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『物語の中の文具』2〜文具四宝

Posted on 13 2月 2012 by

町時代の作『付喪神記』冒頭より。しょっぱなから固い文章ですが。

器物百年を経て、化して精霊を得てより、人の心を誑かす。これを付喪神(つくもがみ)といへり。

古来より、器物、モノは、長い年月を経て魂を宿す、という考えがあります。

長い年月を経る=壊されていない、捨てられていない、燃やされていない

今のようにモノが溢れている時代ではないので、そのままの状態で『在る』≒大切にされ、愛されて残っている くらいに考えてもいいかも知れません。そりゃー、魂くらい宿るだろう。

これは日本の言葉ですが、もちろん中国でも同じように物に魂が宿り、人格が生まれる、という考えがあります。
コレを踏まえたり、踏まえなかったりして、以下。

中国に『文具四宝』という言葉がありまして、墨・筆・硯・紙、これが四宝とされています。
文人墨客が、つい、集めたくなる文具四点 集めずにはいられない四点。

【墨】
蘇軾が『墨が人を磨る』と言う言葉を残していますが、まさしくソレで、文人が名墨を集めまくり、使わないうちに生涯を閉じる、それを揶揄して、また蘇軾自身もコレクターだったため、自嘲しての言葉だそうです。
前回に引き続き、耳 が 痛 い 。

『墨の華』(陳舜臣著)では、時代とその流れに振り回された主人公が『変わらないもの』を求めて、墨を作ります。
この『変わらないもの』というのがすごく効いているなあ、と思ったのが、墨の特性の『発色の鮮やかさ』と『香り』です。作中では墨の香りがモチーフになっていますが、発色、墨は媒体にもよりますが、色が褪せない、とんでもない年月、変わらずに残ります。
そして、上記、墨が人を磨る、というように、人よりもはるかに長い年月を生きる。

この物語は墨に魂が宿り、ひとの姿をとって何とか〜〜という展開にはならないのですが。
しかし。
名墨工が丹誠を込めて作り、上記のこの特性がベースで、さらに文人が大切に手元に置き、朝な夕なに眺めて愛でていれば、そりゃー、魂のひとつやふたつ宿るだろう。

結局、主人公は(やっぱり)時代に振り回され、ただ、自由に墨を作れるようになる時代を待ち続けるのですが、えー、晩年の名墨作りの秘訣についての台詞が切ないです。

【筆】
(筆は消耗度が高そうだ。文人墨客も心おきなく集められた?)
筆四徳という言葉があって、筆に対して望ましいこと四つ、
『尖』(とがっている)『斉』(そろっている)『円』(まろやかさ)『健』(強靱性)
中国語、漢字を書く際に適している筆の条件がコレのようです。

文人は、使い古した筆で山を作る

と言われるほど使い倒すようですが。コレが。
中国、元代にて、科挙が廃止され、筆の売れ行きが一気に落ちたとか、元で使われた文字が漢字ではないため、このタイプの筆では書きにくいだとか、筆職人、その仕事をかなり振り回されたとか。
筆架という筆置き(ナイフレストみたいなの)も、デザインや素材等に凝り、愛されていたようです。
(そして、今読んでいるアナタ、上記『筆置き』が『箸置き』に空目した、に、このジャムパンを賭けてもイイ)(書いているワタシもちょっと空目した)

『雨柳堂夢噺』(波津彬子著)より
ワタシ、このシリーズがすごく好きなんですが、えー、基本的に『魂の宿った古い物』とそれが選んだ『ひと(持ち主)』の物語です。
苦学生が友達の持っている兎の筆架を「かわいい」と褒めた、その一言が筆架に魂を与え…
こういうちょっとしたもの、なくても困らないけど、あったら少し嬉しいものが、手元にある、そういう文具好きなら共感できるツボがさらりと書かれている一編です。

【硯】
四宝のうち、最も長い命を保つもの、ではないでしょうか。
唯一の not 消耗品(や、減るだろうけど、硯を磨り減らして使えなくなったというのは聞いたことがない)(や、や、聞いたことがないだけで、あるのかも知れないけど)
(ただ、割れる ということはある)
原料が『石』なので、切り出されるまでに更に長い命があり、それを名細工師が削り、意匠を施し、文人の手元に置かれて(以下同文)、これまた、そーりゃー、魂の三つや四つ宿るだろう。

多分、四宝のうち最も高価なのもこの硯かなあ。
硯に関する話は、やれ王羲之が使っていた硯だの、その硯で磨った墨なら、めちゃ上手い文字、名文が書けるだの、だから高価なんだよ、と、それ系の話で。
いわゆる現代で言うシアワセを呼ぶ壷だのはんこだの、そういう商法って昔からあったんだなあ、と思うほどで。

もう一度『雨柳堂夢噺』(波津彬子著)より
中国の肇慶(ちょうけい)産の硯が、とある人物に恋をして、手を変え品を変え、自分を買わせようとする…

…また「せら、えろす」とか言われそうですが、ワタシ、四宝のうちで最も色っぽいのが硯だと信じています。なぜだ。
この物語で「石は人肌を慕い、水を恋う」という言葉が出てくるんですが、これかなあ。
この言葉を石と硯に与えるほど、逆にひとが硯を愛してきた、その証拠かなあ、と。
その『ひと』からの愛を、一番映して顕しているのが硯で、なので色っぽいと思うのか。そうなのか。
皆様、石に限らず、使っていない文具も触ってあげて下さい。

もうひとつ、色っぽいと思い当たる理由があるんですが、それは、えー、この記事をNotebookers.jp初の24歳以下閲覧禁止記事にするわけにはいかないだろう、webに乗せちゃーいかんね、という理性的自主規制により、割愛します。
どうしても!俺はソレをこそ知りたいんだ!!というパッショネイトな方は個別に対応させて頂きます。

【紙】
これを発明したのが中国で、本場で元祖で本家の祖国。
えー、もともとは竹簡、木簡と呼ばれる竹や木で作った薄い板が使われていて、紙が発明されたんですが。
やはり、混ぜ物をした紙が多く、良質の紙はとても貴重で、だからこそ四宝のひとつ。
(そしてワタシが最も好きなのもコレ)

現在、日本の紙はほぼ世界最高だと言われているようですが。
平安時代の頃、すでに紙に模様を透き入れるとか、香を薫き染めるとか、薄様と言われる薄い紙だとか、日本人、その頃からそんなに紙が好きかという凝りようで。

今、文具スキーが、ノートブックの紙に対して「万年筆の書き味が!」「シグノの書き味が!」「フリクションの書き味が!」と言っているのも当然かも知れない。

『イタリア遺聞』(塩野七生著)より『ある出版人の物語』
すみません、イタリアの話です、中国or本朝ではなくなりましたが。
紙を発明した蔡倫、そしてこのアルド・マヌッツィオは、紙好き、本好きのひとのまだ見ぬ父かも知れない。
実在の人物なので『物語の中の〜〜』には当てはまらないかも知れませんが、ワタシが遠くの誰かに語りたい物語として、彼に敬意を表しつつ。

このアルド・マヌッツィオ、生まれたのがグーテンベルグが活版印刷を発明した1450年頃と同時期という、紙&活字の申し子のようなひとで。
この生まれた時期のみならず、出版の拠点として選んだベネチアという独特の気風を持つ都市、マヌッツィオ独自の発想、更には星の巡りまで、全てがこの大偉業をとげさせたんだろうなー、と。

本のベストセラーという概念を作り出し、カタログ(『新潮 なつの100冊」とかそーゆーの)を作り出し、さらには学者エラスムスを校正係として酷使した、とか、それはもう本当に大偉業なんですが、紙という点に絞ると、マヌッツィオは『文庫本サイズの本』を最初に作ったらしい。
(ワタシ的にはこの時点でスタンディングオベーションなキモチ)
活版印刷以前の筆写本は、大きく、厚く、豪華な表紙で重い、そんな本だったので、この小さいサイズの本は、お手軽、そして安く(筆写本はとても高価)大人気だったそうです。
この発明でマヌッツィオ出版所は、名実共にヨーロッパ最高の出版所となったらしい。

おまけ的につけ加えると。
その小さいサイズの紙面に入るように、マヌッツィオはイタリック体を発明したそうです。
(それまでの複雑な字体のゴシック体では、小さい紙面には入りきらない)

ベネチアと言う都市国家のオトコマエさ、カッコ良さ、そしてエラスムス先生のマヌッツィオ出版所へのなんだか微笑ましい苦情とか、それはもうたくさん興味深い&面白ポイントはあるんですが。

魂も人格も持たないはずの本、紙からの最後の挨拶。
紙スキー、文字スキー、本スキーとしてはぜひ最後の一文から引用を。
きっと他の文具三宝の名細工師たちも、こんなカンジだったんじゃないかな、と思う。

一五一五年、アルド・マヌッツィオは、六十六歳で死んだ。教会に運ばれる遺体の周囲を飾ったのは、花ではなく、彼がその生涯に出版した数々の書物であった。

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Profile: あなたと一緒に歩く時は、ぼくはいつもボタンに花をつけているような感じがします。

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