「わたしの答えに抵抗があるならば、抵抗を続けてください」蔡國強展『帰去来』で狼たちに遭ってきました。

Posted on 07 10月 2015 by

です。Notebookersの皆様、いかがお過ごしでしょうか。
去年の今頃はどんなことをしていましたか。

去年の今頃、わたしは『百年の孤独』を読み終わり、どうにも手放しがたく、しばらく持ち歩いて、ちら読みし、ノートブックに書きつけて、と、していました。

そんで。
横浜トリエンナーレで、メルヴィン モティのインスタレーション ”No Show” を見て、爆泣きしたのも同じ頃でした。
そして今年もまた。
見てきました。蔡國強展『帰去来』

。蔡國強展『帰去来』

蔡國強展『帰去来』


えー、いつものアレから始めます。
映画『SMOKE』(小説では『オーギーレンのクリスマスストーリー』)で、主人公オーギーレンは毎日8時(小説では7時)に自分のお店を撮影します。こういう撮影を『定点観測』というのだそうです。同じ場所でも、陽の光、空の色、雲の形、通りすがるひとたちは全て違うもので。
オーギーレン、作中では『時間を撮る煙草屋』と言われています。
一枚だけで完成ではなく、撮り続けて何枚もあること、これからも続けていく、という、未完成の作品、と言えばいいのかなあ。
過ぎていく時間、それを全部見ていたいけど、それは無理なのせめてその一瞬を同じ場所で切り取り、同じ一点への愛情、そこを自分が見つめていた証明、みたいなものがわたしは好きなのです。

そんで。
札幌芸術の森 野外美術館に『北斗まんだら』というインスタレーションがあります。
モミの木がメインなのですが、これは育っていく作品なのだそうです。
野外美術館ができた時に、モミの木が植えられて、それから、何年かの間、もちろん、イミテーションの木ではないので、成長します。その成長も見込んでのインスタレーションなのだそうです。
(というか、野外美術館にある作品は、野外にあるので、雨のシミがついたり、葉が落ちたり、虫が住みついたり、そういうことも見込んでの、野外に置いている美術品なのだそうです)
年々、その姿を留めることなく、成長していく、葉が枯れたり、落ちたりしていくインスタレーション、すごいなあ、いいなあ、と思った覚えがあります。

そして今回。
今回は『火薬絵画』という新しいものを見まして。
今回、初めて見て、知ったのですが、これもまた、ものすごく好きになりました。

えー。
横浜美術館までの道のりは、さして何ごとも起こらず。
ただ、こーゆーことはあったのですが。

旅ノート#01

旅ノート#01


トリエンナーレを見た美術館でした同じ場所でしたハハハ。

◆ ◆ ◆ ◆

今回の蔡國強展『帰去来』ですが、以下、引用。

タイトルの「帰去来」は、中国の詩人、陶淵明(365-427)の代表作「帰去来辞(ききょらいのじ)」から引用しています。官職を辞して、故郷に帰り田園に生きる決意を表したこの詩は、現実を見つめ、己の正しい道に戻り、自然に身をゆだねる自由な精神を謳っています。泉州から日本を経てニューヨークへ渡り、華々しい活動を続ける蔡が、アーティストとして自由な創作を開始した日本という原点に戻るという意味が、タイトルに示されています。また、同時に人間としての原点への問いも含まれています。

本展では、日本初公開となる近年の代表作《壁撞き(かべつき)》のほか、日本の風景や伝統美に取材した大規模な火薬による平面作品と、テラコッタによるインスタレーションが新たに制作され展示されます。蔡の作品は、動植物に象徴される自然と人間との共生、複雑な社会における人間性への問いかけなどの様々な読み方を促してくれます。それは、紛争や対立が絶えない現代にあって、示唆に富んだものとなるでしょう。
老若男女にかつてない驚きと発見をもたらしてくれる蔡國強の世界。今年、見逃すことができない展覧会です。

とありまして。
火薬による平面作品? 火薬? 火薬で絵を描くの? と、どういったものがまったく想像できず。
見てみるまではわかんないなー、と思いつつ、えー、横浜美術館へ。
(ここだけの話ですが、美術館正面に来て、初めて、あー、トリエンナーレ見たところだー、とわかりました)

入ったところのグランドホールに大きな絵があったのですが、ふらふら、と見に行こうとしたら、「入口こちらですー」とおねーさんに声を掛けて頂き、えー、入口へ。
そんで、階段を上ったところに、最初の部屋がありまして。

第1室『人生四季』
いきなりのお子様禁止の一枚でした。
えー、入る前に『性的な表現があるので、お子様連れの方は〜〜』と、注意書きがあるような、そういう絵。

江戸時代後半の上方の絵師 月岡雪鼎(つきおか せってい)が描いた春画『四季画巻』からインスピレーションを得て描かれた(というか、バクハツさせた)絵だそうです。

一枚目の『春』の絵。
見て、第一印象が『質量』でした。
なにか、ものすごく大きなものが どん と鈍く押し寄せてきたような。
描かれているのは、えー、古代の歌垣の、そのー、おひと組様、というような絵だったんですが。
わたしには、セクシャルともセンシャルとも見えず。
戦場とか、焼け跡とか、そういった場所での、本能的ギリギリのところの睦み合いのように見えました。
(直前まで、新幹線で読んでた本がそういう本だったから、そういうコトを思ったのかも知れないですが)
ふたりとも、坊主頭なので性差がない、ないように見えて、そんで身体もまた絡み合っていて、どちらの身体ともはっきりとはせず。
局部が赤に塗ってあった(というか、火薬で焼き付けられていたんですが)んですが、これもまた弾ける、炸裂するような色、というか、効果で、ますます、そのー、募る戦場感(なんだその言葉は)。
その背景の方は、(わたし的にはわかりやすく)素晴らしかったです。焼き付けられた黒のグラデーションとか、花のくっきりとした白さとか。
ただ、この時点でもまだ『火薬絵画』というものがどんな風に描かれたものなのか、わかっていませんでした。
(絵のそばで、火薬を爆発させて、その火花を焼き付ける? くらいの何とも呑気なことを想像していました)

人生四季 春

人生四季 春(左半分)

人生四季 秋

人生四季 秋(右半分)

第2室『春夏秋冬』(陶器)
こちらは同じく火薬を使って焼き付けた陶器の作品でした。
中国の陶器職人さんとのコラボレーションで、職人さんが作った陶器のタイルに、火薬を焼き付けてつくるというもので。

『春』
この第一印象は『流れ 動き』でした。
陶器の細工は、本当に繊細で、美しいものでしたが、それよりも、その上に焼き付けられた黒い火薬の跡が、やっぱり印象に残りました。
動くはずのない作品ですが、蝶が飛んでいるその方向、焼き付けられた火薬が風の流れのように見え、何か種子のようなものが流れている、動いているようなイメージで。

そんで二枚目の『夏』
花が咲いて、魚もいて、トンボや蝶も飛んでいて、夏の絵の中にあるものの、境界がほとんどなく。
コレを見た時、「あー、これは蔡氏が見た(見えた)景色なんだ」とわかりました。
このひとには「こういう風に夏が見えてるんだ」と。

それがわかった時、両手を拡げて、その絵を抱き締めたくなりました。
京都でフェルメールを見てきたんですが、その時でさえ(あれだけ好きなフェルメールでさえ)抱き締めたいとは思わなかったんですが。なんだろう、この、自分に近い、というカンジ。距離感の近さ。

同じ室にこの陶器の『春夏秋冬』のメイキングフィルムが流れていました。
陶器のタイルを床に並べて、火薬を撒く、その手がほんとうに美しかったです。

これはそのメイキングフィルムではないのですが。
《春夏秋冬》 横浜美術館 蔡國強展:帰去来

その次に見たのが、火薬絵画の方のメイキングフィルムでした。
こうやって描いてるのかー! と、ものすごい発見でした。
手順としては
1)下絵を描く(かなり太い線?)
2)その下絵の線を切り抜く
3)和紙とかキャンバスの上に、その切り抜いた下絵を乗せる
4)火薬を撒く
5)下絵を外して、導火線を配置する。
6)その上に厚紙などでフタをして、煉瓦や石の重石を置く
7)点火!
8)消火!(「消して消して!」という蔡氏の声が入ってました)
9)フタの厚紙を外して、細かいところを線香などで、焼き付ける
たぶん、これで完成かと。
えー、火薬絵画、使うものが火薬なので、ひとがコントロールできない、偶然性が高い、考えてどうこうはできない、絵なのだそうです。そして、そういうところは、とてもアジア的なんだそうです。

なんというか。
わたしは、美術館とか博物館がとても好きで、常設展も好きで、特別展のない日でもふつーに行きますが、それでも、行くたびに発見があり、知らないことが増えるばかりで。
『知らないことがこんなにある、まだまだある』世界への入口であり、扉だなあと、いつも思います。

Notebookers的には、やはりメモを取りつつ見ていまして、印象的だった蔡氏の言葉として
「(表現者は)時間を止めて、さびしさ、つらさ、喜びなどを表現できるのが幸せなことです」
と、さびしさ、つらさ、喜び、と、この順番になっているのが、なんだか切なかったです。

これも美術館で上映していたメイキングフィルムではありませんが。

蔡國強 火薬ドローイング爆破制作@横浜美術館

美術館の建物として、位置的には『春夏秋冬(陶器)』と、このメイキングフィルムの部屋の間に、例の(わたしが今回、一番見たかった)狼のインスタレーションの部屋がありまして、その入口から、そのブツがちら見えしていて、すごく気になってたんですが。

そんで。
どきどきしながら、第3室『壁撞き』の部屋へ。

『壁撞き』

九十九匹の狼の群れが空中を駆け上がり、見えない壁に激突するという意匠のインスタレーションです。
室に入って左には、すぐガラスの壁があり、狼たちが落ちて、折り重なっていました。
右を見ると、これから壁に挑む狼たちがいました。
わたしは右に進みました。
狼の群の中を歩くのは楽しかったです。
飛んでいる(飛び上がっている?)狼たちの顔、腹部、が、ずっと続いていました。
壁にぶつかって落ちたけど、また列につこうとしている狼もいて。
遠吠えをしている狼もいたりして。
その遠吠えしている狼の横に屈み込み、じーっと見ているお客さんもいました。

えー、狼たちの足がまだ地面についている辺りまで来て、振り向くと、狼たちの背中が見えました。
その瞬間だったんですが。
狼たちは、壁を飛び越えたいのか、崩したいのか、その目的はなんだろう、と思い浮かび、そして、あー、わたしもこの中の一匹になりたい、一緒に飛んで、壁にぶつかって、それでもまだ挑む、何度でもそれを繰り返したい、と思いました。

その群れが途切れる辺りに、作品解説がありました。
それはここでは書かないので、ぜひ、ご自分で、実物を見て、知って下さい。

ちょこっとだけ解説からーー
ガラスの壁は、展示会ごとに作り直されているそうです。
(展示が終わったら廃棄するのだそうです)
そんで、壁の高さ、狼の位置など、展示会ごとによって、少しずつ違うのだとか。

蔡氏にとって、九十九匹、九十九という数字の意味は『持続性』『完結を知らずに先に進むこと』であり、狼は『共同体意識』『英雄的精神、勇気』の象徴なんだそうです。


《壁撞き》 横浜美術館 蔡國強展:帰去来
わたしは、留まらないもの、ひとつの姿ではないもの、ひとの考えや力ではコントロールできない偶然、から産まれるもの、が好きなのだなあ。

何度も何度も、狼の間、ガラスの壁の間を行き来し、名残惜し過ぎる思いを振り切って、わたしの一部を置いて行ければいいのに、などと思いながら、美術館を出ました。

◆ ◆ ◆ ◆

その後、トラベラーズファクトリーに行って、買い物して、アアルトコーヒーを飲みながら、『帰ってきた『どっちかにしなさい』』をツイッターに上げたりして。


あと、香港からきたおねーさんと少し話をしたりしてーー

お店から出る際に、スタッフのおねーさんに「また、お越しくださいねー」と言われて、ああ、旅ってこういうことなんだと、もうそれだけで泣きそうになったり。

◆ ◆ ◆ ◆

実は二日目も、やっぱりもう一度見て帰りたい、と、もう一回行った、見た、とかあるんですが。
実はもう一回くらい見たいです。あの狼たちの間を歩きたい、狼たちの後姿を見たい、です。

二日目の最後の最後に見たのが『夜桜』という絵でした。
グランドホールにあります。
白い夜桜で、そして左上に大きなフクロウがいて、こちらを見ていました。
全体的に白い画面ですが、あ、夜だな、とわかりました。桜の咲く頃の特有の、生ぬるい夜気が香り立つようでした。

桜の、咲いて散るいさぎよさと、火薬絵画の、偶然性、刹那さが共通しているんだそうです。
桜のような、風が吹いたら散るような儚いものと、ーーなんというのだろう、火薬のような(イメージとして)暴力的、破壊的なものに共通点を見るというのは、すごいなあ、と。
蔡氏は、だから『火薬』がそういう『破壊するもの』ではなく、何かを創り出せるものでもあることを広めたい、と、図録に書かれていました。

メイキングフィルムで、今回の展示を、横浜のボランティアのスタッフさんと一緒に作品を作っていまして。
なんていうのだろう、蔡氏の頭の中で、作品(の下絵)ができた瞬間から、実際に下絵を描く、スタッフさんと共同作業をする、仕上げをする、展示する、公開する、と、その一連の流れぜんぶ、作品のみならず、それを作った時間も含めて、蔡氏にとって『作品』なのじゃないかなあと思います。

わたしは時間の流れを思わせる作品が好きなのかなあ。

◆ ◆ ◆ ◆

最後に、図録から、谷川俊太郎さんの詩『三つのイメージ』の一節を。

あなたに生きつづける人間のイメージを贈る
人間は宇宙の虚無のただなかに生まれ
限りない謎にとりまかれ

人間は岩に自らの姿を刻み
遠い地平に憧れ
人間は互いに傷つけあい殺しあい
泣きながら美しいものを求め
人間はどんな小さなことにも驚き
すぐに退屈し
人間はつつましい絵を画き
雷のように歌い叫び
人間は一瞬であり
永遠であり
人間は生き
人間は心の奥底で愛しつづける
あなたに
そのような人間のイメージを贈る

「わたしの答えに抵抗があるならば、抵抗を続けてください」
蔡國強展:帰去来 アーティスト・トーク 横浜美術館 本人が語るトークライブ Cai Guo-Qiang
https://youtu.be/QztCmafNmWA

蔡國強展『帰去来』
公開終了しましたー。
2015年7月11日(土)~10月18日(日)
横浜美術館
〒220-0012
神奈川県横浜市西区みなとみらい3丁目4番1号
TEL:045-221-0300(代表)(10時~18時 木曜休館)
FAX:045-221-0317

10月24日 追記◇◇◇
えー、会期終了になったため(だと思われます)、トークライブの動画が見られなくなっています。
わたし、もうこの動画、ずっとBGM代わりに聞いていたので、とても淋しいです。
せっかくなので、ノートブックにこそこそっと書き付けたことをここに残しておきます。
(聞いた言葉をそのまま文章にしたワケではないです。適宜、せらの言葉になっております)

マルコポーロがフビライハンに、元に来るまでに訪れてきた他の国、見たものを、何日もかけて話して聞かせたそうです。フビライハンは「君は、たくさんの国の話をしてくれたが、なぜ自分の国のことは話さないのか」と訊ねたそうで。
マルコはこの問いに対して「私が語った全ての物語は、自分の街のことも反映しています。なぜなら、私はどの国に行っても、自分の街をひとつの鏡としてその国の特徴を見てきました」と答えたそうです。

何かオモシロいと思ったこと、興味を持ったことをひとに話す時、自分のことも話しているのだなあ、と。

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Profile: あなたと一緒に歩く時は、ぼくはいつもボタンに花をつけているような感じがします。

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