「人生がうまくいかない…」と思ったときに試してみたい3つの遺書 なかしぃ

Posted on 12 9月 2015 by

9月9日って何の日か知ってますか?重陽節って答えた人は中華マニアもしくはチャイニーズですね。Notebookersにとっては人生を変えた(もしくは狂わせた)「モレスキン 人生を入れる61の使い方(通称モレ本2)」が発行された日です。あれから4年経ちましたが皆様いかがお過ごしでしょうか?

では、9月14日(17日だったっけ?)は何の日かご存知ですか?一部のNotebookersにとっては人生を変えた(もしくは狂わせた)ぺら部の創部記念日です。あれから4年経ちましたよ、4周年です。記念なのでいわゆる「なかしぃ談話」を発表しようかと思いましたが言葉を慎重に選んで作らないとまともな文具愛好家から顰蹙を買うのでまだ作ってませんf(^_^;

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代わりに昔作ったぺら部の紋章をupしときます。ちなみに、下部のリボンの中のフレーズはラテン語で「薄っぺらい愛」という意味です。外国語がぺらぺらなぺら部はラテン語も解する教養溢れる部なんですよ。

閑話休題。ここからが本題ですが、9月10日から16日まで自殺予防週間って知ってましたか?どうやら国家は国民の自殺を止めたがっているみたいです。世の中的には自殺ってやっちゃいけないことみたいな風潮になってますが、日本って先進国の中では有数の自殺者が多い国なんです。特に9月前半に自殺が集中しているらしいです。

では、何故自殺が駄目なんでしょう?筆者は3つの観点で理由を考えてみました。まずは国家と自殺についてですが、国民に自殺されると国家としては国民が減ります。ただでさえ少子化で担当大臣を設置してまで取り組む国家的プロジェクトなのに減ったら元も子もありません。なんせ納税者が減りますから国家の先行きも不安定になってきます。

次に宗教と自殺ですが、これには三つあると思うんです。一つ目は創造主が人間を作ったという一神教の立場から見ると、人間は神様が作ったものなので勝手に死んではいけないということです。神様からしたら、なんでお前ら勝手に死んでくれてんねん、ていう感じです。例えていうなら奴隷商人がお金を出して買った奴隷が辛さを苦にして自殺したら「奴隷の分際で何死んでくれてんねん、せっかく大金はたいて仕入れたのに」的な舌打ちしかねない勢いです。二つ目は、信者が自殺すると信者数が減る=お布施の収入が減るということです。信者やお布施が減ると教団の維持が困難になってきますからね。最後は、宗教と国家が結びついて階級制度が確立している場合、最下層の民が奴隷扱いや日々の生活苦などで絶望して自殺したら特権階級の生活基盤が崩れるからです。どういうことかというとハイクラスな人たちは仕事をしたくないわけです。なのでクラス分けを細分化して職業を世代にわたって固定します。そうしないと社会基盤が維持できなくなりますからね。働き手がいなくなると遊んで暮らせない。さらに輪廻転生や天国/地獄といった思想を植えつけて勝手に自殺したら天国にいけないとか生まれ変わったらもひとつ低いクラスに堕ちると脅して自殺を防いでいるんですね。まぁ、本当は輪廻転生も地獄も無いんですけどね。

で、最後の理由はずばり、「残された人が悲しむ」からです。いじめられて自殺したら親が悲しむとか、仕事の悩みで追い詰められて自殺したら妻や子供が生活していけないとかそんな感じです。

とりあえず主な理由を挙げてみましたが、全て他人から見た観点なんですよね。苦しくてそこから逃れたくて自殺しようとしている人にとって何の説得力もないんです。自殺しようとする人は今が苦しいんです。逃れたいんです。うつ病になっていると意識して死のうとするより発作的に行動に移します。そんな人を自殺させないようにするのは並大抵のことじゃないです。よく「生きてたらそのうちいいことがあるさ」的なことを言う人がいますが本当に無責任だという気がします。

鴻上尚史さんはかつて「いじめられているのなら死なないで逃げてください」って言ってました。遺書をテーブルの上において家を出る(または学校に遺書を送る)という事を勧めてました。当時はいじめられてもちゃんと学校に行け、いじめに立ち向かえ、逃げるなという風潮が強かったので非難も強かったと思います。でも、それすら出来ないくらい追い詰められるから自殺するんでしょ。

でも、私は思うのです。「自殺してもいいんじゃいかな」と、限定的な条件ではありますが。例えば、自分が死んだら悲しむ人がいるという論法であれば、自分が死んでも誰も悲しまない天涯孤独な身分であれば人生に行き詰った場合死ぬのもありかなと思います。筆者の場合は死んだら親は泣くかもしれませんが妹は血のつながった他人なので多分泣かないでしょうし、身内以外の人はあいつが死んでくれてせいせいしたという人もいますし、SNSでしかつながっていない人々にとっては、センセーショナルな死に方(例えばあべのハルカスの屋上から飛び降り自殺とか、新幹線で放火自殺)みたいにニュースにならない限り死んだ事すら気づかれないでしょう。「あれ、そういえば最近なかしぃ見ないなぁ」くらいのものです。定年を迎えて再就職できず年金支給年齢が70歳に引き上げられてそこまで生きるのに貯金を食いつぶして生活保護を受けてその上にっちもさっちも行かなくなってみたいになったら自殺します。人生に行き詰ったら自殺すればいいんだと腹をくくればとりあえず将来の不安は和らぎます。キリギリス的な生き方にあこがれます。将来に臓器提供と引き換えに安楽死させてくれるサービスがあったら利用したいと思いますもんね。死んでしまえば後の事は知らない!霊だけがこの世に残る事もないし生前の意識なんて死んでしまえば消滅してしまうし、あの世も生まれ変わりもないからね。

と、ここまで長々と前置きが続きましたがこの後核心に触れます。Notebookersなら遺書にもこだわって書きたいよね、っていう話です。遺言書ではないですよ、筆者には残すような遺産なんてないですから。願わくば筆者のボールペン画が死後に発掘されて評価されてほしいですね。山田かまちみたいな感じですかね。誰か版権管理で儲けませんか?

話を戻しますが、遺書を書くにはオーソドックスな便箋に封筒スタイルでいく?それともお気に入りのノートにこだわりの万年筆/インクでしたためる?気合を入れて墨と筆でいきますか?それともfacebookにアップする?せっかくなんで生前文具好きだったという事をアピールしてノートに書いてマステでデコレーションでもしておきましょうか。

遺書は見た目が9割です。残りの1割は書く内容ですが何を書けばよいのでしょうか?とりあえず感謝したい人を列挙してお礼を書いておきましょうか。感謝したらお詫びもいりますよね、「お父さん、お母さん、今まで育ててくれてありがとう、先立つ不幸をお許しください」的な、ね。

次は自殺する理由でも言っておきましょう。理由というよりは恨みつらみになっちゃいますが、ここはっきりさせておかないと残された人たちの頭の中に一生クエスチョンマークが消えませんからね。いじめられているならいじめた奴等の名前を列挙するのはポイント高いです。傍観者や黙殺した教師なども書いておかないと同じ悲劇が繰り返されますからね。何か一矢報いないと無駄死にになるのもちょっと悔しいですよね。

あとはこの世でやり残した事をリストアップするとかもいいですね。もう叶わない夢かなノートww

ちょっと教養があれば辞世の歌を詠むのも粋ですよね。筆者が好きな辞世の句は先週亡くなった高杉晋作(花燃ゆの話ね)の「おもしろきこともなき世をおもしろく」です。最後に洒落た歌を残しておくと「あの人センスよかったね」と後々語り継がれるかも。

ここまで遺書を書き進めていくと自分は何故死のうと思ったのか、やり残した事は何か、誰にこの遺書を読んでもらいたいかなど書くことによって整理されてきてもしかしたら自殺する気が消え失せてるかもしれません。ここまでふざけて文を進めてまいりましたが、結論は「死ぬ前に一度遺書を書いて気持ちを整理したら気持ちに変化が現れるのではないか」ということです。それでも自殺したくなる人もいるかもしれません。そういう人にお勧めな映画が「海を飛ぶ夢」です。25歳のときに頚椎を損傷し、以来30年近く全身不随の主人公が自殺計画を立てて尊厳死を選ぶという内容です。

生きるって何なんでしょう、死ぬ権利って何なんでしょう。生きる価値の無いダメ人間はどうしたらいいんでしょうね?生きる価値の無い筆者はときどき献血に行きます。チューブの中に自分の血が吸い込まれているのを見ているときだけ人の役に立ってる実感があります。

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Profile: ボールペン画家にしてぺら部の創設者、しかしてその実態は? Notebookersのwriterの中で一番内容が薄っぺらいですが何か?

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