トラベラーズノートブックとトムウェイツ

Posted on 01 4月 2016 by

だ関西、も少し寒いです嬉しいですせらです。
最後のひと押しとして、ハッシュタグは #惜冬。

えー、先日、『居心地の悪い部屋』という岸本佐知子氏編訳の短篇集を読みまして。
やー、このタイトルなので、12篇、にがくて、突き放され、不安になる、そういうすばらしー短篇集でした。
特に、ジョイスキャロルオーツの『やあ!やってるかい!』は、文学作品は通り魔になり得る、ということを証明できた人類の宝物のような作品でした。

あなたといるとぼくは不安でたまらない。そう、それなんだ、あなたはぼくを不安におとしいれるんです。そのとおりだよ、食事相手はうなづいた。わたしといると最後は誰もがそうなるのさ。だけどね、そもそも文学の役割とはそこにあるのだとは思わないかい?ひとの不安をかきたてることだとは? わたしに言わせれば、ひとの意識を慰撫するような文学などは信用できない。それは僕も同感です。ですが、ぼくは自分のことでもうたっぷりと不安にかられている。あなたの不安がぼくの不安にくわわると、もうこれは苦悩にほかなりません。堕落した平和よりは苦悩の方がましだね(アントニオタブッキ『レクイエム』)


そして今回もブックレビューではありません(でも、ブックレビューじゃない記事でも、こうして前振りでそれっぽいものを書いていて、回を追うごとに長くなってきている気がする)。

以前、こういう記事を書きました。蔡國強展『帰去来』で狼たちに遭ってきました。
この時、トラベラーズファクトリーに行ってきまして。
そのファクトリーでのことと旅そのものについて書いてみようと思います。

わたしはトラベラーズノートブックユーザーとしては、長い方で、たぶん、ほとんど発売と同時に購入したんじゃないかと思います。
その頃(今でもだけど)、トラベラーズノートブックのスタッフさんのブログをよく読んでいまして、ものすごく印象的な記事がありました。
(うろ覚えなので間違っていたらすみません)(ものすごく印象的でも忘れるんだよ)
スタッフさんが、香港かタイに出張に行かれた時、CD屋さんをのぞいて「トムウェイツが好きなら、こういうミュージシャンがいるよ」とお勧めされて、聞いてみたら、なるほど良い曲だ…と。
その流れで、もしトラベラーズが今の1000倍くらい売れたら、トムウェイツをトラベラーズノートブックのイメージキャラクターにしたい、と、そんなことを書かれていました。
そんで(想像上の)トラベラーズノートブックCMのイメージをふたつ。
ひとつは、人のいない駅のホームでトムウェイツがベンチに座っていて、トラベラーズを拡げていて、何か書いている、そこへ電車が来て、ばさっ と閉じてバッグに(ポケットに?)入れて、立ち上がり、電車へ乗り込む…
もひとつは、どこかのバーで、行きずりのおねーさんと意気投合して、ベッドを共にして、部屋を出て行くその時に(え、この時ってトラベラーズどう使うんだっけ)。
そういうCMを撮りたい、監督はぜひジャームッシュで、とそんなことが書かれていた記事でした。
わたしのトラベラーズノートブックの使い方って、この空想CMの前者、電車待ちの時間に書いているって、これだなあ。
電車を待っている、書く、電車が来る、ノートブックを閉じてバッグに入れる、電車に乗る、車内で座れたら続きを書く、出したペンの色がさっきとは違う、でも気にせず書く… というような。

蔡國強展を見に行った時、トラベラーズファクトリーにも行きまして。
この時、レジで偶然、トムウェイツのYou’re Innocent When You Dreamがかかりました。

コレです。
(このVr.が流れたのです)(わたしが好きだから貼っているワケではないです)(や、好きですが)
どうにも立ち去りがたく、でもレジを終わらせてしまったし、どうしようと思い。
せっかくなのでトラベラーズファクトリー名物のアアルトコーヒーを一杯頂きました。
淹れてもらっている間、買ったリフィルにレジ横のスタンプを押していたんですが。
そしたら。
女性のお客さんが覗き込んできたので「押しますか」とスタンプを差し出したら、首をぶんぶん振って
“No, Sorry.” と。
ちょっと話してみたら、香港からのツーリストさんで、前からトラベラーズファクトリーに来てみたかった、とのことで。
ツーリストさんとしばらく話していると、レジのおねえさんから「スタンプラリーをしているので、良ければ集めてみて下さい」とリーフレットを頂きました。
ツーリストさんは、???な表情をしたので、わたしのがくがくした英語で「このリーフレットのここの部分に、ファクトリーのこのスタンプを押す、ここは成田空港のファクトリーのスタンプを押して…」と説明すると
「成田!わたし、今から数時間前、成田にいたんだよ!」と「帰る時に押すよ!」と楽しみにされていました。
すごくスレンダーな方で、服装もシンプルクールで、いかにもトラベラーズノートブックを使うカンジのひとで、「学生さんですか」と聞くと大笑いされて「そんなに若く見えるー?うれしいー!」というような反応をされて。
ほんとに大ウケでした。

すごく朗らかなかただったなあと今でも思います。
そのツーリストさんは、リフィルとポストカードとステッカーを少し買っていて、そのリフィルに、ものすごく慎重に選んだスタンプを押していました。その時だけ、とても真剣な表情で、リフィルとスタンプの先を見つめて(睨んで?)いたのを覚えています。
そうしている間にコーヒーが入ったので、ツーリストさんは「じゃあ、わたし、次のところへ行きます、ありがとう」というようなコトを言われてそして、
“Have a nice trip!” と。
(大阪から来たという話をしたので day ではなくて trip だったのかと)
すごく胸がいっぱいになって、なので、ものすごく小さな声で、お返しの言葉として “Thank you,You too.” と、たぶん、ツーリストさんには聞こえてなかったんじゃないかと思う。

ツーリストさんを見送ってから、ファクトリー2階へ上がって、ソファでノートブックをざくざくと書いていました。
壁撞き、九十九匹の狼のこと、陶器と爆薬のインスタレーションのこと、トムウェイツの曲のこと。ツーリストさんのことも。
1時間弱くらいいて、もうそろそろ帰ろう、と、降りていったら、レジのおねーさんがいたので、一声掛けて、出ようとしたら。
「またお越し下さいねー」
と言われて、ああ、そうなんだ、と思いました。

これはお店のひとが、客を見送る時、ふつうに言うあいさつなのですが。
旅というのは、わたしにとって、そういうものなんだと思う。

ファクトリーのお姉さんにとっては、わたしはどこから来たかも、まったくわからないストレンジャーで。
カンタンにまた来ることができるとか、なかなか来ることができないとか、そんなことは一切わからない。
そして、次にわたしがファクトリーに行っても、このお姉さんはもういないかも知れない。
さっきの香港のツーリストさんも、きっと、もう会うことはないはずで。
こんなふうに、二度と会わないかも知れないひとと会うこと、一瞬だけ道が交叉して通りすぎる、二度と会うことがないかもしれない、それを受け入れること。
わたしにとっての旅。

わたしは。
映画『SMOKE』でオーギーが、毎日同じ場所で撮る写真、定点観測とか。
九十九匹の狼のインスタレーション『壁撞き』は、展示ごとに壁を作り直し、狼の位置も毎回違うそうで。
同じものが見ることができるのは、その展示の会期だけだそうです。
そういった、同じものでもぜんぶ違う、そういう『一度しか(短い期間しか)見られないもの』、コンセプトのものを知り、出会うのが好きなのですが。

旅は、たぶん、その最たるものなんじゃないかなあ。
ただ、違うのは、旅で出会うのは(わたしが一方的に見たり、聞いたりする作品や風景ではなく)双方が生身の『ひと』であること。
どこへ行ってもそうですが、わたしは、本来ならその場にいない、お邪魔した異分子、通りすがりで。
わたしが【いないこと】が、そのひとの日常であり、わたしにとってもそうであり。
それでも、その名前も知らないひとと会ったことを忘れたくないと思い、だから、ノートブックに書く。
トムウェイツという、ちょっと淋しい時に、寄り添ってくれるような音楽を聞きつつ、ひとと会って、見送って、見送ってもらって、それが切なくても、それでもわたしはまた旅に出たい。

えー。
トラベラーズノートブックが誕生して、今年で10年だそうで(10周年缶買ったよ!)、これからもまた、旅に一緒に来てもらって、リアルタイムで走り書きしつつ(せら、ぴーんち!とか(勘違いしてたよ)ハハハとか)、またお世話になっていきたいと思います。

>>トラベラーズファクトリー公式サイト

☆おまけ☆
あの、『パタリロ!』で、名前は忘れたんですが、嘘つきの悪魔が出てきます。
いつもつまらない嘘ばっかりついているので、悪魔連中は誰もその嘘つき悪魔の言葉を信じない。
でも、ある時、ふとしたきっかけで、ちょっと気になることを叫びます。
「○○の領地は××に荒らされていない! 無事だから心配しなくていい!」とか、そういうのだったと思います。
それで、○○は自分の領地に戻って様子を見るんですが、そこには罠が仕掛けられていて…というエピソードがあり。
その嘘つき悪魔の武器は、数百年に一度だけ言う『ホント』だとか。
こういうゲームっぽいトリッキーなのすごく好きだなあ、と。

えー、上記リンクはソレですが、今回の記事はぜんぶホントです。はい。

☆おまけ2☆
でもねー、ことさらに『旅に出る』とか、出かけるとか、せずとも(言わずとも)、ひとは皆、戻ることのない旅の途上にあるのだと思うのです。それも独りで歩ける、『帰る道を考えなくてもいい旅』ですよ!

☆おまけ3☆

331.旅行家の全身にびっしりと彫られた様々な国の文字は、彼が一生の間に地上で出会った、忘れ難い人びとの名前だった。
『一文物語集』(飯田 茂実)

☆おまけ4☆

ほら、だってタイトルにトムウェイツついてるんだよ!

ほら、だってタイトルにトムウェイツついてるんだよ!

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Profile: あなたと一緒に歩く時は、ぼくはいつもボタンに花をつけているような感じがします。

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