世界の果て(の淵)に、小さな船で訪れようとする話 lemonade_air

Posted on 18 11月 2018 by

目次:
1. 世界の果て
2. 世界の果てからの通信手段
3. 世界の果てへの移動手段
3-1. 小さな船の免許
3-2. 筆記試験の講習
3-3. 操船実技の講習
おまけ1: 海で使う文具の話
おまけ2: 地文航法・天文航法という本の話
おまけ3: 六分儀を手に入れる
おまけ4: 大きな船の無線機を操作する話

1.世界の果て
Notebookersには「世界の果て」というタグが存在する。タグを辿ると各々の「世界の果て」が記されている。ある人は文字通り、自身からはるか遠方の「世界の果て」を記し、ある人はノートブックの中にある「世界の果て」を記している。世界の果てについて「ペンギン・ハイウェイ」という小説に出てくる主人公の父親は、

「世界の果ては折りたたまれて 、世界の内側にもぐりこんでいる 」

と表現している。
私はこの一文が好きだ。仮に内側にもぐりこんだ点がそれぞれのノートブックにあるとすれば、その内側に沈み込んだ点からこちら側を眺める時、私たちがいる今、この場所が、同時に世界の果てになるのだろう。そのような視点から部屋を見渡すと、それとなく、ここも世界の果てに見えてくる。

一方で、私にとっての「世界の果て」という言葉は、物理的に隔絶された、誰の助けを受けることもできない、文字通り一人ぽっちでたどり着く場所という印象で「では、そこにたどり着くにはどうしたらよいのだろう」としばらく考えていた。そして、いくつかの現実的な問題と照らし併せ、私にとって一人で到達可能な「世界の果て(の淵)」は、

「海上」

ではないだろうかという仮説に達し、小さな船(小型船舶)の免許を取得しようと決心した。こうして文字として記すと全く馬鹿げているのだけれど、私にとっての世界の果て(の淵)にたどり着く合理的な手段であるように、その時点では思えた。

2.世界の果てからの通信手段
手始めに、海上での通信手段を整えようと、おおよそ日常生活で役に立たないであろう、海上利用のための無線資格の勉強を始めた。海上で利用する無線資格は大雑把に「大きな船用(無線通信士)」と「小さな船用(特殊無線技士)」に分けることができる。資格名はそれほど重要ではないので、文章中はこの名称で統一したい。

大きな船用 … 松、竹、、小梅
小さな船用 … 松、竹、梅、小梅

それぞれの資格には松竹梅、そして小梅があり、今回私が受験したのは大きな船用の「」であった。当初は小さな船の「松」を取得しようと検討していたが、「試験日が小さな船用より早かったから」という、よくわからない理由で勉強を始めた。無謀である。大変、苦しむこととなる。「梅」とはいえ、大きな船用となり、覚えることが格段に多い。また、一度も触れたことのない機材への理解が求められることとなる。こうして写真で比較すると全く別の機械である。よく調べてから勉強を始めるべきであった。


参考: 小さな船で想定される無線機 (STANDARD HORIZONより引用)


参考: 大きな船で想定される無線機 (TOTOTHEO MARITIMEより引用)

例えば、
ナブテックス受信機」 「狭帯域直接印刷電信装置」 「インマルサット衛星」 「GMDSS
といった専門用語が問題集には頻繁に出現するが、説明を見ても全くわからない。

Youtubeで動画を見ながら、各機材のコンセプトを確認し覚える。

こうして、10月下旬、大きな船用の「梅」無線資格を受取る。
受験後に知ったのだけれど、(レンタルの)小さな船には、多くの場合無線機が装備されていないようだ。色々と残念である。費やした時間は純度の高い徒労であった。が、何であれ資格は取得した。

次は移動手段である。

3.世界の果てへの移動手段

3-1.小さな船の免許
海外では小さな船(小型船舶)に特別な免許を必要としない国が多い。日本は複雑な海上交通ルールや、漁業をはじめとする海洋資源に携わる人たちが多いため、小さな船に対しても免許制を採用しているようだ。日本の小さな船の免許は自動車とは異なり、航行可能な場所によって二つに分かれている。

… 陸地から約10kmを超えて航行出来る免許
竹 … 陸地から約10kmまで航行出来る免許

私の目的の場合、陸から離れられることに越したことはないので「」を選択する。両者の違いは筆記試験で「海の地図が読むことができるか」また「エンジンの機構をもう少しだけ細かく理解しているか」を問われるかのみだ。事前に「竹」を持っていない場合は「竹+松」の試験問題を同時に受験することとなる。受験方法はバイク等と同様に、

a.自分で練習して、試験場で試験を受けるコース
b.座学、実技講習に通い、実技試験が免除されるコース

がある。普段から家事手伝いで漁船を操舵するといった経験がある場合や、家族が小さな船を所有している場合、aが選択可能であろう。自力で取得される方もいるようだ。個人的にはこうした自力取得が好きなのだけれども、そもそも小さな船に一度も乗ったことがないので、bを選択する。なお「大きな船」に乗り込む人たちは、海技士という異なる免許を持っている。この資格の受験資格には1-2年の業務乗船履歴(多くの場合、海洋系学校で乗船履歴を作るようだ)が必要となり、素人がおいそれと取得できるものではなかった。残念。

3-2.筆記試験の講習
筆記試験の講習は丸二日間で行うもので、私の通った講習会場は横浜にあるマリーナ(船舶を係留しておく施設)内にあった。講習は試験に合格するための要点を教科書を中心に進められたが、講師の方が仰っていた印象的な言葉を記しておきたい。

1. 安全に港へ帰ってくることが出来ること。
2. 海の上で自分のいる位置がわかること。

試験に合格することももちろん大切なのだけれど、
折角講習に参加したのだから、この二点を学んで帰って欲しい。

滑空機の初等訓練でも同じコンセプトを学ぶ。安全・航法に関する考え方は航空機と類似点が多くとても興味深いものだった。筆記試験自体は、その殆どが過去問題から出題され、問題集を一周すれば大多数の人が合格可能な難易度だった。

3-3.操船実技の講習
私は「実技国家試験免除」というコースを選択していた。実際には「国家試験」こそ免除されるだけで国家試験と変わらない実技試験が行われていた。着岸や離岸など、風の流れを意識しながら物標に近づいていくプロセスは、滑空機の操縦と共通点があり興味深いものであった。教官が気さくな方で和やかに試験を終えた。当日のタイムスケジュールは以下の通りだった。

午前: 教官と二人で小さな船へ同乗し一通りの操船を習う。(この時点で人生初の操船)
午後: その技術を理解しているかを、別の教官に試験という形式で見極めがされる。

11月上旬、無事に小さな船用の「松」資格を受取る。
これで、移動手段は整った。

多分、続く。

おまけ1: 海で使う文具の話
海では「海図」とよばれる地図を利用する。陸上の地図とは異なり、海図には水深や特徴的な羅針図(コンパスローズ)が描かれている。海図への理解は、その船の大きさに関わらず、すべての船舶航行に通用するものであるようだ。例えば、海上自衛隊の訓練などでも海図を利用する様子を見ることができる。この写真は海上自衛隊の広報資料から見つけた。


海上自衛隊、facebookより引用。

海図から必要な情報を求めるには「三角定規」「コンパス」そして「ディバイダ」という普段の生活では利用しない文具を用いる。小さな船の筆記試験ではB3の地図を渡され、これらの文具を利用し航路距離を求めたり、到着時刻を求めたりする。当初は自分の好みで揃えようとしていたけれど、教習所指定のものが教科書と一緒に送られてきた。一見すると中学校の製図の時間に利用したものと変わらないが、三角定規だけが少し異なっていた。アクリルの部分に黒い直線が刻まれているのだ。細かな説明は省くけれども、この線は海図を読む上でとても便利なものであった。(興味のある人は海図の参考書を図書館で眺めてみてほしい。)

練習用海図に線を引き、過去問題を解きながら「出発点は同じでも、僅かな誤差によって、結果には大きな違いが生まれる」という馬鹿みたいに当たり前のことを、何度も体験した。現実では出発地点から離れれば離れるほど、この修正角は大きくなり総燃料利用量は増えるだろう。潮の流れなど、環境に合わせ細かな修正を行い、航海全体に影響する進路変更は慎重に計画する。なんだか、実社会で求められる能力に似ている。

それから、本物の海図は折り曲げてはいけないという約束事になっている。僕も練習用とは別に東京湾の海図を買ってみたのだけれど、届いた海図は大きな三角柱の段ボールに丸まってやってきた。本物の海図は緻密で、なんというか、しばらく眺めてしまった。遠くない将来、この海図に線を引くと思うと嬉しくなった。

追記:
確かスカイマークの機内誌で見かけたのだけれど、廃盤になった海図を再利用した文具が横浜の会社から発売されている。興味のある方は、レターセットを買ってみると良いかもしれない。
madeinyokohama.jp: 海図レターセット

おまけ2: 地文航法・天文航法という本の話
海図問題を練習中に、航海技術そのものに興味が外れ「何かよい本はないか」とAmazon眺めていたところ、「地文航法」という本のレビューが目に留まる。

ニッチな良書
「取っつきにくいようで、実は平易かつ丁寧で読みやすいです。小型船舶一級の勉強をしている中、航法が単に学問として面白いと感じたために購入しました。やはり、面白いです。真ん中あたりにカラーで標識や海図記号の一覧が載っていて便利です。船舶免許では到底出てこないような底質の記号を見ては興奮しました笑 安いものではないですし、船舶免許程度のレベルでは明らかにオーバーワークですので、本来は海技士を受けられる方等以外の人には不要なものなのでしょうが、どんな形であれ、船に乗られる方は一冊持っていても損はないと思います。」

同じ資格取得を目指している最中に、同じことに興味を持った人が「良い」とレビューしている。装丁がやや古めかしい感じではあるけれど購入する。

到着した本は布張り、金色の箔が背表紙に押してある今時珍しい装丁だった。1962年に初版が刷られ、二度改定が行われている。私の手元にあるものは二改訂の第3版(2018年6月10日印刷)、内容も一般航行から最新GPS航行まで網羅された見事な本であった。同じ著者が「天文航法」という本も記されていて、こちらも思わず購入してしまう。これを読み終えたら、六分儀という光学機器を購入してみようと思っている。

おまけ3: 六分儀を手に入れる
天文航法を読み終えてもいないのに六分儀を買ってしまった。周りで六分儀の使い方を知っている人はいないので、ここでも動画で確認しながら使い方を覚える。六分儀を使用し、現在地の測位を試みた最初の印象は「揺れた船の上でこの作業を正確に行い、自分の位置を測位して海に乗り出そうっていう奴の気が知れねぇ。完全にぶっ飛んでる。」であった。こんなツールに命を預けて海に乗り出していた、少し前の海の男たちは最高にクレイジィ(褒め言葉)だ。

天文航法の著者、長谷川健二は書籍の冒頭でこう記している。

現在、船の測位手段としてGPS衛星が利用され、天文航法は、もはや過去の遺物と考える人が多い。しかしGPS運用の実験はアメリカ国防総省が握り、世界はアメリカ支配のもと、情報基盤と人命を委ねているのが実情である。

げんに2004年、GPSの1つが故障のため、世界各国の船舶の中で、船上レーダ上の船位が実際の位置と600kmもずれたケースがあった。そして3時間後、アメリカにより問題の衛星は修復され、漸(ようや)く正常に戻った始末であった。その間、アメリカ以外の国は、なすすべを持たない状態に陥ったのである。

したがって現在、繊維情報をGPS(アメリカ)に委ねる日本にとっては自律できない危機感さえ感ずるので、GPS以外の繊維測定方法として、大洋公開中の天文航法は無視できない存在となる。むしろ磁気コンパス同様、一旦有事の際は天文航法に頼らざる得ない事態も起こることを覚悟するべきである。

– 天文航法 (海文堂) より引用

六分儀は懐古趣味の玩具ではなく、一つの選択肢として現在も重要な価値を持つもののようだ。GPSを提供する米国自身も、六分儀の価値を見直しているようで、米国海軍学校では数年前から訓練の一環として再び取り入れられている。NASAでは惑星間を移動するような場合、六分儀が緊急時に有効ではないかと研究が続けられている。スタートレックのような未来が来ても、きっと最後は単純な機器で測定して自分の位置を決めるというコンセプトは変わらないんだろう。筆記試験の講習で講師の方が仰っていた、

自分のいる位置がわかること。

このことが何より重要なのだ。

余談だけれど、こうしたアナログ機器は一定の数寄者がいて、先日とある飲み会に参加した際、ポケットから計算尺を繰り出す猛者がいた。

こういうアナログの文具を飲み会の席でさらっと出せると「やだ、カッコいい///」とモテること請け合いだろう。私も六分儀をポケットに忍ばせて次回は飲み会に参加したい。

おまけ4: 大きな船の無線機を操作する話
大きな船の無線資格取得は純度の高い徒労に終わったのだけれど、この試験に関わる法規を勉強中に興味深い条項を見つける。少し調べてみると、総務省のページにはこんな記載があった。

義務船舶局等の無線設備を操作又はその監督を行おうとするためには無線従事者免許の他に船舶局無線従事者証明が必要です。船舶局無線従事者証明書を取得するためには、一定の無線従事者資格及び義務船舶局等の無線設備の操作又はその監督に関する訓練(新規訓練)の課程を修了することが必要です。

なるほど、わからん。
日本語訳すると、

大きな船の無線を操作したり、監督したりするためには、無線資格の他に所定の講習が必要です。

ということのようだ。大きな船の艦橋(操船を行う場所)に入ることは叶わないけれど、講習を通じて実機操作も出来る。講習を終えると「日本国政府」と金色に箔押しされた手帳も貰える。特に参加しない理由が見当たらない講習である。直近で行われる講習は、2019年1月に国分寺で3日間行われるようだった。申込む。

さて、通例通り、ここは文具を通じた体験を共有する場所なので、講習の詳細内容を記すことは割愛する。ここでは「男の人ってこういうのが好きなんでしょ」という写真を並べるので「なんか、しゅごい!」と感じていただければ幸甚である。(これらの写真、動画は、講習の休憩中「自由に撮影して構わない」という許可が出た上での撮影である。)


ここで。


この機械の。


こんなところや。


こんなところを。


こうしちゃうのだ。


緊急信号を受信した際の状態 (警告音注意)

講師の方が少し照れながら「一応言うことになっていますので」と前置きし「この講習が、あなたが押す人生最後のDISTRESS(緊急)ボタンであることを願っています」と締めていた。ん、そうありたい。私もこの講習を通じて「危機迫る船舶のプレッシャの中で、正確に無線機器を操作し、誰かからの返答を待つのは苛酷で心細いだろうな」と強く感じた。海に携わる人々はタフでなければ務まらないようだ。

  
修了証を受け取る。数日後、手帳が送られてきた。

これで、私の到達できる大きなお船の資格は全てである。この後の資格は乗船経験が必要な資格となり、仕事を一旦辞めなければ取得が難しい資格だ。近くて遠い、大きな船の世界が垣間見られた体験であった。次の目標はコンテナ船に乗って旅行をすること(そうすれば運用中の艦橋に上がるチャンスが生まれる)なんだけれど、それは別のお話。

多分、この記事のおまけは、これでおしまい。

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Profile: No, I am sheep driver.

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