映画に学ぼう番外編:〜暑い時こそ怖い話を

Posted on 26 8月 2017 by

西ではまだ暑い日が続いていますが、もう8月も終わろうとしています。
皆様、2018年の手帳会議など、進捗具合はいかがでしょうか。

でも暑いです。暑いときには、やはり、怖い話、怪談、そして!
ホラー映画などを見て涼しくなりたいですよね!
そこで。
ホラー映画苦手なひとにこそ読んでほしい、文字ばっかりだから怖くないシリーズ第、えー、何弾だっけ、
背筋が ぞくぞくっ とした映画を二本レビューしたいと思います。

ホラー映画というと、たくさんあります。
13日の金曜日のジェイソン、そしてエルム街の悪夢のフレディなどが有名で。
(何で読んだのだったか、13金の続編がどんどん作られて、アメリカで国民的映画(邦画でいうと「男はつらいよ」の寅さん並の)になって、主演女優さんはマドンナと称され、「13金に出て、生き残るのが夢だったんですー」などとインタビューで答える、とか、そういうコラムがあったような)
このふたり以外にも、お菓子をくれないと捕まえちゃうぞーという期間限定の殺人鬼や、革細工が得意な職人気質の殺人鬼などがスクリーン狭しと暴れまくっているわけです。

以前、「怖いけど、そういう殺人鬼がイキイキと暴れまわる映画を【それでも】見たいひとのために」というようなコラムを読んだことがあります。
「怖い」けれど「見たい」そのためには
「とにかく、作りものだと自分に言い聞かせながら見る」んだそうです。

「これはセットで、監督やカメラマン、スタッフが周囲にいて、監督の「カット!」という声がかかったら、殺人鬼も、今殺されたはずの役者も「おつかれー」と笑いながら言い合っているんだ!」
「今、画面に出ていない登場人物は、カメラからフレームアウトしたところで、コーヒーを飲みながら撮影を見ているんだ!」
など、「これは作りもの、これはフィクション」と呪文のように唱える、とか、そういう内容でした。

なんというか、わたしはホラー映画で、善人、例えば本当に通りすがりで手を貸してくれたおじさんや、かくまおうとしてくれた人物が「ぎゃわー!」となるのがすごくつらくて、そういう時、よく「これは作りもの、あのおじさんは、次のシーンでは、血のりをぬぐいながら、コーヒーを飲みながら撮影を見ているはず」などと自分に言い聞かせているんですが。
が。

この言葉が根こそぎ使えないという、脚本の勝利! というような映画がありました。
『キャンディマン』(1992年作 監督:バーナード・ローズ 原作:クライヴ・バーカー)です。

キャンディマンタイトル

映画のポスターは怖いので、タイトルシーンを

話としては…

都市伝説を研究しているヘレンは『キャンディマン』の話を追いかけて、聞き取り、調べています。
夜、鏡の前でその名前を5回呼ぶと、右手が鉤になっているキャンディマンが突然現れ、引き裂かれる、というもので。

そんで、ヘレンは鏡の前で5回唱えてしまいます(ホントにもー)。

ヘレンは、キャンディマンが現われたと言われる団地に行き、住人アン・マリーに話を聞いたり、現場を検証したりして、調査を進めます。
その現場で、ヘレンは、キャンディマンを称する男に殴る蹴るの暴行を受けます。
その犯行により、男は逮捕されるんですが…

その犯行に巻き込まれた少年が非常にキャンディマンにおびえていて、ヘレンはその少年にこう言います。
「キャンディマンは、いないわ」
「捕まったのよ」

警察からの帰り、駐車場でヘレンの前に、キャンディマンが現われます。

「お前はわたしを疑った
人々の恐怖なくして、わたしは存在しない
だから、罪のない者の血を流す」

と宣言されます。
このあたりから、手や足が景気よく飛び散らかるよりも、血がどばどば流れるよりも【怖い】展開になります。

ヘレンは気がつくと、団地でキャンディマンの話を聞いたアン・マリーの部屋にいました。
あたりは血まみれで、飼い犬が殺されています。キャンディマンの仕業だとおもったヘレンは、転がっていたナイフを取って構えます。そこへ警官が踏み込んできて……

もう、ほんとーに脚本が上手、というか、逃げ場がない、追いつめられ感がすごい、ヘレンの言うことを誰も信じてくれない、というそういう【怖さ】です。
(原作がクライヴバーカーということで、出血率もすごいです。血が苦手なかたは、見ないほうがいいんじゃないかなあというくらいの血どばどば率です)

ヘレン以外にはキャンディマンは見えない、そしてキャンディマンのしたことは、その場に居合わせたヘレンがしたことになってしまう、もちろんヘレンは容疑を否定しますが、彼女以外にはその場に誰もいないのでーーという怖さ。

そして。
この怖さに対して、前述の、それでもホラー映画を見たいひとのための呪文、
「これはフィクションだから」
「これは作りものだから」
この呪文はカンペキに封じられるワケです。
キャンディマンは、自分の存在が疑われること、作り話だと言われることを嫌っています。
なので、この呪文を唱えてしまうと【余計に怖い】のです。
わかっている。キャンディマンを演じるトニー・トッドは、ブラッカイマー監督の『ザ・ロック』や、ベイカントクの『トランスフォーマーリベンジ』にも出ている、ビバリーヒルズ青春白書にも出ている役者さんだけど!!
でも! この映画を見ている時に「これは作りものだから」「フィクションだから」とは言えない! 怖い!!

エンディングがどうなるかは、えー、伏せておきます。
そして、おそらくこの映画って「大丈夫だ、すぐに戻る」て台詞なかったんじゃないかなあ。
それだけでも、他のホラー映画とはちょっとカラーが違います。怖いです。

もう一本は、Jホラーです。
わたしは、映画館でホラー映画を見るとき、その目安というか怖い度のひとつとして「帰りたい度」があります。
そのものずばり「帰りたい、料金がムダになっても、今、佳境だけど「すみませーん」て言いながら、他のひとの席の前を通っても、帰りたい」と思う度合いです。
この「帰りたい度」激高だった映画があります。

Jホラー「輪廻」2005年公開 清水崇監督 出演:優香 香里奈 椎名桔平など

過去の無差別大量殺人事件を映画化する、という(映画の中で映画を撮るという)内容なのですが、帰りたいと思ったのはオープニングのシーン(だったと思う、たぶん)でした。
あかん、帰る、かんにん、と思いました。

えー、東京のどこかの駅の通勤ラッシュのシーン。
登場人物が新聞を読みながら電車を待っている。
電車が来て、さて乗り込もう、と新聞をたたんでドアへ向かう。その時、なにげなく足元を見ると、電車とホームの間に女の子がいて、自分を見上げていた、というーー

あかん
帰らせて
こわい

怖かった…! これは見てダイジョウブな映画なのか…! と思いました。

なんていうんだろう、それまで見たことがある洋画のホラーは、やっぱり文化圏が違うのだなあ、とあらためて思いました。
(キャンプはともかく)卒業ダンスパーティはないし、ハロウィンも(それほど)(死者が帰ってくるとか、そういう方面では)広がっていないし、やっぱり自分の身近なものではない、非日常的な感覚で見ていたんだなあ。
でも、朝の通勤ラッシュも、ふと電車とホームの足元を見ることも。
日常。すごく身近。明日、同じことが起こるかもしれない。
イヤーー!! 怖いーー!!
このオープニング(というか、この映画)は、なんていうか、もう一度見なさいと言われたら全力で回避したい、そういう1本です。

(そして、この映画、従姉妹からチケットをもらったのですが。このチケットの流れがまたホラーちっくでして。
従姉妹の手に来るまで4、5人の手を経ていたそうです。誰もが「やっぱり怖いから、あなたにあげる」と流れ流れてわたしの手に来ました。上映終了の3、4日前でした。
従姉妹「ちゃんと見てね! 見ないと何か起こったらイヤだから!」
わたし「で、これでわたしに何か起こったら、映画的にはあなたが真相を究明する役どころだからね」
従姉妹「なんでそんな怖いこと言うのーー!!」
という、あまり心あたたまらないやりとりがありました。最終日の最終上映を見ました)

今、兵庫県立美術館で『怖い絵展』が開催されていまして
2007年に中野京子氏が上梓した『怖い絵』という本をもとに、作中でとりあげた絵画を展示しているんだそうです。
視覚的に怖いものから、絵の背景を知ることにより怖さがわかるものまでを取り上げているそうなのですが。
この中野氏の言葉がとても印象的で。

怖さは想像の友です。
想像によって恐怖は生まれ、恐怖によって想像は羽ばたく。

例えば、ハートウォーミング映画や悲しい映画など、どんな映画でも、すべて(ドキュメンタリーでなければ)監督や脚本家の想像から生まれたものなのですが。
怖さ、怖い映画というのは、より想像に近い感情、近いものなのかなあ、と思ったりします。

■おまけ1
たしかビデオがVHSの時代に、漫画家さんたちの間を回った「恐怖のビデオテープ」という話を読んだことがあります。そのビデオテープは、あまりにもオモシロいために、漫画家さんたちの間で送りあいっこをして、ついつい見てしまって、そのために締め切りに追われまくる、という「恐怖」のビデオテープだったとか…

■おまけ2
海外文学での都市伝説というと、Gマルケスの『百年の孤独』とエーコの『薔薇の名前』が二冊とも文庫化された時、何かが起こる、という、そういう都市伝説が。
あと、『百年の孤独』の七つ目の誤りを見つけられたら、世界がそのひとの前に膝まずく、とかとかとか…

■おまけ3
Notebookers的には、やはり、こういうトコロに。これは『キャンディマン』でヘレンがレポートをまとめている場面。

キャンディマン1シーン

リーガルパッドを使っているようです。

■おまけ4
Notebookers的に、ちょっと作ってみました。

Notebookersのキロク

レーダーチャートの下の丸っこいのは、血飛沫のつもりで、あの、星いくつ、みたいな、そういうの。


(説明しないとわからない。見えない)

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Profile: あなたと一緒に歩く時は、ぼくはいつもボタンに花をつけているような感じがします。

  • neokix

    せらさま
    私も(?)ビクビクしながらそれでも見たいと思いつつ、しかし怖すぎる!とか言いながら、借りてるビデオなんかだと休憩を挟んでなんとか最後まで見ようとする超怖がりです。最近見たのはジャウム・コレット=セラ監督の「エスター(原題:Orphan)」。子どもが出てくるホラーってなんか怖いなーっていつも思います。「これは作り物よ!」の呪文が通じるといいのですが…

    • せら

      neokixさん 読んで頂いてありがとうございます♪ ホラー映画が怖いというかたにこそ読んで欲しい、そういう記事です♪ 「エスター」わたしまだ見ていないんですが、あの無表情の女の子の映画ですよね。例えば、監督の「カット」の声がかかったら、「ママー、わたし、うまくできてた?」て無邪気にお母さんに駆け寄っているんだ!と、ご自身に言い聞かせる、とか、ぜひ試してみて下さい。
      ありがとうございました♪

  • piecesmaker1

    夏は怖い話がよいですよね。私はホラーというより「怪談」のテイストが好みで、血どばどばは、苦手…… そして見た後必ず後悔するタイプです。おまけ2の都市伝説、興味深いです~。

    • せら

      piecesmaker1 さん 読んで頂いてありがとうございます♪ ホラー映画は苦手なのですねー。わたしはどっちかというと、怪談の方が苦手で、なんだろう「ひとが語る怖い話」が怖い、ような気がします。(冬になったら、わたしセレクトの「全然怖くないむしろハートウォーミング幽霊譚」の記事を書こうかなー、などと思っていたり)
      おまけ2も、興味もって頂いて嬉しいです。あと、百年の孤独は、なんだっけ、電子書籍になっても、たしか、何か起こるとか、そういう話があったようななかったような…
      ありがとうございました♪

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