケースはしっかりとした作りであるため、ぎゅうぎゅうにアイテムを押し込んでいても特に壊れることなく持ち歩けている。仕事で定規やペンなどを多用するので、当初は普段持ち歩く文房具などを筆箱がわりに収納していた。

最近ではちょっと趣向を変えて、外に出かけた時にさらっとゲームができるようにするために駒とダイスやカードを収納して持ち歩いている。ボードゲームを持ち歩くという概念は、わりと文房具界隈でもあまり聞かないのではないだろうか?
ボードはA4サイズで印刷して、そのまま三つ折りしてトラベラーズノートに挟んでしまうのである。

バックギャモンの駒各色15個、ダイス5個、カード一式がZIPケースにきっちり収納できる。
スタバに行くとチェステーブルも置いてあるので、トラベラーズノートに駒を持ち歩いているだけで英国式チェッカーも遊べてしまうのである。

まぁ何にしても「遊び心」なのだ。
仕事先でとつぜん誰かとゲームを楽しむことがあるかもしれない。
出先で急に、ポルトガルに向かって旅立たなければならないことがあるかもしれない。
そんなとき、世界の果てに向かう列車の車中、さりげなくトラベラーズノートを取り出してゲームを始めるのも一興。

同時に、トラベラーズノートはレターセットを収納する道具であって、皆からもらった手紙を持ち歩く道具にもなっている。テーブルに紙の束を積み上げ、ダイスを振りながら手紙を書く男を見かけたらそれはモレカウだ。

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偏った本たちと二面性について

Posted on 19 2月 2009 by

green_curry

超久しぶりにカレーを食ってきた。

books

最近深夜から朝方までかけて読んでる本。この偏った感じはいかがでしょう・・・。
しかし図書館のWEBサービスは便利すぎる。今まで使わなかったのが悔やまれる。

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Liar Dice

Posted on 05 1月 2009 by

poker dice

知っているかい?スミス&ウエッソンのワンペアはAのフォーカードより強いんだぜ

こんなセリフを聴くとしびれます。知っている方はご存知のとおり、タカヤはアナログなゲームを愛していまして、ダイスなどを見ているだけでハイな気分になります。
自分の本棚にはそういったアナログなゲーム関連の書籍類も多く所持しているのですが、最近就寝前に、世界の伝統的なダイスゲームのルールブックに目を通していたところ面白そうなものがあったので記載しておきます(読む人いるのかな・・・)。興味のある方はどうぞ

ポーカー並みに非常に高度なかけひきが展開されるので、エキサイティングなゲームとなりそうです。ウイスキーでも舐めながら大人なゲームなどいかがですか?

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スワンプマンと16レンマ

Posted on 17 10月 2008 by

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出先のホテルにてチェス。勝負はd3へのビショップでチェックメイトにて終了。秋の夜はふけゆくってな感じです。

秋といえばスワンプマンとデペイズマンとルサンチマンです。
例えば、最近愛用のシャツに穴が開いてしまい当て布をしたのですが、そのままどんどん当て布をしていき全てが新しい布に置き換わった場合は別なシャツなのか、それとも最初のシャツなのか?真剣に何日間か考えていました。
こういったパラドックスをテセウスの船といいます。たとえば船の部品を毎日修理して、最終的に全てのパーツが新品に換わったとき、その船は新しい船なのか?それとも最初の船なのか?

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世界を相手に闘える能力のコト

Posted on 10 9月 2008 by

Backgammon

最近、魚屋と八百屋に行く機会が多いのだが、店員さんはとても親切である。ちょくちょく行くので、やたらとオマケしてくれてとても嬉しい気分になる。
CRM(Customer Relationship Management)を忠実に実行し、釣りをもらうときに彼らのまぶしいまでの笑顔を見ていてCS(Customer Satisfaction)が向上すると同時に、ふと僕の頭の中に別な妄想が走る。
「あ、このお兄さん、実は科学の道に進んでいたら今頃ノーベル賞獲得」
と、脳の片隅に浮かんでしまうのをなぜか止められないでいる。僕は彼の笑顔から「あ、この人仕事を楽しんで、輝いているなぁ」と考えると同時に、なぜか「ノーベル賞を獲得する姿」が見えてしまうのである。
文字に色がついて見えるとか、音に匂いを感じるとか、汗が赤いとか、次に入るCMが何かわかるとか、ほうき(細長い棒状のもの)を指の上に載せて20分以上うまくバランスをとれるというような感覚と似たようなモノかもしれない。

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I got a ChessSet !

Posted on 16 4月 2007 by

chess今日はとある人物が僕のブログの記事を読んで、フルサイズのチェスセットをプレゼントしてくれた。風邪を引いて家でごろごろしてたんだけど、我が家まで届けてくれた。キングの高さが3.75インチ!まさに求めていたサイズでございます。自分のやつがなくなっちゃうんじゃないの?と聞いてみたところ、NYでもっと良いのを買ってきたとのこと。カッケー!
なんだか布のケースまでついててすげえ高そうです。これでチョコレートのCMの世界に少し近づきました。マジで感謝。チェスを覚えるための書籍をいろいろ読み漁ってみます。

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僕にとってゲームとは・・・

Posted on 07 7月 2006 by

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過去に何度か書いたことがあるんだけど、起源のあるような古いゲームが大好きだったりする。というか大好きというよりは僕にとってゲームの領域を通り越してけっこう狂ってた部類なのかもしれない。例えば僕の左腕に入っているタトゥーは、写真に写ってるバックギャモンというゲームの盤面をデザインしたモノ。
こういったゲームというのは、その時代に会っている人たちと共に良い時間を過ごすための、一種のコミュニケーションツールだったりする。
カードなんかゲームのやりすぎでもう真っ黒だし、ダイスカップもボロボロだし、バックギャモンのポイントマークも所々めくれてるし、手垢で黒ずんでても僕の宝物の一つ。ある意味血も吸ってるかも(笑)。僕にとってこれらの一つ一つは「ゲーム」というワクを通り越して、プライドであったし、誰とでもどこでもプレイした。
こうして写真にとってじっと眺めていると、なんでかわからないんだけど、夏の空気を思い出す。朝まで熱帯のような空気の部屋でドミノやりながらお酒を飲んだり、外のテラスでバックギャモンやりながら朝まで過ごしたり、浜辺で風の音を聞きながら、ビルのてっぺんで、その時代々々を共に過ごした人との時間がたっぷりと・・・いくらでも思い出がこもってます。もちろん一人で左手VS右手で一日プレイしたりもある。ダイスを投げてはゲームの背後にある「何か」を僕は今でも探してるんだと思う。またちょっと話を重くするんだけどさ、僕の生活の目的というのは何かを探したり、モノの見方を変えることに尽きるんだけど、「ゲーム」というのはその目的に限りなく近いのかもしれない。モノの見方を変化させないと、ポイントを失っては落胆することになる(村上春樹の言葉を借りると「歴代大統領の銅像が建てられるくらいの銅貨と取り返すことのできぬ貴重な時間」を失うことになる)。
自分の体をいろんなモノゴトが通過しては消えていってしまうんだけど、これらのゲームだけは僕の左腕に痕跡としてしっかりと残ってるし、今でもその「ゲーム」の背後にある何かのことをずっと考えてる。僕がこれらに多く費やした時間の間に、周りは一変して皆成長したのだろうけど、僕は今でも、ただモノの見方の角度を変えることだけに集中してる。「ゲームの目的は表現にあるのではなく、変革にある。エゴの拡大にあるのではなく縮小にある。分析にではなく、包括にある」とてもリアルでザラっとした良い言葉だ。もしも暇な方いらっしゃいましたら、札幌市豊平区「宮田屋」の広い2F席でのんびりとプレイしましょう。どんなにややこしいことをブログに書いていても、プレイはいたってのんびりで普通です。ちなみに、余談ですが、カードとチップの扱いはある意味プロ並ですフフ。あ、ちなみにドミノはクアンテット中心にプレイします。ゲームを覚えたいという人もどうぞ。僕もあんまり詳しくないですが教えることはできます。
さらに余談ですが、僕とゲームをプレイするにはまったくコミュニケーション能力は問いません。二人して一言も発さず、黙々とバックギャモンを行って、何も喋らずお互い別れるだけでも構いません。どういった人間関係だろうが国籍だろうが変態性欲者だろうがウンコ食べながらだろうと、クラスの隅っこにいつもいようが、肉体が無かろうが、猫だろうが、普段は彫刻だろうがまったくもって僕は意に介しません。ゲームボードを挟むというのはそういうことだと考えてます。

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世界のゲーム

Posted on 09 11月 2004 by

—- BACKGAMMON
バックギャモン
をとある人とちょっとやってから、再熱中。昔からこのゲームが大好きなのだ。札幌市内で誘ってくれれば喜んで会いに行きます。のんびりビールでも飲みながら煙草を吹かしつつゲームしよう。大人な雰囲気をかもし出すゲームを秋の夜長に楽しむのも良し。写真みたいなおしゃれなものもある。
もともと、バックギャモンは日本で古くから遊ばれていて、結婚調度品にもなっている(徳川マーク入りも現存)、もともと双六(すごろく)は二つのダイスを振るという意味がありバックギャモンのこと。これだけ世界共通のルールで遊ばれてるゲームも珍しい。
エルメスのバックギャモンボードもあります・・・おそらくン十万円・・・。世界中の有名なブランドがバックギャモンボードを作成してる、他にもPRADA,GUCCI,Tiffany,Dunhill,ETC…

—- DOMINO
とまぁこのように、世界にはいろんなお洒落なゲームが古くからあって、昔からいろいろ興味を持って調べてた。たとえばドミノなんて日本では一般的には「ドミノ倒し」くらいしか普及してないんだけど、現在ではヨーロッパやラテン・アメリカのカフェなどを中心に広く遊ばれ、社交にかかせないゲームとなっている(バックギャモンもそうなんだけどこういったものは背後に博打が絡んでる☆=社交)。映画”ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ”のなかでドミノを庭のテーブルでプレイするシーンが出てくるのでなんとなく知っている人もいるかも。世界共通で唯一というゲームルールがなく、各地にオリジナルルールが存在している。一般的ルールにはブロックゲームとかドローゲームとかクアンテットが有名。

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