川越え lemonade_air

Posted on 17 6月 2019 by

 校区の外れにある実家と、小学校の間には一本の川が横切っていてた。両親は幼い私を心配し、通学以外での川越えを禁じていた。当時、私の友人の多くは川向こうに住んでいた。川を越えられない私は、帰宅後多くの時間を一人で過ごすこととなった。この状態は単純に放課後の生活だけではなく、学校生活でも私を過酷な状況に置いた。

「今日ゲームやるから遊びに来いよ」
「いや、川を越えて遊びに行けないんだ」
「なんだよ、意味わかんないよ」

 変化は小さな気付きからだった。ある時、私は両親から川とは反対方向への移動を禁じられていないことに気づいたのだ。両親も私が校区の外、川とは反対側に移動を拡大することは想定していなかったのだろう。両親の定めたルールの欠陥をついた、私の最初の抵抗だった。私たちは時として、自分の置かれた環境から移動を迫られることがある。旅がもし、自分の置かれている世界から一歩踏み出し、新しい世界に接点を持つことであれば、この行動は間違いなく私の最初の旅だった。

幼い私は自転車のペダルを踏み「外」の世界へ旅立ったのだ。

 私は公園で見かけた同年代に、まるで最初からいたような顔で話しかけ、多くは知らぬ奴と拒絶され、時々仲間に入れてもらえるところで遊んだ。やがて顔見知りとなり、何人かはこの歳になるまで時々連絡をとり合えるような友人となった。最近帰省した際、当時の知人と会う機会があった。

「お前はさ、ある日気づくといたんだよ。んで、気づくといなくなってる。」
「放浪者かよ。」
「違うんだよ。なんか、こう、うまく言えないんだけどさ。」

友人には二人の子供がいて、四角いファミリーカーと四角い家(北海道の家は大抵四角いのだ)の住宅ローンを抱えながら生きている。私は相変わらず、これといって何も持たず生きている。

 東京に帰る飛行機の中で、私は会話を思い出す。両親の決めたルールも。もし、私が川越えを許されていたら、どんな人生を歩んでいたのだろう。また、

「ひょっとすると私は、まだ一番最初の旅を終えていないのではなかろうか」

とも。Dash 8のプロペラが回転を始めていた。千歳から函館を経由して羽田に帰る、遠回りの特典航空券だった。時々するこの遠回りも、超えることを禁じられた「川」を本能的に避けるための、私の妙な癖なのかもしれない。(975文字)

Switch Publishingが発行しているMONKEYという文芸誌に「一番最初の旅」について、多様な人に1000文字で綴ってもらうという企画があった。面白そうだったので、僕にとっての「一番最初の旅」について書いてみた。

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Profile: No, I am sheep driver.

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