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Play with NOTEBOOK

Posted on 04 3月 2012 by

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(東京ディズニーランド・シンデレラ城前でのモレスキンタワー とむとむさん撮影)

ノートブックで遊ぶことは楽しい。

タカヤさん(Notebookersの管理人)のよく言う「制限しないこと」と、「ノートブックで遊ぶ」ことが自分の中でつながったので、それを書いてみる。

毎回のモレスキンミーティング(※ノートブックを通じた集まり・オフ会)では、みんなのノートブックを積み上げ、タワーを作る。
このNotebookersのサイトでも「タワー」と検索すれば興味深い記事が出てくる。タカヤさんの昔の記事が出てきたりして、面白い。
(“タワー”での検索結果)

記事上部の写真は先日行われたTDLモレスキンミーティングでの写真である。
シンデレラ城前でモレスキンタワーを参加者全員で積み上げてみた。
他の入園客の興味深そうな視線が少し刺さったが、思い出に残る瞬間だった。(写真を撮ろうとしている人さえいた)

「ノートブックで遊ぶ」という発想が形になっているものを見るたびに、驚き、楽しい気分にさえしてくれる。それは遊び心に満ちていることが多い。
例えば、タカヤさんのよく(?)やっている、モレスキンのゴムの部分に肉まんを挟むこと。
(もしよければタカヤさん画像プリーズ☆)
それに、タカヤさんによる記事「今日の世界の果て Vol.2 “モレスキンの殺傷能力”

「遊びの中のノートブック」「ノートブックによる遊び」
これらのことはまさに、
「ノートブックそのものよりノートブックを使うその人が面白い」
という言葉に繋がるのではないだろうか。

去年、火を人から人へ分けていく、キャンドルナイトというイベントに参加したときのこと。
ちょうどこの頃、自分のノートブックへの記録の仕方について考えていたので、少し遊んでみた。

20120304-012637.jpg
そのイベントの記録の方法として、
溶けたキャンドルをノートに垂らし、ノートブックの端を少し焼いてみた。(それ以上燃えないよう注意しながら)

何かを考える際にノートブックに書くという手段をとっている人にとっては、
ノートブックの使い方を制限しないことと、自分の思考を制限しないことは、相互に影響していると思う。

『イリュージョン』リチャード・バック著 村上龍訳
の一部を引用する。

“いつも君は白い紙を持っている
それはほとんどの場合、計算のための用紙として使用される。
しかし、もし君が望むなら
そこに現実を書き込むことが可能だ。
意味のないこと。嘘。
何でも書き込むことができる。
そして、もちろん、
破り捨てるのも自由だ。”

このNotebookersのコンテンツの中にはいくつかの活発な部活動がある。
それらも「制限しないこと」から生まれたものがほとんどだ。
終わりがない、オープンエンドな思考を妨げないようにすると、
人を動かすなにやらステキな面白いものが生まれていく。

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