?>! ―『ユーケルの書』から ピース・メーカー

Posted on 12 8月 2018 by

書物は書物を越えて生き残る。(p.27 「白い空間6」)

人間は「問」だ 「問」=「?」ならば 手にした答えが「!」であらわされる。

その場合

疑問符と感嘆符。両者は{両替、翻訳、入替}不可能だ。断じて!

お前にとって語は一つの顔だ。
お前は私の顔を描いた。
私は自分の気になったところで、読み取られる。―レヴ・スミアス(p.71「書く習慣」)

「?」は∞の(細かな細かな)!を発生させるが、!をいくら集めても?は構築できない

「?」はつねに一つの(巨大な)「?」であり、「?」は「?」に重なることでしか×××。

疑うこと。それはたぶん限界を廃棄することと、骰子のまわりを回ることである。(p.109「第三部 サラの日記」)

万人のためのひとつの同じ反射板(p.125「サラの日記 Ⅲ」

われわれは不可能なものを通して結ばれている。-レヴ・カナリ(p.83「第二部 巻頭句」)

「?」は影だ。そして「!」とはその影に支えられた世界だ。

色とは影の叫びである -レヴ・ノエビ(p.163「ヴェールと処女6」)

※「ユーケルの書」
エドモンド・ジャペス著 鈴木創士訳。書肆風の薔薇〈選書 言語の政治⑦〉 1991.6.20
「問の書」シリーズ全七部作のうちの第二部にあたる。

「?」は「!」を求めるが「!」は自己差異化するばかりだ。

海は宇宙にぎざぎざをつける ―レヴ・アムロン(P.45「善の分け前 2」)

それは、深みへ向かっているように見せかける巨大迷路だ。「!」とはマスクメロンの亀裂に似ている。それは決して「?」の果肉を味わうことはできない。香りだけ、ただ香りだけだ。

人は水底でもがいたりしない。もがくのは水面でだ。(p.106「第三部 サラの日記」)

本に満たされている孤独の豊饒さ。「!」を探すのではなく「?」に遊ぶこと。

沈黙の響き。最初の谺。 -レヴ・ライエ(p.66「第二部 巻頭句」)

私はこの本を読むことが出来て、幸せだった。なによりもよかったことは、この本が「架空」と「贋者」に分断され続けている点だ。(cf.訳者あとがき)

さいごに、もっとも重要な文を引用して記事を終える

私が書くのは、私が言うことができるかもしれぬことの果てに赴こうと努めるたびに、今度こそそこに到達できるだろうと信じるからだ。―ユーケルの手帖(p.83「学者達と客たちのあいだで交わされた対話」)

(引用)

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