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見て育ったもの Kyrie

Posted on 24 1月 2016 by

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見て育ったもののことが気になったのは、初めて高知の桂浜で太平洋を見たときだった。

「多島美」と称される瀬戸内で育ったので、こんなに壮大に横たわる水平線を見たことがなく、
「わぁ、こがぁなん見よったら、この海の向こうになにがあるんか、気になるよなぁ、坂本先生!」
と、心の中で龍馬さんに話しかけた。

私の中の海は、穏やかで水面はキラキラしていて大小様々な島が点在するものだった。
なにもない、だだっぴろく、空と海の間に遮るものはなく、一本の線が横に引かれているものではなかった。
「水平線は実はちょっと曲がっている。それは地球が丸いからだ」というのを、
子どものときの「ものしり辞典」か何かで読んで、知っていたので、
それを確認できたときも、「おおおおお!!」と思った。

それから、私は「その人が何を見て育ったのか」が気になるようになった。
もし、坂本龍馬が瀬戸内海を見て育ったら、あんなふうに考えるようになったんじゃろうか?
私は、違ったんじゃないか、と勝手に想像する。

広島市の沿岸部は、南が海でそこに6本の川が流れ込み、北側はぐるりと山に囲まれている。
なので、博多に行ったとき、北に河口があるため、体内方位磁石が狂ってしまい、
「えっ?えっ?海があるのに北?は?どういうこと??」
とすごく戸惑ったことがある。
逆に私のようなタイプの人が広島に来ると、同じようになるかもしれない。

私が東京に行き、東京タワーから見渡すと
「すっげぇ~!!山がないよ!平野だよ!関東平野、ひろーい!すごーい!平野~!!!」
と、ひとり興奮していた。
広島にはこんなに広い平野はない。

福島で磐梯山を見せてもらったとき、
「住んでいる場所によって見え方が違うから、『これが自分の磐梯山だ!』というのがあるんだよ」と教えてもらった。
きっと同じことが富士山でもあると思う。

 

見て育った風景、もの。
それらが、人が育つときにどんな影響を与えるのか、
それがどんな要素になり、その人を形成するものになっていくのか、気になる。

私は何度か引っ越し経験はあるが、全部広島市内で終わっている。
おそらく生まれ育ったところから離れたことのある人は、見て育ったものをより強く思い出すのかしら。

見て育ったものについて語ってもらうと、その人のことがもっとわかるのかもしれない。
焚き火に当たりながらそんなことをぼつぼつと話すのを聞いてみたい。

 

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Profile: 広島生まれ広島育ち リュックを背負って、カメラとノートブックを持ってどこかに行くのが好き 2006年にスペイン巡礼に行きました Twitter → @sala_ky blog → Kyri*ate

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