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己を疑え(エピメニデス)〜バンクシー ダズ ニューヨーク 見てきました〜

Posted on 16 5月 2016 by せら

日、キジ ジョンスンの『霧に橋を架ける』という短篇集を読んだのですが。
なんだろう、この人間の底なしの想像力。
その世界は、霧が川のようになっていて、魚もいるし、渡し守もいる。《でかいの》と呼ばれる正体不明の怪物もいる。
その未知の空間に橋を架ける物語です。
そして同じ短篇集収録の『蜜蜂の川の流れる先で』
ある日、ある川に、水の代わりに蜜蜂が流れてくる。
主人公は、その川をたどり、源流をさぐるのですが…

あと、わたしの好きなジョナサン キャロルの作品に『木でできた海』があります。

「木でできた海にどうやって、船を漕ぎ出す?」

人間の想像力、そして幻想ブンガク万歳。

☆ ☆ ☆ ☆

毎度のことながら、幻想ブンガクについての記事ではないです。

えー。先日、BANKSY DOES NY 見てきました。初日、そして1回目上映という本気で見てきました。
>>公式サイト
やー、ものすっごく楽しみにしてまして、ものすっごく楽しかったー! 席で、もう膝ばんばん叩きたかったくらい楽しかったー!(ラストは、ホントに拍手しそうになりましたよ!)

BANKSY、バンクシー、ご存知でしょうか。
wikiではこんなカンジで↓

バンクシー(Banksy, 生年月日未公表)は、イギリスのロンドンを中心に活動する覆面芸術家。社会風刺的グラフィティアート、ストリートアートを世界各地にゲリラ的に描くという手法を取る。バンクシー本人は自分のプロフィールを隠そうとしており、本名をはじめとして不明な点が多い。2005年、自作を世界各国の有名美術館の人気のない部屋に無断で展示し、しばらくの間誰にも気づかれないまま展示され続けたことが話題となった。

上記にもあるように、美術館で、作品を盗むのでは【なく】、【置いて】くる、CD屋さんでCDを買い込んで、バンクシーオリジナルのジャケットを【勝手につけて】、また、お店に【置いて】くる、そういうことをする別名アートテロリストです。
2015年の8月から9月頃には、期間限定で、イギリスにて『デズマランド』という遊園地を作りました。
某超有名テーマパークを、えー、なんていうんだろう、もじった、皮肉った、えー、そういう遊園地です。
舗装されていない道(つまり土が剥き出しになっていて、泥っぽい)、やる気のないスタッフ、造形に失敗してるような人魚姫、かぼちゃの馬車が事故を起こし、シンデレラの死体の写真を撮るパパラッチ、園を出るためには必ずお土産屋さんを通らないと出られない、とか、そういう遊園地だったそうです。
こんなの。

わたしは、この御仁がとても好きで、えー、そのバンクシーがNYで何をやらかしてくれるのかと、ずっとこの映画を楽しみにしていまして。はい、楽しかったですー!

映画の内容としては。
バンクシーNY出張編です。
2013年10月、この1か月間、NYにて、毎日、どこかに作品をひとつ作って、バンクシーアカウントのインスタグラムにフォトアップする、NYのファンたちがそれを追い掛ける、『宝物があるうちに』『消されないうちに』。

wikiの説明にもありますが、バンクシーが描いているのは、グラフィティアートと呼ばれている、街の壁やら塀にスプレーやペンキで描く、いわゆる【ラクガキ】です。
つまり、街のエラいひと、もしくはその建物の持ち主が「消しなさい」と行ったら、それは【消されても文句が言えないもの】なのです。なぜなら、ラクガキだから。それがどんなに芸術性が高くても、価値があっても。

なので、
インスタグラムで『今日の作品』をバンクシーアカウントがアップする → SNSで拡散される → ファンが駆けつける → 写真を撮ってSNSにアップ、更に拡散 … という流れで、この映画では『SNSと街、路上の融合、そのNY市民たちの反応も(バンクシーの)作品の一部だと言える』と説明されていました。
バンクシーの作品にスマートフォンやデジカメを向けているファンに、更に映画のカメラが向けられる、という、そういう作品です。
(これが何度も映されるんですが、これがものすごく皮肉に見えました。バンクシーが電柱やら壁の影から、そのファンたちを見ているような気が。「(バンクシーの)作品を見ている君たちを世界中が見てるよ」というカンジで)

いくつか紹介を。えー、それなりに遠慮していますが、ネタバレがダメな方はお読みにならない方がいいかと。
よろしくお願いします。

========以下、これよりネタバレあります========

◆10月1日:チャイナタウン

バンクシーNY1日目

この映画のポスターにもなっている絵です。

男の子が手を伸ばして、標識のスプレーをつかもうとしているんですが。
この標識の文字が『グラフィティは犯罪です』
この日の夜か翌日早朝に、この標識は盗まれてしまい、別の標識が描かれていたそうです。
次の標識の文字は『ストリートアートは犯罪です』

グラフィティ、ストリートアートを全否定するモチーフから、バンクシーが企てた騒乱の1か月が始まるというのも、ツイストが効いてていいなあ。
自分が作っているものを、自分が作ったものそのものに否定させるって、なにそのフクザツ骨折したようなゲイジュツ的マトリョーシカ(や、マトリョーシカでもないなあ、なんだろう、死んだ鍋?)。

◆10月7日:レッドフック

バンクシーNY7日目

絆創膏を貼られた赤い風船です。

ファンたちはこの風船の周りで写真を撮る。

バンクシーNY7日目

女の子は絵じゃないです。

こんなのとか。

バンクシーNY7日目

グラフィティとファンたち。

これは、こういう結末になったようです。

Banksy art in Red Hook is destroyed by graffiti artist
この絵に限らず、塗りつぶされる、消されるというのは、普通にあるようです。

赤い風船@英国

この絵は実は対になっていて、こういう絵もあったり。

この絵の風船が飛んでいって、傷だらけになって絆創膏が貼られて、遠くNYまでたどりついたのかなーと思ったり。

◆10月8日:グリーンポイント

10月10日

一つの独創的な思想は、千もの愚かな引用に値するーーディオゲネス

これはドアに描かれたそうなのですが、ドアの所有者が即時に撤去したそうです。

◆10月10日:イーストニューヨーク

10月10日

電柱は本物で、ビーバーが描かれたグラフィティです。

本では、ビーバーはNY市民、アメリカ国民の象徴で、電柱は政府を意味していると説明がありました。
それがバンクシーからのメッセージなんですが。
わたしには、この絵に関して、バンクシーのメッセージよりも印象的な言葉、というか、エピソードがありました。
この絵が描かれたのは、あまり治安の良くない地区らしく、この絵に価値があると気付いたストリートギャング(っぽい)おにーさんたちが

「撮影するなら金を払え」
「払えない金額じゃないだろう」

と、写真を撮りにきたファンたちに言うのです。
(5ドルだったか20ドルだったか)(本には20ドルと書かれていますが、映画では5ドルって言ってた気が)
(だいたい500-2,000円くらい)
そして、忘れられない言葉が飛び出しました。

「お前ら、この絵がなきゃ、こんな場所へ来ないだろう」

この言葉を聞いた時、わたしは、バンクシーはこの一言を言わせるために、や、この一言をファンたちに聞かせるために、ひょっとしてニューヨークでの活動をしたのかなー、と思いました。

が、本では

もちろん、バンクシーが場所を選ぶとき、そこに一切、慈善事業的な意識はないだろう。街中に作品をばらまくことで、白人や高所得者が多い場所を選んでいるという批判に対して先手を打ちたかったんじゃないかな?(まあ、「ニューヨーク市全域制覇」というのは、全体の計画の一部だったしね)

とあるので、わたしが感じたソレではないっぽい… ない、かなあ…

◆10月17日:ブッシュウィック

バンクシーNY10月

日本のお嬢さんふたりの絵ですが。


グラフィティアーティストが、女の子ふたりの部分を黒のスプレーで塗りつぶしたようです。

ニューヨークには、バンクシーファンもいれば、アンチバンクシー派もいるわけで。
バンクシーの絵をこんな風に傷つけたり、GO HOME! と書いたり、活動を邪魔される、妨害されることもあるようです。
そういうことをされることも含めて、街に描く絵、グラフィティなんだろうなあ。
(これは、有志のファンが塗装用シンナーで、元の状態に戻されたそうです)
こうなる前に、ファンは駆けつけて、綺麗な状態で写真を撮り、SNSへアップするのが理想なのですが、場所を割り出す、そこへ駆けつける、それまでの時間に、持ち主が撤去したり、こうして傷つけられたりしたり。
グラフィティアーティストたちからの嫉妬ややっかみのみならず。
バンクシー、ニューヨークでお尋ね者になっていました。
ニューヨーク市警はバンクシーを逮捕すると声明を出し、ブルームバーグ(前)ニューヨーク市長は「他人や公共の財産に損害を与えるものは芸術に値しない」と公言しました。
美術雑誌の評などでも「低俗で分別を欠いた芸術の面汚しだ」と言われていたようです。

そして反バンクシー派の意思とは正反対に、バンクシーがグラフィティを残した建物の所有者は、それをオークションに出したりして、えー、大金を手に入れている。

◆10月22日:ウィレッツポイント

バンクシーNY10月22日

この日の作品はスフィンクスですが。

わたしはコレはあんまりいいと思えませんでした。映画館の大きな画面で見ても、本で見ても、ネットで見ても。
好きじゃない、というか、なんだろう、造作が雑に見える、や、ちょっと違うなあ、なんだろう、バンクシーっぽくない、のかなあ。
他のステンシルなら、あー、バンクシーだな、と思うんですが、これは何だろう、バンクシーの指紋が見えないような気がする。

これは地元の自動車修理工が自宅のガレージに持って帰り、話を聞きつけた画廊の店主が委託販売という形でお店へ引き取ったそうです。
(スフィンクスは、この映画ができた時点でまだ売れていないとか)
この画廊の店主は、作中、他のエピソードでも出てくるんですが、ちょっと不愉快、というか、あんまり好意的には見られない御仁なんですが。
その不愉快も併せて、バンクシーの映画なんだろうなあ。
そして、自宅のガレージに持って帰った自動車修理工ですが。
このひとの台詞もまた強烈でした。

「身なりのいい連中が写真を撮っていて、慎重に扱っていたから、きっと貴重なものだ。だから、誰かに取られる前に、自分が頂く」

10月10日のイーストニューヨークのストリートのおにーさんの言葉、そしてこのひとの言葉、わたしは、この言葉に対して、どう捉えたらいいんだろう、なんていうか、バンクシーからの宿題のような。
次の映画を作るまでに、答えを考えておいてね、と言われたような。

☆ ☆ ☆ ☆

わたしがいいなあ、好きだなあと思ったものを、いくつか。

◆10月20日:アッパーウェストサイド

バンクシーNY10月20日

これがオリジナル。

BANKSY_HUMER_FAN01

こんなのとか。

BANKSY_HUMER_FAN02

楽しそう。

これはスーパーマーケットの壁だそうでして。
そこの店主さんたちが、この絵をお店に飾ったりして。
そんで、絵自体は、強化ガラスで覆って傷まないようにしているんだそうです。
(写真は撮ることができるようですが)
おかしかったのが、店主さんに案内されて、映画のカメラがこの絵を撮りに行った時、ゴミの日の前日だか、何だかで、その絵の前にゴミ袋がいくつか置かれていたりして、店主さんは、そのゴミ袋を無造作に脇によけて「これだよ」と…。
そのシークエンスが、ほんっとーに微笑ましく、楽しかったです。

今回の映画でバンクシーのグラフィティ、わたし最高認定の
◆10月24日:ヘルズキッチン

バンクシーNY10月24日

なんて好みなんだ。

コレ!すっごい気に入った!!
ファンの人たちも、この絵の前で、それぞれで想像したシュチュエーション(膝まづいて花を受け取るポーズや、「だめよ、受け取れないわ」的なポーズとか)で写真を撮っていて。楽しそうでしたー♪
これは金属のシャッターに描かれたものですが、これも建物の持ち主が撤去したそうです。

◆翌日10月24日:イーストヴィレッジ

このインスタレーションそのものじゃなくて、映画に映っていたファンの人たちがすっごく良かったのです。
「この時間と空間を共有しないと、良さはわからないよ」
というようなことを言っていて、その場にいるからこそわかるワクワク感とか、死神と演奏者との近さ、とか、そういうのがすごく羨ましかったです。

◆10月29日:ハウジングワークス
ここにある画廊で買われた風景画が、バンクシーによって加筆され、また【戻ってきた】のだそうです(タイトルまで新しくなって)。
なんかもう、Oヘンリーの短篇みたいだ。

バンクシーNY10月29日

『悪の陳腐さの陳腐さ』

もともとの絵には、人物の絵はなかったそうです。
この後姿からわかるように、これは、えー、ナチスの将校の後姿、これが描き足されました。
タイトルは
“The banality of the banality of evil”
『悪魔の陳腐さの陳腐さ』だそうで。
これはハンナ アーレント著『イェルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』をもじったそうなんですが。
アイヒマンというと、ナチスの将校で、ホロコーストに関係した人物であり、それだけのことをしていながら、裁判では「命令に従っただけだ」と言った人物であり。
映画では、思考停止、自分で考えないことをバンクシーは批判している、と、そういうメッセージだと言っていました。
この画廊の主は、この絵をオークションに出して、その収益をホームレスや、HIV患者のための活動に寄付したそうです。
このエピソードもすごく好きなんですが。
ちょっと戻ります。

◆10月13日:ウッドサイド
セントラルパークで、じ様がバンクシーの原画を60ドルで売っていたんだそうです。

バンクシーNY10月13日

「見知らぬ人に冷たくするな、変装した天使かもしれないから」

じ様のしれっとした顔が、ものすごく楽しくて、もう、なんだこの映画! 好き!!と思いながら、ホントにこの辺りで、膝をばしばし叩きたくなっていました。
こんなことするんだなあ、バンクシー!

結局、半日ほどで、全部で8枚売れて、売り上げが420ドル(4万2千円くらい) 。
翌日、動画でアップして、ファンたちが歯ぎしりしたとか。
オリジナルなら、28万(2,800万円くらい)ドルくらいするそうです。

映画の説明では、この機会を逃して、嘆く人も多かったそうですが、彼らの目的は、バンクシーの作品を60ドルで買う、というエピソード、ドラマが目的だ、と言っていまして。
Oヘンリー通り越して、なんだろう、笠地蔵とか、困ってるおじいさんに親切にしたところ、土地神様だったとか、そういう昔話レベルのイメージが。
これがものすごく印象的でした。

10月7日のレッドフック、
10月10日:イーストニューヨーク、
10月29日:ハウジングワークス、これらを見て、バンクシーって、ものすごく皮肉で、ブラックっぽい作品を作っていますが、ひょっとしてとても優しいひとなんじゃないかなあと思ったり。

こういう動画がありました。
バンクシー ダズ ニューヨーク公開 RT達成記念公開の動画で。
https://twitter.com/uplink_jp/status/720221763104145410

このコピーが『悪人がパイを食らい、善人が笑う』というもので、バンクシーの理想って、こういうシンプルなものじゃないかなあと。

もう1本、イグジットスルーザギフトショップ というバンクシーの映画がありました。
これはバンクシーが【撮影した】映画で、バンクシーのグラフィティがどうこう、という映画ではないです。
もともとは、バンクシーを追い掛けてた主人公が、いつの間にかグラフィティアーティストになって…というドキュメンタリーなんですが。
この主人公の絵が、どうしてもいいと思えなかった。
ウォーホルの絵を、マネして描いて、水で薄めたような絵で。
それでも、大々的にとりあげられ、個展を開き、即売会では飛ぶように売れて…、と、その絵を良いと思えないわたしが間違っているようにも思えました。
ですが、たぶん、そう思うことが、えー、その、バンクシーの手の平で転がされているんだろうなあ、と。

そして今回も。
やっぱり、バンクシーの作るものは、わたしに問いかける。
「この絵を本当にいいと思う?」
「あなたの基準で、あなたの感覚で、この絵をいいと思う?」
「街の壁に描かれたラクガキを、作者のサインさえないグラフィティをいいと言える?」
と、バンクシーから問いかけられている気がする。

例えば文章にしても、アート作品にしても、作者の名前がついていなくても「あ、これ、あのひとのだ」とわかるものが好きです。
(わたしが知っている、わかっている範囲など狭いものですが)それでも、文章を読んで、言葉の選び方、並ばせ方、読者へのウィンク、ものすごく抽象的に言うとコンテクスト、そこから、「あ、この文章、あのひとが書いたんだな」とわかった時はとても嬉しい。

物語もそうですが、わたしが好きなアート作品もまた、わたしに優しくない。
「自分で考えて」と言われているような突き放され感、やっぱり、わたしは、そういうのが好きです。

わたしは、こういう記事なども書いていて、留まらないもの、変わり続けるもの、終わらないもの、が好きで。
バンクシーのグラフィティも、消される、撤去される、街のアートとして留まる保証のない刹那的なもので。
その絵も好きですが、それよりも、バンクシー本人、そして、作品からの問いかけが好きなのかも知れない。

「何がいいと思う?」
「何がいけないと思う?」
「どんなものが好き?」

多分、正解はないと思うし、もし間違えていてもバンクシーは「ダメじゃないか」と言わないと思う。

わたしにとって、バンクシーというアートテロリストは、このNotebookers.jpのコンセプトみたいに、インスタレーションより、それを作るひとの方が面白い。

この映画、最後の31日はどうなるかというと、それは見てのお楽しみにしておいて下さい。
なので、最後のバンクシーからのメッセージも白文字反転しておきます。
ネタバレOKの方は御覧になって下さい。↓このへんにあります。

世界全体が芸術そのものだとしたら、最高だと思わないか

◆おまけ:10月11日:ミートパッキング ディスクリスト

動画のタイトルで、だいたいのことを察して頂ければ…
(なんか、すごいBBCっぽい、というか、パイソンっぽいというかさー)

◆おまけ2:読んだ本
記事の中で「本では〜」とあるのは、この本から参照しました。
(映画のパンフレットはなかったのです。なので、こちらを買いました、文章も多くて読み甲斐があります)

◆おまけ3:プラトンの言葉

プラトンの言葉

私の理論は、どんな文章でも末尾に哲学者の名前を添えると、深淵な感じがするというものだ。


(だからエピメニデスは「己を疑え」なんて言ってない)

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