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『孤独な鳥はやさしく歌う』より『炎をみつめること』

Posted on 10 1月 2012 by

くは言い知れぬ懐かしさに襲われた。初めて訪れる、それもアフリカの辺境であったにもかかわらず、それはたしかにどこかで目にしたことのある風景だった。どこかはわからなかった。以前、夢で見た風景かもしれなかった。夢であれ現実であれ、まちがいなくそれは自分にとって特別な意味を担っている光景だった。庵の中で小さく燃える炎、それを守る女の影、そしてどこまでも深い闇。心が痛くなるような思いで、それらを見つめたのを覚えている。

炎を見つめていると飽きることがなかった。おそらく炎を見つめるという行為が、人間の遠い過去に根ざした原初の経験だからかもしれない。漆黒の砂漠の闇の中で、刻々と姿を変える炎に照らし出された自分の手、そして立ち上る陽炎のむこうに照らし出された旅の道連れの顔を見ていると、はるかに遠い過去、こうして同じように炎を見つめていた祖先の記憶が、からだの奥から蘇ってくるような気がする。

『孤独な鳥はやさしく歌う』田中真知(2008年)
旅行記エッセイです。

『炎を見つめること』はアフリカのナミビアの砂漠の記録です。
砂漠で焚き火をする際に、薪を集めるのですが、枯れてほぼ石化している枝は、ねじれて、まるで芸術品のように見えるらしい。それを著者が集め、火にくべる。
「生を終えた枝の亡骸を天に返す」
「祝福に満ちた安らかな弔い」
など、その枝に対する愛惜、敬意のようなものが行間から感じられ、すごく切ないです。

『炎を見つめいてると飽きることが〜』のからの一連の文章。
本当にシンプルで端正で、その砂漠の夜空、星が一面に散っている、そんな情景まで思い起こさせるような文章で。
そのくべた枝、熾した火、旅の道連れ、に対する、…なんて言うのだろう、共感じゃなくて、友愛でもなくて、travelers ship(そんな言葉があるのか)、それこそ一期一会、その場に『いる』者たちへ、過去、同じように炎を見つめた祖先と同じ思い、とでも言えばいいのか、こういうものが、本のページ越しにいるワタシにも感じるような、そんな一編です。

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Profile: あなたと一緒に歩く時は、ぼくはいつもボタンに花をつけているような感じがします。

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