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漢詩 soothing garyou

Posted on 30 6月 2013 by

詩は長いこと苦手でした。
いまでも苦手です。
ちゃんと詩集をとおして読んだことがあるのは、たぶん、萩原朔太郎と中原中也とくらいで、ほかは途中で挫折しています。
気取ってリルケとかハイネとかボードレールとか読んだこともありますが、「気取って」という時点ですでにまちがっています。

読む方も書く方も、韻文はからきしで、といって散文がちゃんと書けているのかという問題もあるのですが、和歌とか俳句とかも苦手だし、詩はダメなんだなあと思っていました。

一年ほど前、武部利男の訳した「白楽天詩集」を手に取る機会がありました。
この本にはじめて出会ったのは高校生のときでした。
学校を休んだ日に古典の授業で配られたプリントに、ひらがなばかりの詩が刷られていました。
武部利男の訳した「長恨歌」でした。
興味を惹かれて、「白楽天詩集」を読みました。

そう、考えてみたら、ちゃんと読んだことのある詩集が、ほかにもあったのです。

去年、たまたま図書館でこの本を見つけて読み返しました。
その後、ちょこちょこと漢詩の本を見つけては読んでいます。

漢詩は、とくに絶句や律詩は、厳然とした韻文です。
平仄や脚韻、対句など、いろいろこまかい決まりがあります。
でも、読める。
それどころか、最近はちょっと気持ちの落ち込むことがあると、「あの詩でも読もう」と思うほどです。

なぜなのか、と、自分のblogでもいろいろ考察してみました。
韻文かどうかは関係なくて、おそらく「好きな字がならんでいる」というのがいいのだろう、と思っています。

詩は、朗読したときの効果が重要です。
漢詩にかぎらず、韻を踏んだり平仄があったり音節がいくつであるという決まりがあったりするのは、読んだときの調子を考慮しているからです。

漢詩には、さらに、ぱっと見たときの字面のうつくしさがあります。
気に入った字のならんでいる詩は、やはりいい。
書き写すのも気持ちのいいものです。

「歩出夏門行」抜粋

 

 

 

 

 

二月に東京国立博物館に「書聖 王羲之」展を見に行ったとき、「世説新書」に王羲之のおじさんが酔っていい気持ちになると魏武の詩を吟唱したらしい、ということを知りました。写真はその詩の一部です。

うーん、四文字づつ横にならべて書いた方がいいですね。
その方が黒い部分の多い字と白い部分の多い字が交互にならぶ感じが出るのです。

そんな感じで漢詩を見ていくと、たとえば杜甫はちょっと全体的に黒っぽすぎるし、かといって白楽天は白っぽすぎるような気がしてきます。

内容のことをいうと、好きな詩には友人と別れるときの詩が多く、またお酒にまつわる詩にもお気に入りが多くあります。
内容はもちろんですが、いまは「この詩人の字面が好き」「この詩の字のならび方、サイコー」という感じで楽しんでいます。

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Profile: An experienced novice knitter, crocheter, tatter and spinner. Love Kabuki and tenugui, a kind of long hanky.

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