はじめに
「Note of the note -ノートの調べ」 と題した不定期シリーズ。
このシリーズでは、著名人のノート、手稿、手帳、日記などを紹介し、そこに込められた作法と思いを検証していく。
第8回目は、向田邦子さんの字との関わりについて拾ってみた。
1.原稿
(A/表紙裏、裏表紙裏)
(A/p.82)台湾に発つ前日8/19に渡した原稿
「残された鉛筆はすべて4Bから5B。力を入れずに鉛筆を持ち、すごい勢いで執筆した。1時間に400字詰め原稿用紙10枚を書いたこともある。万年筆も何本か使っていたがこちらは人が使ってこなれたものを最上とし、頼み込んでもらったりした」(B/p.13)
2.手紙・一言箋
(B/p.50)
「大切な手紙はいつも鳩居堂の封筒と便箋だった」(同上)
(B/p.83)
「届け物には必ず自筆で一筆添える」(同上)
3.レシピ、メニュー
(A/p.12)
(B/p.146)
「思いつくと原稿用紙でもなんにでも、すぐに書き残した」(同上)
4.カレンダー
(A/p.82)
「出かけた時のままのカレンダ―。旅は四角で囲む」
5.万年筆
(A/pp116-117)
「先が十分にまるまった、よく滑る万年筆は作家向田邦子必携の武器なのでした。だから書きぐせの似た人で、太字の、よく使い込んだ万年筆の持ち主に出会ってしまうと、もう前後の見境もなく…せしめてしまう」(同上)
(C/pp.78-79)
「君はインク壺の中に糸ミミズを飼っているんじゃないかと言われるほどだらしなく続く字を書くせいか、万年筆も書き味の硬い細字用は全く駄目である。大きなやわらかい文字を書く人で使い込んでもうそろそろ捨てようかというほど太くなったのを持っておいでの方を見つけると、恫喝、泣き落とし、ありとあらゆる手段を使ってせしめてしまう。使わないのは色仕掛けだけである」(同上)
さいごに
5月2日の日付が入った遺言(原稿用紙4枚に書かれている)
(D)
「不正確、いい加減、辻褄が合わない。(中略)姉(邦子)の希望通りに財産を処分するにはと考え、動いているうちに、姉の考え方、生き方、家族に対する思いが込められている(ことがわかってきた)」(D/pp.8-9)
「この「遺言状もどき」も、事務的な文章の装いの裏に、姉(邦子)の肉声が騙し絵になったり、暗合になったりしながらちりばめられている」(D/p.10)
向田邦子さんは、「父の詫び状」としてまとめられる連載中に、病気の手術のため右腕が不自由となり、以来、利き腕ではない左腕で執筆を続けていたそうです。だから、ヌラヌラの万年筆は必需品だったのだと思います。もし、自分が文字を書くのに難儀をするようになったとして、果たして「苦」をおして、文字を書くことに固執するだろうか、と考えます。「もし文字が書けなくなったら」そんなことを思うとたまらない気持ちになります。今はキーボードも、音声入力も可能ですが、手で文字を書くという活動は、存在の全てを連ねる体験としてかけがえのないものだと、改めて、思いました。
「大事にしている事は、自分の言葉で書いた方がまだスッキリする(中略)書くのはたっぷりと歳月をかけ、時間というふるいにかけてから。それでもまだ残っているならば、それを大切に拾いあげて書きたい」(D/p11)
出典リスト
出典A:クロワッサン特別編集 向田邦子を旅する マガジンハウス2000年12月1日発行
出典B:和樂ムック 向田邦子 小学館 2011年8月23日初版第一刷 向田和子著
出典C:向田邦子・暮らしの愉しみ 新潮社 とんぼの本 2003年7月15日第二刷 向田邦子・和子 著
出典D:向田邦子の遺言 文芸春秋 2001年12月25日 第三刷 向田和子著