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まだ僕は庭の外にも出ていない最強のONE PIECEを探す/俳句 ピース・メーカー

Posted on 21 8月 2020 by

思いついたらとりあえず書いて見る

俳句はログだと、この間申したところだが、「最強の俳句」とは何だろうと考えさせられる事態がおきた。

私は上記twitterを投稿なさり、今回俳句杯を主催される星野いのりさんの俳句に衝撃を受けた者である。

「六枚道場」第八回〈詩・俳句〉部門A
星野いのりさん「うたかた」より、抜粋
口淫は嘔吐に終はる麦茶かな
蜻蛉の翅みづみづしき葬後
病みゐたる月は己を凍て殺す

わたしの俳句脳では、こうした語彙は拾えないと思った。そう思ったとき、いつの間にかわたしは「俳句脳」「短歌脳」「散文脳」のような脳の専門モジュール化が進んでいたことに気付き、これはまるでネアンデルタール人の脳ではないかと愕然とした。

新人類クロマニョン人の特質である「大脳新皮質」という、極度に自由横断的な、フレキシビリティ溢れる脳を活性化させなければ、「俳句」「短歌」「散文」、つまりまとめて「詩」を書く事なぞ不可能なのだぞと。

癖としての一句一章を離れたい

兼題は「月」
月のある風景、月との関わり、月の記憶を探る。折悪しく今は新月に向かう時期で、月はない。小説、詩。イナガキタルホ。ハギワラサクタロウ。魔的イメージに結びつく月とそれ以外の何かを模索し続けた。

水月と薬のターン

だが、絶望的に跳べない。因果に凝り固まっている。元来、このような因果を外す装置として俳句はあるはずだった。SF、ファンタジー、ホラー。さまざまなシチュエーションを思い浮べては、その情景にでてくるオブジェをまさぐり、俳句らしきものを探す。だが、このような方法自体が「俳句脳」なのだと気付き茫然とする。

このアカウントはわたし
コラージュを試す

短歌では、ワードを書き留めておいて後に、コラージュによって作品を製作する方法は一般的で、上の句と下の句とのつかず離れずの比喩、意外な取り合わせを見つけ出すには最適だ。これが私はあまり好きでなかった。作品のための作品。言葉遊び。になりはしないかと危惧されたからだ。
 しかし、言葉がもたらす衝撃によって、世界に亀裂をあたえられたり、偶然併置した言葉動詞の関係性によって、時空がねじ切れたり、ワープできたりするのなら、それは有効だと思うようになった。それは、「写生」か「空想」かという問題とは、別の、単に方法論として有効だと、現在も思っている。つまり、コラージュと写生とは両立すると考えている。先述した星野さんの「麦茶」の存在感。これは写生句といってよく、季語は動かない。わたしはこういう俳句を拾いたい。

エントリー作品はしかしまだ大人しかった

六日間。「月」のことばかり考えていた。他の俳句はほとんど読めず、なにを見ても「月」を置いたらどうかと、そればかり試していた。そして、自ら定めた〆切時間、グルグル○をつけた句でエントリーした。
 それは、やはりまだネアンデルタール人の句だった。だが、作ってはtwitterに上げて退路を断ちつつ進んできたつもりだった六日間は、無駄ではなかったと思う。

月の嘘堅い床には薬瓶 六文風鈴  (これは今、ノートを見て作った句)

ノートはダイソーノート(文庫本サイズ)144枚
ボールペンはZEBRA Surari0.7を使用しています。

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Profile: みんな「時」にくだかれたかけら/かけらからかけらを作る/ くだける前を知らないまま/作ったかけらをモザイクにする/ つぎはぎだらけの世界/どうか美しくありますように/

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