世界の果てでも、多分わたしはお茶をしながら本を読んでノートブックを書いている3

Posted on 26 5月 2012 by

の感想@今回はコラージュではなく、文章で〜。

しゃしんはナイよ!

コレは感想コラージュじゃないよ!


ご存知の方も、そうでない方も。
例えば。
ミルトン、ルソー、ヴォルテール、パパデュマ、チャーチル閣下、トウェイン先生、スティーブンソン。これらの著名人達、とある共通点がありまして。
時代、国、作家、哲学者、政治家等、職業もバラバラですが。共通点、モノを書く時は『ベッドで』なんだそうです。

(上記メンバーは、いわゆる『ものぐさ系』で寝転んで書いているだけですが)同じ『ベッドで』でも、病気のために外へ出られず、部屋の中だけで執筆した作家さんもいます。サトクリフやバロウズがそうで、彼らは、見たことのないケルトの荒野や生い茂るジャングルを鮮やかに描いたワケです。

そして、もう一人、書斎の中だけで執筆した作家として。
その《彼》は11歳の時、憧れの従妹に珊瑚のネックレスを贈るため、インド行きの遠洋航海の船に乗り込んだそうです。で、船は出港したらしいのですが、父親にバレ、次の寄港地で下船させられます。
で、約束をさせられる。「これからは夢の中だけで冒険します」
彼は大人になって世界中を回る冒険小説をものしたワケですが、それは各地を回り、その空気を感じ取って書いたものではなく、父親との約束通り『夢の中での冒険』を物語として紡いだ、のだそうです。

そのアームチェアアドベンチャー野郎が、御大、科学空想小説の父 ジュール・ヴェルヌ であります。

2月からこちら、

「ヴェルヌ、いいですよ」

という話を聞くことが時期的に集中しまして。
さらに、他に読んでいた本や、考えていたこと、が、その作品と内容がものすごく一致して、それをざっくりまとめたので、こちらにも読書レビューとして書かせて頂きます。

『氷のスフィンクス』(集英社文庫 古田幸男:訳)
(基本的にネタバレはしないつもりですが、該当箇所は白文字で反転させておきます。)

作品の感想と言うよりは、どっちかとゆーと、作品を読んで考えたこと…な気がしますが。
(それを感想と言うのでは…)

この作品はEAポー作『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』の後日譚で〜うんぬん〜は、さっくり飛ばします。

ですが、この『氷のスフィンクス』、
『エドガー・ポーの記念に
 わが多くのアメリカの友人に』
という献辞で、ずきゅん、とトキメキました。

冒頭のジョーリングとアトキンスの会話から、見上げるマストとか風を受けていっぱいに張られた帆とか、「さあ行くぜ!」という冒険小説を読み始めた時のお約束、期待、わくわく感、それだけで、まだ冒険も始まっていないのに「わー、ワタシ、冒険小説読んでて良かった、冒険小説好きで良かった!」とずっと思っていました。

えー。そんで読み進めて。
レン・ガイ船長率いるハルブレイン号は、すったもんだのあげく南極を目指すワケですが。

ひたすら考えていたのが、「これは、ホントに100%想像?」でした。
南極の風景、天候、大浮氷群、海水の温度や状態、魚、鳥、その他生き物、南極向けに艤装すること、本当に『まだ誰も見たことのない土地』

陸地から氷山が割れて、海へ落ちる瞬間、その音、有史以来、誰も見ていなくて、聞いていなくて、これで初めて人間が目撃したんだなあ、と、思った瞬間、これはフィクションだよ!作り話だよ!!と、ひとりツッコミをするほどで。

ある程度は資料があれば書けるものでしょうが、ホントに行って来たジョーリングの手記じゃないのか、とか、ヴェルヌ、ホントはアーサー・ゴードン・ピムの物語みたいに、ジョーリングの手記を小説化したんじゃないの、とか、その臨場感は何!?とずっと思いつつ。

もうひとつ。
グラスがピムを評した、すごく印象的な台詞があります。

「いつも冒険に飛び込もうとうずうずしていたっけ!
 月にだって飛んで行ったでしょうな、たまたま、行かなかっただけです!」

ヴェルヌの時代であれば、月も南極もレベル的には同じくらい?『行けるわけがない場所』だったのでは。
その時代、行ける機会さえあれば月も目指すだろう《アーサー・ゴードン・ピム》という象徴的存在。(夢の中でしか冒険ができなかったヴェルヌが)彼を土壌にして、これだけの物語を書いたんだ、と。

この感想について、ワタシのノートブックに『種』と走り書きがあります。
時々、こーゆー「どういうつもりで書いたんだワタシ」なコトが書いていたりするんですが、や、きっと、『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』が土壌であり、そこに撒かれた『想像力』という種、という意味で書いたんだろうな、と。

この物語には、妖精も幽霊も出て来ません。
南極に住むナゾの種族も出ません。
科学空想冒険小説、ですが、科学力というよりは、技術力、そして人間の思いと知識とスキル、それだけを頼りに南極を目指す
物語です。
そしてタイトルの『氷のスフィンクス』

コレがねーーー!
このくだりを読んだ時、本当に鳥肌が立ちまして。
南極に住む超人類や、ファンタジーな種族が作ったのではなく、こっそり南極へ来ていた科学調査団が、こっそり開発していた当時の超技術で作ったものでもなく。
他の誰でもない作者のヴェルヌが、当時の科学だけで『わかっていること』を集めて、その粋に『氷のスフィンクス』という心惹かれる名前を与えた。
地図には『南磁極』とあり、当時、その存在はわかっていた、のかな?
ただ、その場所に巨大な磁石を据えよう、それを砂漠の国にあるスフィンクスの形に似せよう、
とヴェルヌは考えたワケで。

ワタシが『種』と考えた、そのほんの小さい想像力は、南極にスフィンクスを出現させる。
そのヴェルヌの想像力の結晶のもとで、アーサー・ゴードン・ピムの物語が本当の意味で完結する。
この終わり方に賛否はあるかもしれませんが、それでも、ポーのファンは待っていただろう物語の完結
なんじゃないかなー、と。

この前後の時期に、同じような話を連続して聞いたり読んだりして。
1930年代から始まった、銀河系に繰り広げられたスペースオペラの一大クロニクル、
目の見えないひとが「美しい」と思うものは何か、この話を聞き、オブジェを作る企画、
想像すること、作り話を読むことを禁じられた世界で、そのキャラクターたちの復讐譚、
その他も、すべて、キーワードが『想像力、想像すること、考えて作りあげること』
年代も、著者も、何もかもバラバラなんですが、底の方で水脈みたいに繋がっていたような。
そのトドメ(トドメられたのか)が、この作品、その集大成?かと。

最後に。
ヴェルヌを読み始めるきっかけのお話を伺ったカフェサーハビーのマスターに、
その他、各作品を紹介して下さった方へ、
本当にありがとうございます。

おまけ:『旅の詩集』〜残留の章(寺山修司)より。
どんなすばらしい風景も、人間の想像力を上まわるものではないということをわかってしまえば、「わざわざ出かけるまでもない」ということになるのかもしれない。

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Profile: あなたと一緒に歩く時は、ぼくはいつもボタンに花をつけているような感じがします。

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