香りを嗅ぐ読書

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人の女の子が言う。
「本を読まない男の子とは何かほんの少しだけ “合わない” 感覚がある」という。この言葉を誤解の無いように伝えるんだけど、その女の子は一人を上手に楽しむタイプで、つまり相手と「一人を楽しむ」という感覚にズレが生じるのではないかなと思う。読書はいつも孤独だ。そして楽しい。

読書というのは時々不思議なことが起きる。
以前、野外で本を読んでいたら足元に穴が空いていて、そこからヘビがにょろにょろと這い出ていた。気づいた頃にはヘビはかまってもらえずに窮屈な巣穴にまた戻るところだった。つまり僕は足元でヘビが這い回るその上で静かに集中して本を読んでいたわけである。

南米の文学が好きだ。特にマルケスは「マジック・リアリズム」と呼ばれる作風で、日常の中にさらっと現れる超現実的な表現が、そこの場所に吹いている風に似合っていて、世界にピタッと合う感じがする。例えば、恋をした状態でガラスに触れるとそれが緑色に変色する。オレンジを割るとダイヤモンドが現れる。古ぼけたテントの中で主人公の女の子が1日で100人もの男を相手にして「ガラスが砕けて骨の中に入ったみたいだわ」とつぶやいたり、ハンモックで眠るその下でカニが這い回り、空から老いたヨレヨレの天使が落ちてくるし、海の中に薔薇の花が密集していて、雨を降らせるために雲に銃弾を打ち込んだり、パンツに鍵かけちゃったり、怪しげな行商人は磁石を引きずったら村じゅうの鍋がごろごろとくっついてきて、氷を触らせると燃えていたり、不死身のクスリを大衆に向かってプレゼンしていたと思ったら毒蛇に噛まれて突然死んじゃったりするわけである。

一時期、本を読むたびに、その作家の比喩表現をかたっぱしからノートブックに書き上げていた。僕は本を断片的に読む傾向があって、物語を読むというよりは、何かを探しながら読んでいる。たぶん物語を読みたいというよりは、そこにぎゅっと詰まっている「濃密なことば」を探している。
いつも比喩表現というものは物語の中で切り離されていて、そこだけ孤独を強く感じる。作家がその表現までたどり着くまでの長い時間を想像して、孤独を感じるのかもしれない。そこに書かれていない長い時間を想像することが、たまらなく好きだ。「見えるものは、見えないものの終点である」と考えながら本を読むと、また違った物語がそこにある。

マルケスの比喩表現を書き留めておく。まだ読んだことのない人が、南米の監督アレハンドロ・ホドロフスキーの映画みたいに遠く異国の世界の果ての、不気味で美しい光景が感じられたらいいなと思う。異国のお酒を飲んだ時に漂うオークの樽の香りや熟成の長い時間を感じるように、作家の比喩表現という孤独に触れて、ずっと遠くの場所を感じてみてください。本を読むというのは、香りを嗅ぐということに近い。書きとめられた言葉から、その物語を想像してみるのもよいと思う。見えるものは見えないものの終点である。

赤子…①とかげのように青白くぬめぬめとしていた。②赤子は茹っていない牛の胎児そっくりの大きさと頼りなさを示していた。
朝日…アルミ箔のような朝日の輝き。
…馬のような汗をかき、太陽に炙られた皮革の匂いを体から発散させていた。
暑い…このあたりはあまりにも暑いので、卵は目玉焼きになって生まれるんですよ。
…はるかな昔、メルキアデスの部屋で空飛ぶ絨毯や、水夫ごと飲み込んでしまう鯨など不思議な物語を読みふけっていたころにきざしたもので、それがたまたま乾し草用のフォークに似た雨でほじくり出されたのだ。
…先史時代の怪獣の卵のようにすべすべした、白く大きな石。
…つまり海はだな、猫みたいなものさ、と彼は言った。いつかは戻ってくる。
思い出…際限のないジグソーパズルの一片にも似た思い出。
…サラセン人めいた侘しさが感じられ、秋の色をした顔に暗い光が漂っていた。
…彼女に不幸をもたらす風が犬の群れのように寝室に侵入し。
考え…考えというのは誰のものでもないんだからね。そこらじゅうを飛び回っているんだ、天使のようにね。
関節…しかし、関節はこぶのようにふくれ、これまでどうにか保ち続けてきた耕地にそっくりだった。
機関銃…飽くことを知らない、きちょうめんな鋏めいた機関銃弾によって、まるで玉ねぎの皮でもむくように、ふちからきれいに刈り込まれていった。
恐怖…恐怖のあまりトーテムのように呆然と立ちすくみ。
行列…雑多な人種と身分の男たちからなる列がくねりながら果てしなく伸びていて、まるで背骨が人間でできた大蛇のようだった。
金貨…闇の中でも火のように輝いている七千二百十四枚の四十ペセータ金貨。
空気…午後三時の液体ガラスのような空気と情け容赦ない暑さのこもった部屋。
恋心…しかし何よりも悲しく、腹立たしく、辛かったのは,匂いのきついうじのわいたグアバの実のような恋心を、死ぬまで引きずっていかねばならないというこの事実だった。
…オルガンのように深みのある声。
小雨…生ぬるいスープのような間の抜けた小雨。
錯乱状態…迷路のような錯乱状態にありながら、その秘密を守るに足る正気を残していて。
サンスクリット文字…それは間違いなく、47文字から53文字のあいだの数のアルファベットを形づくっていて、一つ一つを見ると、ダニか蜘蛛のように思われたが、メルキアデスの美しい見事な筆跡では、まるで針金に吊るした洗濯物のような感じを与えた。
死体…①蜂の巣のようになり、スープに浸ったパンのように崩れる死体。②周りの死体が秋口の石膏のように冷たく、乾いた泡のようにぶよぶよしているところを見ると、虐殺からすでに数時間は経過しているはずだった。
商店街…バベルの迷路じみた商店街。
辛抱強さ…まるで溺死人のように辛抱強かった。
…「どんな感じなの?」ホセ・アルカディオは即座に答えていった。「地震に出くわしたようなもんさ」
静寂…①紙の上を走るペンの音で署名の一つ一つが読み取れそうな静寂。②何レグワも離れたところで交わされる水入らずの親しい会話が聞き取れるほどあたりは静まり返っており。
背骨…弱り切った糸で一列につないだ糸巻きのようなペトラ・コテスの背骨。
…やかましい蝉の鳴き声は裏庭に製材所ができたような感じでした。
扇風機…暑苦しい部屋では、扇風機がアブのように唸っていた。
太陽…ある金曜日の午後2時m煉瓦の粉のように赤くざらざらした、しかもまるで水のように爽やかな太陽が、あっけらかんと照り出したのだ。
タクシー…霊柩車の残りの部品を集めたようなおんぼろタクシー
だらしなさ…そのだらしのない風采はテーブル・クロスについたスープのシミのように目立って見えた。
沈黙…スープがぐつぐついっているのが聞こえるほどの、ひどく暗い沈黙の中で。
…黒い包帯を巻いていない方の手が、まるで目に見えない軟体動物のように、彼の欲望の茂り合う水草の中にもぐりこんできた。
年増…二度炊きしても火が通らないほどの年増。
…涙がしょっぱいわよ、閣下。まるで温和しい牛のよだれだわ、閣下。
眠り…孤独な水死人めいた眠り。
…①日を受けた原油と同じ色合い、深みを備えたその肌。②黄金色の糖蜜を思わせる暖かい肌。
…「光は水みたいなものなんだ」と私は彼に答えた。「蛇口をひねるだろ、そうすると出てくるんだ」
ひざ頭…彼女の印象に残ったのは、ずらりと並んだピンク色のひざ頭だけだった。肉屋の鈎からぶらさがっている豚肉のようだった。
独り言…実のところ、石ころだらけのその独り言の中からえりわけることのできたのは、絶え間なく金槌のように繰り返される、昼夜平分時、昼夜平分時、昼夜平分時……という言葉と、アレクサンダー・フンボルトという名前にしか過ぎなかった。
疲労…「ガラスが砕けて骨の中に入ったみたいだわ」
不幸…不幸ってやつはカタツムリみたいなもんだ。
平野…窓の向こうには月面のような燃える平野。
真白…わしの家は絶対に、鳩みたいに真っ白に塗らせるつもりだから。
真昼…モンポックの町の川沿いに立っている家の屋根がアルミニウムを思わせる真昼の光の中に浮かび上がっていた。
見習尼僧…雨に驚いて舞い上がった鳩のような大勢の賑やかな見習尼僧。
…①ダイシャクシギのように丸く大きな目。②肉食獣のように鋭い目が、雨を見すぎて物悲しい穏やかなものに変わっていった。③細いが生き生きとした青い目は、万巻の書を読みつくした人らしい穏やかさをたたえていた。
山芋…象の足のように大きいヤマイモ。
…まるで鳩の羽毛のようなやわらかな、けがれのない雪。
…もぞもぞする温かい蛆虫のようなアマランタの指。
陽光…太陽はブラインドのあいだから刃物のように差し込んでいた。
乱雑…しかし、今では痛んで陰鬱に沈んでおり、大きな空っぽの空間があったり、本来の場所から外れた家具があちこちにあったりするために、いつでも引越しの最中のような印象を与えた。
笑い声…「あたしの時代の男みたいね」とマリア・ドス・プラゼーレスは雹のように笑い声を降らせて言った。

参考文献:「百年の孤独」「族長の秋」「迷宮の将軍」「エレンディラ」「予告された殺人の記録」「落葉」「悦楽のマリア」「ガルシア・マルケスひとつ話」…その他いろいろ

タカヤ

ヒッピー/LAMY・モレスキン・トラベラーズノート好き/そしてアナログゲーマー

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