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【お題】世間から遠ざかる

Posted on 22 4月 2014 by

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<テレビをだらりと流さない>
帰宅したらテレビのリモコンを持たなくする。部屋が静かになる。雨音や風の音がよく聞こえる。集中できるようになる。何か熱中するものを見つける。会話を楽しむようになる。

<休憩時間は職場を離れる>
仕事と離れて気持ちが落ち着く。食べ物の味を楽しむ。仕事では接点のない人と出会う。食堂のおばちゃんと仲良くなる。心に残るおバカな話をするようになる。

<なんとかミーティング、あるいは飲み会等に出ない>
他人に気を使わなくなる。喋りすぎなくなる。自分の時間が増える。懐があったかくなる。会いたい人にピンポイントで会うようになる。共通の話題がわからなくなる。関わりたいかそうでもないかの境界線が見えるようになる。人を傷つけることに自覚的になる。

<ひとりで遠くへ行く>
日常的には行けないところに行くのはわくわくする。気になるところがあったららすぐ寄れる。その場所のことをより深く知るようになる。友達がもてなしてくれる…!(居れば)

「世間」の感じ方は人それぞれなので、その分遠ざかるイメージはそれぞれにあるのだろう。
私の場合のイメージを列挙してみたけれど、世間から遠ざかっているのか、世間が私から遠ざかっているのか、これがいわゆる「ぼっち」ってやつなのか、その辺が結構曖昧な様相である。

一方で、必要に迫られてコミュニケーション過多になると、遠ざかる動きは自分の中のバランスとして必要なものになり得る。また、世間と呼べそうなものにしっかり属している方にとって、世間から遠ざかる者は外れもの扱いとなり、それはそれで世間にとっての役割のひとつと言えそうである。

世間から遠ざかるイメージが、すっかり今の自分の行動に近いものだったことに気付いて、また少なからず自覚的に振る舞っているところもあることは否定しない。そういう場所から思うことは、世間から遠ざかることはそこまで恐れることではないということ。むしろ、ひとりをよく知ろうとするには多少離れていた方が都合がいい。そして、自分のとりまく環境は自分を作るものなので、ちゃんと整えた方がよいとも思う。

…ここまで書いたけれど、でもこれって結局、どっぷり世間様に入れていただいていた時期があるからこそ思えることなのだろうなあ、と思います。悩むくらいなら、自分は自分でいいんだよって言いたいところですが、きっと伝わらないのだろう、と。

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Profile: 千葉県在住のピーナッツ娘です。 日々地味な仕事で色々なものを支えています。 今までの楽しいことも、これからの願い事も、ノートに詰め込みすぎて少しパンク気味。 若干浮遊する程度の幸せを意識したい。気持ちは帰宅部。 ライフワーク→声楽、趣味→写真撮影(NikonFが好き、iPhoneも好き) メインノートはモレスキン。

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