物語の中の図書館

Posted on 22 6月 2013 by

最近、図書館へ行かれましたか。
ワタシは、本を読むことも、本そのものも好きなので、よく図書館へ行っています。
本棚の間をうろうろしているだけで楽しい、ワタシにはそういう空間です。

古くは、紀元前から、アッシリア、エジプト、メソポタミアなど、そっち方面(えー、四大文明関係近辺?)に図書館はあったようです。wikiではこんなカンジで

芥川龍之介を評して、彼の友人が「芥川君は、クレオパトラの死よりも、アレクサンドリアの書庫が焼かれたことを惜しむ人間だ」と言ったとか何とか、そういう話もあったり。

本屋さんとも、自宅の書斎とも違う。
古本屋さんは、やや近いかも知れない。一度誰かが手にとった本がある場所。
古本などは、時々、その佇まいや書込みなど、前の持ち主さんは、きっと大切にしていたんだろうなー、と、泣きたくなるような一冊に会うこともあり。

図書館、本がある場所。
本があり、また知識があり。それ以上に、そこから生み出されたものも多く。

そして。そこから生み出されただろうもののひとつ、物語。
(メビウスの輪みたいですが)その物語の中にも図書館があります。
(ワタシがそーゆーのばかり読んでいるせいもありますが)ただ『本がある公共の施設』ではなく、登場人物たちにとっては『聖域』でもある場所として描かれていたりします。

その中からいくつか…

■『何かが道をやってくる』レイ・ブラッドベリ

『えたいの知れぬ図書館の深渕が、二人を待ち受けていた。
外の世界では、たいして多くの出来事もなかったが、この紙と革でかこまれた国では、ある特定の夜になると、さまざまなことが、つぎつぎに起こるのである。ほら、きこえるかい? 一万の群衆が大声で絶叫しているのが。その声が、あまりに大きいので、犬どもは耳をぴくぴくふるわせていた。何万という人が銃を手にしてかけまわり、ギロチンの刃がとぎすまされていた。中国人が四人、肩をならべて、どこまでも行進して行った。彼らの姿は目に見えないし、音もしないことは事実だが、ジムとウィルは、特殊な目と耳と鼻と口をそなえていた。ここは遠い国々からきた香料の精製工場なのだ。』

先日、亡くなられてから1年が経ちまして、またその日、めそめそしていました、ブラッドベリです。
ブラッドベリ、図書館に寄付をしたとか、朗読会などのイベントに参加していたとか、本当に本と本を読むことと図書館が好きな方だったそうです。

Amazonから〜内容紹介
ある年の万聖節前夜、ジムとウィルの十三歳の二少年は、一夜のうちに永久に子供ではなくなった。カーニバルの騒音の中で回転木馬の進行につれて、時間は現在から未来へ過去から未来へと変わり、魔女や恐竜の徘徊する悪夢のような世界が展開する。SF界の抒情詩人が世に問う絶妙なリズム。ポオの衣鉢をつぐ一大ファンタジー。

ジムとウィルの住む小さい街に、カーニバルの一団がやってきます。
彼らは秋の人間と呼ばれる魔物で、あちこちの街を回り、ひとの生気、若さなどを吸い取る。
その魔物から追われて、主人公のジムとウィルは図書館へ逃げ込みます。
(ウィルの親父さんが図書館で司書をしているから、というのもあるのですが)
例えば、父親がいるからという理由で、どこかのオフィス、お店、農場なら納屋?に逃げ込むのとは、何かが違うのだろうなあ。
その逃げ込む図書館は、特別に何か魔法がかかっていて守られているワケではないです。
フツーに、フツーの司書がいて、フツーに本が置かれている施設です。

ご存知の方は、「まだ引用するか」「まだ足りんか」と思われるでしょうが、好きなので引用します。
同じく、ブラッドベリ著『華氏451度』から
『書物とは忘れ去ってしまうには惜しい事物を保存しておくための道具で、書物自体には、なんら魔術的なものは存在しておらん。魔術的なものがあるのは、書物が語っておるその内容です』

コレと同じくです、図書館にも魔法はかかっていないのです。
物語の流れとしては、ウィルたちが図書館へ逃げ込んで、秋の人間たちが追い掛けてくるんですが、図書館に入れないワケではないです。
そして、ウィルたちを守るために、本が秋の人間に襲いかかることもありません。
この物語はジャンルとしてはファンタジーです。
魔物、悪魔(のような)が出てくるのだから、逃げるなら教会へ逃げればいいのに、そうではなく、『図書館』へ逃げる。

夜遅くに見る図書館の本棚、その本が声なき声で語りかけてくる言葉、そういったもの。
魔法による守りも、また物理的な守りもありません。それどころか、ちょっとした乱闘にもなるんですが。
ウィルもジムも、図書館の闇を畏れ、また本の息吹も求め、そこに蓄えられた知識を求めて、話が進みます。

コレを読んだ時、「ああ、図書館て聖域なんだ」と、すっ と流れ込むように思いました。
えー、選ばれし者とか、図書館へ来るまでにものすごくたくさんの敵を倒した者、とか、殉教者的な何かを成し遂げた者、でなくても入れる聖域。

■『愛おしい骨』キャロル・オコンネル

『図書館の中で明かりが灯った。それは夜遅くまでついていた。窓のシェードの向こうには、歩き回る人の影がひとつ見えたが、それはおなじみの光景なので、通り過ぎる者は誰も気に留めなかった。』

『このミステリがすごい』でランクインしていたような…?
入っていてもいなくてもすばらしー作品です。アメリカのちょっと田舎町、住人は皆、顔見知りで、どこの誰それが何をしたか、噂はすぐに広まる、閉塞感、そんな町での物語、ワタシの好きなモチーフてんこ盛り、です。

内容(「BOOK」データベースより)
十七歳の兄と十五歳の弟。ふたりは森へ行き、戻ってきたのは兄ひとりだった。二十年ぶりに帰郷したオーレンを迎えたのは、時が止まったかのように保たれた家。誰かが玄関先に、死んだ弟の骨をひとつずつ置いてゆく。何が起きているのか。次第に明らかになる、町の人々の秘められた顔。迫力のストーリーテリングと卓越した人物造形。『クリスマスに少女は還る』の著者渾身の大作。

ものすごく心惹かれるフレーズがあります。

『コヴェントリーでは誰も図書館に行かないからーー』

コヴェントリーというのは、舞台となる町の名前です。
ここの住人は、誰も図書館へは行かない。
親たちは、いい子にしないと図書館にやる、と子供たちに言う。
そう言われると、子供たちは夜、眠れなくなる。
町の住人は、少し人目をはばかりながら、これを口にします。
なぜか。

『コヴェントリーの図書館には怪物がいる』

えー、こちらの図書館は『何かが道を…』とは正反対の聖域です。
魔物から逃れる場所ではなく、怪物が住む、入ることがはばかられる場所として描かれています。
怪物が住むのに聖域?と、思われるかも知れませんが、ワタシはこれも読んだ時、「あー、やっぱりここでも図書館は聖域なんだ」と自然に思えました。

この物語は、ジャンルで言うと(物語成分がものすごく濃いのですが)ミステリで、ファンタジーでもホラーでもありません。ですが、『怪物』がいるのです。
作中での『怪物』というのは、冷やかしのような、単なる比喩表現ですが、納得してしまう状況であり、また空気があり。
読んでいる間、『図書館』この単語が出てくるたびに、登場人物たち、あるひとは冷やかすように言い、あるひとは言った者を殴り、あるひとは言った者を叱責し、と、どうなるんだろうとどきどきしてたなあ。

どきどきしていたんですが。
コレは本当にバイストーリーで、本筋ではありません。
(繰り返しますが、ほんとーにしつこいですが、ワタシはノートブックにこういう『本筋ではないこと』ばかり書いているのです)
この物語には、ほんっとーーーにたくさんの登場人物がいて、彼らにはくっきりはっきりした輪郭と、その背後のドラマがあり、ものすっっっごく密度の濃い流れの中の、そのひとつのエピソードがこれ、『図書館に怪物が住んでいる』です。

『ハンナはすでに車を降りて、敷石の小径を歩き出している。あの(怪物)がドアを大きく開け、彼女を迎えた。オーレンは、こんなふうにほほえんでいる(怪物)を見たことがなかった。(事件が起きる)ずっと前の、いまよりもまともだったころでさえ、(怪物)はいつも町で一番悲しい(存在)だったのだ。』

この数行。ドラマだ。

■『マチルダはちいさな天才』ロアルド・ダール

マチルダ

Dに座って本を読んでいるのがマチルダ


「つぎは、どんな種類の本が読みたいの?」
マチルダは言った。「大人の人たちが読む、ほんとにいい本、有名な本を読みたいんです。わたし、ぜんぜん名前を知らないんです」
ミセス・フェルプスは、ゆっくりと書棚を見ていった。どんな本をとりだすべきか、まったく見当がつかない。四歳の女の子のために、有名な大人向けの本を選ぶのってどうやればいいのかしら?
「これはどうかしら」
「これはとても有名で、とてもいいものよ。もし、あなたには長すぎるようだったら、知らせてちょうだい。もっと短くてもう少しやさしいのを探してあげるから」
「『大いなる遺産』」マチルダは標題を読んだ。「チャールズ・ディケンズ作。これ、読んでみたいわ」

永遠の読書少年、ダール作品から。
そのダールが、モーツァルトをモデルにして書いた主人公が彼女、マチルダです。
天才少年アマデウスの読書ヴァージョンで、女の子、そしておまけに超能力までくっつけて、ちっちゃい子の夢を全て詰め込んでやったぜー!な物語。
ワタシ、これ、かなりオトナになってから読んだのですが、あー、勿体ないわー、これ、子供の頃に読みたかったわー、と、もう読んでる間ずっと思い、読み終わってからも思い、これを入力しながらも思っています。
英国の”Children’s books award”受賞作。ダールはあんまり賞には興味がないそうなんですが、これを貰ったときは、非常に喜んだそうで。
この賞は、審査員が選ぶのではなく、実際に本を読んだ子供たちからの投票で決まるんだそうです。きっと、『わたしのいちばんすきなほんは、ダールさんの『マチルダ』です』とか、『ぼくは『マチルダ』がすきです』とか、そういう手紙が山ほど来て、決まったんだろうなー、と。

内容(「BOOK」データベースより)
四歳ちょっとで図書館の本をほとんど読んでしまった、天才少女マチルダ。どなってばかりいる親や凶暴な女校長に頭脳で対抗するマチルダは、ある日、天才の上に“超”のつく能力まで身につけてしまった―。めちゃくちゃにおもしろくってたのしい、ダールの傑作童話。

冒頭、マチルダが図書館で本を読んだり借りたりするシーンがあります。そのマチルダの相手をするのが司書のミセス・フェルプス。非常に優しい、そして素晴らしい女性として登場します。
彼女はメイン登場人物ではないのですが、マチルダの基礎となる『本を読むこと』に一役買った人物で、マチルダのために本を選んだり、手続きをしたりしてくれます。
(ダールご本尊としては、『魔女がいっぱい』という作品で(素晴らしい女性も出ているにも関わらず)「女性蔑視だー!」と、禁書にされたことがあり、司書は愛憎半ばする存在なんだそうです。)

アマデウスがモデルなので、マチルダはホントに、本の神様がいるなら、その神様に愛された女の子です。
前述2つの『魔物、怪物絡みの聖域』とは違い、この物語での図書館は、『世界への扉であるところの本』がたくさんある場所、『これぞ図書館!』という描かれ方で、マチルダという存在と併せて、読んでいて「ああ、やっぱり本読むのっていいなあ、図書館いいなあ」とシミジミします。

最後に。ホントに大好きな箇所を引用。

本は、マチルダを新しい世界に連れていってくれた。わくわくするような生活を送っているおどろくべき人たちと知り合いにしてくれた。マチルダは、ジョゼフ・コンラッドといっしょにむかしの帆船に乗って航海をした。アーネスト・ヘミングウェイといっしょにアフリカに行き、ラディヤード・キップリングといっしょにインドに行った。彼女は、イングランドのひなびた村の小さな部屋の中にすわって、世界じゅうを旅したのだ。

おまけ1:【Ryuzu:リューズ】メルマガの文章より
図書館によく行く。知識を水とするなら、
それが静かにしみてゆくような、不思議な空間。
ペンをコトっと置く、そんな音にすら大きな存在感がある。
最近、図書館にいってない、というあなた。おすすめです。
大人になってから行く図書館は、また一味違うんだ。

おまけ2:『ムーン・パレス』Pオースターより
バイトの雇い主と大学の図書館学科に入学が決まった主人公のやりとり。
「君は夢想家だからなあ」「君の心は月に行ってしまっておる。多分これからもずっとそうだろう」
「考えてみれば、図書館というのは現実世界の一部じゃありませんからね。浮世離れした、純粋思考の聖域です。あそこなら、僕も一生、月にいるまま生きていけますよ」

おまけ3:

現代文学の現人神と呼ばれたボルヘスセンセイのお言葉。
(ボルヘスセンセイのアカウント、プロフィール画像がなぜか薄着のおねいちゃんで、センセイ、お茶目さんだなあ、と)

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Profile: あなたと一緒に歩く時は、ぼくはいつもボタンに花をつけているような感じがします。

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