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何にも思いつかない夜と「ノートする」の関係

Posted on 09 12月 2014 by

題名のとおりの現象に追い込まれ、それならば、そもそも記事なんて書かなくても良いのではないかというもっともなツッコミを頂きそうな状況でございます。

記事を定期的に書かせて頂くのは、皆さまがノートを日々書くことと似ています。
多分、ノートを持ち歩かなくなったり、開かなくなったら、ノートを書くことを…ノートする、そのやり方を遅かれ早かれ忘れてしまうでしょう。忘れてしまえば、それは例えばモレスキンとダイスキンの違いについて真剣に考えてしまったり、熱心に他人のノートの使い方を研究して自分の使い方に落とし込んだりすることも、どうでも良くなってしまうのかもしれません。

ここで、こんな元も子もないことを言ってまで、何を伝えたかったかというと、ノートする…何らかの形で綴じられた紙に何かを記録するというのは、今起こっている何かを未来の自分、あるいはそれを今後見る誰かに伝えるためで、要は今の自分のため、ということではない。記録が、今まで生きて来た自分の証左なのだと言えるなら、ノートは今までの自分そのものなのかもしれないです。

道ばたで多重CFの作り方について話していたときのメモ

道ばたで多重CFの作り方について話していたときのメモ

だから、ぜひ、ノートしましょう。
エンジョイ。

(このことばで締めることになるなんて…でも今なら、少しだけこう書くニュアンスがわかるような気がします。)

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Profile: 千葉県在住のピーナッツ娘です。 日々地味な仕事で色々なものを支えています。 今までの楽しいことも、これからの願い事も、ノートに詰め込みすぎて少しパンク気味。 若干浮遊する程度の幸せを意識したい。気持ちは帰宅部。 ライフワーク→声楽、趣味→写真撮影(NikonFが好き、iPhoneも好き) メインノートはモレスキン。

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