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物語の中の文房具3〜オースター作品より

Posted on 19 8月 2012 by

『わがタイプライターの物語』(2006年)

「いまのままで何の不満もないのに、どうしてかえなくちゃいけない?」

nophoto

この本は、カバーを外してもカッコイイの。

皆大好き文房具〜と言うには、少し大きく、また見慣れないものかも知れませんが。
タイプライターについて です。

ポール・オースター、先日の記事『柴田元幸さん朗読会に〜』で、ちょこっと触れました(ポール・オースター wiki)。
この作品、オースターのエッセイ兼ドキュメンタリーであり、そして画家サム・メッサーの画集でもあります。オースターはそのタイプライターで言葉を紡ぎ、メッサーはタイプライターからインスピレーションを得て、その表情を描き続けている、それだけの物語なんですが。
(ですが、文章はものすごく少ないです。どっちかというと画集メインで、文章はホントに添えもの、くらいです)

私はアメリカに戻ってきた。一九七四年七月のことだ。NYに帰って来て最初の午後、荷を解いてみると、ヘルメスの小型タイプライターが壊れてしまっていた。
新品のタイプライターを買う金はない。当時は金なんてあったためしはなかったが、そのときは特に、まったくの一文なしだったのだ。

タイプライターだったらもう使ってないやつがクローゼットにひとつあるぜ、と友人は言った。一九六二年に、中学の卒業祝いにもらったものだという。よかったら売ってもいいよ、と彼は言った。

四十ドルという値段で我々は合意に達した。それはオリンピア・ポータブルで、西ドイツ製だった。そんな国はもう存在しないが、一九七四年のその日以来、私が書いた言葉は、一言残らずこの機械によって清書されてきた。

西ドイツ生まれの頼れるヤツ、オリンピアとオースターの出会いであります。
>そんな国はもう存在しないが
かつて世界を放浪したオースターがこういう言葉を使うと、重みがあるなあ。

こうして物語が始まるワケですが。
タイプライターについての性能とか、どう使っているとか、ほとんど書かれていません。
どちらかというと、タイプライターという機械、その説明というより、

「人生の半分を共に過ごした相方」
「そしてこれからも、未来を共にする頼れるヤツ」
「俺たち、もう二人きりだけど(オリンピアはタイプライターだけど)(メッサーもいるけど)、でも、これからも二人でやって行こうな」

というような、仕事の相方としての紹介、その相方との来し方と行く末をゆったりと見つめている視線が、さらりと書かれています。

なので。
性能について書かれているのは、ただ、とても頑丈であること、電動式タイプライターは騒がしいらしいですが、オリンピアは電動じゃなく、手動タイプライターなのでとても静かなこと、くらいです。

改めて考えてみました。MS WORDなど文書作成アプリケーションとタイプライターとの違い。

W:入力と印字は別
T:打鍵=印字

W:データとして残せる
T:1回きりの印字のみ

W:データとして残せるが、ファイルが壊れる、ハードディスクが壊れる等すれば一瞬で消えることもある
T:インクリボンさえ切れなければ、とにかく紙に印字できる

W:文章、単語等の挿入がカンタン 章丸ごと移動もカンタン
T:訂正等あれば、もう手書きしかない もしくは切り貼り

W:スペルチェック 予測変換等アリ
T:スペルチェックも予測変換もナシ 自力視認で

コンピュータでの入力であれば、もちろんバックアップもしているだろうし、ファイルが壊れる、消えるというのも少ないと思います。が、オースター自身「もしそこに、間違ったボタン(デリートキーのことのようです)が押されるべくしてあるなら、自分がいずれそれを押すにちがいないことを私は知っている」と言い切っているので、打鍵=印字 のタイプライターの方が『確実』なのでしょう。

オースターの執筆の手順としては
1)ノートブックに原案その他を書く
2)物語が形になってきたら、タイプライターで打っていく
3)タイプライターで完全に打ち出したものを見ながら、コンピュータで入力して、出版社へ
(「原稿はデータ化されたもの」という出版社との契約だそうです)

2)をすっ飛ばして、3)に行けばいいんじゃないの、と思わなくもないのですが、オースターは「物語は、オリンピアで印字して完成」というひとなので、この手順は多分これからも変わらないかと。

(作品をリアルタイムで順番に追い掛けてはいないですが)(そして、舞台となる時代も、例えば60年代とか80年代とか、現代よりちょっと古い時代ということもあり)オースター作品には、あまりコンピュータが出て来ません。主人公、準主人公クラスの登場人物が、作家であることが多いんですが、彼らも手書き or タイプライター派のようで、あまりコンピュータを立ち上げているのを見たことがないなあ。
そういう意味では、オースターも内側と外側が一致している。

そして。
もうひとつの出会いが語られます。
オースターの友人、画家サム・メッサーがオースター宅を訪れ、オリンピアに恋をした、のだそうです。

恋はもう何年も続いている。
最初からずっと、それは相思相愛だったのではないかと私は睨んでいる。

(メッサーが恋をしているとか言うなら、『彼』じゃなくて『彼女』標記にしてあげればいいのにー、とか思いましたが、やー、きっとタイプライターは男性名詞なんだろう)

メッサーが描いたオリンピアは、赤、黒、白と色も固定されていなくて、どれも絵の具を盛り上げるように塗っています。本来直線のものが、極端に曲げて描かれていて、それが顔に見えたり、また、表情があるように見えたりもして。その表情はきっとメッサーが感じ取ったオリンピアの感情かもしれない。
そう思えるくらい、オリンピアの肖像は、本当に表情豊かに見えます。

こちらのサイトから見ることができます >> Nielsen gallery
メッサーが描いたタイプライターの絵のページはコチラ
http://www.nielsengallery.com/artists.php?artist=65&page=4
http://www.nielsengallery.com/artists.php?artist=65&page=6

メッサーは物言わぬオリンピアに語りかけ、スケッチし、それを見て、オースターは、この芸術家の情熱はわからん、と言っているのですが。
それでも、オースターは、サムがオリンピアに対して、
命なき物体を、固有の性格を有し、世界のなかで、確固たる場を占める一個の存在に変えた
と評価しています。

オースターの中で『それ』だったオリンピアが『彼』と変化していきます。
わたしはもう、この『器物に人格を与える』『器物に人格を見る』というモチーフがダイスキでダイスキで、どうしようかというくらい好きなんですが。
気に入ったひとつの物を長く大切に使う、使いたい、コレがわたしの理想なんですが、この物語はまさしくコレをうんとこさ洗練させて具現化してくれたものかと。
だから、この物語を本屋さんで見つけた時は、「うわーキター!!」と、(本を読んでいると時々ある)「この本はわたしを待っていてくれたんだ」というくらいの出会いでした。

Notebookersなら、万年筆がこのオリンピアに相当するのでは。
(たくさんコレクションされている方ももちろんいますが)気に入った一本に好きな色のインクを入れて、持ち歩き、ノートブックにこしょこしょと書き込む。
それは日記だったり、忘れてはいけないものをささっとメモしたり、文章じゃなく絵を描いたり、それは自由で。
万年筆、ボールペンよりは高価だし、手入れ等の手間もかかり、使い方も手軽ではないですが、それでも使うのはなぜかと聞かれた場合、その答えは、オースターが不便な(はずの)タイプライターを使うのと似たような理由ではないかと。

オースターの文章は、非常に穏やかで静かな印象で、その印象そのままに、この物語も静かにゆっくりと終わります。
ラストには触れませんが、すごく好きな文章がありますので、それを書いておきます。

痛めつけられ、すたれて、急速に記憶から消えつつある時代の遺物となっても、こいつは一度も私を見捨てたことはない。一緒に過ごしてきた九四〇〇日にこうして思いをめぐらしているいまも、私の目の前にあって、カタカタといつもの聞き慣れた音楽を打ち出してくれている。

タイプライターを使わなくなるなら、それはオースターの方なんですが、それでも、
>こいつ(オリンピア)は一度も私を見捨てたことはない。
とか、タイプライターと対等、もしくはオースターの方が頼っている? 本当にもう、オースターのこういう視線がたまらなく好きです。

オースター、作家として、現代アメリカ文学でトップクラスのひとです。
そのひとが「時代に取り残された」と感じている。
そのギャップと感傷、コンピュータを受け入れられない自分、(そこはかとない?)寂しさを認め、そして、それでもコンピュータそのものを否定、批判しているようなことは書いていない、その潔さ。
これが、オースターの文章の土台なんじゃないかなあ、と。

※おまけ
作家チャールズ・ブコウスキは、1991年、当時71歳で Macintosh を使い始めたそうです。型は、デスクトップのII si(や、知らないのが申し訳ないですが)。
これで日記を書き、原稿も書いていたそうです。この年齢の方がタイピングができるというのは、やっぱりアメリカ、タイプライター文化だから?

※おまけ2
短編小説『三文作家』(ウィリアム・アイリッシュ作)
雑誌の穴埋めの原稿を書くため指名された作家が、ホテルに缶詰になり、原稿ハイになってノリノリで執筆するんですが、そのタイプライターは、実は…、という、ちょっと泣ける物語。

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Profile: あなたと一緒に歩く時は、ぼくはいつもボタンに花をつけているような感じがします。

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