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027. 異国をノートブックの中で描いてみる

Posted on 09 10月 2023 by

Posted on 01 8月 2015 by Kyrie さんの以下のポストより

自国に異国を見出す
自国こそ異国だから

異国に自国を探す旅
それはつまらない旅

浮揚感はカフェにある
それは異国と似ている

何者でも何処でもない
自国から脱出し続ける

それぞれが携える地図
それぞれが記すノート

その全てが旅行記録で
その全てが故国になる

ノートに故国を見出す
故国こそ永遠の異国だ

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はいってみたいところ

Posted on 17 7月 2020 by

~またの名をちまちまツイートNo. 249

雨が続きますね。
色々と大変なご時世ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
おひさしぶりのkonamaです。

今日は、本の話のような、そうでないような。
つれづれに書いておりますので、気楽にお付き合いください。

● 滑らかな平面の上を移動する球体aの世界

 先日Twitterをながめていたら、岸本佐知子さんのエッセイ「ひみつのしつもん」についてツイートすると、クラフト・エヴィング商會さん直筆イラスト+著者サイン入りしおりをプレゼントというキャンペーンをみつけました(筑摩書房さんのキャンペーンで、既に終了しています)。
 それは応募せねばと抜書きをトライした時の写真がこちら。岸本さんの話はなんというか、こういうところが色々と自分にひっかかるのです。

私が心の底からやりたいことは、たとえば、「つるっつるすること」だ。完全に滑らかな、摩擦ゼロの平面を、どこまでもどこまでもつるっつると滑っていきたい。その究極のつるっつる感だけを無限に味わいたい。『パンクチュアル』、岸本佐知子「ひみつのしつもん」より。

この文章のあと、

「むかし物理の問題で「滑らかな平面の上を移動する球体a」が出てきたことがある。(この時、平面の摩擦はゼロになるものとする)と但し書きがあった。私がつるっつるしたいのはその問題の世界だ」

と続くのですが、なんていうかこのこういう不思議空間(というか、感触なんだけど)の中に入ってみたい(身をおいてみたい)願望って、ありません?
 この本の中にもプール一杯にゼリーを作ってその中を泳いでみたいとかそういう話も出てきて、そうそうと膝を打つ…。こういう話って、なんだか自分の性癖を開示しているような恥ずかしい気分になって、なかなか話題にはしないからよく分からないけど、みんなそういうものを持っているのかしら?と思ったりしたのです。プール一杯の○○のなかで泳ぎたいって話、けっこう色んなエッセイでみたことがあるきがするもの。子供用のプレイエリアにある、一杯バルーンが詰まってる遊具なんかもそういう感触を楽しむ物でもあるのかしら。むしろ、人をダメにするソファ系がイメージとしては近いのか。

♨ 温泉にでも行きたい?

 こういう「○○に浸かってみたい」的な発想は、私の場合、仕事でくたびれた~って時に、なんていうかこういう物に入りたいよねって感じで頭に浮かんできます。

 以前、ものすごい忙しい時期に、職場の同僚でもある長年の友人と帰宅途中にした会話:(夜遅いので同じ車両に誰もいないローカル線でぐだぐだしている図。あまりにヘトヘトなのでお互いの顔も見ていない感じ)

私:いや、もうさ帰ってもお風呂はいって寝るだけって感じだよね
友:こういう時って、温泉でも行きたいっていうんだろうけど、正直行くのが面倒
私:そだねえ。なんかこう謎のゼリーみたいなのに浸かると、疲れ成分がじわじわと溶け出して出るとすっきりみたいな機械ないかなあ。ゼリーが黒っぽくなって、お客さん相当お疲れでしたね~みたいな感じ。
友:あー、私は巨人のような力持ちに足首つかんで水平にぐるぐる回して欲しい感じ。昔の手回し脱水機みたいな?
私:蜂蜜絞るのみたいなのか…
友:あとね、なんかこう柔らかい物でぎゅーっと圧迫してくれるみたいな?

 こんな会話をしたのも、もう(年単位で)大分前なのですが、先日この友人から、誕生日祝いにハンドマッサージャーをもらいました。指を突っ込んで全体を圧迫するタイプのやつ(イメージわかないかたはこちら)。
 さっそく、風呂上がりに試す私。親指以外の指を穴に通して、ボタンをおすとぎゅーっと結構な強さで締め付けられる感じがします。「おー、確かに彼女が欲しがってた物そのものだねえ、全身だったら完璧だった….」
 ん、全身?全身をぎゅっとするってなんか読んだことあるぞ。

🐄 子牛用締め上げシュート

思い出したのは、オリバー・サックスの『火星の人類学者』。

力強く、だが優しく抱きしめてくれて、しかも自分が完全にコントロールできる魔法の機械を夢見るようになった。何年かたって、思春期の彼女は、子牛を押さえておく締め上げシュートの図をみて、これだと思った。それを人間に使えるように改良すれば、彼女の魔法の機械ができる。空気を入れてふくらまし、身体全体に圧力をかける服といったほかの装置も考えてみたが、締め上げシュートの単純さには抵抗しがたかった。

オリバー・サックスは『妻を帽子とまちがえた男』とか『レナードの朝』で有名ですが、このエピソードも脳神経医のサックス先生が自閉症の動物学者に会いに行った時の物。愛情とかそういうものがわからないというこの方が、ひそかにおうちに置いている機械のお話。ハンドマッサージャーはどちらかというと、空気をいれてふくらまし…の方に近いと思うけど、このしっかり圧をかけられるというのは普通に人類の欲としてあるんだなあと思ったのでした。

 しかし、人に抱きしめてもらいたいというと変に思わないのに、全身に圧をかける機械が欲しいというと、なんとなく奇妙な後ろめたさがあるのはなんなんでしょうねえ。

🐼 ちまちまツイート No.249

そんなわけで、つるっつるの世界から締め上げ機までの話を思い起こして書いた、ちまちまツイート(私が一番小さいロディアに、パンダのスタンプで書いている手書きツイート)がこの図になります。

ちょっときっかけからこの絵まで説明むずかしいよなー、と思ったのですが、「懐深いNotebookersの皆様なら許してくれるかな」と思いつき、こちらに書き留めた次第です。

追:結局のところ、〆切りから大分たちますけど何の連絡も来ないので、残念ながらしおりは当選しなかったようです。(そういえば、はじまりはそういう話だった…)

追2:と思っていたら、忘れた頃に当選のお知らせが来ました!

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Kobe INK #03 × 北関東三都物語2020夏 |3/3|桐生・西桐生駅セピア

Posted on 23 6月 2020 by

https://kobe-nagasawa.co.jp/originalitems/kobeink/p-289/

念のため、前々回記事にも貼った「神戸の街のイメージをインクの色で表現した人」の物語動画を再生。

Kobe INK物語の3色目は、旧居留地セピア。
神戸らしい落ち着いた街並みとノスタルジーさえ感じる風景をセピアカラーで表現した、らしい。

しかし舞台は北関東。
北関東はやすやすと、ノスタルジーさえ感じる風景を見せてくれない。

「すごい!」「たのしい!」「おいしい!」……魅力表現がアバウトすぎてノスタルジーの欠片も見えない北関東。

#1高崎→#2水戸→#3……。
流れに身を任せて東に進むのは、もうきつい。

ならばどうする?北関東セピア。

とりあえず僕らは、西に戻ったほうがよさそうだ。

Notebookers.jp画面の前のみなさん こんばんわ
みなさんが日頃 何を考え何を悩んでいるのか 私には全く計りしれませんが
まずは このサイトを 楽しんじゃってねぇ〜

あの曲を歌ってた女性は、たしか桐生のご出身。

(あわせて読みたい)上毛電気鉄道西桐生駅|桐生市ホームページ

水戸から西へ、ただし高崎未満の戻り。
このさじ加減範囲内で最適な「セピア」を、群馬県桐生市で見つけた。

北関東三都物語2020夏のセピアは、JR桐生駅にではなく西桐生駅にある。
新桐生駅ではなく、西桐生駅。
わ鐵の桐生駅でもない。とにかく2020夏のセピアは西桐生駅。

鉄道(市内の駅名)|桐生市ホームページ

「桐生」と名のつく駅だけで、4社の路線が入り込んでいる。
桐生ってば、なんて懐が広いんだ。
海なし県の駅なのに、地味にしれっと開放的。
それはまるで、神戸の旧居留地のごとく。

観光イメージアップポスター(桐生市観光大使篠原涼子さん)|桐生市ホームページ

https://twitter.com/haken_ntv/status/1255303806750994433

謎な桐生市街観光となった。
JR桐生駅から電動レンタサイクル5分圏内で、ほぼ初降車の織都桐生をざっくり押さえた。

桐生の地に降りると、「小さな街」「日帰り余裕」そう思うかもしれない。
しかし実際は、その真逆。
一日ではとても回りきれないし、桐生駅徒歩圏内を飛び出した桐生市はもっと奥深い。

ほぼ初降車の桐生について、私は一言で語れない。
まだまだ廻りきれていない桐生の魅力が、小さくたくさんありそうだ。

だから私は、篠原涼子に桐生を託す。
桐生駅に着いたら、篠原涼子表紙のKIRYUパンフをぜひゲットしてね!

桐生市観光大使 篠原涼子さんからのメッセージ(新型コロナウイルス感染症対策)|桐生市ホームページ

こんなノリで「Kobe INK × 北関東三都物語2020夏」3都市目は「桐生」でした。
桐生に行くならば、まずどの駅から桐生入りするかを考えよう。あっ車で桐生入りの方は、各自うまいことルート検索よろしくね。わたし道路交通事情に疎い!

以上をもちまして「Kobe INK物語×北関東三都物語2020夏」三部作はおしまいです。三都まとめは以下の通り。

「Kobe INK物語×○○三都物語」、書いててとっても楽しかった!
私の気が向いたり、読者の皆さんからのリクエストがあったりしたら、秋シーズンにまた考えてみようかな。

stayhomeに飽き飽きしているNotebookersさんの気分転換に「Kobe INK物語×○○三都物語」おすすめです♪ みなさんのご近所から行きたい世界三都市、三大惑星まで、北関東三都物語2020夏の3記事を参考に、ぜひみなさんも考えてみてくださいね。

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Kobe INK #02 × 北関東三都物語2020夏 |2/3|水戸・宮町スカイブルー

Posted on 21 6月 2020 by

https://kobe-nagasawa.co.jp/originalitems/kobeink/p-288/

この記事の続きを書きます。前提情報は#1参照。各自何卒。

念のため、前回記事にも書いた「Kobe INK物語」の復習を。

Kobe INK物語は、2007年に第1集のインク『六甲グリーン』を発表して以来、平成を駆け抜けて令和2年の今なお新色をリリースし続けている、元祖ご当地インクである(たぶん、おそらく。)ほんとに元祖かどうかは分からん。そこんとこ、よろしく。

Kobe INK物語の2色目は、波止場ブルー。
神戸メリケン波止場に広がる海と空の青を凝縮した色、らしい。

しかし舞台は北関東。
北関東はやすやすと、あの広い海を見せてくれない。

地図で改めて確認しよう。海を見るなら茨城県。

#1の高崎から小細工最小限で海を目指そうと考えるなら、
目的地はとりあえず、水戸で落ち着かせるのが良さそうだ。

水戸なら以前、行ったことがある。
平成終盤・春の偕楽園は、偕楽園のために電車が臨時駅を設置するレベルで賑わっていた。

偕楽園駅(臨時)から一駅南下すれば、すぐ水戸駅。
その先の計画は、水戸駅でパンフレットを収集して考えよう。

ほぼ田んぼの車窓を眺めつつ、茨城県の県庁所在地に向かう。

海を目指した標識と街ですれ違う

結果を先に言おう。

海を目指すも、水戸駅は電車降車からホーム、ホームから改札口までの区間で県外来訪者を引き止める。水戸から海を目指す気力を失う。

さらに言うならば、みどりの窓口インテリアが謎。
わかったよ水戸駅。今回は海を諦めて、市街地観光を楽しもう。

「6月の水戸なら、あじさいが6,000本くらい咲いてる公園に行くのはどうだろう?」親切な地元のおじさんが教えてくれたので、あじさいを目指す方針に変更。

なんとなく「水戸は徳川でよく学ぶ」イメージを持っていた。
学ぶ市民が携える三種の神器はきっと「書物」「筆記具」「紙束」に違いない。

弘道館近くにある本スポット。エントランスホールの紹介時間が短い。もっと長く映してほしい。そしてのびのび感をもっと伝えてほしい。

三種の神器仮説を抱きながら街を歩くと、なんと三の丸エリアで半日を費やす。書物部門はまず、県立図書館だけで十分楽しい。煉瓦の建物が少し遠くにある風景は、札幌の旅路を私に思い出させた。

水戸の人たちは、土日祝日もよく学ぶ。
県図のあとに訪ねた文具店と喫茶店でも、学ぶ人たちが行き交っていた。

水戸で学ぶ人たちの音楽は、もう日本だけで賄えないらしい。
喫茶店には、BLUE NOTEがよく馴染む。

BLUE NOTE CLUB WEB | コラム:またしても衝撃の発掘! ジョン・コルトレーン『ブルー・ワールド』は瞠目必至の音源だ
https://bluenote-club.com/diary/265877?wid=67719

ビートルズな空気も、街の何処かに流れていたような。

「ロンドンよりはパリがいい」と語る紳士もいた。その理由は明らかではないが、パリにも闘いの歴史があることを学ぶ。

長い水戸市街観光になった。
駅北口から徒歩10分圏内で、ほぼ初降車の県庁所在地観光を満喫できた。

観光パンフで大々的に取り上げられないどころか、そもそも掲載されていない場所の数々が常軌を逸して面白い。水戸はまず、三の丸エリアで午前中を潰せる。

あとは隣接する南町となんとか銀座、駅前宮町もう十分。水戸は瞬間にいくつもの情報を詰め込んで観光客を迎えてくるから、こちらの情報処理スピードがぜんぜん追いつかなかった。

旅路の趣味「風景印収集」を、県庁所在地にある中央郵便局でできなかったことは、今回最大の反省点。うーむ、水戸は年内にまた行くかぁ。弘道館にすら行けてないので、今度はすこしは、観光スポットをベタに巡っておきたいな。

「本」「喫茶」「文房具」も旅路の趣味とする筆者が巡った水戸エピソードにはなるのだが、駅北口エリアを散策すると、帰りの電車でこんな写真要約を撮影できる。

購入した集金袋のファスナーはYKK製。
パンフレットを貼りすぎて膨れ上がったトラベラーズノートレギュラーサイズは、わりとスッと入れられた。

こんなノリで「Kobe INK × 北関東三都物語2020夏」2都市目は「水戸」でした。
水戸に行くならば、どの地図を片手に町歩きすれば良いのだろう?駅や観光案内所で、まずは迷ってくださいね。

それはさておき、
北関東三都物語2020夏、ラスト1都市はどこでしょうか?
ヒントはもちろん、Kobe INK物語。

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Kobe INK #01 × 北関東三都物語2020夏 |1/3|高崎・瀧澤禅寺グリーン

Posted on 20 6月 2020 by

2012年1月に開設されたノートブック好きのノートブック好きによるノートブックのためのサイト(と見せかけて記事テーマはライターセレクトやりたい放題)Notebookers.jpの読者ならば、元祖ご当地インク(諸説あり)「Kobe INK物語」ってインクがとてもカラフルでそして神戸だよって事案は、聞いたり読んだり見たりしたことはあるだろう。(あるよねー)(あるあるー)(えっなーい(ほんならググってくださーい))


(……ふぅ)

ここまでうっかりスクロールして今このテキストを読んでしまった君たちは、当然「Kobe INK物語」ってインクのことを知っているよね?えっまだ不安?ほんなら次の動画を観とくれやす。


(えっ?ナガサワ文具センターってどこ?なんの店?……とか、そういう質問しちゃう系?)

……まぁ、神戸や関西三都以外の都道県ならびに地球各地にお住まいのNotebookersだと、ナガサワ文具センターさんのある文房具生活を暮らした体験がないもんね。ちなみにわたしは、2010年代後半になってようやく、ナガサワ文具センターに足を踏み入れたよ。それでも大阪だったから、神戸はなかなか遠かったなぁ。。。

でもでも、大丈夫。
日本で文房具を使ったことがある人の9割は目にしたことがありそうなメーカー「コクヨ」さんが、謎にナガサワ文具センターさんを紹介していたよ。これで日本全国津々浦々は、まるっとまるごとカバーした……でしょう。


念のため補足を入れておくと、文具好きで文具について何かしらググったら割と遭遇しやすい「文具王」こと高畑正幸さんも、ナガサワ文具センターを訪問しているよ。

明治15年に創業した文具店なんだね。ナガサワさんって、すごいなぁ……。映像時間30分超だから、再生タイミングは各自の暮らしと要調整、何卒。


さて、「Kobe INK物語」に話を進めよう。
Kobe INK物語は、2007年に第1集のインク『六甲グリーン』を発表して以来、平成を駆け抜けて令和2年の今なお新色をリリースし続けている、元祖ご当地インクである(たぶん、おそらく。)ほんとに元祖かどうかは分からん。そこんとこ、よろしく。

最新のインク全色まとめ(2019年9月現在の最新集は「第74集」)
https://kobe-nagasawa.co.jp/originalitems/kobeink/p-287/

Kobe INK物語のホームグラウンドは、その名の通り「神戸」だ。

しかしわたしは、トラベラーズノートとそのへんに転がってる筆記具をカバンに詰め込んで、だいたい日本の47都道府県を旅してきた。つーか未だに旅の途中。

令和2年も旅路なう(JPN2020)

日本をいろいろ旅していると、日本史を改めて勉強し直したくなる。旅の目的は全然違うっていうのに、なぜか600年前に実在したという武士の甲冑を目の当たりにするとか、うっかり遭遇が想定外。いかなる事態にもそれなりに国内対応するならば、やはり日本史の復習はたいせつ。

昨今は透明ビニールシートでレジ空間を仕切りがちらしいけれども、そんな仕切りは遭遇当時(平成時代)には全くなかった。いましらんけど。

「瀧澤禅寺」までの道程は、ローカル鉄道+ローカル路線バス駆使して行くとなると難易度やや高い。群馬県にある高崎駅からローカル路線バスで數十分揺られたのち、さらにまだ遠くに行ってようやく辿り着く。聞き慣れない地名のバス停で降りなければいけないので、バス乗車ついでに爆睡なんてほぼ不可能。道中どうぞ、お気をつけて。

乗らなくても楽しいD51


瀧澤禅寺(Minowa)– 2020年 最新料金|Booking.com
オーナーのクチコミスコア 9.9(記事執筆時点)

瀧澤禅寺は箕輪にあり、レストラン、無料の自転車レンタル、バー、共用ラウンジを提供しています。フロントデスクは24時間対応で、共用キッチン、館内全域の無料Wi-Fiを利用できます。有料の専用駐車場を手配可能です。

https://www.booking.com/hotel/jp/long-ze-shan-si-ryutakuzenji.ja.html

寺院の周りは、大変自然豊かで春は桜、夏は蛍、秋は紅葉、冬は静かな時間が訪れます。 

https://www.booking.com/hotel/jp/long-ze-shan-si-ryutakuzenji.ja.html
お寺の中も詩季織々

瀧澤禅寺の春夏シーズンを象徴する色は、グリーンだと思う。
どんなグリーンが待っているかは、現地を訪ねてからのお楽しみ。個人的には一泊二日より二泊三日を勧めたい。三泊以上は手帳の中身とジブン自身と要相談のこと、各自何卒。

2020年シーズン直近。
これから日本は、ますます夏だ。
きっとグリーンも、映えるはず。

だがわたしは、敢えて「瀧澤禅寺グリーン」を伝えない。
実際のグリーンは、やはり現地で体感してほしい。

体感したいと思ったNotebookersは、まずは高崎に行く日程を確保すること。
確保した日程で宿泊できるかは、先に紹介したBooking.comでチェック。
うまいこと予定があったら、予約ぽちっとなで旅支度スタート。

高崎に向かう旅支度のバックミュージックは、ベタにBOØWYが合いますかね。わたしタイムリーに観てないから、知ってる曲がこれくらいしかないよ。バブリーNotebookersさん世代ってイメージ。


バンドってよりは、解散後の方が当方世代です。

記事執筆時58,040 回視聴•2019/12/25

これは海なし県の主要都市を訪れて大抵思うことなのだけど、住民さんの学習意欲がはんぱない。街の本屋さんとか図書館とか、駅構内にある本スペースとか、謎のこだわりがありませんか?

あと地域の連帯結束が強すぎて、わりと隣市同士でバトりがちとか。高崎だと前橋と県庁所在地バトルをしてそうなイメージ。わたし群馬出身じゃないから、これまた無責任に「しらんけど」

こんなノリで「Kobe INK × 北関東三都物語2020夏」1都市目は「高崎」でした。
高崎に行くならば、世代関係なく「B・BLUE」歌えた方がいいのかい?
インクカラーイメージ、こちとら「グリーン」なのですが……。

それはさておき、
北関東三都物語2020夏、あと2都市はどことどこでしょうか?
ヒントはもちろん、Kobe INK物語。

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おかげさまで11→12年目|a TRAVELER’S notebook user

Posted on 06 5月 2020 by

今日のバックミュージシャンは「サカナクション」です。




ちょっくら、旅してきました。
1年くらい旅したのかな。なんなら今もなお、旅路の途中だと思っているよ。以下、TN10→11年目→12年目もよろしくねの振り返り。

  • 平成から令和にかけての時代越えと
  • 長崎県(長崎市内と福江島)
  • 徒歩圏内の生活力強化
  • 佐賀県(有田焼と風景印)
  • オンライン飲み会(○年振りに同期だよ全員集合(酒持参必須))
  • 新しい書籍と古い書籍
  • 懐かしいCDをCDとして再生
  • 徒歩圏内でできることリスト作成・継続更新
  • コトバストックモレスキンの再読
  • トラベラーズノートブック2020s活動方針の検討

……えっ、もういいですか。あららすみません。
あるけど、またの機会にでも紹介しましょうか。おかげさまで12→3くらいに。


トラベラーズノートレギュラーサイズ茶、ことし5月2日を持ちまして「11周年」を迎えました。

そして、ついに。遂に!!

「トラベラーズノート利用歴[12年目]」に突入しました!わーい干支一周が見えてきた!わーいわーい♪

トラベラーズノート×過去|イメージソング|多分、風。

以下、「旅先のToday’s TRAVELER’s notebook」から、トラベラーズノート撮影の観点を通して改めてシェアしたい記事まとめ。


トラベラーズノート歴11年超、かつNotebookesライターもわりと古株ともなれば、トラベラーズノート関連の過去記事を ちょっくらピックアップしただけで、それなりの雰囲気程度は醸し出せる。

2020年のほぼ全世界、だいだい昨今ご時世云々言いたくなる時代だ。
どうあがいても「まず生きよう」から前提条件を始める時代って、私は少なくとも生きたことがない。事態の収束と穏やかな日々を祈りつつ、わたしはわたしで、日々淡々と過ごすことにした。

だからこそ、「何を大事にして過ごしていたか」について、改めて考えた。昨今の情勢の前進にどれだけ貢献するのかさっぱりな問いかけを、自らに投げかけたのだ。

One of Notebookers として、わたしがこの問いに返す仮説(正解ではなくてよい。どうせ他人はそれぞれで精一杯。ひとはひと、自分は自分)is……「トラベラーズノート レギュラー茶」通称:茶トラ。うっかりこの記事のこの段落まで進んでしまった読者さんなら、うすうすお察しいただけてるかと。

茶トラと歩んだ十数年の旅路や、茶トラを週末の楽しみに頑張った会社員時代のほぼ週末出張、あと、茶トラきっかけで国内から海外までわいわい拡がり続ける Notebook Friends(TN以外も当然OK|モレスキン|ほぼ日手帳|Hobonichi Planner|ジブン手帳Biz|ジブン手帳|LIFEノートブック|測量野帳……あとはおのおの、てきとうに)…あれ本題なんだっけ?おちつけ、、、

茶トラとがさつ丁寧な旅やら何やらをくぐり抜けた経験に加えて、昨今ご時世もあいまって?!「日常生活をトラベリングモードに切り替えるKickUpTool(いったん仮置き)」としてのTNRの謎展開とんでもない。ちなみに2020年のトレンドトラベラーズノート革カバーの使い方は「ジッパーケースには常備マスク」こういったことをうっかり書き置いて、後世どっかのタイミングで笑えるようになるといいな。あれ、ここ何かのワイドショー解説?よくわかんない展開になってきたので、いったん話は仕切り直し。

昨今ご時世の立夏過ぎたる今日この頃に思うことは、

1)
いまを生きるために活きているスキルや発想の根源に、『トラベラーズノートとともにさまざまな旅をしてきた』経験がある

2)
1)から派生して、調子に乗りかけたのをいったん鎮めて調整した程度の、ふんわりとした自信がある(=自分自身へのちょっくら信頼)

……これら2つが、「自分が納得できる『トラベラーズノートユーザーであり続けた/続ける』理由」なのだろう。だからもう、友達とか相棒とかでないんですよトラベラーズノートって、普通に「道具」。あるいはサバイバルツール、ないしはウルトラライトハイキングへのちょい遊びゴコロスパイス……かな。

うちの茶トラってば、こっから一体どこ行くんだよ?本人一番わかっていないよ。

むしろ楽しもうぜ干支ラスト一周。そんな心意気で、TNR利用歴12年目のいちユーザーが、世界のどこかにお住まいのNotebookers各位all around the worldに、お届けしている次第です。地域別言語への翻訳は、各自任意よしなに。

トラベラーズノート歴12年目を迎えたわたしが、向こう1年範囲で掲げた【 To Do List 】3つ。

記事執筆時点では「2020/05/21」オープン予定。詳細は各自ご確認を。京都に行く理由がまた一つ増えた。これは早々に行きたいぞ。がんばろう京都、頑張ろうTFA。

https://www.travelers-factory.com/narita-airport/
トラベラーズファクトリーが成田空港第1ターミナルに行く。【2014年7月8日オープンだというのに未だに行けていないTFA。行きと帰りの交通手段は変える。できれば平日。風景印欲しい。

https://www.midori-japan.co.jp/tr/blog/2019/07/
香港でも日本でも安心安全な地球各地で、トラベラーズノート世界記録チャレンジメンバー入りしたい。ノートは積んでなんぼってハナシはNotebookersの超基本だと思っているけれども、トラベラーズノートは面で取るワイド展開も行けるのがすごいよね!いっそ次回は、地底に掘ってみる(モレスキンドミノちょーなつかしい!当時いっしょに楽しんだNotebookersのみなさん、わたしは未だに、あの日以降ノートブックでドミノをしていないよ)

11年ちょい、その時にあうペースでトラベラーズノートユーザーを続けていると、トラベラーズノートとの向き合い方とか、選ぶ基準とか、むしろ周辺ツールの方が使い込んでいるのでは疑惑などが生じます。これもひとえに、トラベラーズノートさんがシーズントレンド的にさまざまな限定アイテムをつくってくださるからこそです。人にあげるわけにはいかないけれども貼る機会がなくて困ってるステッカー、多数。

トラベラーズノートユーザーになったことがきっかけで、さまざまな出合いや機会に恵まれたことは、この時期恒例毎度ありがとう大感謝祭です。去年も今年も、なかなかおもろいトラベラーズノートになってます。使い始めた当初にはこの展開、ほんとにぜんぜん考えてないから。トラベラーズノートすごい。

トラベラーズノートユーザー、11年続けて良かったです。
良かったなぁと、思います。

12年目現在は、トラベラーズノート歴10年ちょいで培ってきた旅記録スキルを、ゆるくポップかつ着実に、日常生活の一端に取り入れる活動をしています。このあたりのスキルは、国内旅行一人旅で(トレーニングしている意識はぜんぜんないのに)養われていたようです。きちんと正規ルートで購入したトラベラーズノートユーザーDECADE RUN、いったんこんなかんじで以上です。

今後とも、うちの茶トラと仲間たちを、何卒よろしくお願いいたします。

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アンバーブロンズの、毛糸のジッパーケース(トラベラーズノート用) 販売日時のお知らせ

Posted on 23 3月 2020 by

アンバーブロンズの、毛糸のジッパーケースが、やっと用意できました。

使いこんだトラベラーズノートに馴染むよう、琥珀のようなブロンズ色の編み地です。

ジッパーケースでない側には、カードなどを挟めるポケットをつけました。

内布は、クラシカルな孔雀と植物の柄で厚みがあり、大事な文具などを守ります。

写真の通り、レギュラーサイズとパスポートサイズ、各1点ずつ、販売させていただきます。

販売日時は、2020年3月27日(金) 21時からの予定です。

直前のお知らせになってしまい申し訳ございません。

上記の日時になりましたら、Notebookers Marketに専用ページができますので、どうぞよろしくお願いいたします。

おまけの栞や、専用の保存袋もお付けします。

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ノートから離れた日々と同期される私

Posted on 08 12月 2019 by

大き目の論文の執筆のために,ありとあらゆるデータをパソコンに落とし込む日々であった.もう2年ぐらい何も書いていないかもしれない.お久しぶりです.

ノートに書き込むことがめっきり減り,もっぱら思考はスマホのメモアプリに書き込まれ,アップロードされ,同期され,コピーされ,その後編集されて,私が何をもともと考えていたのかが分からなくなるまでに改変されてしまった.

ノートのページ間の日付はどんどん伸び,1か月以上何も書かない日もあった.その間,私はもくもくとキーボードに触れ,スマホに打ち,話しかけ,それは同期され···という感じの日々.同期されたのは文字情報だけではない.パソコンとスマホで,私が二人いるかのようだ.私はもう一人の私に考えるのを任せて,そのもう一人の私は,もう一人の私に考えるのを任せている.同期というのは真剣さを無くしてしまう.

大き目の論文!たいそうな名前だが,本当は読書感想文と変わらない.私は何も発見しない.世界の見方が,個人的に少しだけ変わるだけである.木箱に乗って少し展望が出てくる,そういう具合のものである.

それでも,3か月に一度ぐらいはNotebookersを覗いていました.そのままの人もいるし,いなくなった人もいる.帰ってきた人もいるかもしれない.私は帰ってこられるだろうか,と思い,タブを閉じる.ちょっとした羨みや妬みを感じて,それを持つ自分を嫌悪する.

ここに下書きを書いたこともある.でも,なにも書くことがない.なぜなら,何も書いていないから,考えていないからである.ノートは空白だからである.そこには何の考えもないし,考えは物質化されていないし,空虚である.010010001011010010というぐあいのデータしかない.同期されていて,それは思考ではない.

私はノートに何も書かなかったから,本当に薄っぺらい人間になってしまった.同期されたら便利だけれど,考えることはそもそも便利である必要はない.これから,また少しずつ,何かしらについて考えていきたい.

※写真は大阪府箕面市資本主義化された勝尾寺にて.

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モレスキン カイエを持って青紅葉狩り

Posted on 13 11月 2019 by

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アンバーブロンズの、毛糸のジッパーケースができました(トラベラーズノート用)

Posted on 15 9月 2019 by

今年春からとりかかっていましたものが出来上がりました。
(詳しくはこちらこちらをご覧ください)

ジッパーケース内

クラシカルな内布の雰囲気のまま、トラベラーズの革カバーに会うものができたのではと、自負しております。

Notebookers Marketにて販売予定のため、名前も「アンバーブロンズの、毛糸のジッパーケース」に変更いたしました。

琥珀色がかったブロンズのような光沢の編み地です。

今回もおまけは、毛糸製の一本の栞にしました。
いずれも本体に使った毛糸を使用しています。

チャームそれぞれ付け外しが可能です。
左から、タッセル、果実の香袋、羽根チャーム、スワロビーズ。
右二つは、内布の柄と色に合わせてみました。

セット例

右の丸いのは、丸い果実をモチーフにしてまして、実は香袋です。
といっても香りがついているわけではなく、中に綿が入ってまして、それを取り出し、お気に入りの香りをシュッとひと吹き。
また戻して、お気に入りの香りも持ち歩けるというものです。

トラベラーズノート茶色カバーにセットすると、こんな感じです。

保存袋も作りました。

マルタックには、本体に使用した布や毛糸と同じものを使い、統一感が出るように。

販売は、10月上旬を予定しております。
詳細が決まりましたら、またこちらでお知らせいたしますので、楽しみにお待ちくださると幸いです。

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赤ずきん三姉妹の、毛糸のジッパーケース(トラベラーズノート用)完成しましたので、販売日時のお知らせ

Posted on 31 8月 2019 by

「むかしむかしあるところに、3色の赤いずきんをかぶった三姉妹がおりました。
それぞれの赤いずきんはおばあさんからの贈り物です。
ある日、三姉妹は、体を壊したおばあさんのお見舞いへといつもの森に入りますが、いつしか見たこともない植物に囲まれていることに気づきます。
どことなくオリエンタルな雰囲気の森に迷いこんだ3人の赤ずきん。
どんな誘惑が待っているのでしょうか。
それぞれの誘惑はどんな色なのでしょうか。」

もし赤ずきんが三姉妹だったら、と想像して、それをテーマに3色の赤い毛糸のジッパーケースを、春から製作しておりました。
三女、次女、長女のイメージで、「ローズ」「ルビー」「スカーレット」と呼んでいます。
(前回の記事はこちら

今回から、編み地の一重の方にポケットを付けてみました。
チケットなどを挟んでも良いですし、反対側にピンバッヂやピアスなどを通した時も、キャッチをポケットの中で付けることにより、そのでっぱりをカバーできるかな(ポケットの範囲だけですが)と考えました。

スカーレットをトラベラーズノートカバーに挟んでみたところ。
上のパスポートサイズがブルーエディション、下のレギュラーサイズがブラウンです。

販売開始は、2019年9月4日 水曜日 21:00からの予定です。

上記日時に、Notebookers Market(トップ画面の右側)に、専用ページができます。

では、もう少し、詳細をお見せします。

三女ローズのジッパーケース内

ジッパーケースの内布は、大柄の生地なので、中心となる大きな花が中で咲いてるよう裁断しました。

人の唇が皮膚ではなく、内側のひだが外にめくれているように、内布の色からとったジッパーの色とともに、広げて楽しんでいただきたいです。

次女のルビー
長女のスカーレット

栞とチャームがおまけです

おまけは栞です。
くさり編み一本の毛糸製の栞。
タッセル、チェコビーズ、カゴのチャームが付いています。
3つのチャームは取り外し可能なので、栞の両端はもちろん、ジッパーのスライダーにつけても良いですし、トラベラーズノートカバーのゴムに付けても。

縦横約2cmくらいのカゴチャーム

カゴチャームには、ワインとぶどうが入っています。
赤ずきんたちがカゴにお見舞いの品を入れて森へ入っていく、物語の始まりを意味するモチーフとして選びました。

赤ずきんは、ミステリアスでエロティックで、ときにホラーな物語だと思っています。
お話によって、猟師が出てこず赤ずきんが助からなかったり、実は赤ずきんと狼は最初からできていて、邪魔なおばあさんを殺害するために仕組んだことだった…?なんて創作する方もいて、楽しいです。

だれかのトラベラーズカバーに挟んでもらって、その方なりの赤ずきんの物語を紡いでいっていただけたら、と願っております。

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おかげさまで10周年

Posted on 09 5月 2019 by

2019年5月9日、よる。
Notebookersライターのsaoriです、こんばんは。

うちの茶トラこと「トラベラーズノート レギュラーサイズ 茶」
本日無事に、10周年を迎えることができまし……

って投稿するつもりだったのに、
きょう撮影のために1冊目のノートを開いたら、使用開始日2009年5月2日じゃないですか!!

こんな信じがたい展開、アリ?
あるんですよーそれが今!

ほんとにほんとに、我ながら心底びっくりしました。
人の記憶は時として豪快に曖昧なのだと、自らの体験をもって痛感しました。

「わたし今年の5月9日にTN愛用10周年迎えるのー♪」とかなんとか、
浮かれた話を聞いてくださった方々、ごめんなさいあれ嘘でした!!

2009年5月2日に1冊目のリフィル(003 無罫)を使い始めて以来、
なんだかんだの紆余曲折はあったものの、
いつの間にやらトラベラーズノートは、時代を越えた旅の連れ?友達?ただの必須文具?
うーんなんだろう。とりあえず生活におけるなんかいい感じのポジションになりました。

出張ついでも含む旅で使ったリフィルは、40冊くらい。
20冊目あたり表紙ナンバリングが面倒になって書いてなかったり、
数冊どっかになくしたりしたせいで、正確な冊数が分からないのです。

10年間、その時にあうペースでトラベラーズノートユーザーを続けていると、
トラベラーズノートとの向き合い方とか、選ぶ基準とか、
ほんの些細なことでも変化していることを実感します。

多くの人たちになにかしらを発信する職業を生業の一つとする身でありながら、
誰よりも、私自身が私の発信に新鮮さを感じられるのかもしれません。

トラベラーズノートユーザーになったことがきっかけで
さまざまな出合いや機会に恵まれたことにも、改めて感謝します。
使い始めた当初にはこの展開、全然考えもしていませんでした。トラベラーズノートすごい。

トラベラーズノートユーザー、10年続けて良かったです。
良かったなぁと、思います。

11年目からは、旅以外でもトラベラーズノートを使ってみようと画策中。
もうすこし、生活に根付かせた使い方をしてみたくなっています。
用途を絞ってときどき使うだけでは、もったいないノートなのではないかと。

筆記具や表現手法などに制限を設けず、
少なくとも使用歴11年目に入った令和元年のうちは、茶トラを使い倒してみます。
(飽きて使わなくなったらごめんね)

今後とも、うちの茶トラをよろしくお願いいたします。

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東の果ての霧の町の灯台

Posted on 03 5月 2019 by

 
此処から東へ東へ、東の最果ての断崖に、明治のはじめに造られた白亜の灯台が立っている。碕の高さと塔の高さを合わせると51mにもなるその灯台の灯は、海から見るときっと、星のように見えるのだろう。

灯台は ”フォグホーン” を備え、周囲を霧で閉ざされた時にはそれを鳴らしたという。過去の記念に残されたサイレン、今はもう、その音が海に放たれることはない。

キャラメル

朝、駅までの途中のコンビニでキャラメルを買って、ポケットに入れた。

キャラメルは、旅の支度の最後、仕上げに持つ旅行には欠かせない携行品の一つ。
長い旅であれ短い旅であれ、旅行は刺激と緊張の連続だ。ちょっと疲れた時、ちょっと気分を変えたい時のための、キャラメルは旅の友。人混みの騒々しい音や匂いとか、自分にとって好ましくない刺激で息苦しく感じた時に、空気と時間を自分に戻すおまじないのキャンディでもある。
 

夜の匂いから朝の匂い

6:00、いつもの通勤とは逆方向の電車に乗る。休日なのでそれなりに空いてはいるけれど、乗客の半分くらいは朝まで都心で遊んでいたらしいぐったりした人達で、車内は夜の電車の匂いをひき摺っている。

駅に着くたび、ふらふらと一組降り、二組降り、途中、何本かの線が混じる駅でほとんどの “夜組” が降り、代わって乗ってきた人々で車内は平日の通勤電車を薄めたような朝の匂いに変わった。
 

ターミナル駅

6:50、千葉駅着。次の総武本線の乗換えまで20分と少し。

持参の魔法瓶のお湯でコーヒーを飲めないかと駅構内のコンビニに入ってみたのだけど、紙コップも紙コップ入りのインスタントコーヒーも見つけることができなかった。そうか、コンビニといっても駅のキオスクの派生種だ、売ってるものもそういうことかと、自分なりに納得して店を出る。
 

窓からの景色

これから乗る総武本線のホームに降りると電車はもう着いていて、ぽつんぽつんと疎らに乗客が座っていた。

車両の座席は通勤電車と同じロングシート。ちょっと残念に思いながら何処に座ろうかとゆっくりホームを進んで行くと、先頭車両でボックスシートを見つけた。いそいそと乗り込む。ボックスシートだけじゃなくて、特急列車のような大きな窓もある。通勤電車と観光列車(?)を合わせたようなおもしろい車両。大きな窓に面したボックスは少ししかなくて、そのうちのひとつに座る。

こんな大きな窓がついているのだから、景色も良いに違いないとスマホの地図(以下『地図』)で線路をたどってみる。……海が見えるわけでもなく、千葉から成田の南を通って銚子まで進む、どう考えてもただの千葉(失礼💦)だけど、いやいやこんな大きな窓がついているのだから、何か見るべきものがあるはずなんだと、どんな景色が見えるのかソワソワしながら発車時刻を待つ。
 

車窓 ─ 藤と白鷺

7:15。モノレールの線路を見上げながら、千葉市のよくある地方都市っぽい景色で出発した列車。ここから2時間、各駅停車でトコトコと進む。

市街部を抜けてしばらくすると、景色は千葉の郊外らしいものになってきた。いや、といっても、わたしは関東の生まれじゃないし、昔、外房の方に何度か行ったことがあるのとあとは成田空港しか行ったことがないくらい千葉には縁がないので、これが本当に “千葉らしい” のかどうか、本当のところは分からないのだけど、何となくわたしの中で千葉の内陸の地形はこんな感じと思っている景色、“想像上の千葉” の景色が車窓から見えはじめた。そうだ、南総里見八犬伝はこんな感じじゃ…!と思ったところで、南総はもっとずっと南ではないかと気付く(お、おぅ💦)

平坦な広い土地に、水の入った水田が連なる。今はちょうど田植えの季節のようで、小さな稲苗の明るい黄緑が、たぷたぷした黒い田んぼの水からちらちらと連なって見える。畦道の途中にはところどころ大きなこんもりした木があって、こういう木の下で、畑仕事のお昼にお弁当を食べたりするのかなと想像する。

田園風景を囲んで、山と言っていいのか森といっていいのかよくわからない鬱蒼とした緑の台地。山、というほど盛り上がりはなくて、延々と平たく高さが続いている。電車はその森の中を抜ける。あちこちに、柔らかな紫の、大きな野生の藤が見える。森の切れ間に、水田をそろそろと歩く大きな白鷺も。

白鷺はこの先もずっと、大きいのから小さいのまで、銚子の手前あたりまでけっこう見た。何だろう、千葉って白鷺の土地なんだろうかと思ってちょっとググってみたら、県のサイトでサギ被害(詐欺被害ではな(ry)のページを見つけた。
▶︎千葉県:サギ類についてhttps://www.pref.chiba.lg.jp/shizen/soudan/sagi.html
 

総武本線の単線区間

ふと、窓に迫る緑を感じて「あれ?」と思う。「線路脇の木、近過ぎじゃない???」

東京から千葉までの線を「総武線」という。千葉から先、銚子までの線は「総武本線」。総武線は首都圏有数のぎゅうぎゅう詰め通勤線でもちろん複線(詳しくは、上り下りそれぞれに複数の線を持つ『複々線』というらしい)なんだけど、その総武線の続きの総武本線なんだからこれも当然複線だろうと思ったら、総武本線は途中から単線になっていた。後で調べたところによると、佐倉から銚子までが単線区間と……ほとんどが単線じゃん(;`ω´)

総武本線の単線区間は、ローカル線のような雰囲気がある。何となくまだ都会の電車の気分をひきずっていると、時々「え?」と思うくらい、森の中にぽつんと出来たように見える小さな駅が出てきて驚く。

単線の幅しかないので周囲の樹々は電車に迫っている。「何かよくわからないけど千葉の方の電車に乗ると木が近くてびゅんびゅんする」と思っていた原因はこれかーと気付く。
 

朝8時、成東駅

東金線で外房方面に行く人が降りたのか、電車はガラガラになった。そして10分程度の停車。電車のモーターも切られて、周囲の音がよく聞こえる。鳥の声と、水の入った水田にいるカエルだろうか、リーリーリー、コロコロコロ、という柔らかい鳴き声。開け放ったままのドアから、朝の湿った植物の匂いがする。少し肌寒い。
 

霧の町

8:53の飯岡を過ぎたあたり、地図で見ると九十九里の弓の上端、海がくいっと食い込んで総武本線が一番海に近付いたあたりで、景色に霧がかかってきた。

今回の目的地である犬吠埼灯台では、10年くらい前まで、霧信号所が稼働していた。霧で視界が悪くなった時に、灯台の光の代わりに霧笛を鳴らして音で船に灯台の位置を知らせる設備。そうか、霧信号所があるということは霧の出やすい地域ってことなのかもと、車窓の霧で白っぽく霞んだ景色を見ながら思う。(霧信号とはすべての灯台に備えられていたものというのでもなければだけど)

わたしは霧がとても好きだ。霧を見ると、クリームのような重い霧が身体にまといつく様子が浮かぶ。すぅ、と温みのない重く湿った水の匂いも感じられるようなのに、それが現実の記憶なのか、夢なのか、想像で作った景色なのかはよくわからない。

小さな頃の車での旅行中、山道を走ってるうちに車の鼻先が見えないほどの濃い霧に包まれてしまった時のこととか、旅先での宿を発つ時のまだ夜明け前の朝霧のかかった感じとか、海と川も近い実家で早朝に時々町が靄っていたこととか、キャンプの朝の湿った匂いとか、水に入れたドライアイスのもったりと重くて冷たい煙の感触とか、何年か前にメゾンエルメスで体験した「グリーンランド」の霧のインスタレーションとか、たぶんそういう幾つかの記憶と人から聞いた話を合わせて出来た自分の中の霧の景色があって、それが霧を見るたび浮かんでは、また新しい霧が加えられて、ますます深く重たい霧の景色が作られ続けているような気がする。

何となく霞んだ白っぽい町の景色を眺めながら、9:10、銚子駅に到着。元々予定していた時間よりも1時間程度遅い。こんなに霧の降りるところなんだったら、のろのろ布団に埋もれてないで、やっぱりもっと早く出ていればよかったと思う。早く着いていればもっと霧深い景色を見られたかも、と思う。
 

銚子電鉄

ホームに降りて「そういえば、JRと銚子電鉄ってどう繋がってるんだろう?JR駅から遠いんだろか??」と、乗り換えの案内板か、もしかして銚子電鉄の駅舎でも見えないかとぐるり周囲を見まわしてみ……あった。いま自分が降りた電車の後ろ(というか電車の進行方向の先、車止めの先)に、何やら栗みたいな屋根の小さい建物があって、その奥から水色のかわいい電車がちらっとこっちを覗いている…

何がどうなってるのかよくわからないまま、人もそのあたりにわらわらいるので近づいてみると、やはりそこが銚子電鉄の乗り換え口(?)だった。ICカード用ターミナルが立っているのでそこでピッとタッチして、そのまま、先のホームの銚子電鉄の電車に乗り込む。座って出発を待っていると、車掌さんが回ってきて切符が云々…言われていることの意味がわからなくて「そこでSuicaでピッとしてきたんですけど(※東京近郊の電車の乗り換え口は一般にICカードタッチ1回で退場精算と入場記録ができる)、どうすれば???」と訊くと、ICカードは使えないんです、今ここで行先を言って(買って)くださいとのこと。おお、想像もしなかった切符の買い方である。
 

荒波

9:30 銚子電鉄「犬吠」駅着。

有名な犬吠埼灯台なんだから行くまでの道標が出てるだろうと思って駅を出たら、ない。地図を出して方向を定め、少し歩くと、犬吠埼灯台傍のホテルの看板が出ていたので安心してそれに従い進む。ひどい方向音痴のわたしでも迷わない程度の、それほど難しい道ではないようだ。

駅から灯台までたいした距離じゃない筈なのに、何故か歩いてる人はいない。車通りも少なくて、地図を見ながら慎重に歩く。地図上で道々の要所の標にしていた海岸へ降りる脇道あたりに正しくそれらしい道があって安心する。「この先は海かー」と思いながらその道の先を見下ろしてみる。……目を疑うような景色。道の先の正面、黒い大岩があって、そこに真っ白な波がぶちあたってザッパーンと砕けている。

「え?あれ、もしかして海?????」←波が荒れることを知らない瀬戸内の民

さっきのは本当に海だったんだろうかと首を傾げながら、本来の灯台への道をもう少し進むと、下の方を見下ろせる小さな展望台があった。

犬吠の今宵の朧待つとせん

高浜虚子の句碑と、白亜紀浅海堆積物という周囲の地層に関する説明板がある。そして眼下には、轟音と、荒々しい海。

う゛…、本当に海だ(怖)
 

オヤジの海ですかこれは…

犬吠埼灯台に登る

映画の始まりに出てくる三角形のロゴの背景みたいな海にドキドキしながら歩いていると(※あのロゴの背景の海は本当に犬吠埼の海なのだそうだ)、いつのまにか灯台のそばに着いていた。空が白いので白い灯台に気がつかず「わー、灯台が見えた✨」という感動がないまま、灯台に着いていた。

四角く囲まれた灯台の敷地の入口で、入場料200円を払って中へ。

灯台と、灯台の台座部分にある資料室。別棟の資料館。納屋だかあずま屋だかのような口の開いた建物にはベンチが並んでいる。霧笛舎。あとは灯台の本来の仕事用らしき立ち入り禁止の建物とレーダーのタワー。とりあえず敷地内の建物の数を確認して、先ずは灯台に登ってみることにした。

塔内の狭いらせん階段をくるくる回りながら99段登りきると、灯台の灯の下のベランダのように張り出した外周路に出るドアが開いていた。暗くて狭いところから、明るい外へ。わー、白い、わー、高……わー~~~!!!!!!!?

一気に登った階段で脚の筋肉ががくがくしていることとか、高いところでスマホを持ってる時にいつも感じる緊張とか、霧っぽく霞んで視界が悪く足元は見えるけど遠くの水平線は見えないこととか、見えるところまで目を遠くにするとめらめらのたうち荒れる海が見えてその轟音がゴーゴーと聞こえてるとか、強い風に煽られてるうち自分が風に飛ばされてしまうイメージが浮かんできて、さらに手摺ごと、もっとさらに灯台ごと、このままこの強い風にもっていかれるんじゃないかと想像が一気にどんどん膨らんで混じり合って、外に出て数歩進んだところで突然凄まじい恐怖に襲われる。手摺を持つ手に力を込める、と、手摺が外れて落ちてゆくイメージが浮かび、慌てて灯台の壁の方に手をあてる、と、灯台がふにゃふにゃと頼りなく柔らかく揺れてるように感じ、そのままガラガラと崩れて落ちてしまうイメージが浮かぶ。その場にしゃがみこみたくなるのを必死で堪えて、すっかり足がすくんで、数歩先のドアまでガクガク震えながら戻った。
 

自分の中ではまさに「命からがら」という感じ。予想してもなかったところでいきなりぴよっと飛び出してきた恐怖。今までの人生で一番の高所恐怖体験になってしまった。
(ちなみに過去の最高ランクは吊り橋と観覧車とロープウェイ、あ、そういえば石廊崎灯台の断崖絶壁もかなりキタのを思い出した。灯台のあるような場所はだいたい怖いのかもしれない…気をつけよう…)

外周路の内側のちいさな踊り場に入ってしばらく息を整える。風の当たらない内側に入ると大分安心するけど、時々ふっとこの小室の外はさっきの風か吹きつける空中なんだという事実が浮かび上がってまた恐怖が襲ってくる。

捕らわれてしまった怖さから気を逸らすために、階段を登ってくる人たちに注目する。階段をひょいひょい登ってきた人の視線につられて上を向くと、レンズ室への上り口の細い階段が続いていた。が、当然といえば当然か、立ち入り禁止のプレート。怖くなってここで休まなかったら、この上り口には気づかなかったなーと思いながら、気も逸れてきたのでそろそろと降り始める。少し混んできた様子で、どんどん人が登ってくる。

灯台から降りてもさっきの動揺でまだ少し震えていたので、灯台に登る前に見ていた納屋のような休憩用と思われる建物に入ってしばらく休む。

人が増えてきたとはいえまだ10時で、それほど混雑はしていない。このベンチがある建物にもわたし以外は誰も居ないし、出入り口の四角い枠から見える白い灯台の壁と入口がとても美しい。綺麗だなあと思っているうちに、恐怖のイメージも薄らいできた。
 

白い空の霧信号所

この犬吠埼灯台で、本当は、一番楽しみにしていたのは霧信号所の建物だ。何で霧信号所を見たかったのか、理由は自分でもわからないような、とてもよくわかるような。
 

先に書いた自分の中にある霧の景色、そこに、断崖絶壁の白い霧の、空(くう)に向かって鳴る霧笛舎の姿を映したい。それとも、現実の霧笛舎の鳴らないラッパに、空想の、クリームのようにねっとり重たく冷たい霧の中で稼働している霧信号所の姿と音を重ねたい。

犬吠埼灯台の周囲には、崖の植物を観察したりするための遊歩道がある。その遊歩道から霧笛舎のラッパを見上げ、ラッパの向いている海の果てを眺めた。
 

見上げる灯台、波はホクサイ

遊歩道の途中から下に続く階段を見て、海まで降りてみようと思いつく。このひどく荒れているように見える海(外房の波は高いと聞いたことがあるけど、もしかしてこのくらいの波はこの辺りでは普通だったりするんだろうか?)を間近で見てみたいという怖いもの見たさもある。

ゆるい階段をてくてく降りるとあっという間に海で、上から見下ろした感じよりもずいぶん近く、また、波も案外怖さを感じない。ちょっと拍子抜けしながら灯台を見上げる。四角い崖の上に立つ白い灯台と、緑灰色の草と岩の景色が、どこか最果ての、日本の景色ではないように見えてくる。

立ち入り禁止の看板のあたりまで海に近づいてみる。この角度からだとやってくる波がよく見えて、葛飾北斎の絵の波の形をしていることに驚く。←波は高くても山型しか知らない瀬戸内の民
 

灯台と照射塔

11:30。そろそろ、もう一つの目的であるお午から開く日帰り温泉に移動し始めてもよい時間。

9時頃には霧っぽく白く霞んでいた空も、昼近くなって晴れてきた。ずいぶん遠くまで、水平線もぼんやり見え始める。眺めているうちにも霧が解けて、遠くの景色が濃くなってゆく。
 

灯台の高台から浅い湾を超えて南、朝来た時には見えなかった東に向かって伸びる平たい岬と、その先の岩がちな小島が幾つも見えた。よく目を凝らすとその平たい岬にすっくと立つまっすぐな塔。あそこにも灯台があるのかな?と調べてみたら、長崎鼻一ノ島照射灯という、灯台ではなく照射灯といわれるものだった。暗礁等の危険な場所(この場合は一ノ島?)を照らすものらしい。

近くまで行ってみたい気もするし、ここから眺める限り距離的にもそう遠くなく行けそうな気はするんだけど、自分の距離感覚と方向感覚の無さにはちょっとした自信があるので無理はしないことにして、温泉に向かう。
 

犬吠埼観光ホテル

家で地図を見ていた時には灯台のある岬から遠く離れているように思えた犬吠崎観光ホテル。現地を歩いてみると、駅からホテルと駅から灯台までの距離はさほど変わらない(そして駅から灯台までも大した距離じゃない)ようなので、温泉はここに行ってみることにした。海沿いの高台を走る道路から浜の方に降りたところにある海辺の観光ホテルだ。

12:00過ぎ、喉が渇いて水を買うために犬吠駅に寄り道したりしながらとろとろ歩いてきたので、ちょうど狙った通りの時間に着いた。玄関を入ってロビーに進むと、すぐに案内の人が「日帰り温泉ですか?」と声をかけてくれる。案内に従って切符を買い、切符を渡すとふかふかのタオルを貸してもらえる。

お風呂場はそう広くなかったのだけど、昼も早い時間で、泊まりの人たちもチェックアウトした後の空白の時らしく他のお客さんはほとんどいない。遠慮なく手足をダラーっと伸ばしてのんびりお湯に入ることができた。

そして、ここに来た一番の理由、海を臨む露天風呂。蒸々して暑い浴室から、露天風呂のテラスに出る。と、海からの風がふわっと身体にあたり、潮の香りがする。お湯は少し塩っぱくて、海の岩場から湧き出る温泉を連想する。正面には波が打ち寄せる太平洋、下は砂浜、そして左手には犬吠埼と灯台。

たっぷりのお湯でぷかぷかしながら、朝は恐々眺めていた海と波と灯台を眺める。灯台には薄く陽があたり、薄曇りの空のところどころに青空が透ける。もうそんなに怖くない程度に海も青くなり始めている。

昼間なので黒い崖の上に立つ白い灯台が見える。夜になったら崖と灯台は見えず、灯台の投げる灯りが見えるんだろうと思う。なんて贅沢なんだろう。
 

犬吠か外川か、駅までの距離

13:00。お風呂にも入ってじゅうぶん満足したので帰途につく。

地図で現在地を見ると、来た時に降りた犬吠駅よりも終着駅の外川駅の方が “直線距離だと” 近いようなので、そちらから帰ってみることにした。道路をたどると少し犬吠駅の方が近いようにも見えるけど、今日のところ、だいたいこの辺りの距離感は「思ったより近い」ので、遠かったところで大して差もないだろうと。

何の問題もなく駅に着いたので先にここで結果を書いておく。観光ホテルから外川駅と犬吠駅、「大して変わらない」だった。(但、わたしのアテにならない感覚値による)

ちなみに、家に帰ってスマホの歩数計で1日の歩いた距離を見てみると、かなりうろうろ無駄に歩いたにもかかわらず全部で7km程度。犬吠あたりは健康な人なら歩いて散策できるエリアだと思う。
 

海抜19.9mから

犬吠埼から長崎鼻の方に向かう道路は海面から少し高いところを走っている。外川駅方面に向かうためにその道路から逸れるところ、ちょうど長崎鼻の上にあたるところに海抜19.9mというレベル表示があった。何となくイメージしている高さの数字よりも低い。こんなに低いものなんだろうか?いやでもわたしの距離感覚ヒドイからな…と、低くなってゆく道の先を眺めていたら、正面に白い筒…あ、あれはもしかして…さっき行ってみたいと思ってた長崎鼻一ノ島照射灯?見に行かなくても見えた!しかもこんなところから!と何だかうれしくなってすっかり満足する。

ふかふかの電車と素晴らしい魔法瓶

外川から乗った銚子電鉄は少し混んでいた。それで少し、帰りの電車は人気(ひとけ)を避けたくなって、銚子駅にいた特急しおさいに乗ることに。行きはずっと普通列車で、終わりの方にはお尻と背中が痛くなってイゴイゴしていたので、特急のふかふかのシートにふかふか!!と感動する。

切符を買い、何だか時間が無いような気がして(ほら、わたし時間感覚もアレなんで…)飲み物も食べ物も買わずに乗り込んでしまった。車内販売はないかと期待するも、この特急しおさいも既に車内販売が廃止されていた。旅の友キャラメルも、行きの電車と灯台の後で食べきってしまっていた。ああ、と、思い出す。ああ、魔法瓶にお湯があるよ!!

愛用のタイガーステンレスボトルは、注ぎ口が広くて直接口をつけられるマグタイプなんだけど、保温性能がすごく高くて、朝沸かして入れたお湯がお昼を過ぎてもまったく冷めず、難なくお茶を淹れられるくらいの熱湯を保つので、とてもじゃないけど直接口をつけて飲むことは出来ない。(可能であることと適していることは違うのである)そのために朝、紙コップか紙コップ入りのコーヒーを買いたかったのだけど買えなかったし、移して冷ますものがないので仕方なく、蓋をあけ放しにして普通のマグカップのように持って、時々鼻に湯気をあてて温かいものを飲んでるような気分を味わったり、時々飲むのにチャレンジしてやっぱり舌を火傷しかけたりしつつ、ふかふかの電車で揺られて銚子から東京に帰った。
 

旅装を解く、雨

駅に着いたら雨が降っていた。しばらくはフードを被って歩いていたのだけど、どんどん雨足が強くなってきて、とうとう折り畳み傘を出した。ここのところ雨続きで、予報でも雨が降りそうな感じだったのでバックパックに入れて一日中持ち歩いているだけだった傘を、最後の最後にひらいた。
 
 

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赤ずきん三姉妹の、毛糸のジッパーケース作ってます。

Posted on 18 4月 2019 by

「むかしむかしあるところに、3色の赤いずきんをかぶった三姉妹がおりました。それぞれの赤いずきんはおばあさんからの贈り物です。
ある日、三姉妹は、体を壊したおばあさんのお見舞いへといつもの森に入りますが、いつしか見たこともない植物に囲まれていることに気づきます。どことなくオリエンタルな雰囲気の森に迷いこんだ3人の赤ずきん。
どんな誘惑が待っているのでしょうか。
それぞれの誘惑はどんな色なのでしょうか。」

もし赤ずきんが三姉妹だったら、と想像して、それをテーマに3色の赤い毛糸のジッパーケースを作っています。三女、次女、長女のイメージで、「ローズ」「ルビー」「スカーレット」と呼んでいます。

参考文献

「本当にあった?グリム童話『お菓子の家』発掘ーメルヒェン考古学『ヘンゼルとグレーテルの真相』」ハンス・トラクスラー著
「グリム童話研究」日本児童文学学会/編
「The Path」Tale of Tales(ベルギーのホラーゲーム)


赤と濃いピンクの毛糸、三女ローズ。


臙脂色と赤の2色、次女ルビー。



長女のスカーレットは赤と朱色。

それぞれ2種類の毛糸を合わせて編んでいるので、見る角度によっていろんな表情が出てきます。どんな毛糸を使ってるかが分かりやすいかなと、糸始末前に撮りました。


と、ここまでは「ぬい工房」にすでに上げていたのですが、その後、内布やジッパーも合わせてみたのでこちらで公開します。

ローズには妖艶なパープルを合わせました。

ルビーには、深いオレンジ。

スカーレットには、明るいオレンジ。

いずれもトワルドジュイのオリエンタルな植物柄が、すこし不気味なこの世界にぴったりなんじゃないかと選びました。

また、編み地とジッパーの色の組み合わせなど、赤に紫とかオレンジとか、ちょっと市販のものではなかなか見かけないなと思い、あえて選びました。トラベラーズノートカバーに挟んだ時にチラッと見える小口の赤と一見ミスマッチなジッパーの色。普通に売っていないけど素敵なものが、私は作りたいのです。

まだ組み合わせてみただけですが、なんて素敵なものを作ってしまうのだろう、なんて、自分でどきどきしています。できあがったら、もちろんこちらのMARKETにて販売しようと予定していますが、もし売れなくっても構わない、私のコレクションに加えるのだ、そんな意気込みです。

でももし買っていただけるならそりゃあいちばんうれしいですが。

進展しましたらまたこちらで報告いたします。楽しみにお待ちいただけるとうれしいです。

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毛糸のジッパーケース、スタンダードエディション(パステル)販売日時と価格変更のお知らせ

Posted on 07 2月 2019 by


先日、こちらで製作中と言っていましたトラベラーズノート用の毛糸のジッパーケースができあがりました。販売準備も整いましたのでお知らせです。

販売日時は、2019年2月13日 水曜日 21時からの予定です。

上記日時に、Notebookers Marketに専用ページが出現しますので、ご興味ある方は、どうぞよろしくお願いいたします。

毛糸の色は、上の画像の右上から時計回りにベージュ、グレー、ネイビーです。過去に二度販売したことがあるこの3色は、トラベラーズノートの革カバーに標準的に合うなーと思っているので、「スタンダードエディション」と名付けました。

今回のジッパーの色は、グレーの毛糸にはレモンイエローを、ネイビーの毛糸にはスカイブルーを、ベージュの毛糸にはマスカットグリーンを合わせ、北欧調の内布との調和を楽しんでいただけると思います。

また、前回記事で述べましたように、ジッパーの隠れたところに芯材を縫い付け、片手での開閉がしやすいように改良しております。よって、価格についても次の通り見直しさせていただきましたのでお知らせいたします。

レギュラーサイズ 変更前4200円 → 変更後4800円(いずれも送料込み)

パスポートサイズ 変更前3100円 → 変更後3700円(いずれも送料込み)

なお、スタンダードエディションは、これからも作り続けていきたいシリーズですが、これまで通り、ジッパーや内布は変えていく予定ですので、同じ組み合わせのものは他にない、一点ものとなります。気に入っていただけましたら、その時にお買い求めくださることをおすすめいたします。

トラベラーズノートカバーにセットしたイメージも撮ってみましたので、チラ見せします。下の画像は、グレーのレギュラーとパスポートです。どちらも革カバーはブラックです。

開いて左側の編み地には、ピンバッヂやピアスなど刺してお気にいりを保管できます。
画像のようにメモを刺してもおもしろいです。ご使用者の方から教えていただきました。

では、毛糸のジッパーケース、スタンダードエディション(パステル)の発表をお待ちくださると幸いです。

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毛糸のジッパーケース(トラベラーズノート用)を製作中であることと改良点と。

Posted on 28 1月 2019 by

次回販売予定の毛糸のジッパーケース(トラベラーズノート用)の一部

鋭意製作中

現在、次回販売予定の毛糸のジッパーケース(トラベラーズノート用)を製作中です。ですが、その手をちょっと休めまして、宣伝を兼ねて改良点についてお知らせしておきたいなと書いています。

今回の毛糸の色は、数年前、最初に出品したものと同じで、グレー、ベージュ、ネイビーの3色です。(以前はネイビーでなく紺色って呼んでました。ネイビーという呼び方を思いつかなかったからです。他の2つがカタカナなのだからネイビーじゃんね)

そしてジッパーの色を、北欧調の内布に合わせてパステルカラーにしてみました。グレーの毛糸にはレモンイエローのジッパーを、ベージュの毛糸にはマスカットグリーンのものを、ネイビーにはスカイブルーを合わせています。枯葉の地面に明るく息づく草花のような凜とした雰囲気が気に入っています。

2月上旬に販売開始予定です。詳細が決まり次第、またこちらでお知らせいたしますので、お待ちくださると嬉しいです。

改良点(ジッパーに芯材)

今回から、ジッパーの両サイドに、上の画像のように、芯材を縫い付けました。なぜかと言いますと、これまでに毛糸のジッパーケースをお使いの方々にアンケートをとらせていただいた結果、「ジッパーケース本体が柔らかいため、ジッパーを片手で開閉し難い」、というようなご意見をいただいたため(詳細は前回記事『「毛糸のジッパーケース」アンケートへのご回答をいただいて』)、なんとか改良できないか考え検証した結果、これが今できる最良かなと思い、施しております。

検証した内容

「バッグ・帽子用ポリ芯<0.5mm・白>」というものを約5mm幅に細くカットし使用しています。

芯材あり(左)と芯材なし(右)を洗濯バサミではさんで立ててみました。これくらいちょっとしっかりしてくれます。

さらに使い心地を検証するため、自分用にツインジッパーケースを作ってみました。

自分用に作ったツインジッパーケース(バスポートサイズ)

グレーの編み地に、ちょっとわかりにくいですが、画面左がピンク色、右が白のジッパーを付けています。

トラベラーズノートのカバーにセットし、左手でノートを掴み、それぞれ開けて下にあるスライダーを、右手で上にスライドし、閉めてみます。

芯材なしなので、グニャッと本体ごと上がってきてしまい、閉め辛いです。

芯ありのほうは、ジッパーがまっすぐであろうとしてくれてるのが分かりますでしょうか。スッと難なくスライダーが上がってくれました。

検証結果より

以上のことから、見た目も変わらず、重さもほぼ変わらず、片手で開閉しやすくなったと判断し、この「ジッパーに芯材縫付方」を採用した次第です。今後の私の毛糸のジッパーケース(「の」多い)にはこの作り方でいこうと、まあ今のところそう思っております。

これを使われた方には、また使い心地をお聞かせ願えればなあ、と思いながら一針一針、鋭意製作中です。

以上、次回の毛糸のジッパーケース(トラベラーズノート用)の宣伝と改良点でした。

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旅モレ

Posted on 23 11月 2018 by

 

布張りのかわいらしい桜モレスキンを見た時、大事に大事に使おうと思った。

が、すぐにその考えを変えた。

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日曜日のホテル、曇天の朝

Posted on 04 11月 2018 by

部屋の片付けをしていたら、以前、出張が多かった頃につけていたホテルの間取りメモが出てきた。
そういえばずっと前に書きかけていたホテルの話があったなと、ちょうど季節も冬っぽくなってきたし、ちょうど日曜日だし、日曜日のホテルの話を、日曜日の夕方に仕上げる。


 
ふと思いついて、日曜日の夜のホテルをとってみた。何処か遠くじゃない、いつもの通勤の途中の、時々寄り道をして買い物をしたりする定期券だけで行ける街のホテルを、出かけるついでに思いつきでとってみた。
いつもの通勤バッグに月曜日の着替えをぎゅうぎゅう詰めて、日曜の昼間の電車に乗った。

── 柳通りのホテル ──

石の小さな玄関をくぐると、ホテルのロビーは、キャリーケースの鈍い光と旅行鞄とウールのコートと、声を抑えた複数の喋り声がたてるさわさわした小々波のような音で満ちていた。
チェックインを済ませてカードキーをもらう。奥にあるエレベーターホールはしんと静かで、フロントの人の気配もざわめきも届かない。エレベーターの箱の位置を示す機械仕掛けのインジケーターの、ピン、カチ、カチ、という音がホールに小さく響く。
自分で荷物を持って部屋に行くような、特に高級でもなく気取ってるわけでもない庶民的なホテルなんだけど、ちょっと外国のような雰囲気と立地のせいか、ゲストは何となくよそ行きの顔をしている。わたしも何となく背筋を伸ばす。エレベーターで乗り合わせた紳士が、いちど日本語で喋ったことを、一瞬おいて英語で言い直したりする。(イヤワタシサッキニホンゴデヘンジシタヨネ)

部屋は、街中のホテルらしい小ぢんまりしてシックなインテリアだった。窓からは向かいの建物に絡む植物の緑が見える。今日は部屋が空いてるからということで少し広い部屋にアップグレードしてもらったのだけど、それでもずいぶん小さな部屋。ベッドはシングルサイズだし、部屋のなかで大きいものといえば、ゆったり足を伸ばして入れるバスタブと、向日葵みたいなやたら大きいシャワーヘッドだけ。ベッドでも部屋でも、わたしはだいたいが狭いより広々とした方が好きなんだけど、この部屋はこの小ささがなんとも心地よかった。

── 日本語の聞こえない街 ──

少しホテルで休んでから、出先に向かうためまた駅に向かう。歩いてる間も四方からいろんな国の言葉が聞こえてくる。この街はいつもこんな感じで、時によっては日本語がまったく聞こえないこともある。聞いたことのない音の言葉を聞いていると、気持ちがどんどん楽に、肩の力が抜けてくる。自分の知っている「常識」が通じないんじゃないかなと思うとほっとする。身体のまわりに廻らされている壁が消えて、気楽で自由な気分になる。

いつもは素通りするだけの通りを、今日は旅人の気分で、路面に出されたレストランのメニューを眺めたりしながらゆっくりと通り過ぎる。いつも通りかかるたび気になって、でもいつも満席っぽいので通り過ぎるだけのカフェを、今日もまた気になりながら通り過ぎる。次は何の用事もない時にホテルをとって、夜まで旅行者らしく街を歩きまわってみようかなと思いながら、そうしたらその時こそこのカフェに入ってみようと、店の窓にかかった美味しそうなモンブランの大きな写真を眺めたりしながら通り過ぎる。

── ホーム ──

戻ってきたのは夜の11時。夕飯もまだなので何処かで食事をしたいのだけど、日曜日の夜は早い。もうほとんどの店がラストオーダーの時間を過ぎていて、駅の売店でどうにか駅弁だけ買うことができた。

いつもの ”帰りの電車” には乗らないで、いつもは遊びに行くだけの街に帰る。にぎやかだった通りはすっかりひと気が少なくなっていて、夜遅くお腹を空かせてとぼとぼ歩いてると、帰るところがなくなってしまったようで心細くなる。帰るところのない旅に居るような感覚は、不思議と、知らない土地では感じることがない。知らない土地ではそんなことを感じている暇なんてないからかもしれないし、日常の景色の中に非日常の時間が混じった時にこそ、感じることのような気もする。

それでも、柔らかい灯りが漏れるホテルの小さな玄関を抜け、こんなに遅い時間だというのに変わらず旅人達でにぎわってるロビーを抜け、微かな機械音のする滑らかなエレベーターであたたかい部屋に戻って、買ってきたお弁当を食べてお腹が膨らんだら、すぐに、ああ、ここがホームだ、ただいま、みたいな気持ちになる。お湯を沸かしてお茶を飲む、何かを食べる、お風呂に入る、ベッドでひと眠りする。日常の儀式をするたびに、ホテルの部屋がホームになってゆく。

── 朝、月曜日 ──

普段より遅い時間に起きて、ゆっくり身支度をした。夢の続きのようなふわふわした気分でチェックアウトを済ませ、朝の人通りの少ない繁華街を、駅に向かう。平日は始まってるんだけど、自分の中の時間はまだ旅の続き。
旅行者の気分のまま乗り込んだ満員電車を降り、職場の駅の、いつもの、通勤の人達の暗い色のコートと黒い鞄の波の中に混じる。
前を歩く黒づくめのサラリーマンの鞄の裏地がチラッと見えて、黒の中から一瞬、眩しいくらいの鮮やかな空色が現れた時、何となく自分の今の心の内側を映してるような、ささやかで重大な秘密をみたような気がして、ちょっと愉快な気分になった。


 
冒頭の写真のノートは、この話のホテルとはまったく関係なく、雰囲気もまったく違うホテルの間取り。たぶん出張中のホテルは旅先のホームだから、その頃に思ったことと繋がって連想したのかなと思う。
 

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Perspective 後編

Posted on 27 9月 2018 by

◀︎ Perspective 前編(サンライズ出雲〜三原港)

6. 因島

3年前、その時もちょっとした思いつきで、短い船旅をした。三原から隣市の尾道まで、海路でいったん海に出て、船を乗り継いで行った。(『断片』)
その時にも経由した因島。いんのしまと読む。以前は因島市だったのだけど、いつのまにか尾道市になっていた。元は独立した市だったくらいだから、「島」ときいてなんとなくイメージする島よりはずいぶん大きい。船着場はいくつもあるし(いくつあるんだろう?わたしが知ってるだけで4つはある)、山もある。ついでにいうと村上水軍の拠点でもあって、城跡も多くある。

3年前のルートは、1本目の船で三原港から因島の重井(西)港へ、そこから歩いて同じく因島の重井東港、重井東港から2本目の船で尾道港に向かうというもの。同じ「重井」の西港から東港なんだから隣にあるんだろうと思ったらとんでもない……はじめのうちは民家の意匠を見て「おー、すぐ近くなのに本州側とは違う。これは因島村上氏の海賊風なんだろうか」とかなんとか考えながら写真も撮ったりして楽しくてくてく歩いてたんだけど、てくてくてくてく歩いても次の港らしきものは見えないしそれどころか道なりに進むだけで丘を越えるような地形になってくるし、てくてくてくてく歩きながら大層心細くなってきて真夏の道路は容赦無く熱いし、てくてくてくてくてくてくてくてく歩き続けて30分、半べそでたどりついた港では港湾ビルも切符売り場も見あたらず桟橋がぴよっと出てて、……って、あ、話が逸れた。とにかく、安易に「島」というイメージで想像してるとひどい目にあうような大きさの島なのだ。

そして今回。
三原港を出た船はまず因島に向かう。因島では寄港地が3つあり、島の北側にある重井港→中ほどにある因島モール→南側の土生港と、同じ島の3つの船着場を海路で渡ってゆく。
(本当は因島までの途中で佐木島に寄り、因島の後で生名島に行く航路なのだけど、わたしが乗った便は佐木島に寄らず、生名島の前で下船したのでそのへんはまぁその)

防風ガラスにあたる波飛沫と白い航跡を眺めざぶざぶと揺れながら、3年前と同じルートの同じ景色というのもあってか、いつのまにかぼうっと考えごとをしていた。重井港から因島モールまではこの船で10分強、因島モールから土生港が5分弱。因島モールというのは最近新設された桟橋のようだけど、モールというからにはモールなんだろう。きっと大きなショッピングセンターがあって、あのピーピー鳴るカードを渡されるフードコートなんかもあって、、、あ、もしかして、島の人たちはバスの代わりに船に乗って買い物に行ったりすることもあるんだろうか?船にちょうどいい時間帯だったら「今日は船で帰ろー」とか……

……と、つらつら考えてるうち船は因島の北側、1つめの重井港を過ぎていた。このあたりまで船で来たのは、記憶に残ってるなかでは初めて。見憶えのない景色に焦点が戻る。

重井港から先は、(三原港から重井港までの間もそれは瀬戸内海らしい景色ではあるのだけど、それをずっと上回るほどに)信じられないほど美しく可憐な瀬戸内海の景観が続いていた。ふくふくと起伏のある小さく立体的な秘密基地みたいな島々が、空から落ちてきたみたいに艶やかで平たんな碧い海に溢れている。どうやったら行けるだろう?と想像して楽しくなるような、島側からだと隠れて見つからなそうな小さな砂浜や入り江もあるし、今は夏の緑一色だけど、季節になれば蜜柑や八朔やレモンの橙色や黄色の果物のなる木があちこちに見られるはず。
もしかしてこれは絶景というのじゃないだろうか。絶景というとなんとなく、字面からして何処か遠くの険しい地形をあらわす言葉のような気がしてたけど、こういう「信じられないくらいかわいい」も絶景に含まれるんじゃないかと、この景色を見て思う。とてもきれいな玩具のような、空想の世界をそのまま地形に写したような、現実感のない景色だった。

船は土生港に着く。次にのる今治行きの船までは1時間と少し。陽は強いけど日陰にいれば涼しい風が吹いて心地よいので、港でのんびりすることにした。

普段は縁のない港の切符売り場を興味津々で眺める。美術館のチケット売り場のような仕切りガラスのある窓口、ガラス越しでやりとりをするための穴の開いた窓口が並ぶ。以前は係の人が居たのだろうけど、いまは誰もいない。ガラスには何年前から貼ってあるのかわからないような灼けたテープのついた張り紙やポスターがみっしりと貼ってあって、その隙間から、奥にぼんやり見える暗い無人の事務所を覗いてみたりする。

切符売り場の其処此処に貼られた張り紙を見ているうちに、「……は、道路を出て左200m先のコンビニで…」という一文を見つけ、散歩がてらコンビニまで行ってみることにした。
コンビニはどの町に行っても同じコンビニなんだけど、何となく、少し、その土地独特の雰囲気がある。何がそうなのかと言われてもうまく答えられないけれど。いつも行ってるコンビニのいつも買ってるソフトクリームを、いつもの町から500マイル離れた島のいつもと少し違うコンビニで買い、眩しく澄んだ陽射しの町をを少し歩き、うす暗い港湾ビルに戻る。シャッターの下りた売店の前の風除けのガラスで囲われた待合室の出口に座って、海の風に吹かれながら、ソフトクリームをかじりながら、次の船に乗るためにそろそろとやってくる島の人たちの会話を聞くともなしに聞いている。島には住んだことがないけど同じ瀬戸内海地方だし、同じ言葉だし、たぶん他の旅人よりはずっと景色や音や空気の匂いを自分の内にあるものと同じに自然に受けとっているだろうとは思うのだけど、それでも、何処か知らない異国にいるような気分になる。

「海難、密航、密輸、不審船
(海の事件・事故)
直ちに通報118番」

海では110番じゃなくて118番、なんていう今までの人生では想像したこともなかった常識をその辺にかけてある看板で知るのも、また異国めいた体験か。

次の船が来るまであと10分。着いた時には桟橋からまっすぐ入ったので見ていなかった建物の南側を覗くと、小さなお社があった。海はきらきらして明るくとても良い天気なので、出港の前に挨拶をしてゆくことにする。

7. 芸予諸島

瀬戸内海には全体で3千もの島があるらしい。3千もの、と書いたけどそんなに大きな数、実は自分でもぴんときていない。とにかく、中国地方と近畿と四国と九州で囲まれた小さな海に、たくさんの島がある。ただ、とはいっても、ヒトのスケールからすれば瀬戸内海も広い。島の多い海域と、島は少なめで開けた海域がある。今回の船旅は、芸予諸島という数百の島が密集した、瀬戸内海屈指の多島美といわれるところを通っている。

芸予諸島のほぼ真ん中の本州側、竹原の祖父母の家から車で帰る時に、「本線がいい?呉線がいい?」ときかれたら必ず「呉線!」と答えていた。本線というのは、昔は山陽道・西国街道といわれた大阪から門司を結ぶ国道2号線のこと。呉線というのは、電車の呉線と並んで走る国道185号線のことで、瀬戸内海を臨む海沿いの道だ。

呉線から見える瀬戸内海。なめらかできらきらしていて、グリーンがかったたぷたぷした海の上に、大きいの、小さいの、たくさんの島が浮かぶ。その間をフェリーや小さなボートが行き交い、遠くにはタンカーが見える。よく晴れた日には「四国」といわれるうす青く長い陸影も見えるらしいけど、子供の頃の自分の目には、遠くの空と海の境にある青い影が、大きな島なのか四国なのかの区別はつかなかった。海沿いを走る車窓の下はすぐに海で、満潮で海が満ちている時にはスナメリクジラが泳いでるのが見えるんじゃないかと目を凝らした(けど、それらしい白い影が見つかったことはない)。漁港ではない港町(漁港のにおいがしない)、海沿いの小さな町には見合わないほど大きな造船会社のビルの間を抜け、赤と白のゴライアスクレーンを過ぎると、小さな砂浜のあるお気に入りの無人島が見える。
遅くなって夜になった時には、島々の灯りと船の灯りがゆらゆらして、時々、灯台の回る光がちか、ちかと、光の棒を空(くう)に投げる。左手にはカーブを描いて今から帰ろうしている街の光が連なり、右手は海と島の世界のあかりが灯る。

「船で四国に行く」というのは、その、近くて遠い島々の世界を、眺めるのでなく入ってゆくこと。島の世界は思っていたよりずっと”島の世界”で、土生港で感じた異国めいた気分は、気のせいではなくて本当に異国なのだろうと気付く。

四国行の2本目の航路は、因島の土生港を出て、生名島、弓削島、佐島、岩城島、伯方島、大島、そして最終港の今治まで、幾つもの島に寄りながら行く。港を出た船は、すい、と進んで次の港、すい、と止まってまた次の港へと、町中の電車がとまるくらいのリズムで軽やかに進んでゆく。
「はい今日はぁ」着いた港からゆるく挨拶をして乗ってくる次の島の人達が、前の島から乗っている人達と合流して楽しそうにお喋りをしている。ここに住む人たちは、隣島が隣町くらいの感覚/間隔で暮らしているのかなと思う。町工場のようにあちこちにあるドック。あちこちに泊まっている船。海は水路のようで、海の水路をゆく船は、電車やバスのような気軽な乗りもののように見える。

穏やかなこの海域、きっと歴史にも残ってないような昔から人が住んでいて、しまなみ海道や瀬戸大橋はもちろん、乗合の定期渡船もなかったずっとずっと昔には、泳いで渡ったり個人の持つ小さな手漕ぎ舟で渡ったり送っていったりが普通に行われていたんだろうなと、またぼんやり想像する。この海域を制していた水軍の武士たち、海を自由に行き来した逞しい人と、もし浅瀬なら歩いて渡れるほど近くにある島にすら渡る術がなくて溜息をつく人も居たかもしれないと、退屈そうな細い指と紅い木の花を想像する。

8. 今治港は想像していたよりもずっとモダンな港で、振り返って見上げた建物は船のような形をしていた

朝になって計画を立て、時間もあまりなく出てきたので、今治港に着いたものの電車の駅が分からず一瞬途方にくれた。すぐに気を取り直してスマホの地図で調べてみるが、JR今治駅……、駅と港はすぐ近くだろうと思ったら意外と遠い。
それでも、タクシーに乗るほどの距離ではなさそうだし、迷うほど複雑な道路でもなさそうだし、からっとしてそれほど暑くもなさそうなので、歩いて今治駅に向かうことにした。

ずっと続いていた暑さに比べればずいぶん涼しい日とはいえ、9月になったばかりの真夏のような日差しの下、外を歩く人はほとんどいなかった。港の建物の日陰を選って歩いていたら、地元の人らしい、子供のような瞳をしたおばあさんにじっと見つめられ、すれ違う。「こんにちは」と会釈すると、にっこりと破顔する。

20分ちょっとかかって今治駅に着く。駅にいたバリィさんに挨拶して、まっすぐみどりの窓口へ。
「松山まで一番早く着く列車(の切符)をください」
特急しおかぜで松山に向かう。

9. 松山は想像していたよりもずっと都会で、街には路面電車が走っていた

目的地の道後温泉は、道後温泉行き電車の終着駅なので特に迷う心配もない。Suicaは使えないので小銭の両替に少し戸惑ったけど、目の前の両替機で両替をする人がいて、安心してそれに続く。発車。キーキー、ガタガタ、チンチン、キーキー、プシューーーーーー、ガタガタ、キーキー……と、古い車両のようでわりとやかましい路面電車だった。特にカーブの時のがんばってる感がすごい。
路面電車の走る道路は、ちょっと不思議な感じに見える。道路の上に張ってある電車の電線がうすくかかった蜘蛛の巣か屋根のようで、街全体が、電線の糸でできたアーケードのような気がしてくる。その下を、キーキー騒がしい音をたてながら電車が走る。まるで街自体が何か大きな生きものの巣のように感じる。

10. 道後温泉

道後温泉には、「道後温泉本館」という大きな木造の建物がある。ここが道後温泉の中の「道後温泉」の本体。白鷺が見つけた温泉なのだそうで、その伝説にちなみ、建物の天辺に白鷺の像が居た。

道後温泉本館は、宿ではなくてお風呂のみのいわゆる外湯という共同浴場で、お風呂は「神の湯」と「霊(たま)の湯」、2種類の浴室がある。大広間と個室の休憩室もあり、
神の湯に入れて大広間での休憩(お茶とお煎餅付き!)とか、
霊の湯と神の湯に入れて個室での休憩(お茶と坊っちゃん団子付き!!)とか、
1時間程度の休憩の付いた入浴コースを選べる、スパ施設の日本伝統版みたいな温泉施設だ。

2つの船で瀬戸内海を渡り、さらに2つの電車を乗り継いで、遥々、お風呂に入りにやって来た。ホテルにチェックインし、早速……まずは腹ごしらえをしてから ── (* ¯ ω¯)<鯛めしうま!── 道後温泉本館に向かう。ホテルで外湯用の湯かごを貸してくれるとのことだったのだけど、戻るのも面倒だし、そのまま偵察がてら玉の湯+大広間のコースで入ってみることにした。

外の札場で入浴券を買って、白鷺のシンボルが掘られた石灯籠の間の大きな玄関から建物の中に入る。改札で入浴券を見せると、廊下を進んで突き当たり、階段をのぼって二階の大広間の休憩室に上がるよう言われる。広間の休憩室を覗くと案内の人がすぐに来て、席に通してもらえる。席には浴衣が用意してあって、説明を一通りきいてから、浴衣を持って階下のお風呂へ。

「温泉」といえば「温泉」で、温泉といえば温泉らしいある一定のイメージがある。だけど、道後温泉本館・神の湯の浴室は、温泉というよりは銭湯に近い印象のお風呂だった。優雅にお湯に…みたいなしっとりゆったりな感じはなく、ザッパーンと体を洗ってザブーンとお湯につかってパーッと上がるみたいな、何となくそういう豪快な生活感がある。松山・道後温泉といえば「坊ちゃん」だけど、あの坊ちゃんのリズムで温泉に浸かると、正しく道後温泉になる気がする。銭湯というには重厚で古めかしく、芸術的とも思うんだけど、温泉というよりは風呂とか共同浴場という飾りっ気のない言葉で表現する方が何となくしっくりくる。国も時代も違うし行ったこともないけど、何故だかローマの共同浴場が思い浮かんだ。

この日は平日。近隣随一の温泉とはいっても長期休暇シーズンでもない平日は空いていて、お風呂上がりの休憩でお茶をいただいてる間に他のお客さんはお風呂に入りにいったりで、ほとんど居なくなってしまった。
窓はすべて開け放されて、簾と縁側の手摺の間から明るく青い夜の空が見える。畳の上にごろんと横になって夜風を感じながらうとうとすればずいぶん気持ちいいだろうなあとは思ったのだけど、誰もいないとはいえ一応広間だし、せめてもの気分でお湯で温まってほかほかした裸足の足を縁側に投げ出した。柱にもたれて夜空を眺めながら、甘いお煎餅を食べ、温かいお茶を飲む。

11. 帰路

本当は、道後2日目の午前中はもういちど道後温泉本館に行って、今度は個室で思う存分ごろごろしようと思っていた。が、少し疲れが出てお風呂に入るにはしんどいような気分だったので、個室はまたいつか行くときの楽しみにして、そのまま帰ることにした。後悔しない程度に少しだけ仕残しがあるのも、未来の楽しみでいいんじゃないかなと。

午後も早めに着いた松山空港ではずっと地形と飛行機を見ていた。
滑走路の見える展望デッキから、滑走路を超えて遠くを眺める。左の方は地続きのようで、ずっと先まで半島のように伸びた陸があり、消えてゆく先の正面はよく見えない。右の方は海らしい。島のような三角の山と、タンカーのような大きな船が見える。
自分はいま何を見ているんだろうと思い、スマホの地図と滑走路の方向を合わせてみる。
方向からすると、見えない正面にあるのは遥か遠く九州の大分。だったら、左に見えている陸は佐田岬なんじゃないかなとか、それより手前にある何処かなのかしらとか、ただただそんなことを考えながら、何時間も過ごした。

🚢おふねで瀬戸内海を渡る参考
土生商船(三原-鷺-重井-因島モール-土生) http://habushosen.com/timetable/timetable02
芸予汽船(土生-生名-弓削-佐島-岩城-木浦-友浦-今治) http://www.ehimekisen.server-shared.com/geiyo1.html

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Perspective 前編

Posted on 24 9月 2018 by

1. どこへ行こう

今年は5月頃からずっと夏のように暑かった。カレンダー上の夏に入ったあたりからは35℃オーバーもあたりまえで、ちょっとでも涼しい、涼しいイメージのところへ行きたかった。
それから、数年前の同じ頃、おんせん県の大分で入った温泉、一日中汗をだらだらかきながら歩きまわって夕方たっぷりのお湯にさぶんと入ったこと、夜風に吹かれながら身体を温めた夏の露天温泉の心地よさを思い出して、どうしても温泉に行きたかった。

だから、初めに計画を立てていたのは富山の宇奈月温泉。
帰省の寄り道旅なので、実家のある山陽地方から東京までの間でなんとなく ”涼しい” イメージの土地を求めて、地図を眺めながら線路をたどり、たどりながら景色を想像し、♨️マークを探して、宇奈月温泉に決めた。

広島から富山まではとても遠い。新幹線やら特急やら地方鉄道やら何やら、長距離列車を何本も乗り継ぐ。朝8時に出ても着くのは夕方の手前。旅に出てもそもそもがあまり観光をしない方なので、行った先のことはほとんど下調べもしないんだけど、“ボンヤリしてると日中に着かない” ともなれば、最低限、移動の時刻表は作っておかないとならない。時刻表の数字だけを見ていてもピンとこないので、少しでも土地鑑を得るために地図を描いて、そこにルートや時間を書き込んだ。

2. サンライズ出雲

「温かいコーヒーが飲みたい」と思ったのは出発時刻の15分前。サンライズ瀬戸/出雲号が出発する東京駅9番ホームは新幹線乗換口のすぐそばにあって、その乗換口のすぐそばにはコーヒースタンドがある。何度か使ったことのある店だし10分もあれば行って帰れる自信はあったのだけど、途中で迷子になって出発時刻までに帰ってこれない自信もあったので、あらかじめ買っていた冷たい水のボトルと冷たいお弁当をベッドサイドの小さなテーブルに並べておとなしく出発を待った。次に乗るときには必ず、熱いお湯の入った魔法瓶とコーヒーとカップめんを持ち込もうと考えていて、ふと、子供の頃の家族旅行を思い出す。──車に毛布と魔法瓶とインスタント味噌汁を積んで何故だかいつも夜に出発していた。夜まで待てずに眠ってしまったのにいつのまにか車で出発していて、目が覚めて動く車の窓から見上げた天の川── を思い出した。ああいう旅をまたいつかすることができるのだろうか、できるといいなと思いながら。

22:00。寝台特急のサンライズ号は、まだスーツを着た人々で賑やかな東京駅をそろりと出発する。車内改札が終わるまでは油断せず、きちんと服を着て、ベッドに腰掛けて、粛々とお弁当を食べる。食事も終わり、改札も終われば、あとはのんびり。室内灯を消してシェードを全開にする。

23:23の熱海あたりからは駅にも町の景色にも人影はほとんどなくなって、空っぽの明るいプラットホームや、室内灯を消した暗いビロードの座席にホームの明かりが落ちる無人の列車が見えるようになる。夢のような景色が次々と車窓に現われる。灯りのついた外廊下の大きな団地、誰もいない、と思ったら、舞台のようにたったひとり明るい外廊下を歩く人が浮かび上がる。景色の切れ間からちらちらと見え隠れし始める真っ黒な海。大きな弧を描く、小さな灯りの粒をその弧に載せた相模湾。枝を拡げた樹木のような白い木の柱が並ぶ、月明かりの夜の木陰のような美しい沼津駅を過ぎ、信号だけがひっそり動いている無人の交差点を過ぎる。青い灯と赤い灯、何となく、シグナルとシグナレスを思い出す。見上げると曇り空の一点に薄明るい透けたようなところがあって、じっと見ていると雲が開いて月が顔を出した。

目が覚めたのは赤穂のあたりで、田んぼと、瀬戸内地方らしい小さな丸こい山と、その裾に纏いつく朝霧の景色だった。サンライズを下車する岡山までは約1時間。身支度を整え、寝台の上で脚を伸ばしてしばらくぼんやりする。

3. 山陽本線

距離的にみれば岡山はほとんど地元といっていい土地なんだけど、県が違ってるのもあって地理も路線もそんなによくは知らない。次に乗る予定の三原行きと同じ方向の電車が来て、乗ろうとしたんだけど何となく様子がおかしいのでよくよく確認してみたら伯備線だった。あやうく山陰に行ってしまうところ。

朝の山陽本線。日曜日なので普段の通勤通学の人もいなくてそれなりにのんびり。海が見える側の、進行方向の西に向かって左側の席に座ったけど、こちら側でもどちら側でも海はほとんど見えない。
東尾道を過ぎて少し行ったあたり、しまなみ海道の大きな橋の下で向島造船を過ぎる。それから、たぶん他所の地方の人からすると川のように見える尾道水道。いわゆる”尾道”の景色の一端。
尾道を過ぎたら糸崎の手前あたり、一瞬、視界が開けて瀬戸内海がふわっと見える。
おうちまであと少し。

4. そうだ、おふねにのろう

帰省3日目。台風で交通の状況が難しい。
列車を乗り継ぎ何時間もかけて旅行するのは、交通機関の遅延が発生しないのが前提だ。残念だけど富山は見送ろう、今回は無理をせずそのまま東京に帰った方がいいかも…と思いかけて、もう寝ようかという夜も遅くになって四国のことを思いついたのは、その前の日にちらっと松山空港の話をしたからなんだと思う。
うちのあたりからすると四国は一番近い旅先で、家族旅行で行ったり、小学生の時の修学旅行先だったりとなかなか馴染みのある土地ではあるのだけど、そういえばおとなになってからは行ったことがなかったような気がするし、子供のときに行ってふわふわきらきらとした印象だけが残っている夜の道後温泉にも、もう一度行ってみたいと思っていた。

とりあえずざっとルートを考えて、スマホで松山空港から東京へ帰るLCCの便があることを確認。何にしても次の日は朝早く起きる予定だったので、あとの続きは朝起きてからにして眠った。

5. 瀬戸内海を渡る

朝起きてすぐに船のルートを調べる。昔、港で見かけたような気がしていた四国のどこかの港への航路(※電車と同じように定期航路も船に行き先が書いてある。フェリーなんかだとデカデカと書いてあるので、ふだん船を使ってなくても港の近くを通ってればだいたい何処行きがあるのかは把握する)は無くなっていたので、2本の航路を乗り継ぎしなければならないみたい。

船会社のサイトから乗る時間帯の時刻表をざっと書き写したノートをスマホで撮影して、朝ごはんを食べて、三原港へ。
台風一過。すっかり晴れて、涼しい風が吹いて、とても心地よい朝。

しまなみ海道ができてから、車の人達は橋を渡って四国に渡るようになったのだと思う。いつのまにかカーフェリーの航路は減って、人を乗せる小さな高速艇がメインになったように感じる。
三原港から乗った船は最大とう載100人弱のボートで、後ろの方はオープンスペースになっていた。自分一人だったらなんとなく不安で室内に入ったかもしれないんだけど、先に乗船した年配の女性が一人、後部オープンスペースのベンチに座ったので、心強くなってわたしもその反対側に座った。平日の午前中の船は空いていて、この後ろのスペースはその人とわたしの二人きり。とても贅沢。

港を出港した船は、ぐんぐんスピードを上げて沖に向かう。台風が抜けた翌日のせいか、それともいつもこのくらいなのかは知らないけれど、小さい船は波をうけて、ざぶんざぶん揺れたかと思うと波飛沫がばさっと降りかかってきた。
(こんなにいい天気だというのに乗ってきた人たち皆んな室内に入っていったのはこのせいか!)
ちょっとしたスプラッシュ系ローラーコースター。一瞬、先の女性と目が合い、笑いながら、バックパックを抱えて防風ガラスがあって飛沫がかからない席にあわてて移動する。何かひとこと言葉を交わしたのだけど、何と話したか覚えていない。ひどく揺れる船のベンチと、船のエンジン音と、波飛沫が船に当たるバサバサいう音と、扉の向こうに見える操舵室と、左舷の女性と、右舷のわたしと、瀬戸内の青い空と、流れてゆく島の景色。

▶︎ Perspective 後編(因島〜松山空港) に続きます

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「なつかしさ」とはなんなのか

Posted on 08 7月 2018 by

 

「なつかしさ」,についてここひとつきほど考えている.

そりゃあもしかしたら「僕はかれこれもう30年もなつかしさについて考えているよ」という人があるかもしれない.

でも僕だって「なつかしさ」について考えてみたっていいじゃないか,とすねてみる.

 

さて,「なつかしさ」.なぜそんなみょうちくりんなことを考えているかというと,それは僕がジオラマ作家でもある南條亮(なんじょうあきら)さんの「人形が語る懐かしの昭和」と副題された展示会に,たまたま出くわしたからにほかならない.なによりも入場無料だから,ちょっと入ってみようという感じになったわけである.

 

入場無料!人形が語る懐かしの昭和-大阪「ジオラマ記念館」 | 大阪府 | トラベルジェイピー 旅行ガイド : https://www.travel.co.jp/guide/article/30304/

南條 ジオラマ – Google 検索 : https://goo.gl/oPxQDd

 

上の記事を見ていただいたらわかるけれど,戦後復興から,昭和までを時系列に歩く構成のジオラマである.

見ている人はやはり昭和生まれの人が多いような気がした.僕がぎりぎり昭和生まれだから(昭和60年代),それから考えるとやっぱり来るのは昭和な人たちなのだ.中には白髪のご老人もいる.

 

ジオラマは感心するほどリアルな感じがする.特に戦後復興.例えば,空爆で赤子を無くしたショックからか,かわりに犬をおんぶしている女性,あるいは派手な化粧でドレスを着て,米軍の将校に話しかけている女の人,戦争で片腕を無くしたのか,「更生のために」と書かれた看板を立てて,片手でハーモニカを吹く元軍人,喧嘩っぱやい男たち.

そして,そんな雰囲気を見ていると,つくづく「あぁこんな時代に生まれなくてよかったな」と思わされる.YouTubeもNotebookersもLINEもノートパソコンもない時代を経験してきたけど(それはほんの少し前のような気がする),それが煩わしいと思いながらも,やはりあったらあったほうがいいと感じるのは人の性か.

その後,やっと懐かしの昭和がやってくる.板張りでネズミの出る家や,ロバに群がる子ども,子どもたちがめんこやこまで遊ぶ姿,などなど.

 

さて,ここで気になるのはこの「なつかしい感じ」はどこから来ているのだろう,ということ.私はめんこで遊んだことはあったかもしれないけど,ロバに群がったことはないし,家でネズミをみたこともない.これを懐かしいと感じるのはなにかおかしい.なによりも,その資格がないような気すらする.

あるいは,私の感度が低いのだろうか.僕は,なつかしさをしんみりと感じるべきだったし,あるいは,ちょっと涙ぐむことがあってもよかったのだろうか?などと,少し自分を責めたりして.

 

「なつかしさ」とは何だろう.懐かしいとは,どういう感情なのだろう.

経験したことないことでも,なつかしさを感じるべきなのだろうか.

 

展示会のポストカード200円の懐旧

neokix

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少し遠回りした週末の帰宅

Posted on 19 5月 2018 by

“The boarding will be start at 11:45 on 4th floor, she said.”

“boarding”という単語がとっさに口から出て「この単語は元々は空港ではなく、旅客港で使われていたんだよな。今まさに語源通りに使っているのか。」などと少し感動しながら、私は目の前の男性と、困って慌てている券売担当の女性の会話に割って入った。男性はこちらを振り向きに”Thank you”と軽い会釈をした。僕も適当に”No hey problema.”と返す。徳島のフェリーターミナルで交わした彼との最初の言葉だった。

彼と出会う前日、私は帰宅途中に神田にあるお好み焼カープで同僚と一緒に食事をし、そのまま駅中の神田鐵道倶楽部で飲みながら店内のディスプレイをぼんやりと眺めていた。ふと、自分が十分に疲弊し限界に近づいていることに気づいた。それは、何かのきっかけて音を立てて切れてしまうような切迫したものだった。私は会計を済ませた後、東京駅で閉店間近のみどりの窓口に滑り込み、寝台特急のチケットを買い求め、同僚に「良い週末を」と交わし寝台列車へ乗車した。この場所から少しでも早く離れる必要があると感じたのだ。翌朝に高松に到着すると、駅構内にあった連絡線うどんでうどんを食べ、そのまま特急で徳島まで向かい、寄り道をせずに市内フェリーターミナルに移動した。時間軸を正確に記すとこうなる。

Leg 1: 東京: (金) 2200 🚆 高松: (土) 0727 寝台特急 サンライズ瀬戸
Leg 2: 高松: (土) 0823 🚆 徳島: (土) 0936 特急 うずしお5号
Leg 3: 徳島: (土) 1200 🚢 東京: (日) 0730 オーシャン東九フェリー びざん

今回は「少し遠回りした週末の帰宅」の際、フェリーで出会った彼について書こうと思う。

私がこのフェリーに乗船するのは今回が二回目で、以前は東京から北九州の逆航路だった。この会社のフェリーは新造から間も無く、綺麗で、そして船内で販売される酒類がコンビニと殆ど変わらない価格だった。つまり、乗船中は天候に関わらず酔いどれていられるのだ。今回も船が岸壁を離れる前から船内の自販機でビールを何缶か買い、関空から飛び立ったであろう幾機もの旅客機が曳く雲を眺めながら、甲板でそれを煽った。

船内は大型連休後の週末らしく閑散としていて、彼を見つけるのは難しいことではなかった。もっとも、甲板でビールを飲み続けていた僕に彼から声をかけてきた。彼の喋る英語はとても紳士的な英語で、時々イタリア語の響きに近い訛りが出るのが年齢も相まって可愛らしかった。彼は世界に点在するいくつかの巡礼路を歩いている最中だった。今回の来日は四国の巡礼路が目的で、三月から歩き始め今日徳島にたどり着いたとのことだった。確かに、彼は十分に日焼けをし、笠を被り白い巡礼服を纏っていた。

彼とは乗船後の東京での乗継路線や、船内の自販機の利用方法などの話はしたけれど、不思議とそれ以上の話をしなかった。彼は基本的に私に個人的な質問をしなかった。私も彼に多くを投げかけなかった。甲板で沈む夕日を眺めたり、それから約束をしたわけでもないのに、早朝から朝日を見るために甲板に上がろうとしているところを偶然に出会い、各々に房総半島を上る朝日を眺めた。

彼は満ち足りているようにみえた。彼の動作一つ一つが、私が殆ど失ってしまった何かを感じさせた。lonly planetを開き何かを調べ、ノートブックに文字を記し、そしてゆっくりと外の風景を眺める。彼は、彼の人生を完全に楽しんでいた。私はどうであろうか。私は、過剰なコミュニケーションに疲弊していた。昼夜を問わず通知が届き、携帯の微かな振動音で目が覚める。そんな生活に心底嫌気がさしていた。

りんかい線の大井町で彼と別れ、私は帰宅した。カレンダーには翌週の予定がいくつか届いていた。私は日曜の昼間、ごく当然のことのようにいくつかのSNSアカウントを閉じ、携帯電話の連絡先を整理した。それから、冷蔵庫に冷やしてあったビールをグラスに注ぎ飲むと、少し幸せな気持ちになれた。簡単な答えにたどり着くまで、帰宅以上に遠回りをしてしていたようだった。

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旧市街に流れ着くタイル「アズレージョ」から学ぶボードゲーム的思考

Posted on 09 3月 2018 by

遊びの仕組みにものすごく興味がある。

遊びの中で、数学的なルールがあったりすると頭の中で延々と計算を繰り返し、なぜこれを楽しいと感じるんだろう?ということを考えていることが多い。

ドイツのボードゲームの本を読んでいて、有名なゲームデザイナーの方のインタビューが掲載されていた。あなたにとってボードゲームの魅力は何でしょうか?という質問に対して、その人は即座に「それは簡単だよ、ボードゲームには人々の営みが表現されていて、遊ぶ人は何かを探して発見して学ぶことができる。それが魅力だよ」と答えていたのが印象に残った。「何かを発見し学ぶことができる」というのは、文学や映画とも共通している項目だと思った。
そういえば、その昔アンディ・ウォーホルのインタビューで、彼の映画について尋ねた内容が掲載されていて似たようなことが書いてあった。「僕の初期の映画は、人がどう振る舞い、他人に対してどう反応するのかを示してくれる。観客がこれは応用できるものだと思えば、それは立派なお手本の役目を果たしたことになる。どこかの誰かの役立つものなわけだし、今までひそかに抱いていたそれらの疑問を解決してくれる」エンパイアー・ステート・ビルを延々と撮影した映画をどのように応用するかは置いておいて、人々の営みや喜怒哀楽をただ写した実験的な映像からは何かを発見し学べると思う。

ノートブックを使って、自分が楽しいと感じることは何だろう?なぜこれは面白いんだろう?と考えている時間は楽しい。その遊びが、人間の営みである限り、僕らは学ぶことができるし発見できるわけだ。

ボードゲームでは様々な世界観を楽しむことができる。それは世界の果ての異国の街であったり、象の背中のような架空の世界であったり、物理法則の少し違う隣の宇宙だったりする。だいたいどの箱を開いても12匹の伝説の猿がきっちりと姿勢良く収まって飛び出すのをじっと待っているような濃厚な物語がコンパクトな箱にぎゅっと詰まっている。年間で毎年1000タイトル以上のアナログゲームがリリースされるにも関わらず、憧れの監督が作り上げた新作の映画の封切りと同時に映画館に一斉に押し寄せるように楽しまれている。


「ラバト、カサブランカを通り過ぎてエッサウィラまで来た。
旧市街の北のビーチにはタイルの破片がたくさん流れ着く」

最近インスタで世界中を旅していた女の子の写真を眺めていたんだけど、この投稿が深く心に残っていて、心の片隅に海岸に流れ着く色とりどりのタイルのことをずっと考えていた。旧市街という響きにとてもエキゾチックなものを感じる。常に異国のことを妄想するという病「Exophrenia」を患っているので、モロッコ北部の港の市場に集まってくるペリカンの鳴き声まで想像してしまう。深い青の夜空に月を背にして、恋人を抱擁しユリとケシの花束の上空を飛ぶシャガールの絵も確か旧市街の物語だったなと思い出す。旅の中では、僕らは多くを学び発見することができる。旅の中では常に細部を観察しているし、少しでもその場の空気を吸い込もうとして、毛穴のひとつひとつを開いて味わっている。

モロッコ北側の海岸に流れ着くタイルのことを考えていたところ、先日こんなゲームがリリースされた。ドイツのミヒャエル・キースリング氏のデザインで「アズール(AZUL)」というゲーム。
ストーリーはこうだ。「アズレージョとは、ムーア人によってもたらされた美しい装飾タイルです(元々は、白と青の陶製のタイル)。ポルトガル国王マヌエルⅠ世は、スペイン南部のアルハンブラ宮殿を訪れた際に、このムーアの装飾タイルの衝撃的な美しさに魅了されました。アルハンブラの美しい内装に心を打たれた王は、すぐにポルトガルの自らの宮殿の壁を、同様のタイルで装飾するよう命じました。「アズール」は、プレイヤーがタイル・アーティストとなり、エヴォラ宮殿の壁を装飾するゲームです」

ポルトガル国王マヌエルⅠ世は実在の人物で、場所はポルトガル・アレンテージョ地方(Alentejo)の中心都市であるエヴォラ(Evora)の城のこと。このアズレージョの歴史も古く、5世紀にわたって作られている。スペインを経由してムーア人からポルトガルにもたらされ、ムーア人らはペルシャ人から工芸を習得したため、アラビアの影響を受けた装飾となっている。主にデザインは、幾何学的に組み合わせた曲線や、花のモチーフを使用する。王に命じられ城の装飾を行うということは、失敗するとそれは死を意味するということだ (すみません、最近ゲーム・オブ・スローンズに影響されています。デナーリス・ターガリエンのファンです)。

先日眺めていたそのInstagramのタイルのこともあって、さっそく買ってみたところ、ものすごく面白いゲームだった。

ゲームの流れはこうだ。大まかな流れのみ。

①タイルの購入
円形のお皿がタイルを作っている工房を表しており、そこに4つずつタイルが乗っている。そこからプレイヤーは「1色だけ」タイルを取ることができる。余ったタイルは円形のお皿が並んだ中央の場に押し出す

つまり丸いお皿の上からはタイルが無くなり、丸いお皿の並んだ中央部分にタイルが集結していくことになる。中央部分からも1色ずつタイルを取ることができる。最初に中央部分からタイルを取った場合はスタートプレイヤーを示すタイルも一緒に取る。タイルが無くなるまで交互に1色ずつ取っていく

②タイルの一時的な配置
個人ボード左側部分(階段状になっている列)に取ったタイルを一時的に配置する。1列ごとに1色のみ右詰めで配置することができる。あふれてしまったタイルは個人ボード下部の床ライン(-1,-1,-2,-2,-2,-3,-3)と記載されている場所に左詰めで配置する。

③壁の装飾
②の一次的な配置で個人ボード左側の階段状の各列を満タンにすることができた場合、そのタイルを1枚だけ個人ボード右側の壁面に配置することができる。配置した際にポイントが計上される(個人ボード上部の黒いキューブが移動する)。配置後は個人ボード左側の階段状の各列はリセットされる。床ライン(-1,-1,-2,-2,-2,-3,-3と記載されている場所)に並んでいるタイル1枚ごとにポイントを減算する。

以上繰り返し。スタートプレイヤーのタイルを持っている人から同様にタイルを取得していく。誰かが宮殿の壁(個人ボード右側)で横一列のタイルをそろえたラウンドで終了。最終得点を計上して一番勝利点が高い人が勝ち。

 

ボードゲームのルールというのは割と単純だ。上記ルールを何度読んでも面白さが伝わってこないと思うのだけど、このゲームは信じられないほど深い。僕はこういった単純なルールの中で神がかり的なアイディアを見つけるとものすごく快感を感じる。
例えば上記①の手順の中で、「余ったタイルは円形のお皿が並んだ中央の場に押し出す」というのがものすごいアイディアだと思う。中央部分からもタイルを取れるという手順がひとつ追加されることによって、タイルの取り方のバリエーションが増えており、簡単な数学的な計算でゲームの流れが読みづらくなっている。ミヒャエル・キースリング氏のインタビューにも掲載されていたけれど、このアイディアは本人曰く「天が北ドイツの空から送ってくれたかのように決定的なアイデアが降りてきた」という。この言葉のおかげで、中央部分から1色タイルを取るたびに、何か云いようのない快楽を感じるわけ(変態)。

常に遊びのことを考えているものだから、最近頻繁に遊びのことを頼まれるようになってきた。ホイジンガの著書「ホモ・ルーデンス」にも記載があったけれど、 遊びの歴史は古くて、「ホモ・ファーベル」(作る人)よりも「ホモ・ルーデンス」(遊ぶ人)が先にある。
クリエイティブな行為というのは2種類ある。素敵なデザインの椅子や安らぎの空間スペースを生み出す芸術的な「創作」の行為。もう1つは自分の痛みや他人とのズレに生まれる葛藤を見つめて、それをポジティブなものに変えて行こうとする「変化」の行為。それよりも先立つものが「遊び」なわけさ。

遊ぶことで、昨日までこの世に無かったものが新しく出来上がるなんてすばらしいと思う。
ヘイ、Notebookers!いつか一緒に遊べる日を楽しみにしているよ。

※ちなみに現在この「アズール」ですが品薄でなかなか手に入りません。日本での定価は6000円くらいなのでご注意願います。

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旅先のToday’s TRAVELER’S Notebook/2017春の陣

Posted on 02 3月 2018 by

今年もちょっくら、(仕事も兼ねて)旅をしていた。

鹿と戯れていた@飛火野。
といっても、飛火野で活動してた鹿は1,2頭だけ。街にはわんさかいたのに。。。

さて、マイトラ撮り。
この風景の枠内に、トラベラーズノートを置いてみるだけの簡単な撮影。

地面の色がパックリ分かれていて、ごちゃついてしまった。
場所を移動しよう。

地面問題は解決できた。
けれども、トラベラーズノートと鹿の距離がなぁ……もっと近づきたい!

鹿に近づいて、トラベラーズノートを置く。
構図どうしよう。鹿、いい場所に来ないかな。

きたきた、鹿。
一歩…………、二歩……、三歩…、四歩、五歩六歩以下略

みるみるうちに、近づく鹿。
こちらが求めていないレベルのスピードで迫り来る……。
(もう来なくて、いいんだよ。いいんだってば)

これ、2秒後危険な予感しかない。
トラベラーズノート、ピーーーンチ!!!

おそらく、貴方の予想通りである。

鹿、トラベラーズノートを噛んだ。
噛んだトラベラーズノート、ぶんぶん振り回してた。

……ごめん、鹿。
それ、食べられないんだよ。

トラベラーズノートを取り戻すのに必死で、その瞬間の写真は1枚もない。
動物を入れたToday’s TRAVELER’S notebook写真撮影修行は、まだまだ続く。

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始発の町 ―Here we go!

Posted on 18 2月 2018 by

外ばかりみていると おなかがすくし
内ばかりみていると せなかがさむい

まわりくどい 手順を踏んだ
ぎうぎう詰めの しゃぼん玉

囚われてなんかないって 思わないで
囚われているからなんて 諦めないで

前後左右 四方八方 立ちはだかる壁
だけど「床」と「天井」は 筒抜けだ
(チューブはループしてるけどね)

閉じ込められているなんて 失望しないで
護られているだなんて カン違いしないで

出たいなら入れば? 入りたいなら出なきゃ!
それを「旅」だなんて 甘えないで

ネットは広大だとか 世間は狭いだとか
テキトーなとこを クリックしてないで

鎖につながれていてムカつくとか
宇宙サイズの鳥籠ならばOKとか 茶化さないで

自分/人 を信じる vs 自分/人 が信じられない
そんな 馬鹿も 休み…休み…に…し…て…

「分んない」だとか分かったふりはもうしないで

踊りに往くよ
始発に乗るよ

行き先は着いた先
始発まで過ごす町

(GO)

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これがNotebookersの生きる道 〜Notebookを味方にするための守破離×5〜

Posted on 03 2月 2018 by

ソウル・Notebookers道!

こんばんは、サオリです。
今宵も Good Notebooks にココロ踊らせる時間がやって来ました。
ゲストはマイg……おぉっと、いなーい。

お届けするのはこの曲。
セ・ラ・ヴィ 〜女はNotebooksに忙しい〜

そんなわけで(どんなわけだよ)、みなさまNotebookers.jpへようこそ!
何かしらの流れでココまでやって来たはじめましてさんから、
むしろココで何年も記事書いてるぜっていうベテランさんまで。
この記事に辿り着いたみんなにとって、何らかの役に立つ記事を書ければいいなって思っているよ。
ぜひこのサイトを、楽しんでいってね!

さて、今宵の話題。
「これがNotebookersの生きる道 〜Notebookを味方にするための守破離×5〜」ですって。

2017/12/29 Notebookers Global Communication(以下、NGC)が発生してからというもの、
ノートブックで何かとミラクル起こしがちな、このワタシ。

そんなワタシから、みなさまへ。
ノートブックを自分の味方にして人生楽しもうぜって思い立ったときに
ちょっと実践してみるといいかもしれないねレベルの、ささやかなアイデアをお届けするよ!

少しでも分かりやすくしたくって、
「守×5」「破×5」「離×5」の、計15個のアイデアにまとめました。
よかったら、ぜひなにかひとつ、今日からTRYしてみてね!

【守−1】Googleで “Notebookers” の画像検索をしてみよう
検索が面倒だっていう人は、こちらをクリックしてみてね。

【守−2】ちょっと頑張れば行ける距離の、おおきな文房具屋さんまで散歩しよう
いま話題の文房具から、昔から使っていた超定番文房具まで、大抵の文房具は揃っているわ!
目で見るのはもちろん、試し書きしたりページめくったり、五感フル動員で文房具を体感してみて。

【守−3】逆に、あなたのおうちから一番近くにある文房具屋さんに行くのもまた、ステキよね
何十年もお店の奥底に眠っていた、思いがけない文房具に出合えるかも?
文房具でタイムトラベリングまでできちゃうなんて、アメイジング!

(守−2、守−3を実践したなら、きっと手元にステキなノートブックがあるはずよね)
(そう信じて、以降続けるよ)

【守−4】そのへんのペンを片手に持って、目の前にあるノートブックを開こう
ノートブックを、開こう。
気分が乗らなければ、開いてすぐ閉じちゃっても無問題。
ペンを片手に持っていれば、文字でも絵でも図でも表でも、すぐにノートブックに叩き付けられるわ。

【守−5】「1日1回ノートブックを開く」を、根気よく毎日続けてみて
気分が乗らなければ、開いてすぐ閉じちゃっても無問題。
手段はどうあれ、【守】フェーズのうちにノートブックに慣れることが、肝要。

【破−1】身の回りの荷物を、いったん整えよう
そろそろ、ノートブックや筆記具、マステやらふせんやらで、しっちゃかめっちゃかになってない?
とりあえず机の端に、バラバラになった文房具をきれいにまとめよう。気持ちがすこし、落ち着く。

【破−2】ついでにカバンやポーチの中身も、いったん整えよう
カバンもポーチも整ったら、足取りはより軽く、距離はより遠く。
一気にモノゴト、動くはず。

【破−3】そろそろ、いつものノートブックに“違和感スパイス”をかけてみない?
いつもより雑な字で書いてみるとか、手でちぎってたマステをカルカット使って切って貼るとか。
でも客観性は忘れないで。あまりに羽目を外し過ぎると、それはそれでただおかしいだけ。
周りからもおかしく見えるし、もう一人の自分からでだって、おかしく見えてしょうがない。
「いま自分は、違和感スパイスをかけている」冷徹なもう一人の自分から、そう問いかけてもらおう。

【破−4】好きな歌手の好きな曲の好きなワンフレーズを、しばらく自らの行動指針にしてみない?
ワタシの行動指針フレーズは、「理論武装に笑顔は不可欠」

【破−5】あなたが住む国の一般的生活リズムからちょっと外れた時間帯、Instagramに写真ひとつアップ
あなたが住む国でない誰かが、きっと「いいね!」を押してくれる。
Instagram友達が、また一人増えたみたいね。

【離−1】InstagramレベルのEnglishの読み書きなら、ローライングリッシュ本がおすすめだよ!
ローライングリッシュ本=SPEAK ENGLISH WITH ME!
世界のInstagram友達とのコミュニケーションが、もっと楽しくなるはず。
そう思わせるきっかけをくれたNGCのお相手aina(aina.kristina)には、感謝してもしきれない!!

【離−2】ノートブックタイムだけでも、額全開ヘアアレンジ
ノートブックと集中して向き合うための、一種のルーティンワーク。
どうせ家でしかつけないヘアバンドを、先月3本購入した。
3本ともベーシックカラーなんだけど、いずれも適度にアホ要素があるのが極私的高ポイント。

【離−3】「フシがある選手権」開催
ルールや空気感は、漫画または映画『セトウツミ』参照。超がさつ客観視のキレ味増強に役立ちます。
ドラマ版セトウツミは、瀬戸と内海だけでなく脇役陣までキレッキレ。
田中君とハツ美ちゃんが程よくイラつ……、ってゴリラ先生www

【離−4】お気に入りのハンドクリームを、いつもポーチに入れておく
松浦弥太郎さんの本で読んだ手法、いただきました。
執筆仕事の前に、ハンドクリーム。ついでに手のひらマッサージもすると、血行よくなる気がします。

【離−5】「行こうぜ Noteookの向こうへ」スピリットで、ノートブックとたのしくあそぶ

閑話休題、の、逆バージョン(本線から堂々と脇道に逸れる)
2018年に入ってからというもの、資生堂さんの文房具モードが本気な件。
ものすっごく、わくわくする。
あれもこれも、発売が待ち遠しい。年甲斐もなく。

【PR 2018/01/16】
資生堂、女子高校生と共創するオープンイノベーション型プロジェクト「POSME」を開始~社内組織「イノベーションデザインLab.」による新たな価値創造~

【PR 2018/01/25】
資生堂PLAYLISTがカラー&メイクを自由に楽しむマルチカラーアイテムを発売。

いまワタシが注目する文房具ブランド総合ランキング第1位は、資生堂さんです。って、あれれ……?

それでも前に行くしかないんだし、角度変えればまたイイ感じ。
になる、はず。

それでは、さようなら〜

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暗闇から学ぶこと

Posted on 28 12月 2017 by

ノートを書くのには,それなりの明かりが必要である.それは確かだ.

しかし,見えないことでわかることもある.そういうことを教わったことがある.

 

年の瀬の大掃除は欠かせないが,ミニマリストwannabeになってから,あまり片付けるところがなくなった.

それはうれしいことだが,元マキシマリストの私としては,いささか物足りない.恒例行事的だったからだ.

そういうわけで,ほったらかしていた押し入れに入っている一つの箱,いわばan untouchable boxに手を出すことにしたわけである.

そこには実にさまざまなpre-minimalな生活がそのままになっている.それは段ボール一個分でしかないが,段ボール1個分の空間にはそれはもうたくさんのものが入るのだ.

その中から,必要なものを救出し,いらないものを捨て,箱を一つつぶす.これが目的になる.

ほとんどが学部時代のノートで,見てみると勉強のものがほとんどだ.ビルマ語であるとか,ポルトガル語であるとか,言語学の基礎であるとか,そういうものが書かれている.熱心な学生だったようだ.

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泥団子崩し

Posted on 10 12月 2017 by

第二稿
歩いてると泥にまみれるので
旅に出るなら泥を落としていきたい
せっかくの旅日頃の泥なんて持ち込みたくないじゃん
ってか
泥ついてると歩きにくいし足跡つくし
汚したくないし汚されたくもないし
せっかく新しいリフィルはさんでくってのに
表紙は使い古しでいいのかな?
……それが俺なんじゃね? なんつってみたりできるのも
旅に吹かれてるからだしね



でも面倒だ日々の生ぬるめのシャワーじゃ
ねちょねちょすばっかでちっとも落ちね
ちょと褒められちゃてうれしからって磨きあげちゃたら
ピカピカのコチコチってえらそにふんぞりかえっていやがるし
ってか
こっちが正解かもね。なぁんて思ってる自分に柔道チョップ
こだわらないことにこだわってたフクちゃんはこだわりたいことにこだわれなくなって自問自答
かわいそうやなあなたはいつも考えすぎるばか感じろ!そしてけして目を逸らしてはいけません
泥塗れはゴメンだけど磨き上げたこの泥団子はいつもきれいとてもきれいだから棄てられなくて重い
ったって旅先にまでコロコロ転がらからしていく気にはならないナリねさしがねにさすがにさ

とかこまかく決めとかなくともいんじゃねの
場面場面でいちばんヤバそなとこに滑り込めフットワークさえありゃ軽みが尊みのやばみの宇宙
つ・ま:り|泥団子崩しなんて簡単ダンカンバカヤロコノヤr
なぜならば ♪そこに~私は~いません って(略)探してませんからぁぁぁっ!! ザンネ割愛
ってか
よるべなき世のせちがらさ責任もたねばならぬこと露に一つもありはせぬ
私は私として私が私でありかつ私でありつづけることを宣誓したうえに作らず福沢諭吉じゃねーかんな

旅ゆけばまた泥まみれしもつかれ

しもつかれとは北関東地方(主に栃木県方面。群馬県・茨城県方面なども)に分布する伝統の郷土料理で、初午の日に作り赤飯とともに稲荷神社に供える行事食。鮭の頭と野菜の切り屑など残り物を大根おろしと混ぜた料理である。地域によりしもつかり、しみつかり、しみつかれ、すみつかれ、すみつかりとも呼ぶ。 (wikipedia 「しもつかれ」より抜粋)

削ぎ落としナイアガラ 青い鳥小鳥何見て跳ねる 縹渺と生々流転転々と
戻るなら戻らぬための落とし文(ヌケガラ)(ドロのカタマリ)(排泄物)(世間的私)(ゴーレム)
再び出会ってしまったら杯を交わして近況報告「じゃ、また」ってもう金輪際交わらないってのに
棄ててきたんだから私が私を私になった私はすでにもう泥団子なんだから壊しto the next stage
ってか
重荷を下ろして赤んぼにむかって走れなんて黄飛鴻シリーズじゃないから殻空っぽだから泥の中



Q:泥団子のなかにあるものナァーンだ? A:泥
〈私といふ現象は〉二十二箇月の(あたくしという泥団子は よる年波の)
過去とかんずる方角から(置き去りにした抜殻の方角から)
紙と鑛質インクをつらね(紙とお気に入りのインクをつらね)   
(すべてわたくしと明滅し((すべて泥のネチョネチョし
 みんなが同時に感ずるもの)みんなが私だと信ずるもの))
ここまでたもちつゞけられた(かつてたもちつゞけられた)
かげとひかりのひとくさりづつ(かげとひかりのひとかたまりづつ)
そのとほりの心象スケッチです(そのとほりのぬかるみの記録です)
宮澤賢治 春と修羅・序より ※後段のカッコ内を除く

長くなったがみな泥だ
泥なんざ長くいじってちゃいけないよ あんまり長くすると しまいにゃお前
泥棒になるよ
おあしがよろめくようで(退場=旅立)

                                        (真景)

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モレスキンカイエに文字入れ

Posted on 14 11月 2017 by

 

旅にはノートだよね。
旅先で友達2人に会うことになり、打ち合わせ段階で、モレスキンのカイエジャーナルを1人1冊ずつ持つことになった。

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パーフェクトなDINERに行くということ

Posted on 20 7月 2017 by

行きたい,やりたいと夢見ていても,それを【思っているだけ】ではダメだ,具体的なしかし地道な目標をもって行動するべきだ,というようなことを森博嗣先生は新書『夢の叶え方を知っていますか?』(朝日新書)で述べている.

しかし,僕には,行きたいけれどしかしそれを【夢と呼ぶには,はばかられる行きたい場所】というのがある.

それは,アメリカのダイナーだ

「ダイナー」といっても,地名ではない.DINER,つまりまあ,日本で言う食堂です.

Photo by jesse williams on Unsplash

 

僕の中でのDINER(もちろん24時間営業)では,ちょっと太ったラテン系のおばさんが,ウェイトレスとして店を切り盛りしている.

そして,たいていの客を「ハニー」と呼んで,なんだか親しげなのだ.折を見て,コーヒーのお替りはどう?といって,煮えた熱いコーヒーを運んでくる.

大体,非番か夜勤明けの警官が一人,そこにはいて,周りを監視しながら,おすすめのハンバーガーみたいなものを食べている.チップスは大盛りだ.

パイもいくつかの種類があって,でもミスタードーナッツのように多すぎることはない.多くても4種類.

ガラス製のボウルをさかさまにしたようなショーケースに,ドーナッツ,パイなどの作り置きが入っている.どれもハイカロリーで砂糖がたくさんかかっていて,おいしい.

外観は70-80年代のギラギラした感じ.ネオンもついているが,修理するお金の余裕はない.外装はいろんなところに錆が浮いている.どこもなかなか厳しいのだ.

先月も一人,あまり働かない若いウェイトレスを首にした.

 

場所はどこでもいい.街中のDINERもいいし,周りに何もないようなところにポツンとあるDINERも魅力的だ.(どちらかといえば後者がいい.)

でも,そのDINERは上で述べたような完璧なDINERでなければならない.パイは9種類もあってはいけないし,ふとっちょのラテン系のウェイトレスが僕に注文を取る際には,僕がいかにアジア人であっても「ご注文はなににする,ハニー」と聞いてくれないといけない.ウエイトレスが白人のぴちぴちのお姉さんはいけない(もちろん白人のぴちぴちの女の子は好きだけれど).

まあ,そういう意味では僕はすごくレイシストなのだ.

 

いったい何で行きたいのかって?それはいい質問だ.僕もよく考えるけれど,一つはアメリカ·テレビシリーズの見すぎかもしれない.

僕は割と刑事系のドラマに詳しいと自分では思っているけれど,そういうドラマの中では,幾度となくDINERが出ている.Motelもよく出るが,DINERのほうが魅力的に思える.(食べ物もあるし.)

そこに現れるDINERは,みなよく似ている.その寄せ集めが,僕の完璧なダイナーなのだ.

 

そういうわけで,僕はDINERにあこがれている.行きたい,とも思っている.

タイムズスクエアにも,自由の女神にも,エンパイアステートビルにも,グランドキャニオンにも,ホワイトハウスにも(ホワイトハウス!)特に興味がない.

DINERだけに行く,という旅.

少し抵抗を覚える.

 

「やあ,君はどこから来たんだい.」

「日本です.」

「へぇ.仕事かなにかかい?」

「いえ,アメリカのDINERにどうしても来たくて.ずっとそうだったんです.」

「変だな,日本にこういう場所はないのかい?」

「少なくとも,僕の家の周りにはないみたいで.」

「へえ.じゃああんたはDINERで飯を食うためだけにわざわざアメリカに来たってのかい?リッチなんだな.」

「そういうわけじゃないんです.でも,ちょっとクレイジーですよね.」

「ちょっとどころか,だいぶクレイジーだぜ.

なんて隣に座った人に話しかけられることがあるだろうか.

 

僕は行きたいと【思っている】.行こうと思えばきっといける.でも,それだけでは旅に見合わないのではないか,とついつい思ってしまっている.

いつか行ければいいな,みたいに.ふらっと,何かのついでに行ければそれがいい.

これは僕の夢といえるだろうか.僕はそのために,どんなことができるんだろう?

 

そして,なによりも,もし仮にDINERに行ったら,僕はそのあと,いったいどうすればいいんだろう?

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