Archive | 6月, 2018

New! 第3回Bullet Journalプチオフ会にちょっとだけ参加してきた話

Posted on 17 6月 2018 by


毎度ご無沙汰しております。
今年2月に行きつけのポケモンセンターで限定品のピカチュウモレスキンを入手したのをきっかけにBullet Journalをしていた私。去る2018/6/16、むやたん様主催の第3回Bullet Journalプチオフ会に参加してまいりましたので、筆をとった次第です。
といっても、都合により第1部の手帳朝活の部分にしか出られなかったのですが…

朝の部だけにも関わらず、時間が濃厚でした。
集まった4名で、時に黙々と手帳を書き、時にグデグデと手帳をはじめとする文房具周りの雑談で盛り上がり…
文章だと何その緩すぎる集まり、という印象しか持たれないかもしれませんが、大量の文房具に囲まれながらゆっくり時間が過ぎていくこのひと時がもう本当に幸せな時間だった(語彙力不足)。
特に黙々と手帳書いてる時間なんかは、小中学生時代に友人同士で集まってみんなで宿題やってた時を彷彿させ、懐かしさも相まって。
しかも主催者様から、限定モノの添え文箋やらマステやらをお裾分けいただきまくる始末です。

次は、皆さんにお裾分けできそうな文房具を携え、メインプログラムまで出てみたいです。
引き続き開催予定とのことですので、Bujo愛好家の皆様やご興味をお持ちの皆様におかれましては、今後ぜひご参加を検討されてはいかがでしょうか!

むやたん様、そして参加者の皆様、すてきな時間をありがとうございました。

Comments (0)

New! 断片

Posted on 17 6月 2018 by

わたしはあまりノートを書かない。たぶん、Notebookersイチ、ノートを書かないんじゃないかと思うくらいに書かない。
人のノートを見るのも実はあまり好きじゃない。いや、「好きじゃない」とは違う。すごく興味もあるし見たい気持ちもあるんだけど、見ることが少し怖い。生々しくそのひとそのものの欠片であるようなノートを覗くのに躊躇する。恐る恐る、に近いような気がする。

ずっと昔、

本を本棚に収めている時に見つけて、何の本だろう?と開いたら、本ではなくて手書きのノートだった。ノートだ、と思った瞬間あわてて閉じたので何が書いてあったのかは知らない。本の間に無造作に突っ込んであったくらいなのだから
・・・
うっかり見つけてしまったノートブックを隠すように差し込んだその本棚の隅は、結界が張ってあるみたいに、禁忌のように、その家を出る何年もの間ずっと、触るのも、視線を落とすことすらも避けた。

─────

柚子の木の折返し場、殿の谷戸、めぐみ野、日あたり台、野猿峠、絹の丘、多摩丘陵、打越弁財天、北の野、北野天神、六万坊、子安、

※ バスに乗りながら

─────

not much / nothing much
without haste
modest – confident

─────

ポストアポカリプス
Post-apocalypse
Post-apocalyptic

─────

echo break crack

─────

マギーブイヨン
キャベツ茹でてみじん切り
絞って
ミンチ牛豚合挽き
にんにくみじん
玉ねぎ生でみじん
塩、胡椒、
醤油はほんの気持ち

※ 母の餃子のレシピ。ブイヨンは餃子ではなく、餃子をつける付け汁。うちの餃子はちょっと変っていて、野菜っぽいさっぱりした焼き餃子を温かいつゆにざぶんとつけて食べる。

─────

卵豆腐
卵1 だし2

茶碗蒸し
卵1 だし4

いりこだし

※ 卵の蒸し料理だしの配分

─────

lquince paste
halloumi / hellim

※ ずっと食べてみたいと思いながら見たこともなく2年半経った。

─────

コンテ
カマンベール ノルマンディ
ブルーチーズ61

─────

酒、塩、胡椒、醤油、にんにく(おろし)

まるのまま一晩漬ける
唐揚げ
カットして一味唐辛子をぱらり

※ 砂肝の唐揚げ

─────

ごまめ一袋をからからさくさくになるまで(弱火で25分)から炒り(途中から胡桃を加えて一緒に炒る)する
オレンジマーマレードに醤油を加えて煮る。しゃもじですーってなるまで煮込んだところにごまめと胡桃を加えて混ぜ、からんだら、バットへあけて冷ます。

─────

6/9 1030

6/3 5/25 4968
6/23 6/14 1840

※ 謎の数字。家計簿につける何かの代金のメモかと思ったんだけど、複数の日付(らしきもの)にまたがるものもあって謎。

─────

マシュマロトースト
とろけそうに愛くるしい人たちに乾杯

※ 何かの本からの抜書き。「ザ・コピーライティング」(ジョン・ケープルズ著)のような気がする(曖昧)

─────

El Borrachito Canto andino
El Borrachito del canto andino
The Andean ridge Borrachito

─────

that’s ok i like it

─────

琥珀と硫黄と魔法の材料。
革のリボンで縛られる。

─────

絵が欲しいにはマッチするが、絵を買うことによる諸々にはマッチしない
(インテリア、技巧)

重い額縁、モダンな額縁

絵描きのパトロン

─────

ハシエンダアルナシア

ハシエンダアルサシアの間違い。スターバックスのコーヒー豆。音の響きが好きでメモしたものだと思う。

─────

マイナンバーカード
4.5×3.5

パスポート切替新規申請
一般旅券発給申請書
4.5×3.5

─────

‘最良のデザインに出会うと、「このデザインが採用されたのは必然だ」などと感じたりするものですが、たいていは別のデザインもありえるのです。’

※ 何かの本からの抜書き。「マイクロインタラクション」(Dan Saffer著)のような気がするけどまったく違う気もする

─────

ふと思いついて、日曜日の夜のホテルをとってみた。

※ 次

─────

154

アドルフヴェルフリ

─────

59 59
104-5

2.02 1.36 1.77
1.76

1.70 1.79
1.48

1.34 2.12

※ 寸法

─────

島に住む伯母がいる。伯母の家は納屋から小さなモノレールが出ていて、お山のみかん畑に続いていた。冬になると、ダンボールいっぱいの甘酸っぱいみかんが船に乗って島から届いた。
高校生の時、船で島から通ってくる子たちがいた。とても優秀で何で島からの子はみんな賢いんだろう?と思っていたのだけど、「船で勉強してるんだよ」と聞いて何だかとても納得した。電車通学もバス通学も(自転車通学も!)したことのないわたしにとって、”通学の船”で勉強したりマンガを読んだりおしゃべりをしたりという時間は、何だかとてもうらやましいものだった。
自転車でフェリーに乗って、島に海水浴に行った。自転車でひと山超えて港の反対側に出た時の、夏の濃い日陰の道から真っ白な太陽の光にきらきらした海。

瀬戸内海沿岸の町に暮らしていると、島や船はとても身近なものだ。島に住む彼らは電車やバスのように船を使い、電車やバスの時刻表のように船の時刻表を気にし、駅やバス停のことを話すように港を話す。わたしは島に住んだことがないので、彼らのように船を使ったことはない。
と、帰省して実家にいる時にふと思い立って、海路で隣町に行ってみようと思った。

http://www.go-shimanami.jp/access/ship_map.html

三原→(鷺経由)→因島・重井港
徒歩30分弱?
重井東港→尾道
尾道(福本渡船)→向島→尾道(福本渡船)

※ 3年近く前、午前中の船旅。とても暑い日。尾道でラーメンを食べて、電車で帰った。

─────

わたしはあまりノートを書かない。食べたものはしばらくつけていたのだけど、結構な負担になるのでやめてしまった。iPhoneの「メモ」と写真と、時々頭の中の情報を整理するために紙に描くくらい。今日はそのノートをそのまま、ここに置いてみたくなった。

Comments (0)

Tags: ,

New! ノートの日記

Posted on 17 6月 2018 by

ノートが日記を書けたなら
ノートは日記になにを書く

ノートを開いたときのこと
ノートはけっして忘れない

ノートは主人をえらべない
どう汚されても抵抗しない

ノートが日記を書いたなら
多くの不満で埋まるだろう



私はあなたを受け容れたい
けれどもあなたは躊躇った

あなたは自分を誤魔化した
あなたはみんなを誤解した

あなたは途中であきらめた
あなたはそのまま放置した

あなたは私を破って捨てた
あなたは私に遠慮しすぎる



ノートは主人の似姿になる
時には主人の本性をも示す

ノートが日記を書けたなら
それは誰に似ているだろう

                              (主人)

Comments (0)

残すノート

Posted on 12 6月 2018 by

物凄くお久しぶりです

生きてます。何気に生息しています。

昨年、母が旅立っていきました。
行年80。一緒に東京オリンピックを見ようねと言っていた矢先。

残念で仕方無かったのですが、最近思うのは
持ち得てきた寿命だったのだな
これに尽きます。

 

先般、息子氏にシャーペンはどこの何がいいのかと尋ねられまして。

きたな、いよいよきたな。

文房具の森へようこそ。

 

個人的にはぺんてるのスマッシュ

文字を書いていても疲れない。いい具合。

これ使いなよと貸したところ、息子氏も絶賛。

小学生でもわかるものはわかるんだよね。

 

スマッシュは近所の文房具店では見つけられず、地元では割と大きな文房具店へ向かいまして。

お見事!ゲットしたのですが。

 

その時に何気に目に入ったのが御朱印帳でした。

菩提寺に持っていくのはまあありとして、実はそこまで御朱印にご執心でもなく。

あ、でもこれはあれだなと。閃いたわけです。

 

母が亡くなって一番に困ったのが、預貯金やら保険やら、いわゆる個人情報のすべて。

例えば暗証番号。例えば何かのパスワード。

確かにその時点で不要といえば不要で、そのあとの動き方では様々解決はするのだけど。

お葬式に誰を呼んでほしいだとか、どのような戒名がいいだとか、

その時々に思ったことなんかを記しておくには良いアイテムなんじゃないかなと。

まだそのページは開いてもいないけれど、不惑の齢。少しづつ書いていってもいいんじゃないかと思っています。

 

画像を貼りたかったのだけど、新しくなったPCに未だ慣れず。

近日中にアップするもんね!

Comments (0)

Tags: ,

あゆはぴ?

Posted on 10 6月 2018 by

幸福か不幸かを答えてはいけない
幸福であれば綻びてしまうし
不幸であれば囚われてしまうから

幸福だったかと尋ねてはいけない
肯定ならば今が虚しくなるし
否定ならば全てが悲しくなるから

幸福になろうと誓ってはいけない
頷けば追い詰められていくし
首を振ればずっと後悔が続くから

幸福のリストを作ってはいけない
書き終えてしまえば寂しいし
それ以外の全てが不幸になるから



幸福だなどと微笑んではいけない
真顔にかえれば重荷になるし
微笑み続けるのはつらすぎるから

幸福を探し回っていてはいけない
見つからないと不幸になるし
見つかっても幸福は続かないから

幸福という物を求めてはいけない
形の有るものは不幸になるし
形の無いものは幸福じゃないから

幸福と幸運を混同してはいけない
幸運は幸福とは関係がないし
幸福でいることは幸運なのだから



幸福な人生など信じてはいけない
最期の瞬間まで確定しないし
確定した途端に離れてしまうから

幸福と不幸とに分けてはいけない
不幸なゴミは生ゴミになるし
幸福なゴミは粗大ゴミになるから

幸福と楽天家を分けてはいけない
楽天家だけが幸福を生きるし
幸福だけが楽天家の取り柄だから

幸福を留めようとしてはいけない
幸福に縋るのは不幸の証だし
幸福は鎖に繋がれると暴れるから

Are you happy?
Yes,I have been happy!
                 (放流)

Comments (0)

Tags: , , , , ,

Campusノートは復讐するか 【KOKUYO Campus 無地 W 80枚 A5 ノ-108W-M レビュー】

Posted on 07 6月 2018 by

無印良品のドット方眼A5を使っていたという話を以前しましたが,いろいろと公私ともに最近書き込むことが多く,なくなりそうになっていまして.

確か廃盤だったので,次のノートを探さないと,となりまして.

大学の生協で,古き良きCampusノートの横に,スパークリングしているノートがありましたので,レビューすることにしました.

こちら.

 

【KOKUYO Campus 無地 W 80枚 A5 ノ-108W-M】

 

値段は250円ほどでした.

アマゾンなどをポチっているかたは,黒い表紙のものはご覧になったことがあるかもしれません.こちらはその無地タイプです.

2018年06月07日現在Amazon直接の取り扱いはないようです.残念.

 

さて,気になるのはもちろん,宣伝文句の”大人キャンパス”です.

表紙がハニカム構造になっていて,テカった感じはなく,マットな触り心地.

しっかりとやすりをかけた木みたいな触り心地···?いいすぎ?いいすぎだよね.

背表紙テープの銀色がまぶしい.スパークリング部分.

フォームファクター的には素敵なノートです.個人的にはかなり好きなデザインですね.

 

中身はフル無地です.

In case of loss… もなければ,ポケットもありません.フラットに開くわけでもありません.

しかし,例えばアピカのプレミアムCDノートとか,あるいはMDノートの半分以下の価格ですから.

もう見た瞬間からコストパフォーマンスが高い予感がむんむんしてましたから.

それはそれで.

A4の紙を二つに折って縫っただけでしょ,とか言わない言わない.

 

気になるのは,KOKUYOさんのホームページの図が無地=アウトプットしたい人のために!みたいな感じになっていたこと.

なに言ってんだい,インプットも無地でできますよ,って言いたくなっちゃう.

あるいは私のインプットはラフスケッチかと.

販売戦略が気に食わない.ノートに罪はないが.

 

いちおう,裏うつりテストをば.

ゲルインクだとまぁもしかしたら場合によっては,ぐらいのうつり方でしょうか.

 

森林認証された中性紙を利用しているとのこと.JIS認証もされています.

遠慮がちなMade In Japan.If it still means something to you, I mean.

A5の取り扱いやすさ,落ち着いたデザインと配色,きらりと光る背表紙テープ.

なんだかちょっとファンになっちゃいそうです.

 

罫線のノートを使わないので,ご無沙汰になっていたキャンパスノート.

昔はB5の80枚のノートを使って,ビルマ語とか勉強してたんですよ···

昔の友だちに再会した気分,多分これが近い.

 

And back to our initial question. 

【キャンパスノートは復讐するか?】

Oh YES. Definitely.

Comments (0)

June 2018 Calendar

Posted on 05 6月 2018 by

相変わらず遅れてすみません!
6月のカレンダーです。

 

★2018年06月のカレンダー

ポケット用
http://notebookers.jp/calendar/calendar2018_06.pdf

ラージ用
http://notebookers.jp/calendar/calendar2018_06_L

Comments (0)

Tags: ,

Note of the note ―ノートの調べ  p.5 太宰治さんの横顔のノート

Posted on 03 6月 2018 by

はじめに

「Note of the note -ノートの調べ」 と題した不定期シリーズ。
このシリーズでは、著名人のノート、手稿、手帳、日記などを紹介し、そこに込められた作法と思いを検証していく。

第5回目は、太宰治さんのノートを鑑賞する。

出典


1.別冊太陽 日本のこころ159 太宰治 生誕100年記念 平凡社 2009.07.09

2.弘前大学付属図書館貴重資料 太宰治自筆ノート(「英語」ノート、「修身」ノート)

予習用読方帖

1923(大正12)年。14歳のとき、青森県立中学校受験勉強の一環として、二十篇の課題綴方を書いた。(p.169)

   

左 表紙 右 本文 (p.23)

官立弘前高等学校1年(1927/昭和2年/18歳)の英語ノート

英語のノート

英語の教科書の見返し(p.37)

 

弘前大学付属図書館貴重資料 太宰治自筆ノート 「英語」より

表紙

見返し

ノートの解説は

青森近代文学館 太宰治の旧制高校時代のノートについて 安藤宏(東京大学准教授)(以下「解説」とする)による

「英語」のノートから解説に入ることにしよう。
使われているのは横罫線二三行の大学ノートで、表紙左上に弘前高校の校章が刷り込まれ、裏表紙に「今泉本店(注ー弘前市内の主要な書籍店)特製」の標記がある。サイズはA4版に近い縦二一〇ミリ、横一六五ミリ。表紙に「Johnson & Goldsmith/Essays by/T.B.Macaulay/The Hirosaki High School/L.1.1/S.Tsushima」と記入されている。太宰は昭和二年の四月に文科の一年一組に入学しており、「L.1.1」とあることから、第一学年時に使用されたものであることがわかる。

英語の授業は「発音」「綴字」「読方読解」「話方」「作文」「書取」「文法」からなっているが、このノートには文学作品の現代語訳が記されているので「読方読解」に該当するものであろう。

下(閲覧p79)顔の下の欄外の書き込み (解説より)

橄欖之実が/ほろほろと/月の光に 散つて行く/TaRanTuLa!/蜘蛛に咬まれた若者は/空を見つめて 舞ひ狂ふ/哀れ悲しく/舞ひ狂ふ

当時、多くの高等学校がそうであったように、弘高でもまた、〝ノート主義〟ともいうべき風潮が支配的だったようだ。あたかも速記術を思わせるような口述筆記が授業の中心をなし、それが学生にとって大きな負担になっていたようである。(解説)

落書きページ

裏表紙

「英語」のノートには、実に多くの箇所に落書きがあるが、その大半は肖像画(4~8、14、19、27~30、34、36、40、41、43~45、47、53、57、59、73、83、86、裏表紙など)と、英語・日本語による自己の署名(3、58、59、86など)である。(中略)自画像や、来るべき文壇デビューに備えてのサインの練習(?)を繰り返している様態は興味深い。

官立弘前高等学校2年(1928/昭和3年/19歳)の修身のノート

「修身」の科目は文理共通の三カ年に渡る必修科目。
講義内容の大まかな構成は次のようになっている。
吾人ノ国家観及ビ吾国体
国家ト個人ナラビニ愛国心
歴史上ヨリ見タル吾国ノ特性
日本民族ノ外観
1、日本の民族及国民(注ーここから〈第参学期〉とある)
2、日本ノ国民国家
3、日本社会運動ノ諸傾向ト我が氏族性(ママ)(解説)

表紙

表紙見返し

「修身」もやはり「英語」同様、横罫線二三行の大学ノートで、弘高の校章が刷り込まれ、サイズも同一である。ただしこちらは「今泉本店特製」ではなく、「神書店製」の標記。表紙に「修身/宮城教授/弘高/文 二 一/津島修治」の記入がある(「二」の漢数字は白黒の画像だと「三」に見えるが、実際は「二」である)。昭和三年度、太宰の第二学年時のものと考えられよう。38頁まで使われ、あとは白紙。なお、ノートの終わりの部分に七ページに渡る落書きがあるほか、「英語」同様、表紙、裏表紙、表見返し、裏見返しにも落書きがある。(解説)

閲覧p.71 自画像?

閲覧p.79 津島修治サイン

顔ばかり

裏表紙

二冊のノートの人物画像の合間に頻出する数多のサインは過剰な自意識の表象でもあろう。名前と共に The Hirosaki High School の署名が多く記されているが、そこからは一方で旧制高校スピリットの交錯した、屈折したプライドをうかがい知ることができる。(解説)

太宰治愛用の万年筆

(別冊太陽 p.41)

エヴァーシャープの万年筆はもともと美知子夫人がアメリカ土産にもらった品であったが、いつからか太宰が使うようになった。透明な軸は途中で破損して取り替えいちいちインクをつけて書いていたが、軽く字を書く癖があった太宰は、1939(昭和14)年頃から最期まで、この万年筆1本で執筆を続けることができたという。
(この文は、青森近代文学の名品 vol.1 太宰治 愛用の万年筆より)

太宰治さんの万年筆は、EVERSHARPのDoricシリーズかと思われる。(キャップの金具の形状から)検索により似たものは見つかったが、型番は判明しなかった。しかし、同型の万年筆を落札なさったジョリ様のブログを見つけた。参考としてご紹介する。ジョリのブログ 2016-01-07 太宰治の万年筆

ちなみに使用していたインクは 丸善のアテナインキ(P.149)とのこと。

有明淑の日記

彼女が19歳の頃、本人が太宰へ郵送した。

太宰はこの日記を再構成して『女生徒』を書きあげ、川端康成の絶賛を受ける。1939(昭和14)年4月「文学界」。翌年12月には北村透谷文学賞副賞を受賞した。

太宰から『女生徒』を送られた彼女は感激し、長く愛蔵したという。(p.80)

手帳

1947(昭和22)年12月のページ。(38歳)

(P.115)

この年の11月に『斜陽』のモデル太田静子との間に治子が誕生。太宰は認知。12月に『斜陽』発表。一躍流行作家となるも、精神と身体は蝕まれ続ける。3月末に、看護婦兼秘書の役割を果たす山崎富栄と出会っている。

『M.C様へ うぬぼれないでください』

太宰は、M.C、マイ・コメヂアン、を自称しながら、どうしても、コメヂアンになりきることが、できなかった。(坂口安吾『不良少年とキリスト』より抜粋)(p.102)

1948(昭和23)年2月のページ(39歳)

この年、『太宰治全集』の配本が始まる。

『如是我聞』を連載。『人間失格』の執筆開始直前の時期。

この4か月後に山崎富栄と入水心中。

おわりに 横顔のノート

弘前高等学校時代の二冊のノートのおびただしい落書きの大半が「横顔」であったことが、ひじょうに印象深い。横顔で目立つのは、「鼻」「顎」そして「眼」である。

「鼻」「顎」は、自尊心の象徴として用いられるものであるし、「眼」は虚栄心、自惚れ、承認欲求などを表すように思う。そして、その眼が真正面からではなく、横、もしくは斜であることが、太宰治さんの性質の全てを表しているかのように思われるのだ。

たとえば太宰治には過敏な自意識はあります。いつも他人に見られていると思っている。しかし、そこに「まなざし(サルトル)」はないと思います。日本の私小説家は自意識だらけですけれど「まなざし」はない。
柄谷行人(『ダイアログⅤ p.331 戦後文学の「まなざし」)より

『太宰は絵や書を一気呵成に仕上げることが多かった。とくに酒席の「席画」が好きで、酔った勢いでものの数分で描くこともしばしばだったという。(pp.58-59)』

左頁 自画像 /1947 (昭和22)年

右頁上 三つの貌 /1947(昭和22)年

右頁下 風景 / 1940 (昭和15)年ごろ

さいごに、太宰治さんといえば、月見草が有名だが、私には1940(昭和15)年に描かれた「水仙」の絵がとても印象深かった。

以上

おまけ 5月のマンスリー絵日記

Comments (0)

Photos from our Flickr stream

See all photos

2018年6月
« 5月    
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

アーカイブ