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【机上で行われる行為】 #01 ボードゲーム タカヤ・モレカウ

Posted on 04 6月 2017 by

最近、とある本を読んでいて面白いなぁと思ったのは、「だるまさんがころんだ」をさらに面白くしてみるという内容だった。
まず「だるまさんがころんだ」の曖昧な部分となっているルールを指摘していた。

【問題点】
①終了条件が曖昧になっているため、繰り返し行われる際に飽きてしまう点
②鬼にタッチをした担当者に対する「小さなごほうび」が用意されていない点
③大股〇歩、小股〇歩と、子が鬼の歩数を  指定するところ(つまり、子から鬼に条件を与えるためタッチすることができないことがある)

【解決方法】
①全員が鬼をプレイしたら終了。もしくは特定のポイントをクリアした際に終了とする。
②ポイント制にする。子は鬼にタッチをした際に1ポイント、鬼は決められた歩数で子にタッチができた場合1ポイント。
もしくは全員を捕まえることができたら数ポイントなど鬼に大量得点のルールを与えるのも面白い。
③鬼の歩ける特定の歩数を「大股10歩、小股20歩」と予め決めておく。

アレックス・ランドルフの 「すべての遊びは進化の途中であり、進化の連続から新しいゲームが誕生する」 ということばで締められていた。こういうの、読んでいるだけで興奮してしまった。「だるまさんがころんだ」に類似した遊びは世界にいくつもあり、ドイツでは”Ochs Am Berg(山の牛)”、イギリスでは「Green Light Red Light(青信号赤信号)」というゲームで、どちらも親が後ろを向いている間に近づいてタッチする遊び。日本の遊びではなぜか皆が鬼になるのを嫌がる傾向があるが、ヨーロッパでは鬼に自由な特権が与えられており、どちらかというと鬼になりたがる人が多いらしい。

僕はこのような、人が「楽しいと感じる」システムに興味があって、いつもダイスを持ち歩いている。小さなころ、親が僕をおもちゃ屋さんに連れて行って、お誕生日だから好きなの買ってあげると言ったんだけど、しばらく悩んだあげく僕は一番小さな70円のサイコロがショウウインドウに入っているのを見かけてそれを買ってもらった。人生で初めて能動的に手に入れたおもちゃである。安上がりな子供で親も安心したと思う。

 

 

しばらくはダイスを転がしながら、1~6の目がランダムに出るのが不思議でしょうがなかった。ばあちゃん家のアパートの外階段でサイコロを転がしていると、興味を持った近所の子供が話しかけてきてルービックキューブを教えてくれたのを今突然思い出した。
ある程度大人になった今でも、23種類の順位をダイスひとつで抽選するには?とかダイスひとつで平文で暗号と複合を成してみるとか、ダイスをn回降った時にp回だけ特定の目が出る率 (※上図:一番左側の “p” は正しくは “P” です。nCmの部分はコンビネーションの公式です。)とか、自分で問いを作ってそれを机上で解く道具として使っている。ダイスはひとつの考えごとを提供する文房具だと考えている。

小さなころのファーストインプレッションというのは大人になっても継続するもので、ダイスひとつで退屈しない大人になったなぁと思う。楽しいと感じるシステムについて考えるのが楽しい人は、サイコロひとつ持ってても楽しいのだろうと思う。これらの楽しいと感じるシステムはどこか遠くの時代に、世界の誰かがつくったものだ。それがダイスを通じて今の僕に届いているということを想像すると割と興奮する。世界の誰かが考えたものが、道具を通じて、小さな文化となって伝わっていくというところにドラマチックさを感じる。


最近ではすっかりスマホやコンシューマのゲーム機が有名になってしまったけれども、たまには誰かとひとつのテーブルを囲んで、アナログなゲームもお勧めする。誰かが作りあげた画期的な「楽しいと感じるシステム」がたっぷりと詰め込まれていると思う。ドイツではボードゲームの生活における比重が全く日本と違う。毎年ドイツで10月ごろ行われるボードゲームの祭典「Essen Spiel」では毎年数十万人が世界中から訪れ、40か国600ブースを超える出展、そしてイベントが行われるエッセン市ではまるごとゲームのお祭りの様相をほどこし、街のあちこちでボードゲームの世界大会が行われるといった状況で盛り上がっている。

ボードゲームには、テーブル上に公開された情報のみで遊ぶチェスや将棋や囲碁のようなアブストラクトゲームと言われるものもあるが、不思議なことにドイツでは敬遠されるようだ。また、すごろくを代表するただのレースゲームのような、操作する情報が運のみのゲームも敬遠されるようである。
つまり、ドイツのボードゲームは他プレイヤーとの相互に関わる要素「交渉、競り、交換、対戦」が程よくミックスされ、コンポーネント(駒やマーカーの類)が木製で立体感があり美しいものが好まれ、雰囲気満載のボードが扱われることが多い。日本では「ドイツのボードゲーム」もしくは「ドイツゲーム」と呼ばれるこのジャンルは当のドイツではSpiel(シュピール/遊び)と呼ばれる。デザイナーが重視されており、箱やすべての広告にデザイナーの名前を冠して販売されることが多い。これは日本で言うところの出版物に似ている。つまり著作者が出版社を変えて本を出したとしても本が売れる仕組みと同じだ。デザイナーの名前が看板となっている。
ドイツのボードゲームのデザインは、ゲームのテーマから入る人と、システム構成からデザインを始める人がいるらしい。複数のアイディアを重ねていき、最終的に出来上がったものを何百回と繰り返しテストプレイを行う。ここで作品をマッシュアップしていくのである。

「よくチェスをやるのかい?」
彼は部屋に置かれたチェスボードに目をやり、たずねた。
「ノー、よくってほどじゃない。たまに1人で駒を動かしながら考え事をするんですよ」
「チェスは、2人でやるんじゃないのかい?」

ボードゲームについて人と話していて思ったことがひとつ。
複数の人数でプレイすることも楽しいのだけど、一人で考え事を楽しむ道具でもあると考えている。ヘッドフォンやノートブックやそしてボードゲームも、結局のところひとりで楽しむ道具のように感じている。自分の考えというものは、誰か他人に話すことでそれが楽しいことであるか判断できるんだけれど、一人で考えたことを誰かに話すための道具、そういうものも世の中には存在している。

最近はノートに、ボードゲームの中で自分が楽しいと思ったシステムをメモしておく癖がある。また冒頭に書いたような、既存の遊びを楽しく変えるアイディアがあったら書き留めておいている。仕組みだけメモしておくと頭の中でイメージしながら何度も繰り返して遊べるからだ。
クリエイティブな行為には2種類あって、新たなものを作り出す行為と既存のものを変化させる行為である。僕は既存のものをいろんな角度から見て視点を変えるのが好きだ。普段の生活の中で自分が楽しいと感じるシステムについて考えるのはとても楽しい。既存の何かを楽しいと感じるように変化させるのが割と好きだ。
身近なモノをゲームにすると考えるなら、非日常的な視点で見るべきかも。例えばノートをゲームにするなら、「1冊のノートを複数人数で取り囲んで一斉に書く」もしくは「複数人数で数冊のノートを向かい合って置き、互いのノートの境界線を越えて線を引き合う」等。まず楽しむ。後でルールを付加する。

小さい頃から紙の上でのゲームはよくやってたけど、最近ちょっと面白いものを見かけた。
出題者から各自に配られた「キリン」や「餅つき」などの「お題」を、みんなで1つの紙の上に少し(一筆)ずつ絵で描いていくというゲーム。ただし、そのうちの1人は配られた「お題」が白紙になっていて鬼?になる。つまりひとりだけお題を知らずに描いていくことになる。お題が空白だった鬼は、他の人が描いている断片から推測し「知ったかぶり」して描く。全員が2回ずつ筆を入れたとき、鬼が今回のお題を当ててしまうと得点は鬼のものになる。 他のお題を知っている一同は、鬼にお題を悟られないようにしつつ鬼が誰かを特定できれば得点となる。「鬼には解らないだろうけれどもお題を知っている人には解るはず」と考えて線を描いていくと絵はだんだんとよくわからない方向に変化していくオモシロさがある。「これなら解るだろう」の尺度が人によってそれぞれ異なることを楽しむゲーム。これならノートブック一冊を使って、それぞれが違う色のインクのペンを使って遊べるなぁと思っていた。

最近「Dixit」というボードゲームを買って、そのシステムに感動した。『DiXit』とは、ラテン語で「(彼が)言う」の意味で、フランスでは根拠なき主張を揶揄するときに使う言葉らしい。数十種類の不思議なカードが同梱されていて、各プレイヤーが6枚ずつの手札を持ち、1人ずつ交代で語り部をプレイする。語り部は自分の手札1枚を選び、その絵柄から連想される言葉(歌でもパントマイムでもなんでも良い)を全員に言い、他のプレイヤーは自分の手札からその言葉にもっとも似ていると思うカード1枚を選ぶ。全員がカード1枚ずつを出したら、語り部がそれをシャッフルして並べる、語り部以外のプレイヤーは「語り部の選んだカード」と思ったカードに投票し、その投票結果によってポイントを獲得できる。

このポイントの配分方法がギネス級のアイディアなのでよく読んで理解してほしい。
全員当たり、または全員外れの場合、語り部にはポイントは 0点。この場合は語り部以外のプレイヤーが全員2点ずつ点数が入る。では語り部の選んだカードに誰かが投票し、かつ外したプレイヤーもいる場合は、語り部に3点、当てたプレイヤーにも3点入る。
そして、上記の点数配分に加えて、語り部以外のプレイヤーが出した「似ているカード」に誰かが投票した場合は、そのカードを出した人に1点が入る。
上記のポイントの配分が絶妙過ぎるのでぜひイメージしてほしい。つまり、語り部はモロわかりでも的外れでもない、適度にあいまいな言葉を要求されるジレンマを楽しむことになる。

最後にボードゲームのインスト方法について記載しておく。

第三者とボードゲームをプレイするときに必要な行為なんだけど、初めてプレイをする人に対して、「どのような手順でゲームを行うべきか」説明を行うというのが重要な行為となっている。これは通称インストと呼ばれる。インストラクターのインストと同意。手順は以下の通り。

【インスト手順】
①ゲーム背景の紹介
ボードゲームの持つ世界観・雰囲気・テーマ・ムードについて説明し気分を盛り上げる。
②終了条件・勝利条件の説明
どのようにするとゲームが終了するのか、勝つのか説明することで何のために何をするのかが明確になる。
└ 質疑応答
ところどころで質疑応答を挟む

③ボードの説明
スタート地点・ゴール地点・駒を動かしても良い場所の説明
④おおまかな処理手順の説明
どのように進行していくのか説明。
⑤それぞれの処理手順の説明
一般的な処理と例外の処理を分けて説明する。
└ 質疑応答
⑥最終決算もしくは得点計算の説明
最終的に決算でポイントがどのように変動するのか説明。
⑦特殊ケースの説明
一定の条件でしかできないアクションについて説明する。
└ 質疑応答

【追加オプション】
⑧適度な助言
よくある展開、最終的に皆が達する平均的な点数について説明。
⑨明らかに有利・不利な点の説明
自分の経験上と説明したうえで、有利に戦うコツについて説明。
こうやって眺めてみると、何か別なプレゼンにも使えそうな気がする手順である。

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Profile: Notebookers.jpの管理人。Twitter: @blanq  狩猟者でヒッピー。通称: 「モレカウ」。240人ちょいのライターによるノートブックユーザーのサイト (link: http://Notebookers.jp) Notebookers.jp 管理人。モレスキンについてたぶん世界一つぶやいた男。著作:ダイヤモンド社『モレスキン 人生を入れる61の使い方』。世界の果てと地平線をこよなく愛してる。「俺も好きにするから君も好きにしなさい」という感じで生きています。愛読書はリチャード・バックの「イリュージョン」と「カモメのジョナサン」、ヴェルヌの「海底二万里」。永遠のヒーローはAndy Warhol

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