2016年◎アドベント4週目〜ただ愛と光をその境とするところ

Posted on 23 12月 2016 by

帳総選挙の結果が発表されました!

1位がなんと、TONE REVERSAL DIARY でした!
すごく嬉しいです。わたしは、黒一色ノートブックとか、黒一色メモ帳が好きでいくつか持っていて、使っているんですが。
神戸の総選挙の時に、スタッフさんに説明を伺って、あー、そうなんだーと思いました。
こちらの記事でも(冒頭でちょこっとだけですが)書いていますが、もともとは視力の弱い方向けの手帖だそうで、そのために黒一色、大きめのサイズ、月日と曜日だけのシンプルなつくりになっている、ということで。
そして、関東の開催時にテレビの取材があったそうで(TONE REVERSALの取材で)(「手帳総選挙のためじゃなかったんですよ」とのことでした)、もっと「こんな手帳があるよ」と広まって、本当に必要なひとに届いたらいいな、それでこの手帳を使うひとがもっと増えたらいいな、と思いました。
すごく嬉しいです。(株)アーチャレジー様、おめでとうございますー♪

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前振りは前振りとして。
えー、アドベント4週目です。
前々回の記事はコチラ>>受胎告知編
前回の記事はコチラ(2週目と3週目は同じ記事だから2記事でいいのです)>>羊飼いと博士の礼拝
4週目は『キリストの生誕』です。
馬小屋で生まれたキリストを、羊飼い、博士たち、天使たちが囲み、礼拝している、と、そういう場面です。

えー。4週目の記事を書こうと思って、下調べをしていて気付いたんですが。
『羊飼いたちへのお告げ』と『東方の三博士(がベツレヘムを目指す)』絵はともかくとして。
『羊飼いたちの礼拝』『博士たちの礼拝』では、もうキリストが生まれているんですね。
生まれているけれど、それでも4週目『キリストの生誕』(なんだかこの企画、雲行きが怪しい)
そして、聖書の言葉も、羊飼いたちは羊飼いたちでキリストを拝み(ルカによる福音書)、博士たちは博士たちで贈り物をして礼拝している(こちらはマタイによる福音書)。
羊飼いたち、博士たち、天使たちが一緒になってキリストを拝んでいる、という表記はない、っぽいです。

どうやって収拾を付けようかと思ったんですが、だからこそ自由に『わたしの好きな』アドベント4週目の絵『キリスト生誕』を紹介したいなあ、と。

『幼子イエスの礼拝』ヘラルト ファン ホントホルスト

『幼子イエスの礼拝』ヘラルト ファン ホントホルスト 1620年


左のふたりは天使だそうです。
マリアの顔を照らす光の感じがとても好きです。
(たぶん)キリストの生誕の絵としては、とてもシンプルで、背景、馬小屋という表現もなく、人物も、マリア、ヨセフ、ふたりの天使、と少ないですが、キリストを光源として、その光がマリアと天使たちの顔を照らし、その表情がとてもやわらかくていいなあ。

同じくファン ホルストのもう一枚。

『羊飼いの礼拝』ヘラルト ファン ホントホルスト

『羊飼いの礼拝』ヘラルト ファン ホントホルスト 1622年


こちらも背景がなく、羊飼いたちがキリストを拝んでいる、その光に対して眩しそうにしている、(1622年でもそうだろうけど)キリストが生まれたこの時代は、夜は、ほんとうにこのくらい暗かったのだろうなと思う。その暗さに対して、キリストが光を放つ。それは、絵画としての光源であり、また、世界を照らす光、という意味でもあるだろうなあ。
(タイトルが “Adoration of the Shepherds” なので、ひ、羊飼いの礼拝…)

『キリストの降誕』コレッジョ 1522年 祭壇画

『キリストの降誕』コレッジョ 1522年 祭壇画


羊飼い、天使たち、女性(出産を手伝った女性?)、マリアとヨセフ、そしてキリストが描かれています。
この絵もキリストが光源になっています。と、いうより、この絵が後世の画家たちに影響を与え、キリストを光源とする絵が描かれた、とされているようです。
マリアから右半分ほどが、ほぼ暗闇で何も描かれていないのに対し、マリアの腕の中にいるキリストから光が放たれていて、そのほの明るさがとてもいいなあ。
(わ、わたしは背景が暗い絵が好きなのか…)(や、闇が深ければ、光もまた際立つ、ということで…)

(日本の話ですが)平安時代の夜は、本当に「何も見えない」くらいの暗さで、だからこそ夜は恐ろしいものだった、というような話を、以前、読んだことがあるのですが。
こういう絵を見ていると、光は本当に恩寵なのだなと思います。

そして。
「先生、お願いします!」的にカラヴァッジョから。

カラヴァッジョ『キリスト降誕』1609年

カラヴァッジョ『キリスト降誕』1609年


この闇の深さ、黒の密度の高さ、いいなあ!
そしてキリストも光を放っていますが、額に少し光があるくらいで、マリアを照らすには届かないような光で。
なんていうのだろう、黒で塗りつぶされてはいるけれど、その空間にあるもの、ないものまで想像してしまう、そういう絵です。
光と影のコントラストを強調する美術の手法があるんですが、それよりも『もっと強調した手法(雑な説明)』なんだそうです。
(どうだろう、(上記にも書きましたが)光と闇を強調云々というより、当時の暗さ、灯りのなさ、は、このくらいが普通だったんじゃないかと)
そして、マリアの表情がなぜか雲っている(てか、このマリア、やたらコケットだな)。

コレッジョとカラヴァッジョを並べてみると、こういうカンジに。
聖母の表情が対照的。

コレッジョとカラヴァッジョ

いかがでしょう。

カラヴァッジョ『羊飼いの礼拝』1609年

カラヴァッジョ『羊飼いの礼拝』1609年


(もともとシチリアの教会にあったのですが、なんと1969年に盗まれてしまったそうです)
こちらは『キリスト降誕』よりは(やや)明るい。

マリアが憂い顔をしている。(え、こういう絵描いて大丈夫だったのかカラヴァッジョ)
(大丈夫じゃなかったから、依頼主から引き取り拒否とかトラブルがあったそうです)
カラヴァッジョには、キリストが生まれた時、マリアは手放しで喜べなかった、という思いがあったんだろうなあ。その思いはどこから来たんだろう、とか。
絵は(というか、絵でも音楽でも表現するものは何でも)、その描くひとを描く、のだと、以前、横浜トリエンナーレでものすごく感じました。
モチーフは何を選ぶのか、何を選ばないのか。
色は、塗り方は。
何を細かく描き込んで、何を省略するのか、
例えば、白い絵の具だけをキャンバスに塗った絵であったとしても、画家Aと画家Bでは、まったく違うものであり。
それで言うなら、カラヴァッジョは、救い主が生まれた喜ばしい夜の絵で、憂い顔の聖母を描くことを選んだ。
わたしは、より『そういう絵』に惹かれるなあ。

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えー。
せっかくのクリスマスなのだから、最後は、せ、正統派の一枚で。

ギルランダイオ『キリスト降誕』1485年

ギルランダイオ『キリスト降誕』1485年


キリストの生誕を祝い、たくさんのひとが集まる絵です。
マリアがとても初々しい。透明感のある美しい聖母として描かれています。
(というか、やっぱりこういう明るい絵は、…キリストが光源にならないのだな。そうか。当たり前だけど)
(コレッジョやカラヴァッジョの絵の方がホッとしませんか)(同意を求めるな)
え、えーと、ロバと牡牛は、キリストが生まれた時、礼拝にやってきたという伝説があって、降誕画にはお約束のモチーフなんだそうです。

右手後ろに子羊を抱いている人物がいます。子羊は、やはり、キリストの未来、受難を予告する象徴なのだそうです。
なんというか。こう、キリストの生誕を待ち望む4週間、その週ごとに割り当てられた物語があり、美術として表現され。
救い主の誕生を祝うと同時に、キリストの受難、十字架にかけられ処刑される運命を、くっきりきっぱり描き込む。
(そういうことを描いていないカラヴァッジョの絵はなんと優しいのか)
(そして、なんでわたしは、そーゆー小昏いことばっかし注目するのか)
(ですが、キリストは、小昏いことばかり注目するような者を救うためにお生まれになったのだと信じて)
皆様、ドウゾ良いクリスマスをお過ごし下さい。

■■■おまけ

「ただ愛と光をその境とするところ」   ダンテ

□□□おまけ2@変化球。



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