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舌貧乏はうまいコーヒーとまずいコーヒーをどう見極めるか

Posted on 14 10月 2018 by

ちょっと愚痴っぽくなってしまうのだけれど,ちょっと思い至ったことがあるので,聞いてほしい.

 

残念ながら僕は舌貧乏だ.たいてい作るものはまずいし,カップラーメンでもお店のラーメンでもどちらでも同じような味に感じてしまう.

冷凍うどんと釜揚げうどんの違いも多分わからないんじゃないかと思う.

それぐらい舌貧乏なのだ.本当です.(ただし,コカ・コーラとペプシの違いはなぜだか分かる.こちらも本当.)

 

Anyway,コーヒーの味の微細な違いなんて,絶対にわからない.僕の中では,

苦いー酸っぱい(ロースト/産地)

熱いー冷たい(温度)

ぐらいの違いしかない.好きなのは,熱くてやや苦いコーヒーである.なんとなく淹れたてがよい気がするけど,それは古いコーヒーが体によろしくないのであるとどこか拾い読みしたからであって,味に関しては単に冷めるからなんじゃないか思っている.

 

となると,飲み比べ(カッピング,というそうです)だとかに行く気はない.いろんな産地の豆を買ってみたりするけれども,結局ローストが強いものに行きついてしまうし,そうなればもう苦い以外の何物でもなく,単に苦ければいいんじゃないか,という話になってくる.

 

とはいっても,サイゼリアさんや各種コンビニのコーヒーがとんでもない代物だということぐらいはわかるんだけれども.

 

さて,ここまではコーヒーの味自体の話である.

 

しかし,カフェおよび喫茶店等,外で飲む場合は多少事情が異なる.

そもそも,僕の中で,カフェおよび喫茶店を別の呼称で呼ぶべきだという強迫観念みたいなものがある.一つは「コーヒー屋的コーヒー屋」であり,一つは「なんでも屋的コーヒー屋」である.

コーヒー屋では,コーヒーを売る.コーヒーがメインであり,モーニングとか,パンケーキとか,そういうものはサブである.お供である.

なんでも屋では,コーヒーはあくまでも包み紙,包装紙であって,メインではない.喫茶店だとか,カフェだとか,聞こえのよい言葉でくるんでいるだけで,本質は「なんでも屋」,である.

パンケーキだの,アフタヌーンティーだの,ランチメニューだの,そういうのが稼ぎ頭なのであり,コーヒーではない.

 

だいたい,コーヒー屋のマスターは,内気そうな実直な人か,人生経験を積んだおじいさん的な人が多い.一方,なんでも屋のマスターは,ともかく薄ら笑いを浮かべていたり,コーヒーだけ注文するとちょっと表情が曇ったりする.

それに,見た目に騙される人がいてもよくない.たとえば,サイフォンがあるからといって,そこがコーヒー屋的コーヒー屋かどうかは,また別の話である.サイフォンなんて買おうと思えばどちらも買えるわけなので.むしろ,そのサイフォンを導入することでなにをしたいのか,が見えなければいけない.サイフォンが店先にどうどうと並んでいるようなところは,ちょっと信用できないですね.

 

無論,ここまで来ればわかるように,コーヒー屋のコーヒーは理由なくうまい.酸っぱくてもうまいのである.

一方,なんでも屋のコーヒーは大体が薄暗い味がする.後ろめたい味といってもいいかもしれない.あるいは資本主義におぼれた味かもしれない.ともかく,何かが足りない.

 

まあつまり,舌貧乏は舌貧乏なりに,味以外の何かを求めて外のコーヒーを飲むのだな,と感じていたわけです.

 

でもしかし,これはコーヒーを飲む頻度の5パーセントにしか過ぎない.

残りの95パーセントは,コーヒー屋的コーヒー屋で買った豆を,フレンチプレスなんかにぶち込んで飲んでいるだけです.

なんでって?だって舌貧乏ですもの.おほほ.

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方眼紙とデスクライト

Posted on 30 9月 2018 by

A3の方眼紙

ここ最近、使い道のない資格試験の勉強をしている。勉強中、いくつかのノートブックを使ってみたのだけれど、どれもしっくりこない。結局、学生の頃から続けているA3用紙に書出すという方法に戻ってくる。私の場合、A3用紙(大きな紙)であれば特にこだわりはない。ただ、近所の文具店にあったオストリッチダイヤの方眼紙がとても良かったので、文具好きの皆様ご紹介したい。この方眼紙は厚手で、安価なものにありがちな「消しゴムで擦ると方眼が薄くなる」ということがなく、とても良かった。

LEDのデスクライト

デスクライトは文具だろうか。私にとっては文具かもしれない。以前は、山田照明のZ-107というデスクライトを使い続けていた。今は廃番になってしまった灰色のモデルが本当に好きで、何度か修理に出してまで使っていた。後継のZ-108というモデルもあるのだけれど、優美な曲線を持つZ-107のランプシェードの方が私は美しいと感じている。

Z-108のランプシェードデザインはオリジナルシェード(復刻のZ-00参照)から曲線を排したとも解釈できなくもなく、寧ろZ-107の方が本流から逸れるとも解釈が可能だけれど、そんなことは割とどうでもよく、私はこのZ-107のランプシェードラインが大好きだ。そんな大好きなZ-107は、このアパートに越してから、しばらく机に向かうことがなかったので(そもそも向かう机がなかったのだ)、今は手元からは離れている。

折りたたみの机を用意して以来、白熱球のデクスライトを再び用意しようと心に決めていたのに、目の衰えには勝てずに最近LEDデスクライトを購入した。硬質なLEDの光は毛嫌いしていたよりもずっと生活に溶け込んでいる。悪くない。

それから、これは多分気のせいだろうけれど、白熱球の柔らかい光より学習効率が上がっている気がする。作業環境の光については多くの研究がされていて、より色温度の高い照明(白熱灯色ではなく蛍光灯色)の方が、生産性が高いという研究結果もあるようなので、私の体験は単純な勘違いとも言い切れないのかもしれない。何れにせよ、文具を囲む照明を変えることによって、普段書き記しているノートブックに変化が生まれるのであれば、それは面白い体験になるのではないだろうか。

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伊東で求めた万年筆

Posted on 15 7月 2018 by

伊東にゆくならハトヤ“というCMが関東圏では定番らしい。北海道の”定山渓ビューホテル サンバカーニバル“みたいなものだと信じている。今日は伊東屋で万年筆を購入した話を書こうと思う。
文具店で万年筆を買い求める経験はこれが最初で、特に詳しくもないので、知ったかぶりをせずにお店に行き色々聞きながら購入した。インクの詰め方や、メンテナンスの仕方を丁寧に教えてもらえた。

購入したモデルはパイロットというメーカのカスタム74というもの。最初の一本には悪くない選択とのこと。

インクは今のところ標準のインクカートリッジを使っている。

今朝は意味もなくノートパッドに文字を書いたりしてニヤニヤしている。

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153.Define it  ―私の好きな怪談を定義する

Posted on 15 7月 2018 by

 ノートブッカーズお題に “153.Define it(定義せよ)”が、あった。
そこで季節がら、「私の好きな怪談」を定義してみることにした。

はじめに

 私は怪談が好きだ。幼少期から「ムー」を購読し、「あなたの知らない世界」や「心霊写真特番」などを見聞きしては、夜な夜な後悔していた。
そうして、多くの怪談に親しんでいるうちに、どうやら、「好みの怪談」が固まってきていた。というか「好みでないもの」が明確になってきた、というほうが正しいだろうか。
そして今、この原稿の下書きをしながら私は、「いわゆる怪談」なんて好きではなかったのだということに気づかされた。それでは、なぜ私は「怪談」が好きだと勘違いしていたのだろうか? 私は頁を改めて、「私の好きな怪談」を定義しなおしてみた。

Ⅰ.私好みではない怪談を定義する

1.理由にならない理由

 「怪談」のすそ野は広い。
『氷菓』という作品の「愚者のエンドロール」篇で「人によってミステリーの定義はずいぶん違う」という場面があった。それと同じく、人々が「怪談」と言われて思い浮かべる話は様々だろう。
「心霊現象」「祟り」「風習」「自業自得」「民話」「妖怪」「サイコパス」「狂気」「超能力」「シンクロニシティ」「転生」「エクソシスト」などなど。これらの話は、たいてい「怖い状況の発生」と「その理由」がセットになっている。そして私好みでない怪談とは「その理由」をもつ話なのである。

 怪談の冒頭か最後かで語られる「怪異の理由(=原因)」は、実際のところ「理由」になっていないことが多い。「その部屋で自殺した人がいる」から「住んでいる人が次々に自殺する」なんて、説明になっていないことは明らかだし、現象の方も全くおもしろくない。そんな「怪談的お約束」に、私は退屈してしまうのだ。

2.類型的な演出

 「かくれんぼ」「追跡」「人別改め」の構造をもった「怪談」は多く語り口も類型化されている。この文体ではたいてい「くりかえしの後の断定的大声」によって「吃驚させようとする」。急に大声を出されればびっくりするのは当然で、これは「怖い」というのとは違うし、むしろ「怪談」を壊していると思う。

3.心温まる怪談

 霊現象を扱っていながら「命を救われる」とか「心が通い合う」とかいうタイプの話が、「世にも奇妙な物語」などに多い。これらは登場人物に「霊」を交えただけの「渡る世間は鬼ばかり」にすぎない。

まとめ

 私好みでない怪談とは「怪談の話法で怪談的理由に頼った怪談らしい怪談」だった。

Ⅱ.私好みの怪談を定義する

1.因果因縁は不要のこと

 「因果因縁不要」この条件によって、「長編怪談」はほぼ全滅する。「長編」とはその大半が「因果因縁の説明」だからだ。だから私好みの怪談とは「新・耳袋」型となる。

2.新・耳袋型とは

 私が考える「新・耳袋」型怪談の特徴は「不思議な現象だけを淡々と語り、言いっぱなしで終わること」である。(この精神こそ、元祖「耳嚢(根岸鎮衛さん)のモットーであった。)
「因果因縁」で説明されてしまうところに「不思議」はなく、それらの怖さとは「理解できる怖さ」でしかない。正確に表現するなら「怪談的お約束を理解できる怖さ」ということになる。
「新・耳袋」型の怖さとは、「目の前の現象が理解不能なために引き起こされるパニックから、思考が強制停止し、あたかも「放送を終了したテレビ画面を席捲する砂嵐」を見つめ続けている時の、自らがバグってしまった(のではないかという)怖さである。そこには、静かな恐慌と、爆発的な笑いの予感が同居する。

3.同じ構造をもつ話の例

 都市伝説(陰謀論は除く)、「ロア」(ネットより)、「ちょっと不思議な話」(南山宏さん)、伊藤潤二さんの「阿彌殻断層(あみがらだんそう)の怪」「落下」「首吊り気球」、「百物語」(杉浦日向子さん)などが思いつく。

まとめ

 以上から、私好みの怪談の定義は
「私の世界認識や現状認識や知識が揺らぐほど理解不能な現象(=不思議)を表した話」ということになる。

Ⅲ.この定義から得られる定理

1.私好みの怪談(以下【怪談】)に「霊」は必須ではない。
2.【怪談】は「奇妙な話」の中に含まれている。
3.【怪談】は既存の「恐怖」では処理できない
4.【怪談】は「オーパーツ」「世界の七不思議」「UMA」「深海生物」「絶景、奇景」を含む
5.【怪談】は唯物的である
6.【怪談】は実話である必要はないが、創作するのは困難である
7.【怪談】は「霊」より「妖怪」にシフトする
8.【怪談】はヒューモアを有する

以上

おまけ ノートブッカーズお題
「文具にまつわる怪談を教えてください」

上記の定義はあくまでも私的なものなので気にせずに、あなたの「Notebookers的怪談」を、教えてください。実体験、創作談は問いません。あなたは何を「怖い」と感じますか?

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知らないから知るへの道順

Posted on 27 6月 2018 by

知らない事を知るまでの過程はできるだけ暗闇の方が面白い。

未経験な事に出会うまでに自分はどういった道順を辿っているかを考えてみたけど、案外知っている事から導入されていそうだな

そう ふと 考えた時に、不快じゃないけどなんだかムズムズする勿体無い感が出てきた。

大げさだけど得体の知れないものを初めから自分のフォーマットに書き換えて吸収しやすくし過ぎてるのではないか、ある意味恐怖すら感じる。

日頃から感じているマンネリ感の正体は噛み砕きすぎな気がする。

たまには知っている形に整えないで無理やり喉を通さないといけないと心に刻んでおこう。

久しぶりの記事がこんなんですいません・・・

 

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第3回Bullet Journalプチオフ会にちょっとだけ参加してきた話

Posted on 17 6月 2018 by


毎度ご無沙汰しております。
今年2月に行きつけのポケモンセンターで限定品のピカチュウモレスキンを入手したのをきっかけにBullet Journalをしていた私。去る2018/6/16、むやたん様主催の第3回Bullet Journalプチオフ会に参加してまいりましたので、筆をとった次第です。
といっても、都合により第1部の手帳朝活の部分にしか出られなかったのですが…

朝の部だけにも関わらず、時間が濃厚でした。
集まった4名で、時に黙々と手帳を書き、時にグデグデと手帳をはじめとする文房具周りの雑談で盛り上がり…
文章だと何その緩すぎる集まり、という印象しか持たれないかもしれませんが、大量の文房具に囲まれながらゆっくり時間が過ぎていくこのひと時がもう本当に幸せな時間だった(語彙力不足)。
特に黙々と手帳書いてる時間なんかは、小中学生時代に友人同士で集まってみんなで宿題やってた時を彷彿させ、懐かしさも相まって。
しかも主催者様から、限定モノの添え文箋やらマステやらをお裾分けいただきまくる始末です。

次は、皆さんにお裾分けできそうな文房具を携え、メインプログラムまで出てみたいです。
引き続き開催予定とのことですので、Bujo愛好家の皆様やご興味をお持ちの皆様におかれましては、今後ぜひご参加を検討されてはいかがでしょうか!

むやたん様、そして参加者の皆様、すてきな時間をありがとうございました。

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断片

Posted on 17 6月 2018 by

わたしはあまりノートを書かない。たぶん、Notebookersイチ、ノートを書かないんじゃないかと思うくらいに書かない。
人のノートを見るのも実はあまり好きじゃない。いや、「好きじゃない」とは違う。すごく興味もあるし見たい気持ちもあるんだけど、見ることが少し怖い。生々しくそのひとそのものの欠片であるようなノートを覗くのに躊躇する。恐る恐る、に近いような気がする。

ずっと昔、

本を本棚に収めている時に見つけて、何の本だろう?と開いたら、本ではなくて手書きのノートだった。ノートだ、と思った瞬間あわてて閉じたので何が書いてあったのかは知らない。本の間に無造作に突っ込んであったくらいなのだから
・・・
うっかり見つけてしまったノートブックを隠すように差し込んだその本棚の隅は、結界が張ってあるみたいに、禁忌のように、その家を出る何年もの間ずっと、触るのも、視線を落とすことすらも避けた。

─────

柚子の木の折返し場、殿の谷戸、めぐみ野、日あたり台、野猿峠、絹の丘、多摩丘陵、打越弁財天、北の野、北野天神、六万坊、子安、

※ バスに乗りながら

─────

not much / nothing much
without haste
modest – confident

─────

ポストアポカリプス
Post-apocalypse
Post-apocalyptic

─────

echo break crack

─────

マギーブイヨン
キャベツ茹でてみじん切り
絞って
ミンチ牛豚合挽き
にんにくみじん
玉ねぎ生でみじん
塩、胡椒、
醤油はほんの気持ち

※ 母の餃子のレシピ。ブイヨンは餃子ではなく、餃子をつける付け汁。うちの餃子はちょっと変っていて、野菜っぽいさっぱりした焼き餃子を温かいつゆにざぶんとつけて食べる。

─────

卵豆腐
卵1 だし2

茶碗蒸し
卵1 だし4

いりこだし

※ 卵の蒸し料理だしの配分

─────

lquince paste
halloumi / hellim

※ ずっと食べてみたいと思いながら見たこともなく2年半経った。

─────

コンテ
カマンベール ノルマンディ
ブルーチーズ61

─────

酒、塩、胡椒、醤油、にんにく(おろし)

まるのまま一晩漬ける
唐揚げ
カットして一味唐辛子をぱらり

※ 砂肝の唐揚げ

─────

ごまめ一袋をからからさくさくになるまで(弱火で25分)から炒り(途中から胡桃を加えて一緒に炒る)する
オレンジマーマレードに醤油を加えて煮る。しゃもじですーってなるまで煮込んだところにごまめと胡桃を加えて混ぜ、からんだら、バットへあけて冷ます。

─────

6/9 1030

6/3 5/25 4968
6/23 6/14 1840

※ 謎の数字。家計簿につける何かの代金のメモかと思ったんだけど、複数の日付(らしきもの)にまたがるものもあって謎。

─────

マシュマロトースト
とろけそうに愛くるしい人たちに乾杯

※ 何かの本からの抜書き。「ザ・コピーライティング」(ジョン・ケープルズ著)のような気がする(曖昧)

─────

El Borrachito Canto andino
El Borrachito del canto andino
The Andean ridge Borrachito

─────

that’s ok i like it

─────

琥珀と硫黄と魔法の材料。
革のリボンで縛られる。

─────

絵が欲しいにはマッチするが、絵を買うことによる諸々にはマッチしない
(インテリア、技巧)

重い額縁、モダンな額縁

絵描きのパトロン

─────

ハシエンダアルナシア

ハシエンダアルサシアの間違い。スターバックスのコーヒー豆。音の響きが好きでメモしたものだと思う。

─────

マイナンバーカード
4.5×3.5

パスポート切替新規申請
一般旅券発給申請書
4.5×3.5

─────

‘最良のデザインに出会うと、「このデザインが採用されたのは必然だ」などと感じたりするものですが、たいていは別のデザインもありえるのです。’

※ 何かの本からの抜書き。「マイクロインタラクション」(Dan Saffer著)のような気がするけどまったく違う気もする

─────

ふと思いついて、日曜日の夜のホテルをとってみた。

※ 次

─────

154

アドルフヴェルフリ

─────

59 59
104-5

2.02 1.36 1.77
1.76

1.70 1.79
1.48

1.34 2.12

※ 寸法

─────

島に住む伯母がいる。伯母の家は納屋から小さなモノレールが出ていて、お山のみかん畑に続いていた。冬になると、ダンボールいっぱいの甘酸っぱいみかんが船に乗って島から届いた。
高校生の時、船で島から通ってくる子たちがいた。とても優秀で何で島からの子はみんな賢いんだろう?と思っていたのだけど、「船で勉強してるんだよ」と聞いて何だかとても納得した。電車通学もバス通学も(自転車通学も!)したことのないわたしにとって、”通学の船”で勉強したりマンガを読んだりおしゃべりをしたりという時間は、何だかとてもうらやましいものだった。
自転車でフェリーに乗って、島に海水浴に行った。自転車でひと山超えて港の反対側に出た時の、夏の濃い日陰の道から真っ白な太陽の光にきらきらした海。

瀬戸内海沿岸の町に暮らしていると、島や船はとても身近なものだ。島に住む彼らは電車やバスのように船を使い、電車やバスの時刻表のように船の時刻表を気にし、駅やバス停のことを話すように港を話す。わたしは島に住んだことがないので、彼らのように船を使ったことはない。
と、帰省して実家にいる時にふと思い立って、海路で隣町に行ってみようと思った。

http://www.go-shimanami.jp/access/ship_map.html

三原→(鷺経由)→因島・重井港
徒歩30分弱?
重井東港→尾道
尾道(福本渡船)→向島→尾道(福本渡船)

※ 3年近く前、午前中の船旅。とても暑い日。尾道でラーメンを食べて、電車で帰った。

─────

わたしはあまりノートを書かない。食べたものはしばらくつけていたのだけど、結構な負担になるのでやめてしまった。iPhoneの「メモ」と写真と、時々頭の中の情報を整理するために紙に描くくらい。今日はそのノートをそのまま、ここに置いてみたくなった。

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Note of the note ―ノートの調べ  p.5 太宰治さんの横顔のノート

Posted on 03 6月 2018 by

はじめに

「Note of the note -ノートの調べ」 と題した不定期シリーズ。
このシリーズでは、著名人のノート、手稿、手帳、日記などを紹介し、そこに込められた作法と思いを検証していく。

第5回目は、太宰治さんのノートを鑑賞する。

出典


1.別冊太陽 日本のこころ159 太宰治 生誕100年記念 平凡社 2009.07.09

2.弘前大学付属図書館貴重資料 太宰治自筆ノート(「英語」ノート、「修身」ノート)

予習用読方帖

1923(大正12)年。14歳のとき、青森県立中学校受験勉強の一環として、二十篇の課題綴方を書いた。(p.169)

   

左 表紙 右 本文 (p.23)

官立弘前高等学校1年(1927/昭和2年/18歳)の英語ノート

英語のノート

英語の教科書の見返し(p.37)

 

弘前大学付属図書館貴重資料 太宰治自筆ノート 「英語」より

表紙

見返し

ノートの解説は

青森近代文学館 太宰治の旧制高校時代のノートについて 安藤宏(東京大学准教授)(以下「解説」とする)による

「英語」のノートから解説に入ることにしよう。
使われているのは横罫線二三行の大学ノートで、表紙左上に弘前高校の校章が刷り込まれ、裏表紙に「今泉本店(注ー弘前市内の主要な書籍店)特製」の標記がある。サイズはA4版に近い縦二一〇ミリ、横一六五ミリ。表紙に「Johnson & Goldsmith/Essays by/T.B.Macaulay/The Hirosaki High School/L.1.1/S.Tsushima」と記入されている。太宰は昭和二年の四月に文科の一年一組に入学しており、「L.1.1」とあることから、第一学年時に使用されたものであることがわかる。

英語の授業は「発音」「綴字」「読方読解」「話方」「作文」「書取」「文法」からなっているが、このノートには文学作品の現代語訳が記されているので「読方読解」に該当するものであろう。

下(閲覧p79)顔の下の欄外の書き込み (解説より)

橄欖之実が/ほろほろと/月の光に 散つて行く/TaRanTuLa!/蜘蛛に咬まれた若者は/空を見つめて 舞ひ狂ふ/哀れ悲しく/舞ひ狂ふ

当時、多くの高等学校がそうであったように、弘高でもまた、〝ノート主義〟ともいうべき風潮が支配的だったようだ。あたかも速記術を思わせるような口述筆記が授業の中心をなし、それが学生にとって大きな負担になっていたようである。(解説)

落書きページ

裏表紙

「英語」のノートには、実に多くの箇所に落書きがあるが、その大半は肖像画(4~8、14、19、27~30、34、36、40、41、43~45、47、53、57、59、73、83、86、裏表紙など)と、英語・日本語による自己の署名(3、58、59、86など)である。(中略)自画像や、来るべき文壇デビューに備えてのサインの練習(?)を繰り返している様態は興味深い。

官立弘前高等学校2年(1928/昭和3年/19歳)の修身のノート

「修身」の科目は文理共通の三カ年に渡る必修科目。
講義内容の大まかな構成は次のようになっている。
吾人ノ国家観及ビ吾国体
国家ト個人ナラビニ愛国心
歴史上ヨリ見タル吾国ノ特性
日本民族ノ外観
1、日本の民族及国民(注ーここから〈第参学期〉とある)
2、日本ノ国民国家
3、日本社会運動ノ諸傾向ト我が氏族性(ママ)(解説)

表紙

表紙見返し

「修身」もやはり「英語」同様、横罫線二三行の大学ノートで、弘高の校章が刷り込まれ、サイズも同一である。ただしこちらは「今泉本店特製」ではなく、「神書店製」の標記。表紙に「修身/宮城教授/弘高/文 二 一/津島修治」の記入がある(「二」の漢数字は白黒の画像だと「三」に見えるが、実際は「二」である)。昭和三年度、太宰の第二学年時のものと考えられよう。38頁まで使われ、あとは白紙。なお、ノートの終わりの部分に七ページに渡る落書きがあるほか、「英語」同様、表紙、裏表紙、表見返し、裏見返しにも落書きがある。(解説)

閲覧p.71 自画像?

閲覧p.79 津島修治サイン

顔ばかり

裏表紙

二冊のノートの人物画像の合間に頻出する数多のサインは過剰な自意識の表象でもあろう。名前と共に The Hirosaki High School の署名が多く記されているが、そこからは一方で旧制高校スピリットの交錯した、屈折したプライドをうかがい知ることができる。(解説)

太宰治愛用の万年筆

(別冊太陽 p.41)

エヴァーシャープの万年筆はもともと美知子夫人がアメリカ土産にもらった品であったが、いつからか太宰が使うようになった。透明な軸は途中で破損して取り替えいちいちインクをつけて書いていたが、軽く字を書く癖があった太宰は、1939(昭和14)年頃から最期まで、この万年筆1本で執筆を続けることができたという。
(この文は、青森近代文学の名品 vol.1 太宰治 愛用の万年筆より)

太宰治さんの万年筆は、EVERSHARPのDoricシリーズかと思われる。(キャップの金具の形状から)検索により似たものは見つかったが、型番は判明しなかった。しかし、同型の万年筆を落札なさったジョリ様のブログを見つけた。参考としてご紹介する。ジョリのブログ 2016-01-07 太宰治の万年筆

ちなみに使用していたインクは 丸善のアテナインキ(P.149)とのこと。

有明淑の日記

彼女が19歳の頃、本人が太宰へ郵送した。

太宰はこの日記を再構成して『女生徒』を書きあげ、川端康成の絶賛を受ける。1939(昭和14)年4月「文学界」。翌年12月には北村透谷文学賞副賞を受賞した。

太宰から『女生徒』を送られた彼女は感激し、長く愛蔵したという。(p.80)

手帳

1947(昭和22)年12月のページ。(38歳)

(P.115)

この年の11月に『斜陽』のモデル太田静子との間に治子が誕生。太宰は認知。12月に『斜陽』発表。一躍流行作家となるも、精神と身体は蝕まれ続ける。3月末に、看護婦兼秘書の役割を果たす山崎富栄と出会っている。

『M.C様へ うぬぼれないでください』

太宰は、M.C、マイ・コメヂアン、を自称しながら、どうしても、コメヂアンになりきることが、できなかった。(坂口安吾『不良少年とキリスト』より抜粋)(p.102)

1948(昭和23)年2月のページ(39歳)

この年、『太宰治全集』の配本が始まる。

『如是我聞』を連載。『人間失格』の執筆開始直前の時期。

この4か月後に山崎富栄と入水心中。

おわりに 横顔のノート

弘前高等学校時代の二冊のノートのおびただしい落書きの大半が「横顔」であったことが、ひじょうに印象深い。横顔で目立つのは、「鼻」「顎」そして「眼」である。

「鼻」「顎」は、自尊心の象徴として用いられるものであるし、「眼」は虚栄心、自惚れ、承認欲求などを表すように思う。そして、その眼が真正面からではなく、横、もしくは斜であることが、太宰治さんの性質の全てを表しているかのように思われるのだ。

たとえば太宰治には過敏な自意識はあります。いつも他人に見られていると思っている。しかし、そこに「まなざし(サルトル)」はないと思います。日本の私小説家は自意識だらけですけれど「まなざし」はない。
柄谷行人(『ダイアログⅤ p.331 戦後文学の「まなざし」)より

『太宰は絵や書を一気呵成に仕上げることが多かった。とくに酒席の「席画」が好きで、酔った勢いでものの数分で描くこともしばしばだったという。(pp.58-59)』

左頁 自画像 /1947 (昭和22)年

右頁上 三つの貌 /1947(昭和22)年

右頁下 風景 / 1940 (昭和15)年ごろ

さいごに、太宰治さんといえば、月見草が有名だが、私には1940(昭和15)年に描かれた「水仙」の絵がとても印象深かった。

以上

おまけ 5月のマンスリー絵日記

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『人はなぜ日記を書くか』読後雑感

Posted on 27 5月 2018 by

※以下は別のブログに書いた記事を転載したものです。


『人はなぜ日記を書くか』 大島 一雄 著
Jパブリッシング(1998/11発売)


はじめに

日記という事件

本書にこのタイトルの答えを求めてはならない。なぜなら本書では「日記」ありきの論考しか行われないからだ。そのような姿勢で「日記」を扱うのなら、「日記」を解体するところまでいかねばおもしろくないのだが、本書において「日記」は、徹頭徹尾「日記」のままだ。
一体、この本において、いやこの本の筆者にとって、「日記」とはどのような「事件」だったのだろうか?

ここで唐突に「事件」という言葉を用いた理由は
「今の私の気分として日記はテクスト化すべきではない、と思うから」
と、今の私はとりあえず、説明するだろう。
結局、私は『人はなぜ日記を書くか』などいう問題提起には、なんの魅力も感じていなかったのだ。むしろ「人はなぜ日記以外のものを書きうるのか」のほうが、よほど今の気分なのである。

読んだ理由

ではなぜ、本書を手にしたのか?
その理由は本書が網羅している日記資料の豊富さである。それが本書唯一の長所である。
膨大な資料を読み込んでいるからこそ、筆者は、日記筆者と、その関係者の日記を、横断的に読み合わせることができた。
ただ、その作業が糸を毛糸に拠り合わせるに留まり、編み物を編むに至らなかった点が残念なのである。

日記から普遍へ

そのようにして立ち上がる日記(個人)相互の関係性としての編み物こそが「小説的」に「時代」を構成するのではないか。
そしてそのようにして立ち現れた「時代空間」は「無数の人称」によって、「普遍」となるのではないか。

そんな酔狂な考えが、頭をよぎった。

日記と世界

もともと世界とはそのように編まれている。
「日記」という「自己疎外=モダン」の産物を「時系列」で「横断的」に集成すると、関係性の全てを保持したまま「普遍=ポストモダン」が顕れる。「モダン即ポストモダン」「集団的個即一的全」
日記は「世界を顕す特異点」というわけだ。

穴に嵌まれ

もちろん、あらゆる文章のなかで、「日記」だけがこうした特権を担う、というわけではない。

全ての存在は縺れ合い、網目という「穴」を構築する。我々は世界を「綱渡り」しようとばかりするのだが、おそらくもっと、この「網目」に飛び込んでいくべきなのだ。
「個」から「個」を渡り歩くための順路を模索するのではなく、自らの質量をもって穴に飛び込み、周辺の時空を歪ませるブラックホールとなるべきなのだ。
この穴は、拡大すればするだけ、同じような網目が現れるフラクタルな構造を有する。
事件の解決のためであればその緋色の一本を解きほぐすべきなのだが、「解決」などという「予定調和」は、ハナからおよびでない。
ただ、やみくもに飛び込んで、跳ね返されたり、ぶつかったりしたいだけなのだから。

日記の特性

そのとき、我々が携えるべきが『日記』なのである。

なぜならば、日記は誰が書いてもよく、誰が書いても正しく、誰が読んでも(日記そのものを)批判できないという、稀有の特性を持つからである。
かつて、究極超人あーるは『誰も私がここにいることをとめられないのです!』と宣言した。このことをより重く考えねばならないと、私は考えている。

日記の不完全性

私がここにいること。私がここにいることを記憶すること。私がここにいることが及ぼした影響を記録すること。私がここにいることはあらゆるものがここにあることを証明していること。

一切の自己検閲を排除し、あらゆる忖度を度外視して日々生産される日記が構成するのは、「遅れてきた今日のモデル」である。それこそが「普遍世界」の極めて貧しい欠片なのだ。我々は、その不完全さを嘆いたり、不平を抱いたりするべきではない。

他人の日記を読む

我々は、多くの日記を、横断的かつ網羅的に読むことによってのみ、世界の全体像をまさぐることができる。
公開を気にも留めず、思いのままにSNSに垂れ流される脊髄反射こそが、現代の日記の一形態でもある。内省やら洞察なぞ、日記には求めてはいない。むしろ、そういう「作為」は邪魔である。

日記を読む場所

ただし、網羅的かつ横断的に読むことは、読者というメタレベルから俯瞰的に並列することとは全く違う。そのように読まれたとき、日記は単にテクストとなり「歴史=当事者性」が剥奪されてしまうだろう。それは日記性の消滅を意味する。

日記を日記のままに取扱うことも、日記性を消滅させることも駄目だというのなら、一体、日記はどのように読まれるべきなのか?(因みに、この本では「なぜ書くか」ではなく「いかに読むか」を論じている。ならそういうタイトルにすべきである)

日記とは生き様

「他人の日記を読む」とは「他人を生きる」ことでなければならず、「多くの他人の日記を読む」とは「多くの他人を同時に生きるというメソッド」でなければならない。

これは「輪廻」を体得する姿勢に酷似する。

我をもって我を空じ、他者を我として他者を空じるとき、世界を我として世界を空じ、我を世界として我を空じるという手触りを感じられるのである。世界は「あなた」でできている。

はじめにのまとめ

多分、「普遍」とは、そのようにしか捻出できないものなのだ。
すなわち日記とは、「ありうるべき世界」=「統制的理念」の破片なのである。

人はなぜ日記を書くか?

それは世界存在のあるべき姿を紡ぎだそうとする「我々」という存在者に共通する「根源的衝動」に他ならない。これがとりあえずの私の回答だ。

本編

それでは、この本を最大限有効活用して、今回のブログをとじよう。

すなわち「参考文献リスト」である。(各見出しは、引用書の章題)

Ⅰ 日記とは何か

『日記の虚実』紀田順一郎(ちくま文庫)
『蘆花日記』徳富蘆花
『戦中日記』シモーヌ・ボーヴォワール(白水社)
『日記論』ベアトリス・ディディエ(松籟社)
スタンダールの日記
@日記の自己言及性と「現在(同日)性」
『続高見順日記』(勁草書房)
『ヴァレリー全集 カイエ篇1』ポール・ヴァレリー(筑摩書房)
アナイス・ニンが日記をアヘン吸引にたとえていた
D.H・ローレンス、マルセル・プルーストは膨大な書簡を書いたが日記を書かなかった
プルーストは膨大で複雑な「草稿」を残した。カフカは日記も書簡も残した
ローレンスの「三つのチャタレー夫人」
『カフカ全集 7 日記』フランツ・カフカ(新潮社)
『ノートブック』ヘンリー・ジェイムズ
樋口一葉の日記=ノート(『樋口一葉全集』筑摩書房 第三巻上下)
『全集樋口一葉 3 日記篇』(小学館)
『セーレン・キェルケゴールの日誌』(未来社)
『トーマス・マンの日記 1933-1934』(紀伊國屋書店)
『トーマス・マンの日記 1935-1936』(紀伊国屋書店)
『トーマス・マンの日記 1940-1943』(紀伊国屋書店)
『無知の涙』永山則夫(河出書房新社)小説「土堤」の元となった箇所が削除されている
『人民を忘れたカナリアたち』永山則夫(辺境社/河出文庫)公開を意識していたため『無知の涙』のよさが消えている
『草稿 1914-1916』ウィトゲンシュタイン
『川端康成全集補巻一』著者十五歳からニ十五歳1914-24および1944-45の公表を意識しない日記草稿等
中上健次は日記を残さなかった 「枯木灘」の著者校ゲラ
吉本隆明『試行』巻頭の「状況への発言」
『吉本隆明著作集15』初期ノート
ヴォルグフガング・ケッペンの日記論
フィリップ・ルジュンヌ『フランスの自伝ー自伝文学の主題と構造』(1971)(法政大学出版局)
エドワード・サイデンステッカー 平安朝の女流日記
グスタフ・ルネ・ホッケ『ヨーロッパの日記』
diary,journal,notebook,cahiers(カイエ),carnets(手帳),journal intime《仏》(個人的日記),
tagebch《独》

Ⅱ 人は一日にどのくらい長い日記を書けるのか

『モンゴメリ日記(1897-1900)・その光と影』ルーシー・モード・モンゴメリ(立風書房)
『モンゴメリ日記(1889-1892)・プリンス・エドワード島の少女』 同上
『マリ・バシュキルツェフの日記』上下(国民文庫刊行者)
『アンネの日記』(文春文庫)
『青春さまよい日記』青木正美 (東京堂出版)日記収集家
『石川啄木全集 6 日記』(筑摩書房)
『百鬼園日記帖』内田百聞 (福武文庫)
『恋日記』内田百聞 (福武書店)
『戦中派虫けら日記』山田風太郎(未知谷/ちくま文庫)
『戦中派不戦日記』 山田風太郎(講談社文庫)
『占領下日記』ジャン・コクトー(筑摩書房)
『美女と野獣/る映画の日記』 ジャン・コクトー
『マレーシュ/ある講演旅行の日記』ジャン・コクトー
『定過去』(未邦訳)ジャン・コクトー
ヴァージニア・ウルフの完全版日記 全五巻
『ヴァージニア・フルフ著作集 8 ある作家の日記』(みすず書房)
『ゴンクールの日記』(岩波書店)
『ジュール・ルナール全集11』(臨川書店)
『左手の日記』大屋典一 (青娥書房)
『日本空襲記』一色次郎
『奇妙な戦争』ジャン・ポール・サルトル (人文書院)
『ドストエフスキー夫人 アンアの日記』 (河出書房新社)速記を反訳
スースロワの日記(ドストエフスキーにとって重要なもう一人の女性)
『古川ロッパ昭和日記 戦中篇』(晶文社)
『The Complete Notebooks of Henry James』ヘンリー・ジェームズ(Oxford)

Ⅲ 他の日記や日記作者について語ろうとする日記

『富士日記』武田百合子(武田泰淳夫人)
『成城だより』大岡昇平
@日記に非公表性による、関心ある他者への気兼ねの無さ(自己検閲がゆるむ)
『戦時の日記』ロマン・ロラン全集 26 (みすず書房)現存するだけで百七冊あるノートのうちの二十九冊分
『トーマス・マン日記 1940-1943』(紀伊國屋書店)邦訳された氏の日記のなかで最も厚い
『ジッドの日記 Ⅰ1889-1911』アンドレ・ジッド(小沢書店)本人による取捨選択のある日記集
『ヴァレリー全集 カイエ篇1』ポール・ヴァレリー(筑摩書房) 九冊
『ワイマル日記 上下』ハリー・ケスラー(冨山房)
『ニ十年代』~『六十年代』の5冊 エドマンド・ウィルソン
『神谷美恵子著作集10 日記・書簡集』(みすず書房) ウルフの訳者・研究者、精神科医
『野上弥生子全集 第Ⅱ期 日記』(岩波書店)
『アーネスト・サトウ公使日記 Ⅱ』(新人物往来社)
リチャード・ゴードン・スミスの日記
『罹災日記』永井荷風
『断腸亭日記』永井荷風(岩波書店)
『疎開日記』谷崎潤一郎『谷崎潤一郎全集』所収(中央公論社)
『内面の日記』ボードレール『ボードレール全集Ⅵ』所収(筑摩書房)
『ジュリアン・グリーン全集 日記Ⅰ、Ⅱ』(人文書院)
『ヨーロッパの日記』グレアム・グリーン
@ジャン=ポール・サルトルは十九世紀の日記を集中的に読んでいた。スタンダール、ゴンクール兄弟、ルナール、ダビ、そしてジッドの日記を、自分が日記を書く際に参照にした。
『ボーヴォワールの戦中日記』(白水社)
『カミュの手帖』アルベール・カミュ(新潮社)さまざまな作家の日記への言及。後半はみずからのjurnal
『ドリュウ・ラ・ロシェル日記1939-1945』(メタローグ)
『エリアーデ日記 上下』ミルチア・エリアーデ(未来社)
『秋田雨雀日記』(未来社)

Ⅳ 〈血〉で繋がり、〈性〉で作動し、〈夢〉として記述される日記

『穂積歌子日記 明治一法学者の周辺』(みすず書房)
『欧米留学日記(1912-1916) 大正一法学者の出発』穂積重遠(歌子の息子)(岩波書店)
『二十歳の原点』高野悦子
『自殺直前日記』山田花子(太田出版)
『インマンの日記』コリン・ウィルソンが言及 アーサー・インマン(ハーバード大学出版局)
『春の歩み』ジェームズ三木
夢日記の例 東雅夫による紹介「正木ひろし、島尾敏雄、つげ義春、横尾忠則」
『日本「日記」総覧』「歴史読本特別増刊」「事典シリーズ」(新人物往来社)
『小林信彦60年代日記』(白夜書房)
『アンネの日記 研究版』(文藝春秋)

Ⅴ 自殺者はどんな言葉を日記に残すのか

『ニ十歳の原点序章』高野悦子(新潮文庫)
『ニ十歳の原点ノート』高野悦子(新潮文庫)
『意思表示』岸上大作(角川文庫)
『もう一つの意思表示』岸上大作(大和書房)
『青春の墓標』奥浩平(文藝春秋)
『闇の産卵/立中潤遺稿 日記・書簡』(弓立社)
『転回点 -マン家の人々』クラウス・マン(晶文社)

Ⅵ 人は日記を書きながら苦痛のなかで死ぬ

『日本の名随筆別巻 28 日記』(作品社)
『「死への準備」日記』(朝日新聞社)
千葉敦子の日記形式の連続エッセー
『アミエルの日記』(岩波文庫)アンリ=フレデリック・アミエル
『麻酔剤服用日記』正岡子規
『仰臥漫録』正岡子規(岩波書店)
『動揺記Ⅰ』永山則夫(草頸書房)
『回復記』永山則夫
『死刑確定直前獄中日記』永山則夫(頸草書房)
『永山則夫の獄中読書日記』永山則夫

Ⅶ 日記は、どのように歴史の極限を刻みうるか

『南京の真実』ジョン・ラーベ
『覚え書』エマヌエル・リンゲルブルム
『ワルシャワ・ゲットー/捕囚1940-42のノート』ジェイコブ・スローン編(みすず書房)
『涙の杯/ワルシャワ・ゲットーの日記』A・ポロンスキー編(影書房)
『ワルシャワ・ゲットー日記/ユダヤ人教師の記録 上下』ハイム・A・カプラン(風行社)
『吉野作造選集14 日記ニ』(岩波書店)
『将軍の遺言/遠藤三郎日記』宮武剛(毎日新聞社)
『ヒロシマ日記』蜂谷道彦
『重松日記』重松静馬(風媒社)

Ⅷ 日記は独身者的な書きものである

『日記と人格の概念』アラン・ジラール
『セーレン・キェルケゴールの日誌 第一巻〈永遠のレギーネ〉』(未来社)
@フランツ・カフカは恋人に日記をすべて渡した。

Ⅸ 結婚のなかで日記はどのように継続されるか

 『アンナ・カレーニナ』に日記で触れた著名人の日記の例(※ここには名前のみ列挙する)
有島武郎、森鷗外、夏目漱石、永井荷風、山田風太郎、阿部昭、野上弥生子、アンドレイ・タルコフスキー、永山則夫、ドストエフスキー

Ⅹ 日記論・女性編としではなく

『蜻蛉日記』藤原道綱母
『ボーヴォワールの戦中日記』ボーヴォワール(白水社)
『インセスト』アナイス・ニン 非削除版
『ヘンリー&ジューン』アナイス・ニン
『火』アナイス・ニン 非削除版
頼静子の日記(頼三陽の母)
頼春水の日記(静子の夫)
『梨本宮伊都子妃の日記』
『近代日本の日記』(講談社)
『千葉敦子のななめ読み日記』(三笠書房)
『日記の虚実』(ちくま文庫)

ⅩⅠ フィクションの中に日記はどのように生かされるか

@日記の自伝化
『険しい道』ウェス・モンゴメリ自伝
『東京焼儘』内田百聞
『新方丈記』内田百聞
『日日不穏』筒井康隆
『イーディスの日記』パトリシア・ハイスミス
『一九八四』ジョージ・オーウェル
『収容所群島』アレクサンドル・ソルジェニーツィン
『イワン・デニーソビィチの一日』アレクサンドル・ソルジェニーツィン
『情事の終わり』グラム・グリーン
『鍵』谷崎潤一郎
『瘋癲老人日記』谷崎潤一郎
『正義と微笑』太宰治
『女生徒』太宰治
『日記の一揆』野坂昭如
『三島由紀夫/剣と寒紅』福島次郎
『クローディアスの日記』志賀直哉
『ハムレット日記』大岡昇平
『吸血鬼ドラキュラ』ブラム・ストーカー
『IT』スティーブン・キング
『ファウスト博士』トーマス・マン

以上(日記)

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少し遠回りした週末の帰宅

Posted on 19 5月 2018 by

“The boarding will be start at 11:45 on 4th floor, she said.”

“boarding”という単語がとっさに口から出て「この単語は元々は空港ではなく、旅客港で使われていたんだよな。今まさに語源通りに使っているのか。」などと少し感動しながら、私は目の前の男性と、困って慌てている券売担当の女性の会話に割って入った。男性はこちらを振り向きに”Thank you”と軽い会釈をした。僕も適当に”No hey problema.”と返す。徳島のフェリーターミナルで交わした彼との最初の言葉だった。

彼と出会う前日、私は帰宅途中に神田にあるお好み焼カープで同僚と一緒に食事をし、そのまま駅中の神田鐵道倶楽部で飲みながら店内のディスプレイをぼんやりと眺めていた。ふと、自分が十分に疲弊し限界に近づいていることに気づいた。それは、何かのきっかけて音を立てて切れてしまうような切迫したものだった。私は会計を済ませた後、東京駅で閉店間近のみどりの窓口に滑り込み、寝台特急のチケットを買い求め、同僚に「良い週末を」と交わし寝台列車へ乗車した。この場所から少しでも早く離れる必要があると感じたのだ。翌朝に高松に到着すると、駅構内にあった連絡線うどんでうどんを食べ、そのまま特急で徳島まで向かい、寄り道をせずに市内フェリーターミナルに移動した。時間軸を正確に記すとこうなる。

Leg 1: 東京: (金) 2200 🚆 高松: (土) 0727 寝台特急 サンライズ瀬戸
Leg 2: 高松: (土) 0823 🚆 徳島: (土) 0936 特急 うずしお5号
Leg 3: 徳島: (土) 1200 🚢 東京: (日) 0730 オーシャン東九フェリー びざん

今回は「少し遠回りした週末の帰宅」の際、フェリーで出会った彼について書こうと思う。

私がこのフェリーに乗船するのは今回が二回目で、以前は東京から北九州の逆航路だった。この会社のフェリーは新造から間も無く、綺麗で、そして船内で販売される酒類がコンビニと殆ど変わらない価格だった。つまり、乗船中は天候に関わらず酔いどれていられるのだ。今回も船が岸壁を離れる前から船内の自販機でビールを何缶か買い、関空から飛び立ったであろう幾機もの旅客機が曳く雲を眺めながら、甲板でそれを煽った。

船内は大型連休後の週末らしく閑散としていて、彼を見つけるのは難しいことではなかった。もっとも、甲板でビールを飲み続けていた僕に彼から声をかけてきた。彼の喋る英語はとても紳士的な英語で、時々イタリア語の響きに近い訛りが出るのが年齢も相まって可愛らしかった。彼は世界に点在するいくつかの巡礼路を歩いている最中だった。今回の来日は四国の巡礼路が目的で、三月から歩き始め今日徳島にたどり着いたとのことだった。確かに、彼は十分に日焼けをし、笠を被り白い巡礼服を纏っていた。

彼とは乗船後の東京での乗継路線や、船内の自販機の利用方法などの話はしたけれど、不思議とそれ以上の話をしなかった。彼は基本的に私に個人的な質問をしなかった。私も彼に多くを投げかけなかった。甲板で沈む夕日を眺めたり、それから約束をしたわけでもないのに、早朝から朝日を見るために甲板に上がろうとしているところを偶然に出会い、各々に房総半島を上る朝日を眺めた。

彼は満ち足りているようにみえた。彼の動作一つ一つが、私が殆ど失ってしまった何かを感じさせた。lonly planetを開き何かを調べ、ノートブックに文字を記し、そしてゆっくりと外の風景を眺める。彼は、彼の人生を完全に楽しんでいた。私はどうであろうか。私は、過剰なコミュニケーションに疲弊していた。昼夜を問わず通知が届き、携帯の微かな振動音で目が覚める。そんな生活に心底嫌気がさしていた。

りんかい線の大井町で彼と別れ、私は帰宅した。カレンダーには翌週の予定がいくつか届いていた。私は日曜の昼間、ごく当然のことのようにいくつかのSNSアカウントを閉じ、携帯電話の連絡先を整理した。それから、冷蔵庫に冷やしてあったビールをグラスに注ぎ飲むと、少し幸せな気持ちになれた。簡単な答えにたどり着くまで、帰宅以上に遠回りをしてしていたようだった。

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ノートがなければ箸袋を。 (ピース・メーカーさんからのお題 No.069)

Posted on 18 5月 2018 by

ピース・メーカーさんのお題:069.パンがなければケーキを。ではノートがなければ?

 

昔,大学にダンディーな声の言語学の教授がいた.

その人はよく,「言語学者はねぇ」といって,言語学者あるあるを授業で言っていた.

渋いその声で.

 

その中でも印象的だったのは,「言語学者はねぇ,酒屋で議論になると,樹形図を箸袋に書くんだよ.

 

詳しくない人のために解説しておくと(僕もそんなに詳しくない),樹形図というのは,

構造主義言語学(いろんな言語って実は共通した構造パーツからできてるよね)という人たちが使っている言語の分析表記方法で(詳しい人,こんな説明であってますか),

言語を樹形(···ピラミッド型っぽいよね)に表す表記法です.

たとえば,こんな感じ.

これを箸袋に書くというのである.

ということで,言語学者にとっては,「ノートがなければ箸袋に書けばいいじゃない」ということになるだろう.

 

しかしよくよく考えてみると,いろんなところに走り書きってできるものだ.

後はそれを,ノートに貼り付けておけば一件落着.

 

貼られる側がもったいないではないか!と思う人もいるかもしれない.

しかし,大切にしたいのは,そのモーメントだろう.

 

その

ジョットして

スクラブする

その理性的かつ感情的な

モーメントが!

 

···ボールペンのほうは,店員さんか大将にでも借りてください·

 

neokix

 

[[[ちなみに]]]

ノート: 無印良品 開きやすいノート A5 ドット方眼 (多分廃盤)

写真中のペン:OHTO GIZA + Zibra SARASA Dry 0.5

樹形図を描いたシャーペン:Bic Matic

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ワクワクはどこから来るのか?

Posted on 13 5月 2018 by

こんばんは。れでぃけっと と申します。
滅多に書かない2016年度ライターです(すみません)

以前こんな記事を書きましたが・・・

手帳社中presents手帳年初め~手帳かるたと新春の手帳と出会う3時間~に行ってきました


この時ゲットしたCITTA手帳を2018年に本格導入しました。
というのも昨年7月に手帳ライフコーディネーターさんの講座を受講しまして、課題に
「ワクワクリスト108個を3日以内に提出」というのがあり、講座では10個も厳しかった
ダメダメな受講者が締め切りギリギリに提出。
CITTA手帳の基本である「自分を愛すること」「自分を大事にすること」の大切さを教わり
この手帳は自分に合っていると感じました。

最近は自分で決めた時間内(だいたい1時間)にワクワクリストを書くことにしています。
自宅より外のほうが集中してできるみたいなので、スタバとかに行っています。

ワクワクリストって何を書けばいいんだろう?と思いますよね?
とにかく思いついたものを書いてます。

オレンジ色で書いて、青で理由(何故そうしたいのか)を記入。
もう欲まみれですよ。何かを買うとかそんなのばっかりです。
「こんなこと書いていいのか?」と制限をかけずに思いついたことを書くのがいいらしいです。


ほんの一部です。字が汚くてすみません。

本当はここからウィークリーに落とし込んで行くんですが、私は書いたら忘れてることが多いです。
でも後で読み返すと叶っていることがあります。知らず知らずのうちに行動に向けて動いているんですね。
ワクワクすることって待ってるだけではやって来ない。
じゃあどこから来るのだろう。結局は自分の気持ちからなんじゃないのかなと思うこの頃です。
講座で書けなかったのはそれだけいろいろなことに疲れていて、ワクワクを感じることができなかったのかなって。

少しずつでいいからやりたい事を叶えていきたい。
それがほんの些細な事・すぐにできない事だとしても。


今年の手帳は白。手帳ライフコーディネーターさんから買って、後日青木千草さんにサインしていただきました。
青木千草さんのセミナーをいつか受けてみたいです。
お値段も競争率も高いけど・・・

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筆箱よ,さようなら

Posted on 09 4月 2018 by

昔から使っていた筆箱(というかペンケース)がある.

これはある人に作ってもらったもので,しかしその人とはもう何年も会っていない.

いろんなことが原因で(そして大体の若い日の出来事がそうであるように,それはほとんど僕の責任だったのだけれど)その人とは疎遠になってしまった.

 

それからも今日まで,ことあるごとに使い続けてきたけれど,そろそろお役御免となりそうだ.

コンディションはすこぶるいいし,形も色も好きだ.

だけれど,ミニマリストWannabeになってから,筆箱が気になって仕方なかった.

かさばるし,重い.ものをいくつも吸収してしまう.

 

スティック状の修正テープ

携帯タイプの小さなテープのり

ステッドラーの固形蛍光ペン (ちなみにめちゃくちゃオススメです)

カドケシの消しゴム

スティック状に変形合体するはさみ.

必要のないものばかりが目に付く.

 

 

持ち運びは,ボールペン,赤ペンだけでいいじゃないか.

オレンジのケースに入れて.

BICのシャープペンシルも入れるかどうか,迷うところである.軽いから持っていくか?

 

そういうわけなので,筆箱よ,さようなら.

僕にはもうたぶん,必要のないものなのだ.

宿るあのつらい思い出も,ほどよく一緒に.

 

あ,お久しぶりです.元気です.

neokix

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Note of the note ノートの調べ ―No.119 釜名見煙の純粋空想ノート

Posted on 01 4月 2018 by

はじめに

「Note of the note -ノートの調べ」 と題した不定期シリーズ。
このシリーズでは、著名人のノート、手稿、手帳、日記などを紹介し、そこに込められた作法と思いを検証していく。

No.119として、現代芸術家 釜名見煙さん(以下敬称略)のノートを検証する。

出典


図版1.『空想技術体系便概』釜名見煙 ばんぐ出版(1969年復刻版)

釜名見煙のこと

1900年(明治33年)4月23日 愛知県土岐郡市之倉村の鉄道技師の次男として生まれる。
早稲田大学建築科に学ぶも1923年6月中退。


図版2.学生生活を過ごした四谷の朱雀荘

1923年(大正12年)9月1日関東大震災に遭遇。瓦礫の山と化した帝都に、「物質存在」の醜さを感じる。
壺井繁治の知己を得て、萩原恭次郎創刊の詩誌「赤と黒」に一時参加するも、2年を待たず「白こそが爆弾である」と宣言し決別する。図面のトレースなどで生計をたてながら、「空想技術体系全20巻」の草稿に取組む。

1924年(大正13年)『赤と黒』6月(号外)に掲載された「空想技術体系要綱」が、改造社 山本実彦の目に止まり、現代日本文学全集の「詩・評論」の巻に収録された。円本ブームにのって、多くの印税を手にした釜名見は、三重県鳥羽市の神島に「共想舎」を開設。美術工芸に勤しむ者たちと共同で自給自足生活を行いながら、1930年「空想技術体系全20巻」を脱稿する。

図版3.神島での住居

図版4.神島の共同宿舎

その後、釜名見は「媒体に囚われない相関的全感覚芸術の行使」を提唱。全国を行脚し、住民らを巻き込んでの行使を行った。受け入れられるものも、排斥されるものも、騒乱罪などで捕縛されることもあったその行使は、約5年間で、800回に及んだ。(異説あり)

1935年 福島の霊山町を通りかかったところで喀血し、山戸田の寺で養生をする。そこで、釜名見は全身を剃毛したり、薪を粉々になるまで彫ったり、書道で紙が真っ黒似なるまで筆でこすったりという奇妙な振る舞いを繰り返し、精神衰弱と診断され入院する。


図版5.病院の中庭にて

最期まで付き従った能面師の土師無明は、釜名見の入院中の様子を次のように伝えた。

「縺れ合い、絡み合う無数の”意味可能体”が表層的”意味”の明るみに出ようとして、言語意識の薄暮のなかに相責めぎ、相戯れる。”無名”がいままさに”有名”に転じようとする微妙な中間地帯。無と有のあいだ、無分節と有分節の狭間に、何かさだかならぬものの面影が仄かに揺らぐ」(引用1)

1937年8月24日死去(享年37)

釜名見煙のノート

「かつて、素晴らしい才能がありながら、絵の具を作る技術がなかったばかりに埋もれて行った画家が数多く存在しました。表現されたものでしか、人は価値を判断する事ができません。それは枷です。私は、あらゆる人間が持っている空想を、絵とか音楽とか彫刻とかに束縛されることなく表現する術を明らかにしたいのです。(釜名見)」

このような原理を打ち立てた釜名見煙は、行使に際して一切の習作を残していない。自画像もサインもない芸術家、それが釜名見煙である。したがって、以下に紹介するノートは、尋常小学校~早稲田大学、そして神島における『空想技術体系』のための研究ノートに尽きている。釜名見煙の主活動である行使(釜名見ナンバーズ)については、当時の地方新聞などから探すしかない。

白磁への情熱(尋常小学校当時の研究ノート)


図版6.白磁に関する研究 尋常小学校6年生「夏の自由課題」

生まれ育った土地は陶芸がさかんな地域だった。そのなかで釜名見煙はとくに「磁器」に興味をしめし、透き通るような肌合いをもつ白磁のかけらを集めていたという。

この白への執着は「空想技術体系」収蔵の「ネイトン二世 ―純粋空想と人工純白」論に結実する。

付録「ネイトン二世(抄)」

混血王(またの名を皮剥ぎ王ネイトン二世の逸話)
「旧世紀の西大陸を白の恐怖で被い尽くした一人の王がいました。『混血王。ネイトン二世』です。彼はまたの名を「皮剥ぎ王」といいました。ネイトン二世は確かに王族の血を引いていたのですが、どういうわけか、鳶色の肌で産まれてきました。その為に、後継者争いは熾烈をきわめることとなりました。幼い頃、自分の肌の色から骨肉の争いを引き起こしたのだとのトラウマは、ネイトン二世に過剰なまでの白色愛好癖を植え付けたのです。
白色の優位性を成文化した最初の王として、現在彼の名は歴史から黙殺されています。彼は白のために紡績、鉱工業、遺伝子学、医学、なめし工芸、博物学、芸術、特に絵画などの分野を厚く保護しました。しかし、本質的には恐怖政治だったといわれています。純粋な白を作ることが王の最大の命令であり、失敗には死を与えられたのです。それぞれの分野で様々な白が発見、生成され、その純度で等級が決定しました。医学の分野ではアルビノ種の研究、肌の漂白技術などが研究されました。もちろん、当時が第一次産業革命期に重なったことは、研究者や職工にとっては、ある意味で、幸せだったといえるでしょう。そんな中で、白でなくてはならないのに、白が作り出せない一つの分野がありました。
王は、自分の身の回りを全て白で統一していました。自分の肌を隠すために、白い肌を持つ娘の皮を剥ぎ、衣服を作らせたという伝説もあります。全国から集められたえり抜きの美女、特に肌の美しい女たちと七日七夜に及ぶ宴を催し、娘達の中で酔いつぶれた者から順番に、生きながら皮を剥ぐのです。阿鼻叫喚が宴をいよいよ盛り上げて行き、白色大理石の鉱脈を磨きぬいて作られた地下室からは、血が溢れたといわれています。最高のなめし職人が皮をなめし、染みぬき、さらに漂白を施した人皮の衣類は、王の身体にあわせたまま縫い合わされていたといいます。
それほどまでに白に執着した王が、歯がゆくてならなかったのが、「磁器」だったのです。
現在の白磁が、ボーンチャイナと言い習わされている事はご存知でしょう。東の果てから、シルクロードを通って塩と共に交易されはじめたのが、この冷ややかな白い肌を持った白磁器でした。王はこの技術を盗み出そうと、密偵を送りこみ、さらに軍勢をしかけようとした程でした。しかし、隣国のストラビヌが、その外交手腕によってまんまとこの技術を輸入することに成功してしまったのです。ネイトン二世は、使者を遣わしてこの技術を手に入れようと試みました。しかし、ストラビヌはチャイナとの条約によって、『門外不出』を遵守し続けたのです。大陸において薄く硬質な白い肌は一大ブームとなりました。ネイトン二世は、諦めて、ストラビヌからの輸入で、欲望を満たせたでしょうか?
王は、白馬に乗り、白い羽飾りをつけた甲冑に身を固めて、ストラビヌへ進攻したのです。王の肌はいかなる矢をも貫けないように加工を施された乙女の皮を纏っていたのです。五千からなる白馬の進攻。それは無謀な行軍でした。ストラビヌの首都までの辺境地帯には自然の要塞、ヌトラカン砂漠が横たわっているのです。ストラビヌ軍は、砂に潜んでそれを迎え撃ちました。激しい日差しの下でも、夜間でも、『白』は砂中艦からの格好の的となりました。王は、戦に望んでなお、白を捨てられなかったのです。迷彩を施したストラビヌの兵士達は、囲いの中の白色レグホンを捻るよりも容易く、王の軍を殲滅できたでしょう。王の甲冑は砕け、人皮は日に焼かれ、防護機能が停止していました。ネイトン二世は、このヌトラカン砂漠の中ほどで、全身を陽に焼かれ、褐色の塩に被われて息絶えたといわれています。今でもその塩の柱を見ることができるそうです。」

大学時代の雑録帳

建築設計を学ぶかたわら、釜名見煙は「雑録帳」とよばれるスクラップブックを作成している。学び始めたドイツ語を駆使して、自由奔放なイメージをコラージュしたものだ。


図版7.scrap 01. 永遠


図版8.scrap 02. 凝視

図版9.scrap 3. 女たち

空想技術体系の研究ノート

全20巻索引1巻からなる『空想技術体系』は、1930年に発表された。羊皮紙に手彩色図版が添付され、限定13部。セット毎にナンバリングが施されている。釜名見の行使を「釜名見ナンバーズ」と呼ぶのは、このナンバリングのなごりだ。


図版10. art and magic

「体系」は、「第一巻 空想技術を紹介する」から始まり、最終巻「空想技術集団宣言」に至る間に、古今の文献や、芸術界、文芸界、音楽界、思想哲学界、宗教界、そして科学技術界、医学界までを包括し、空想技術を明晰に確立させ、既にありながらそれと意識されることなく無為に浪費されている空想技術に明確な構造を与えた、非常に難解な大著である。


図版11. 南方熊楠往復書簡まとめ

釜名見は南方の粘菌研究について、「物から存在へと突き抜けると「物質」とは存在の属性の一つであるということがわかる」と感心していたという。

図版12. 曼荼羅

釜名見煙は人間の欲望、煩悩と密接に関わりながら空想の純粋さについて論じる。宗教・科学を疎外的空想技術と見做しつつ各派がどの程度純粋空想を保持しているのかを研究した後、精神異常と空想、夢と空想、先端科学と空想、天才と空想など、あらゆる二項対比を行い、そのいづれもが純粋空想を堕落に導いたのだという事を論証しようとしている。


図版13.脳と記憶

空想はどこから生じるのか? 釜名見煙は哲学的方面のみならず、科学的見地からの検討を最重要とした。


図版14. 脳細胞スケッチ

「空想とは、それ自体が非常に掴みにくいものだ。したがって、様々な述語によって規定され、撤廃され、また確定され、廃止されるといった馬鹿げたことが繰り返されている。空想、想像、妄想、虚妄、空言、嘘、夢だとか、幻想だとか、様々な述語が用いられ、そのいづれもが少しずつ重なりながらも、別々の意味を表すという複雑な状況となった。しかし、これらは皆、同一の現象なのだ。では、何故このような区別をされなくてはならなかったのか。それは、この現象が引き起こす二次的な要素、またはその現象がみられる場所、時間などによる規定の仕方に過ぎない。(釜名見)」


図版15.重力

釜名見煙は、純粋空想そのものを説明するのではなく、反対概念を糾弾することで純粋空想を浮き彫りにしようとする。純粋空想は言語による規定をも否定するためだ。

釜名見煙の芸術は、常に価値観の破壊をテーゼとし、それは最新の科学的知識、先端技術によって表現されてきた。第一作とされるエンサイクロペディアの発表は、知の破壊と再生を体言したいわば脱現代宣言だった。

おわりに

「その後発表された釜名見ナンバーズと呼ばれている一連の作品は、全て、見るものを二分してきました。すなわち、心酔する者と、嫌悪する者とに、です。釜名見は、時として駄々っ子のように現在の風潮や、大義をひっくり返そうと試みてきましたし、そのようにして成し遂げられた作品は、無視することを許さないリアリティを獲得していました。釜名見は現代美術最後の巨匠として、時代の推進力となり、かつ、時代の破壊神として君臨し続けていました。煙の凄さは、こうした状況をすべて、処女作品の「空想技術体系」で予言していたということです。今、この著作は散逸しており、この点については釜名見神話として語られているだけです。時代に対するアンチテーゼが釜名見の製作動機だったことは、いうまでもありません。ですから、自身が時代を造り出してしまっているというジレンマを解決するためには、釜名見は、つかみ取った地位を捨て去らねばならなかったのです。釜名見にとって時代はあまりにも軽く、むなしい物に見えたことでしょう。」(『季刊 几螺果巳』1969年12月「蘇る釜名見煙」号)

釜名見煙という芸術家は、埋もれていました。

死後30年余りたった1964年。ハイレッド・センターの赤瀬川原平らによって、釜名見煙は、ハプニング、アクション、イベント、といった芸術行動として再評価され、「訪問詩劇」、「回覧彫刻」など、寺山修司らによる天上桟敷の活動にも多大なる影響を与えることとなります。

しかし、彼が解放したかった「純粋空想」は未だ、いやますます物質文明に縛り付けられているように感じるのです。

「この世界の全てが、空想を堕落させている」釜名見煙

以上

※052. ノートブックに○○を貼ってみる
※119. さて、エイプリルフールがやってきます。今年もエイプリルフール的記事を楽しみにしています★

使用図版及び引用出典

図版1.斎藤清『凝視』 1962年(昭和37)に文字を合成

図版2.朱雀荘(四谷)「写真集失われた帝都東京」 柏書房 1991.1.10. p.333

図版3.M邸外観(原宿) 「同上」p.277

図版4.同潤会青山アパート 「同上」p.323

図版5.宝塚大劇場庭園 「同上」p.58

図版6.磁器について 「私物」

図版7.8.9. scrap「今回のために作成」

図版10.-15. 「私物」

引用1『井筒俊彦』河出書房新社 p.62よ「言い難く豊かな沙漠の人」日野啓三より(『文化と言語アラヤ識』「意味の深みへ」井筒俊彦著 を抜粋)

ネイトン二世(抄)創作

(万愚)

 

 

 

 

 

 

 

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人間には行方不明の時間が必要です〜サインペンを捨てる時

Posted on 18 3月 2018 by

えば、本を読んでいて、その本に挟んでいる新刊紹介のリーフレットとか、その本のあとがきや解説に書かれている別の本とか。あと、映画館などで(ミニシアターなどは特に)次の上映の予告などを見ると(本も同じなんですが)あー、次はこれを見よう(読もう)と思うことを、わたしは『新刊リーフレットアリジゴク』『ミニシアターアリジゴク』と呼んでいるんですが、いかがでしょうか。
Continue Reading

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中井精也流「おもひでかめらの撮り方セミナー」

Posted on 09 3月 2018 by

※ 本記事は個人ブログ「ノートブックがない日々なんて」2016/10/10投稿記事を転載・加筆しています。

中井精也流・デジタルピンホール「おもひでかめらの撮り方セミナー」に行ってきた。
※イベント詳細はこちら

鉄道写真家の中井精也さんが最近ハマッているという、
デジタルカメラを使ったピンホール写真「おもひでかめら」の撮り方を学ぶ。

いやぁ……中井さん、講義が漫談みたいに面白い。
撮影ポイント講義も、参加者が撮影した写真に対するイジリ(という名の講評)も、
とにもかくにもよく笑った。

講評会で出てきた写真は、まさに十人十色だった。
中井さんが撮る「おもひでかめら」とは違う雰囲気の写真が、次々と映し出される。

デジカメで撮ったのに写真から懐かしさがにじみ出るし、
ピンホール写真なのに癖のある色合いも出せる。
1枚の写真をとるために参加者が施す “ひと工夫” に驚くばかり。

特に、ホワイトバランスの使い方は大いに勉強になる。
カメラ基礎知識をろくに勉強せず、構図やアートモード頼りで撮影していたことを大いに反省した。

「おもひでかめら」ならではの懐かしさを醸し出す撮影地と被写体を選ぶことも、大事。
平成の大都会東京にも、昭和の風景はまだ残っている。
よく見つけ出すよなぁ。撮影地と被写体選びにもセンスが必要だ。

さて、私の写真はというと。
「あの世感キタ」 「手前の人たちに冷たい視線www」 と講評された。
観た人の心に、世にも奇妙なミュージックを流してしまったよ……申し訳ない。



中井さんの「おもひでかめら」のように、
ふんわり・あたたかい・浪漫漂う写真を撮りたかった。。。

というか、そういう写真が撮れるものだと思っていたのに、
冷め切っていて空虚感漂う写真が撮れてしまうなんて、これはこれで驚いた。

カメラって、本当に奥が深い。
初のデジタルピンホールカメラ撮影記録として、当日に撮った写真を載せておく。



本日発見した写真公式
[くもり空 × 都会 × デジタルピンホールカメラ = 冷めたあの世感]

次のデジタルピンホールカメラスナップは、“おもひでかめら” になりますように。
この世の写真が、撮れますように。

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シンプルなのに上手く描けた(ように見える)楽々手帳スケッチ術

Posted on 17 2月 2018 by

新年快楽(^-^)/

2018年の幕開けですね。皆さん、お元気ですか?早速ですがぺら部の仮想通貨、ペラ部コインをナカシーチェックのサイトで今なら1,000ペラ=1万円から交換できますがいかがでしょうか?3年後には値上がり間違いなしです。絶対に儲かりますよ!(胴元が)

というわけで、わたくし、今年からほぼ日5年手帳を始めました。2014年~2015年まで1日1ページ絵日記を描いていて、2年のブランクを経て久々に手帳スケッチを再開しました。5年手帳なので5年は続ける覚悟で参る所存でございます。5年手帳は1日に描くスペースが少ないので気負わずに続けられそうです。

と、自分のことはおいといて、読者の方もインスタなどで他人の手帳を見てあんな風にスケッチを描けたらなぁと思いながら理想と現実のギャップに愕然としてしり込みするという方もいらっしゃると思います。あんなに上手く描けねーよ、どうせおいらは絵心なんか持ち合わせちゃいねーんだ、みたいなコンプレックスが障壁になってなかなか踏み出せない。違いますか?

手帳スケッチなんか今日食べたランチとか、気に入って買ったものだとか、そんな感じで見えるものを描いていくのですが、なかなか上手く描けないです。上達するにはかなりの努力が必要ですね。美大受験を目指す受験生のデッサンの訓練くらいの修行が必要ですね。

でも、一時期流行った絵手紙なんかは極意として「下手でいい、下手がいい」と標榜していますね。下手でいいーんですっ!(川平慈英かっ!)でも、下手風に見えて味わいがある上手な絵を見せられても説得力がないですよね。

そんな絵なんて描きたいわけじゃない、お洒落なスケッチを描きたいんだ!カフェ飯とか雑貨とか風景とか…ねっ。でも大丈夫!努力もセンスも絵心がなくても簡単に手帳スケッチが描ける方法を教えてしんぜよう。

1.まず、描きたい対象をスマホのカメラで撮る(または画像検索で探す)

2.好きな大きさに拡大/縮小する

3.紙の下にスマホを置く

4.透過した画像を上からペンでなぞる

たったこれだけでなんとか形が整った絵が描けたでしょ。遠近法やパースなんか気にしなくても大丈夫(遠近法とパースは一緒のものでしょ、という突込みは無し子さんでお願いします)

あとは上記の手順で描ききれなかった細かい部分を描き込んだり色を塗れば出来上がりです。ほら、簡単でしょ。これでも結構楽しいものです。ペンで一発描きがためらわれるのならフリクションボールで描いてからペンで清書して最後にドライヤーで温めればフリクションボールの線が消えて完成です。

筆者はほぼ日なのでトモエリバーに描いているのですが、結構透けて見えます。他の紙はやったことがないですが、大体いけるかもしれないっすねぇ。

目から鱗の簡単スケッチ術、いかがでしたでしょうか?こんなの邪道じゃないか!という声も聞こえてきそうですが、そんなの関係ねぇ、そんなの関係ねぇ、はい!

というわけで、また来週(^-^)/~~~

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これがNotebookersの生きる道 〜Notebookを味方にするための守破離×5〜

Posted on 03 2月 2018 by

ソウル・Notebookers道!

こんばんは、サオリです。
今宵も Good Notebooks にココロ踊らせる時間がやって来ました。
ゲストはマイg……おぉっと、いなーい。

お届けするのはこの曲。
セ・ラ・ヴィ 〜女はNotebooksに忙しい〜

そんなわけで(どんなわけだよ)、みなさまNotebookers.jpへようこそ!
何かしらの流れでココまでやって来たはじめましてさんから、
むしろココで何年も記事書いてるぜっていうベテランさんまで。
この記事に辿り着いたみんなにとって、何らかの役に立つ記事を書ければいいなって思っているよ。
ぜひこのサイトを、楽しんでいってね!

さて、今宵の話題。
「これがNotebookersの生きる道 〜Notebookを味方にするための守破離×5〜」ですって。

2017/12/29 Notebookers Global Communication(以下、NGC)が発生してからというもの、
ノートブックで何かとミラクル起こしがちな、このワタシ。

そんなワタシから、みなさまへ。
ノートブックを自分の味方にして人生楽しもうぜって思い立ったときに
ちょっと実践してみるといいかもしれないねレベルの、ささやかなアイデアをお届けするよ!

少しでも分かりやすくしたくって、
「守×5」「破×5」「離×5」の、計15個のアイデアにまとめました。
よかったら、ぜひなにかひとつ、今日からTRYしてみてね!

【守−1】Googleで “Notebookers” の画像検索をしてみよう
検索が面倒だっていう人は、こちらをクリックしてみてね。

【守−2】ちょっと頑張れば行ける距離の、おおきな文房具屋さんまで散歩しよう
いま話題の文房具から、昔から使っていた超定番文房具まで、大抵の文房具は揃っているわ!
目で見るのはもちろん、試し書きしたりページめくったり、五感フル動員で文房具を体感してみて。

【守−3】逆に、あなたのおうちから一番近くにある文房具屋さんに行くのもまた、ステキよね
何十年もお店の奥底に眠っていた、思いがけない文房具に出合えるかも?
文房具でタイムトラベリングまでできちゃうなんて、アメイジング!

(守−2、守−3を実践したなら、きっと手元にステキなノートブックがあるはずよね)
(そう信じて、以降続けるよ)

【守−4】そのへんのペンを片手に持って、目の前にあるノートブックを開こう
ノートブックを、開こう。
気分が乗らなければ、開いてすぐ閉じちゃっても無問題。
ペンを片手に持っていれば、文字でも絵でも図でも表でも、すぐにノートブックに叩き付けられるわ。

【守−5】「1日1回ノートブックを開く」を、根気よく毎日続けてみて
気分が乗らなければ、開いてすぐ閉じちゃっても無問題。
手段はどうあれ、【守】フェーズのうちにノートブックに慣れることが、肝要。


【破−1】身の回りの荷物を、いったん整えよう
そろそろ、ノートブックや筆記具、マステやらふせんやらで、しっちゃかめっちゃかになってない?
とりあえず机の端に、バラバラになった文房具をきれいにまとめよう。気持ちがすこし、落ち着く。

【破−2】ついでにカバンやポーチの中身も、いったん整えよう
カバンもポーチも整ったら、足取りはより軽く、距離はより遠く。
一気にモノゴト、動くはず。

【破−3】そろそろ、いつものノートブックに“違和感スパイス”をかけてみない?
いつもより雑な字で書いてみるとか、手でちぎってたマステをカルカット使って切って貼るとか。
でも客観性は忘れないで。あまりに羽目を外し過ぎると、それはそれでただおかしいだけ。
周りからもおかしく見えるし、もう一人の自分からでだって、おかしく見えてしょうがない。
「いま自分は、違和感スパイスをかけている」冷徹なもう一人の自分から、そう問いかけてもらおう。

【破−4】好きな歌手の好きな曲の好きなワンフレーズを、しばらく自らの行動指針にしてみない?
ワタシの行動指針フレーズは、「理論武装に笑顔は不可欠」

【破−5】あなたが住む国の一般的生活リズムからちょっと外れた時間帯、Instagramに写真ひとつアップ
あなたが住む国でない誰かが、きっと「いいね!」を押してくれる。
Instagram友達が、また一人増えたみたいね。

【離−1】InstagramレベルのEnglishの読み書きなら、ローライングリッシュ本がおすすめだよ!
ローライングリッシュ本=SPEAK ENGLISH WITH ME!
世界のInstagram友達とのコミュニケーションが、もっと楽しくなるはず。
そう思わせるきっかけをくれたNGCのお相手aina(aina.kristina)には、感謝してもしきれない!!

【離−2】ノートブックタイムだけでも、額全開ヘアアレンジ
ノートブックと集中して向き合うための、一種のルーティンワーク。
どうせ家でしかつけないヘアバンドを、先月3本購入した。
3本ともベーシックカラーなんだけど、いずれも適度にアホ要素があるのが極私的高ポイント。

【離−3】「フシがある選手権」開催
ルールや空気感は、漫画または映画『セトウツミ』参照。超がさつ客観視のキレ味増強に役立ちます。
ドラマ版セトウツミは、瀬戸と内海だけでなく脇役陣までキレッキレ。
田中君とハツ美ちゃんが程よくイラつ……、ってゴリラ先生www

【離−4】お気に入りのハンドクリームを、いつもポーチに入れておく
松浦弥太郎さんの本で読んだ手法、いただきました。
執筆仕事の前に、ハンドクリーム。ついでに手のひらマッサージもすると、血行よくなる気がします。

【離−5】「行こうぜ Noteookの向こうへ」スピリットで、ノートブックとたのしくあそぶ


閑話休題、の、逆バージョン(本線から堂々と脇道に逸れる)
2018年に入ってからというもの、資生堂さんの文房具モードが本気な件。
ものすっごく、わくわくする。
あれもこれも、発売が待ち遠しい。年甲斐もなく。

【PR 2018/01/16】
資生堂、女子高校生と共創するオープンイノベーション型プロジェクト「POSME」を開始~社内組織「イノベーションデザインLab.」による新たな価値創造~

【PR 2018/01/25】
資生堂PLAYLISTがカラー&メイクを自由に楽しむマルチカラーアイテムを発売。

いまワタシが注目する文房具ブランド総合ランキング第1位は、資生堂さんです。って、あれれ……?

それでも前に行くしかないんだし、角度変えればまたイイ感じ。
になる、はず。

それでは、さようなら〜

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旅先のToday’s TRAVELER’S notebook/2018冬・ 魔境小田原真鶴編

Posted on 27 1月 2018 by

ちょっくら、旅してきました。
あの、あの大雪の日でした。
あえて、旅、決行しました。

旅の計画動機は「小田原らへんの郵便局で風景印収集したいな〜♪」程度だったのに、
いざ当日になるやいなやの、寒風大雪サバイバルモード。
えっ。風景印って、こんなに過酷な思いして収集するモノだっけ……?

小田原も真鶴も、気候のせいでひどく魔境感が漂っていた。
ただ、「魔境感」の制限のなかで、精一杯、馬鹿馬鹿しく旅できたと思う。

撮影にいちいち迷ってると凍えるので、脳内は常に高速回転。
結果、街をスクラップしながら、小田原と真鶴を疾走できた。
(あくまで気持ちの面で疾走。ほんとに走ったら、すってんころりんハイリスク)

ノートに記録する手段は、書くことだけではない。
「旅先のToday’s TRAVELER’S notebook」として写真におさめる方法だって
私にとっては、旅の記録になるのです。

みなさまにも、少しばかり魔境小田原真鶴の空気をおすそわけ。

郷土の偉人、二宮尊徳(金次郎) 代表的教訓「譲って損なく奪って益なし」

ニノはどこを見てるのか

真鶴駅近くの屋根付き歩道橋。雪がトラベラーズノートに着地した。

16:46 真鶴駅(JR東海道本線)



……えぇと、言っていいですか。
雪降り積もる日にトラベラーズノートのある風景写真なんて、北の血筋なしの私にはムリ!
寒すぎて寒すぎて、トラベラーズノートの配置がぜんぜん決まらなかった。早々に、断念。

トラベラーズノートのある風景写真が撮れない場合の緊急対応として、
持ち物、ならびに身につけている物と一緒に、風景写真を撮ってみた。
寒さに追い込まれながらも、極めて雑にシャッターを切った……と、記憶している。

小田原の足元には北条氏。この日はトレッキングシューズ装備で、大正解。

14:20 真鶴駅。強風びゅーびゅー吹いてきて、リボンが大変よくなびいた。

ぜんぜん景色が開けない。

真鶴の人々のホスピタリティが身に染みた。郵便局員さんもタクシーの運転手さんもあたたかい。バス停代わりに、長いこと郵便局で休息をとっていた。

なんだかんだで無事に帰れた。終わり良ければすべて良し。



小田原と、真鶴。
次はぜひとも、よく晴れた日に行きたい。

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折りたたみの簡素な机

Posted on 25 1月 2018 by

私にとっての一番大きな文具、折りたたみ式の簡素な机が年末に届いた。背面に貼付されていた巨大な「安全に関する注意事項」を丁寧に剥がし、部屋の中央に机を設置すると、ようやくこの部屋が自分の居場所のように感じられた。

以前の机を処分してからの半年、私は「この部屋に居場所を持たない流浪者」であった。アパートの小さなキッチンで立ったまま食事を摂り、床にタオルケットを敷き丸くなって本を読んだ。過去どのような所有物を処分した時よりも生活の質が下がった。陽の光が差し込む明るい独房に収監されていた気分だった。

私は再び多くの時間を以前と同じように机に向かい過ごすようになった。本を読み、食事をとり、キーボードを叩き、書き物をした。部屋が手狭に感じられるときは、折りたたんで押入れに仕舞った。こうして新しい文具「机」は生活に馴染んだ。

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neokixからの挑戦状

Posted on 18 1月 2018 by

 

Notebookersなみなさま,そしてもちろん読者さま

 

さて,このNotebookers.jpには「モレカウさまお題」,「キリエさまお題」の二種類のお題があることを,私はしかと存じ上げております.

しかし,わたくしめもみなさまに話題提供をしたく,とりあえず今は30個ぐらいあげようと考えておるわけであります.

30個思いついたらぱちぱちと,拍手をしてください.

読者さまにおきましては,コメント欄にて知りたいことなどをお書きください.

いずれにせよ,モレカウさまお題,キリエさまお題とのかぶりはご容赦ください.

一つずつ確認するなんてめんど(略

 

  1. ある日突然Notebookers.jp検定試験ができました.さて,どんな問題を出題をしようか.
  2. あなたがNotebookersになって,できなくなったこと,うしなわれたものについておしえて!
  3. あらら!お気に入りのノートに,間違って[ノ」のような形の線を一本書いてしまったよ!どうしよう!
  4. リングノートについてのあなたの意見を力説してください.
  5. 「筆箱」や「ペンケース」に代わる名前を考えた人は挙手.
  6. 自分自身の何かしらを祝って,セルフ寄せ書きを書いてみよう.
  7. ノートの1ページをちぎって,水に浸して,乾かして,なにかを書いてみて!どんな感じ?
  8. Notebookersのダイイングメッセージを発見!どんなの?
  9. あなたのノートに,理想の壁掛け時計のデザインを書いて,見せてください.どうしてそんなデザイン?
  10. 500年後の地球,500年後のノート
  11. あなたのノートに書いてあることで,1000年後の考古学者が見つけておったまげることは何ですか?
  12. あっ!なんかノートが言ってる気がする.でもよく聞こえないな.なんて言ってるか教えて!
  13. バミューダトライアングルから抜け出す方法の考察
  14. エイリアンの人間観察日記を発見!どんな感じ?
  15. 古代マヤ文明のころから続くNotebookers族.どんな風習や習慣がある?
  16. もう買うことができない,特別な文房具を自慢してください.
  17. ノートブックと床
  18. ノートブックと壁
  19. ノートブックと屋根
  20. あなたのノートの旅ってるページを見せて
  21. あなたが5年前の今日,ノートに書いていたことはなに?

 

もうだめだ,思いつかない.

また思いついたら投稿します.

 

neokix

 

 

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グラシン紙で包んだ文庫本

Posted on 25 12月 2017 by

グラシン紙で包んだ文庫本が好きだ。
自分の本棚に挿しておく文庫本は包むことにしている。

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Notebookersお題 09/12/17,22:47 装置について考えよう

Posted on 01 10月 2017 by

タカヤさんのツイート 09/12/17,22:47

【Notebookersお題】 装置について考えよう。エンパイアステートビルディングの上から卵を投げても割れない装置について考えよう。腕時計の針の中心部がどのように固定されていて、どのように回転しているのかググらないでスケッチしてみよう

今回は、
「エンパイアステートビルディングの上から卵を投げても割れない装置について考えよう」
を考えました。
エンパイアステートビルディングから卵を投げる。となると、屋外に出られる86階の展望台(320m)からでしょう。写真で見る限り、卵投げ放題です。(よい子のみんなはまねしないでね)

Mission 0 持ち込ませない

お題は、「投げても割れない装置」ですが、とにかくビルに持ち込ませなければ、投げる事はできず、つまりは割れない、と考えました。

  • 法整備
  • 身体チェックの徹底
  • 相互監視と密告制度

Mission 1 投げさせない

お題は、「投げても割れない装置」ですが、投げさせなければ、落ちることはなく、つまり割れない、と考えました。

  • クリスト&ジャンヌ・クロードによる「梱包」
  • 食べ物をおもちゃにしないという教育
  • 卵が命であるという情操教育
  • 罰則規定
  • キャンペーンによる周知徹底
  • スナイパーの配備
  • すきやきを振る舞い「卵は自前でお願いします」という

 Mission 2 インターセプト

なぜ、卵は割れるのかを考えたところ「地面に激突するから」ということがわかりました。ならば地面に激突する前に受け止めればよいと考えました。

  • 追っかけてバンジー
  • タモで掬う人海戦術
  • 鷹匠に依頼
  • キング=コングの活用
  • ビルにエリマキトカゲ的なエリマキを装備する

Mission 3 落下をゆっくりにする

地面に衝突するときにスピードが速いと衝撃も大きくなるのだそうです。なので落ちているときのスピードを緩めるための装置がよいと考えました。

  • 上昇気流発生装置
  • うわばみに呑ませる
  • 七年目の浮気の地下鉄
  • 水芸
  • 卵にパラシュート

Mission 4 衝突を間延びさせる

地面に衝突してからスピードが0になるまでの時間はゆっくりなほうがいいのだそうです。卵を地面にそっと着地させるための装置がよいと考えました。

  • ジャッキー・チェン御用達のダンボール箱
  • 速度調整自在のリフト
  • 何層にもなった薄い膜(ミルフィーユ)
  • 膝を上手に使う

Mission 5 その他

上記分類の複数にまたがるもの、もしくはどこにも当てはまらないものを考えました。

  • 地球貫通孔(着陸させないため)
  • ビル埋没(高さをなくすため)
  • イチロー選手を活用(スーバーキャッチ)
  • 時空の歪み(エッシャーの「滝」のような)
  • 衛星軌道からのレーザー照射(蒸発)
  • VR

結論

やはり、装置っぽいものがいいと思いました。

①うわばみとタモを組み合わせた方法
加圧効果の高いストッキングを250メートル用意し、それを装着したタモで卵をキャッチします。自動で動作すると装置っぽいです。卵は、表面の摩擦によって次第に速度を落としやがて停止するでしょう。
②速度調整自在のリフト
落下している卵の真下へ設置し、リフトを上昇させます。接地するやいなや卵の落下速度と同じ速度でリフトを降下させ、次第にリフトの速度を落としてそっと受け止めます。リアルタイムコンピューター制御でないと不可能です。

いづれも、壁面からあまり離れては届かないことに注意が必要です。案外意外性のない結論になり、なんだかすいません。

重大な見落とし

こうして、卵を受け止めるための装置を考えてきましたが、「卵そのものに装着する装置」という観点に考えいたりませんでした。

参考:「エッグドロップ」という名称で調べると、いろいろ出てきます。おもしろいです。 (以上)

おまけ(マンスリー絵日記9月)

 

 

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手帳に関するある出来事を通して気づいたこと。

Posted on 03 9月 2017 by

こんばんは。れでぃけっとです。

1月の手帳年始めの記事以来となります。
存在を忘れていたわけでは(^^;;;;;;;;;;;;;;
いや、書くネタがなくて・・・(こら!)

2017年は手帳がなんだかんだで6冊!!
だったわけですが、その後使う冊数が減りました。
現在は3冊と稼働率半分になっております(苦笑)

\( ̄(工) ̄\)(/ ̄(工) ̄)/ それは置いておいて

・・・春のある日、とあるところからアンケートのお知らせが届きました。
手帳に関するアンケートでした。
なんだかよくわからないけど協力してみようと思い、回答しました。
その後2回目のアンケート依頼が来ていたのですが、Gmailのメールチェックをサボっていたら入ってて、締め切り間際
だったのでビビりました。
メインで使っている手帳、サブで使っている手帳、使い方などありましたが、うすらぼんやり覚えているのは

「私のような使い方ではだめかもしれませんが、貴重な機会をいただきありがとうございました」

みたいなことだったかな?

4月下旬にサンプルが届くという話でしたが、届いたのは5月中旬。

レターパックライトが来て手帳サンプル・・・なんだろう?

封を開けた時、私はこう思いました。
「私はやっぱりこの道でいくしかないのか」

締め切りがタイト。しかも当時自分のカズンはほぼスカスカでした。
やばい、どうしよう!!
そこで編み出したのが、自分の手帳とサンプルの同時進行イェーイ!!
一緒にやっちゃえはいいや!どうせ同じもの2枚印刷すればいけるっしょ。

・・・と考えてやったはいいけど甘かった。サンプル作成の間に仕事の休みは3回。
しかも1日は体調不良で休むという。なので実質2日しかないわけです。
うち1日がまさに締め切り当日!!
なので必死でやりましたよ。最後は同時に書けなくてサンプルが先行しました。
サンプルページは記念に写真を撮り、自分の手帳にかいたものの最近まで保存してきました。

7月15日に校正依頼があったのですが、そこで「アンケートが無回答だった」という思いがけない事態。
サンプル発送と同時にメールで届いたアンケートに回答して送信したはずなのですが
何の連絡もなかったぞ。送信済ボックスにあるのに♪なんでだろ〜なんでだろ〜
(ハヤブサナンデダロという競走馬がいたのですが、7月23日に函館で勝利したものの、骨折でいなくなってしまいました・・・)
内心悲しくて悔しかったです・・・でもそんな中でも編集してくださっていたのでありがとうございますm(__)m

ほぼ日手帳を知り、使うようになって11年。
ここ2年は他の手帳を買ってみたりいただいたりしました。
前回のエントリーで「ほぼ日手帳に対するこだわりがなくなってきたかも」と書きました。
だけど今回気づきました。

私、ほぼ日手帳がなきゃだめなんだ。
このやり方をやってきてよかったんだ。

私がやっていることは正直な話、他の手帳やノートでいいのかもしれません。
あるいはみうらじゅんさんのようにスクラップブックとか。
でもでもでも!2015年版ガイドブックを見て自分もやってみようと思いました。
iPhoneで撮った写真を印刷する方法を検索してなかむら真朱さんのサイトにたどり着き、自分の環境
でもできると知りました。
毎日はできないけれど、時間がある時に作って時々Instagramにアップしたりしてきました。
馬が勝って嬉しかったこと。ふっかちゃんに会えたこと諸々ほぼ日手帳に受け止めてもらっていました。
ここ数年、ほぼ日手帳は「LIFEのBOOK」というキャッチコピーがついています。
私は2016年のほぼ日手帳のムービーが大好きです。

今日、Notebookersライターのぴょこさん、Kyrieさんがほぼ日手帳についてつぶやいていたことにハッとさせられました。
それでこの記事を書こうと決めました。ありがとうございますm(__)m

反面、いわゆる「手帳術」というか、スケジュール管理は全然できません。
だから同時進行という無茶するんだよって(笑)
手帳愛好家のなかにはデコったり手帳の中身を公開することに異議を唱えたりする声もあります。
私には手帳は予定管理だけではない。でも毎日書いたりデコったりできないから手帳はやめます
(手帳はやりません)は違うという持論があります。
だけど手帳オフ会に参加すると、ほとんどの人がスケジュール管理に使ってます!っていう感じ。
自分はなかなか「こういう風に使ってます」って胸を張って言えませんでした。
正直なところ、手帳に関して、自分がやってることに関して劣等感のかたまりでした。
予定管理ができるようになりたくて7月にとある手帳の講座を受けました。
そこで「誰かと比べないでいいからね!!」と講師の方に言われました。
ほんと、私、人の目を気にしすぎですね。

8月31日。自分のやってきたことが他の方と一緒に形になりました。
手帳事典2018

玄光社から発売されている「手帳事典2018」に私のほぼ日手帳カズンの使い方が掲載されております。
旅行の際に写真を貼る、パッケージ類を取っておいて貼るという方はいらっしゃいますが、ここまで写真ガッツリなのは私だけ。
しかもこれだけという、ある意味「風穴あけるっす。」(りりぽんの総選挙のキャッチコピーだなそれ)(勝手に思ってるだけだろ)状態ですが。

献本が届いてページを見たとき、私は自信が欲しかったのかなって思いました。
自分がやってきたことを認めて欲しい。
でも人に求めるだけじゃダメですよね。自分がやってきたことを認めて肯定してあげられるようになりたい。
胸を張っていきていこう。
そしてほぼ日さんから使い方アンケートの抽選に当たり、来年の手帳が届きました。
やっぱり自分の人生にほぼ日手帳がないとダメなことに気づきました。

手帳事典2018に採用してくださったてちょけんの荒川さん(いつかオフ会参加してみたいです)、本の制作に関わった皆様、ありがとうございました。
思いがけない貴重な経験ができました。そして大事なものに気づくことができました。

手帳サンプルを送った日のほぼ日手帳カズン
時間があればもっと書きたかったな。ふっかちゃんとかしんじょう君とか。

ボツになったページ
書いたけど採用されなかったカパルはゆるキャラグランプリに参戦中なのでどうぞよろしくおねカパール(おい!!)

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アバターとしてのスタンプ

Posted on 04 8月 2017 by

ちょいとお久しぶりのkonamaです。

今日は、最近はまっているパンダのスタンプについてのお話です。

万年筆は大好きな筆記用具なのですが、残念ながら手は2本しかなく、さらに大概は片手で書くわけで、手持ちのペンをすべて稼働させるというのはなかなか難しいものです。あんまりほっておくと乾いちゃいますからね。とはいえ、インクの色も楽しみたいし、いろんなペン先(太いの細いの、平たいの、柔らかいの…)も使いたい。そこで、なんか定期的にペンを使う習慣を作る、例えば日記とか、というのがよくあるパターンだとおもうのですが、ツイッターで手書きツイートをする、というのも1つの方法です。

※手書きツイートとはなんぞや。それは文字通り「手で書いた字の画像でつぶやく(絵のケースもある)」ということ、少なくともこの記事ではそういう意味で使っています。しかし、最近はインスタグラムなどではやっている手書きツイートはちょっと趣が違うみたいです。(#手書きツイート のハッシュタグでひくと、最近は人様の恋バナがつらつらと書いてあったりしてびっくり)

で、私もご多分に漏れず、モレスキンダイアリーXSをつかった本の抜書きや、ちょっとしたメモをつかった手書きツイートをしているのですが、その中で「Rhodia No.10 ちまちまツイート」と名付けて、毎日のよしなしごとを書き留めているシリーズがあります。第一回目がこれ↓。 確かNational Hand Writing Dayかなにかがきっかけでやってみた気がします。Rhodiaが出している一番小さい手のひらサイズのメモパッド(5.2 x 7.5 cm)を使って、手元にあるスタンプと万年筆を使って書いたメモを、iphoneのカメラで撮って、Instantというポラロイド風に加工できるアプリを使って仕上げています。綺麗にというよりは、ちょっとしたスナップという雰囲気でまとめてみたかったからね。

みてのとおり、この第一回目にはパンダは登場していません。デスクにあった、電球のハンコをぽんと押してみただけ。その後もワンポイントとしてスタンプやシールを使いながら、他愛もないことをつぶやいていたわけです。

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予定がないなら絵日記を書けばいいじゃない

Posted on 30 7月 2017 by

昨年末、妻がユニクロからもらった手帳を譲り受けた。しかし…

元来、予定がすくなく、スケジュールはいつもガラガラ。これじゃ、絶対に埋まらない。

とりあえず、手帳後半の横罫(150ページ超)は、俳句を書き留めておくのにちょうどよかった。

でも、メインとなるはずの見開きマンスリーは一体…… あっ!

1日1コマだから続く。マンスリー絵日記のススメ

Posted on 06 2月 2017 by

これは、ぴったりじゃないですか。ハヤテノコウジさん。ありがとうございます。

絵日記はじめよう。ボールペンと色鉛筆で、その日の何か一つを描いて一コマを埋めていこう。

実際に見たモノでも、ネットやテレビで見た画像でも、思い浮かんだ図形でも、今の気持ちを色に例えただけでも、なんでもいい。本当に何も思いつかなかったら、無理やり画像検索して写してしまえ。

使いみちを見つけて、手帳を埋められる幸せ。

絵日記たのしい。

 

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Q:あの犬は白い

Posted on 02 7月 2017 by

Q:「あの犬は白い」を無意味にしなさい。

A:あの犬は白いということはない。あの犬は白いし重い。あの犬は白い犬ではない。あの犬は白い。二万年前までは。あの犬は白い。そして、とても美味い。あの犬は白い。「犬なんていないよ…」 あの犬は白い。「あの」も「犬」も「白い」もみんな嘘。あの犬は白い。大人は分かってくれない。あの犬は白い。この猫は黒い。あの犬は白い、という以上の意味はない。あの犬は白い。「ガム要る?」 あの犬は白い。震度六強だった。あの犬は白い。「俺は人を殺したんだ」 あの犬は白い。そして人語を解する。あの犬は白い。あなたが分からない。あの犬は白い。それがどうした。あの犬は白い。誰か聴いてください。あの犬は白いお母さんだよ。あの犬は白い。「白かないわ」 あの犬は白い。「昔のことさ」 あの犬は白い。サイレンが鳴っている。あの犬は白いと思えば白いのかもしれない。あの犬は白い。俺よりもよほど偉い。あの犬は白い。「いいじゃないの別に白くったって」 あの犬は白い。そんな犬は五万といる。あの犬は白い。君の羽根も白い。あの犬は白い。この一言から街は焦土に帰した。あの犬は白い。What? あの犬は白い(一同涙を流す) あの犬は白い。それはさておき― あの犬は白い、と書き残されていた。あの犬は白い(六文字抹消) あの犬は白い。始めてしゃべった言葉。「あの犬は白い、と言えと脅されていたんだ」 あの犬は白い、未来永劫。あの犬は白い。「ってことは……」 あの犬は白い。地球は青い。あの犬は白い。「あなたのそういうとこ、好きだったな」 あの犬は白い。「そうやってすぐ決めつけて」 あの犬は白い。「おそらくは、意識が混濁しているのでしょう」 あの犬は白い。「―・1ワープ!!」 あの犬は白い。「それ、今度会った時の合言葉にしましょう」 あの犬は白い、なんて、こんなに書いたことはなかった。あの犬は白いってことしか取柄がないのか…… あの犬は白い。そして五階建てのビルくらいでかい。あの犬は白い。「あの犬はいつだって白いさ」 あの犬は白い(銃声・エンドロール) あの犬は白い。「そう言っていられるのも今のうちだ」 あの犬は白い。トントン「ジャスラックです」 あの犬は白い。アボカドの匂い。あの犬は白いあの白は犬い。あの犬は白い。背後には百匹の野犬。あの犬は白い。実は茶色い。あの犬は白い。名前はワタナベノボル。あの犬は白い。あれが? あの犬は白い。失敗だ。あの犬は白い。だからといって仕事が見つかるわけじゃない。あの犬は白い。衛星軌道上から捉えても。あの犬は白いという落書き。あの犬は白い。躰は丸い。あの犬は白い。(バチン)最ッ低ーッツ! あの犬は白い。「そ、それが何か……」 あの犬は白い。「アッ、ウソウソウソ」 あの犬は白い。ねぇ。あの犬何色に見える? あの犬は白い。あの白いやつだ。あの犬は白い。兎のほうが白い。あの犬は白い。か~ら~の~

あの犬は白い。後手93玉。あの犬は白い。顔が遊星からの物体X。あの犬は白い。その記憶が最後だ。あの犬は白い。だから? あの犬は白い。つまり? あの犬は白い。それで? あの犬は白い。ハイハイ。あの犬は白い。夜明けは近い。あの犬は白い、という以上の意味がある。あの犬は白い。嗣永さんは引退。あの犬は白い。猿と雉は白くない。あの犬は白いと君が言ったから七月二日はたわし記念日 あの犬は白い。スイカが安い。あの犬は白い。でも横からみると青い。あの犬は白い。「よし、白のコードを切れ!」 あの犬は白い。それは母であり息子である。あの犬は白い。あの犬は白くない。あの犬は白い。あの犬の「毛」は白い。あの犬は白い亡霊のように私につきまとった。あの犬は白い。「見えるの?」「ああ。はっきりとね」あの犬は白い。あの犬は白い。と言ってみただけ。逆になんの意味があったっていうのだろう。「あの犬が白い」になんて。

(攝津)

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No.138 & No.119

Posted on 01 4月 2017 by

以前、盆と正月に『昼行燈』という同人誌を発行していた。その通し企画として「Inter_view 5 minutes」というコーナーがあり、寄稿者の持ち回りで、インタビュー記事を掲載していた。

大学2年の梅雨の頃、寄稿者の一人が急きょ帰郷することとなり、同人活動の継続が難しくなるとの封書が届いた。「インタビュー記事の担当だったが、時間がとれそうになくもうしわけありません」と書いてあった。私は「また時間がとれたら、寄稿してください。ずっとやってますから」と返信をし、以下のインタビュー記事を用意した。
入稿日の前日、遠方の消印のついた封筒が届いた。棚田の保存活動を行うNPO代表の方へのインタビュー原稿だった。以下はその時私が用意しボツにした原稿である。


No.119 パントマイマー 寺崎丸疎氏

Before Minutes
饒舌な無言、沈黙の共鳴。寺崎氏の表現の場に立ち会った私たちは、交流というものに対していかに臆病で、ぎこちない回り道をしてきたのかに気づかされます。自分の事が相手に伝わらない、もどかしい思いの理由を、知ることになるのです。119回目のI5Mはパントマイマ−寺崎丸疎氏をお招きしています。

FIRST MINUTE
P:パントマイムの神様といわれている、マルセル・マルソー氏の下で厳しい鍛練をなさったとうかがっております。そんなに短期間で舞台に抜擢されたのですね。
それなのに、といいますか、寺崎さんのマイムには、マルソー氏のものと違った、饒舌さを感じるのです。
そうですね、例えば、マルソー氏は魂の解放、根源的な衝動、人であることの「悲しみの喜び」、といった非常に静謐で内面へと向かうマイムを完成させたのだと思うのです…… それ以降、パントマイムは、内面奥深くへ沈降していくマルソー氏の系統と、もう一つは、もっと素朴な、「階段があるように見える」とか「本当に傘が飛びそうだ」とか「あんなに走っているのに一歩も動いていないなんて……」という驚きを与えてくれる、いわば技術の披露に終始するものとに別れたような気がするのです。
パントマイムの公演を見るという姿勢を、私たちは、マルセル・マルソー氏の公演鑑賞から学んだような気がします。そして、その姿勢で寺崎さんの公演を見にいった時の心地よい裏切られ方といいましょうか、そんな所にまず衝撃を受けるのです。

SECOND MINUTE
P:いえ、本当に私は特別パントマイムについて勉強したわけでもありませんし、あらゆる公演にかかさず足をはこんでいるわけでもありません。まして、自分でパントマイムの稽古に通っているわけでもなくて、その私がこんな風に強引にまとめてしまうのも僣越だとは思ったのですけど……
今までに私がお話をうかがってきた皆様も、啓蒙でも迎合でも無いやり方で理解を生み出す方法について、苦心なさっていらっしゃる方が多かったように思いますし、それは必要な事だと思います。受け手は受け手の立場に甘んじていてはいけないわけです。理解というのは、相互間で作りだすものだと、思いますから。
はい。世阿弥です。しかし、その姿勢こそが「迎合」に陥る危険とうらはらなのですね。商業主義の現代にあっては特に。だからこそ、表現者の皆様にはそこから超越した何かを求めてしまうのかもしれません。
マイノリティーを指向するのは、暗にマジョリティーが行ってきた「媚」を排除したいという意識なのかもしれないですね。寺崎さんの表現がマイノリティーだということではないのですけど。
はい。そうですね。マイノリティーはマジョリティーがなければ存在できない…… でも、なんだか「感受性」という言葉は使いたくありません。私はなんだかその言葉は誤魔化しているような気がしてならないんです。

THIRD MINUTE
P:素人なりの理解の浅さや狭さも、もしかしたら何かを映し出す基点になるのかもしれないと、これは編集の意見です。私自身は、いろいろな方にお会いして、未知のことや、価値観の転換の衝撃を受ける快感だけで、続けているんです。
確かに、私もこの場では、送り手に立つことになるんです。とても難しいです。
いえ。難しいです。
実際、寺崎さんはその向こう側へ既に到達していらっしゃるのではないですか?
やはり言葉の問題を……
マイムは声を発しない表現で、その中で伝えたいものを限定していくとどうしても感情ということになるのでしょうね。感情は万人に共通のコードだということでしょうか? しかし、それは寺崎さんの求めるものではない……

FORTH MINUTE
P:では、音の無い表現で伝えられるものとは一体なんだとお考えですか?
ふふ。そうです。この質問は自家撞着していますものね。
私は本当はこの質問を最後にしようと思っていましたけれど、お会いした時からもう、この質問が無効だということは分かりました。それは、お会いしたからこそ、そうと分かったんだと思います。
私がこうしてお話を伺っていて不思議なのは、何故伝わってくるのか? 交流が成立するのか? という事なんです。

今回のインタビュー記事には、寺崎さんの言葉は一言も掲載されないでしょう。

読者の皆様に説明しておきますと、もう四分が経過しているのですが、寺崎さんは全く言葉を発しておられないのです。にもかかわらず、コミュニケーションは成立しているのです。
寺崎さんはゆったりとソファーに腰をおろされています。その身体の一つ一つの本当に繊細な部分の動きや角度、それは決して大げさなものではないのです。ボディランゲージとも違います。テレパシーというのがあるなら、そんな感じなのかもしれません。

LAST MINUTE
P:私は全く苦労することなく、寺崎氏の意思や感情を読み取ることが出来ているし、寺崎氏の公演にいかれた方に後から感想を聞くと、発せられなかったはずのセリフが、記憶の中では付け加えられているのです。あたかも、洋画を字幕で見た記憶の中では、セリフが日本語に入れ代わっているのと同じように。
ふと、目の前の寺崎さんの姿が朧になってくるんです。それは、言葉が映像を結ぶ、または強化するという従来の方法で寺崎さんを脳に留めることが出来ないからなのかもしれません。
ええ。分析は言葉の罠、でしたね。
しかし、言葉にどっぷりと使っている私たちには、意識的な苦行となるのでしょうね。
違うものがあるのだということを、理屈で無く知らしめてくれる寺崎さんの存在は、世界に大きな波紋を広げて居ると思います。
今の世界では、そういう立場にならざるを得ないのではないでしょうか?
天才。
私はこの名前の余分な点をみんな洗い流した上で、寺崎さんをそう呼びたいと思います。私はこちらがわの人間なんです(笑)
本日は貴重な経験をいたしました。また、お会いできますか? 楽しみにしております。

AFTER MINUTES
「言葉でなければ何だ? という質問そのものが、言葉を前提しています。感情も表情も、根源的と思われる食欲や性欲ですら、すでに言葉によって作られたものになっているのです。私は何によって、何を伝えられるのでしょう。私は家族を持ちません。故郷もありません。漂泊の中でただ、他人と自分との間での繋がりだけが、全てでした。そして知りました。大切なのは繋がりであると。自分とか他人とかいう区切りですら体系の一つだったのです。あるのは繋がりだけです。そして繋がったあちら側とこちら側という位置関係として自己があるのです。
私は何を伝えられるのか? 何をもって伝えられるのか? それを問い、それを考える事は、問題を変質させてしまいます。言葉は避けられない、と仰います。しかし、私は言葉無しでやっています。世界中を放浪しながら既存のマナーやコードに縛られることなく、それでも生きつづける事ができました。
師のマイムはしゃべれない者の嘆きでした。私はそのことに気づいて師の下を離れたのです。私は言葉から自由になり、そして『今』になりました」

現実なのです。寺崎さんの公演を見ていない人、そして寺崎さんと対面したことのない人には信じられないかもしれません。ですが、私は寺崎さんから、言葉を媒介せず上記のようなメッセージを受けとりました。
家に戻ってテープを起こしながら、再度驚いたのは、私は寺崎さんからのメッセージを受け取っている間は黙って耳を傾けていたと思っていたのにも係わらず、テープでは、私は途切れることなく喋りつづけていたのです。記事上の段落分けは、便宜上のことにすぎないのです。私は五分間、今までに感じたことのないテンポと、どこか遠いところから戻ってくるかのような声質で、とつとつと語り、息を継ぎ、笑っているのです。
私の耳にははっきりと寺崎さんの声が残っているような気がしているのです。言葉も思い出せます。しかし、それは誰の声だったのでしょうか。この記事だけでは皆様には届かないでしょう。とても歯がゆい……

次回は フォーラム2000Another Way to TOMMOROWの会場から、子比可学園主宰  索果幹夫さんです。


以上だ。
その後『昼行灯』は5年間継続した。その後、寄稿者の皆様とは音信不通である。

※
 No.119. さて、エイプリルフールがやってきます。今年もエイプリルフール的記事を楽しみにしています★
 No.138. インタビューしてみよう。その人が何者か書いてみよう

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A5ノートを愛する貼りたがりのためのWord用テンプレート

Posted on 19 2月 2017 by

私は”貼りたがり”です.みなさんも貼りたがりですか?

私は,デジタルデータであっても,気に入ったもの,絶対に忘れたくないもの,しょっちゅう参照するものは,印刷してノートに貼り付けなければ気がすみません.

そのためにインドネシアの森林が伐採されていることを想うと,申し訳なく思います.

Anyways, Wordで文章を作って,2枚を割りつけて縮小印刷し,A5ノートに貼り付けようとすると,サイズがまちまちだったり,
上下左右の切り落としがうまくいかなかったりで,フラストレーションがたまります.

それを解決しようと,A5ノート見開きに貼るためのWordテンプレートを作りました.仕上がりはこんな感じになります.

使い方は以下の通りです.

1.テンプレートをダウンロードする.ダブルクリックする.

2.新規文章が出てきます.
灰色の枠は,後でものぐさな私のような人が,はさみでできるだけ直線にカットするときの目安になっています.

3.タイプします.

4.印刷します.灰色の線に沿って切ります.

5.ノリノポッドなどで,華麗に貼り付けます.

 

ご自身でテンプレから作りたい場合は,余白を上下15mm,左右28mmぐらいにするとちょうどいい感じになります.

あとは2段組みにして,真ん中を3字ぐらい開ける感じです.

A5よりもスリムなMoleskinなどの場合は,左右を30mmぐらいにするといいかもしれません.

↓クリックするとどのような設定にすればいいか見られます.

 

お気に召したらいいのですが···

 

neokix

 

 

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文具のはなし

Posted on 18 12月 2016 by

 最近はぺんてるサインペンと黄色いノートパッドを使っている。今使っているOffice Depotのノートパッドは10冊で1,000円くらい。書いては切り取り、必要なものはジップロックLに折らずに入れて仕事机に放り込んでいる。ペンを走らす際にする音も気に入っている。

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