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モレスキン、記録、証拠、記憶。

Posted on 10 3月 2012 by

みなさん、この前、モレスキンにつけまつけたLeonaです。ぼんじゅーる。今日はシリアスなお話をします。

もうすぐ3月11日。東日本大震災から1年。今回の投稿はこれも絡んでいます。

職場でモレスキンを使っています。現在3冊目です。最初はかっこいいし、プロフェッショナルに見えるから使おう、かっこいい文房具で職場で落ち込みがちな気分を上げよう!という理由からモレスキンを使用しています。それまでは、普通のミニノートだったり、安いノートだったり、MUJIのノートなどを使用していました。

ある時、ほんのささいなことですが、職場にて事件が起こりました。いわゆる責任の所在です。

私は自分では「無実」だと確信していたのですが、「ここで私があきらめて認めたら、全責任を負う事になる」と本能で感じとって、反論し、無実だとアピールしました。

私は職場ノートをさかのぼって何度も確認したものの、私が無実だと100%言えることを書いていないので、もっときつく責められたら、私は何とも言えない立場に追いやられる、という妙に怖い思いをしました。

魔女裁判に似た恐怖を体験し私は誓いました。ちゃんと後々救ってくれるように、もっと厳密に「記録」しようと…。

それから、明日の3月11日で一年を迎える。

つい先日、私はあのとき、何を書いていたのか知りたくて、その時期にあたるモレスキンを確認してみようと取り出してみましたが…あの時何を書いていたのか振り返っても、記述はありませんでした。

(あの日は、私は帰宅難民で職場に泊まりました。)

そして、ショックが大きすぎたのか、311以前の記憶がほとんど透明になってきました。

もちろん、断片的に覚えていることもあるのですが、311以前と311以降の脳や記憶がそれこそあいまいで、モレスキンに書いたり、何かに書いておく、保存する、保管することをしないと、すぅっと透明になって消えそうで怖いです。

その対処法として、2012年はDaily Moleskineを購入して日記をつけています。

個人的にはやっぱり苦手で、毎日書けない日もあるし、記録どころか何かを貼って終わり、という日もあるし、全部のラインを埋めるくらい書く時もあります。

私にとってMoleskineは歴史書みたいに「記録」するもの、という捉え方があるので、ページを大胆に使って、creativeに使うということがいまだ出来ていません。

なんかもったいない気がして…。

<突然、死ぬ時のことを考えて、モレスキン手帳の個人情報は落とした時に影響ない程度に書きこんでいたりする。>

 

これからはもっと大胆にmoleskineと付き合えたら、と思っています。私とmoleskineの関係はちょっと、オフィシャルでお堅い関係。だから、アンネ・フランク並みに、moleskineといろいろなことをおしゃべりし、creativeなところを発揮し、もっと自由に付き合えたらいいな、と感じています。

ま、つけまつけて、モレスキーナちゃんとか呼んでる時点で、かなり自由にやってるわけですが!

 

311以降、人生を踏み出したつもりで生きることに取り組んでいますが、うまくいかない時も、楽しい時も、幸せな時も、悲しい時も、「紙に書きだす」ことが私には一番の方法だな、と思えるようになってきました。

 

 

モレスキンだけでなく、他のノートでも、それらはあなたの一番の聞き役です。

苦しい思いはぜひ書きだして、解放してください。

“It’s a good way to be healed. “

 

 

※ルーズリーフでは裁判では証拠の信頼度は低いそうで、証拠としての信頼度を高めるには、ノート。ということを聞いたことがあります。(出典あやふやで申し訳ない。)

 

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