物語のそのウソホント。

Posted on 01 4月 2013 by

「はったりも才能の一つだよな。いい作り話をするためには、しかるべきボタンをひとつひとつ正しく押さなくちゃならん」
『オーギー・レンのクリスマスストーリー』
(どこまで好きなんだと聞かれたら、どこどこどこまでも好きだと言います)

せっかくのエイプリルフールなので。
物語で描かれたその嘘について、ちょっと書いてみようかな、と…

■聖書から
聖書基準で考えると、人類初の人殺し、そして身内殺しは、カインとアベルの物語だそうで。
「人はその妻エバを知った。彼女はみごもり、カインを産んで言った、「わたしは主によって、ひとりの人を得た」。
彼女はまた、その弟アベルを産んだ。アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった。
日がたって、カインは地の産物を持ってきて、主に供え物とした。
アベルもまた、その群れのういごと肥えたものとを持ってきた。主はアベルとその供え物とを顧みられた。
しかしカインとその供え物とは顧みられなかったので、カインは大いに憤って、顔を伏せた。
そこで主はカインに言われた、「なぜあなたは憤るのですか、なぜ顔を伏せるのですか。
正しい事をしているのでしたら、顔をあげたらよいでしょう。もし正しい事をしていないのでしたら、罪が門口に待ち伏せています。それはあなたを慕い求めますが、あなたはそれを治めなければなりません」。
カインは弟アベルに言った、「さあ、野原へ行こう」。彼らが野にいたとき、カインは弟アベルに立ちかかって、これを殺した。
主はカインに言われた、「弟アベルは、どこにいますか」。カインは答えた、「知りません。わたしが弟の番人でしょうか」。

子供の頃にコレを読んで、釈然としないままオトナになって、やっぱり未だに釈然としない箇所ではあります。
最初に神はカインの供え物をさらりと流して、カインがそれを怒ると「正しいことをしているなら、顔を上げなさい」と言う。
えー、コレはアベルは放牧する者、その部族、カインは農耕民族の象徴で、当時は前者の方が評価されていたとか、何とかで、それで神はアベルの方をひいきしたとか何とか、と読んだ覚えがあります。
そして起こる殺人、神からの質問に対して、カインは「知りません」と嘘をつくわけです。
でも、神はもちろん神なので、お見通しです。そんで、

主は言われた、「あなたは何をしたのです。あなたの弟の血の声が土の中からわたしに叫んでいます。
今あなたはのろわれてこの土地を離れなければなりません。この土地が口をあけて、あなたの手から弟の血を受けたからです。
あなたが土地を耕しても、土地は、もはやあなたのために実を結びません。あなたは地上の放浪者となるでしょう」。
カインは主に言った、「わたしの罰は重くて負いきれません。
あなたは、きょう、わたしを地のおもてから追放されました。わたしはあなたを離れて、地上の放浪者とならねばなりません。わたしを見付ける人はだれでもわたしを殺すでしょう」。
主はカインに言われた、「いや、そうではない。だれでもカインを殺す者は七倍の復讐を受けるでしょう」。そして主はカインを見付ける者が、だれも彼を打ち殺すことのないように、彼に一つのしるしをつけられた。
カインは主の前を去って、エデンの東、ノドの地に住んだ。

えー、一連のことは、カインを追放するために嘘をつかせる流れのように見えなくもないですが。
ですが、

「いや、そうではない。だれでもカインを殺す者は七倍の復讐を受けるでしょう」。そして主はカインを見付ける者が、だれも彼を打ち殺すことのないように、彼に一つのしるしをつけられた。

と、あるように、カインが守られるようにもしています。
この聖書が読まれていた時代、口伝で伝えられていた時代、こういう兄弟間での争いは、よくあったんじゃないかと。
(同じく旧約聖書に、もうひとつ、お父さんが亡くなる直前に、お兄さんのフリをして、弟が財産を受け継ぐ話もあったりします)
他人であれば、まだ遠慮もあるでしょうが、兄弟は、やっぱりこの時代から一番近しいライバルなのかな、と。
ほんの数年差で生まれて、それでも長幼の順がきっぱり分けられて、出来不出来も、兄弟の順であれば問題もないでしょうが、ホントに、こういうトラブル、ドラマはたくさんあったんだろうなあ。
神=本当のオヤジさん、として。
これと同じような事件があったら。
(どっちかをちょっとひいき、出来不出来、どっちかを溺愛、そういう要因もあるだろうけど)カインの立場のひとを、アベルと同じように殺してしまえーとするのではなく、赦して、彼を傷つけることがないように、とするのは、アレだ、この時代、砂漠の民が、過酷な環境での生活で、第一目標が「死なない、一族を絶やさない」であれば、こう赦すのも普通のことだったんじゃないかと。
カインがついたその嘘が、浅過ぎる嘘であったとしても。
(旧約聖書 創世記4章より)

■レ・ミゼラブル
「閣下」と憲兵班長が言った。
「この男が申したことは、ではほんとうでありますか? われわれはこの男に出会いました。逃げるようにして歩いていました。われわれは調べるために、捕まえました。この銀食器を持っていまして…」
「そしたらこう言ったんでしょう」と司教はにこやかに口をはさんで。
「一晩泊めてくれた老いぼれの司祭からもらったと。わかっていますよ。そこで、あなた方はこの人をここへ連れてきた。誤解ですよ」
「それでは」と憲兵班長がつづけた。「この男を放免してよろしいのですな?」
「もちろん」と司教は答えた。

「忘れないで下さい、けっして忘れないでくださいよ。あなたが正直な人間になるために、この銀器を使うとわたしに約束したことを」
「わたしの兄弟のジャン・ヴァルジャンよ、あなたはもう悪の味方ではなく、善の味方です。あなたの魂を、わたしは買います。暗い考えや、破滅の精神から引き離して、あなたの魂を神に捧げます」

小説でもミュージカルでもお馴染み、何度も映画化され、近くは2012年12月に、Hジャックマン主演の『レ・ミゼラブル』が公開されました。
その最初のエピソード、出所したヴァルジャンとミリエル神父のエピソードです。
ヴァルジャンは、ミリエル神父の教会で一晩宿を借り、その銀食器を盗んで逃げるのですが、捕まり、教会へ連れ戻されます。
その時のミリエル神父の台詞がコレ。

この銀器がこの後も、この物語とヴァルジャンの行動を貫くのですが。
えー、聖職者である神父が嘘をつくというのは、本当に重いことで、十戒にあるくらいすごく大きな罪なんですが、ふらりと現われたヴァルジャンのために神父はさらりとその嘘をつくのです。
神父がついたこの嘘の重み、この重さがヴァルジャンに嘘をつかせることができなくなったんじゃないかと思っています。
荷車の事故で、ジャベールが見ている前で老人を助けたことも、裁判で自分がヴァルジャンだと言った時も、「善の味方であれ」と言われた通りに、神父との約束を守ったのではないかと。
(『レ・ミゼラブル』ユゴー)

■嘘、そして沈黙
「もうお互いに真実を知っているのに、今さらなぜそんなことを言うのか わたしにはわかりませんでした。」

こちらはミステリ。
普通、推理小説、ミステリは、登場人物がことごとく嘘をついているんですが、この物語はちょっと違う。

舞台はアメリカ、ワシントン。
とある夏の日の早朝、大富豪のガエイタンが自宅のバスルームで死んでいるのが発見されます。
ちょっとココでは書けないくらいのひどい状態の死体で、発見者は妻のメアリーでした。
彼女の供述は、侵入者の気配はなかった、しかし電話線は切られていた、夫が自殺するなんて…と言うのものでして。
しかし、死体にはロープで縛られた跡、殴られた跡もあり、「どこが自殺だ!」というツッコミから物語が展開します。

ちょっと説明しにくいミステリで、被害者がいる、犯人もいる、それと並行してもうひとつ物語が進行する。
何を被害というのか、犯罪と加害との違いは? とか、とにかく、そのボーダーラインが見極められない。
そして、テイストが『羊たちの沈黙』っぽい、猟奇的。
映画化はまず無理だと思います。本当にココでは引用ができないくらいの、えー、被害者の状態のアレさ、何よりオープニングからドン引きの描写。

原題が “LIE TO ME” 「わたしに嘘をついて」すごく納得のタイトルです。
「それを嘘だと言って欲しい」のです。「本当のことを言ってくれ」ではなく。
被害者の沈黙と、あるひとの話す真実、それは被害者が嘘だと信じたい真実で、と、…邦題も良いタイトルだな。

主人公はキャメルという警官なんですが、彼が、今までの事件を振り返り、こう述懐します。

「(自分が)それらの嘘をあばいたことで、一人でも救われた人間がいただろうか、苦しみを和らげられた人間がいただろうか?」

コレは、探偵役の人物が言っていい台詞なんだろうか、と読んだとき、ものすごく印象に残りました。
ウソを暴く、犯人が逮捕され、被害者や被害者の関係者が(少しでも)救われる。
これが通常のミステリの流れ、のはずなんですが、この物語は、…嘘をつかれることで救われるひとがいる、そしてついに嘘をつかないままだった人物もいる。
内容とタイトルがものすごくリンクしている名作かと。
(『嘘、そして沈黙』デイヴィッド マーティン)

■おまけ
『ダルタニャン物語』鉄仮面編より
ダルタニャンがあることでポトフスに嘘をついていて。それがバレて、ポトフスがものすごく怒る場面があります。

「俺は今、ハラワタが煮えくり返っているんだ! ポトフだけにな!」

えー、この台詞は本国でも有名で、フランス人男性が生涯に一度は使ってみたい台詞ベストらしいです。
(そうだよねー、ポトフスいいよねー、三銃士イチのオトコマエだもんねー)
(みなと @minato_nozomu さんとみなとさんのフォロワーさんより)

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