Archive | 9月, 2016

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「もっとゆっくり見なくちゃわからんよ」〜『モレスキンのある素敵な毎日』を読みました。

Posted on 28 9月 2016 by

彼岸も済んだのだから、もう少し涼しくなって欲しいなあと思うのですが、皆様、いかがお過ごしでしょうか。

えー。
アメリカの作家 ポール オースターの『オーギー・レンのクリスマスストーリー』という短篇があります。
煙草屋のオヤジ、オーギー・レンは、毎朝決まった時間に、自分の店を撮影しています。
その撮り貯めた写真を、知り合った作家ポール ベンジャミンに見せるシーンがあり。
ポールは「同じものがたくさんあるなあ」と思いながら、どんどんアルバムのページをめくるのですが、それをオーギーが嗜めてーー
以下、引用。

「それじゃ速すぎる。もっとゆっくり見なくちゃわからんよ」
たしかにそのとおりだ。じっくり時間をかけて見るのでなければ、何も見えてはこない。私はもう一冊のアルバムを手に取り、もっと丹念に進むよう自分に言い聞かせた。細部にもっと注意を払い、気候の変化にも留意し、季節が移るにつれて光の角度が変わっていく様子にも気をつけた。するとじきに、車の流れの微妙な違いがわかるようになり、一日一日のリズムのようなもの(略)も予測できるようになった。(略)勤め先へ向かう通行人たち。毎朝同じ人が同じ場所を通って、オーギーのカメラの視野のなかで、それぞれの人生の一瞬を生きている。

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「エクストリーム・モレスキニング」 人間はどこまでノートを書けるのか?

Posted on 27 9月 2016 by

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こんにちは、モレカウです。
基本的にアウトドアというものはヒマである。そもそも野外で過ごすということは、焚火か料理でもしていない限り、特にすることがないのである。最近のアウトドア系の雑誌ではアクティビティだなんだと煽るのだが、することがないので、しょうがないので暇をつぶすことを探すというのが正しいアウトドアの過ごし方だと思う。

ヒマだと、何かクリエイティブなことでもしてみようという気分になるから不思議だ。ということで、ロープでブランコを作って乗っていてブラブラと揺れながら退屈していた。そういえば2011年の横浜トリエンナーレの副題が「世界はどこまで知ることができるか?」だったなぁと思い出していた。ことばの限界が世界の限界だよ、と言ったのはウィトゲンシュタインだったかな。では「モレスキンを書ける限界」というのはあるのか試してみた。エクストリーム・スポーツ的モレスキニングというジャンルはなかなか新しいのではないだろうか?

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【リバース・モレスキニング Reverse Moleskining】 難易度:★★★★☆
最初から難易度4の大技である。ただの逆立ちではなく、ペンを持たなければならないので片手で立つ必要がある。下半身のブレが文字のブレにつながるので注意だ。頭に血が上るので落ち着いて字が書けないデメリット有。撮影のために10回程度逆立ちをしていたら、ポケットに入っていた小銭を紛失した。損失:220円。

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【ゼロ・グラヴィティ・ランディング Zero gravity Landing  (無重力着地)】 難易度:★★☆☆☆
倒れる俺。

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【クールガイ・トゥ・チャレンジ・メニー・タイムズ・モレスキニング “Cool guy to challenge many times Moleskining” (何度でも立ち向かうカッコいい俺)】  難易度:★★★★☆

このとき周辺で俺を見つめる子連れの主婦が数人いたが足早に立ち去っていった。

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【ツリー・クライミング・デスクリプション “Tree climbing description” 】 難易度:★★★☆☆
あっ!しまった!モレスキンが枝に引っかかってしまった!という感じで、モレスキンが樹木などの高い場所に引っかかってしまった場合に有効だ。樹に引っかかったモレスキンは孤独に見えた。記述のことをデスクリプションっていうんだぜ。
ちなみに、樹にモレスキンが引っかかってしまったときに、ゴムバンドでページを押さえていると見開きで固定されるので比較的書きやすい。

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ヤシの実をとる職人が、足に輪っかになったロープをひっかけて高い場所まで登ってしまうという技があるのだが、そんなに高い場所にあったら怖いので2mくらいの場所で実践した。

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このとき気が付いたのだが、松ヤニでモレスキンと手がベタベタになった。野外で手が松ヤニでベタベタになるとそれはもうとても厄介なのである。なぜかいうと松ヤニは水に溶けないので、アルコール系で落とす必要がある。アルコール系のウェットティッシュがあればいいのだがそんなもの持っていないので家に帰るまで手とモレスキンが、もうベタベタだった。
ちなみに以前僕が考えた「責め苦」で「手にたくさんのチョコレートを持たせて砂漠を歩かせる」というのがある。暑さでチョコレートが溶け出し、手がベタベタになるのである。長時間手がチョコレートでベタベタの状態で歩き続けなければならないことがどれだけ人にダメージを負わせるかというのはあなたは知らない。他にもあれだ、霧吹きで水をかけたあとに細かく切った数ミリの髪の毛をパラパラとまぶすという責め苦も思いついているのだがここでは割愛させていただく。

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【スラックライン・モレスキニング(Slackline Moleskining)】 難易度:★☆☆☆☆
細いロープや柵などの上でバランスをとりながら書くモレスキニング。バランスを崩し、踏み外したとき、それは死を意味する。本来のスラックラインはクライマーの中で登山の合間の遊びとして生まれたらしい。ダウン系、フリップ系、バウンス系と様々なトリックがある。バランス感覚や集中力が必要となるモレスキニングである。公園のブランコの周辺の柵で練習ができるので試してほしい。関係ないけど、ブランコの周辺の柵っていまだに必要性がよくわからない。無いとクレームが多いのかい?

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本日の実験結果。

使用したペンはLAMYのScribble 。ペンの名前にふさわしい使い方をしたのではないかと思う。この記事をここまで書いておきながら、なんてつまらない記事を書いたんだろうとけっこう後悔しているが、そのまま掲載してしまおうと思う。本当はファイト1発モレスキニング(崖などの高い場所で片手でハンギングしながら、もう片方の手でモレスキニングを行う)というのも思いついていたんだがそれは次回に行う。
人間はあらゆる状況でもノートを書くことができる。

How many miles to Notebookers.jp?
世界の果ては遠い。

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意味のある偶然?

Posted on 25 9月 2016 by

実は私、予知能力があるんです!

…なんて言えたらカッコイイんですが
残念ながら凡人の私にはそんな特別な能力は備わってないようで。

でも昔からごくたまーに既視感というのかデジャヴュというのか
「あー、ずっと前に夢でみたな」という状況に出くわすことがありまして。

夢で見るのは
友達との何気ない会話だったり
ただ道を歩いている風景だったり

時間にすると数秒間

日常風景すぎて朝起きた時には覚えてないですし

実際にその状況にならないと気づかない

夢でみた数秒間が過ぎたあと
今の状況、デジャヴュだったなと思うだけ

なにか起こるわけでもないので気にせず生きてきたのに。

なのにまたデジャヴュが起こりまして。

あ、このシーン夢でみたなと思っていたところ
一緒にいた人から「あ!これデジャヴュ!」と言われたのです。

初対面の人とフラッと入ったお店で
そんなこと起こる?!?!

まず私の周りに「デジャヴュ!」と声に出して言う人がいなかったので
そこに驚き。

初めて会う人と同じ状況でデジャヴュしていたことが一番の驚き。

調べてみたら
シンクロニシティという体験に近いような。

“意味のある偶然の一致”

私が
その場所に行くことも
その人に会うことも
そのお店に入ることも

意味のある偶然…?

うーん…?

人と一致することなんて今までなかったのに

今までは私が言わなかっただけで
言っていたら「私も!」ってなっていたのかな?

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無事にインクも手に入れ、お気に入り万年筆が復活したので
これで夢日記でもつけようかな

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このところこころとことばのことばかり

Posted on 25 9月 2016 by

ことばはみんな約束だから
あまりしばられたくはない

the-caffe-for-everybody

浅くて狭くて窮屈で重たい
着膨れたことばを分解して
深くて広くてゆるくて軽い
ことばを幾重もつみかさね

word-has-no-face
ことばの綾にたよらないで
ことばの外が伝わるように

ことばは便利でなくていい
足りないからこそ愛おしい

                        (交感)

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【ノートブックがない旅なんてVol.54】脳内の風通しをよくする数独とフリクション

Posted on 20 9月 2016 by

2016年も残り100日あまり。
気が早いとは分かっているが、2016年マイブーム大賞はもう決まっている。

数独。
SUDOKU。
今更なぜと思われようと、「数独」なのである。

珍しく買った雑誌の読者プレゼントクイズに載っていた数独を、これまた珍しく解いてみたのが、運の尽きだった。ご親切に解法のヒントが書いてあったとはいえ、思いのほかあっさりと解けてしまった。

「もっと解きたい」魔の誘惑がやってきた。
抗うこともなく、誘惑に負けた。
数独問題を初めてクリアしてすぐさま、問題集を買ってしまった。

手持ちのプレスマンとクリックイレーザーとともに、初級から上級まで全132問。
2ヶ月後、全問クリアした。さすがに途中で飽きるだろうと思いながら始めたのに、全問クリアした。

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再び、誘惑に負けた。
さらに数独問題集を買った。
初級編をすっとばして、中級編と上級編やってやろうじゃないの!!

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レベルアップした問題に立ち向かう筆記具として、シャープペンと消しゴムはもう役不足になっていた。新たな筆記具は、フリクションボールスリム038 スカイブルーにした。3年振りにフリクションを手にした理由が数独になるとは、どの私が予想していたことだろう。

私の場合、中級以上になるとマス目に入れる数字を一発で決められない。マス目に数字を仮置きして解き進めるので、「書いては消し、消しては書く」ことを繰り返してしまう。シャープペンと消しゴムを持ち替える時間も、消しカスを払う時間も、惜しい。フリクションに替えれば、数独をはやく解くためには無駄になる時間を減らせる。今更なに言ってるのかと思われようと、フリクションのありがたさをしみじみ感じるのであった。

予想外なくらいに数独にのめりこんでいるのは、数字がカチッとはまる瞬間がものすごく爽快だからだと思う。
中級以上になると、解き始めて3分くらいで解く手が止まってしまう。そこからマス目全体を見渡したり、消去法で数字を絞り込んだりするうちに、あるマスの数字が決まる。1箇所の数字が決まると、次から次へと他のマス目に入る数字が決まることがある。一気に数字が決まると、マス目に数字を書き込む手がリズミカルに動きだし、集中力がもう1段階あがって無心状態になるのだ。

脳内の風通しが、すうっとよくなる。この感覚を一度味わったら、もう数独はやめられない。騙されたと思って、この秋から数独はじめてみては?筆記具はフリクションスリム038推奨。

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【ノートブックがない旅なんて】は毎月20日に更新。
いま使っているフリクションのインクがなくなるまでは、数独にのめり込むはず。
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「そのノートブックは世界中でたった一冊なんです」〜あなたのトラベラーズノートを見せてくださいの会をします【締め切りました】

Posted on 18 9月 2016 by

月13日に、若松英輔氏と吉村萬壱氏のトークイベントに行ってきました。
二冊同時に刊行された『生きていくうえで、かけがえのないこと』
(同じタイトルで、同じ二十五のモチーフを取り上げたエッセイ集です。
二人で! 同じタイトルとモチーフで!! 別々の本!! ナニそのせら得!!)
ひとつかふたつ、モチーフを選んでレビュー書こうと思います。

おふたりのトークも本当に面白かったです。
書くということ。何をどう書くか、ではなくて、書くとは何か、を考えてみる。などなど。
あと、すごく印象に残ったのが

『コトバが飢饉になった時に備えて、困らない程度のコトバは、自分で紡いでおく。自分に必要なコトバは、自分で書かなければらない』

蓄えておく、のではなく『自分で紡ぐ、書く』んだそうです。
Notebookersとしては、なんとも励まされる、力強い言葉だなあ。
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ことばとのこと

Posted on 18 9月 2016 by

ことばの数 = 物事の数
ならばこの世に謎などない

ことばは{遅れる・先走る}
ことばには{顔・命}が無い

a-void-a-solid

ことばは 心をみつけてくれる
〈そのとき 心は硬くなる〉
ことばは 私を定めてくれる
〈それは 私じゃない私〉

cooped-up-feeling

ことばの 好きには させないぞ
ことば だからって いばるなよ

(依存)

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TOBIU CAMP2016 緩和される境界線 黒き鳥名く森の物語

Posted on 16 9月 2016 by

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本日の文章はほぼ推敲無しで一気に書き上げるカタチで書いた。
おおざっぱで申し訳ないが、僕の興奮を伝えるには一番ではないかなと考えている。

僕は、TOBIU CAMPに行く前に必ず近隣の公園でテントを張って寝泊まりして、朝イチで太平洋を見ていく。太平洋は日本海と違って煤けておらず、演歌を感じず、実に開放的で爽快なのである。札幌に住んでいると太平洋は、なぜか姿勢を正して見てしまう癖がある。波が高く、震災の時のような自然に対する恐れがあるからだと思う。遠くを見ながらもハワイはこっちかなと微妙に角度を変えながら見る。めったに見ない太平洋を見ながら、朝ご飯を食べ、ザッパーン!という波の音を聞きつつ、午後から始まるイベントの軽い興奮を想像して楽しむわけである。

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TOBIU CAMPに参加すると必ず僕は自信を失って帰ることになる
普段からコミュニティデザインのようなものに興味があって、このTOBIU CAMPが象徴するようなコミュニティに参加すると、自分ができないこと、自分が実現したいけれどもどのように行動したらよいのかわからないものに気が付いて、自信を失うのである。
前回のレポートにも記載したのだけど、CAMPの目的は大なり小なり、「都会から離れた人々が都会に影響を与えること」が目的である。そういう意味で、このCAMPは都会と自然を行き来する僕に少なからず影響を与え、新しい視点をくれる。
その視点のおかげで新しいものが見えてしまう。そして僕は自信を失う。だいたいにおいて人間は最初からいろんな偏見に満ちているのだけど、いろんな価値観を知ることでその偏見を緩和することができる。僕はその偏見を緩和するときに自信を失うのである。TOBIU CAMPを素晴らしいと思う。新しい気付きに満ちているのである。

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「緩和することができる」
僕はこういう言い方が好きだ。もしもあなたがTOBIU CAMPに参加したならそういった偏見を緩和することを心がけてみると良いかもしれない。例えば知らない人と手をつないで踊るというシーンはあまりないと思うけれども、このキャンプではアイヌのウポポ(輪唱)を聴きながら炎の周りで踊るシーンがある。
月並みではあるけれど、勇気を出して知らない人に声をかけてみると良いかもしれない。オノヨーコも言っていたけれど、「知らない人と話すのは怖いけれど、もう二度と会えないかもしれないと思えば、自然と勇気が沸いてくる」ということばを、いつもこの時に思い出す。二度と会えないかもしれないなと頭の中で反芻すると、よし声をかけてみようかなと勇気が出るのである。このことばはTOBIU CAMPの間じゅう、夜を通して僕のこころのなかで反響する。
TOBIU CAMPの森の中には小さなたき火があって、少人数でのサークルがつくれる場所がある。そこに外国のヒッピーの方々が数人、お酒を片手に談笑しているとき、そこに勇気を出して座ってみるのをお勧めする。お菓子をそっと渡す、もしくは暖かいのみものをひとつのククサに入れて回し飲みするなど、炎を目の前にしたコミュニケーションがあなたはできる。そしてそういう行為がまた、似合う場所なのである。

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NYでジョージ・マチューナスが作った、とあるアート?の団体「フルクサス」において、そこに12個ある基準にこんなのがある。ひとつめは「流動的で制限しないこと」そして二つ目は「参加する人々とアーティストの垣根が存在しないこと」というのがある。たびたび美術の世界では、アーティストと観客の視点の違いが明確かもしくは曖昧かというところがテーマになるのだけど、僕はこのTOBIU CAMPにおいてもその参加する人々と演奏家の曖昧さ、境界線の無さを感じていた。こんなフェスは見たことがない。例えば、TOBIU CAMPに参加するフリーエリアで演奏するミュージシャンたちは演奏する場所も時間も長さも決められていないようなのである(タイムテーブルが存在しない)。そして彼らのために特設された舞台というのも存在しない。森を散歩していると、一見すると誰もいないような場所でうすぼんやりとした最低限の光の中で演奏しているのを見かけるという雰囲気である。一見すると楽器を持っていない人(歯笛で演奏する等)もいるので演奏者かどうかも見分けがつかない場合が多い(笑。※ちなみに今年はさらに照明を最低限度にしたそうです、目をこらすといろいろと見えてくるのも違うのかもしれないという考え方から来ているそうです。

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僕はこの境界線の曖昧さがイベントを面白いものにしているのではないかと思っている。イベントのスタッフにしてもなんとなくスタッフっぽいTシャツを着ているのだけど一見するとスタッフであると気づかない(実際に一般入場者と間違われて学生にアンケートを受けていた→そして断るでもなく自然に回答していたのを見て感動した)。森を管理する人々と遠くから訪れた人々の境界線が曖昧であるがために、一線を構えることなく、僕らはなんとなく森を作っていくのを手伝っている感じがする。このCAMPに参加することで森づくりに参加していると感じられるのである。嘘じゃないよ、実際にごみの分別手伝ったもんね~。コロナビールの瓶の中にレモンを押し込んだまま捨てるのはやめましょう。

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演奏する人々と参加者が曖昧であることを楽しむために今度は自分もギターの一本でも持って行こうかなと思っている。なんとなく、今後のTOBIU CAMPでは楽器を持ち歩く人々が増えそうな気がする。なんとなく楽器を持ってきた人々が、誰かの弾いたコードになんとなく合わせてみたり、なんとなく集って談笑するようなシーンが見てみたいですね。きっとこれは、スタッフではなくて、TOBIU CAMPの魔法の焚火が叶えてくれそうだ。

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このイベントに参加するほどに、アイヌのことばや文化にとても愛着を持てる。自分が住んでいる北海道の場所について考えるようになる。その地名の由来は何か?そこでどのような人々が暮らしていたのだろうか?ということにも興味が持てるようになる。例えば僕が育った土地の名前の由来は「オッカイ・タム・チャラパ」(男が刀を落としたところ)の意味がある。そういった昔のアイヌの物語を知ることで、その遠い過去にこの土地を歩いた男が落とした刀のことを考えるようになるのである。

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そういえば、昨年この飛生の森に来た時に樹木の高い場所に大きな黒い羽が刺さっていた。今年来てみて、その場所を見上げてみると黒い羽のそばに、巨鳥にさらわれた子供なら5~6人ほど入れそうな大きな巣ができていた。夜のトークショーでちらっと聴いたけれど、来年は「大きな卵」になるかもしれないとのことであった。この森の中は物語に満ちている。森の成長とともに、その物語も成長しているようなのである。

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さて、TOBIU CAMPで行われていたコンテンツについても少し書いておこうかなと思う。今回は昨年度に比べて、音楽よりもトークセッションの内容にボリュームを当てられていたと思う。そのためか、ステージのひとつを砂場(いやほんとに砂場になってました)にして大きな音をかける機会をわざと少なくしたような感じがする。音楽はさらに自由度を増して、森のあちこちに点在するミュージシャンにひょっこりと遭遇したなら、その場に座って音楽を聴くという感じ。フードエリアでも小さなトラックの荷台をステージにして、こじんまりとしたライブが行われていた。そういえば夜間に茶室的な場所で、ハンドパンを叩いている方いましたね。森の中でうすぼんやりとした光の茶室的な場所で響くトロピカルな音(←どうでしょう、意味わからないでしょう)。近くにいって聴けばよかったなぁ。

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トークプログラムは日比野克彦さんとOKIDUB AINU BANDのOKIさんの同級生トーク。非常に面白かったです。なんと二人は芸大の時代の同級生とのこと。日比野克彦氏は僕も若いころから大好きなので、ひょっこりとフードエリアで会えた時はこっそりとかなり感動してました。OKIさんがトンコリと出会うまでの物語というのはじっくり聴けてよかったと思う。OKIさんが大学時代は工芸というまったく音楽とは異なる道を歩んでいたそうだが、映像の道を歩み始めた矢先に仕事がなくなり、親戚と飲んでいるときに彼が突然棒を投げてきたそうだ。「その投げられて掴んだ棒がトンコリ」だったとのこと。こんな楽器との出会いもあるのだなぁと笑ってしまった。

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奈良美智さんのトーク&スライドショー、実は満員で体育館に入れなくて音だけ聞いてました(涙。本人の気さくな雰囲気や日常の何気ない風景を写真で納めることの面白さなどについて語っていた。
夜間のマレウレウのマユンキキさんと大友良英さんとTOBIU CAMPの主催側の方々とのトークは、札幌国際芸術祭と飛生芸術祭との対比などについて語っていた。僕はあまり大友良英さんという方は申し訳ないけれどあまり詳しく知らなかったんだが、なんと札幌国際映画祭2016のディレクターの方で、NHKのあまちゃんというドラマの音楽で有名になったそうだ。この方がトークの中で語った、札幌国際芸術祭と飛生芸術祭の対比が面白かった。「イチから森を切り開いてコミュニティを作り上げた人と札幌市がお金を出して呼ばれた人とでは大きな差があるんですよ」ということばが良かった。大友良英さんの「底にあるもの」がなんだか良いですね。とても好きになった。芸術祭は参加する人々が作るのかもしれない。札幌国際芸術祭も積極的に参加していこうと思った。

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夜のOKIさんのトンコリ弾き語りライブでアイヌDUBという不思議な世界へ誘ってくれた。深夜帯は体育館でズムズム音楽をかけて踊れるんだけど、これがまたものすごく音がいい。体育館をクラブにしちゃうというのがこれまた良くて、面白かった。体を揺らしながらじっくりと聴いてしまう。普段聴けないような音楽を聴く機会なのでこれがいつも楽しみなのだ。TOBIU cypherの方々のB-boyっぷりがすごい圧巻だった。強烈なライムで心の底から揺すられる。複数人数で行われるフリースタイルのラップって今まで間近で聴くことがなかったので非常にかっこよかった。HIROOさんや、タイ在住の日本人DJで活躍されるmAsa niwayamaさんの強烈な異国情緒あふれる音楽もすごかった。途中退場して、遠くで体育館から漏れ出る音を聴いているとき、なんとなくタイの、ドラッグクイーンがベンチに座って休憩するプーケットの裏路地にいるような気分がしていた。アイヌからB-boyそしてタイの裏路地。今回のTOBIU CAMPは森の百物語というのがテーマだったようだが、音楽性においても百物語が表れているようなのである。

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アヨロ・パラレルワールド」の展示とトークが実はかなり興味深かった。昼間に展示を見たときは海からの漂流物の展示なのかな?程度でさらっと見て終わる感じだったのだが、夜間のトークイベントに参加してみたところ見解がいろいろとわかって深みを感じた。彫刻家と写真家と文筆家(←たしか白老のポロトコタンのアイヌ民族博物館の学芸員の方なのかな?)がチームを組んで、白老町南部のアヨロという土地をさ迷い歩き、自分たちの見たこと調べたことを独自の視点を再現しパラレルワールドとしてこのようなアートとして展示されているようなのである。

※Sound Cloudでトーク聴けます。
https://soundcloud.com/ayorolaboratory

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アイヌの「あの世の入り口」と称される遺跡が今の海岸線から離れた山腹にある理由についてスライドを使って教えてくれた。何千年の前の海水面の上がった場所を想定して、岬となる位置にアイヌの人々は神聖な雰囲気を感じていたんではないだろうかという見解だった。先住の物語を調べ上げ、荒野を独自の視点で歩き、地質を調べ、その日常を非日常ととらえる視点に影響を受けてしまった。独自の視点でとらえたものを、彫刻や文学そして写真など強烈なアウトプットをしている。そうかと思っていたら本人たちはかなりのお酒好きのようでして、奥の2枚の絵画も、登別で3人で酔っぱらって海まで出たときにぼんやりと見た「海の岩」が原型とのこと。他にも登別市内の変な博物館の写真やら登別パークニクスのカブトガニ、登別の廃墟の中国庭園的なパークの写真など、妙なユーモアをチラリズムで見せてくるあたり僕のツボでした。普段生活している圏内を独自の視点を持って荒野を歩く人々という印象。

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TOBIU CAMPにおける、スタッフと訪れた方々の分け隔てない境界線は、大げさかもしれないのだけど、国境のない世界を想像する。

「コミュニティの鍵は「貢献」にある。貢献は交換とは異なる。貢献の根底にはPay forward、つまり先に捧げるという考え方が存在する。世の中には足りないもの以上に、既にあるもので満たされている。しかし既にあるものが適切に使われないために問題が起きる」。飛生の森の中では、何かこういったすでにあるものが適切に使われるようにバランスが取れているような感じがしている。

最初のほうの話に戻るけれども、人と人をつなぐ壁や境界線のようなものを緩和することで僕らは偏見をも緩和していくことができると思う。隣の人が近くなったなら、自分が持っている既にあるものが適切に隣の人のために使われ始める感じがしている。「黒き鳥なり此鳥多きにより名く」一陣の風に吹かれて、大きな羽をもった黒い鳥が心の中の空をすっと横切っていく、そんなキャンプをあなたはまだ見たことがない。ぜひ飛生の森でお会いしましょう。

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毎回恒例TOBIU CAMP帰りの支笏湖の夕日。

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1日1ページの呪縛から逃れるための自由への疾走

Posted on 12 9月 2016 by

9月に入ってもまだまだ残暑が厳しい今日この頃ですが、みなさん、アイス食べてますか?アイスは食べても食べられるな!アイス大好きNotebookersのなかしぃさんですよ。知ってました?カマンベールチーズにはカビが生えてるんですって、奥様。

というわけで、9月になれば来年の手帳が並びはじめる季節です。「手帳をとっかえひっかえする女は男もとっかえひっかえする」という名言もあるように、いろんな手帳がリニューアルされたり新しいのが登場したりで目移りしそうですよね。そういう筆者は仕事用の手帳はあいも変わらずほぼ日オリジナルの中身だけ買ってカバーは2013年に買ったブロックチェックを使い続けています。お気に入りのカバーを何年も使い続けていると愛着が湧いてきますし、もう相棒って感じです。img_20140402_170216

で、デキるビジネスマン、なかしぃ卿の毎日はやることがいっぱいなのでウィークリーの手帳ではなく1日1ページの手帳が使いやすいのです。そう、今回は仕事もプライベートも充実させる1日1ページ手帳の使い方講座!!ではありません。

仕事の手帳とは別にわたくし、以前は1日1ページ絵日記を付けておりました。しかも1年と10ヶ月も欠かさずに。だーがしかしだがしかし、ある理由で突然止めてしまったのでした。その当時描いていた手帳はタワレコ手帳で、紙がトモエリバーでほぼ日以外唯一の1日1ページ仕様で、しかもほぼ日よりも安かったのです。もしほぼ日手帳を使ってたら今頃公式ガイドブックで紹介されてたかもしれないです。そう思うと惜しいことをしたなと痛感するわけですが、後の祭りです。

で、当時はこんな感じで描いてましたよ。

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これは広島に旅行に行ったときのページですが、毎日こんなスペシャルな体験なんて出来ないわけで、働いている平日に何を描くかで継続できるかどうかの分かれ道です。

筆者が何にも特別なことがない平日に描いてたのは、その日ニュースになったことや突然思い出した昔流行ったアニメやドラマ、音楽などや興味を持ったことなどでした。それでも毎日続けるのは難しく、何にもネタがないときはwikipediaのおまかせ表示をクリックして興味を持ったものを描いたりしてました。

例えばこんな感じ

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こんな感じで最初の1年目は12月31日に最後のページを描き終えたときには達成感がありました。そして次の年も頑張ろう!と思ってたんですけど10月から段々しんどくなってきたんですよね。描くネタがない。ないわけではないが自分の好奇心のアンテナの感度が鈍くなったのか、1日1ページをノルマとしてしまって苦痛に感じて手帳の前で何を描こうか迷う日々が続いたんですよね。そして段々白紙のページが増えてくるとリカバーしようという気力がなくなっていきました。1日くらい描かなくたって次の日に2日分描けてた頃はまだましやったんですけど、絵日記のみならず絵を描くことから遠ざかってしまい、結局今年はぜんぜん描いてないです。一部のフォロワーさんからはカルト的な人気があったんですけどねぇ・・・(自分で言うか?これぞまさに自画自賛!)

で、最近シーラカンスに興味を持って久々にボールペン画を描いてみたら、絵って楽しいんやっていう気持ちが蘇ってきてもう一度描いてみようかなという気が起こりました。でも、もう一度1日1ページを描くだけの気力がもてるか、またプレッシャーに負けてしまうのではないか、そうなったら元も子もないのである賭けに出ました。描くにあたって重視したのが慣れ親しんだトモエリバーであること、毎日ではなく1週間1ページならゆるく続けられるのではないか、ということでほぼ日weeksに白羽の矢が立ちました。毎日描くだけのネタがなくても、1週間に2~3個くらい描ければということと、ページが大きすぎないということが続けられそうだなという気がして先週ロフトでほぼ日weeks買ってきました。

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来年まで待つとやらなくなる可能性が高いので、後半のフリーのページを使って慣らし運転をしていき、12月からはスケジュールのページに本格始動しようかなと計画中です。インスタグラムにあげるかNotebookersにアップするかどうなるか分かりませんが、期待せずに待っててください。

 

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私が感じている高野山の魅力

Posted on 12 9月 2016 by

みなさまこんにちは。
前回に引き続き高野山のお話。ぼーっとしてたら、あっという間に出発間際…。
今回は、私が感じている高野山の魅力をつづります。

といっても、大学のころ一度行った記憶をたどっているものなので、ちょっと今は雰囲気変わっているかもしれませんが。

歴史ある街並み、闊歩するたくさんのお坊さん

高野山駅を降りて、びっくりしたのが、とにかく寺が多い!寺の間に民家やお店が並んでいる感じ。しかもお寺もいかにも歴史がありそうな立派なものばかり。京都以上です。
そんな街並みだから、当然お坊さんが多い多い。お勤め中の方はもちろん、非番なのかジャージ姿で歩く方まで(でも頭の形でお坊さんとわかる)。時々集団で列を組んで読経しながら歩いてくる光景も見たことがあります。

東京でこの光景を見たらちょっと異質に感じるかもしれませんが、高野山ではこれが日常風景みたいです。ちょっとスペクタクル!

宿坊ライフ!

宿坊とは、参拝客が宿泊できるよう宿の機能を持ち合わせたお寺。高野山にはたくさんの宿坊があります。で、私も今回宿坊に泊まります。
布団の上げ下ろし、お部屋の掃除、ご飯の配膳、やってくれるのは全部…そう、お坊さん。お客さんのもてなしも、修行の一部なんだとか。あ、ご飯はもちろん精進料理です。
また、朝のお勤めを見学させてくれたり、写経も体験させてくれたりします。これらの経験、普通の旅館じゃできません。

ちなみに私は写経はもちろん、「阿字観」という真言密教の瞑想を体験させてもらう予定です。これが一番楽しみです。

聖地「奥之院」

およそ1200年前の平安時代、カリスマ僧侶空海(通称「お大師様」)により開かれ、以後今日に至るまで信仰されてきた高野山。
「奥之院」はそんな高野山内の聖地のひとつで、どういうところかといえば、その空海が今もなお世界の平穏を祈り瞑想を続けているとされている場所です。そう、ここでは空海は生きている、と信じられているのです。
毎朝欠かさずお食事が運ばれ(生身供といいます。今回の旅で見られたら見たい。)、年に数回お着換えの儀式(正御影供)があるくらい。

空海が瞑想を続けているとされる御廟は、参道を30~40分ほど歩いていきます。道の両端はうっそうと木が多い茂り、根元には苔むしたお地蔵さまや供養塔がびっしり。
驚くのが、織田信長や豊臣秀吉など、有名人の供養塔もちょいちょい建てられていること。平安時代に建てられて、戦国時代に至ってもこんな大物たちの信仰を集めているんですよね。かしこまるしかありません。この参道がすでに静かで厳かな空気を漂わせています。

そしてゴール地点の御廟にたどり着いた時には…もうすっかり

「ああ…ここに…ここに空海さんが…!」

となんだかありがたく思わざるを得なくなっているのです。聖地にして魔性の地です。

さて、ノートの話なんですが。

これは今使っているカンガルーノート。普段のお出かけの記録に。5月に見に行った出光美術館の「伴大納言絵巻」の感想。

notebookersですからね、多少はノートの話を。

今回、旅の記録はミドリの「南国カンガルー」ノートを使うことに決めています。
このノート、とても変わっていて、すべてのページがポケットになっていて、チケットの半券やリーフレットをポイポイ入れて保存できるのです。
しかもノートなので、書き込みも可能。
旅ノートにあこがれるけど、かわいくシールやマステでデコったり、切り抜きでスクラップしたりするのが面倒、という私のようなnotebookerでも、簡単に素敵なノートが出来上がってしまうシロモノ!
パンパンになるくらい思い出いっぱい詰め込もうと思います。

そんなこんなで、高野山は、東京はもちろん、京都でも奈良でも絶対に味わえない空気を楽しめるところなのです。
天空の宗教都市の非日常的な時間を、存分に味わってまいりたいと思います。

ではまた。

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吊るすレシピノートブック「トラお」

Posted on 11 9月 2016 by

私のレシピノートブックのことを書いてずいぶんと時が経ちました。
あのノートブックは、あれはあれで活用しているのですが、
最近の事情はすこしばかり変わってきているので、それをまとめてみます。

まず、料理しながらずっとやってみたいことがありました。
それはこの、ある本の中の写真から始まりました。
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これは、2011年9月に発行された「モレスキン 人生を入れる61の使い方」という、かの有名な本の1ページです。
そのページナンバー70のmikiさんのスクエアードモレスキン、ポケットサイズ。
「台所に計量カップやピーラーと一緒にぶら下がってい」て、中身の大半は「書きなぐり」になっている。それは「テレビの料理番組を見ながら書くから」であると綴られています。
あれおいしそう!作ってみたい!という初期衝動は、その場でなにかに記さないとすぐ風に流されてしまいますからね。
このノートブックは、「どこを開けてもおいしい『モレお』」と呼ばれていて、料理するmikiさんに寄り添ってる感じが、とてもいいなあと思っていました。

その後、そのmikiさんとはお友達になり、今回は許可をもらって該当ページをここに掲載させてもらいました。ありがとmikiさん。
そして今、その野望をトラベラーズノート(パスポートサイズ)でやってみています。
「モレお」ならぬ「トラお」です(写真右)。命名のセンスも実直に引き継ぎました。
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(左がかの有名な本。ページナンバー122に私も載っています!さりげない宣伝)

このトラベラーズノートブックは、いつでもバッグに入れていて、見たり聞いたりしたレシピとかおいしそうなもののメモをしています。料理名やタイトルだけでもざっと書いておけば、あとで家に帰ってゆっくり調べて書きこむことができますね。
そしていざその美味いもん作ろうとキッチンに立ったならば、あらかじめ吊るしているダブルクリップ(これもある友人に教えてもらいました。使いごごちいいよ!)に「トラお」をはさみます。
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レシピが目の前。これが思ってたよりずっと便利なことに気づきました。
今までは、シンクの横や後ろの棚にレシピを置いて、料理中、それを見にいくだけの動作が必要でした。それが不要になったのです。
レシピはいつでも目の前に固定されているので、洗い物しながら、次の工程や材料を確認できる。
棚にレシピ本を置く、ページが閉じてしまわないよう固定させる器具も工程も要りません。なんてストレスフリー。料理が得意でないからこそ気負わずやりたい私にとってありがたい方法となりました。
ものにもよりますが、大きめのクリップならわりと大きいレシピ本でも吊るせます。邪魔にならない程度がおすすめですが。

晴れてレシピノートブックを吊るして使うということを成しとげました。
次は、このノートブックにしたためたレシピ達をどうするかを考えています。
ページを切りはなしてポストカードにでも貼って、レシピボックスに保管。これがいいかなー。
Notebookerのおひとりkonamaさんの「Notebookerのはずなのに、最近ノートでなくなっちゃったレシピブックの話」、この赤いレシピボックスが理想です。
レシピをカードにするメリットについてもkonamaさんのこの記事のとおり。
カードにしちゃえばもっとクリップに吊り下げやすいしね。
で、ちょっとやってみた。
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最初に書き込んでいたノートブックは普通にノートを縦にして使っていたのだけど(オレンジ色カードに貼ってるほう)、私がめざす最終形態はkonamaさんのレシピボックスと同じような形なので、途中からノートを横にして書くようにしました(グリーン色カードのほう)。
うんうん、いい感じ。このカードの色でカテゴリ分けしてもよさそう。ごはんのおかずはオレンジ色、つけあわせはグリーン色とか。
カードにした後、追記したいことが出てきても余白たっぷりだからどんどん書き込んで好みのレシピができていきますね。
あとは、このカードを保管するボックスなのですが、それがね、わりと高価でしてね。輸入物で4000円〜6000円てところかな。個人輸入なんて英語だし怖いから買えない。
日本で買えるもの、できれば実物を見て触って購入したいので、探してるのですが、あの形のボックスってのがなかなかありません。お菓子の箱とかありそうなんだけどな。
もしこれを読まれて、良いの知ってるよ!という方、いらっしゃったら教えてください。おねがいします。

もう作ろうかな…とはいっても素材は?木が加工しやすいけど、できあがって置いておいてホコリかぶった時にサッと拭きたいからツルツルの素材がいいな。じゃあカルトナージュ的に水に強い紙なんかを貼ったらいいかも。でもそもそもその芯となる箱作るのも大変だよ…
とか考えてるうちに目の前のスマートフォンをオンにしてツイッターアプリなんか開いちゃった日にゃあもうなにを考えてたんだかなんて消え去って、猫のお腹さわってる動画やら珍しいキノコの珍しい写真ツイートに「いいね!」と押したりして一日が終わるのです。

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テープのりと私の体

Posted on 11 9月 2016 by

A:もし君が,どこか文房具の手に入りにくい土地に,一時的に行くとして,何を持っていくのがいいと思う?

B:うーん,そうだなぁ.現地で手に入りにくいものだよなぁ.

A:そうだよねぇ.じゃぁ,それをどうやって知ればいいのかなぁ?

B:その国の人に聞いてみるのがいいかもしれないね.あるいは,行ったことがある人とか?

A:それもいいよねぇ.

B:あるいは,その国のネット通販上で売られているものを見たらいいんじゃないかな.それ以外のものは,基本買えないって考えるのは?

A:最近はそういうことも出来るようになったね!でも…

B:でも?

A:第一は,何が必要なのかを見極めること.そして,できるだけそれを少なくすること.そうすれば,持っていくものもわかるから.

B:必要なものの選定.ものと向き合うこと.

A:そのとおり!それが出来ないと,どういうことになるかわかる?

B:大切なものと,その一時の間,お別れしてしまうことになるね.

A:それはとても悲しいことだよ.特に,自分が使い慣れたものの場合はね.

B:そういうものってあった?

A:テープのりだね.

B:テープのり!盲点だったね.

A:持ってきたんだけど,途中でなくなっちゃったんだ.

B:探した?

A:もちろん.でも,残念ながらあまりメジャーではないみたいだね.

B:なるほどね.もし,行く前に気づいていたら,たくさん持って行っただろうね.

A:そうだね.特別重いものでもないし,それになにより,僕はスティックのりでさえも好きじゃないんだよ.

B:テープのりの好きなところは?

A:まず,手がベタベタにならないことだね.穏やかな技術っていうのかな?

B:自分の手に寄り添って,邪魔にならない,貼ることに集中して,邪魔されない,そういうこと?

A:そうだね.貼るっていう行為にはいろいろな方法があるけど,だいたいの道具が接着性のために,そこに目が行きがちというか,邪魔されちゃうんだよね.

B:確かにテープのりはそうじゃないよね.

A:そう.あたかも自分の手がノリを貼ってるみたいな感じがするじゃない?自分の体の延長線上の道具って言ってもいいかもね.でも,普段は道具として意識化しないから,逆に遠隔地に行くときなんかは忘れちゃうのかもね.

B:そうかも.じゃあ,1:まずは気持ちよく使えるものを探す,2:普段から振り返って必要な物を精査しておく,3:リスト化しておく,みたいにすれば,ものも多くならずに済むのかな.

A:そう言えるかもね.リスト化の手間によって,持ち物を減らすことも出来るだろうしね.写真をとっておく,ってのもいいかもね.あるいは,リスト化しないと忘れちゃう時点で,ものが多すぎるのかもしれないよ.

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秋を越すルネ・マグリッド

Posted on 11 9月 2016 by

空が高くなるので密度が下がります
すると薄くなり透明度が上がります
気圧が下がって全体に膨らみますが
隙間も広がるのですぐ元に戻ります

体積は戻りますが中身は替わります
夏に抱え込んでいたものが噴出して
秋がゆっくりと行き来し始めました
私は透明に/希薄に/軽くなります

抵抗が減るため 速度が上昇します
細胞の空隙を 秋がかけめぐります
私と秋とを隔てる輪郭を失念すると
秋の中 私は漂ういびつな空洞です

a-capusule

けっして 空っぽなわけではなくて
隙間がたくさんあるのでその空隙に
染み入る秋の大気がとにかく細胞の
一つ一つを 透明にしてしまうので

あらゆる物事が 鮮明になる一方で
あらゆる物事との距離も顕わになり
そこに横たわる溝の 深さや高さに
恐ろしさ 寂しさ などを感じます

rene-magritte

やにわに ルネ・マグリッドなどの
夢の類似品を 抜き書きし始めます
透明な秋と 透明な私と 透明な夢
その境界で乱反射を起こす斜めの光

(充填)

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ご無沙汰しています。

Posted on 09 9月 2016 by

みなさま、お元気ですか。

随分ひさしぶりで、はじめましてな方もいると思います。1年以上投稿があいてしまいました。過去記事でも久しぶりすぎてということで自己紹介してます。ので、今回は割愛して。

この1年ほどはといいますと、私は元気にノートブックに日々を描き、書きつらねていて。ときどき本を読んだりお酒を嗜んだり、と相変わらずです。

image

お出かけしたことや美味しいものを食べたことなどもたくさん書きますが、こういう何でもないことを書いているとなんだか自分らしい感じがとてもして。

本来、日記はこういうものだよなあとか。

自分のノートブックに格好つけすぎなんじゃないかとか。

 

あまり肩肘張らずにボチボチと投稿もしていけたらなと思っています。

 

 

 

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センサー

Posted on 04 9月 2016 by

たくさんの×と 少しの○を
たたきこまれ すりこまれ
するうちに

それは× それなら○ と
いつも 聞こえる声となり
いつしか

声ですら なくなった

Tortoise Cow and Fish

絶対のルールだった
はずの 
×と○ じつは
ローカルルールだった

育ててくれてありがとう
守ってくれてありがとう
あとはなんとか しますから

Censor

×と○とのへだてのない
世界の 異邦人となって
かたっぱしから かき出してやれ

ノートの上に タブーはない
感情のうず 世界のむきだし

(検閲)

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September 2016 Calendar

Posted on 01 9月 2016 by

calendar2016_09

★2016年09月のカレンダー

ポケット用
http://notebookers.jp/calendar/calendar2016_09.pdf

ラージ用
http://notebookers.jp/calendar/calendar2016_09_L.pdf

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