布張りのかわいらしい桜モレスキンを見た時、大事に大事に使おうと思った。
が、すぐにその考えを変えた。
そのときすでに、秋に金沢へ旅に出ようと考えていた。
以前、大宰府への旅行でソフトカバーのモレスキン、ポケットサイズとの蜜月を経験した私はまた、ポケットサイズのモレスキンと旅がしたくなった。
しかし、このとき私が持っているポケットサイズはこの桜モレスキンのみ。
綺麗にしているつもりでも手が汚れていたり、スタンプ台の周りがインクで汚れていたりして、これまでも持っていったノートブックや手帳は汚れてしまった。
このはんなりとかわいらしいモレスキンを汚すのか、と自問自答した。
新しいモレスキンを買うことも考えた。
だが、そうはしなかった。
行き先は加賀。
私の中で京都と並ぶ美しくしっとりし、豊潤でたっぷりとしたイメージのある街だ。
無骨なのより、こんなにかわいらしいモレスキンのほうが似合う。
こうして私は、急に決めた博多と1年前から決めていた金沢に桜モレスキンを連れていくことにした。
モレスキンのポケットサイズはその小回りの利く大きさが好きだ。
ここに行き帰りの新幹線の時間や宿泊する宿、行きたい場所リストなんかをメモする。
必要があればさっと取り出してその場で書きつける。
丁寧に書いている暇はない。
念入りな旅行計画も立てない。
情報は現地で調達。地図もなにもかも。
金沢はしっとりした街だった。
武家屋敷跡も足軽の家もある城下町らしい武士の街なのに、文化の層が厚く、とても面白かった。
中でも私の関心を引いたのは茶屋街だった。
べんがら塗りと呼ばれる赤い壁と金屏風のお座敷は、えげつなく下品になりそうなのに、とても上品で溜息が出た。
こんなところで美しい着物を着た芸妓さんの卓越した芸を見たり、一緒に遊んだり、美味しいお料理を食べたりしたら、まるで夢のよう。
そんなことを考えながら、美しいものを眺めていた。
最近にしては人に会う約束をしない、まったくのひとり旅だった。
くたびれてはカフェに入り、30分でも1時間でも休憩することができた。
モレスキンにあったことや心に浮かんだよしなしごとを書きつける時間は十分あった。
滅多に会えない人に会って一緒に過ごすのはなかなか刺激的だ。
その時間がないぶん、結構な量の文字を桜モレスキンに書きつけることができた。
自分とノートブックに向き合う旅は久しぶりだな、と思った。
最近は旅先でもSNSでつながって、あまり「ひとり」という感覚がない。
ノートブックに書けばいいことも、ついTwitterに書いてしまう。
これまで、旅で使ったモレスキンはそのまま順番を待ち、そのとき使っている雑記帳としてのノートブックを使い終わると、次の雑記帳として使っていた。
しかし、金沢旅行の終わりになんとなく思った。
この桜モレスキンは旅専用にしよう。
また次の旅に出る時、使うことにしよう。
持ち物や使ったものもメモしてある。
きっと次の旅に役に立つ。
こうして私は旅モレスキンを持つことになった。
2つの旅を終えたはんなり桜モレスキンは案の定、黒ずみ汚れてしまった。
けれどなんとなくそれが私には誇らしかった。
一緒に持ち歩いた白いリュックと赤い脾臓の虫と一緒に強烈な印象を残している。
モレスキンは洗うことはできないけれど、その汚れのぶん、私は旅をしている。